下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 3「アイスランドの植民」(70 頁) の文法解説。今回からは既出の単語は説明を簡略化していく。
目次リンク:1. 主の祈り,ことわざ・2. アイスランド発見・3. アイスランドの植民・4. ハラルド美髪王・5. 赤毛のエリクのサガ・6. スノリのエッダ (北欧神話)・7. Brynhildr が Guðrún の夢を解く・8. 鍛冶工ヴェレント・9. 花王子と白花姫
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Frá [Í]slands bygð (A.D. 870)
frá 与格支配。「〜について」。
Íslands (中) 単属 < Ísland「アイスランド」。下宮・金子ではアクセントが抜けているが、下宮『案内』では直っている。
bygð (女) 単与「居住、植民」。
A.D. = anno domini「主の年に」。これはもちろんアイスランド語ではなくラテン語であるが、興味があるかもしれないし同時に学ぶ価値はあるので説明しよう。domini は (男) 単属 < dominus「主、主人」、anno は (男) 単奪 < annus「年」で、これは時間の奪格であってアイスランド語では与格にあたる。直訳すれば (á) ári herrans となろうか。このように基本的な文法カテゴリが重なっているため、ラテン語を学んでおくことは古アイスランド語にも役立つ。両者の共通点としては今回までに出てきた内容だけでも、性数格の変化と一致は言うまでもなく、期間を表す対格と時点を表す与=奪格といった基本的な格の用法、中性単数が副詞として使われること、接続法が間接話法に使われるほか主文では願望を表すこと、を指摘しうる。のちの回に出る対格不定法構文もまたラテン語と同様のものである。
Ísland bygðisk fyrst ór Nóregi á dǫgum Haralds ins Hárfagra.
Ísland (中) 単主。
bygðisk 過 3 単・再帰 < byggja「居住する、植民する」。受動の意味の再帰態。
fyrst 副「最初に」。形容詞 fyrstr「最初の」の中性単数対格で副詞として用いられている (文法編 §32)。
ór 与格支配。
Nóregi (男) 単与 < Nóregr。
á 与格支配。
dǫgum (男) 複与 < dagr。ここでは「時代、治世」の意。
Haralds (男) 単属 < Haraldr「ハラルド (人名)」。
ins 冠・男単属。
Hárfagra 男単属・弱 < hárfagr「髪の美しい」。主格に直せば Haraldr inn Hárfagri「ハラルド美髪王」(「王」という語はないが、慣習に従ってそう呼んでおく)。
Ingólfr hét maðr Norrœnn, er sannliga er sagt at fœri fyrst þaðan til Íslands, þá er Haraldr inn Hárfagri var xvi vetra gamall, en í annat sinn fám vetrum síðar.
Ingólfr (男) 単主「インゴールヴ (人名)」。
hét 過 3 単 < heita「〜という名である」。
maðr (男) 単主。主文の主語。
Norrœnn ↑男単主「ノルウェーの」。
er 関係小辞。ここでは「彼 (インゴールヴ) について」というところか。
sannliga 副「真実らしく」。-liga は副詞を作る接尾辞で (文法編 §32)、形容詞 sannligr「真実らしい」に対応する。弱変化の中性単数対格とも解せる。
er sagt「言われている」。
at 接。
fœri 接・過 3 単 < fara。間接話法の接続法。
þaðan 副「そこから」。
til 属格支配。
Íslands (中) 単属 < Ísland。
þá 副「そのとき」。
er 接「〜のとき」。
Haraldr inn Hárfagri (男) 単主。
var 過 3 単 < vera。
xvi 不変化。ローマ数字の 16。アイスランド語でつづれば sextán。
vetra (男) 複属 < vetr「冬」。
gamall 男単主「古い、年とった」。Haraldr に一致。
en 接「しかし、一方」。
í 対格支配。
annat ↓中単対 < annar「第 2 の、べつの」。
sinn (中) 単対「回、度」。
fám ↓男複与 < fár「いくつかの」。
vetrum (男) 複与 < vetr。冬でもって年を数えるのが中世ゲルマンの言いかた (森田『アイスランド語文法』73, 133 頁)。ここには「分量を表す instrumental dative」と注記されているが、いくぶん大雑把な説明。Instrumental dative (具格的与格) というのは——典型的には——skjóta, kasta「投げる」や stinga「突き刺す」など道具を用いて行う動作についてその道具のことを言い、たとえば skjóta や kasta は投げられる石や槍などを——対格ではなく——与格にとって「石を投げる=石でもって投げるという行為を行う」のような表現をするが、この与格のこと。ギリシア語でも λίθοις βάλλειν「石を投げる」と与格で言う。他方、ここで使われている fám vetrum というのは、比較級とともに「数年だけ」後であるという、差異の程度を示す「差異の与格」(dative of difference) と呼ぶのが正確だろう (Nedoma, Kleine Grammatik des Altisländischen, S. 130)。これは現代アイスランド語にもある (e.g. einum degi fyrir jól「クリスマスより 1 日まえ」、Neijmann, Colloquial Icelandic, p. 199)。またギリシア語でも差異の与格で ὀλίγοις ὕστερον ἔτεσι「数年後」、ラテン語ではまだ奪格が与格と分かれていたため「差異の奪格」で paucis post annis のように言う。
síðar 副「以後、その後」。-ar は比較級語尾で、最初に来たときから見てさらに数年だけ後ということ。
Hann bygði suðr í Reykjarvík.
bygði 過 3 単 < byggja。
suðr 副「南に」。
Reykjarvík (女) 単与「レイキャヴィーク (地名)」。
Í þann tíð var Ísland viði vaxit í miðli fjalls ok fjǫru.
þann ↓男単対。指示代名詞。
tíð (男) 単対「時間、時代」。期間を表す広がりの対格。í þann tíð で「この時代、当時」。
var 過 3 単 < vera。
Ísland (中) 単主。主語。
viði (男) 単与 < viðr「森、木」。木でもって繁茂していたということ。これこそ具格 (助格) 的与格に違いないが、なんで前の注では instrumental dative と英語で言ったのに今度は漢字なのだろう。
vaxit 過分・中単主 < vaxa「成長する」。性数は Ísland に一致している。var vaxit は過去完了であり、変化を表す自動詞なので完了の助動詞に vera が使われている (ドイツ語の war gewachsen と同じ)。
í miðli「〜の間に」。2 語でいわば複合前置詞と考えるなら属格支配。miðli そのものは名詞 miðill「間」の与格からきている。
fjalls (中) 単属 < fjall「山」。
fjǫru (女) 単属 < fjara「海岸」。
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