samedi 18 septembre 2021

シンオウ神話翻訳集成 (3) シンオウの しんわ

旧作『ダイヤモンド/パール』における「シンオウ神話」の読みなおしを期して、ここに日本語版と欧米 5 言語版との翻訳比較ならびに考察を試みる。この記事では「シンオウの しんわ」を扱う。


各言語版のテクストは以下の各国語版ポケモン wiki より引用した (閲覧した版はこの記事時点における最新版)。ただし改行位置などについて細かな改変をとくに断らずに加えた場合がある。


日本語版:シンオウの しんわ

3びきの ポケモンが いた
いきを とめたまま
みずうみを ふかく ふかく もぐり
くるしいのに ふかく ふかく もぐり
みずうみの そこから
だいじなものを とってくる
それが だいちを つくるための
ちからと なっている という
湖に潜る「3 匹のポケモン」がユクシーエムリットアグノム——俗に UMA トリオと称せられる——を指すことに関しては異論はない。しかし湖の底にあって「大地を造るための力」となる「大事なもの」についてはこれまでに満足のいく解釈は知られていない。「始まりの話」やプレート銘文などほかの神話資料にもとづくかぎり、これらの 3 匹は心や精神といった観念と結びつけられるのがふつうであり、かつそれは「二つの分身」=ディアルガパルキアが創りだす「もの」と対置されている。物質世界の創造に UMA トリオが関与しているように書かれた記述はこの『シンオウの神話』以外には見あたらないようである。

水の底に潜って大地の材料をとってくるという大筋は、創造神話のうちのいわゆる潜水神話という型そのものである。現実のユーラシア内陸部、すなわち東欧からシベリア、インドから東南アジア、ポリネシアを経て北米大陸まで及ぶ広い地域に分布するもので、世界が一面の海だったとき、おもに鳥や動物などが創造神に命じられて海の底に潜り、くちばしや爪を使って土のかけらをとってくる、それを使って神は陸地を造ったという筋である (たとえば大林太良『神話学入門』91–92 頁、吉田敦彦『世界の始まりの物語』24–25 頁を参照)。この『シンオウの神話』の一節にはアルセウスは出てこないが、シンオウ神話体系全体の中では UMA トリオはアルセウスから作られた下位の存在であるから、そういう協力者が創造神にかわって水に潜るという点でも潜水型の特徴に合致している。

ところがこの話では「大地を造るための力」が海ではなく湖の底から得られるというのだから、ここで造られる大地というのはシンオウ地方を指すのではないことになる。湖がすでに存在するということは、その湖を形成している地形、つまりシンオウそのものはとっくにできあがっている理屈だからだ。すなわちこの物語はシンオウの創世神話ではありえない。それではこの「大地」とはなんのことで、いつ現れるものなのか、これは未解決の謎である。より詳しくは続きの議論も参照のこと。


英語版:Sinnoh’s Myth

Three Pokémon there were.
Into the lakes they dove.
Deep, deep, drawing no breath.
Deeper, deeper they dove.
Into suffocating depths they dove.
Deeper, then deepest they alight.
From the lake floor they rise.
Bearing with them the power to make vast lands, they rise again.
3 匹のポケモンがいた。
湖のなかへそれらは潜った。
深く、深く、息もせずに。
より深く、さらに深く潜った。
窒息するほどの深みまで潜った。
もっと深く、そうしてもっとも深いところへ降り立つ。
湖の底からそれらは浮かびあがる。
広大な土地を造るための力を帯びて、ふたたび浮かびあがるのだ。
まず注目されるのは 2 行めにおいて lakes「湖」が複数形で言われていることである。この「大事なもの」が沈んでいる湖とは明らかに 3 匹のポケモン=UMA トリオに対するエイチ湖・シンジ湖・リッシ湖の三湖を指しており、おくりのいずみと解することはできない (おくりのいずみをも含めた四湖とすることは不可能でないが)。

もう 1 点、時制についても注意しよう。第 5 行までは were, dove (3x) と過去形で語られているのに対し、第 6 行からは alight, rise (2x) と現在形に切りかわり最後まで一貫する。ひとつの解釈として、この現在は物語の現在ないし歴史的現在、すなわち実際には過去のできごとであるのに生き生きと真に迫る臨場感を出すために用いられている現在形だとみなすことは可能である。

しかし未来 (未実現) のことを語っている真の現在形であると見ることもできなくはない。この場合は予言が語られていることになり、湖底に消えていったエムリットたちは神話の語り手の知るかぎりいまだ帰還せず潜りつづけており——現にアグノム (ダイヤモンド版) とエムリット (パール版) の図鑑説明では湖の底で眠りつづけていると言われている——、その後に造られる vast lands「広大な地」とは現在あるシンオウに取って代わる新世界を意味していることになろう (北欧神話において世界が滅びたあと海のなかから浮かびあがって再生する緑の大地のように)。


ドイツ語版:Sinnohs Mythen

Es existierten drei Pokémon.
Sie tauchten hinab in die Seen.
Tief, tief hinab, ohne Atem zu nehmen.
Tiefer und tiefer tauchten sie.
Hinab in luftleeren Raum.
Tiefer und tiefer sanken sie hernieder.
Und als sie den Grund erreichten, stiegen sie wieder empor.
Sie trugen in sich die Kraft, Landmassen zu formen.
3 匹のポケモンがいた。
湖のなかへそれらは潜った。
深く、より深く、息もつかずに。
さらに深く、なお深く潜った。
空気のない空間に至るまで下へ。
もっと深く、ずっと深くそれらは沈み下った。
そうして底に到達すると、ふたたび高く上った。
それらは陸塊を形作る力を携えていた。
英語版と異なって、動詞の時制は最後まで過去形で一貫している。これを優先するとすれば英語版の予言解釈は棄却される。とはいえ——どの言語版についても同様に言えることだが——「大地を造るための力」「陸塊を形作る力」についてはあくまでエムリットたちがそれを手に入れたと言われているだけであって、その力を実際に行使したかどうかについてはなにも語られていないことに注意したい。


フランス語版:Le Mythe de Sinnoh

Ils étaient trois Pokémon.
Au fond des lacs, ils plongèrent, au plus profond, sans reprendre d’air.
Au plus profond, ils s’enfoncèrent, jusqu’aux abîmes suffocants.
Et continuèrent jusqu’à toucher le fond avant d’entamer leur ascension,
Pour refaire surface, doués du pouvoir de révéler les terres immergées.
3 匹のポケモンがいた。
湖の底へそれらは沈んだ。なおも深くへ、息も継がずに。
さらなる深みへ沈みこんだ。窒息するほどの深淵にまで。
水底に触れるまでそれは続いた。それから上昇を開始するのだ。
沈んだ大地の覆いを払う力を授かり、ふたたび世に現れるために。
なんといっても最終行が異色である。ここでは les terres immergées「水中に没した大地というものがあって、それが覆い隠されていたことになっている。一般に『DP』の世界観にはアイヌの影響が大きいことがよく知られているが、アイヌの神話にこのようなモチーフは存在しないのではないか。アイヌの宇宙観において、この地上=人間の世界より下方にあるとされるのはポㇰナ・モシㇼ「下方の世界」と呼ばれる死者の国・追放の国であるが、これらは地中・地底にあると考えられている (山田孝子『アイヌの世界観』21 頁および 34 頁以下)。一方この箇所のフランス語 immerger は仏仏辞典によると「水またはその他の液体のなかに全体を入れる」、つまり日本語ではふつう「浸す、沈める」と訳しうる動詞であって、地中に隠されている場合に使うことは考えにくい。

私はむしろここからは——すでに英語版の項で触れたような——北欧神話のラグナロク後の世界再生を連想する。水中から大地が現れるという点で完全な符合を示している。あるいはその土地は水に覆われているということからすると、海の底の楽園として琉球に伝わるニライカナイやケルト神話のティル・ナ・ノーグをも部分的に思わせるところがある。

さてこの「沈んだ大地」が現れるのはいつのことか。日本語訳では十分に反映しづらかったので原文に沿って説明してみる。原文で最後の 2 行はひと続きの文になっていて、主文の動詞は continuèrent「(水底に触れるまで沈降を) 続けた」という単純過去時制であり、そのあとに avant d’entamer「(上昇に) 着手するまえに」という不定詞の形で動詞が続いている。したがって厳密に言えばこの「上昇」——ならびにその結果としての「沈んだ大地の露出」——はまだ起こったとも起こっていないとも言えないものの、すなおに考えるとこれは過去のできごとの継起、つまり「沈みつづけてそれから上昇した」ということを意図しており、べつにただ et で結んで 2 つの単純過去の動詞を並べるのでもいいのだが、それでは文章がお粗末というか朴訥すぎるからという理由で文彩としてこのように不定詞を用いたものと思える。

「沈んだ大地」がすでに現れているのだとすればどういうことになるか。これを現す力は「湖の底」において得られたのであるから、シンオウの三湖 (複数形!) はすでに存在していなければならないということは前述したとおり。とはいえ必要なのは三湖をそのうちに擁するシンオウの本土だけであるから、ポケモンリーグやバトルゾーンなどのある離れた島々は「沈んだ大地」の候補と考えても矛盾はない。これらの島々のうちにはエムリットたちの力により水中から現れた——と昔のシンオウ人が考えていた——ものがあるのかもしれない。あるいは英語版におけると同様に、ここで語られている大地はまだ浮上しておらず予言を述べているものと考えることも可能である。


イタリア語版:Il mito della regione di Sinnoh

Un tempo c’erano tre Pokémon, che nuotavano nei laghi.
Giù, giù, senza respirare. Sempre più giù si spingevano.
Scesero molto in profondità, senza temere l’oscurità.
Indi risalirono dai fondali del lago, portando con sé la forza di creare nuove terre.
かつて 3 匹のポケモンがおり、湖のなかを漂っていた。
下へ、下へと、息もつかずに。いつまでももっと下へ突き進んでいった。
はるか奥底へと沈んだのだ、闇を恐れることなしに。
しかるのち湖の深奥よりふたたび上り来た、新たなる大地を創造する力を携えて。
まずあまり重要ではないけれどもおもしろい違いとして、3 行め後半——英語版の 5 行めに対応する——ではエムリットたちの恐れる (と人々が考える) ものが空気のないことではなく oscurità「闇」と言われていることを指摘できる。

そして最後の部分ではとうとう nuove terre「新たなる大地」という表現が見いだされた。これまでにも日本語版・英語版・フランス語版それぞれについての読解から、この箇所はシンオウとは異なるこれまでに知られていない新天地・新世界を指し示す可能性があることを導いてきたが、「新しい」という直接的な形容詞が出てきたのははじめてのことで、これはイタリア語版に独自の点である。これによって如上の議論はさらに堅固に裏打ちされたことになろう。


スペイン語版:El mito de Sinnoh, segundo tomo

Éranse tres Pokémon.
En los lagos se sumergieron.
En la profundidad, sin respirar.
Grandes distancias recorrieron.
Hasta su fondo insondable tocar.
En lo más profundo se detuvieron.
Y del fondo del lago ascendieron.
Portan el poder de crear vastas tierras.
Y con él, ascienden de nuevo.
3 匹のポケモンがいた。
湖のなかへそれらは沈んだ。
奥底へと、息もつかずに。
はるかな距離を突き進んだ。
計り知れない底に触れるまで。
もっとも深きところにて止まった。
そして湖底から上り来たった。
広大な地を創造する力を携えてくる。
それを伴いてふたたび上り来るのだ。
重訳 4 言語のなかでもっとも英語版に近いと評価できよう。このスペイン語版では途中までが点過去、最後の 2 行の動詞 portan, ascienden だけが現在時制で言われており、一貫して過去 (ドイツ語)・単純過去 (フランス語)・遠過去 (イタリア語) で統一されたほかのバージョンよりも形式的に忠実である。時制以外の点でも新たに特別注目すべき点はないようだ。

むしろおもしろいのはタイトルで、El mito de Sinnoh, segundo tomo『シンオウ神話・第 2 巻』と言われている。この本は初回に扱った『シンオウ神話』の続巻であるようだ。しかしご承知のとおりこの文章は「怒るな・泣くな・???サマの祝福」云々という『シンオウ神話』とはほとんど関連が見いだされず、スペイン語版 wiki の執筆者も困ったのか「第 1 巻と第 2 巻の内容のあいだには目に見える関係はなにもない」と注記している。強いて言えばどちらもエムリットに関係していそうな点だけが共通するか。

とはいってもこの文章はスペイン語でほんの 46 語、本のサイズにしてみたら 1 頁を埋めるどころかたったの 3 行くらいにしかならない。ゲーム中で読めるこれらの文章は、『シンオウ神話』という本全体のうちでは何千分の一というごくわずかなスペースを占める微小な断片でしかないはずだ。1 巻と 2 巻でそれぞれぱっと開いたページにちょっと書いてある程度のことが直接結びつかなくても当然と言えよう。願わくは『シンオウ (の) 神話』という書籍の全体を読んでみたいものである、目次だけでも見ることができればずいぶんいろんなことが判明するだろうに。


総括

  • この神話は現在あるシンオウの創造を描いたものではない。
  • 未来解釈=シンオウに取って代わる新たなる世界の誕生を予言したもの?
  • 過去解釈=シンオウの周縁の島々の成り立ちを語ったもの?
  • その大地はエムリットたちの力によって海中から水を押しのけて現れる。

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