lundi 23 août 2021

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 7

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 7「Brynhild が Guðrún の夢を解く」(77–79 頁) の文法解説。原典は「ヴォルスンガ・サガ」第 25 章の終わり付近。Byock による英訳ではさらに細かく章を区切っており、第 27 章のほぼ全体にあたる。ここにきてようやく 1 人称の代名詞や動詞活用が頻出するが、これはむしろバランスのいい配列と思う。



1. “Þat dreymði mik,” sagði Guðrún, “at vér gengum frá skemmu margar saman ok sám einn mikinn hjǫrt; hann bar langt af ǫðrum dýrum, hár hans var af gulli;


dreymði 過 3 単 < dreyma「夢を見る (見せる)」。非人称動詞で、対格の人に夢を見せる。

mik 1 単対。人称代名詞「私を」。

Guðrún (女) 単主。「グズルーン (人名)」。

vér 1 複主。人称代名詞「私たちは」。

gengum 過 1 複 < ganga「行く、歩く」。

skemmu (女) 単与 < skemma「離れの部屋、婦人部屋」。

margar 女複主 < margr「多くの」。主語 vér に一致しており、同行した全員が女性であったことを示す。

saman 副「いっしょに」。

sám 過 1 複 < sjá「見る」。

einn ↓男単対。

mikinn ↓男単対 < mikill。

hjǫrt (男) 単対 < hjǫrtr「鹿、牡鹿」。

bar 過 3 単 < bera「運ぶ、担う;生む;耐える」。非常な多義語で、ここでは「振舞う」と語釈されている (sik があればもっと明確)。

langt 副「はるかに」。langr「長い、遠い」の中性単数。

ǫðrum ↓中複与 < annarr。

dýrum (中) 複与 < dýr「鹿、動物」。

gulli (中) 単与 < gull「黄金」。


vér vildum allar taka dýrit, en ek ein náða; dýrit þótti mér ǫllum hlutum betra;


vildum 過 1 複 < vilja「欲する」。

allar 女複主 < allr。やはり主語 vér に一致し、「女性の私たち全員が」ということ。

dýrit (中) 単対 < dýr。

ek 1 単主。人称代名詞「私が」。

ein 女単主 < einn。主語 ek=グズルーンに一致して女性。ここでは「唯一」の意。

náða 過 1 単 < ná「手に入れる」。

þótti 過 3 単 < þykkja「と思われる、見える」。

mér 1 単与。人称代名詞「私に」。

ǫllum ↓男複与。

hlutum (男) 複与 < hlutr。比較の与格。

betra 比較級・中単主 < góðr。主語は dýrit なので中性。


síðan skauztu dýrit fyrir knjám mér, var mér þat svá mikill harmr, at ek mátta trautt bera;


síðan 副「そのあと」。

skauztu = 過 2 単・再帰 skauz < skjóta「撃つ」+ þú「あなたは」。前者は標準つづりでは skautt + -sk で skauzk だが、-zk も -sk も 12 世紀以降 -z で現れるようになり、13 世紀後半までにはそちらが多くなる (Gordon and Taylor, §125)。þú は動詞定形に接尾され、無声音のあとなので同化して tu になる (文法編 §22;Gordon and Taylor, §108)。

knjám (中) 複与 < kné「膝」。

mér 1 単与。ここでは所有の与格で、「私の膝」。

svá 副「それほど」。後の at でどれほどかを説明している。Cf. 英 so ... that。

harmr (男) 単主「悲しみ」。

mátta 過 1 単 < mega「〜できる」。

trautt 副「ほとんど〜ない」。

bera 不。ここでは「耐える」の意。


síðan gaftu mér einn úlfhvelp, sá dreifði mik blóði brœðra minna.”


gaftu = gaft 過 2 単 < gefa「与える」+ þú。

úlfhvelp (男) 単対 < úlfhvelpf「狼の仔」。

dreifði 過 3 単 < dreifa「撒き散らす」。

blóði (中) 単与 < blóð「血」。具格的与格。

brœðra (男) 複属 < bróðir「兄弟」。

minna ↑男複属 < minn。


Brynhildr svarar: “Ek mun ráða, sem eptir mun ganga:


Brynhildr (女) 単主「ブリュンヒルド (人名)」。

mun 現 1 単 < munu「〜だろう」。2 つめの mun は現 3 単。

ráða 不「夢を解釈する」。

ganga 不。ここでは物事がそのとおりに「運ぶ、生じる」ということ。


til ykkar mun koma Sigurðr, sá er ek kaus mér til mannz;


ykkar 2 双属。本書の訳と注は断りなく「あなたの」と書いているが、なぜ双数なのかは不明。王などに対しては 1 人相手であっても複数を使う「尊厳の複数」は知られているが、双数にそういう用法があるとは確認できないし、この続きでは þú を使っているので蓋然性は低い。ここで話題に出ているグズルーンとグリームヒルドだけを指すとすれば理屈は通るが、シグルズが来るのはギューキ王の館へであってそこには王や 3 人の息子 (グズルーンの父と兄たち) もおり、別段 2 人だけに会いにくるわけでないから釈然としない。これはむしろ複数の意味で使われていると解すべきだろうか (双数の消えた現代アイスランド語では þið, ykkar, ykkur が 2 人称複数に使われるので、そこへの過渡期?)。

Sigurðr (男) 単主「シグルズ (人名)」。

kaus 過 1 単 < kjósa「選ぶ」。

mannz (男) 単属 < maðr。ここでは「夫」の意。


Grímhildr gefr honum meinblandinn mjǫð, er ǫllum oss kemr í mikit stríð;


Grímhildr (女) 単主「グリームヒルド (人名)」。グズルーンの母。

gefr 現 3 単 < gefa。

honum 3 男単与。人称代名詞「彼に」。シグルズを指す。

meinblandinn ↓男単対「毒入りの、毒を混ぜた」。mein (中) が「害、苦しみ、病」の意。下宮『案内』では誤って語彙集から消されている。

mjǫð (男) 単対 < mjǫðr「蜜酒」。

ǫllum 中複与 < allr。oss に一致し「私たち全員に」。

oss 1 複与。

kemr 現 3 単 < koma。ここでは与格の相手を「運ぶ、送りこむ」の意。なお語彙集でそのことを「他動詞的に」と言っているのは語弊がある (まさか oss ǫllum を対格と取り違えているのではあるまいが)。

mikit ↓中単対 < mikill。

stríð (中) 単対「争い」。


hann mantu eiga ok hann skjótt missa;


hann 3 男単対。eiga の目的語。

mantu = mant 現 2 単 < munu + þú。munu の現在単数は本来 mun, munt, mun だが、14 世紀以降ノルウェー語の影響で man, mant, man も現れた (Gordon and Taylor, §146)。

skjótt 副「まもなく」。形容詞 skjótr「速い」の中性単数の副詞用法。

missa 不「失う」。ここでは目的語に対格の hann をとっているが、次の文では属格目的語。


þú munt eiga Atla konung; missa muntu brœðra þinna, ok þá mantu Atla vega.


Atla (男) 単対 < Atli「アトリ (人名)」。

konung (男) 単対 < konungr。Atla に同格の説明。

muntu = munt 現 2 単 < munu + þú。前文の mantu の説明も参照。

brœðra (男) 複属 < bróðir。missa は目的語に属格をとることもある。

þinna ↑男複属 < þinn。

vega 不「戦う、殺す」。

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