jeudi 18 novembre 2021

シンオウ神話翻訳集成 (16) ポケモン図鑑:アルセウス

旧作『ダイヤモンド/パール』における「シンオウ神話」の読みなおしを期して、ここに日本語版と欧米 5 言語版との翻訳比較ならびに考察を試みる。この記事ではアルセウスのポケモン図鑑説明文を扱い、ひとまずの区切りとする。明日はいよいよ『ブリリアントダイヤモンド/シャイニングパール』の発売日である。


各言語版のテクストは以下の各国語版ポケモン wiki より引用した (閲覧した版はこの記事時点における最新版)。ただし改行位置などについて細かな改変をとくに断らずに加えた場合がある。


日本語版:アルセウス

[D]
1000ぼんの うでで うちゅうを
つくった ポケモンとして
しんわに えがかれている。
[P, Y, AS]
うちゅうが まだ ない ころに
さいしょに うまれた ポケモンと
しんわの なかで かたられている。
[Pt, BW(2)]
なにも ない ばしょに あった
タマゴのなかから すがたを あらわし
せかいを うみだしたと されている。
[HGSS, X, OR]
タマゴから すがたを あらわして
せかいの すべてを うみだしたと
シンオウしんわに かたられている。
後 3 者は「始まりの話」ならびにプレート銘文と整合する内容を部分的に繰りかえしており、同一の伝承に拠ったものであろう。これらのうち、「宇宙」という語はプレート銘文にのみ、またアルセウスが「タマゴ」から発したという点は「始まりの話」にのみ見られるもので、伝承の系統を割りだす手がかりとなりうる。

この説明文に特異な点はダイヤモンド版の「1000 本の腕」という部分である。この図鑑のほかにはいっさい見られない独自伝承であり、ここにも作中世界においてプレーヤーのアクセスできない資料の存在がほのめかされている。千本の腕といえば日本人がまっさきに想起するのは千手観音であろうが、千手観音は創造神ではなくその千の手と目によって衆生を救う菩薩であるのに対して、アルセウスは世界を創造したあと眠りについているし、千手観音は二十八部衆という文字どおり 28 の善神を眷属としているのに比べアルセウスには 6 体しかいないなど、ほかの点でもとくに共通点といえるものは見あたらない。

しかしながら、インドに手がかりを求めるのはあながち見当はずれでないかもしれない。インド神話の古層、リグ・ヴェーダの創造神話は曖昧模糊としてわからない部分が多いようであるが、顕著な類似点がいくらか見受けられる (以下、上村勝彦『インド神話』ちくま学芸文庫、2003 年、34 頁以下による)。ヴェーダにおける創造説のひとつとして、「一切を造った者」を意味するヴィシュヴァカルマンは、あらゆる方角に目・腕・足をもつ天地の創造者であったという。また、これとはべつの話として、「万有そのもの」でありのちに造物主プラジャーパティ——この名はさきに「始まりの話」の記事でも少し触れた——と同一視される原人プルシャは千頭・千眼・千足を有し、過去と未来にわたって存する一切の存在であるとされる。いずれも直接に「千本の腕」という表現こそ見られないが、創造神の風貌の描写としてはかなり似通ったところがあるといえるのではないか。

なお繰りかえしになるが、ミオ図書館で読める「始まりの話」はアルセウスにまつわる最重要の資料であり、そちらの記事でもアルセウスに関してさまざまな点を論じているので、あわせてお読みいただきたい。


英語版:Arceus [アールキーアス]

[D] It is described in mythology as the Pokémon that shaped the universe with its 1,000 arms.
[P] It is told in mythology that this Pokémon was born before the universe even existed.
[Pt] It is said to have emerged from an egg in a place where there was nothing, then shaped the world.
[HGSS] According to the legends of Sinnoh, this Pokémon emerged from an egg and shaped all there is in this world.
[D] 神話において千本の腕で宇宙を形作ったポケモンとして描かれている。
[P] 神話においてこのポケモンは宇宙が存在すらしなかったときに生まれたと伝えられている。
[Pt] なにもなかったところにタマゴから生じ、それから世界を形作ったと言われている。
[HGSS] シンオウの伝説によると、このポケモンはタマゴから生じてこの世界にある一切を形作った。
HG/SS 版では「神話」ではなく legends「伝説」と訳されている点が目を引く。この連載のはじめ、『シンオウ神話』の記事のまえがきにおいて私は、神話・伝説・昔話の区別が作中で曖昧であるという問題について触れた。欧米語でも日本語と同じように——というより日本語におけるそれらの区分はヨーロッパの研究伝統に従っているのだから話が逆であって、神話という単語じたい明治期に作られた翻訳語である——myth, legend, folktale の 3 者は適切に使いわけられねばならないのに、日本語が「神話」と言っているところを legends と対応させる英訳 (と独訳) には問題がある (この点を認識しているのか不明だが、仏・伊・西訳は mythologie にあたる語で映している)。せっかくの機会なので、連載も終盤に至ったこの場においてその点をもう少し詳しく検討してみよう。

myth はギリシア語 μῦθος (mȳthos) に由来し、その原義は「言われたこと、言葉、語り、物語」というほどのもので、「神」という含みは本来ないけれども、現在では「神話」、すなわち「神や女神の行いに関する物語」としてふつう用いられる。一方で legend はラテン語の動形容詞 legendum から来ているから「読まれるべきもの」が本義である。キリスト教の聖人の祝日に読まれたものであって「聖人伝、聖人の生涯に関する物語」を指したが、しだいに聖人だけに限定されず「歴史上の人物に関する架空の物語」を意味するようになった。日本語に即して言えば「義経伝説」がうってつけの例で、源義経はむろん平安時代末期に生きた実在人物であるが、彼が平泉で死なず大陸に渡ってチンギス・ハンになったなどというのは明らかに架空の「伝説」である。現代でも「全盛期のイチロー伝説」などというのはまさしくこの語の完璧な用例といえる。最後に、folktale は文字どおり「民衆の物語」であって、とくに誰ということもない「一般の人を主人公とする超自然的な物語」と定義できる。「ヘンゼルとグレーテル」のように人名が含まれている場合でも、これは日本語にすれば「太郎くんと花子ちゃん」のような名前であって具体的に特定できる人物ではない。

ここまでをまとめると、3 つのジャンルのうち「myth=神話」は神々、「legend=伝説」は歴史上の人物、「folktale=民話、昔話」は名もなき人というように、登場人物の性格にもとづいて区分けすることができる。また物語の舞台設定に関しても、「神話」ははるか太古の神代の時間——あるいは無時間——を背景とするに対して、「伝説」はその主人公の生きた時代として歴史上のおおよその時間と場所がはっきりしている——筋書きは架空であっても具体的な現実の人名・地名が出てくる——、また「昔話」はいつ・どこのこととは知れないが人間の時代である昔の話と分けられる。べつの整理のしかたとして、史実と虚構、聖と俗という 2 次元の図にプロットしてみると、「神話」は聖なる虚構の話、「昔話」は俗なる虚構の話、そして「伝説」はどちらの軸に関してもちょうど中間あたりに置かれる。

❀ とはいえかならずしもつねにきれいに分類できるとは限らないことはすでに触れたとおりだし、3 者の区分を画する特徴はこのほかにもあり——物語の意味が字義どおりか象徴的かという象徴性の度合とか、神話は信じられた真実の語りであるのに対して昔話は作りごとと承知のうえで楽しむという聞き手の信じかたおよび娯楽性の有無とか。伝説はいずれの観点でもおおよそ中間に位置する——、上のものはあくまでもっともわかりやすい基準として解説したまでである。また神話と昔話の時間についてはユクシーの項目のフランス語版解説で述べたこともあわせて参考にされたい。

さて、このような定義をポケモン世界に応用するとき、ひとつの重大な問題が浮上する。それはポケモンに限らずファンタジーの世界で「神」とされる存在が実在する場合、神話と伝説との境目が溶融してしまうということだ。神が実在するのであればその虚構性に関して「伝説」との差が失われ、かつその行いの時は人の代に引きつけられ歴史上の時間におけるできごとになってしまうので、「神話」という言葉は意味をなさないことになりはしないか。まだ聖俗という縦軸が残っており、「神話」というときにはその主人公を神として崇めているニュアンスが「伝説」よりも強いと考えられるから、完全に区分が消失するわけではないとしても、程度の問題に還元されてしまうとは言えそうだ。そう考えてみると、ここで問題とした HG/SS 版のテクストが「伝説」の語を用いたことは、アルセウスの実在性を暗々裡に主張していると好意的に解釈することもできる。


ドイツ語版:Arceus [アルスース、アルツォイス]

[D] Die Mythologie nennt dieses Pokémon als Former des Universums, wobei es seine tausend Arme eingesetzt hat.
[P] Die Mythologie erzählt, dass dieses Pokémon geboren wurde, bevor das Universum überhaupt existierte.
[Pt] Man sagt, es sei im Nichts aus einem Ei geschlüpft und habe dann die Welt geformt.
[HGSS] In den Legenden Sinnohs heißt es, es sei aus einem Ei erschienen und hätte die gesamte Welt geschaffen.
[D] 神話はこのポケモンを宇宙の造形者と呼び、それに際してその千本の腕を用いたものとしている。
[P] 神話はこのポケモンが、宇宙がそもそも存在するよりまえに生まれたと語っている。
[Pt] それは空虚のなかにタマゴから孵化し、それから世界を形作ったのだと言われている。
[HGSS] シンオウの伝説においてタマゴから現れ全世界を創造したものと言われている。
以下、すでに英語版について説明したことに新たに付け加えることはない。

名前の発音について、実際にドイツ語圏の人たちがどう呼んでいるかはわからない。c の字はドイツ語では——ck や (s)ch というダイグラフを除いて——単独ではふつう用いられず、用いる場合は [ts] の音になるのが原則だが、c を使うのはたいてい外来語のためもとの言語の発音に従うことも多く一概には言えない。規則どおり読めばアルツォイスであるが、ceu という連続はドイツ語にはめったに見いだされず、手もとの辞書 (小学館『独和大辞典』第 2 版、アプリ版) ではわずかに Annonceuse と Berceuse の 2 例しかない。これらはいずれもフランス語からの借用語であって [søː] という発音になるので、これを念頭に置けばアルスースと読む人もあるかもしれない。もっとも、アルセウスの命名の由来はアルケー (ἀρχή「始まり」) +ゼウス (Ζεύς) であって、ゼウス Zeus はドイツ語ではツォイスと呼ばれるので、この語源を意識している人はやはりアルツォイスに傾きそうである。


フランス語版:Arceus [アルセユス]

[D] La mythologie le décrit comme le Pokémon qui a façonné l’univers avec ses 1 000 bras.
[P] Dans la mythologie, ce Pokémon existait déjà avant la formation de l’univers.
[Pt] On dit que son œuf a éclos dans le néant et qu’il est à l’origine de la création du monde.
[HGSS] La mythologie de Sinnoh veut qu’il soit apparu sous forme d’œuf et ait créé le monde.
[D] 神話はそれを、千本の腕で宇宙を造形したポケモンとして描いている。
[P] 神話によると、このポケモンは宇宙の形成以前にすでに存在していた。
[Pt] そのタマゴは虚無のなかで孵化し、それが世界創造の起源であると言われている。
[HGSS] シンオウの神話はそれがタマゴの形で現れ世界を創造したと説いている。


イタリア語版:Arceus [アルチェウス]

[D] Nella mitologia è descritto come il Pokémon che ha dato forma all’universo con le sue 1000 braccia.
[P] Nei racconti mitologici si dice che questo Pokémon sia nato ancor prima dell’universo.
[Pt] Si dice che sia nato da un uovo in mezzo al nulla e che poi abbia dato origine al mondo.
[HGSS] Secondo la mitologia di Sinnoh, Arceus è nato da un uovo e poi ha creato il mondo.
[D] 神話においてそれは千本の腕で宇宙に形を与えたポケモンとして描かれている。
[P] 神話の語るところではこのポケモンは宇宙がまだないときに生まれたと言われている。
[Pt] 虚無の中心においてタマゴから生まれ、それから世界を誕生させたと言われている。
[HGSS] シンオウの神話によれば、アルセウスはタマゴから生まれそれから世界を創造した。


スペイン語版:Arceus [アルセウス]

[D] La mitología lo describe como el Pokémon que dio forma al Universo con sus 1000 brazos.
[P] La mitología cuenta que este Pokémon nació antes de que el Universo existiera.
[Pt] Se dice que surgió de un huevo en un lugar en el que no había nada. Y luego dio forma al mundo.
[HGSS] Según la mitología de Sinnoh, Arceus surgió de un huevo y después creó todo el mundo.
[D] 神話はそれを、千本の腕で宇宙に形を与えたポケモンとして描いている。
[P] 神話はこのポケモンが宇宙の存在するよりまえに生まれたと語っている。
[Pt] なにもなかった場所にタマゴから発したと言われている。そしてそれから世界に形を与えた。
[HGSS] シンオウの神話によると、アルセウスはタマゴから発し、次いで世界を創造した。


総括

  • ダイヤモンド版の図鑑にしか見られず出所不明の「千本の腕」を除くと、図鑑説明はおおむね始まりの話プレート銘文と共通の伝承を資料としている。
  • 現実のレベルでは「千本の腕」はインド神話の影響かもしれない。
  • 神話・伝説・昔話は日本語でも欧米語でもそれぞれ区別される概念であるが、ポケモン世界では曖昧である。
  • あえて伝説という言葉を用いるとき、神の聖性は薄らぐかわりに実在性が強調される (英語版・ドイツ語版)。

mercredi 17 novembre 2021

シンオウ神話翻訳集成 (15) ポケモン図鑑:ギラティナ

旧作『ダイヤモンド/パール』における「シンオウ神話」の読みなおしを期して、ここに日本語版と欧米 5 言語版との翻訳比較ならびに考察を試みる。この記事ではギラティナのポケモン図鑑説明文を扱う。図鑑番号は飛んでしまうが、神話体系における重要性に鑑みてギラティナとアルセウスを優先して扱うことにした。


各言語版のテクストは以下の各国語版ポケモン wiki より引用した (閲覧した版はこの記事時点における最新版)。ただし改行位置などについて細かな改変をとくに断らずに加えた場合がある。


日本語版:ギラティナ

[DP]
このよの うらがわにある せかいに
すんでいると いわれる ポケモン。
こだいの はかばに あらわれる。
[Pt, BW(2), Y, AS]
あばれもの ゆえ おいだされたが
やぶれたせかいと いわれる ばしょで
しずかに もとのせかいを みていた。
[HGSS, X, OR]
じょうしきの つうようしない
このよの うらがわにあると いわれる
やぶれたせかいに せいそくする。
ギラティナの図鑑記事はダイヤモンド版とパール版の説明文が共通のため 3 種類しかない。マイナーチェンジであるプラチナ版の存在しないリメイクでは BD 版と SP 版で分かれるのではないかと予想している。

さきに見たディアルガパルキアならびに湖の三神の図鑑説明文と比較したとき、ここでは「神 (様)」や「神話」という言葉がどのバージョンにも現れていないということは注目に値する。いかに文字数制限が厳しいとはいえ、たとえば DP 版の 2 行め「すんでいると いわれる ポケモン」のかわりに「すむという しんわの ポケモン」とするなど工夫の余地は残っている。しかるにここでギラティナはあくまでたんなる「ポケモン」としか言われておらず、やぶれたせかいに「生息する」という言いまわしもあまり高等な存在にはふさわしくない。この図鑑項目の著者はギラティナを神とする文献や言い伝えを知らなかったのではないか。

このことから執筆者の素性を絞りこむことができる。ユクシーの記事のあとがきで述べたとおり、図鑑説明文の執筆者はナナカマド博士もしくはその研究協力者であろうと想定するのが妥当だ。ポケモン図鑑というものを通常の書籍媒体の図鑑や事典に準じて考えるなら、ナナカマド博士は監修者であり、493 もの項目を書くためにおそらく 2 桁に上る執筆者が携わっただろう (もちろん博士じしんいくつかの項目——とくに進化に関わる?——を執筆していても当然である)。この一大プロジェクトには最高峰の執筆陣が集められたに違いない。そしてこうした学界というのは意外に狭いものであるし、神話に関連する記事を信頼できるレベルで執筆できそうな人物はシンオウ中でも何人もいないだろう。

それゆえ私はディアルガなども含めこれらの項目の執筆者は神話研究者としてのシロナが最有力候補だと睨んでいた。アカギでさえ事前には知らなかったほどの——したがってギンガ団の調査が及ばなかった——ギラティナについて解説できる人物は非常に限られ、シロナは作中で唯一自力でそれを調べあげた研究家だからである。だがシロナはプラチナ版ギラティナイベントを含む一連の発言において「ギラティナの神話」「神話に残されたポケモン」という言いまわしを用いている。この〈やりのはしら〉でのできごと以前には彼女もギラティナを知らず、これ以降には「神話」として認識していることになるので、どの時点においてもシロナが執筆者である可能性はあまり大きくない。なお彼女はこの件について「神話を調べていてわかったの」と語っているので、ギラティナについて載せている文献はたしかに存在するようである。

❀ もしポケモン図鑑の渡された時点で解説文がインストールされているのだとすれば、アカギもシロナも知りえなかったことを最初から知っていた人物がいたことになる。ただ私見ではそのように考える必要はないと思っている。どんな洞窟のなかからでも手持ちポケモンが 6 匹を超えたさいには転送できるなど、あの世界の通信技術はたいへんに進んでいるので、図鑑の内容を随時アップデートすることなど造作もないだろう。

話題は変わって、やぶれたせかいが「この世の裏側」にある「常識の通用しない世界」だという描像について、アイヌの世界観の影響がありそうであることはすでに「トバリの神話」の記事で言及したが、ギラティナが「暴れ者ゆえ追いだされた」ためにそこに至ったという件も同じ関連で理解できそうである。

アイヌにおける冥府はポㇰナ・モシㇼ「下方の世界」、テイネ・モシㇼ「陰湿な世界」、チカㇷ゚・サㇰ・モシㇼ「鳥の住まぬ国」ほかさまざまに呼ばれる地底の世界である。いくつもある名称は同じ世界のさまざまな側面を言い表したものであるが、とくにテイネ・ポㇰナ・モシㇼ「陰湿な下方の世界」と呼ばれるのは「地底にある陰湿の国土で、悪人や魔神が罰せられて堕ちて行くところである」とされる。不当に人間やカムイを殺すなどの悪業を行った魔神は退治され、典型的には「蹴落とされる」という形でその他界へ追放される。このようにして追いやられた「巨魔はいったん、ポㇰナ・モシㇼに足を踏みいれたならば、二度と人間の世界や神の世界には戻れないことになっている」という (以上、山田孝子『アイヌの世界観』34 頁以下を参照)。

ただしそのようにして追放される魔神はさまざまおり、とくにギラティナと結びつくような特徴を絞りこめるものではない。その点、三柱の兄弟である大神のうちの一柱が「暴れ者」で追放されるという筋は、日本神話のスサノヲを容易に連想させるので、その影響の可能性もありそうだ。なお日月 2 神に悪行を働く 3 番めの末弟がいるという構造そのものはインドシナに広く見られる神話のタイプである (たとえば大林太良『日本神話の起源』選書版 126 頁以下や、吉田敦彦『日本神話の源流』129 頁以下を見よ)。だがスサノヲはさらに根の堅州国という、黄泉の国と通り道を共通にする一種の冥界を治めているという点で、ギラティナと著しい共通点がある。

❀ ギラティナがこれほどよくスサノヲと対応するとなると、同じ三貴子であるアマテラスとツクヨミがディアルガ・パルキアのいずれかに対応すると誰しも考えたくなるだろうが、結論から言えばこれはうまくいかない。一概に三貴子と言ってもその比重は大きく偏っており、最高神とされさまざまなエピソードをもつアマテラスに対し、ツクヨミは影が薄すぎてほとんど事績が語られていないこと、そしてその数少ない逸話のうちでも書紀の一書に言うウケモチ殺し——これはスサノヲのオホゲツヒメ殺しと同工異曲——を採用してしまうとディア・パルではなくこちらもギラティナに接近してしまうためである。


英語版:Giratina [ギラティーナ]

[DP] A Pokémon that is said to live in a world on the reverse side of ours. It appears in an ancient cemetery.
[Pt] It was banished for its violence. It silently gazed upon the old world from the Distortion World.
[HGSS] This Pokémon is said to live in a world on the reverse side of ours, where common knowledge is distorted and strange.
[DP] われわれの世界の反対側にある世界に住んでいると言われるポケモン。古代の墓場に現れる。
[Pt] その暴力性のゆえに追放された。〈やぶれたせかい〉からもとの世界を静かに見つめている。
[HGSS] 常識が歪められ異様になっている、われわれの世界の反対側にある世界に住んでいると言われる。
そういえばギラティナが現れるという「古代の墓場」とはどこにあるのだろう。作中にそのような名前の場所の見あたらないことは、この英語版で an ancient cemetery という不定冠詞つきの小文字で書かれていることからも確証される (〈やぶれたせかい〉が the Distortion World とされているのと対照的)。「墓場」というからには遺体が埋められている場所であり、それは死者の世界ではなく現世のわれわれの世界のほうにあるはずだから、〈やぶれたせかい〉とはべつの場所を指していると思われる。「シンオウ昔話」その 1 が暗示するようにポケモンの遺体が沈んでいるであろう〈おくりのいずみ〉はほとんど唯一の候補ではあるが、そうだとすればこの第 4 の泉は「古代の墓場」という別名をもっていることになる。


ドイツ語版:Giratina [ギラティナ]

[DP] Ein Pokémon, von dem man sagt, es lebt in der Spiegelwelt unserer Welt. Es erscheint auf alten Friedhöfen.
[Pt] Es wurde aufgrund seines Verhaltens verbannt. Aus der Zerrwelt schaut es auf die alte Welt.
[HGSS] Es lebt in einer Zerrwelt, die auf der Kehrseite der unseren liegt und die sich aller Logik entzieht.
[DP] われわれの世界と鏡写しの世界に住んでいると言われるポケモン。古い霊園に現れる。
[Pt] その振る舞いにもとづいて追放された。〈歪世界〉からもとの世界を覗いている。
[HGSS] われわれの世界とは反対側にあり、あらゆる論理が消え去るところの〈歪世界〉に住んでいる。
ドイツ語版ではギラティナの追放の理由はたんに Verhalten「振る舞い、態度」としか言われておらず、暴れたというような表現はされていない点で想像の余地を残している。私は「始まりの話」の項で、ギラティナが暴れ者であるという理由づけは後づけではないかという疑いに触れたが、このドイツ語版はそれに有利な材料を提供している。


フランス語版:Giratina [ジラティナ]

[DP] Un Pokémon censé vivre dans un monde à l’opposé du nôtre. Il apparaît dans un cimetière ancien.
[Pt] Sa grande violence lui a valu d’être banni. Il observe les hommes en silence depuis le Monde Distorsion.
[HGSS] Il vit dans le Monde Distorsion, un monde à l’opposé du nôtre qui échappe au sens commun.
[DP] われわれの世界とは反対側の世界で暮らしているらしいポケモン。古代の墓場に現れる。
[Pt] その激しい暴力性は追放されるに値した。〈やぶれたせかい〉から静かに人間たちを見張っている。
[HGSS] われわれの世界とは反対側にあり、常識の埒外にある世界、〈やぶれたせかい〉に暮らしている。
フランス語版のみ、プラチナ版の説明はギラティナが「もとの世界」ではなく les hommes「人間たち」を観察していると述べている。


イタリア語版:Giratina [ジラティナ]

[D] Pokémon che vive in un mondo sul lato opposto al nostro. Appare in cimiteri antichi.
[P] Pokémon che vive in un mondo opposto al nostro. Appare in cimiteri antichi.
[Pt] È stato bandito per la sua violenza. Osserva il vecchio mondo in silenzio dal Mondo Distorto.
[HGSS] Vive nel Mondo Distorto, che, sfidando l’ordine cosmico, si trova sul lato opposto al nostro.
[D] われわれの世界とは反対側にある世界に暮らしているポケモン。古代の墓場に現れる。
[P] われわれの世界とは反対の世界に暮らしているポケモン。古代の墓場に現れる。
[Pt] その暴力性のために追放された。〈やぶれたせかい〉から静かにもとの世界を見守っている。
[HGSS] われわれの世界の反対側に存し、宇宙の秩序を物ともせぬ〈やぶれたせかい〉に暮らしている。
他言語訳と相違して、ダイヤモンド版とパール版が sul lato「側に」のわずか 2 語の有無という些末な点で異なっているのは、wiki の編集者のミスであろうか? HG/SS 版は〈やぶれたせかい〉の法則につき、「常識」という人間の認識に代えて「宇宙の秩序」という自然寄りの壮大な表現をしている点が特異である。


スペイン語版:Giratina [ヒラティナ]

[DP] Se dice que vive en un mundo en el lado inverso del nuestro. Aparece en viejos cementerios.
[Pt] Fue desterrado por su violencia. Observa el mundo en silencio desde el Mundo Distorsión.
[HGSS] Vive en el Mundo Distorsión, un mundo opuesto al nuestro y cuyas leyes desafían el sentido común.
[DP] われわれの世界の逆側にある世界に暮らしていると言われる。古代の墓場に現れる。
[Pt] その暴力性のために追放された。〈やぶれたせかい〉から静かに世界を見つめている。
[HGSS] われわれの世界とは反対の世界であり、その法則は常識と対立するところの〈やぶれたせかい〉に暮らしている。


総括

  • ギラティナを神とする神話を図鑑の執筆者は認知していない。
  • 「神話」というワードを使わない点でシロナは執筆者らしくない。
  • やぶれたせかいが「この世の裏側にある」「常識の通用しない」「暴れ者の追放先」であるという 3 点はいずれもアイヌの世界観における冥界がモチーフか。
  • 三柱の兄弟神のうちの末弟が「暴れ者」ゆえに追放され、冥界を治めることになるという点はスサノヲを思わせる。
  • 「古代の墓場」は作中に登場しない未知の地? おくりのいずみの別名?

dimanche 14 novembre 2021

シンオウ神話翻訳集成 (14) ポケモン図鑑:パルキア

旧作『ダイヤモンド/パール』における「シンオウ神話」の読みなおしを期して、ここに日本語版と欧米 5 言語版との翻訳比較ならびに考察を試みる。この記事ではパルキアのポケモン図鑑説明文を扱う。


各言語版のテクストは以下の各国語版ポケモン wiki より引用した (閲覧した版はこの記事時点における最新版)。ただし改行位置などについて細かな改変をとくに断らずに加えた場合がある。


日本語版:パルキア

[D, Y, AS]
くうかんを ゆがめる のうりょくを
もち シンオウちほうの しんわでは
かみさまとして えがかれている。
[P, X, OR]
へいこうして ならぶ くうかんの
はざまに すむと いわれている。
しんわに とうじょうする ポケモン。
[Pt, BW(2)]
パルキアが こきゅうを するたびに
くうかんは あんていすると される
シンオウの でんせつの ポケモン。
[HGSS]
くうかんの つながりを じざいに
あやつることで とおくの ばしょや
いくうかんに いどうできるのだ。
ここでパール版の語っている、パルキアがつくりだす複数の空間が「平行」する位置関係にあるということは、欧米語訳においてはハクタイのポケモン像案内板で確認されていたことであったが、日本語のテクストとしてはこの箇所が唯一のようである。

ダイヤモンド版の記事は「空間を歪める」と言うのに対して、HG/SS 版は空間そのものではなく空間の「つながり」を操ると記述されている。この 2 つの描写は同じことの言いかえなのであろうか、それとも後者は複数の空間どうしのつながりということを言っているのか。「遠くの場所」は同じ空間のなかにありそうだが、「異空間」は言葉のとおり異なる空間でなければならないので、後者の解釈もまた正しいと言えよう。さらにハクタイシティの像には「空間をつくりだす」と言われていることも加味すると、パルキアは空間に関して少なくとも 3 通りの能力をもっていることになる。

プラチナ版はパルキアの「呼吸」が空間の安定をもたらすと言うが、ディアルガでは「心臓が動くと時間は流れていく」と言われており心拍が時間を律していた。呼吸は空間内の空気が体内と体外を往還することであるが、「するたびに」という繰りかえしの導入によって時間の間隔と結びつけられている。心臓の拍動は時間にリズムを刻むものであると同時に、「動く」というのは空間内の位置変化にほかならず、心臓は拡がったり収縮したりと空間に占める領域を増減させている。パルキアによる空間の安定は時間に依存し、ディアルガの司る時間の流れは空間を前提とするという、相互の密接な連関がここには描かれている。


英語版:Palkia [パールキーア]

[D] It has the ability to distort space. It is described as a deity in Sinnoh-region mythology.
[P] It is said to live in a gap in the spatial dimension parallel to ours. It appears in mythology.
[Pt] A legendary Pokémon of Sinnoh. It is said that space becomes more stable with Palkia’s every breath.
[HGSS] Its total control over the boundaries of space enable it to transport itself to faraway places or even other dimensions.
[D] 空間を歪める能力をもつ。シンオウ地方の神話に神格として描かれている。
[P] われわれの住む空間に平行な空間的次元の裂け目に住んでいると言われる。神話のなかに現れる。
[Pt] シンオウの伝説ポケモン。空間はパルキアの呼吸するごとにより安定していくと言われている。
[HGSS] 空間の境界を完全に支配していることで、かけ離れた場所やべつの諸次元にさえ自身を移動させることを可能としている。
日本語の「平行して並ぶ空間の狭間」という部分は、「並ぶ」というからには複数の空間のあいだ——その場所は「空間」ではないのかどうか不明だが——と読むほかないが、この英語版では a gap in the spatial dimension「空間的次元の裂け目」の dimension は単数になっており、とある 1 つの「次元」のなかに割れ目や裂け目が空いていることになる。いずれにしてもパルキアの住処がどういう性質の場所であるか正確な描像を得ることは難しい。


ドイツ語版:Palkia [パルキア]

[D] Es hat die Macht, den Raum zu krümmen. In den Mythen von Sinnoh erscheint es als Gottheit.
[P] Man sagt, es lebe in einem Spalt in einer Paralleldimension. Es wird in der Mythologie erwähnt.
[Pt] Ein Legendäres Pokémon aus der Sinnoh-Region. Mit dem Atem von Palkia wird das Universum stabiler.
[HGSS] Es kann frei das Gefüge des Raums manipulieren und so an entlegene Orte oder Dimensionen reisen.
[D] 空間を曲げる力をもつ。シンオウの神話に神格として現れる。
[P] ある平行次元の裂け目に暮らしていると言われる。神話のなかに述べられている。
[Pt] シンオウ地方の伝説ポケモン。パルキアの呼吸とともに宇宙は安定化する。
[HGSS] 自由に空間の組み立てを操作し、そうして僻遠の地や諸次元へ旅することができる。
英語版の空間を distort「歪める」とは違って、ここでは krümmen「曲げる」という動詞が使われている。無秩序に歪められたものは取り扱いに負えないが、krümmen された Raum、すなわち gekrümmter Raum といえばそれは数学用語で「曲空間」(英語では curved space) のことであって、リーマン幾何学で典型的に扱える対象である。ドイツ語版のパルキアの造作する空間はその性状を百年まえの数学でも十分に記述し調べられるようなものらしい。


フランス語版:Palkia [パルキャ]

[D] Il peut modeler l’espace. Les mythes de Sinnoh en parlent comme d’une divinité ancienne.
[P] On dit qu’il hante une faille d’une dimension parallèle à la nôtre. Il apparaît dans la mythologie.
[Pt] On dit que la stabilité de l’espace est maintenue par le souffle de ce Pokémon légendaire de Sinnoh.
[HGSS] En maîtrisant les liens de l’espace, il peut voyager vers une destination lointaine ou une autre dimension.
[D] 空間を造形することができる。シンオウの神話はそれ〔=パルキア〕を古の神として語っている。
[P] われわれの次元と平行する次元の断層に住まうと言われている。神話のなかに現れる。
[Pt] 空間の安定性はこのシンオウの伝説ポケモンの呼吸によって維持されると言われている。
[HGSS] 空間のつながりを掌握しており、遠い目的地やべつの次元へも旅することができる。
今度は空間を歪めるでも曲げるでもなく modeler「かたどる、造形する」と言われている。これもなにもないところに創造するのではなく、粘土のような素材の形を変えて整えるという言葉だから、ハクタイの像のような空間の創造とは違う内容を言っている。


イタリア語版:Palkia [パルキア]

[D] Ha l’abilità di distorcere lo spazio. Nella mitologia della regione di Sinnoh è una divinità.
[P] Si dice che viva in una dimensione parallela alla nostra. Appare nella mitologia.
[Pt] Pokémon leggendario della regione di Sinnoh. Si dice che lo spazio diventi più stabile al suo respiro.
[HGSS] Regola a piacimento le snodature dello spazio, potendo così viaggiare in luoghi lontani o altre dimensioni.
[D] 空間を歪める能力をもつ。シンオウ地方の神話体系における神である。
[P] われわれの次元と平行する次元に住んでいると言われている。神話のなかに現れる。
[Pt] シンオウ地方の伝説ポケモン。空間はその呼吸によってより安定していくと言われる。
[HGSS] 心のままに空間の結合を支配しており、そうして遠い場所やべつの諸次元に旅することができる。
イタリア語訳と次のスペイン語訳では、パール版の説明文において「裂け目」という単語が消えており、たんにべつの次元のなかに住んでいることになっている。


スペイン語版:Palkia [パルキャ]

[D] Tiene la habilidad de distorsionar el espacio. La mitología de Sinnoh lo describe como una deidad.
[P] Se dice que vive en una dimensión paralela. Aparece en la mitología.
[Pt] Un Pokémon legendario de Sinnoh. Se dice que el espacio se vuelve más estable con cada respiración suya.
[HGSS] Controla las conexiones del espacio y puede viajar a su antojo a otras dimensiones y a lugares lejanos.
[D] 空間を歪める能力をもつ。シンオウの神話体系はそれを神として描いている。
[P] 平行する次元に住んでいると言われている。神話のなかに現れる。
[Pt] シンオウの伝説ポケモン。空間はその呼吸ごとにより安定していくと言われている。
[HGSS] 空間の結合を支配しており、意のままにべつの諸次元や遠隔の地へ旅することができる。
パール版ではついに「われわれの次元・空間に」にあたる前置詞句も消え、なにと平行しているのか示されなくなった。文字数的にはかなりゆとりがあるようなのになぜだろうか。


総括

  • ディアルガとパルキアの伝えは時間と空間の相互依存関係を象徴している。
  • パルキアの操る空間はリーマン幾何学で扱える非ユークリッド空間である?(ドイツ語版)

samedi 13 novembre 2021

シンオウ神話翻訳集成 (13) ポケモン図鑑:ディアルガ

旧作『ダイヤモンド/パール』における「シンオウ神話」の読みなおしを期して、ここに日本語版と欧米 5 言語版との翻訳比較ならびに考察を試みる。この記事ではディアルガのポケモン図鑑説明文を扱う。


各言語版のテクストは以下の各国語版ポケモン wiki より引用した (閲覧した版はこの記事時点における最新版)。ただし改行位置などについて細かな改変をとくに断らずに加えた場合がある。


日本語版:ディアルガ

[D, Y, AS]
じかんを あやつる ちからを もつ。
シンオウちほうでは かみさまと
よばれ しんわに とうじょうする。
[P, X, OR]
ディアルガが うまれたことで
じかんが うごきだしたという
でんせつを もつ ポケモン。
[Pt, BW(2)]
ディアルガの しんぞうが うごくと
じかんは ながれていくと されている
シンオウの でんせつ ポケモン。
[HGSS]
じかんの ながれを じざいに
あやつることで かこや みらいへ
いどうすることが できるのだ。
通例なら第 6 世代の X, OR はダイヤモンドと、Y, AS はパールと同文になるところ、ディアルガとパルキアではその対応が逆転している。理由はわからないが、2 バージョンのうちつねに前者、またはつねに後者を買うようなプレーヤーに、別のバージョンの説明を読んでもらうためだろうか?

さて、すでにエムリットの項でも確認したことだが、ここでは神話のポケモンたちは「神様」と呼ばれているという。改めて振りかえってみると、ミオ図書館の蔵書は「神話」と銘打っているにもかかわらず、ただの一度も「神」という単語を用いていないという事実は特筆に値する。ユクシーの記事のあとがきで論じたように、図鑑記事の著者はわれわれプレーヤーが読めるミオ図書館の本も読んでいるし、それ以外の文献や伝承にも通じている。そうした研究調査のうえで図鑑項目を執筆しているわけである。その著者が「神」という単語を用いたからには、ミオ図書館とは異なる系統の資料にその語が見いだされたはずである。

本連載記事でまだ取り扱っていないものも含めて、ゲーム中で読める文字資料を見渡してみると、「神」という単語を含んでいるのはギンガ団レポート「宇宙の始まり」とカンナギタウンの壁画だけであった。ここで 2 点注意すべきことがある。第 1 に、レポートはギンガ団の研究スタッフが調査の結果をまとめたものであるから、彼らが依拠した一次資料は別に存在するであろうということ。そのなかには壁画も含まれるかもしれない。第 2 に、これらの資料の言う「神」とはいずれもディアルガかパルキア (あるいはアルセウス) のことを指しているようであり、UMA トリオはその神の力と「対になるよう〔な〕3 匹のポケモン」(壁画) と言われているだけで「神」とはされていないことである。

一方で人物のセリフとしては、エムリットの記事で述べたことの繰りかえしになるが、カンナギタウンの老人とギラティナイベントにおけるアカギの 2 人が、UMA トリオを「知識の神」「意思の神」「感情の神」と呼んでいる (このうち「感情の神」はアカギのみ)。たんなる偶然かもしれないが、今度はシロナの発言まで含めても口頭のセリフのなかではディアルガやパルキアやギラティナを「神」と称する例はひとつもないのである (「神話のポケモン」「神話に残されたポケモン」という言いかたしかしていない)。

以上を整理すると、「神 (様)」という単語の用例につき、作中の資料を 3 グループに分類することができる。(1)「神」という語をいっさい用いないミオ図書館の開架図書、(2) ディアルガと同格以上の存在のみを「神」と称するミオ図書館外の文献資料、(3) エムリットたち湖の守護者のみを「神」と呼ぶ口承資料、の 3 つである。

(1) がもとよりミオシティに属する文書であるのに対して、(2) と (3) はカンナギタウンに結びついているものと想定しうる。というのは、(2) のうちギンガ団レポートは二次資料であって、かつこれが依拠した情報源としていまのところ確実に知られているのはカンナギタウン壁画だけである。また (3) もアカギが語っているのは彼がどこかで調べて学んだ内容であって、その候補地としてはやはりカンナギしか目下考えられないからである。そうだとすれば (1) は「神」という呼称を避けるミオ系伝承、(2) と (3) は「神」という語を用いるカンナギ系伝承とまとめられるかもしれない。

なお残る課題として、ハクタイのポケモン像プレート銘文のように「神」という語を含まないうえにミオとも関係のない資料の位置づけは曖昧である。また、上で扱ったギンガ団関連資料は現代のギンガ団員による (研究者の出身地や居住地に結びつかない) 調査であるとして除外し「カンナギ系」と名づけたわけだが、それにしてはギンガ団が本拠を置くトバリシティという立地は「トバリの神話」の存在を考えるとき意味深である。トバリにはわれわれの知らない異色の土着伝承が残っているかもしれないのだ。もしギンガ団の調査内容がトバリで採録されたものを含むとすれば名称も含めて再考が必要となろう。


英語版:Dialga [ディーアールガ]

[D] It has the power to control time. It appears in Sinnoh-region myths as an ancient deity.
[P] A Pokémon spoken of in legend. It is said that time began moving when Dialga was born.
[Pt] A legendary Pokémon of Sinnoh. It is said that time flows when Dialga’s heart beats.
[HGSS] This Pokémon completely controls the flow of time. It uses its power to travel at will through the past and future.
[D] 時間を支配する力をもっている。シンオウ地方の神話に古の神格として現れる。
[P] 伝説に語られるポケモン。ディアルガが生まれたとき時間は動きだしたと言われている。
[Pt] シンオウの伝説ポケモン。ディアルガの心臓が脈打つとき時間が流れると言われている。
[HGSS] このポケモンは時間の流れを完全に支配している。その力を用いて過去と未来を通じ自在に旅する。
ディアルガとパルキアには欧米語訳も「神」という語を憚らずに用いている、この点でエムリットたちの図鑑説明とは一線を画している。


ドイツ語版:Dialga [ディアルガ]

[D] Es besitzt die Macht, die Zeit zu kontrollieren. In den Mythen von Sinnoh erscheint es als Gottheit.
[P] Ein Pokémon, das in Legenden zu finden ist. Man sagt, als Dialga geboren wurde, fing die Zeit an zu leben.
[Pt] Ein Legendäres Pokémon aus der Sinnoh-Region. Schlägt das Herz von Dialga, läuft die Zeit normal.
[HGSS] Es kann frei den Fluss der Zeit manipulieren und so Vergangenheit wie Zukunft bereisen.
[D] 時間を支配する力をもつ。シンオウの神話に神格として現れる。
[P] 伝説に見られるポケモン。ディアルガが生まれたとき時間が生命をもちはじめたと言われている。
[Pt] シンオウ地方の伝説ポケモン。ディアルガの心臓が脈打つと時間が正常に流れる。
[HGSS] 時間の流れを自由に操作し、過去も未来も旅して回ることができる。
ダイヤモンド版の説明中、ディアルガの神としての存在に「古の」という形容詞を欠いているのは欧米語訳中ドイツ語のみであり、この点では日本語の原文に回帰している。

なお「ポケモン」という単語の表示において、パール版では——またそれ以前の古い世代でも——PKMN という 4 文字を詰めてレイアウトした組文字を用いているのだが、X, OR では Pokémon という通常のつづりになるのでこちらにあわせた。


フランス語版:Dialga [ディヤルガ]

[D] Il peut contrôler le temps. Les mythes de Sinnoh en parlent comme d’une divinité ancienne.
[P] Les mythes parlent de ce Pokémon. On dit que le temps s’est mis en mouvement à sa naissance.
[Pt] On dit que le temps s’écoule au rythme des battements de cœur de ce Pokémon légendaire de Sinnoh.
[HGSS] Il maîtrise le flot du temps et peut voyager librement dans le passé ou l’avenir.
[D] 時間を支配することができる。シンオウの神話はそれ〔=ディアルガ〕を古の神として語っている。
[P] 神話がこのポケモンについて語っている。時間はそれの誕生に際して動きはじめたと言われる。
[Pt] 時間はこのシンオウの伝説ポケモンの心臓の拍動のリズムで流れていると言われている。
[HGSS] 時間の流れを掌握し、過去や未来を自由に旅することができる。
よくよく考えてみればプラチナ版と HG/SS 版の説明は整合しがたいように思われる。ディアルガの脈拍のリズムで時間が流れるというのなら、過去や未来へと時間を操るというのはどうするのだろう。未来に行くときは爆速で心臓がドラミングし、過去へ遡るときは逆向きに鼓動するとでも言うのか? 時間を支配するときには脈拍の緩急を随意に操るのだろうか。


イタリア語版:Dialga [ディアルガ]

[D] Ha il potere di controllare il tempo. Descritto nei miti della regione di Sinnoh come un’antica divinità.
[P] Pokémon menzionato nelle leggende. Pare che il tempo abbia avuto origine alla nascita di Dialga.
[Pt] Pokémon leggendario della regione di Sinnoh. Si dice che il tempo scorra al battere del suo cuore.
[HGSS] Regola a piacimento il fluire del tempo, potendo così viaggiare nel passato o nel futuro.
[D] 時間を支配する力をもつ。シンオウ地方の神話において古の神として描かれている。
[P] 伝説のなかに言及されているポケモン。時間はディアルガの誕生に起源をもっていたらしい。
[Pt] シンオウ地方の伝説ポケモン。時間はその心臓の拍動によって流れると言われている。
[HGSS] 心のままに時間の流れを支配しており、そうして過去や未来に旅することができる。


スペイン語版:Dialga [ディヤルガ]

[D] Tiene el poder de controlar el tiempo. Aparece en los mitos de Sinnoh como una vieja deidad.
[P] Un Pokémon hablado en leyendas. Se dice que el tiempo comenzó a moverse cuando Dialga nació.
[Pt] Un Pokémon legendario de Sinnoh. Se dice que el tiempo avanza con cada latido de su corazón.
[HGSS] Puede controlar el transcurso del tiempo y viajar así libremente al pasado y al futuro.
[D] 時間を支配する力をもつ。シンオウの神話において古の神として現れる。
[P] 伝説に語られるポケモン。時間はディアルガの生まれたときに動きはじめたと言われている。
[Pt] シンオウの伝説ポケモン。時間はその心臓の拍動ごとに進むと言われている。
[HGSS] 時間の経過を支配し、そうして過去や未来に自由に旅することができる。


総括

  • (とくに日本語版の) 図鑑は「神」という語を多用しており、ミオ系とは異なる資料を大いに参考にしているように見える。
  • ディアルガ・パルキアを「神」と呼称するのはカンナギ系文献伝承の特徴である。
  • 欧米語版も「神」に相当する語を用いており、エムリットたちより上位の存在とみなしていることがわかる。

シンオウ神話翻訳集成 (12) ポケモン図鑑:アグノム

旧作『ダイヤモンド/パール』における「シンオウ神話」の読みなおしを期して、ここに日本語版と欧米 5 言語版との翻訳比較ならびに考察を試みる。この記事ではアグノムのポケモン図鑑説明文を扱うが、ユクシーエムリットの記事と共通する内容の指摘はあえて繰りかえさないので、そちらから順番に読んでいただくのが望ましい。


各言語版のテクストは以下の各国語版ポケモン wiki より引用した (閲覧した版はこの記事時点における最新版)。ただし改行位置などについて細かな改変をとくに断らずに加えた場合がある。


日本語版:アグノム

[D, X, OR]
いしのかみと よばれている。
みずうみの そこで ねむりつづけ
せかいの バランスを とっている。
[P, Y, AS]
ユクシー エムリット アグノムは
おなじ タマゴから うまれた
ポケモンと かんがえられている。
[Pt, BW(2)]
アグノムが とびまわったことで
ひとびとに なにかを するための
けついと いうものが うまれた。
[HGSS]
あらゆる こんなんに たちむかう
つよい こころを ひとびとに
あたえたと いわれる ポケモン。
アグノムの司る「いし」は漢字では意志ではなく意思らしい (『BD/SP』の公式サイトより)。人々に意思を与えたことはともかく、「世界のバランスをとっている」だの、UMA トリオの 3 匹が「同じタマゴから生まれた」だの、またしてもこれまでの文献には見られなかった重要情報が図鑑にいきなり載っており、いちどきには消化しきれない。

シンオウのバランスという話はカンナギタウンの老人とアカギも語っているが、彼らがポケモン図鑑の説明を読んだということは考えにくく、むしろ逆に図鑑記者が老人の証言に依拠しているという可能性のほうが大きい。アカギもこの人の話を直接間接に耳にしたか、あるいは同様の内容を書きとめた文献がありそうだ。図鑑項目の著者もアカギと同様の経路でその神話を知ったのだろう。

それにしても 3 匹が同じタマゴから生まれたというパール版の説明がアグノムに割りあてられているのはいささか不憫だ。3 匹に共通する話題なのだから、べつに誰の枠に載せてもかまわないところを、アグノムが割を食った形である。ゲーム的にはこれこそミオ図書館の本にでも含めておけば、アグノムじしんに関する情報をひとつ多く盛りこめたはずだろう。だが図鑑記事の著者はあえてなにも語らなかった。作中の執筆者の立場に身を置いてみて、あえてこのような紙幅の費やしかたを甘んじて行った理由を深読みするならば、もしかするとアグノムに関してシンオウ人が知っている情報はほかにはまったくなく、残りの 2 匹よりもなお謎めいたポケモンであるのかもしれない。


英語版:Azelf [アゼルフ]

[D] Known as “The Being of Willpower.” It sleeps at the bottom of a lake to keep the world in balance.
[P] It is thought that Uxie, Mesprit and Azelf all came from the same egg.
[Pt] When Azelf flew, people gained the determination to do things. It was the birth of willpower.
[HGSS] This Pokémon is said to have endowed humans with the determination needed to face any of life’s difficulties.
[D]「意志力の化身」として知られる。世界を均衡のうちに保つため湖の底で眠っている。
[P] ユクシー・エムリット・アグノムはみな同じタマゴから現れたと考えられている。
[Pt] アグノムが飛んだとき、人々は物事をなす決断力を得た。これが意志力の誕生だった。
[HGSS] このポケモンは人間たちに人生のあらゆる困難にも立ち向かうのに必要な決断力を賦与したと言われている。
内容としては日本語にかなり忠実で言うべきことはない。ただ、Y と AS の図鑑説明はふつうパール版と同文なのであるが、今回は細かい違いがあって、最後発の AS 版だけ ‘Uxie, Mesprit and Azelf’ ではなく ‘Uxie, Mesprit, and Azelf’ となっている、つまりオックスフォード・コンマ——3 項以上の列挙で最終項のまえにもコンマを置く慣行——が採用されているのである。そういえばエムリットのダイヤモンド版図鑑にはすでに ‘the nobility of sorrow, pain, and joy’ とあったではないか。それに統一する形で、一貫してオックスフォード・コンマを用いるよう決定したのかもしれない。これによっていくぶん図鑑記事の文体は学術的な色彩を強めたと言えそうだ。


ドイツ語版:Tobutz [トーブッツ]

[D] “Das starke Wesen”. Es schläft auf dem Grund eines Sees und hält so die Welt in Balance.
[P] Man glaubt, dass Selfe, Vesprit und Tobutz alle aus demselben Ei kamen.
[Pt] Als Tobutz flog, erlangten Menschen die Entschlossenheit. Es war die Geburt der Willenskraft.
[HGSS] Tobutz schenkte den Menschen einst starke Herzen, die sie allen erdenklichen Nöten trotzen ließen.
[D]「強き者」。湖の底で眠り、そうすることで世界のバランスを保っている。
[P] ユクシー・エムリット・アグノムはみな同じタマゴから現れたと考えられている。
[Pt] アグノムが飛んだとき、人々は決断力を獲得した。これが意志力の誕生だった。
[HGSS] アグノムはかつて人々に、彼らをして考えうるかぎりのあらゆる苦境に抗せしめる強い心を贈った。
ダイヤモンド版冒頭の称号について、ドイツ語版はユクシーとエムリットでは〈定冠詞+現在分詞+Wesen〉という形式をとっていたが、ここでは stark「強い」という基本的な形容詞が用いられている。stark は力が強いことにも意志が強いことにも使うので、「意志強き者」「意志堅固なる者」などと意訳することもできる。しかしやはり動詞の現在分詞を用いて統一したほうが美しかったと思う。たとえば „das durchsetzende Wesen“「押し通す者」や „das unternehmende Wesen“「意欲する者」ではいけないのだろうか。


フランス語版:Créfadet [クレファデ]

[D] On l’appelle « être de la volonté ». Il dort au fond d’un lac pour maintenir l’équilibre du monde.
[P] On raconte que Créhelf, Créfollet et Créfadet proviennent du même œuf.
[Pt] Quand il prit son envol, les hommes acquirent la détermination. La volonté était née.
[HGSS] On dit qu’il a offert aux gens le courage de faire face à toutes les difficultés.
[D]「意志の化身」。世界の均衡を維持するため湖の底で眠っている。
[P] ユクシー・エムリット・アグノムは同じタマゴに由来すると語られている。
[Pt] それが飛翔したとき、人間たちは決断力を獲得した。意志が生まれていたのだ。
[HGSS] それが人々にあらゆる困難に向きあう勇気を与えたと言われている。
英語版の図鑑がのちにオックスフォード・コンマに統一して文章語としての体裁を整えていく一方で、フランス語の HG/SS 版が a offert という口語的な複合過去をあえて用いる理由は、やはりユクシーの回で説明したとおり神話から現在への連続性の強調に求められねばならない。


イタリア語版:Azelf [アヅェルフ,アツェルフ]

[D] Detto “Essere della volontà”. Dorme sul fondo di un lago per mantenere il mondo in equilibrio.
[P] Pare che Uxie, Mesprit e Azelf abbiano avuto origine dallo stesso uovo.
[Pt] Al volo di Azelf, gli uomini impararono la determinazione nelle azioni. In tal modo nacque la volontà.
[HGSS] Pare che sia stato Azelf a donare agli umani la forza di spirito per affrontare qualunque avversità.
[D]「意志の化身」と言われる。世界を均衡のうちに保つため湖の底で眠っている。
[P] ユクシー・エムリット・アグノムは同じタマゴに起源をもっているようだ。
[Pt] アグノムの飛翔で、人々は行動における決断力を学んだ。このようにして意志が生まれた。
[HGSS] 人間たちにいかなる逆境にも立ち向かう魂の力を与えたのはアグノムだったようだ。


スペイン語版:Azelf [アセルフ]

[D] Se le conoce como el Ser de la Voluntad. Duerme en el fondo de un lago para equilibrar el mundo.
[P] Se cree que Uxie, Mesprit y Azelf proceden del mismo huevo.
[Pt] Voló y los humanos lograron la determinación para hacer cosas. Así nació la voluntad.
[HGSS] Dicen que Azelf otorga a la gente la voluntad necesaria para afrontar cualquier dificultad.
[D]〈意志の化身〉として知られている。世界を均衡させるため湖の底で眠っている。
[P] ユクシー・エムリット・アグノムは同じタマゴから発したと考えられている。
[Pt] それが飛ぶと人間たちは物事をなす決断力を得た。こうして意志が生まれた。
[HGSS] アグノムは人々にいかなる困難にも立ち向かうために必要な意志を授けると言われている。
Ser de la Voluntad に引用符がなく、かわりに大文字書きになっているが、この不統一は wiki の編集者の不手際か原作どおりのものか不明。


総括

  • アグノムはユクシー・エムリットよりも情報が少ない?
  • カンナギの老人の証言もしくは同内容の記録が存在し、その資料にアカギと図鑑の著者は共通に依拠している。
  • 説明文は図鑑らしくきっちりした文体を志向している。

vendredi 12 novembre 2021

シンオウ神話翻訳集成 (11) ポケモン図鑑:エムリット

旧作『ダイヤモンド/パール』における「シンオウ神話」の読みなおしを期して、ここに日本語版と欧米 5 言語版との翻訳比較ならびに考察を試みる。この記事ではエムリットのポケモン図鑑説明文を扱う。


各言語版のテクストは以下の各国語版ポケモン wiki より引用した (閲覧した版はこの記事時点における最新版)。ただし改行位置などについて細かな改変をとくに断らずに加えた場合がある。


日本語版:エムリット

[D, X, OR]
かなしみの くるしさと よろこびの
とうとさを ひとびとに おしえた。
かんじょうのかみと よばれている。
[P, Y, AS]
みずうみの そこで ねむっているが
たましいが ぬけだして すいめんを
とびまわると いわれている。
[Pt, BW(2)]
エムリットが とびまわったことで
ひとびとに いきるときの よろこび
かなしみと いうものが うまれた。
[HGSS]
ひとびとの こころに よろこびや
かなしみなどの かんじょうを
もたらしたと いわれる ポケモン。
前回ユクシーの図鑑説明でも確認したとおり、ここにはミオ図書館の本に含まれない新たな情報が存しており、神話資料として参考にすべきゆえんがある。とりわけエムリットたちが「感情の神」「知識の神」「意思の神」というようにはっきり「神」と称せられていることは、ダイヤモンド版の図鑑によってのみ確認される貴重な事実である。じつは図鑑を除いては、ゲーム中でプレーヤーが読める文字資料のなかに、彼ら UMA トリオを「神」と称するものはひとつもないのである (セリフとしてはカンナギタウンの民家の老人と、プラチナ版ギラティナイベントにおけるアカギの 2 人だけが使っている。サイト『S²workerS’ web』所収、「ポケモンの神話集」と「ポケモンイベント全文集」を参照した)。

またパール版の語る、眠っているあいだに「魂が抜けだして水面を飛びまわる」という特徴はアイヌの霊魂観を下敷きにしている可能性があることを指摘しておこう。アイヌ語でラマッ (ramat) というのは「魂、霊魂」と訳しうる語のひとつであるが、アイヌでは「人が眠っているときとか、何かの原因で意識を失ったときなどは、ラマッが身体から抜け出て戻っていない状態であるとされる」という (山田孝子『アイヌの世界観』61 頁)。ただしこのような発想はかならずしもアイヌに限定されたものではなく、世界のあちらこちらで報告されている。


英語版:Mesprit [メスプリット]

[D] Known as “The Being of Emotion.” It taught humans the nobility of sorrow, pain, and joy.
[P] Although it slumbers at the bottom of the lake, its spirit is said to leave its body and flitter on the water surface.
([Y, AS] It sleeps at the bottom of a lake. Its spirit is said to leave its body to fly on the lake’s surface.)
[Pt] When Mesprit flew, people learned the joy and sadness of living. It was the birth of emotions.
[HGSS] This Pokémon is said to have endowed the human heart with emotions, such as sorrow and joy.
[D]「感情の化身」として知られる。人間たちに悲しみ・つらさ・喜びの尊さを教えた。
[P] 湖の底でまどろんでいるのだが、その魂は身体を抜けだし水面をひらひら飛んでいると言われる。
([Y, AS] 湖の底で眠っている。その魂は身体を抜けだし湖面を飛んでいると言われる。)
[Pt] エムリットが飛んだとき、人々は生きることの喜びと悲しみを知った。これが感情の誕生だった。
[HGSS] このポケモンが人間の心に悲しみや喜びといった感情を賦与したと言われている。
不思議なことに、パール版をわずかに書きなおしたような新しい文が第 6 世代の Y と AS で与えられている (残る X, OR は D と、BW(2) は Pt と変わっていない)。この改変は英語版だけにとどまっており、日本語版でもそれ以外の言語でも Y, AS はパールと同文である。

ダイヤモンド版では日本語の「悲しみ苦しさと喜びの尊さ」と違って、sorrow, pain, and joy という 3 つの感情を並べて「悲しみ苦しさと喜びの尊さ」を教えることになっているが、わざわざ sorrow に加えて pain を別に立てる理由はわからない (その据わりの悪さがゆえだろう、フランス語版とスペイン語版では悲しみと喜びの 2 つに戻っている)。よもや日本語版の最初の「の」を「と」と取り違えたのではあるまいな。

さて、すでに見たユクシーについてもそうであったが、欧米語版では UMA トリオについて「神」という語を用いておらず、そのかわりに be 動詞の不定詞または分詞形を立てている。かといって神を思わせる部分がまったくなくなったのではなく、大文字書きをした「至高の Being」——英 the Supreme Being, 独 das höchste Wesen, 仏 l’Être suprême, 伊 l’Essere supremo, 西 el Ser Supremo——といえばそれは「神」にほかならない。「神聖な Being」「永遠の Being」「無限の Being」「完全な Being」「第一の Being」などという場合も同様で、いずれも「神」を指す。

この語そのものは「存在」や「本質、本性」などと訳しうるがしっくり来ないし、「感情 (知識・意思) であるもの」とするのは厳密ではあっても意味はわからないだろう。基礎的であるがゆえにきわめて訳しにくい語である。要するに感情 (・知識・意思) を体現・具現する、それそのものであるところの存在ということだから、ここでは辞書的語義にとらわれず「化身」と意訳しておいた (これはこれで incarnation のことかと思いたくなるので語弊なしとしないが)。

一神教の世界観ではこれらを God とは呼べないのだろうが、さまざまなものや概念を神格化する多神教の世界観でなら「感情そのものである存在」とは「感情の神」と言うのとさして変わらない。そのあたりを欧米語版の読者が正しく読みとれていればよいのだが。図鑑の記述——シンオウの神観念——を誤解の余地なく伝えるには deity のような語を用いる選択肢もありえたはずで、現にディアルガパルキアの図鑑説明ではダイヤモンド版の「かみさま」という日本語を deity の語で写している。


ドイツ語版:Vesprit [ヴェスプリット,ヴェスプリー]

[D] “Das fühlende Wesen”. Es lehrt die Menschen die Ideale von Trauer, Schmerz und Freude.
[P] Es schläft auf dem Grund eines Sees. Man sagt, sein Geist verlasse den Körper und fliege über den See.
[Pt] Als Vesprit flog, lernten Menschen Glück und Trauer des Lebens kennen. Die Geburt der Gefühle.
[HGSS] Einst verlieh Vesprit den menschlichen Herzen die Fähigkeit, Freude und Trauer zu empfinden.
[D]「感ずる者」。それは人々に悲しみ・痛み・喜びの理想形を教えた。
[P] 湖の底で眠っている。その魂は身体を抜けだし湖上を飛んでいると言われる。
[Pt] エムリットが飛んだとき、人々は生きることの幸福と悲しみとを知るようになった。感情の誕生である。
[HGSS] かつてエムリットは人々の心に喜びと悲しみとを感覚する能力を賦与した。
内容については英語版と大差がない。名前の読みかたについて一言しておくと、ドイツ語で v の字はふつう [f] の音であるが、外来語ではたいてい [v] で読むことになっている。この場合もいかにも外来語というつづりであるから [v] とみなすことにした。

❀ Wiki には由来の候補として Vernunft「理性」や Verstand「理解力」を掲げており、そうだとすれば [フェ] と読むべきことになるが、前つづり ver- をもつ単語など無数にあるのに ve- だけの一致で絞ることは不可能であるし、意味からしてもエムリットの司る fühlen, Gefühl「感情」とはあまり相容れないようであるから、根拠があるとはまるで思えない。

また語末の発音であるが、名前の後半の由来でもある Esprit はフランス語からの借用語でありドイツ語でも [エスプリー] と読むし、同じくフランス語に由来する Belesprit「文芸愛好家、文学かぶれ」は [ベレスプリー] である。したがって教養のある人ほど発音は [ヴェスプリー] に寄るであろうと思われる。


フランス語版:Créfollet [クレフォレ]

[D] On l’appelle « être de l’émotion ». Il enseigne aux hommes la beauté de la tristesse, la douleur de la joie.
[P] Il dort au fond d’un lac. On dit que son esprit abandonne son corps pour voler à sa surface.
[Pt] Quand il prit son envol, les hommes apprirent à ressentir la joie et la peine. L’émotion était née.
[HGSS] On dit qu’il a apporté aux gens les sentiments comme la joie ou la tristesse.
[D]「感情の化身」と呼ばれている。人間たちに悲しみの美しさと喜びの苦しさを教える。
[P] 湖の底で眠っている。その魂は身体を抜けだしその表面を飛んでいると言われる。
[Pt] それが飛翔したとき、人間たちは喜びと苦悩を感受する術を学んだ。感情が生まれていたのだ。
[HGSS] それが人々に喜びや悲しみといった気持ちをもたらしたと言われている。
英訳の説明ですでに触れたとおり、このダイヤモンド版ではエムリットの教える感情が 2 種類に戻っており、「悲しみの〇〇と喜びの✕✕」という形式は日本語版と一致している。しかし「喜びの苦しさ」というのは理解に苦しむ。前半の「悲しみの美しさ」に対比する形であえて矛盾する形容をしたのだと納得することもできそうだが、ひょっとすると douleur「苦痛」ではなく douceur「甘美さ、心地よさ」の間違いなのではないだろうか? あるいは、そもそもこの 2 つがコンマでぶっきらぼうに並べられているのも違和感が強いので、英語版のように本当は 3 つの感情で la beauté de la tristesse, de la douleur et de la joie「悲しみと苦しみと喜びの美しさ」の脱字という可能性もある。

私は EU 版の DS やカセットを所有していないため自分で確認できないのだが、これはフランス語版 wiki の編集者の入力ミスなのか、あるいはゲームじたいに誤字があるのか、それとも本当にこのとおりの文を意図していたのか、3 通りの可能性が考えられる。『BD/SP』でどうなるか確認したい事項がまたひとつ加わった。

❀ Switch はリージョンによらずどの言語でもプレーできる。ただ、たいていのゲームでは本体設定で言語を切りかえればゲーム内もその言語になるのだが、ポケモンの場合はゲーム開始時に選んだ言語を変更することができない。おそらく「海外産」のポケモンを作ることの兼ねあいだろうが、他言語版のテクストを容易に閲覧することができないのではなはだ不便である。言語を変更するにはデータを最初から始めるほかなく、私も発売後すぐに確認するというわけにはいかないので、記事の更新日は未定である。


イタリア語版:Mesprit [メスプリット]

[D] Detto “Essere delle emozioni”. Ha insegnato agli uomini la nobiltà di tristezza, gioia e dolore.
[P] Dorme sul fondo di un lago. Si dice che il suo spirito abbandoni il corpo per volare in superficie.
[Pt] Al volo di Mesprit, gli uomini conobbero le gioie e i dolori della vita. In tal modo nacquero le emozioni.
[HGSS] Pare che sia stato Mesprit a mettere nel cuore degli umani sentimenti come gioia e tristezza.
[D]「感情の化身」と言われる。人々に悲しみ・喜び・苦しみの尊さを教えた。
[P] 湖の底で眠っている。その魂は身体を抜けだし表面上を飛んでいると言われる。
[Pt] エムリットの飛翔で、人々は生きることの喜びと苦しみを知った。このようにして感情が生まれた。
[HGSS] 人間たちの心のなかに喜びや悲しみといった気持ちを入れたのはエムリットだったようだ。


スペイン語版:Mesprit [メスプリット]

[D] Se le conoce como el “ser de la emoción”. Enseñó a los humanos la nobleza del dolor y la alegría.
[P] Duerme en el fondo de un lago. Se dice que su espíritu deja el cuerpo para volar sobre el agua.
[Pt] Voló, y los humanos aprendieron sobre la felicidad y la tristeza de vivir. Así nacieron las emociones.
[HGSS] Dicen que Mesprit lleva a los corazones de la gente los sentimientos de alegría y tristeza.
[D]「感情の化身」として知られている。人間たちに苦しみと喜びの尊さを教えた。
[P] 湖の底で眠っている。その魂は身体を抜けだし水上を飛んでいると言われる。
[Pt] それが飛ぶと、人間たちは生きることの幸せと悲しみとについて感得した。こうして感情が生まれた。
[HGSS] エムリットは人々の心に喜びと悲しみの気持ちをもたらすと言われている。
フランス語版については疑いもあったが、このスペイン語訳のダイヤモンド版は間違いなく感情を 2 種類だけに修正しており、この点で日本語版に近づいている。

またユクシーおよびアグノムの項目と同様、やはりスペイン語訳のみ HG/SS 版が現在形で語られている。ほかのバージョンの語るとおり、知識や感情を教えることは神話の過去における一回的なできごととして点過去で述べてもよさそうなものだが、スペイン語版の語り手は一貫して現在を選ぶ。前回論じたとおり、現代人がエムリットたちをアクチュアルな存在として実感していることの現れと解釈することができる。


総括

  • エムリットたちが「神」とされている点は、作中で読める文献と異なる特徴。
  • 眠っているあいだに魂が抜けだすことはアイヌ伝承の影響か。
  • エムリットは喜びと悲しみだけでなく苦しみも教える?(英語・ドイツ語・イタリア語版)

jeudi 11 novembre 2021

シンオウ神話翻訳集成 (10) ポケモン図鑑:ユクシー

旧作『ダイヤモンド/パール』における「シンオウ神話」の読みなおしを期して、ここに日本語版と欧米 5 言語版との翻訳比較ならびに考察を試みる。今回からしばらくポケモン図鑑の説明文を扱っていくが、これは神話のポケモンに関するこれらの解説も立派な神話資料の一部であるという考えにもとづく。図鑑番号順に見ていく予定であり、この記事ではユクシーのポケモン図鑑説明文を扱う。


各言語版のテクストは以下の各国語版ポケモン wiki より引用した (閲覧した版はこの記事時点における最新版)。ただし改行位置などについて細かな改変をとくに断らずに加えた場合がある。

また、今回からの試みとして外国語版のポケモン名にカタカナで発音の目安を付してみた。このさい英語版の発音は Pokémon Let’s Play Wiki の Pokémon Pronunciation Guide/Generation IV に依拠している。ほかの言語については、つづりと発音の関係が英語のように支離滅裂ではなくどれも非常に規則的なので、つづりのとおりに読んだものを示してある。

❀ ただし注意として、今回であれば伊・西の Uxie がそうであるように英語版と共通のつづりである場合、たとえばスペイン語話者のうち英語の知識をもっている人ならば英語ふうに読む可能性があることを妨げない。他方、独 Selfe, 仏 Créhelf のようにそれらの言語のために作られそのまま通用するつづりである場合、それらの話者がわざわざ英語なまりにひねって読むということは考えられない。


日本語版:ユクシー

[D, X, OR]
ちしきのかみと よばれている。
めを あわせた ものの きおくを
けしてしまう ちからを もつという。
[P, Y, AS]
ユクシーの たんじょうにより
ひとびとの せいかつを ゆたかにする
ちえが うまれたと いわれている。
[Pt, BW(2)]
ユクシーが とびまわったことで
ひとびとに ものごとを かいけつする
ちえと いうものが うまれた。
[HGSS]
ひとびとに さまざまな もんだいを
かいけつするための ちえを
さずけたと いわれる ポケモン。
ダイヤモンド版の「目を合わせた者の記憶を消してしまう力を持つ」という説明は、すでに見た「恐ろしい神話」の語るところと符合している。パール版とプラチナ版の解説を文字どおり理解するなら、ユクシーは誕生の瞬間には「生活を豊かにする知恵」を、さらにその後に (シンオウ地方を?) 飛びまわった期間には「物事を解決する知恵」をという形で、2 回にわたって人々に恩恵を授けている。このような働きはユクシーが神話学で言うところの文化英雄の機能をもっていることを示している。

❀ 文化英雄とは火や栽培技術などをもたらすことで人間を文明化させる存在であり、アイヌではオキクㇽミ (アエオイナカムイ) が典型的な例、日本神話ではオホクニヌシおよびスサノヲが一部そうした側面を有しているとされる。この点ユクシーは火や稲種など具体的な発明ではなく「知恵」一般を与えるという点が大仰であるが、旧約聖書 (古代イスラエル神話) において蛇がイヴとアダムに対し果たした役割も文化英雄の例に加えられるとすれば納得できよう。


英語版:Uxie [ユークシー]

[D] Known as “The Being of Knowledge.” It is said that it can wipe out the memory of those who see its eyes.
[P] It is said that its emergence gave humans the intelligence to improve their quality of life.
[Pt] When Uxie flew, people gained the ability to solve problems. It was the birth of knowledge.
[HGSS] According to some sources, this Pokémon provided people with the intelligence necessary to solve various problems.
[D]「知識の化身」として知られる。その目を見た者の記憶を拭い去ることができると言われている。
[P] その誕生が人間たちに彼らの生活の質を改善する知能を与えたと言われている。
[Pt] ユクシーが飛んだとき、人々は問題を解決する能力を獲得した。これが知識の誕生だった。
[HGSS] いくつかの資料によると、このポケモンが人々にさまざまな問題を解決するのに必要な知能を与えた。
「知識」の訳語が knowledge であることはむろん適切だが、「知恵」が intelligence あるいは knowledge と訳されていることは問題視せざるをえない。訳語が一定しない点もさることながら、「知恵」に対する訳語は wisdom がもっとも望ましいと思われる。英語の wisdom は「知識や経験を生かして優れた決定や判断を行う能力」を意味するから、プラチナ版で「問題を解決する能力」と言われているところなどはまさにこの語がぴったり来るであろう。学び理解する能力が intelligence で、知られた事実を蓄積し体系化したものが knowledge、これを活用する賢明さが wisdom である。ユクシーが intelligence や knowledge までしか与えなかったとなると日本語版とは印象がだいぶ違ってくる。

なお拙訳が Being の訳語として「化身」をあてたことについては、次回エムリットの図鑑説明の解説で弁明する。日本語版の「神」に対して欧米語版が God や deity を回避してこういう抽象的な語を用いている問題にもそのとき触れるつもりである。


ドイツ語版:Selfe [ゼルフェ]

[D] “Das wissende Wesen”. Es soll die Erinnerungen derer löschen, die ihm in die Augen sehen.
[P] Man sagt, dass durch sein Auftauchen Menschen die Intelligenz erhielten, ihr Leben zu verbessern.
[Pt] Als Selfe flog, erlangten Menschen die Fähigkeit, Probleme zu lösen. Es war die Geburt des Wissens.
[HGSS] Einst wurde Selfe seiner Weisheit wegen, mit der es viele Probleme der Menschen löste, verehrt.
[D]「知る者」。その目を見た者の記憶を失わせるであろう。
[P] その現出を通して人々は生活を改善するための知能を授かったと言われている。
[Pt] ユクシーが飛んだとき、人々は問題を解決するための能力を獲得した。これが知の誕生であった。
[HGSS] かつてユクシーは、人々の多くの問題を解決したその知恵のゆえに崇められていた。
なぜか HG/SS 版の説明文のみ日本語版とも英語版とも大きく異なっている。ここではユクシーは人々に考える力を与えたのではなくみずから問題を解決したことになっており、さらにそれを理由として尊崇されたとまで新たに言われている。

改めて日本語をよく読みなおしてみれば、問題を解決するための「知恵を授けた」という言いかたはたしかに両義的だ。パール版やプラチナ版を参考に総合的に考えるならば、ここは「人間がみずから考える能力をその心や頭脳のうちに芽生えさせた」意に解すべきだと思われるが、個別の問題や事件が発生したときに頼られる長老や賢者が「解決法や答えを教えてやる」といったこともなるほど「知恵を授ける」と言いうる。したがって独訳者が日本語を読んだとすれば——wurde ... verehrt「崇められた」の追加を除いては——すなおな一解釈になっている。英語版からはこのようには訳せない——‘according to some sources’ も消えているし——ので、もしやこの箇所はふだんと違って重訳ではないのかもしれない。


フランス語版:Créhelf [クレエルフ]

[D] On l’appelle « être du savoir ». On raconte que son regard a le pouvoir d’effacer la mémoire.
[P] On dit que sa venue a fourni aux humains le bon sens nécessaire pour améliorer leur existence.
[Pt] Quand il prit son envol, les hommes apprirent à résoudre les problèmes. Le savoir était né.
[HGSS] On dit qu’il a offert la connaissance aux humains pour résoudre de nombreux problèmes.
[D]「知の化身」と呼ばれている。その視線は記憶を消す力をもっていると語られている。
[P] その到来が人間に、暮らしを改善するために必要な分別を与えたと言われている。
[Pt] それが飛翔したとき、人々は問題を解決する術を学んだ。知が生まれていたのだ。
[HGSS] 数々の問題を解決するための知識を人間に与えたと言われている。
プラチナ版の説明で、他言語では——日本語も含めて——人々が問題解決能力を身につけたことがイコール知恵・知識の誕生であると言われているところ、ここでは le savoir「知」の誕生の時制は大過去で語られており、問題解決法を得るより以前に「知」は生まれている、つまり「知」は問題解決法の前提であることになっている。たしかに savoir があるだけでは具体的な問題解決にただちに結びつくものではないからこの言いかたは適切であって、不注意な英語版よりも言葉を繊細に操っていると評価できる。

時制についてはなお注目してみたい点がある。この文章中で過去のできごとを語っている動詞を抜きだしてみると、プラチナ版の prit, apprirent という単純過去に対して、パール版の a fourni および HG/SS 版の a offert は複合過去時制である。神話の大昔に一回きり起こったできごとであれば単純過去のほうがふさわしいように思われるが、複合過去——英語の現在完了に似ている——を使うことでこれは現在に至るまで地続きの時間のなかで起こったことであり、その結果は現代の人間にまで影響を及ぼしているということを伝えんとしているのではないか。

そのあたりの事情はわが国の古事記・日本書紀が語る神話とも一脈相通ずるところがあると感じる。神話と昔話、「古」と「昔」の違いについて、次のように言われていることを紹介しよう:
 神話は「いにしへ」の出来事を語るものである。それに対して、昔話は「むかし」の出来事を語るものである。どちらも遠い過去を指す言葉であるが、両者は語源からして意味が異なっている。
「いにしへ」の語源は「去にし辺」で、「かつて通った所」の意味である。そこから一本道を通ってきたところに「今」が存在している。「いにしへ」は「今」に続く遠い過去である。〔中略〕つまり「いにしへ」は、人が直接経験した、間違いなく通ってきた過去のことである。だからこそ「今」あること、「今」ある物を保証する神話は「いにしへ」に属しているのである。〔中略〕
 それに対して「むかし」の語源は「向か岸」で、「今」と反対の遠い過去である。「昔はこうだった」という時、そこには「今は違う」という意味が込められていよう。「むかし」と「今」はつながっていないのだ。
(松本直樹『神話で読みとく古代日本』26–27 頁)
「いにしへ」の「し」はむろん過去の助動詞「き」の連体形であって、直接に経験した過去を表すこの助動詞は伝聞過去の「けり」と対立する。「いにしへ」の物語である神話を、古事記や日本書紀は「き」で語っており、これは平安期の物語文学が「昔男ありけり」のように「けり」で語る昔話の伝聞調とは違っているのだ (以上、松本前掲書 26–29 頁を参考)。

❀ 西郷信綱『古事記注釈』所収の補考「神話と昔話」(ちくま学芸文庫版第四巻 174–178 頁) にも類似の議論があり——初出 1975 年、松本もこれに学んだものかもしれない——、とくに「神話が語ろうとするのは〔中略〕『今』と一体であるところの、あるいは『今』がそこにいわれを持つところの創造的過去」だと言われている。同著者の『神話と国家—古代論集』171–205 頁所収の論文「神話と昔話」はそれを一段と膨らませた論考で、本稿の当面の問題からはいくぶん逸脱するが、表題のとおり両ジャンルの関連と区別を理解するのに有益なのであわせて読むことを勧めたい。

これに似て、フランス語版の図鑑がユクシーの行いを「昔」の単純過去ではなく「古」より今に至る複合過去で語るのも、神話が今に生きていることの反映である、と読むのは穿ちすぎであろうか。もとより「き/けり」は第一義的にはエビデンシャリティの対立であって、テンスとアスペクトの問題である複合過去/単純過去の区別とは次元を異にするが、私の言わんとするところは承知していただけるであろう。


イタリア語版:Uxie [ウクシエ]

[D] Noto come “Essere della conoscenza”. Pare che faccia perdere la memoria a chiunque lo fissi.
[P] Alla nascita di questo Pokémon l’uomo avrebbe ricevuto la capacità di migliorare la propria esistenza.
[Pt] Al volo di Uxie, gli uomini impararono a risolvere i problemi. In tal modo nacque la conoscenza.
[HGSS] Si dice che gli sia stata conferita la saggezza necessaria a risolvere gli svariati problemi degli umani.
[D]「知識の化身」として知られる。何人であれそれを凝視する者から記憶を失わせるようだ。
[P] このポケモンの誕生に際して、人は自分たちの生活を改善する能力を受けとったそうだ。
[Pt] ユクシーの飛翔で、人々は問題を解決する術を学んだ。このようにして知識が生まれた。
[HGSS] 人間たちの多様な問題を解決するのに必要な知恵はそれに与えられているのだと言われている。
ダイヤモンド版の faccia < fare と fissi < fissare は接続法現在で che 節内が不確実な所見であることを、パール版の avrebbe ricevuto は条件法過去で「〜そうだ、らしい」という伝聞・推測を表している。内容的にはとりたてて注意すべき点はない。


スペイン語版:Uxie [ウクシェ]

[D] Se le conoce como el “ser de la sabiduría”. Se dice que puede borrar la memoria con una mirada.
[P] Se dice que su aparición otorgó a los humanos la inteligencia para mejorar sus vidas.
[Pt] Voló y las personas adquirieron la capacidad para resolver problemas. Así nació la sabiduría.
[HGSS] Dicen que Uxie otorga a la gente la sabiduría necesaria para resolver los más diversos problemas.
[D]「知恵の化身」として知られている。ひと目で記憶を消すことができると言われている。
[P] その出現が人間たちに彼らの生活をよくするための知能を授けたと言われている。
[Pt] それが飛ぶと人々は問題を解決する能力を獲得した。こうして知恵が生まれた。
[HGSS] ユクシーは人々にきわめて多様な問題を解決するための必要な知恵を授けると言われている。
パール版を除いては sabiduría「知恵、思慮、賢明さ」という訳語が用いられており、この点英語版よりも望ましいと感じられる。一方他言語のどれとも相違するスペイン語版独自の点として、HG/SS 版に otorga「授ける」という現在形で言われていることは不可解である (パール版は同じ動詞を点過去形 otorgó として用いているのに)。

しかし上でフランス語版の複合過去時制について論じたことと考えあわせるなら、あながち無意味な選択であるとは言いきれない。この現在形は一回きりのできごとではなく、境界のない現在の継続的な習慣と読むべきである。そしてユクシーの与える恩恵はいまも不断に続いていると理解する点では、フランス語もスペイン語も軌を一にしていると考えられるのである。


総括とあとがき

  • 「恐ろしい神話」と共通するユクシーの特徴が説明されている。
  • ユクシーはシンオウ神話における文化英雄である。
  • 知恵・知識・知能 (・知性) といった言葉は注意して適切に使いわけられるべきだが、各国語訳の理解は混乱しており、ユクシーが司るものがどんな性質であるかこの資料から導きだすことは難しい。
  • ユクシーによる知識の恵与は神話の過去に完結したことではなく現在もなお続いていると解釈しうる (フランス語・スペイン語版)。
  • ユクシーはかつて手ずから人々の問題を解決していた?(ドイツ語版)

目を見た者の記憶を消し去るという、「恐ろしい神話」と一致した内容がダイヤモンド版の図鑑で語られているが、これによって「恐ろしい神話」の記述が「裏づけられた」というように考えるのは早計だろう。なんとなればこの図鑑説明が「恐ろしい神話」にもとづいて書かれているという可能性があるからである。

本作に限らずシリーズ全体を通して、一体にポケモン図鑑の説明文というものが作中で誰によって書かれたものであるかということは定かでない。常識的に考えればおそらくポケモン図鑑をくれる各地方の博士じしん、もしくはその助手たちによる共同作業の賜物なのだろう。そうでなければ研究の剽窃ということになり研究者倫理としてあるまじきことであるし、著作権的にも問題になりそうだ。いずれにしても、図鑑の制作に携わった人間の手による文章であることはまず疑いない。

するとこの図鑑の説明文というのは、シンオウ神話の研究において、人文科学で言うところの二次資料として扱われることになる。なにかの文献や言い伝えなどを調査した結果を検討・整理した研究者が書いたものという意味である。一方で「恐ろしい神話」のほうはこの本の性質がかならずしも明らかではないが、古老が口承で伝えてきた神話や民話などを直接に聞きとって改変せずに書きおこしたものだとすれば一次資料と呼ぶことができる。生の資料である一次資料をもとに新たに書かれた二次資料がいくら増えたって、本来のできごとの裏づけにはならないことは言うまでもない。

ダイヤモンド版の説明文の書き手はおそらく「恐ろしい神話」の書かれた本——ミオ図書館の本と同一かどうかは問わない——を知っていてこれを書いたに違いない。シンオウの人々がユクシーについて知っている事実は多くはなく、ギンガ団のような乱暴な手段をとらないかぎり直接ユクシーに出会うこともできないのだから、まっとうな研究者として知りうるかぎりの数少ない資料を図鑑の書き手は調べつくしたであろう。研究者として最低限の能力をもっていれば、その過程で「恐ろしい神話」に出会わないということはありえない。

他方、パール版その他が語るところの、生活を豊かにし問題を解決するための知恵を人々に授けたという記述は、これまでに見てきた神話資料のなかには現れなかった新情報である。「始まりの話」もプレート銘文も、UMA トリオが共同して「心」や「祈り」を生んだとは言っているが、個別にユクシーが知恵を授けたというような話は載っていない。

ではこれは図鑑の著者が発見した新事実なのかというと、それはおよそ図鑑というものの性質からして考えにくいことである。まったくの新発見であればそれはまず論文として発表され本にまとめられ、検証が済んである程度学界の常識になった段階ではじめて図鑑や事典に載るはずである。こういった媒体は見つかったばかりの不確かな新情報を発表するための場ではない。

そうすると、おそらく図鑑以外にもこの知恵を授けたという話を載せている本が存在し、ある程度一般的に知られている事実のはずである (ユクシーたちの名前こそ出ていないが、カンナギタウンの民家にある本はその候補にもっとも近い)。パール版と HG/SS 版が「と言われ (てい) る」という表現をしている点をとっても、そのような資料の存在を想定することは妥当であろう。図鑑の書き手は自分の新説として主張しているわけではないのだ。このようにして、ゲーム中で読むことのできない本の情報が図鑑のなかに見いだされる場合があるわけで、図鑑説明文も神話資料の一環をなすという冒頭の主張は納得されるだろう。