lundi 1 juillet 2019

トリエステ方言訳『星の王子さま』を読む:第 5 章・第 6 章

トリエステ方言訳『星の王子さま』El Picio Principe の第 5 章・第 6 章の解説。凡例など詳しいことは序文を参照のこと。


P. 21


le pegore magna albereti「羊たちが小さな木々を食べる」――動詞 magnar は伊 mangiare。トリエステ方言の gn という二重子音字は標準イタリア語のような ñ の音ではなく別々の [gn] という子音連続であるというが (Zeper, 35–37, とくに 36 の注 4, 7)、しかし ñ の音の場合もあるようで、この動詞ではどうか定かでない。またここでは伊 ng に対するトリエステ gn という転倒が起きているが (もっとも語源のラテン語 manducare を思えば音位転換の例とは言いがたいが)、歴史音声学的な Zeper, 29–32 に記述を見いだせないため散発的な現象と思われる。


P. 22


なし


P. 23


un picio buto「小さな芽」――この buto「芽」という語は直接には標準語にないようだが、buttata「発芽、新芽」に名残をとどめているようだ。動詞 butar に対応するイタリア語 buttare はふつう「投げる、放る」の意だが、「(植物が) 芽生える、(泉などが) 噴出する」という語義もある。

se pol lassarlo cresser, come che ’l vol「それが望むように成長させておくことができる」――第 2 章では come se と同義の come che があることを確認したが、今回の come che はそれではなく、標準イタリア語で言うたんなる come であって che は冗語 (Zeper, 139, d.)。最初の se はもちろん伊 si と同じ非人称の si。放任動詞 lassar (伊 lasciare) の語法もイタリア語と同じ。

se devi subito tirarlo fora de la tera, ’pena che se lo riconossi「それとわかるや否や、すぐにそれを地面から引き抜かなければならない」――se devi の se は同上。’pena は apena の語頭音省略で、che はやはり冗語で伊なら appena だけで済むところ。Zeper, 138.

i lo fa s’ciopar「それらはそれを破裂させてしまう」――s’ciopar (伊 scoppiare) のアポストロフォは音の脱落を表すのではなく一種の分音符。破擦音の c のまえでのみ用い、s と ci が「シ」ではなく別々に「スチ」と発音されることを示す。Zeper, 36.


P. 24


なし


P. 25


Basteria ’ndar in Francia in un minuto「1 分でフランスに行けば事足りるだろう」――めずらしくと言うべきか、接続法半過去ではなく標準イタリア語と同じ条件法現在 basteria (伊 basterebbe) を使っている。この bastar (伊 bastare) は非人称の用法で不定詞を従えている。

co se xe ’sai tristi「とても悲しいとき」――se は非人称の補語代名詞 (伊 si)。このように人一般を表すとき、意味上の一致をして形容詞が男性複数形 tristi になることは標準イタリア語でも同じ (坂本『現代イタリア文法』190 頁)。続く後半の inamorai (inamorar の過去分詞男性複数) も同様。


さてここまでの章をお読みになっておわかりのとおり、トリエステ方言とはいっても相当の部分は標準イタリア語の知識で読めるしその知識が第一に重要であるのであって、この解説も章を追うごとに改めてトリエステ方言に独自の文法事項として説明することがいよいよ少なくなり、たんなるイタリア語の文法の確認に陥るようになってきたので、このあたりで連載を切りあげたいと思う。次はまたべつの言語で読むことにしよう。