mercredi 4 août 2021

Chapman『古アイスランド語読解演習』第 1 課

Kenneth G. Chapman, Graded Readings and Exercises in Old Icelandic, 1964 の Lesson 1 の翻訳。旧法の 10 年留保により翻訳権失効とみなして、今回から続けて全 15 課を全訳して紹介する (まえがきと巻末語彙集は割愛、かわりに解答例を独自に補った)。後述する Byock and Gordon の入門書が現れたいまとなっては役割を終えた感もあるが、その本を抜きにすれば古アイスランド語 (古ノルド語) の学習書としてもっともとっつきやすく学びやすい良書だと思う。独習者にとっては練習問題の解答がないのと発音の説明が省かれているという大きな難点はあれども、ドリル形式の初歩的な練習問題がたくさんあり、本文も変化表を何度も繰りかえしてくれるなど初学者への配慮が感じられる貴重なテキストである。薄くてすぐにやりきれるというのも美点であり、いまでも私にとっては一押しの入門書である。


今回本文に出てくる「(蛇舌) グンラウグのサガ」は、日本アイスランド学会編訳『サガ選集』(東海大学出版会、1991 年) に翻訳が含まれているようなのだが、絶版で非常に高価になっており残念ながら参照できていない。また「義兄弟のサガ」のほうは邦訳があるかどうか定かでないが、タイトルの翻訳については М. И. ステブリン゠カメンスキイ、菅原邦城訳『サガのこころ』(平凡社、1990 年) に見られる表記に従った。谷口幸男『エッダとサガ』(新潮社、1976 年、新装復刊版 2017 年) では全部カタカナで「フォーストブレーズラサガ」と音写されているが、それよりも望ましいと思う。

ところで、最近登場した古アイスランド語の入門書、Jesse Byock and Randall Gordon, Old Norse—Old Icelandic: Concise Introduction to the Language of the Sagas, 2021 は、肉づけを取り払うと Chapman の書と骨子が完全に同じ、たとえば両書の Lesson 1 の例文の選びかたは下記「グンラウグのサガ」と「義兄弟のサガ」のまるきり同じ箇所で、したがって扱われる文法事項も同じものに説明を詳しく補ったような、一種の増補版になっているように観察される。Chapman の本そのものへの言及は見あたらないように見受けるが、献辞を見ると Kenneth Chapman に捧げると記されており面識があるような書きかたなので、きっと直接許可を得てそういう体裁になっているのだろう。


第 1 課
グンラウグのサガ (第 1 章) より

Þorsteinn hét maðr; hann var Egilsson, Skalla-Grímssonar, Kveld-Úlfssonar hersis ór Nóregi; en Ásgerðr hét móðir Þorsteins ok var Bjarnardóttir. Þorsteinn bjó at Borg í Borgarfirði; hann var auðigr at fé ok hǫfðingi mikill, vitr maðr ok hógværr ok hófsmaðr um alla hluti.

〔逐語訳:〕ソルステインという名の男がいた;彼はノルウェー出身の首領クヴェルド゠ウールヴの息子の、スカッラ゠グリームの息子の、エギルの息子だった;またソルステインの母はアースゲルズという名で、ビョルンの娘だった。ソルステインはボルガルフィヨルドのボルグに住んでいた;彼は裕福で偉大な長で、賢い男であり親切で、あらゆる点で穏健な男だった。

〔訳注:日本語訳ではなるべくどの単語がどれにあたるかわかりやすく対応するよう心がけたが、語順の違いはいかんともしがたい。課の末尾にある「語彙の復習」という節 (実際には各課の新出単語一覧) も適宜参照すると便利である。

第 1 文は構文としては maðr「男」が主語であり名前の Þorsteinn は補語、つまり「ある男がソルステインという名前だった」という文であるが、maðr = a man が不定であることと、語順すなわち情報構造の観点からすれば、上のように読みとるのがもっとも原文の言わんとするところを正確に伝えていると思われる。つまりソルステインという名がまず最初に語られて、そのうえで「ある男」の「存在」を言っているのである。「男の名はソルステインだった」というのとはニュアンスが違う、それでは男の存在が話の前提=定冠詞になってしまう。

さらにもう 1 点、「賢い男であり親切」と訳した vitr maðr ok hógværr という部分は、実際には 2 つの形容詞はともに限定的で「賢く親切な男」と解するほうがよいと思われるが (後掲 1.4 節の gǫfugs manns ok ágæts と比べよ)、逐語的な語順を尊重するのと、原著の対訳でも [a] wise man and gentle とされていることに鑑みて、ここではこのようにしておいた。〕

1.1—不定冠詞


アイスランド語に不定冠詞はない。それゆえ、英語に訳すときには、不定冠詞が必要であれば補われねばならない。

たとえば Hann var hǫfðingi mikill ok vitr maðr. という文は「彼は偉大な長で賢い男だった」(He was a great leader and a wise man.) と訳されよう。

1.2—強変化男性名詞・形容詞の主格単数


伝統的に「強変化」と呼ばれる一群の男性名詞および形容詞の主格単数は語尾 -r をもって作られる。この語尾はふつう名詞あるいは形容詞の語幹にじかに付加される:auðig-r のように。

特別な語幹の規則:(1) 語幹が l, n, s のいずれかで終わり、その前が長母音または二重母音、もしくは強勢のない短母音である場合、この幹末子音は二重化し、その第 2 のものが語尾 -r のかわりとなっている:Þorstein-n, mikil-l, Egil-l, ljós-s「明るい」〔-nn, -ll, -ss の長子音の 2 つめは -r が同化した結果だということ〕。

(2) 語幹が l, n, s のいずれかで終わり、その前が強勢のある短母音である場合、語尾 -r は通常どおり付加される:dal-r「谷」、vin-r「友人」。

(3) 語幹が r で終わり、その前が母音である場合、語尾 -r は通常どおり付加される:hógværr。

(4) 語幹が r で終わり、その前が子音である場合、語尾 -r は付加されない。それゆえ形容詞 vitr の語末の r は語幹に属するのであって、男性単数主格語尾ではない。

1.3—強変化男性名詞の単数属格


強変化男性名詞の単数属格は、語尾 -s もしくは語尾 -ar のいずれかをもって作られる。

2 つのうち語尾 -s のほうがはるかに一般的である。男性単数主格語尾におけると同様、男性単数属格語尾も語幹にじかに付加される:Gunnlaug-s, Egil-s, son-ar, Bjarn-ar。

1.4—強変化形容詞の男性単数属格


強変化形容詞の男性単数属格語尾にはただ 1 つだけがありうる、すなわち -s である:

義兄弟のサガ (第 2 章) より

Hon var dóttir Álfs, gǫfugs manns ok ágæts.

彼女は高貴で卓越した男アールヴの娘だった。

〔訳注:gǫfugs manns ok ágæts という語順であるが、2 つの形容詞はいずれも manns にかかる限定用法で、英訳も a noble and excellent man となっている。冒頭の抜粋の訳注と比較せよ。〕

1.5—変化表の復習:強変化男性名詞・形容詞の単数主格と属格


   名詞  形容詞
主格 -r    -r
属格 -s, -ar  -s

ただし主格の -r には 1.2 節の注意がある。

1.6 名詞 maðr


maðr という名詞は不規則で、その語幹 mann- (単数属格形に現れている) が単数主格形では mað- に変化する。この名詞はほかの格でも不規則である。これは古アイスランド語のなかで 2 番めに頻出の名詞であるから、さまざまな形が登場するたびに徹底的に暗記されるべきである。

1.7—名詞と形容詞の一致


互いに一致している名詞と形容詞はすべて、格・性・数において同一である。たとえば〔1.4 節の例における〕Álfs, gǫfugs manns ok ágæts という構文において、2 つの形容詞と名詞 manns はすべて属格に置かれており、それはこれらがすべて Álfs という〔固有〕名詞に一致しているからである。Álfs が属格なのは名詞 dóttir との関係のゆえである。また〔冒頭の抜粋からの〕hann var Egilsson, Skalla-Grímssonar, Kveld-Úlfssonar hersis という構文も見てみよ。ここでは Skalla-Grímssonar, Kveld-Úlfssonar, hersis はそれぞれ〔同格の関係にある〕Egils, Skalla-Gríms, Kveld-Úlfs に一致している。

注意としてこの規則は、グンラウグのサガからの抜粋において例示されたように (hann var auðigr 等々)、述語形容詞が屈折することを〔も〕意味している。

練習問題


〔以下、空欄を示すアンダーバーの数は答えの文字数と一致するわけではないので注意。〕

1. 語尾を埋めなさい:

Grím_ var mikil_ mað_. Hann var Þorstein_son, Egil_son__.

2. a) Grímr, 父 Egill, 祖父 Þorsteinn; b) Egill, 父 Grímr, 祖父 Þorsteinn; c) Þorsteinn, 父 Egill, 祖父 Grímr として 1 をやりなおしなさい。

3. 語尾を埋めなさい:

Ásgerðr var dóttir Úlf_, mikil_ mann_ ok auðig_. Hann var hersi_, ágæt_ mað_ ok gǫfug_.

4. 形容詞を hógværr と vitr の適当な形に置きかえて 3 をやりなおしなさい。

5. 形容詞を ríkr「力ある」と vænn「端麗な」の適当な形に置きかえて 3 をやりなおしなさい。

6. 適した名前と形容詞を埋めなさい:

a) ______r hét ______r. Hann var ______sson, ______s___ar, ______s ______s ok ______s.

b) maðr のすべての変化形を hersir の適した形に、またその逆に置きかえて、かつ異なる名前と形容詞を用いて a) をやりなおしなさい。

c) ______n var ______l ____r ok ______r.

d) ______l var ______n ____r ok ______r.

〔解答〕


〔この解答例は訳者が作成したものであり、誤りの可能性があることに留意してご利用いただきたい。この注意は以降の課では繰りかえさない。〕

1. Grímr var mikill maðr. Hann var Þorsteinsson, Egilssonar.

2. a) Grímr var mikill maðr. Hann var Egilsson, Þorsteinssonar.
    b) Egill var mikill maðr. Hann var Grímsson, Þorsteinssonar.
    c) Þorsteinn var mikill maðr. Hann var Egilsson, Grímssonar.

3. Ásgerðr var dóttir Úlfs, mikils manns ok auðigs. Hann var hersir, ágætr maðr ok gǫfugr.

4. Ásgerðr var dóttir Úlfs, hógværs manns ok vitrs.〔vitr の語末の r は、1.2 節の特別規則 (4) のとおり語幹の一部であるから、属格は vits ではなく vitrs となることに注意。〕

5. Ásgerðr var dóttir Úlfs, ríks manns ok væns.〔vænn については語幹が長母音 + n で終わるので 1.2 節の (1) にあたる:væn- + -r → vænn。ríkr は一見 (4) にあてはまりそうだがこれは rík- に通常どおり語尾 -r がついただけのものであって、特別規則にはあたらない引っかけ問題。〕

6. a) Grímr hét maðr. Hann var Egilsson, Þorsteinssonar, gǫfugs hersis ok ágæts.
    b) Úlfr hét hersir. Hann var Grímsson, Egilssonar, vitrs manns ok hógværs.
    c) Þorsteinn var mikill hersir ok ríkr.
    d) Egill var vænn maðr ok gǫfugr.
〔指示された語尾にあう語であればなんでもよいので、別解はたくさんある。〕

語彙の復習


名詞 男性 hersir「首領」、hǫfðingi「長、指導者」、maðr「男」
   女性 dóttir「娘」、móðir「母」

形容詞 ágætr「優れた、卓越した」、gǫfugt「高貴な」、mikill「大きい、偉大な」、ríkr「強力な」、vitr「賢い」、vænn「端麗な」

代名詞 hann「彼」、hon「彼女」

接続詞 en「それと (他方)」、ok「そして (付加)」

前置詞 at「〜に、で (地点)」、í「〜に、の中に」、ór「〜から」

動詞の活用形 hann bjó「彼は住んでいた」、hann hét「彼は〜という名だった」、hann var「彼は〜だった」

句 auðigr at fé「裕福な」、um alla hluti「あらゆる点で」、ór Nóregi「ノルウェーから」、í firði「〜フィヨルドに」、ór ______ sǫgu「〜のサガより」、__son「〜の息子」、__dóttir「〜の娘」(__ には人名の属格)

この復習にある語句を覚え、〔以下でも〕各課の語彙を復習すること。これらは第 4 課以降、読解の部に同じ意味で現れるときには注記しない。

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