dimanche 3 octobre 2021

シンオウ神話翻訳集成 (8) プレートから よみとく シンオウの はじまり

旧作『ダイヤモンド/パール』における「シンオウ神話」の読みなおしを期して、ここに日本語版と欧米 5 言語版との翻訳比較ならびに考察を試みる。この記事では、(ちかつうろを除く地上で) プレートを入手したときに初回のみ読める、プレート裏面に刻まれた銘文を資料とする「プレートから よみとく シンオウの はじまり」を扱う。


各言語版のテクストは以下の各国語版ポケモン wiki より引用した (閲覧した版はこの記事時点における最新版)。ただし 8 種の銘文の掲載順は各 wiki によってまちまちであり、ここでは統一のため日本語版の順番にそろえて並びかえ、あわせて比較用に番号を付した。


日本語版:プレートから よみとく シンオウの はじまり

〔シンオウで はっけん される ふるい プレートに きざまれた〕
[1] うちゅう うまれるまえ そのもの ひとり こきゅうする
[2] うちゅう うまれしとき その かけら プレートとする
[3] プレートに あたえた ちから たおした きょじんたちの ちから
[4] そのもの じかん くうかんの 2ひき ぶんしんとして よに はなつ
[5] そのもの じかん くうかんを つなぐ 3ひきの ポケモンをも うみだす
[6] 2ひきに もの 3ひきに こころ いのり うませ せかい かたちづくる
[7] うまれてくる ポケモン プレートの ちから わけあたえられる
[8] プレート にぎりしもの さまざまに へんげし ちからふるう
各行の冒頭に振ってある番号は、各国語版との対応と説明の便宜上つけたもので原文にはない。一般的な解釈として、[1, 4, 5] の「そのもの」はアルセウス、[4, 6] の「2ひき」はディアルガとパルキア、[5, 6] の「3ひき」はユクシー・エムリット・アグノムの UMA トリオを指すことは、これまで見てきた神話と対比して疑いなく、またこのプレート銘文にのみ見える [3] の「きょじんたち」とは太古にレジギガスの創ったもしくは同胞であったレジシリーズ (レジ系) であろうかと言われている。


英語版:Sinnoh’s Beginning as Told on Plates

[1] “The Original One breathed alone before the universe came.”
[2] “When the universe was created, its shards became this Plate.”
[3] “The power of defeated giants infuses this Plate.”
[4] “Two beings of time and space set free from the Original One.”
[5] “Three beings were born to bind time and space.”
[6] “Two make matter, and three make spirit, shaping the world.”
[7] “The powers of Plates are shared among Pokémon.”
[8] “The rightful bearer of a Plate draws from the Plate it holds.”
[1] はじまりのものは宇宙が生じるまえひとり呼吸していた。
[2] 宇宙が創られたとき、その破片がこのプレートになった。
[3] 敗れた巨人たちの力がこのプレートを満たしている。
[4] 時間と空間の 2 つの存在がはじまりのものから解き放たれた。
[5] 3 つの存在が時間と空間を結びつけるため生まれた。
[6] 2 つは物質を、3 つは精神を作り、この世界を形づくる。
[7] プレートの力はポケモンたちのあいだに共有されている。
[8] プレートの正しき担い手はそれがもつプレートから〔力を〕引きだす。
注目すべき日本語版との相違は [8] だろう。この前半では日本語版が「プレート握りし者」としか言っていなかったところを rightful bearer「正しき担い手」と表現されており、本来の用途でプレートを使うには正当な資格が必要であることがわかる。一方で後半はただ「力を引きだす」という抽象的な言明になっているが、ここは日本語版では「さまざまに変化し」とありいわゆるフォルムチェンジをすることが明確に読みとれる。厳しい文字数制限のなかで文をまとめねばならなかったどちらも一長一短といえよう。

また [2] には一見些細と見えるが重大な異同がある。この前半は日本語版では「宇宙生まれしとき」という自動詞的表現だが、英訳では was created「創られた」という他動詞の受動態で創造主アルセウスの作為を暗示している。反対に後半は日本語版では「プレートとする」という能動なのに対し英語版は became「となった」という自動詞で言われている。宇宙創造とプレート形成のそれぞれに関してアルセウスがどのように関与しているかについて理解が異なっているようだ。

[6] も日本語版と比べてみるとだいぶ違うが、その差異の意味するところを正しく推察することは難しい。日本語では「こころ いのり うませ」という表現であったが、「生ませ (る)」という使役が英訳では消えているのに加えて、2 つのもの=ディアルガ・パルキアが作るのは matter「物質」であるとされており、ほかの神話テクスト——とくに「はじまりのはなし」——との調和が図られている。これに関連して示唆的であるのは、カンナギタウンの壁画に「心も空間」と言われていることである。すなわちパルキアが作る物質/空間には「心」も含まれているのであるから、いくらかギャップは埋められることになる。


ドイツ語版

[1] “Das Ursprüngliche atmete, da war das Universum noch nicht geboren.”
[2] “Als das Universum entstand, entstand diese Tafel aus einem Splitter.”
[3] “Die Kraft besiegter Giganten speist diese Tafel mit Energie.”
[4] “Zwei Wesen von Zeit und Raum wurden aus dem Ursprünglichen geboren.”
[5] “Um Zeit und Raum miteinander zu vereinen, wurden drei Wesen geboren.”
[6] “Zwei sind Materie, drei sind Geist und bilden gemeinsam die Welt.”
[7] “Die Kräfte der Tafeln werden von allen Pokémon geteilt.”
[8] “Dem rechtmäßigen Träger einer Tafel soll ihre Kraft verliehen werden.”
[1] 原初のものは宇宙がまだ生まれていなかったときに息づいていた。
[2] 宇宙が生じたとき、このプレートは破片から生じた。
[3] 敗れた巨人たちの力がこのプレートにエネルギーを供給する。
[4] 時間と空間の 2 つの存在が原初のものから生まれた。
[5] 時間と空間をたがいに調和させるために 3 つの存在が生まれた。
[6] 2 つは物質、3 つは精神であって、共同して世界を形づくる。
[7] プレートの力はすべてのポケモンに分け与えられている。
[8] プレートの正当な担い手にその力は付与されるべきである。
[6] では 2 つのもの=物質、3 つのもの=精神という表現がなされている点で異色である。さらにこれらのあわせて 5 者が gemeinsam「共同して」世界を作ると言われている、つまり物質と精神とから世界は成っているのだということが明確である。

ここにきて興味深いと思われるのが、日本語版でもほかのどの言語でも、Universum「宇宙」と Welt「世界」とが截然と区別されて用いられていることである。「宇宙」をつくれるのはひとりアルセウスだけであり、これに引きつづく 5 者——あるいはギラティナも含めた 6 者?——は「世界」をつくるとされる。あたかも「世界」は「宇宙」に含まれる、より小さな領域のようであるが、具体的にどの範囲が「世界」と呼ばれているのかは定かでない。


フランス語版

[1] « L’Être Originel respirait seul avant que l’univers ne soit. »
[2] « Quand l’univers fut créé, ses fragments formèrent cette Plaque. »
[3] « Cette Plaque contient le pouvoir des géants vaincus. »
[4] « Deux êtres du temps et de l’espace libérés par l’Être Originel. »
[5] « Trois êtres furent créés pour lier le temps et l’espace. »
[6] « Deux créent la matière et trois créent l’esprit, façonnant le monde. »
[7] « Les pouvoirs des Plaques sont partagés entre les Pokémon. »
[8] « Le porteur légitime d’une Plaque peut en maîtriser le pouvoir. »
[1] はじまりのものは宇宙が在るまえからひとり呼吸していた。
[2] 宇宙が創られたとき、その破片がこのプレートを形成した。
[3] このプレートは敗れた巨人たちの力を含んでいる。
[4] 時間と空間の 2 つの存在がはじまりのものによって解き放たれた。
[5] 3 つの存在が時間と空間を結びつけるために創られた。
[6] 2 つは物質を、3 つは精神をつくり、世界をこしらえた。
[7] プレートの力はポケモンたちのあいだに共有されている。
[8] プレートの正当な担い手はその力を自在に利用できる。


イタリア語版

[1] “La Creatura Originaria esisteva prima ancora dell’universo.”
[2] “Quando fu creato l’universo, i suoi cocci crearono questa lastra.”
[3] “Questa lastra racchiude la potenza sprigionata da giganti sconfitti.”
[4] “La Creatura Originaria diede vita a due creature, una del tempo e una dello spazio”
[5] “I tre esseri nacquero per vincolare il tempo e lo spazio.”
[6] “Due forgiarono la materia e tre lo spirito, dando vita al mondo.”
[7] “I Pokémon traggono potenza dalle lastre.”
[8] “Il legittimo portatore delle lastre cambia a seconda della lastra che porta.”
[2′] “I frammenti della creazione dell’universo compongono questa lastra.”
[5′] “Videro la luce tre creature che congiunsero il tempo e lo spazio.”
[8′] “La lastra infonde potenza a chi è degno di possederla.”
[1] はじまりのものは宇宙よりもなお前から存在していた。
[2] 宇宙が創られたとき、そのかけらがこのプレートをつくった。
[3] このプレートは敗れた巨人たちから放たれた力を含んでいる。
[4] はじまりのものは 2 つの生きものに生を与えた。1 つは時間、1 つは空間の。
[5] 3 つの存在が時間と空間を結びつけるために生まれた。
[6] 2 つは物質を、3 つは精神を鍛え、世界を生みだした。
[7] ポケモンたちはプレートの力を引きだす。
[8] プレートの正当な担い手はそれがもつプレートに応じて変化する。
[2′] 宇宙創造の破片がこのプレートを構成している。
[5′] 時間と空間とを接合する 3 つの生きものが光を見た (=生まれた)。
[8′] プレートはそれを所有するにふさわしき者に力を吹きこむ。
イタリア語版の wiki にはなぜか 11 本の文が同列に箇条書きされているのだが、私じしんイタリア語版のゲームをプレーして確認したわけでないのでこれがどういうことなのかはわからない。読んでみるかぎり、余っている 3 文 [2′, 5′, 8′] はそれぞれ [2, 5, 8] とかなりよく似た内容を述べている (繰りかえすが並び順は一定しておらず番号も本来ついていないので、英文によりよく対応すると私が判断したものに同じ番号を振り、残りをプライム ′ と決めたまで)。

もしこの 11 種類がすべてゲームプレーに現れるのであれば、あるいは本当は全部で 16 種類があって [1, 3, 4, 6, 7] に似た内容の別伝もあり、wiki の編集者が確認しきれていないだけかもしれない。その傍証として、上掲 [1, 4, 7] の文の対応がいささか弱いことを指摘できる。[1] は他言語では共通して「ひとり・孤独に」(独のみこれを欠く) と「呼吸する」という語句が、また [4] では「世に放つ・解放する」といった言いかた、[7] は「分け与える・分かちあう・共有する」を意味する単語が、翻訳の壁を超え一致して用いられているところ、イタリア語版のみそういう表現がなされておらず浮いているのである。ここからこれらの文は正しくは [1′, 4′, 7′] にあたる可能性がある。

だがこの推測が肯綮にあたっているとすれば、なぜイタリア語版だけ 16 枚のプレートそれぞれに丁寧に文を用意したのかという謎は残る。これはひょっとすれば本来はどの言語でも 16 通りの銘文があったのではないかという想像も可能である。よく考えたらプレートが 16 枚あるのに 2 枚ずつ同じ文が刻まれているというほうが不自然ではないか。類似しているが若干内容が異なる別伝があるという性質はいかにも神話らしくていいと思うのだが、完成段階で冗長とみなされて削られてしまった、そのなごりがイタリア語版なのかもしれない。


スペイン語版

[1] «El original respiraba en solitario antes de que llegara el universo».
[2] «Cuando el universo fue creado, sus fragmentos formaron esta tabla».
[3] «El poder de los gigantes derrotados se encuentra en esta tabla».
[4] «Dos seres del tiempo y el espacio se liberaron del original».
[5] «Tres seres nacieron para unir el tiempo y el espacio».
[6] «Dos crean la materia y tres crean el espíritu para dar forma al mundo».
[7] «Los Pokémon comparten los poderes de las tablas».
[8] «El legítimo portador de una tabla recibe poder de dicha tabla».
[1] はじまりのものは宇宙が生じるまえ孤独に呼吸していた。
[2] 宇宙が創られたとき、その破片がこのプレートを形成した。
[3] 敗れた巨人たちの力がこのプレートのなかに存在している。
[4] 時間と空間の 2 つの存在がはじまりのものから解き放たれた。
[5] 3 つの存在が時間と空間を結合するために生まれた。
[6] 2 つは物質を、3 つは精神をつくり、世界を形成した。
[7] ポケモンたちはプレートの力を共有している。
[8] プレートの正当な担い手は前記のプレートの力を受けとる。


総括

  • プレートには本来の力を引きだす正当な使い手がおり、それがアルセウスである。
  • 神話の語りにおいて「宇宙」と「世界」とは峻別されている。
  • プレート銘文は制作段階では 16 種あった可能性がある。

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