mardi 7 juillet 2015

Tonnet『現代ギリシア語の歴史』第 2 章

Henri Tonnet, Histoire du grec moderne, L’Asiathèque, 2011³ をもとにまとめた résumé (という名の全訳に近い).脚注は (本文理解の参考にはしたが) 訳出ではほとんど割愛しているので,気になる向きは原書を求められたい.


第 2 章 古代のギリシア語 Le grec ancien


1. 共通ギリシア語 Le grec commun


紀元前 2000 年ころ,最初のギリシア人たちが現在のギリシアのあたりに侵入したとき,まだギリシア語の未分化の indifférencié 形,ギリシア祖語 proto-grec を話していた.いずれにせよ,この共通ギリシア語 grec commun [訳注] はたしかにこの時代よりまえに存在した.ミュケーナイ語 le mycénien を含む,知られている古代ギリシア語諸方言に共通の特徴から復元されるこの言語は,それじしんインド・ヨーロッパ語〔以下,印欧語〕の一方言であった.ギリシア祖語は紀元前 3000 年から 2000 年までのあいだの長い期間に形成されたに違いなく,その期間にギリシア人の祖先は現在の〔ギリシア人の〕居住地の北で生活していた.

[訳注] フランス語で grec commun は proto-grec の別称のようである.「共通ギリシア語」との訳語はコイネーと混同しやすく危険なので,区別せず「祖語」と訳出してしまうほうがよいかもしれない.

ギリシア語は,サンスクリット le sanskrit, 古代ペルシア語 le vieux-perse, アルメニア語 l’arménien, 古スラヴ語 le vieux-slave, 共通ゲルマン語〔=ゲルマン祖語〕le germanique commun, ケルト語 le celtique, ラテン語 le latin などとともに印欧語族に属する.おそらくは同じ語族のほかの言語と比べてアルメニア語とより密接な関係があるであろう.

ここでは古代ギリシア語を描写することも,資料によって知られているその歴史 (紀元前 15 世紀以来) を語ることもしない.以降の変遷を説明しうるギリシア語の固有の特徴を簡単に提示することで満足せねばならない.


1.1 子音の弱さ Faiblesse des consonnes

印欧語のなかでのギリシア語の特徴の第一は,子音体系の相対的な弱さである.ギリシア語は印欧語の有声有気閉鎖音 occulsive sonore aspirée の系列 /bh/, /dh/, /gh/ を失い,これを無声 sourde 有気音 /ph/, /th/, /kh/ (φ, θ, χ) に変えている.ミュケーナイ語にはまだ存在した唇-軟口蓋音 labio-vélaire /kw/, /gw/, /gwh/ は,ラテン語では保たれているのに,歴史時代のギリシア語では消えている.印欧語の /kw/ はギリシア語では,あるときは /p/ にまたあるときは /t/ に対応する (lat. quinque = gr. πέντε, lat. quis = gr. τίς).

これらの子音の系列はほかの子音に合流し,子音体系の単純化 simplification の傾向を示している.

またべつの子音は単純に消えてしまった.それは語頭の /s/ と /j/ で,アッティカ方言 attique では気音 /h/ として生き残ったが,いたるところで無音化する s’amuïr ようになる.ラテン語 septem は古典ギリシア語 ἑπτά に対応し,これは [heptá] それから [eptá] と発音された.ドイツ語 Jahr は,意味は違うが形の上では ὥρα に対応し,これは [hóra] (この段階でラテン語に借用され,〔現代フランス語の〕heure のつづりを説明する),それから [óra] と発音された.

語末の子音は ς, ν, ρ を例外として消えた.語末の /t/ は,ラテン語では保たれている 3 人称単数の特徴だが,ギリシア語では落ちる.Lat. ferebat と gr. ἔφερε, また lat. aliud と gr. ἄλλο を比較せよ.中央ギリシア語 [原注 8] の以降の歴史において,語末の ρ と ν は消失に向かう.

[原注 8] ここで中央ギリシア語 grec central とは,ペロポネソスの方言と都市の urbaine 共通語で,現代の民衆語〔=ディモティキ〕démotique をもたらすものとする.中世に見られる,語末の子音 ν の維持と強化は,南イタリア,キプロス,ドデカネス諸島 Dodécanèse, キオス島 Chios の周縁のギリシア語においてまだ見られる.


1.2 母音体系の保存 Conservation du système vocalique

かわりに古代ギリシア語では母音に関しては非常に保守的である.サンスクリットでは /i/, /a/, /u/ しか保っておらず,ラテン語ではある場合の /o/ を失っていたのに対して,ギリシア語はほとんどそのまま印欧語の体系を見せている.ギリシア語だけがわれわれに,「与える donner」という動詞の語根 racine が母音 /o/ をもっていたことを教えてくれる;δίδωμι, δοῦναι, skr. dadāmi, lat. dare.


1.3 動詞語根の規則化の限られた傾向 Tendance limitée à la régularisation des racines verbales

古代ギリシア語では多くの動詞が不規則であった.ほかのものは現在・アオリスト・完了語幹のあいだに母音交替 alternance vocalique を含み,これは音韻変化の理由から規則化する傾向をもっていた:λείπω, ἔλιπον, λέλοιπα → λείπω, ἔλειψα.  この傾向は決して動詞体系の完全な規則化には至らなかった.


1.4 アクセント体系の相対的単純化 Simplification relative du système de l’accentuation

印欧語のアクセントは,ゲルマン語 langues germaniques がいまだそれについて証しているが,あるものはアクセントの置かれうる accentogène, またべつのものはそうでない,形態素 morphème に結びついていた;それは制限を知らなかった,つまりアクセントは語のどんな音節にもあたりえたのである.

ギリシア語では,ラテン語のように,最後の 3 音節の上にアクセントが制限されることをもってこの体系を少し簡単化している.しかしアクセントは今日まで形態論的 morphologique にとどまった.アクセントの実現 réalisation の変遷にもかかわらず,ギリシア語はこの点に関して非常に保守的である.現代ギリシア語における若干のアクセントの移動 déplacement は印欧語の遺産である.今日でもなお,古代の第 3 変化の単音節語 monosyllabe に由来する若干の語または表現において,アクセントは斜格の語末に落ちる:ἑνός, παντός, φωτός, μηνός.

最近の語の創造でも,行為の名詞は行為者の名詞に対立させられている:行為者の名詞では語末アクセント,行為の名詞ではさかのぼるアクセント (ἡ σύνοδος, ἡ συνοδός).


1.5 曲用の単純化 Simplification de la déclinaison

印欧語は 8 つの格をもっていた:主格 nominatif, 呼格 vocatif, 対格 accusatif, 属格 génitif, 与格 datif, 奪格 ablatif, 具格 instrumental, 処格 locatif [訳注].古代ギリシア語はすでにこの体系を単純化して,しばしば前置詞句で置きかえられた後 3 者を除いている.ラテン語では ab + 奪格を用いた場合に,古代ギリシア語は ἀπό + 属格を使った.ラテン語が単独の格を用いたときに:exeo domo, 古典ギリシア語 grec classique は前置詞によって「明確化 préciser」する傾向があった:ἐξέρχομαι ἐκ τοῦ οἴκου.

格を前置詞句で置きかえるこの方法はのちに体系的になった (与格に代えて εἰς + 対格,属格-奪格に代えて ἀπό + 対格).その結果は斜格〔すべて〕を犠牲にした対格の一般化であった.

[訳注] サンスクリットでは与格 datif を為格と称することも一般的である.属格 génitif は gen- の意味からいけば生格が適当であろうが,この用語はもっぱらスラヴ語学でしか使われていない.また処格 locatif は訳語が非常に多く,ほかに地格,位格,所格などがあるが,位格は為格と同音であることと,処格と同じ「ところ」の字の所格は「所」に受身の意味 (所与や所定,またラテン語 dēpōnentia の訳語のひとつ「形式所相動詞」の「所相=受動態」などは端的にそれである) もありミスリーディングであるので,「場所」の意味がはっきりする処格か地格が望ましいだろう.


2. 古代ギリシア語の諸方言 Les dialectes grecs anciens


古代ギリシア語の方言の多くは,碑文 inscription によって以外私たちに知られていない.書き言葉は,現代ギリシア語の諸方言に比べたディモティキがそうなるであろうように,標準化された standardisé 方言である.ホメーロスの言語はどこでも話されなかったし,劇場の合唱隊 chœur のなかで読まれるドーリス方言 le dorien は人工的な言語の状態であった.方言間の重大な差異にもかかわらず,それぞれの方言 idiome を話すギリシア人たちは互いに理解していた.その例外は古代マケドニアで,かならずしもこの方言がギリシア語であったと言う必要はない.

ギリシア語が諸方言へ分化する原因となったものは知られていない.〔現在の〕ギリシアになるところの領土にすでに定住していた人々の存在であったかもしれない;この人口は,新たな到来者の言語を話しはじめるときに,それ以前に話していた言語によってさまざまにこれを歪めることになり,歪みは続く世代へ伝えられていく.〔分化の原因はまた〕毎回異なる発展段階のギリシア語をもたらすことになったギリシア人の相次ぐ到来―― 最近まで一般に,ドーリア人は紀元前 12 世紀の終わりに定住したものと考えられていた―― であったかもしれない.

古代ギリシア語の諸方言は 4 つの大きなグループに帰着する:1) アッティカ方言を含むイオニア方言群 ionien,2) アイオリス方言 l’éolien, 3) アルカディア・キプロス方言 l’arcado-cypriote, 4) ドーリス方言を含む西方方言群 occidental.

〔紀元前〕8–7 世紀の古代の植民地化 colonisation のために,しばしば互いに遠く隔たった地域で同じ方言が話されていた.ドーリア人はシチリア島と南イタリアに植民を送り,そこでもドーリス方言が話された.イオニア方言は小アジア,エウボイア島 Eubée, アッティカ Attique で話された.アイオリス方言はレスボス島 Lesbos, ボイオーティア Béotie, テッサリア Thessalie で使われた.ドーリス方言はラコーニア〔ラケダイモーニア=スパルタ〕Laconie, アルゴス Argos, コリントス Conrithe, クレタ島 Crète, ロードス島 Rhodes およびイタリアでもっともよく用いられた方言であった.

これらの方言は共通語 la langue commune (κοινὴ διάλεκτος) に顕著な影響を及ぼすことなくローマ時代に漸次消えていった.この後者〔コイネー〕はほとんどイオニア・アッティカ方言 l’ionien attique にのみ由来している.そして現代ギリシア語の諸方言はほとんどすべてこれに発している.顕著な例外はツァコニア語 le tsakonien であり,これはかつてパルノン Parnon およびアルカディア Arcadie の一部分で話されたもので,典型的なドーリス方言の特徴を保存している:η のかわりに α を,θ のかわりに σ を用い (cf. α σάτη = η θυγάτηρ),古代のディガンマ /w/ > /v/ の子音の形を保つ (ο βάνε = το αρνί).このことはおそらく現代ギリシア語の南イタリアにおける方言にとっても同様である.

ここに参考のため,古代の方言間の違いを数例あげておく.
  1. 定冠詞の複数主格は,アルカディア・キプロス方言とアッティカ方言で οἱ であり,その他では τοί である.
  2. 長い /a/ は大部分の方言では α として残るが,イオニア方言ではどこでも η になり,アッティカ方言では ρ および母音 /e/, /i/ のあとでのみ α のまま残る:dor. ἁμέρα, ion. ἡμέρη, att. ἡμέρα.
  3. 1 人称複数の語尾は,アルカディア・キプロス方言とアッティカ方言で -μεν であり,その他はどこでも -μες である (lat. -mus と比較せよ).

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