vendredi 13 août 2021

Chapman『古アイスランド語読解演習』第 10 課

Kenneth G. Chapman, Graded Readings and Exercises in Old Icelandic, 1964 の Lesson 10 の翻訳。「ヘイムスクリングラ」のこの箇所の邦訳は谷口訳『ヘイムスクリングラ—北欧王朝史— (一)』(プレスポート、2008 年;Kindle 版) がある (英訳については第 7 課)。ただし『ヘイムスクリングラ』とは 16 編のサガをまとめた選集であり、実際にはこれはそのなかの最初の 1 編「ユングリンガ・サガ」の第 1 章である。本書でも次やその次の課で引用されるときは「ユングリンガ・サガ」と称されているが、なぜここだけ「ヘイムスクリングラ」なのかは不明。一方、「エギルのサガ」と「スノッリのエッダ (ギュルヴィたぶらかし)」についてはそれぞれ第 8 課第 4 課で言及したとおり。



第 10 課
ヘイムスクリングラ (第 1 章) より

Kringla heimsins, sú er mannfólkit byggvir, er mjǫk vágskorin; ganga hǫf stór ór útsjánum inn í jǫrðina. Er þat kunnigt, at haf gengr frá Nǫrvasundum ok alt út til Jórsalalands.

世界の円盤、人類が住むところのそれは、湾でぎざぎざに入り組んでいる;大量の海〔水〕が大洋から地へと入りこむ。海はノルヴァスンド〔=ジブラルタル海峡〕からはるばるヨールサラランド〔=パレスティナ〕まで達していることが知られている。

10.1—関係小辞 er と sem


アイスランド語では関係節は sem または er によって導入される。しばしばそれのまえには指示代名詞 sá が置かれ、それは先行節における指示対象に一致した形になっている:

  Bjǫrn hét hersir ríkr í Sogni, er bjó á Aurlandi; hans son var Brynjólfr, er arf allan tók eptir fǫður sinn. (読解 8)
  Þar sá hann mey fagra, þá er honum fannsk mikit um. (読解 8)
  Kringla heimsins, sú er mannfólkit byggvir. (読解 10)
  Kunna muntu nǫkkurn mann at nefna, þann sem í er sǫgunni. (読解 9)

〔訳注:つまり格は先行節内の役割で決まっているのであって、関係節内のではない。sem, er は格変化しないため、関係節内での役割は形として示されない。この点、(牽引の起こっていない通常の) ラテン語やギリシア語、あるいは現代ドイツ語などの関係代名詞とは異なっている。たとえば上の最後の例文において、指示詞 þann は男性単数対格で先行詞 nǫkkurn mann に一致しており、関係節内では sem は主語の役割をしている。逆に第 3 文では sú は先行詞に一致する女性単数主格だが、関係節内では住まわれる対象なので sem は対格に相当する。〕

先行節のなかにそれの指示対象を直接修飾する指示代名詞があるのは:

  Frá hverjum er saga , er hann segir? (読解 9)
  Þá mælti Eiríkr jarl við þann mann, er sumir nefna Finn. (読解 7)
  Kom ǫrin á boga Einars miðjan í því bili, er Einarr dró it þriðja sinn bogann. (読解 7)

er はまた時の接続詞としても使われる:

  Þeir váru menn á ungum aldri, er þetta var tíðenda. (読解 8)
  Ok er hann náði konungs fundi, kvaddi hann konunginn. (読解 6)
  Þat var einn dag, er þeir Þórólfr ok Bjǫrn gengu ofan til skipsins. (読解 3)

er も sem も接続詞として使われることがある:

  allra helzt er「とりわけ〜だから」(読解 9)
  svá virðisk mér sem「まるで〜というように私には思われる」(読解 9)
  sem líkligt er「ありそうなように、期待されるように」(読解 9)〔er のほうは関係小辞ではなく be 動詞 is。〕

sem は副詞 þar とのつながりでも現れる:

  Hann býr þar, sem heitir Breiðablik. (読解 4)

10.2—強変化動詞の現在単数幹


アイスランド語の強変化動詞の現在単数幹はしばしば現在複数幹とは異なる母音を含んでいる。現在 3 人称複数形はつねに不定詞と同一なので (cf. 4.8 節)、現在複数幹の母音は不定詞幹の母音でもある。現在複数幹の母音が -a- であるならば、現在単数幹の母音は -e- である:単数 haf gengr、複数 hǫf ganga。

強変化動詞の現在単数幹と複数幹の母音の交替は規則的である:

  複数幹母音—単数幹母音 例
交替あり
  a—e   at taka—hann tekr
  á—æ  at ráða—hann ræðr
  o—e   at koma—hann kemr
  ǫ—ø   at hǫggva—hann høggr「打つ」
  ú—ý   at búa—hann býr
  ju—ý  at fljúga—hann flýgr「飛ぶ」
  jó—ý  skjóta—hann skýtr
  au—ey  at hlaupa—hann hleypr「走る」
交替なし
  e     at gefa—hann gefr
  ø     at søkkva—hann søkkr「沈む」
  i      at binda—hann bindr「縛る」
  í      at bíta—hann bítr「噛む」
  y     at syngja—hann syngr「歌う」
  ý     at spýja—hann spýr「吐く」
  æ    at hlæja—hann hlær「笑う」
  ei    at heita—hann heitir
  ey   at deyja—hann deyr「死ぬ」

共通スカンディナヴィア語〔=ノルド祖語〕(およそ西暦 800 年ころまで) において、この交替を条件づけていた要因は、強変化動詞の現在 2・3 人称単数語尾にあった i だった。上の一覧を古アイスランド語の母音三角形と比較すれば、交替とは前方化の過程であるとわかる〔言いかえると i-ウムラウト〕。上の一覧に含まれていない母音は強変化動詞の現在複数幹には現れない。

10.3—強変化中性名詞の複数主格・対格


強変化中性名詞の複数主格・対格は、単数主格・対格と同様、同一であり語尾をもたない (cf. 読解 9.3:spjót—spjót)。この形は単数主格・対格形と同一であるが、例外は単数形が語幹に a をもつときで、この場合は複数主格・対格形は語幹に ǫ をもつ:haf—hǫf。これは弱変化女性名詞 (cf. 9.2 節) における a と ǫ の交替と同じものであるが、ただし文献に残る古アイスランド語のなかには中性複数形に u の語尾が保存されていない。強変化中性名詞の複数主格・対格形は初期の時代には -u に終わっていたということがこの a-ǫ 交替によって示されている。

10.4—強変化形容詞の中性複数主格・対格形


エギル・スカッラ゠グリームスソンのサガ (第 66 章) より

Ǫll váru bǫrn Egils mannvæn ok vel viti borin; Þorgerðr var ellzt barna Egils.

エギルの子どもたちはみな有望でとても賢かった;ソルゲルズはエギルの子どもたちのうち最年長だった。

強変化形容詞の中性複数主格・対格形は、語尾がないという点で強変化中性名詞の複数主格・対格形に類似している:mannvæn, borin。また幹母音 a をもつ形容詞 (例:allr) が a-ǫ 交替を呈するという点でも:ǫll bǫrn (bǫrn は barn の複数、cf. 複数属格 barna〔複属については cf. 4.6 節〕)。

10.5—中性複数主格・対格形と女性単数主格形との類似


スノッリのエッダ (第 10 章) より

Nǫrvi hét jǫtunn, er byggði í Jǫtunheimum. Hann átti dóttur, er Nótt hét. Hon var svǫrt ok døkk, sem hon átti ætt til.

ノルヴィという名の巨人が〔いて〕、ヨトゥンヘイムに住んでいた。彼にはノーットという名の娘がいた。彼女は黒く暗かった、というのは彼女はそういう生まれであったから。

強変化形容詞の中性複数主格・対格形はどんな場合も女性単数主格形と同一であり、同じように a-ǫ の語幹交替も示す:svǫrt < svartr。

10.6—強変化女性名詞における a-ǫ 交替


幹母音 a をもつすべての強変化女性名詞も a-ǫ 交替を示す:主格 jǫrð—属格 jarðar;主格 fǫr—属格 farar「旅」。強変化中性名詞・形容詞の複数主格・対格、ならびに強変化形容詞女性単数主格の場合と同様、これはこの言語の初期段階のあいだあった語尾 -u のためである。これらの名詞のうち若干は与格形が -u に終わる。対格形は主格と同様 ǫ を含む:jǫrðina。このような女性名詞の単数の完全な変化表は:

   不定  定     不定  定
主格 fǫr  fǫrin    jǫrð  jǫrðin
属格 farar fararinnar jarðar jarðarinnar
与格 fǫr  fǫrinni   jǫrðu   jǫrðunni
対格 fǫr  fǫrina    jǫrð  jǫrðina

10.7—強変化男性名詞における a-ǫ-e 交替


若干数の強変化男性名詞は単数で a-ǫ-e(i) の交替を示す。こうしたものをすでに 4 つ見ている:主格 Bjǫrn (読解 3)、属格 Bjarnar (読解 1);〔主格〕ǫrn「鷲」の〔属格〕arnar (読解 9 の複合名 Arnarstakksheiði における);与格 firði (読解 1);対格 skjǫld (読解 7)。この型の強変化男性名詞の完全な変化表は、skjǫldr, Bjǫrn, ǫrn によって例示しうる:

主格 skjǫldr   Bjǫrn    ǫrn
属格 skjaldar Bjarnar arnar
与格 skildi   Birni   erni
対格 skjǫld    Bjǫrn  ǫrn

男性単数主格語尾 -r は幹末の -rn の後ろにはつかない。

10.8 1 つの女性名詞 hǫnd (cf. 8.5 節) は単数で a-ǫ-e 交替を示す


主格 hǫnd
属格 handar
与格 hendi
対格 hǫnd

強変化動詞の現在単数幹におけるように、a-e 交替は後続音節にある -i によって条件づけられており、ここではそれが保存されている。

練習問題


必要ならば語尾を埋めなさい:

1. Jǫrð___ er stór__ ok f__gr__.

2. Nótt___ er sv__rt__, en dagr____ bj__rt__.

3. Brá Baldrs var hvít__ ok bj__rt__.

4. __ll__ b__rn__ Egils váru f__gr__ ok v__sk__.

5. Þorgerðr var dóttir Egils. Hon var stór__ b__rn__ ok f__gr__.

6. It stór__ sverð Egils var skarp__ ok lang__. (skarpr「鋭い」、langr「長い」)

7. Spjót___ sem stóðu hjá búð____ váru sk__rp__ ok l__ng__.

8. Fǫr___ frá Nóreg__ til Ísland__ er l__ng__ ok h__rð__. (harðr「厳しい、つらい」)

9. Hross___ váru sv__rt__ ok f__gr__.

10. 9 の文を単数で書きなおしなさい。

〔解答〕


1. Jǫrðin er stór ok fǫgr.

2. Nóttin er svǫrt, en dagrinn bjartr.

3. Brá Baldrs var hvít ok bjǫrt.

4. Ǫll bǫrn Egils váru fǫgr ok vǫsk.

5. Þorgerðr var dóttir Egils. Hon var stórt barn ok fagrt.

6. It stóra sverð Egils var skarpt ok langt.

7. Spjótin sem stóðu hjá búðinu váru skǫrp ok lǫng.

8. Fǫrin frá Nóregi til Íslands er lǫng ok hǫrð.

9. Hrossin váru svǫrt ok fǫgr.

10. Hrossit vár svart ok fagrt.

語彙の復習


名詞 男性 heimr「世界」、jǫtunn「巨人」
   女性 fǫr「旅」、jǫrð「大地」、kringla「円、円盤」、nótt「夜」
   中性 barn「子ども」、haf「海」、mannfólk「人類」、vit「知性、賢さ」

形容詞 døkkr「暗い」、ellztr「最年長・最高齢の」、kunnigr「知られている、有名な」、mannvænn「有望な」、svartr「黒い」

副詞 alt「ずっと、はるばる」、inn「中へ」

動詞 byggva—byggði—byggt「住む」

句 vel viti borinn「賢い、知性ある」(borinn: at bera の過去分詞)、inn í「中へ」

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