古川晴風『ギリシヤ語四週間』(大学書林、1958 年) 練習問題解答の補足解説。この記事では第一週後半 (第五日〜第七日、週末訳読) を扱う。なお誤字脱字については私のもっている平成 16 (2004) 年 9 月 10 日第 26 版を基準としている。
目次リンク:第 1 回を参照のこと。
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第五日
練習 18. (43 頁)
まず問題のまえの単語欄に「ὁδός, ου, ἡ 道」とあるが、属格語尾のアクセント οῦ が抜けているのを直しておく。
呼格は基本的に主格と同形で、違いは冠詞がないということだけなので繰りかえさず、異なる場合のみ括弧書きした。
単 ἡ ἱκανὴ σκιᾱ́, τὴν ἱκανὴν σκιᾱ́ν, τῆς ἱκανῆς σκιᾶς, τῇ ἱκανῇ σκιᾷ,
両 τὼ ἱκανᾱ̀ σκιᾱ́, τοῖν ἱκαναῖν σκιαῖν,
複 αἱ ἱκαναὶ σκιαί, τᾱ̀ς ἱκανᾱ̀ς σκιᾱ́ς, τῶν ἱκανῶν σκιῶν, ταῖς ἱκαναῖς σκιαῖς.
単 ἡ κοινὴ συμφορᾱ́, τὴν κοινὴν συμφορᾱ́ν, τῆς κοινῆς συμφορᾶς, τῇ κοινῇ συμφορᾷ,
両 τὼ κοινᾱ̀ συμφορᾱ́, τοῖν κοιναῖν συμφοραῖν,
複 αἱ κοιναὶ συμφοραί, τᾱ̀ς κοινᾱ̀ς συμφορᾱ́ς, τῶν κοινῶν συμφορῶν, ταῖς κοιναῖς συμφοραῖς.
単 ἡ ἀξίᾱ ἀρετή, τὴν ἀξίᾱν ἀρετήν, τῆς ἀξίᾱς ἀρετῆς, τῇ ἀξίᾳ ἀρετῇ,
両 τὼ ἀξίᾱ ἀρετᾱ́, τοῖν ἀξίαιν ἀρεταῖν,
複 αἱ ἄξιαι ἀρεταί, τᾱ̀ς ἀξίᾱς ἀρετᾱ́ς, τῶν ἀξίων ἀρετῶν, ταῖς ἀξίαις ἀρεταῖς.
単 ἡ δικαίᾱ ἡδονή, τὴν δικαίᾱν ἡδονήν, τῆς δικαίᾱς ἡδονῆς, τῇ δικαίᾳ ἡδονῇ,
両 τὼ δικαίᾱ ἡδονᾱ́, τοῖν δικαίαιν ἡδοναῖν,
複 αἱ δίκαιαι ἡδοναί, τᾱ̀ς δικαίᾱς ἡδονᾱ́ς, τῶν δικαίων ἡδονῶν, ταῖς δικαίαις ἡδοναῖς.
単 ἡ μακρᾱ̀ ὁδός, (呼 μακρᾱ̀ ὁδέ), τὴν μακρᾱ̀ν ὁδόν, τῆς μακρᾶς ὁδοῦ, τῇ μακρᾷ ὁδῷ,
両 τὼ μακρᾱ̀ ὁδώ, τοῖν μακραῖν ὁδοῖν,
複 αἱ μακραὶ ὁδοί, τᾱ̀ς μακρᾱ̀ς ὁδούς, τῶν μακρῶν ὁδῶν, ταῖς μακραῖς ὁδοῖς.
単 ἡ καλὴ πλάτανος, (呼 καλὴ πλάτανε), τὴν καλὴν πλάτανον, τῆς καλῆς πλατάνου, τῇ καλῇ πλατάνῳ,
両 τὼ καλᾱ̀ πλατάνω, τοῖν καλαῖν πλατάνοιν,
複 αἱ καλαὶ πλάτανοι, τᾱ̀ς καλᾱ̀ς πλατάνους, τῶν καλῶν πλατάνων, ταῖς καλαῖς πλατάνοις.
ὁδός と πλάτανος は女性名詞ではあっても第二曲用なので、単数呼格語末が -ε となる*。また πλάτανος は ἄνθρωπος 型でアクセント規則に従い、単主・呼と複主・呼以外ではアクセントが 1 つ後ろに引かれることにも注意。
* 細かいことを言うとこの ε は正確には格語尾ではなくて語幹に属するのであり、呼格の語尾はゼロである (高津『ギリシア語文法』62 頁)。裸の語幹 ὁδε- に「何もつけない」という操作を行ってできあがったものが呼格形 ὁδέ、と考えるのが正しい。であるから、「語末 (単語の終わり) が ε」と言うことはできるが「語尾が ε」と言うと不正確になる。
練習 19. (43 頁)
1. 属格 ψῡχῆς は前後どちらにかかってもよいし、冠詞がないので φωνή と σκιᾱ́ どちらが主語であってもよい。したがって (1) 声は魂の影、(2) 魂の影は声、(3) 魂の声は影、(4) 影は魂の声、以上 4 通りどれも可能であって、あとは意味を勘案して好きに決めるとよい。
4. 文の主語は Πίνδαρος, 動詞は λέγει であって、残りの部分は彼が言っている内容である。その内容は τὸν οἶνον イコール δρόνον τῆς ἀμπέλου だという主張であって、ここまでに習った範囲で考えれば λέγω が二重対格をとって「Α を Β と言う」という文型と解すしかないけれども、まだ習っていないが be 動詞の不定形 εἶναι が省略されている間接話法の文とも見ることができる (のちの練習 27-10. で詳しく説明する)。
5. 後半では同じ動詞 ἄρχουσι の繰りかえしを避けて省略されている。
6. 2 つめの ἡ は、これ以下が ἡ ὁδός にかかる修飾句であることを示すもの。内側に入れて ἡ ἐκ τῆς Μεσσένης εἰς τὴν Ἀρκαδίᾱν ὁδός と言うことも可能であり、こうすると ἡ は 1 個で済むが、これでは大枠をなす ἡ と ὁδός とが離れすぎてしまい読みにくいので、ばらして後ろにつけているわけである。
10. 上の 6. と同様、ἡ πρὸς εὐδαιμονίᾱν ὁδός と言ってもいい。ἡ が 2 つあることによって修飾関係であることが明確になっており、したがって「幸福への道」という句が主語なのであって、「道は幸福へと続いている」のように訳すのは不可。次の練習 20-2. とも比較せよ。
練習 20. (44 頁)
1. 以前の練習 13-4.「恥ずべき行いは生まれのよい人にふさわしくない」とほぼ同じパターンの文であるが、そちらでは「生まれのよい人」は属格であったのに対し今回の模範解答では与格で書かれている。これはどちらも可だが、ニュアンスがどう違うかはわからない。
3. 中性では主格=対格なのでわかりにくいが、模範解答の場合 συμπόσιον と ὅμοιον は中性単数対格である。これは前の練習 19-4. のごとく二重対格もしくは対格不定法で言ったもの。しかし、練習 17-1. のように ὅτι を使って ἔλεγεν ὅτι συμπόσιον χωρὶς οἴνου ὅμοιον οἰκίᾳ χωρὶς θυρῶν. と言ってもよく、この場合は主格ということになる。
練習 22. (49 頁)
1. 模範解答にはアオリスト不定詞 διῶξαι と現在不定詞 διώκειν とが併記されている。前者を使った場合は「追う」という行為そのものを単純に示し (不定詞の場合、時間的に過去という含みはかならずしもない)、後者であれば「(時間をかけて) 追っていく」という継続あるいは「追いはじめる」という始動の感じが出てくるように思う。遂行せよと命じられている行為そのものは同一であって、あくまで話者がその行為をどのようにイメージしているかという問題。45 頁の動作態に関する説明を確認せよ。
2.「ものである」という問題文から格言のニュアンスを読みとりアオリストを使うのが出題の意図だが、もちろん μαστεύουσιν と現在で言っても間違いということはない。οἱ ἄνθρωποι という定冠詞ですでに「およそ人間というものは」という一般論の感じは含まれている。
第六日
練習 24. (53 頁)
5. また「ものである」という一般論ふうの言いかただが、解答は現在形を使っている。これは「しばしば」という副詞が習慣・反復を含意する現在時制と相性がよく、反面アオリストとは相性が悪いためであろう。
練習 25. (57 頁)
1. 主語を明示しない 3 人称複数の動詞によって、とくに誰ということもない「人々」による行為を表しており、日本語では解答のとおりあたかも受動態のように訳すと自然。
7. 模範解答に誤字:棒げて → 捧げて。
8. καταλιπεῖν は καταλείπω の第 2 アオリスト不定詞。
9. εἰσβαλεῖν は εἰσβάλλω の第 2 アオリスト不定詞。
練習 26. (58 頁)
1. 衍字:閉めてくおく → 閉めておく。
3. 同じ動詞 εἰσβάλλω を使っているにもかかわらず、前の練習 25-9. では τὴν χώρᾱν は裸の対格、こちらの解答では εἰς τὴν χώρᾱν と前置詞つきになっている。これは後者のほうが散文的でありふれた言いかたのように思える。
第七日
60 頁 4 行め「その森に美しい」とあるがもちろん「その森は」の誤字。
練習 27. (61 頁)
単語欄に誤字:ἕτοιμος 用意のてきた → できた。
3. μόνη は Δίκη に対する述語的同格で、「ディケーだけが・ディケーが唯一……免れえない」のように副詞的に訳せる。ἀπαραίτητος は男女同形で、-ος であろうとここは女性単数主格である。
9. この ἀβέβαιος, ἀβεβαίοις も上と同様、女性単数主格と女性複数与格。さきの ἀπαραίτητος もこれも、否定の接頭辞 ἀ- がついた派生語であってこういうものはたいてい男女同形。
10. 説明していないくせに対格不定法構文 (accusativus cum infinitivo) の間接話法を本格的に使いはじめた。λέγω のような伝達動詞はこのように、ὅτι (英 that) のような接続詞を使わなくても、対格の主語と不定詞の動詞でもって文を引用することができる。これは直接話法に直すと Πλάτων λέγει : « ἡ παιδείᾱ τοῖς ἀνθρώποις δεύτερος ἥλιός ἐστιν. » というところを、被引用文の主格主語 ἡ παιδείᾱ ならびにそれに一致する述語 δεύτερος ἥλιος を対格に、また定動詞 ἐστίν を不定詞に変えた間接引用の形である。
練習 28. (62 頁)
2.「美しい樹木」は複数形 καλὰ δένδρα で訳しても悪いことはあるまい。そのさい中性複数の主語には 3 人称単数の動詞を使うので動詞は ἐστι であることに注意。
5. 前の練習 27-10. の解説を参照。主文の伝達動詞が不完了過去 ἔλεγε に変わっているが、被引用文の動詞は現在不定詞 εἶναι のままである。不定詞の時制はいわば相対時制であって、現在不定詞の表すできごとは話者から見た「現在時」ではなく、主文と「同時的」なできごと (この場合なら過去における現在) を表すのでこれでよい。そのためそもそも不完了過去の不定詞というのは存在しない。
練習 29. (65 頁)
4. 誤字:εἰναι → εἶναι。
練習 30. (65 頁)
5. これは模範解答がおかしい、というか問題文の括弧内がすでに変である。練習 29-1. と比べてみると、与格の人に ἦν ἔχθρᾱ「憎しみがあった」といえばもちろん与格の人が敵意の持ち主であるから、解答のとおりなら兄弟たちが主人を憎んでいたことになる。問題の本文を訳すなら τῷ δεσπότῃ ἦν ἔχθρᾱ τῶν ἀδελφῶν (または πρὸς τοὺς ἀδελφούς). が正しい。このさい ἔχθρᾱ に定冠詞 ἡ はかならずしも必要ではない、というより「兄弟への憎しみ」が新情報であるのだからつけないほうが日本語の感じに近いであろう。
週末訳読
金言集 (68 頁)
単語欄の誤字:ἀδόλεσχος → ᾱ̓δόλεσχος (問題文 6. では正しくマクロンがついている)。
7. κακόν が中性名詞として扱われており、δυσπάλαιστον はこれを修飾している。
10. τὰ χρηστὰ πρᾱ́ττειν「よいことを行うこと」が主語、ἔργον ἐλευθέρου が述語ととっているが、冠詞はない (τά は χρηστά を中性名詞化しているだけで、不定詞そのものは無冠詞) のでべつに逆にとってもかまわない:「自由人の (なすべき) 仕事は、よいことを行うことである」。
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