下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 8「鍛冶工ヴェレント」(80–83 頁) の文法解説。原典は「シズレクのサガ」第 57 章。(84) という数字はなんなのか不明 (この箇所よりまえにもっと大きい数字が出てきたりする)。今回から固有名詞については初出でも省略し、とくに格に注意する場合のみ触れる。
目次リンク:1. 主の祈り,ことわざ・2. アイスランド発見・3. アイスランドの植民・4. ハラルド美髪王・5. 赤毛のエリクのサガ・6. スノリのエッダ (北欧神話)・7. Brynhildr が Guðrún の夢を解く・8. 鍛冶工ヴェレント・9. 花王子と白花姫
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(84) Vaði risi er á Sjólandi, sonr Vilkinus konungs ok sjókonunnar, sem fyrr var frá sagt, at búum þeim sem faðir hans gaf honum.
risi (男) 単主「巨人」。巨人を表す単語はいろいろあり、使い分けはかならずしもはっきりしない。Cleasby and Vigfússon の辞書は risi の項で、アイスランドによく知られた hár sem risi, sterkr sem jötunn, heimskr sem þurs「リシのように (背が) 高い、ヨトゥンのように強い、スルスのように愚かな」という言いまわしがあり、risi は体格、jǫtunn は強さ、þurs は知性のなさと結びつくことを紹介しているが、同じ巨人に複数の名詞が使われることもたびたびある。
Vilkinus konungs (男) 単属 < Vilkinus konungr「ウィルキヌス王」。
sjókonunnar (女) 単属・定 < sjókona「人魚」。「以前にそれについて述べられたように」と続くとおり、この人魚は特定で既知の人物として定形になっている。
fyrr 副「以前に」。
búum (中) 複与 < bú「屋敷」。
þeim ↑中複与。指示代名詞。
gaf 過 3 単 < gefa。
Ok ekki er þess getit, at hann hafi baráttumaðr verit, nema unat við þat, er hans faðir gaf honum, þegar fyrir ǫndverðu.
getit 完分 < geta「言及する」。言及する内容は属格で、at 以下を受けなおす þess で示されている。
hafi ... verit 接・現完 3 単 < vera。「戦士であったとは言われていない」という否定形で、つまり「戦士であった」という命題は不確かで仮想上の話なので接続法。
baráttumaðr (男) 単主「戦士」。
nema 接「ではなくて〜」。
unat 完分 < una「満足する」。
við 対格支配。「〜に対して」。
þegar 副「ただちに」。語彙集に抜けているが、『案内』では加わっている。
ǫndverðu (女) 単与 < ǫndverða「最初」。fyrir ǫndverðu で副詞的に「最初に」。これも語彙集になく ǫndverðr「逆の」という形容詞の後ろに出ているが、『案内』ではこれに代わって名詞 ǫndverða に改められた。
Vaði risi átti son ok heitir Velent.
son (男) 単対 < sonr。
heitir 現 3 単 < heita。接続詞 ok を挟んで動詞の時制がいきなり現在になるとともに、主語も息子に変わっている。
Þá er hann níu vetra gamall, er Vaði vill, at hann nemi íþrótt nokkura.
er 1 つめは hann が主語の be 動詞、2 つめは関係副詞「〜するとき」。「そのとき彼は 9 歳である (あった)、ヴァジが〜と望むとき」。
níu 不変化「9」。
vill 現 3 単 < vilja。
nemi 接・現 3 単 < nema「とる、学ぶ」。「彼が技術を学ぶこと」はまだ実現していないヴァジの願望だから。
íþrótt (女) 単対「技術」。
nokkura ↑女単対 < nǫkkurr「ある、なんらかの」。nǫkkura のはずだが o になっているのは成立の年代差もしくは地域差?
Spurt hefir hann til eins smiðs í Húnalandi.
spurt hefir 現完・3 単 < spyrja「尋ねる」。ここでは「(til 〜について) 聞き知る」の意。
smiðs (男) 単属 < smiðr「鍛冶屋」。
Sá heitir Mímir, ok er hann allra manna hagastr.
allra ↓男複属 < allr。
manna (男) 複属 < maðr。最上級に伴う属格「すべての男たちのうち」。
hagastr 最上級・男単主 < hagr「器用な」。
Ok þingat ferr Vaði risi með son sinn Velent ok fekk í hǫnd Mími, at hann skal kenna honum járnsmíð.
þingat 副「そこへ」=þangat。
ferr 現 3 単 < fara「行く」。まだ現在。
með ここでは対格支配。与格だといわば近い立場で「同行していった」、対格では「連れていった」という感じがする。
fekk 過 3 単 < fá「得る、つかむ」。fá í hǫnd で「手の中に持たせる=手渡す」。また突然過去になる。
hǫnd (女) 単対「手」。
Mími (男) 単与 < Mímir。所有の与格。このように身体部位では多い。
skal 現 3 単 < skulu。
kenna 不「知る、教える」。ここは「教える」のほうで、主語 hann がミーミル、間接目的語 honum がヴェレント。
járnsmíð (女) 単対「鉄を鍛えること」。『案内』ではなぜか語彙集のほうだけ jarnsmíð となるミス。
Síðan ferr Vaði risi heim í Sjóland til búa sinna.
heim 副「家へ」。
búa (中) 複属 < bú。
sinna ↑中複属 < sinn。
Í þann tíð var með Mími Sigurðr sveinn ok gerir margt illt hans smiðjusveinum, barði þá ok beysti.
með 今度は与格支配。「〜とともに、のもとに」。
sveinn (男) 単主「少年、弟子」。
gerir 現 3 単 < gera「する、行う、作る」。
margt ↓中単対 < margr「多くの」。
illt (中) 単対「悪、悪いこと」。
smiðjusveinum (男) 複与 < smiðjusveinn「鍛冶屋の弟子」。
barði 過 3 単 < berja「打つ、殴る」。
beysti 過 3 単 < beysta「打つ、殴る」。
Þá spurði Vaði risi, at hans son Velent var illa leikinn fyrir Sigurði, ok gerir eftir honum, ok kemr hann heim í Sjóland.
spurði 過 3 単 < spyrja。
illa 副「悪く」。illr「悪い」の中性単数 (弱変化) の副詞用法。
leikinn 過分・男単主 < leika「遊ぶ」。
fyrir Sigurði「シグルズから、シグルズのせいで」。本書では訳し落とされているが、『案内』では補われている。
Ok nú hefir Velent verit í Húnalandi þrjá vetr, ok er hann nú tólf vetra gamall.
þrjá 男複対 < þrír。þrjá vetr「3 年間」はもちろん期間の対格。
tólf 不変化「12」。
Hann dvelst heima tólf mánaða ok þokkast hverjum manni vel, ok allra manna er hann hagastr.
dvelst 現 3 単・再帰 < dveljask「とどまる」。
heima 副「家で・に」。
mánaða (男) 複対 < mánaðr「月」。語彙集に抜けている (『案内』にもない)。
þokkast 現 3 単・再帰「気に入られる」。-st については注のあるとおり。
hverjum ↓男単与 < hverr「おのおのの、どの〜も」。本書には載っていない変化形 (cf. Barnes, A New Introduction to Old Norse 1, p. 67)。
manni (男) 単与 < maðr。
vel 副「よく」。
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古ノルウェー語版は本書の知識ではどうにもならないので省略する。たぶん、読めということではなく、なんとなく違いを眺めて雰囲気を感じてもらえればいいということで載せているのだと思う。
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