Sigrid Valfells and James E. Cathey, Old Icelandic: An Introductory Course, Oxford UP, 1981 をもとにした勉強用の抄訳 abridged translation です.ここには訳出していませんが原著の冒頭のイントロダクションにもあるとおり,本書を伝統的な文法書から区別する特長のひとつは,段階的・漸進的な構成 (‘step-by-step progression’) をとっていることであり,訳者の知るかぎり,このあたりの事情は 30 余年を経た現在でも変わっていないように思われます.旅行者などの実際的な目的と,言語学者などによる研究上の目的との相半ばする,アイスランド語という言語の文法書には,現代語の参考書でさえ比較的にそうした伝統的・参照文法的な書物が多いのですが,とりわけ古語では避けうべくもなく,現在でも本書は貴重な例外でしょう.
とは言ったものの,いちばん最初のつづり字と発音の説明だけは段階的もなにもなく,まとめて覚えてしまわなければどうにもなりません.上に説明した本書の特長が生きるのは次回の本編からです.
とは言ったものの,いちばん最初のつづり字と発音の説明だけは段階的もなにもなく,まとめて覚えてしまわなければどうにもなりません.上に説明した本書の特長が生きるのは次回の本編からです.
古アイスランド語の音韻 Phonological Introduction
1. 子音 Consonants
古アイスランド語〔以下 OI〕の子音音素 consonantal phoneme は以下:
口腔 oral cavity | |||
---|---|---|---|
唇音 labial | 前 front | 後 back | |
閉鎖音 stop | |||
無声 voiceless | p | t | k |
有声 voiced | b | d | g |
継続音 continuant | f | þ | h |
歯擦音 sibilant | s | ||
鼻音 nasal | m | n | |
流音 liquid | |||
継続音 continuant | l | ||
ふるえ音 trilled | r |
標準化されたテクストのつづり字はおおむねこの音素に対応しているが,ð の文字が /þ/ の音声学的変種 phonetic variant〔=異音 allophone〕に対応することは例外である.z は t + s または ð + s, また x は k + s の省略つづりである.
2. 半母音 Semivowels
OI は 2 つの半母音 semivowel (わたり音 glide) をもつ:唇音 /v/, 硬口蓋音 /j/. 半母音は子音・母音双方の特徴をもつ.子音と同じく音節内での聞こえ sonority のピークはもたない.母音 u と i のように先行する強勢母音に影響し,ウムラウト umlaut をひきおこす.
3. 母音 Vowels
OI の母音は短または長である.
(A) 短母音は以下:
前舌 | 後舌 | ||||
---|---|---|---|---|---|
非円唇 | 円唇 | 非円唇 | 円唇 | ||
高 | i | y | u | 非低 | |
非高 | e | ø | o | ||
a | ǫ | 低 |
(B) 長母音は以下:
前舌 | 後舌 | ||||
---|---|---|---|---|---|
非円唇 | 円唇 | 非円唇 | 円唇 | ||
高 | í | ý | ú | 非低 | |
非高 | é | œ | ó | ||
æ | á | 低 |
5 つの基本母音 basic vowel a, e, i, o, u は長短いずれでも現れる.ほかの母音は本来 i-ウムラウトか u-ウムラウト,もしくはその両方に由来したもので,OI 文学の古典期には非対称的な母音体系を作っている.
(C) 二重母音:2 つの基本的な二重母音 au と ei, そして au の i-ウムラウトから派生した第 3 の二重母音 ey がある.その長さは二重母音と等しい.
4. 音節構造 Syllable Structure
単音節語は á ほど短いことも strauksk ほど長いこともある.頭子音結合 initial consonant cluster は,はじめが s の場合に最大で 2 子音 + 流音からなる.末子音結合 final consonant cluster は最大で,fannsk のように二重子音 + s + 子音からなる.
音節は最小では単一の母音からなりえ,強勢がなければ短い a, i, u, 強勢があれば長母音または二重母音である.音節の連続において短母音がべつの短母音に直接先行することはないことは注意に値する (二重母音はそれじたいが構成単位なのでこれにはあたらない).もし屈折した語形の構成部分が 2 つの短母音を連結させる場合,前者は脱落する.たとえば動詞語幹 lifi-「生きる」の直説法現在 3 人称単数 lifir は語幹 lifi- + 人称語尾 -r だが,1 人称複数 lifum と 3 人称複数 lifa では,語尾 -um, -a のまえの語幹末の i は失われている.
(強勢のある) 長母音が語末の短母音に直接先行するときには,特定の環境 (両者ともに前母音か後母音である場合) で後者の母音が脱落する.
OI の音節の音節は文法的に「短」か「長」かであり,その区別は母音とそれに後続する子音によって決まる.音節の (音声的ではなく) 文法的な長短を決めるには,その音節の母音に先行する子音の数は関係がない.短い音節とは短母音に 1 つ以下の子音が続くものか,長母音 (または二重母音) に子音が続かないものである.ほかの音節はすべて文法的に長い音節に分類される.短い音節の例は þat「あれ that」,skip「船 ship」,ey「島」,á「川」,strá「藁 straw」で,長い音節の例は ár「年 year」,øx (= øks)「斧」,þykk [女性形]「厚い thick」,land「土地 land」,austr「東 east」.音節の文法的長短は音韻論的規則の適用と屈折語形の構造において重要な要素である.
5. 母音交替 Vocalic Alternations
長短の基本母音 a, e, i, o, u と,2 つの部分的な母音同化 vowel assimilation の過程,i-ウムラウトと u-ウムラウトから生じる派生母音 y, ý, ø, œ, æ, ǫ とのあいだにはある対応がある:
(A) i-ウムラウトの結果,第 1 強勢のある primarily stressed 母音は後続する i または j によって前方化する fronted が,円唇性 roundness〔=円唇か非円唇か〕は変わらない.それゆえ以下の対応が起こる:
基底幹母音 | i-ウムラウトの結果 |
---|---|
a | e |
o | ø |
u | y |
á | æ |
ó | œ |
ú | ý |
特定の ‘i’-母音だけがこの前方化 fronting をひきおこすことに注意せよ (第 XIII 課で詳細を見る).したがってたとえば,男性または中性名詞の格語尾として現れる i は i-ウムラウトをひきおこさないし,名詞曲用または若干の弱動詞の i-幹も同様にしない.i-ウムラウトがノルド語 Norse における規則的な音声特質であった時代にはこれらの母音は e であり,その e が i に推移したのは i-ウムラウトが機械的な音声過程でなくなったときである.
(B) u-ウムラウトの結果,第 1 強勢のある母音は後続する u または v によって円唇化する rounded が,前か後かは変わらない.こうして短い a は ǫ になる.しかし長い á は変わらない,というのも仮設される長・低・後舌円唇母音 (ǫ́) はこの体系に存在しないからである.OI のより初期の段階と古ノルド語〔以下 ON〕ではこの母音は u-ウムラウトの結果として存在したが,OI の文献時代の比較的初期の段階で長い á に吸収された.同様に,長短の i と e は u-ウムラウトによって円唇化して y/ý と ø/œ になるが,この過程の影響は OI においてさほど重要ではなく文法において周辺的にしか存在しない.
強勢のない a は u-ウムラウトの結果 u になる (非強勢音節では短母音 a, i, u しか生起しない).
(C) o と y のあいだにはもうひとつの交替が観察される.これは本来 i-ウムラウトの過程による u と y との規則的な交替であった.のちに特定の位置で u が o に低まるがその理由は OI ではもはや系統的でない.
すべての母音・二重母音は強勢音節に現れるが,強勢のない音節には a, i, u だけが現れる.OI の第 1 強勢は語幹の第 1 音節に落ちる.合成語では本来の第 1 強勢が,語頭位置でなくなったときに第 2 強勢 secondary stress になる.3 つの合成語では第 2 強勢は最後の強勢音節に落ち,第 3 強勢 tertiary stress が第 2 の強勢音節に落ちる.もとの要素で強勢のない音節があれば,合成語でも強勢をもたない.例:land「土地 land」,nám「占有,占領 occupation, seizure」, maðr「人 man」,¹land²nám「土地の定住 settlement of land」,¹land³náms²maðr「定住者 settler」.
歴史的な ON の方言が発音されていた実際の詳細は仮設的 hypothetical〔=再建的 reconstructed〕である.しかしかなり信頼のできる推測をしうる:
(A) 子音 Consonants
(1) 母音にはさまれた intervocalic 分節音 segment, および無声閉鎖音を含まない分節音の結合は,有声である.すなわち,gefa「与える give」,koma「来る come」,fara「行く,旅する go, journey」,tala「話す speak」,rœða「議論する discuss」などにおける継続音・鼻音・流音は有声である./þ/ だけがその有声の変種 ð を表す独立の文字をもつ.無声閉鎖音 p, t, k が語中の medial 結合に現れるときには隣接する流音と鼻音は無声である:brotna「壊れる break」,ætla「意図する intend」,akr「畑 field」.歯擦音 s は,母音間においてさえ,おそらくつねに無声であったという点で例外である.
(2) 軟口蓋音 velar k と g は前母音のまえで硬口蓋化 palatalize された.したがって後母音 a のまえの karl「男 man」や gaf「与えた gave」では英語の [k], [g] に似るが,kerling「老女 old woman, crone」や gefa「与える to give」は [kjerling], [gjeva] である [訳注].有声軟口蓋音 g はほかの変種をもっていた可能性がある:2 つの母音間では有声継続音 [ɣ] として発音されたかもしれない.
(3) k と g のまえでは n の発音は [ŋ] であった.
(B) 半母音 Semi-vowels
j は硬口蓋継続音であった.v は英語の w のような両唇音 bilabial であったか,英語 (と現代アイスランド語〔以下 MI〕) の v のような唇歯音 labio-dental であった.
(C) 母音 Vowels
(1) OI の母音は,音韻論的にも発音上〔=音声学的〕にも,長または短であった〔訳注:物理的な音声の長さとしても意味を区別する特徴としても 2 通りがあったということ〕.
(2) 13 世紀以来,アイスランド語の母音体系と長短 (母音の長さと音節の長さの両方) の基準に一連の変化が起こり,長母音と短母音のあいだの発音上の差はもはや量的ではなく質的になった.長母音はすべて二重母音化し,二重母音の発音にも若干の推移が起こった:
OI の œ はつづり字上も発音上も MI の æ [aj] に吸収された.短母音の体系において ø と ǫ は MI の ö として融合した.長短の y/ý は [I/ij] になった.
音韻表示は 2 種類ある.第 1 は基底音韻表示 underlying phonological representation で,以下の章ではつねに括弧に入れて示され,語を基本形 basic form とあわせて,屈折形 inflected form を特徴づける文法的特徴とともに示すものである.たとえば「広間,宮殿 hall, palace」を意味する語は基底音韻表示 (hall-i-) をもち,その単数主格形は hǫll である.括弧内の形の強勢母音はそれが基本形にあるように示されており,すべての女性強変化名詞語幹の主格単数形が機械的に適用される,a から ǫ への u-ウムラウトを経るまえの形である.幹母音の -i- は複数主格・対格でのみ表層に現れ,あるクラスの名詞を特徴づける.こうした基底音韻表示はかならずしも任意の実際の (表出する) 語形に対応するわけではなく,屈折形の基本的な音韻的 (かつ文法的) な特徴を表現する抽象的な形式である.他方,屈折した語の表層音韻表示 surface phonological representation, たとえば単数主格 hǫll や複数主格 hallir は,そのつづり字表示と完全に同じであり,すべての適当な音韻規則がその基底形に適用されたあとの語を示している.この表示はおおむねその語の音声的性質を示している.
〔§8 の後半および §9「参照ガイド:主要な音韻規則の要約」は省略〕
(B) u-ウムラウトの結果,第 1 強勢のある母音は後続する u または v によって円唇化する rounded が,前か後かは変わらない.こうして短い a は ǫ になる.しかし長い á は変わらない,というのも仮設される長・低・後舌円唇母音 (ǫ́) はこの体系に存在しないからである.OI のより初期の段階と古ノルド語〔以下 ON〕ではこの母音は u-ウムラウトの結果として存在したが,OI の文献時代の比較的初期の段階で長い á に吸収された.同様に,長短の i と e は u-ウムラウトによって円唇化して y/ý と ø/œ になるが,この過程の影響は OI においてさほど重要ではなく文法において周辺的にしか存在しない.
強勢のない a は u-ウムラウトの結果 u になる (非強勢音節では短母音 a, i, u しか生起しない).
(C) o と y のあいだにはもうひとつの交替が観察される.これは本来 i-ウムラウトの過程による u と y との規則的な交替であった.のちに特定の位置で u が o に低まるがその理由は OI ではもはや系統的でない.
6. 強勢 Stress
すべての母音・二重母音は強勢音節に現れるが,強勢のない音節には a, i, u だけが現れる.OI の第 1 強勢は語幹の第 1 音節に落ちる.合成語では本来の第 1 強勢が,語頭位置でなくなったときに第 2 強勢 secondary stress になる.3 つの合成語では第 2 強勢は最後の強勢音節に落ち,第 3 強勢 tertiary stress が第 2 の強勢音節に落ちる.もとの要素で強勢のない音節があれば,合成語でも強勢をもたない.例:land「土地 land」,nám「占有,占領 occupation, seizure」, maðr「人 man」,¹land²nám「土地の定住 settlement of land」,¹land³náms²maðr「定住者 settler」.
7. 発音 Pronunciation
歴史的な ON の方言が発音されていた実際の詳細は仮設的 hypothetical〔=再建的 reconstructed〕である.しかしかなり信頼のできる推測をしうる:
(A) 子音 Consonants
(1) 母音にはさまれた intervocalic 分節音 segment, および無声閉鎖音を含まない分節音の結合は,有声である.すなわち,gefa「与える give」,koma「来る come」,fara「行く,旅する go, journey」,tala「話す speak」,rœða「議論する discuss」などにおける継続音・鼻音・流音は有声である./þ/ だけがその有声の変種 ð を表す独立の文字をもつ.無声閉鎖音 p, t, k が語中の medial 結合に現れるときには隣接する流音と鼻音は無声である:brotna「壊れる break」,ætla「意図する intend」,akr「畑 field」.歯擦音 s は,母音間においてさえ,おそらくつねに無声であったという点で例外である.
(2) 軟口蓋音 velar k と g は前母音のまえで硬口蓋化 palatalize された.したがって後母音 a のまえの karl「男 man」や gaf「与えた gave」では英語の [k], [g] に似るが,kerling「老女 old woman, crone」や gefa「与える to give」は [kjerling], [gjeva] である [訳注].有声軟口蓋音 g はほかの変種をもっていた可能性がある:2 つの母音間では有声継続音 [ɣ] として発音されたかもしれない.
[訳注] この音声表記は IPA と共通点は多いがそのものではないので,[g] が (表示環境にもよるが) 2 階建てのグリフになっていても問題はない (し,実際の書籍でもそうなっている).Cp. IPA の有声軟口蓋破裂音は [ɡ].
(3) k と g のまえでは n の発音は [ŋ] であった.
(B) 半母音 Semi-vowels
j は硬口蓋継続音であった.v は英語の w のような両唇音 bilabial であったか,英語 (と現代アイスランド語〔以下 MI〕) の v のような唇歯音 labio-dental であった.
(C) 母音 Vowels
(1) OI の母音は,音韻論的にも発音上〔=音声学的〕にも,長または短であった〔訳注:物理的な音声の長さとしても意味を区別する特徴としても 2 通りがあったということ〕.
(2) 13 世紀以来,アイスランド語の母音体系と長短 (母音の長さと音節の長さの両方) の基準に一連の変化が起こり,長母音と短母音のあいだの発音上の差はもはや量的ではなく質的になった.長母音はすべて二重母音化し,二重母音の発音にも若干の推移が起こった:
OI | MI |
---|---|
í | [ij] |
é | [je] |
æ | [aj] |
ú | [uw] |
ó | [ow] |
á | [aw] |
ei | [ej] |
ey | [ej] |
au | [øj] |
8. 音韻表示,つづり字,標準化テクスト Phonological Representation, Orthography, and Normalized Texts
音韻表示は 2 種類ある.第 1 は基底音韻表示 underlying phonological representation で,以下の章ではつねに括弧に入れて示され,語を基本形 basic form とあわせて,屈折形 inflected form を特徴づける文法的特徴とともに示すものである.たとえば「広間,宮殿 hall, palace」を意味する語は基底音韻表示 (hall-i-) をもち,その単数主格形は hǫll である.括弧内の形の強勢母音はそれが基本形にあるように示されており,すべての女性強変化名詞語幹の主格単数形が機械的に適用される,a から ǫ への u-ウムラウトを経るまえの形である.幹母音の -i- は複数主格・対格でのみ表層に現れ,あるクラスの名詞を特徴づける.こうした基底音韻表示はかならずしも任意の実際の (表出する) 語形に対応するわけではなく,屈折形の基本的な音韻的 (かつ文法的) な特徴を表現する抽象的な形式である.他方,屈折した語の表層音韻表示 surface phonological representation, たとえば単数主格 hǫll や複数主格 hallir は,そのつづり字表示と完全に同じであり,すべての適当な音韻規則がその基底形に適用されたあとの語を示している.この表示はおおむねその語の音声的性質を示している.
〔§8 の後半および §9「参照ガイド:主要な音韻規則の要約」は省略〕
Aucun commentaire:
Enregistrer un commentaire