水谷智洋『古典ギリシア語初歩』(岩波書店、1990 年) の練習問題の解答例。このページでは第 1 課から第 4 課までを扱う。
本書は田中・松平『ギリシア語入門』と並んで、わが国の大学でもっとも多く教科書として採用されている教科書であり、その解答・解説の必要性の大きさは推して知るべしである。私じしんが学びはじめた当時にほしかった理想の解答に近づけるべく、初心者が間違いやすい箇所や同定しづらい語形変化、意味のとりにくいところにはなるべく解説のコメントを加えるようにした。既習事項の増える後半ほどそれが役に立つようになるはずである。
古典語の文は、そこに現れるすべての単語について、なぜその格であるか、その法や時制の意味はなにかが説明できなければ、読んだとはいえない。個々の単語の辞書的な意味をただ並べて、単語間の結びつきを雰囲気でつなぎあわせたのではいけない。これは最低限の要請であって、文法理解の堅実な土台のうえに立っていないかぎり、外形だけこなれた日本語の訳文にしてみても砂上の楼閣なのである。そうした理解に到達するために必要な解説を加えたつもりであるが、意に満たぬところも皆無とは言いきれず、不足の点や明らかな誤りがあれば、各回のコメント等でご指摘いただけると幸いである。
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第 1 課 文字と発音
練習 1
Α.〔発音問題だが、ここでは音声は提供できないので文字で記しておく。そのさい、本書はカタカナの表記を排しているので、まずはこの課の説明に倣ってラテン文字で音声を表すことにする。したがってとくに ζ を zd と記すが (cf. §4)、これは転写ないし翻字とはまたべつの問題であることに留意されたい (本文 §1 の説明ではこれを「ローマ字転写」と称しているのだが不適切で、ζ の転写はふつう z である。また σ についても、発音が有声の z となる場合でも転写はあくまで s でなければならない)。最後に、まったくの初心者の参考のためにカタカナ発音を併記する。〕
1 行め:Andromakhē, biblion, genesis ;
2 行め:drāma, euthanasiā, zdōion ;
3 行め:hēlios, thēsauros, hierophantēs ;
4 行め:katastrophē, Lakedaimōn, mīsanthrōpos ;
5 行め:nektar, Xerxēs, ūranos ;
6 行め:Pȳthagorās, rhododendron, salpinx ;
7 行め:tekhnē, hypokritēs, Philippos ;
8 行め:khoros, pseudos, Ōkeanos.
1 行め:アンドロマケー、ビブリオン、ゲネシス;
2 行め:ドラーマ、エウタナシアー、ズドーイオン;
3 行め:ヘーリオス、テーサウロス、ヒエロパンテース;
4 行め:カタストロペー、ラケダイモーン、ミーサントローポス;
5 行め:ネクタル、クセルクセース、ウーラノス;
6 行め:ピュータゴラース、ロドデンドロン、サルピンクス;
7 行め:テクネー、ヒュポクリテース、ピリッポス;
8 行め:コロス、プセウドス、オーケアノス。
Β.
1 行め:ἀκροπολις, βιογραφιᾱ,
2 行め:γυμνασιον, δημοκρατιᾱ,
3 行め:ἐλεφᾱς, ζωνη,
4 行め:Ἠλεκτρᾱ, θεᾱτρον,
5 行め:ἰδεᾱ, κριτηριον,
6 行め:λαβυρινθος, μητροπολις,
7 行め:νυμφη, Ξενοφων,
8 行め:ὀρχηστρᾱ, παρενθεσις,
9 行め:ῥῑνοκερως, συστημα,
10 行め:Τῡφων, ὑακινθος,
11 行め:φιλοσοφιᾱ, χαρακτηρ,
12 行め:ψῡχη, Ὠριων.
〔英語に似ているつづりが多いが、英語なまりで読まないように。念のためカナ発音も与えておく:アクロポリス、ビオグラピアー、ギュムナシオン、デーモクラティアー、エレパース、ズドーネー、エーレクトラー、テアートロン、イデアー、クリテーリオン、ラビュリントス、メートロポリス、ニュンペー、クセノポーン、オルケーストラー、パレンテシス、リーノケロース、シュステーマ、テューポーン、ヒュアキントス、ピロソピアー、カラクテール、プシューケー、オーリオーン。〕
第 2 課 アクセント
練習 2
〔しょうもないがカタカナで書いておく。太字は高く読むところ。しかしなるべくフリガナなど書かないでアルファベットをそのまま読めるようにすべきことは言うまでもない。本にフリガナを書きこんでしまうと、慣れ親しんだカナにばかり目がいってしまい、いつまでも読めるようにならないものである。〕
Α. ホティ・メン・ヒューメイス、オー・アンドレス・アテーナイオイ、ペポンタテ・ヒュポ・トーン・エモーン・カテーゴローン、ウーク・オイダ;エゴー・ドゥーン・カイ・アウトス・ヒュパウトーン・オリグー・エマウトゥー・エペラトメーン、フートー・ピタノース・エレゴン。カイトイ・アレーテス・ゲ・ホース・エポス・エイペイン・ウーデン・エイレーカーシン。マリスタ・デ・アウトーン・ヘン・エタウマサ・トーン・ポッローン・ホーン・エプセウサント、トゥート・エン・ホーイ・エレゴン・ホース・クレーン・ヒューマース・エウラベイスタイ・メー・ヒュペムー・エクサパテーテーテ・ホース・デイヌー・オントス・レゲイン。(プラトーン『ソークラテースの弁明』17a)
〔ステファヌス版の 17a とはまさに『弁明』の冒頭の部分であり、岩波文庫の久保勉訳では 1 章の書きだし (15 頁) にあたる。訳せという問題ではないが、文章の意味を知りたいかたも多かろうから、その邦訳から対応部分を引用すると次のとおりである:
「アテナイ人諸君、諸君〔原文傍点〕が私の告発者の弁論からはたしていかなる印象を受けたか、それは私には分らない。が、彼らの言葉はとにかく私をしてほとんど私自身をさえ忘れさせた程であった、それほどの説得力を以て彼らは語ったのである。それにもかかわらず彼らはひと言の真実をも語らなかったといってよかろう。しかも彼らの吐いた多くの虚言のうちで、なかんずく私を驚かした一つの事がある、すなわち彼らが私を雄弁家となし、その私に欺かれないように諸君は警戒しなければならぬといった事がそれである。」〕
Β. オー・テクナ、カドムー・トゥー・パライ・ネアー・トロペー、/ティナス・ポテドラース・ターズデ・モイ・トアズデテ/ヒクテーリオイス・クラドイシン・エクセステンメノイ?/ポリス・ドムー・メン・テューミアーマトーン・ゲメイ、/ホムー・デ・パイアーノーン・テ・カイ・ステナグマトーン;/ハーゴー・ディカイオーン・メー・パランゲローン、テクナ、/アッローン・アクーエイン・アウトス・ホーデレーリュタ、/ホ・パーシ・クレイノス・オイディプース・カルーメノス。(ソポクレース『オイディプース王』1–8 行)
〔岩波文庫の藤沢令夫訳 (19 頁) による:「わが民らよ、遠き父祖カドモスのはぐくんだ、後裔なる子らよ、いかがいたしたのか——かざしをつけた歎願のしるしの小枝を手に手にささげ持って、そこにそうして坐っているのは? それにテバイの都はいま、祭壇に香たく煙がいたるところにたちこめ、治癒の祈りと悲歎の声にみちみちている。わたしはこれがどうした事情か、他人の口づてに聞くことをよしとせず、わが民らよ、人みなにその名もかくれなきオイディプスが、みずから直きじきここへやってまいった。」〕
第 3 課 第 1・第 2 変化の名詞および形容詞,定冠詞
練習 3
1. 適度が最良である。
2. 人生は夢である。
3. 立派なことは困難である。
4. 友人たちのものは共通 [共有] である。〔「友のものは共のもの」というやたらにうまい訳しかたがある。柳沼重剛編『ギリシア・ローマ名言集』53 頁。〕
5. エジプトはナイル川の贈り物 [賜物] である。
6. 名誉は徳の報酬である。
7. よい奴隷の仕事は容易である。
8. その島の木々は美しい。
9. ぶどう酒はぶどうの樹の露である。
10. なぜなら肉体は魂の道具であり、さらに魂は神の (道具) であるから。
第 4 課 第 1 変化名詞および第 1・第 2 変化の形容詞(つづき)
練習 4
1. 平和はうるわしきものである。
2. 声は魂の影である。
3. ぶどう酒のなかに真実 (がある)。〔「ぶどう酒は心を映す鏡である」という言葉もある (アイスキュロス。のち練習 10.4 に出る)。どちらも要するに、酒に酔ったときに本性や真実がさらけだされるということだろう。柳沼編 37 頁を参照。〕
4. 徳は取り上げられることのない武器である。
5. 快楽の欲望 (=快楽を欲求すること) は恥ずべきである。
6. よき市民の意見は賢い。
7. 諸法は国家の魂である。
8. 富 (=金銭的な幸福) は確固としたものではなく、しかしてつかの間のものである。
9. その道はなんと狭く険しいのだ、主人よ。
10. 市民たちの敬虔と兵士たちの勇気と裁判官たちの正義とのうちに国家の力は存する。
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