mercredi 29 juillet 2015

諸外国の書籍の購入方法

本を買う趣味が嵩じて国内のものでは飽きたらなくなり,いつしか諸外国から書籍を買い集めるようになりました.もちろん以下のどの言語も読めるというわけではないですが,それでも自分が専門に勉強してきた分野の本や,ほかの言語がテーマになる語学書ならば,まったくわからないということはなく,語学学習の励みになります.

以下では言語別に,私が本を購入したことのあるオンラインストアを,注文までのさまざまなアドバイスや,送料や所要日数などのレポートつきであげていきます.各国とも複数のオンラインストアがありますが,とくに先進国以外では日本への発送を受けつけていないサイトが多いため選択肢は限られます.決済手段はいずれも VISA または MasterCard のクレジットカードが使えます.カード決済に JCB が使える場合は特記します.また,PayPal 経由で JCB が使える場合があります.

ジャンプ:英語,ドイツ語,フランス語,イタリア語,スペイン語ルーマニア語ロシア語ポーランド語セルビア語,クロアチア語リトアニア語ラトビア語エストニア語トルコ語ギリシャ語ヘブライ語


英語 (アメリカ・イギリス・カナダ),ドイツ語 (ドイツ),フランス語 (フランス),イタリア語 (イタリア),スペイン語 (スペイン).――  よほど専門的なものでもないかぎり,新本ならば原則として各国の Amazon (Amazon.com, Amazon.co.uk, Amazon.de, Amazon.fr, Amazon.it, Amazon.es, Amazon.ca) で間にあいます.

ただし送料がバカにならないので,このうち英語およびドイツ語の書籍については,日本の Amazon.co.jp から購入したほうが安上がりになる場合が多いです.とくに英語の書籍は日本に在庫していることが多く,デジタルパブリッシングで日本国内の印刷が委託されている場合もあり,すぐに手に入ります.同じ英語でも版元がカナダの書籍だけは,日本でもアメリカ経由でもなく直接カナダから取り寄せたほうが安いことがあります (個人的な経験ではクリー語についての本).ドイツのものはなぜだか不明ですが .co.jp の値段が多くの場合安く,「2〜3 週間以内に発送」という表示であれば直接取寄と同程度です.為替リスクを避けられるという利点もあります.

仏・伊・西の書籍については,日本 Amazon では商品のページが存在しないか,あってもほとんどは注文不可能もしくは「一時的に在庫切れ」となっており,後者の場合注文じたいは可能ですが 3, 4 ヶ月後に取寄不可能だったとのメールがきます.これらの国の本のうち日本 Amazon から注文が可能なまれな例外は,ごく大衆的な本です (有名な文学作品のペーパーバックなどで,この場合はドイツと同様 .co.jp を通しての注文が安いことがあります).

ちなみに,英語以外の書籍を日本 Amazon で検索するには,直接日本 Amazon で検索するのではなく,まず当該国のサイトに行って気になる本を見繕ったあと,その ISBN をコピーして検索 (もしくは URL バーから直接ジャンプ) することをおすすめします.その理由は書籍のタイトルに含まれる文字で,日本 Amazon では仏・伊・西の書籍がアクサンやセディーユつきの文字が文字化けしたまま登録されていることが少なくないこと,また独の書籍ではウムラウトつきの文字,たとえば ä が ae と代用表記されていたり,されずに a となっていたりすること,あるいは語尾変化のファジィ検索が日本のデータベースでは弱い [注] といった理由から,正しいタイトルで検索をしても見つからない場合に自分の手落ちなのかそもそも商品ページが存在しないのかわかりかねるためです.求める内容の書籍にどんなものがあるのかという最初の調査を日本 Amazon でするべきでないのも同じ理由です.
[注] たとえば言語名の -isch, -ische, -ischen といった形はタイトルのつけかたによって変わりますが,こうしたものをドイツの検索エンジンではどれからでも引いてくれる一方,日本では想定していないのでいちどでうまくひっかかりません.各言語の単複も同様です.英語についてはすでに融通が利くようなのですが.

アメリカの Amazon を例外として,各国とも送料は固定 10 ユーロ強 (イギリスはポンド換算) に冊数分の上乗せがかかるので,ある程度の冊数をまとめて買うほうが得です.Amazon.com は例外的に 1 冊での送料がかなり安いので,1 冊からの注文もよくします.注文手続きに入ると,Amazon Currency Converter というサービスによって円建てで支払うか,ドル・ポンド・ユーロで決済するかを選べますが,通常のレートより約 5 円も高くなるので,よほど為替が不安定な局面を除いては現地通貨での決済のほうがよいのではないでしょうか.

到着までの日数はというと,追加で数千円出すと 2, 3 日で届くという驚くべきオプションもありますが,いちばん安い通常配送でも注文から 12〜14 日といったところです.注文の冊数が少なく小さな包みになる場合では,同じいちばん安い手段で 8, 9 日で届くことがありました.以上はヨーロッパの話ですが,アメリカだけは非常に遅く,早いほうでも 18 日程度はかかります.いずれにせよ早めの注文を心がけるべきでしょう.

古書では Amazon の関連サイトである上記各国の AbeBooks が役に立つことがあり,たいていの出品者は海外発送をしてくれます.Amazon のマーケットプレイスも重要ですが,これは国内向けの発送が多いです.いずれも国ごとにデータベースは共有されていないようなので,言語が違ってもダメもとで検索してみる必要があります.あるとき英語の絶版本で日米英の AMP ではどこも価格が 3 万円程度に高騰していたものが,なぜかフランスの AMP ですごく安く手に入ったことがあります.


ルーマニア語 (ルーマニア).――  elefant.ro. ルーマニアは EU 加盟国ですがまだユーロを導入しておらず,現在の通貨はレウ (2005 年のデノミ後の新レウ:RON) で,書籍も送料も非常に安いです (15 冊 6.9 kg で送料 50 レイ:約 1 500 円).発送はあまり早くなく,私の場合では注文から発送まで 10 日,そこから到着まで 8 日を要しましたが,発送の時点で通知のメールがなく心配でした (ただ,到着してみれば,最初の注文確定メールに書いてあった到着予定日とほぼ同じ (予定日より 1 日遅れ) でした.こういうものはクレームのつかないよう余裕をもった遅めの予定日を書くものだと思うのですが).梱包はダンボールの箱に,ダンボールを網状に裁断したウェーブクッションを緩衝材として十分に入れてあり,エコで丁寧な印象を受けます.


ロシア語 (ロシア).――  Лабиринт (www.labirint.ru) というサイトでは JCB が使えて重宝します.ロシアの通貨はルーブル (RUB) で,書籍じたいもそう高くありません.ショッピングカートとウィッシュリストが別個に保存できるので購入候補の管理に便利です [注].ここは発送も異常に早く,単価千円程度の小さな本を 20 冊ほど買ったときは,通常の配送手段なのに注文確定からたったの 4 日と数時間で届いて驚きました.梱包はずいぶん簡素で,書籍じたいも新本にしては汚れている印象を受けましたが.
[注] なにをあたりまえのことをと思われるかもしれませんが,ID を登録してクッキーも有効なのにもかかわらず時間が経つとショッピングカートが空になるというサイトも海外にはあります.不慣れな言語で本を探すのは大変で,せっかく気になる本をいろいろ見つけてカートに入れたのに消えて探しなおしになったということが何度かあり,すぐには買わないとなるとブラウザのブックマークで 1 冊ごとに管理することになります.

代替的な手段としては,日本国内にも日ソ (www.nisso.net) とナウカ (www.naukajapan.jp) という 2 大ロシア書籍専門店があり,多少割高にはなりますが,本選びから注文まで日本語で行うことができます.ただしリストにある多くの品は国内に在庫がないのが難点です.いちど買うとしばらくカタログ (分野別に原題・その日本語訳・値段を列挙した小冊子) を定期的に送ってくれるので,ロシアの最新の出版情報もわかります.

もうひとつはアメリカの Amazon.com で,一部のロシア語書籍が手に入ります.難点は書籍のタイトルがラテン翻字のため,たとえば я が ya だったり ja だったりして検索が困難です.

また,ロシアの出版事情を含む一般的な情報について,東京大学のスラヴ語スラヴ文学研究室のサイトが詳しく,参考になると思います.そちらでロシアの 2 大ネット書店として紹介されている OZON と Alib はいまのところ利用したことがないので紹介できません.


ポーランド語 (ポーランド).――  日本から注文できるポーランド国内の書店としては merlin.pl が唯一です (ほかに,アメリカに本拠を置きポーランドの書籍を扱っている書店もありますが,品ぞろえも劣りますしドル建てで非常に高価になります).ポーランドの通貨はズウォティ (PLN) で,書籍の値段が尋常でなく安いです.ただし日本への送料が本代と同じくらいかかるので,そこまでお得ではありません (それでも安いです).ショッピングカートとウィッシュリストがあり,しかもその間の移動がワンクリックで非常に便利です (どちらの方向にもでき他方からは消えます.Amazon の「カートに保存 (後で買う)」に似ています).

この書店の最大の注意点は,「24 時間以内に発送」が大嘘だということです.何度か注文しましたが,これらのうちほとんどの本は在庫しておらず,注文から 2, 3 日たつと「入手まで日数がかかりますが,1. 待ちますか,2. キャンセルしますか」,あるいは「一部の本だけ発送できますが,1. すべてそろうまで待ちますか,2. 一部のみ発送しほかをキャンセルしますか,3. すべてキャンセルしますか」と選ばせるメールがきます.とはいえそんなに驚くほど待つことにはならず (都合 5〜7 日くらい),発送から到着まではかなり迅速でした.発送メールはなぜか同じものが何度もきました.

Amazon.com にも少なからずポーランド語の書籍の登録がありますが,データがあるだけで実際に (AMP でなく Amazon から直接) 注文できるものは見たことがありません.

(2015 年 8 月 17 日追記) Merlin.pl さんに 3 度めの注文をしました.今回は注文から 2 日後の発送,さらに 5 日後つまり注文からは 7 日と 17 時間で手もとに到着しました.今回はメール通知も,注文直後の確認メール,翌日の出荷準備の連絡,翌々日の発送メールと手際よく重複もなく,また 10 冊の注文にもかかわらず遺漏がなく,最初の 2 度の注文での不手際が嘘のようでした.

ところで今回はまたべつの問題も経験しました.今回,操作をどこで間違えたのかある本の注文数量が 2 冊になってしまったのですが,注文の変更やキャンセルがサイト上ではできず,定められた連絡先に直接メールをするように書かれています.そこでメールで変更のお願いを書き送ったところ,相手方のメールボックスがいっぱいだとかでメールが弾かれ (2 度試し,2 度めは極力サイズを小さくするようプレーンテキストで短い文にしましたが),結局変更はできないままその本は 2 冊届いてしまいました.


セルビア語 (セルビア),クロアチア語 (クロアチア).――  Knjižara.com (www.knjizara.com) がおそらくこれも唯一日本への発送を行っているのではないでしょうか.セルビアの通貨はディナール (RSD) ですが,日本への発送を選ぶとユーロ建てに切りかわります.品ぞろえはわりと豊富で,ほとんど同じ言語を話す隣国クロアチアの出版物も購入できます.それに加えてセルビア国内のセルビア語でもキリル文字とラテン文字が併用されている事情から,本ごとにどちらの文字表記かが示されているのがおもしろいところです.発送は迅速で,輸送日数もヨーロッパからの平均的な長さ (注文から 10 日内外) でした.

ここにははじめ注文がうまくいかずメールで問いあわせたのですが,英語で非常にきめ細かに対応していただきました (注文品のリストを伝えてくれれば金額を見積もるので銀行振込で発送できるとのこと.最終的にサイト上でうまくいったので不要でしたが).注意点として,ロシア語の項で触れましたが,ショッピングカートの中身が時間経過で消えます.


リトアニア語 (リトアニア).――  knygos.lt.  発送時にメール通知がきます.国外への配送は TNT Express という業者がやっていて,トラッキングサービス (説明は英語) で荷物の所在地をリアルタイムで確認できます (カウナスから発送されたあと翌日にヴィリニュス,そこから国外に出て 4 日 (初日を入れると 5 日め) でポーランドのアンノポル, 5 日でドイツのハノーヴァー,7 日でフランクフルトを経て,8 日で成田に到着したようです.そのあと税関などでもう 3 日かかっています).発送から到着までは 11 日でした.リトアニアは 2015 年元日に 19 ヵ国めのユーロ導入国となっています.クレジットカードによる支払はどのカードでも PayPal アカウントの登録が必要になるらしく,VISA も MC も JCB も使えます.梱包は適切でした.


ラトビア語 (ラトビア).――  Zvaigzne ABC (www.zvaigzne.lv) にはいちど大量の本を注文したのですが,消印によると注文の 2 日後には発送され,なんとその 5 日後には届きました (ただし注文確認メールのあと発送の連絡はありませんでした).国外への配送オプションは 2 通りありましたが安いほうでこれだけ早いのは驚きです.梱包はあまり親切ではなく,かなり隙間のある大きなダンボールに緩衝材もなく詰めこまれているだけでした.送料の計算は冊数ではなく重量のみによっており,階級別なので軽い本なら何冊か追加しても送料が変わらないことがあります (送料は注文画面に入らずともカートで随時確認できます).私は試していませんが電子書籍も充実しているようです.ラトビアでは 2014 年の元日に 18 ヵ国めのユーロ導入国となっています.ラトビアも本が比較的に安く,私が買ったなかではラトビア語–ポーランド語辞典,B5 判に近い大きさで 1 550 ページ,本体重量 2 kg を超える大部のもの (それも版権切れのリプリントではなく,インターネットなどの用語も入った最新のもの) が,たったの 10 ユーロというのが最大の驚きでした.


エストニア語 (エストニア).――  エストニアには 4 つのオンライン書店があるようで,そのどれも日本への配送が可能です.ここではそのうち 2 つを紹介します.見たかぎりではどちらか一方でしか売っていない本も多く,共通部分では価格の差もあるので,両方を調べてうまく使いわけるのがよいでしょう.エストニアの通貨は 2011 年元日よりユーロです.

注意すべきこととして,ここで紹介しないサイトも含めてどのストアもアカウント作成ができません.その理由はエストニアの国民番号制で,エストニアでは行政から日常生活に至るまでかなり広範に国民 ID を使用しているらしく,アカウント作成時にもその入力が必須のため私たちには不可能です.ユーザ登録をしなくても注文は可能です.

Apollo (www.apollo.ee) は,日本語によるエストニア (語) 紹介のウェブサイトでよくあげられているので,いちばん老舗なのかもしれません.もうひとつは Rahva Raamat (www.rahvaraamat.ee) で,スタイリッシュで現代的なページデザインが目を引きます.送料はどちらもかなり割高ですが,前者のほうが固定部分が大きくある程度まとまった冊数まで変わらず,後者は冊数に応じて微調整されるようでした.注文から到着までの日数は前者が 14 日,後者が 9 日でしたが,発送後配送に要した日数はどちらも 6 日ほどのようです.梱包は後者のほうが丁寧に感じましたが,もともとの書籍の状態がどちらもとてもきれいで,私のこれまでの 100 回を超える海外取引のなかでもこれほど美しい状態の本に出会ったことはありません (エストニアの出版社・印刷所の品質管理が厳格なのか,ただの幸運な偶然なのかはわかりませんが).


トルコ語 (トルコ).――  paNdora (www.pandora.com.tr).  トルコの通貨はリラ (TRY) で,書籍はかなり安いです.注文から到着までは 11 日でした (発送連絡がないので発送までの日数はわかりませんが,商品ごとに在庫状況が書いてあり注文時におおよその日数がわかります.今回の場合はおそらく発送までに 5 日,配送に 6 日というところだったでしょう).


ギリシャ語 (ギリシャ).――  Bibliohora (www.bibliohora.gr).  ギリシャ国内最大手と見られる Books.gr が発送を行っていないので,これも選択肢は限られます.ギリシャは近年財政破綻の危機に揺らいでいますが,通貨はいまのところユーロ (EUR) で,送料も書籍もかなり割高に感じられます (いっそのことドラクマに戻ってもらえば激安で買えそうですが).この書店は発送通知のメールをくれず,到着まで 17 日ほども待ったので,本当に商品が届くのか不安でした.

ギリシャ語の書籍は各国 Amazon での取り扱いは非常に限定的ですが,姉妹サイトの Book Depository では若干のギリシャ語書籍が購入可能です.ギリシャ語のまま検索ができるので,ラテン文字転写に関わる問題は生じません.こちらは日本円での取引ができ,送料込の値段も比較的安いので,購入可能なものはこちらのほうがいいかもしれません.

すでに述べたとおり一般の書籍はそう安くありませんが,ギリシャでは大部の高校生向け教科書が単価 3〜6 ユーロくらいの破格の安さで市販されており,とくにギリシア史や古典ギリシア語のものなどは,ギリシア語を学ぶ日本の私たちが手もとにもっていてもおもしろいのではないでしょうか.


ヘブライ語 (イスラエル).――  מאגנס (www.magnespress.co.il) はヘブライ大学の出版局にあたるようです.インターナショナル版 (英語版) への切りかえができ,メールでの連絡も英語でできます.支払いはドル建てでした.発送は平均的な対応ですが,エルサレムから日本への配達が予想よりずっと早くて驚きました (発送メールから 4, 5 日くらい).サイトにもよく読むと注意書きがありますが,各書籍の重量が記載されていて,合計が何 kg だかを超えると配送手段の都合で送料が跳ねあがり,その場合は同じものを 2 度にわけて注文するほうが安上がりになります.

都合 2 度こちらから本を購入しましたが,2 度とも問題が発生してメールでクレームを入れる事態になりました.1 度めは買った本の一部 (計 16 ページ) が印刷不良で完全な白紙になっており,交換を申しこんだところ返品不要で新しいものをお送りいただきました.2 度めは 6 冊注文したうち 1 冊が入っていなかったのですが,前回のことがあったぶんなんだか申し訳なく,まったくこちらの落ち度ではないのにあきらめてしまいました (4 千円くらいの損).

mercredi 15 juillet 2015

Valfells and Cathey『古アイスランド語入門課程』第 3 課

Sigrid Valfells and James E. Cathey, Old Icelandic: An Introductory Course, Oxford UP, 1981 をもとにした勉強用の抄訳 abridged translation です.


第 3 課 Lesson III


1. 文法 Grammar


(A) 単数与格 The Dative Singular

(1) 形態

(a) 名詞:男性・中性名詞の語幹には単数与格で -i をつける.女性名詞は語尾 -u をとるが,単音節の語幹ではこの語尾はしばしば現れない.女性語幹が 2 音節 bisyllabic のとき,u-語尾は一般に現れるが,ここでも若干の変異がある (gersimi「宝物 treasure」型の女性名詞については第 9 課).

(b) 形容詞:単数与格の男性名詞を修飾するときには形容詞語尾は -um であり,女性では -ri, 中性では -u である.基本語幹が長母音で終わるときには女性語尾の r は二重化する:(há-) 単与 hárri, (nýj-) 単与 nýrri.

(2) 用法

(a) 手段を表す instrumental〔訳注:つまり具格の吸収〕,たとえばふつう英語の前置詞 with によって表される用法.例:búinn hjálmi「兜を身につけた equipped with a helmet」,hlaðinn gulli「金を積んだ laden with gold」,rekinn silfri「銀が散りばめられた inlaid with silver」.

(b) 動詞の目的語:多くの動詞,とりわけ因果を表すものは,与格目的語をとる.例:sigla/stýra skipi「船を出す/舵を取る sail/steer a ship」,bana úvini「敵を殺す」,eyða borg「町を荒らす lay waste a city」.

(c) 前置詞の目的語:特定の前置詞,とりわけ方向や場所を示すものは,与格目的語をとる.例:frá landi「陸から from land」,at hausti「秋に」,á vári「春に」.


(B) aǫ の交替 (u-ウムラウト)

u-ウムラウト (の影響) としても知られる a → ǫ の変化は,基底語幹の強勢のある短い a に次の音節の u が後続するとき起こる.それゆえ形容詞の男性と中性の単数与格語尾 -um, -u は表層形にこれを起こす.(skarp-)「鋭い sharp」男単主 skarpr, 男単与 skǫrpum; 中単主 skarpt, 中単与 skǫrpu.  u-ウムラウトの手続きはまた同じ条件で名詞と動詞にも起こる.第 2 課 1.A.3 で述べたように〔訳注:理由は述べていない〕,昔あった u がすでに語尾から失われている場合にもこの交替は起こる:根 root が子音で終わる女性名詞の単数主格・対格,形容詞女性形の単数主格のみ,中性名詞および形容詞の複数主格・対格.例:女性名詞 (hall-i-), 単主 hǫll, 単与 hǫllu または hǫll; (marg-)「多い many」女単主および中複主・対 mǫrg; (land-) 複主・対 lǫnd; (skarp-) 女単主および中複主・対 skǫrp.


(C) 語幹の長短 Long v. Short Stems

(1) 短い語幹とは,強勢のある長母音または二重母音で終わるか,強勢のある短母音に子音がひとつ後続して終わるものである (j および v-加音と幹母音はこのさい数えられない)〔訳注:要するに発音編で見た「文法上短い音節」のこと〕.短い語幹の例:(stað-i-)「町,場所」,(skip-), (mjað-u-), (miðj-), (nýj-), (hverj-)「あらゆる,おのおのの every, each」.

(2) 長い語幹とはそれ以外のもので,以下のタイプがある:

(a) 短母音に 2 つ以上の子音が後続する (やはり jv の加音は数えない):(fagr-)「美しい fair」,(sigl-i/j-)「航海する to sail」,(bekk-i-)「長椅子 bench」.

(b) 長母音または二重母音に 1 つ以上の子音が後続する:(spjót-), (vápn-), (góð-), (frægj-), (brauð-).

(c) 2 音節以上:(rekin-)「散りばめられた inlaid」,(timbrað-)「木造の timbered」.


(D) 加音のある語幹 Augmented Stems

第 2 課では j-加音のある語幹について見たが,v-加音もある.これらは語幹音節の長さの決定には数えられず,表層形に現れるのは非常に限られた条件でのみである.中性名詞語幹は,男性および女性の a-幹と同様,加音が起こりうる.形容詞・動詞・代名詞語幹も同様である.加音が屈折形に現れるのは以下の条件である:

(1) j-加音

(a) j が現れるのは,後母音 (a または u) が直接後続する音節語幹のあとである.前母音 (i) や子音やゼロが後続するときには消失する.それゆえ (miðj-)「中央の middle」は男単主 miðr, 与 miðjum; 女単主 mið, 複主 miðjar; 中単主 mitt, 与 miðju, 等々となる.(hverj-) は男単主 hverr, 複主 hverir; 女複主 hverjar, 単与 hverri; 中単与 hverju, 複主 hver, 等々.

(b) 音節の語幹のあとでは j-加音は i として実現するか,現れないか,特殊な条件のもとで j として実現する.
  1. 長い名詞語幹,たとえば中性 (kvæðj-)「詩 poem」や (ríkj-)「領地 dominion」,男性 (hersj-)「首領 chieftain」では,j-加音は子音またはゼロの前で i として現れる.それゆえ単・複主 (kvæðj- + zero) → kvæði, (ríkj- + zero) → ríki, また単主 (hersj-a- + -r) → hersir.

    (格) 語尾が母音で始まるとき加音は現れない.それゆえ男単与 (hersj-a- + -i) → hersi, 複主 (hersj-a- + -r) → hersar, また中単与 (kvæðj- + -i) → kvæði.  しかし長音節語幹が軟口蓋音 k, g で終わる場合には,加音 j は後続する a または u の前で現れる.それゆえ複与 (ríkj- + -um) → ríkjum.
  2. 長い形容詞語幹では j-加音は現れない.唯一の例外は,kg で終わる語幹の後にあり,au が後続するときである.それゆえ (frægj-) は男単主 (frægj- + -r) → frægr, 複主 (frægj- + -ir) → frægir, 単与 (frægj- + -um) → frægjum. (こうした j-加音をもつ長音節の形容詞語幹は古風 archaic である;のちの OI の形では j はしばしば完全に落ち,たとえば女複主 frægar.)

(2) v-加音

v-加音は,語幹が長短いずれでも,後続母音が u 以外であれば現れる.それゆえ中性名詞語幹 (ǫlv-) からは単主 (ǫlv- + zero) → ǫl, 与 (ǫlv- + -i) → ǫlvi; 形容詞語幹 (rǫskv-)「勇敢な,精力的な brave, vigorous」からは男単主 (rǫskv- + -r) → rǫskr, 複主 (rǫskv- + -ir) → rǫskvir, 女単主 (rǫskv- + zero) → rǫsk, 複主 (rǫskv- + -ar) → rǫskvar, 中単主 (rǫskv- + -t) → rǫskt, 単与 (rǫskv- + -u) → rǫsku, 等々.


(E) 語順

(1)〔第 1 課で見た内容.形容詞が名詞に先行するとより強調的になるが,構文の反復や単調さを避ける文体論上の要請からそうなることもある.副詞もまた文頭に立てると卓立 prominence 的であるが以下同様〕

(2) 同格 apposition の語句はそれが修飾する名詞とつねに格が一致し,名詞に後続する.


3. 氷文英訳 (和訳) Text


Hverr víkingr er hermaðr góðr, búinn fǫgrum hjálmi, skǫrpu sverði, ok hvǫssu spjóti. あらゆるヴァイキング [男単] はよい戦士 [男単] であり,美しい〔(fagr- + -um) → fǫgrum〕兜 [男単与],鋭い剣 [中単与],そしてとがった槍 [中単与] を身につけている [男単主].

Skjǫldr hans er silfri eða gulli rekinn. 彼〔ら〕の盾 [男単] は銀 [中単与] または金 [中単与] が散りばめられている [男単主]〔Hans「彼の」は前文の「あらゆるヴァイキング every viking」を受けているので,形の上では単数だが日本語としては「彼ら」とすべきだろう〕.

Hann siglir skipi sínu, traustu ok fǫgru, frá landi á vári hverju. 彼〔ら〕は彼〔ら〕の,信頼できる美しい船で [中単与],毎年春に [中単与] 陸 [中単与] から航海する〔sínu < sín は 3 人称の再帰所有代名詞で単複を問わないので「彼〔ら〕」と断る必要がないようだが (第 11 課),受けている名詞はやはり hann と同じものなので,煩雑でもこのほうが一貫するだろう〕.

Í suðri eru mǫrg vǫldug ríki. 南 [中単与] には活発で有力な多くの〔もの〕[中複主] がある.

Þar eru frægjar borgir, stórar hallir, ok mikil klaustr. そこには有名な都市 [女複主],大きな広間 [女複主],そして多くの修道院 [中] がある.

Í langri ferð sinni ferr hann víða með úfriði. 彼〔ら〕の長い旅 [女単与] のなかで彼〔ら〕は闘争 [男単与] とともにいろいろのところへ行く.

Hann banar mǫrgum úvini ok eyðir margri borg á Englandi ok Vallandi. 彼〔ら〕は多くの敵 [男単与] を殺し,イングランド [中単与] とフランス [中単与] で多くの町を荒らす〔bana「殺す」および eyða「荒らす」の目的語が対格でなく与格であるのは本文 A.2.b〕

At hausti stýrir hann skipi sínu, hlǫðnu gulli ok annarri gersimi, heim. 秋 [中単与] には彼〔ら〕は彼〔ら〕の,金 [中単与] とその他の宝物 [女単与] を積んだ船を [中単与],故郷へと進める〔stýra「操舵する steer」もまた与格目的語 (ここでは skip) をとる〕.

Hann lendir síðan skipi sínu í Nóregi eða Danmǫrku, í Svíþjóð eða á Íslandi, en þaðan koma allir rǫskvir víkingar. 彼〔ら〕はそうしてノルウェー [男] またはデンマーク [女],スウェーデン [女] またはアイスランド [中] に彼〔ら〕の船で上陸するが,そこからすべての勇猛なヴァイキングたちは来る.


〔2. 語彙,4. ドリル,5. 英文氷訳,は省略〕

mardi 14 juillet 2015

Valfells and Cathey『古アイスランド語入門課程』第 2 課

Sigrid Valfells and James E. Cathey, Old Icelandic: An Introductory Course, Oxford UP, 1981 をもとにした勉強用の抄訳 abridged translation です.


第 2 課 Lesson II


1. 文法 Grammar


(A) 名詞と形容詞の複数主格

(1) 名詞の複数主格:多くの男性・女性名詞は幹母音 -a-, -i-, -u- で特徴づけられ,これは特定の屈折形で最初の語幹音節 (「根」‘root’) と格語尾のあいだに現れる.「根」と屈折語尾とのあいだの幹母音を見せる形のひとつが複数主格である.

男性・女性名詞の複数種格語尾は -r である.それゆえ víkingr (víking-a-) の複数主格は víkingar で,幹母音が単数と複数を区別している.同様に (gest-i-)「客 guest」の単数主格は gestr で複数主格は gestir である.女性名詞の例は (veig-a-)「飲料,醸造酒 beverage, brew」で単数主格 veig, 複数主格 veigar.  中性名詞語幹は幹母音をもたず,中性複数主格語尾はゼロである.それゆえ hús や skip は単数でも複数でもある.

(2) 形容詞の複数主格:形容詞の複数主格語尾は,名詞の語尾と見かけは似るが,形容詞語幹は幹母音によって特徴づけられない.男性複数主格語尾はつねに -ir, 女性複数主格語尾はつねに -ar, 中性複数主格語尾はつねにゼロである.例:góðir víkingar, góðir gestir, góðar veigar, góð hús.

(3) a と ǫ の交替:幹母音 a と ǫ は名詞・形容詞の特定の女性・中性主格で交替する.(marg-) は女性単数主格と中性複数主格で mǫrg であり,(land-) は複数主格で lǫnd である.この交替については第 3 課でまた論じる.


(B) 動詞の 3 人称複数語尾

動詞の 3 人称複数語尾は -a.  やはり be 動詞は不規則で,直説法現在 3 人称複数は eru.


(C) 加音のある語尾 Augmented Stems

語幹音節 (「根」) は幹末に j または v をもつことがある:(hersj-a-)「首領 chieftain」,(frægj-)「有名な」,(miðj-)「中間の,中央の」,(nýj-)「新しい」,(ǫlv-)「エール ale」.j-加音は,a または u が直接それに後続する特別な条件下で現れる:(miðj-) 男性複数主格 miðir, 女性 miðjar, 中性 mið.  しかし (hersj-a-) の複数主格 hersar では j-加音は現れないし,(ǫlv-) の単数および複数主格も ǫl で v-加音がない.詳細は次の課.


(D) 語順

(1) 2 つの句または文が接続されるときは通常の語順がふつうである.両方が同じ動詞を含むときには,並列した構文で削除されることがある:‘Jarlar konungs eru margir, en frægir víkingar eru gestir hans.’ ‘Hús þeira eru hátimbruð ok salir konungs stórir.’

接続された構文において通常の語順の規則に対する重要な例外は,ok「と,そして」の場合に起こる.2 つの文が ok によって接続されるとき,この接続詞には直接第 2 文の動詞が後続する:‘Frægir víkingar eru gestir hans ok fœra þeir honum góðar gjafar.’ ‘Hús þeira eru hátimbruð ok (eru) salir konungs stórir.’

(2) 階級や地位を示す名詞のような,単一であるかあいまいさがない指示対象をもつ若干の名詞は,ふつう定冠詞をとらない:konungr「王 the king」,sól「太陽 the sun」.一般に,定冠詞は英語よりずっと使われない.所有表現では主部名詞は定冠詞を伴わない:jarlar konungs「王の伯爵たち the earls of the king」.属格におかれた名詞は指示対象の性質によって定冠詞をとることもとらないこともある:konungr Englands「イングランドの王」,konungr landsins「その国の王」〔訳注:あとで学ぶことだが,land-s-ins の -ins が単数属格の定形を表す語尾である.この形態は現代アイスランド語でも同様である〕.


3. 氷文英訳 (和訳) Text


〔新出の名詞の性はなるべく明記します.数および格とくに主格はしばしば明らかなので省略します.2 度出てくる接続詞 en は,語彙欄に ‘but’ とだけ載っているので逆説の「が」と訳していますが,いずれも不自然なので,むしろたとえばロシア語の а くらいのたんなる対比と思ってよいのかもしれません〕

Norskir víkingar eru djarfir ok sterkir. ノルウェーのヴァイキング [男複] は大胆かつ強い.

Vápn þeira eru sverð, spjót, ok skjǫldr. 彼らの武具 [中] は剣 [中],槍 [中],盾 [男単] である〔中性では単複同形である:本文 A.1〕.

Hǫll konungs er hátimbruð ok salir konungs stórir. 王 [男単属] の広間 [男] は天井が高く,王の部屋 [男複] は広い〔本文 D.2 に konungs の形はあるが,単数属格の語尾は正式には第 7 課〕.

Borð ok bekkir eru húsbúnaðr þar, en langeldar brenna á miðju gólfi.  テーブル [女単] と長椅子 [男複] は家具 [男単] でそこにあるが〔=家具 (調度品) はテーブルと長椅子があり?〕,長い火 [男複] が床 [中単与] の中央 [中単与] で燃えている〔前置詞 á は与格支配で,単数与格の語尾は第 3 課〕.

Jarlar konungs eru margir, en ríkir hersar ok frægir víkingar eru gestir hans ok fœra honum góðar gjafar. 王の伯爵 [男複] は多い [男複] が,有力な首領 [男複] と有名なヴァイキング [男複] は彼の客 [男複] で彼によい贈り物 [女複対] をもってくる〔女複対は複主と同形:第 6 課〕.

Matr þeira er ostr ok brauð, fuglar ok fiskar. 彼らの食べもの [男単] はチーズ [男単] とパン [中単],鳥 [男複] と魚 [男複] である.

Mjǫðr ok aðrar veigar eru drykkir þeirra. 蜂蜜酒 [男単] とその他 [女複主] の飲料 [女複主] は彼らの飲みもの [男複] である.

Mǫrg skáld koma til konungs ok kveða hátt ok vel. 多くの [中複] 詩人 [中複] が王 [男単属] のところへ来て,高く上手に朗唱する〔Mǫrg の基底形は (marg-) であり,a と ǫ が交替している:本文 A.3〕.

Konungr þakkar þeim kvæði þeirra ok allir drekka ok eru glaðir. 王は彼らに彼らの詩 [中複対] を感謝し,全員 [男複] は飲み喜ぶ〔Þakka「感謝する to thank」は与格の人に対格の事柄について感謝する〕.


〔2. 語彙,4. ドリル,5. 英文氷訳,は省略〕

Valfells and Cathey『古アイスランド語入門課程』第 1 課

Sigrid Valfells and James E. Cathey, Old Icelandic: An Introductory Course, Oxford UP, 1981 をもとにした勉強用の抄訳 abridged translation です.


第 1 課 Lesson I


1. 文法 Grammar


(A) 名詞と形容詞の性 Gender in Nouns and Adjectives

古アイスランド語〔以下 OI〕の名詞のおのおのは男性・女性・中性のいずれかに属する.名詞を修飾する形容詞はその性に一致する.


(B) 名詞と形容詞の数 Number in Nouns and Adjectives

単数でのみ現れる少数の抽象名詞を除いて,OI の名詞のおのおのは単数または複数になりうる.形容詞は名詞の数に一致する.


(C) 語幹と語尾 Stems and Endings

(1) 名詞と形容詞:屈折する語の基本形は語幹 stem である.多くの名詞はその基本語幹 basic stem に続く幹母音 thematic vowel によって特徴づけられる:(víking-a-)「ヴァイキング」,(bœj-i-)「農場,開拓地 farm, settlement」.幹母音は実際の語につねに現れるわけではなく,しばしば基底形の音声的な形を変える.名詞および形容詞語幹には性数によって異なる,主格・対格・属格・与格の格語尾がつく.

この課で見る男性単数名詞,およびそれを修飾する形容詞は,単数主格に格語尾 -r をとる.女性単数名詞・形容詞は単数主格語尾をとらない (ゼロ語尾).中性単数は語尾 -t, または長い強勢母音のあとでは -tt をとる.

語幹に語尾がつくとき,語の発音とつづり字の変化が非常にしばしば起こる.それゆえたとえば男性または女性名詞の幹母音は実際の単数主格形には決して現れず (中性語幹には幹母音がない athematic),男性単数主格語尾 -r はさまざまに変化する.基底形と実際の単数主格形とのあいだの以下の対応を見よ:
男性:名詞(víking-a- + -r)víkingr「ヴァイキング」
(mann- + -r)maðr「男」
(fugl-a- + -r)fugl「鳥」
(bœj-i- + -r)bœr「農場,開拓地」
形容詞(norsk- + -r)norskr「ノルウェーの」
(djarf- + -r)djarfr「大胆な daring」
女性:名詞(kona- + zero)kona「女,妻」
(vík- + zero)vík「入り江 bay」
形容詞(væn- + zero)vœn「美しい handsome」
中性:名詞(skip- + zero)skip「船」
(sumar- + zero)sumar「夏」
形容詞(búin- + -t)búit「用意された prepared」
(fríð- + -t)frítt「美しい fair, beautiful」
(kald- + -t)kalt「冷たい,寒い cold」
(góð- + -t)gott「よい good」
(mikil- + -t)mikit「多い much, plentiful」
(nýj- + -t)nýtt「新しい」

(2) 動詞:動詞も語幹としばしばそれを特徴づける幹母音,そして屈折語尾からなる.動詞の幹母音はふつう実際の (表層の) 形に現れ,基本語幹の音声を変える.動詞語尾 -r は直説法現在 3 人称単数を表す.be 動詞は不規則で,その直説法現在 3 人称単数は er である.以下は若干の例:
(finn- + -r)finnr「見つける finds」
(lif-i- + -r)lifir「生きる lives」
(land-i/j- + -r)lendir「上陸する lands」


(D) 音韻の注意 Phonological Notes

上記のような基底形からの語の派生から,OI のいくつかの音韻規則が見てとれる:

(1) ð, d の同化 assimilation:ð と d は,t の前に生起するとき t になる.この同化の結果の tt は,これが第 3 の子音の後に生起するときには,単一の t に単純化される,というのも子音 + 二重子音という系列は OI では許されないからである.それゆえ kalt は実際には (kald- + -t) → (kaltt) → kalt という過程による.ð → t の変化については上記 fritt を見よ.(góð- + -t) → gott において母音が短くなるのは不規則である.

(2) 語幹末の l-: 男性単数主格 fugl において格語尾 -r は現れていない.これは基本語幹が子音 + l で終わるときにつねに起こる.他方,語幹が ll- で終わるときには男性単数主格の -r は現れる:(full- + -r) → fullr「いっぱいの full」.この同化の問題には第 IV 課で立ち戻る.

(3) 強勢のない音節における同化:第 1 強勢をもたない音節においてはある種の同化と単純化が起こる:(búin- + -t) → (búitt) → búit, (mikil- + -t) → (mikitt) → mikit.

(4) -r の前の nn: 語幹 (mann-) の単数主格形はつねに maðr である.この -r の前における nn の ð への同化はしばしば起こる,ただし多くの場合に両方の変種が使われる:munnr と muðr「口 mouth」,Unnr と Uðr (女性の個人名).

(5) 中性単数主格 -t の二重化 doubling:語尾 -t (その他の子音語尾も同様) は,第 1 強勢のある長母音の後ではつねに二重化する:(nýj- + -t) → nýtt, (há- + -t) → hátt「高い high」.


(E) 語順 Word Order

OI の宣言文 declarative sentence の基本構造は

主語 Subject + 動詞 Verb (+ 副詞 Adverb) (+ 目的語 Object)

である.‘Ingólfr Arnarson er norskr víkingr.’  副詞または副詞句が第 1 位の主語にかわって文頭に立つことがある;動詞は第 2 位を保ち,

副詞 Adverb + 動詞 Verb + 主語 Subject (+ 目的語 Object)

の語順になる.例:‘Þar er fugl ok fiskr.’

名詞を修飾する形容詞は名詞に先行することも後続することもある.先行する場合はなんらか強調的であるか,名詞の属性としてより基本的なときである.名詞を修飾する形容詞の位置はしばしば,反復や単調さを避けるための文体論的な stylistic 目的で変わる:‘Ingólfr er norskr víkingr ok maðr ríkr ok djarfr.’

名詞と代名詞を含む所有詞句 possessive phrase では,代名詞に特別の強調が置かれる場合を除いてつねに,代名詞がそれの修飾する名詞に後続する:‘Skip hans er gott.’


3. 氷文英訳 (和訳) Text


Ingólfr Arnarson er norskr víkingr ok maðr ríkr ok djarfr. インゴールヴル・アルナルソンはノルウェーのヴァイキング [男] で,力強く大胆な男である.

Kona hans er Hallveig Fróðadóttir. 彼の妻はハッルヴェイグ・フローザドーッティルである〔現代の発音ではハットルヴェイグ〕.

Hon er góð kona ok væn. 彼女はよい妻で美しい.

Skip hans er gott ok vel búit. 彼の船 [男] は立派でよく装備が整っている.

Hann siglir sumar eitt frá Nóregi til vestrs ok finnr land eitt. 彼はある夏 [中] にノルウェーから出帆し,ある土地 [中] を見つける.

Þat er nýtt land ok engi maðr lifir þar. それは新しい土地で,誰もそこに住んでいない.

Þar er fugl ok fiskr nógr. そこには十分な鳥 [男] と魚 [男] がいる.

Vatn er þar bæði heitt ok kalt. 水 [中] はそこでは熱くも冷たくもある〔そこには熱い水も冷たい水もある〕.

Gras er grœnt ok mikit. 草 [女] は緑でたっぷりある.

Ingólfr lendir þar ok byggir hús. インゴールヴルはそこに上陸し家 [中] を建てる.

Margt fólk fylgir honum síðan til Íslands ok byggir þar víða. 多くの人々 [中] がそれからアイスランド [中] まで彼に従い,そこで多くの場所に〔家を〕建てる.

Bœr Ingólfs er kallaðr Reykjavík. インゴールヴルの開拓地 [男] はレイキャヴィーク [女] と呼ばれる.

Þar er nú hǫfuðstaðr Íslands. そこはいまではアイスランドの首都 [男] である.


〔2. 語彙,4. ドリル,5. 英文氷訳,は省略〕

lundi 13 juillet 2015

Valfells and Cathey『古アイスランド語入門課程』イントロダクション

Sigrid Valfells and James E. Cathey, Old Icelandic: An Introductory Course, Oxford UP, 1981 をもとにした勉強用の抄訳 abridged translation です.ここには訳出していませんが原著の冒頭のイントロダクションにもあるとおり,本書を伝統的な文法書から区別する特長のひとつは,段階的・漸進的な構成 (‘step-by-step progression’) をとっていることであり,訳者の知るかぎり,このあたりの事情は 30 余年を経た現在でも変わっていないように思われます.旅行者などの実際的な目的と,言語学者などによる研究上の目的との相半ばする,アイスランド語という言語の文法書には,現代語の参考書でさえ比較的にそうした伝統的・参照文法的な書物が多いのですが,とりわけ古語では避けうべくもなく,現在でも本書は貴重な例外でしょう.

とは言ったものの,いちばん最初のつづり字と発音の説明だけは段階的もなにもなく,まとめて覚えてしまわなければどうにもなりません.上に説明した本書の特長が生きるのは次回の本編からです.


古アイスランド語の音韻 Phonological Introduction


1. 子音 Consonants


古アイスランド語〔以下 OI〕の子音音素 consonantal phoneme は以下:
口腔 oral cavity
唇音 labial前 front後 back
閉鎖音 stop
 無声 voiceless p t k
 有声 voiced b d g
継続音 continuant f þ   h
歯擦音 sibilant s
鼻音 nasal m n
流音 liquid
 継続音 continuant l
 ふるえ音 trilled r
標準化されたテクストのつづり字はおおむねこの音素に対応しているが,ð の文字が /þ/ の音声学的変種 phonetic variant〔=異音 allophone〕に対応することは例外である.z は t + s または ð + s, また x は k + s の省略つづりである.


2. 半母音 Semivowels


OI は 2 つの半母音 semivowel (わたり音 glide) をもつ:唇音 /v/, 硬口蓋音 /j/.  半母音は子音・母音双方の特徴をもつ.子音と同じく音節内での聞こえ sonority のピークはもたない.母音 ui のように先行する強勢母音に影響し,ウムラウト umlaut をひきおこす.


3. 母音 Vowels


OI の母音は短または長である.

(A) 短母音は以下:
前舌後舌
非円唇円唇非円唇円唇
iyu非低
非高eøo
aǫ
(B) 長母音は以下:
前舌後舌
非円唇円唇非円唇円唇
íýú非低
非高é
ϗ
æá
5 つの基本母音 basic vowel a, e, i, o, u は長短いずれでも現れる.ほかの母音は本来 i-ウムラウトか u-ウムラウト,もしくはその両方に由来したもので,OI 文学の古典期には非対称的な母音体系を作っている.

(C) 二重母音:2 つの基本的な二重母音 auei, そして aui-ウムラウトから派生した第 3 の二重母音 ey がある.その長さは二重母音と等しい.


4. 音節構造 Syllable Structure


単音節語は á ほど短いことも strauksk ほど長いこともある.頭子音結合 initial consonant cluster は,はじめが s の場合に最大で 2 子音 + 流音からなる.末子音結合 final consonant cluster は最大で,fannsk のように二重子音 + s + 子音からなる.

音節は最小では単一の母音からなりえ,強勢がなければ短い a, i, u, 強勢があれば長母音または二重母音である.音節の連続において短母音がべつの短母音に直接先行することはないことは注意に値する (二重母音はそれじたいが構成単位なのでこれにはあたらない).もし屈折した語形の構成部分が 2 つの短母音を連結させる場合,前者は脱落する.たとえば動詞語幹 lifi-「生きる」の直説法現在 3 人称単数 lifir は語幹 lifi- + 人称語尾 -r だが,1 人称複数 lifum と 3 人称複数 lifa では,語尾 -um, -a のまえの語幹末の i は失われている.

(強勢のある) 長母音が語末の短母音に直接先行するときには,特定の環境 (両者ともに前母音か後母音である場合) で後者の母音が脱落する.

OI の音節の音節は文法的に「短」か「長」かであり,その区別は母音とそれに後続する子音によって決まる.音節の (音声的ではなく) 文法的な長短を決めるには,その音節の母音に先行する子音の数は関係がない.短い音節とは短母音に 1 つ以下の子音が続くものか,長母音 (または二重母音) に子音が続かないものである.ほかの音節はすべて文法的に長い音節に分類される.短い音節の例は þat「あれ that」,skip「船 ship」,ey「島」,á「川」,strá「藁 straw」で,長い音節の例は ár「年 year」,øx (= øks)「斧」,þykk [女性形]「厚い thick」,land「土地 land」,austr「東 east」.音節の文法的長短は音韻論的規則の適用と屈折語形の構造において重要な要素である.


5. 母音交替 Vocalic Alternations


長短の基本母音 a, e, i, o, u と,2 つの部分的な母音同化 vowel assimilation の過程,i-ウムラウトと u-ウムラウトから生じる派生母音 yý, ø, œæǫ とのあいだにはある対応がある:

(A) i-ウムラウトの結果,第 1 強勢のある primarily stressed 母音は後続する i または j によって前方化する fronted が,円唇性 roundness〔=円唇か非円唇か〕は変わらない.それゆえ以下の対応が起こる:
基底幹母音i-ウムラウトの結果
ae
oø
uy
áæ
óœ
úý
特定の ‘i’-母音だけがこの前方化 fronting をひきおこすことに注意せよ (第 XIII 課で詳細を見る).したがってたとえば,男性または中性名詞の格語尾として現れる ii-ウムラウトをひきおこさないし,名詞曲用または若干の弱動詞の i-幹も同様にしない.i-ウムラウトがノルド語 Norse における規則的な音声特質であった時代にはこれらの母音は e であり,その ei に推移したのは i-ウムラウトが機械的な音声過程でなくなったときである.

(B) u-ウムラウトの結果,第 1 強勢のある母音は後続する u または v によって円唇化する rounded が,前か後かは変わらない.こうして短い a は ǫ になる.しかし長い á は変わらない,というのも仮設される長・低・後舌円唇母音 (ǫ́) はこの体系に存在しないからである.OI のより初期の段階と古ノルド語〔以下 ON〕ではこの母音は u-ウムラウトの結果として存在したが,OI の文献時代の比較的初期の段階で長い á に吸収された.同様に,長短の ie は u-ウムラウトによって円唇化して y/ý と ø/œ になるが,この過程の影響は OI においてさほど重要ではなく文法において周辺的にしか存在しない.

強勢のない au-ウムラウトの結果 u になる (非強勢音節では短母音 a, i, u しか生起しない).

(C) oy のあいだにはもうひとつの交替が観察される.これは本来 i-ウムラウトの過程による uy との規則的な交替であった.のちに特定の位置で uo に低まるがその理由は OI ではもはや系統的でない.


6. 強勢 Stress


すべての母音・二重母音は強勢音節に現れるが,強勢のない音節には a, i, u だけが現れる.OI の第 1 強勢は語幹の第 1 音節に落ちる.合成語では本来の第 1 強勢が,語頭位置でなくなったときに第 2 強勢 secondary stress になる.3 つの合成語では第 2 強勢は最後の強勢音節に落ち,第 3 強勢 tertiary stress が第 2 の強勢音節に落ちる.もとの要素で強勢のない音節があれば,合成語でも強勢をもたない.例:land「土地 land」,nám「占有,占領 occupation, seizure」, maðr「人 man」,¹land²nám「土地の定住 settlement of land」,¹land³náms²maðr「定住者 settler」.


7. 発音 Pronunciation


歴史的な ON の方言が発音されていた実際の詳細は仮設的 hypothetical〔=再建的 reconstructed〕である.しかしかなり信頼のできる推測をしうる:

(A) 子音 Consonants

(1) 母音にはさまれた intervocalic 分節音 segment, および無声閉鎖音を含まない分節音の結合は,有声である.すなわち,gefa「与える give」,koma「来る come」,fara「行く,旅する go, journey」,tala「話す speak」,rœða「議論する discuss」などにおける継続音・鼻音・流音は有声である./þ/ だけがその有声の変種 ð を表す独立の文字をもつ.無声閉鎖音 p, t, k が語中の medial 結合に現れるときには隣接する流音と鼻音は無声である:brotna「壊れる break」,ætla「意図する intend」,akr「畑 field」.歯擦音 s は,母音間においてさえ,おそらくつねに無声であったという点で例外である.

(2) 軟口蓋音 velar kg は前母音のまえで硬口蓋化 palatalize された.したがって後母音 a のまえの karl「男 man」や gaf「与えた gave」では英語の [k], [g] に似るが,kerling「老女 old woman, crone」や gefa「与える to give」は [kjerling], [gjeva] である [訳注].有声軟口蓋音 g はほかの変種をもっていた可能性がある:2 つの母音間では有声継続音 [ɣ] として発音されたかもしれない.
[訳注] この音声表記は IPA と共通点は多いがそのものではないので,[g] が (表示環境にもよるが)  2 階建てのグリフになっていても問題はない (し,実際の書籍でもそうなっている).Cp. IPA の有声軟口蓋破裂音は [ɡ].

(3) kg のまえでは n の発音は [ŋ] であった.

(B) 半母音 Semi-vowels

j は硬口蓋継続音であった.v は英語の w のような両唇音 bilabial であったか,英語 (と現代アイスランド語〔以下 MI〕) の v のような唇歯音 labio-dental であった.

(C) 母音 Vowels

(1) OI の母音は,音韻論的にも発音上〔=音声学的〕にも,長または短であった〔訳注:物理的な音声の長さとしても意味を区別する特徴としても 2 通りがあったということ〕.

(2) 13 世紀以来,アイスランド語の母音体系と長短 (母音の長さと音節の長さの両方) の基準に一連の変化が起こり,長母音と短母音のあいだの発音上の差はもはや量的ではなく質的になった.長母音はすべて二重母音化し,二重母音の発音にも若干の推移が起こった:
OIMI
í[ij]
é[je]
æ[aj]
ú[uw]
ó[ow]
á[aw]
ei[ej]
ey[ej]
au[øj]
OI の œ はつづり字上も発音上も MI の æ [aj] に吸収された.短母音の体系において ø と ǫ は MI の ö として融合した.長短の y/ý は [I/ij] になった.


8. 音韻表示,つづり字,標準化テクスト Phonological Representation, Orthography, and Normalized Texts


音韻表示は 2 種類ある.第 1 は基底音韻表示 underlying phonological representation で,以下の章ではつねに括弧に入れて示され,語を基本形 basic form とあわせて,屈折形 inflected form を特徴づける文法的特徴とともに示すものである.たとえば「広間,宮殿 hall, palace」を意味する語は基底音韻表示 (hall-i-) をもち,その単数主格形は hǫll である.括弧内の形の強勢母音はそれが基本形にあるように示されており,すべての女性強変化名詞語幹の主格単数形が機械的に適用される,a から ǫ への u-ウムラウトを経るまえの形である.幹母音の -i- は複数主格・対格でのみ表層に現れ,あるクラスの名詞を特徴づける.こうした基底音韻表示はかならずしも任意の実際の (表出する) 語形に対応するわけではなく,屈折形の基本的な音韻的 (かつ文法的) な特徴を表現する抽象的な形式である.他方,屈折した語の表層音韻表示 surface phonological representation, たとえば単数主格 hǫll や複数主格 hallir は,そのつづり字表示と完全に同じであり,すべての適当な音韻規則がその基底形に適用されたあとの語を示している.この表示はおおむねその語の音声的性質を示している.

〔§8 の後半および §9「参照ガイド:主要な音韻規則の要約」は省略〕

dimanche 12 juillet 2015

Lauer『古典アルメニア語文法』第 II 部 A.I.1–3

Max Lauer, Grammatik der classischen armenischen Sprache, Wien: Wilhelm Braumüller, 1869 をもとにした和訳です.諸注意点については目次をご覧ください.


第 II 部 語論 Wortlehre


A. 語形変化 Wortbeugung


――――――

I. 名詞 Substantivum

1. 性の標識 Genusbezeichnung

文法的性 grammatische Geschlecht, すなわちいわゆるモツィオーン Motion [訳注] によってなされる生物の自然性の標識,およびたんに言語意識 Sprachbewusstsein における男性・女性・中性の語尾と概念に従った無生物の所与の分離は,アルメニア語では名詞についても,また形容詞と分詞についても存在しない.ただ ուհի だけが,しばしば直接に自然の女性の文法的標識として働く;たとえば Տիգրան「ティグラン Tigran」〔男性名の一〕,女性形 Տիգրանուհի〔ティグラヌヒ Tigranuhi, 女性名の一〕,արքայ「王 rex」,արքայուհի「女王 regina」,սուրբ「聖人 sanctus」,սրբուհի「聖女 sancta」;同様に,非常にまれではあるが,դուխտ「娘 filia」や անոյշ「甘い,美しい suavis」がついた固有名詞の例:Տիգրան, 女性形 Տիգրանադուխտ, Վարդ「ヴァルド Ward」,女性形 Վարդանոյշ.
[訳注] Motion とは文法用語で,性に応じた語形変化,あるいは接尾辞による男性名詞から女性名詞への転換,を指す.

外国語からアルメニア語に入ってきた固有名 Eigenname では,文法的な性標識が保たれている.例:Յովհաննէս「ヨハンネス Joannes」,Յովհաննէ「ヨハンナ Joanna」.

自然性の特別な標識によって,理性的な生きものは種名 Gattungsnamen をつけられる.այր「男 vir」は男性の標識に,կին または էգ「女 femina」は女性の標識に,そして動物のそれには արու または ործ「雄 masculinum」および էգ または մատակ または քած「雌 femininum」が対応する.例:մարդ「人間 homo」,այրմարդ「男 vir」,կինմարդ, էգմարդ「女 femina」,ձի「馬 equus」,արուձի, որձձի「〔牡の〕馬 equus」に対して էգձի, մատաիձի, քածձի「牝馬 equa」.


2. 名詞語幹:総論 Nominalthemen im Allgemeinen

アルメニア語の名詞語幹は母音型 vocalisch と子音型 consonantisch にわかれ,両者ともまた弱 schwach と強 stark にわかれる.弱語幹 schwache Themen は単数主格・対格・呼格と,大部分では複数の同じ格の,また強語幹 starke Themen は単数と複数の残りの格の,基礎になる.変化の区別 Declinationsunterschied はただ強語幹によって示される.つまりこれらはある母音 (母音型強語幹) かある子音 (子音型強語幹) かで終わる.母音型変化と子音型変化の区別はそこにもとづいている.母音型変化は末尾の強幹母音 ա, ո, ի, ու にしたがって 4 通りにわかれる.同様に子音型変化も,末尾の強幹子音に先行する母音 ա, ե, ի, ու にしたがって 4 通りにわかれる.それぞれの幹母音 Themavocal がいずれであるかは,学習によって習得されねばならない.これについてありうる規則は以下の段落に与えられる.幹母音 ո と ե はアルメニア語のなかでは ա による弱化 Schwächung であり,すなわち実際には 3 つの基本母音 a, i, u が変化の区別のもとになっている.母音型および子音型変化の幹母音 ա にしばしば先行する ե は,〔ドイツ語の〕j のように ա にもたれるもので,幹母音には属さず,本来の y, j に由来する.


3. 名詞語幹:各論

手引のためにここでは,弱語幹が単数主格を,強語幹が属格を示すことを注意しておこう.

1. 母音型弱語幹・強語幹 Die vocalischen schwachen und starken Themen

母音型弱語幹を母音型強語幹から基本的に区別するのは,そこでは幹母音 ա, ո, ի, ու が脱落していること,しかし最後にふたたび幹末母音として現れることである.弱母音型 ու-幹はしばしば,脱落した幹母音 ու のかわりに ր [原注] をとっているが,これは強幹ではふたたび ու に場所を譲る.
[原注] この ր はサンスクリットの a-幹にも,(限定接尾辞 ն とともに) ռն の形で,アルメニア語における脱落した幹母音 ա のかわりに現れる.例:ձմեռն「冬 hiems」,ゼンド zima〔ゼンドはアヴェスター語のこと.なおスラヴ語のほとんどでも同つづり зима/zima が「冬」を意味する〕.しかしそのような形態はアルメニア語では完全な子音幹になっている.

弱幹 Տրդատ「ティリダテス Trdat (Tiridates)」に対し Տրդատա.  弱幹 մարդ「人間 homo」に対し մարդո.  弱幹 բախտ「運 fortuna」に対し բախտի.  弱幹 մահ「死 mors」に対し մահու.  弱幹 մեղր「蜜 mel」に対し մեղու.

語幹の弱形における幹母音の脱落を通して,しばしばこれへの補助母音 Hilfsvocal とりわけ ի と ու の挿入と,ի の է への,ならびに ու の ոյ への延長 Dehnung が,必要になる.

しかし補助母音と延長は強幹ではふたたび消失する.例:弱幹 միտ「霊 spiritus」に対し մտի.  弱幹 քուն「眠り somnum [訳注]」に対し քնո.  弱幹 զէն「武器 arma」に対し զինու.  弱幹 զրոյց「会話 sermo」に対し զրուցի.
[訳注] この部分,なぜ対格形 somnum で書いてあるのかは不明である.

1 つの同じ弱幹にしばしば 2 つの強幹が存在する.第 1 は ո または ի または ու で,第 2 は ա で終わるものである.例:弱幹 տեղի「場所 locus」に対し տեղւո と տեղեա.  弱幹 մխտ「霊 spiritus」に対し մտի と մտա.  弱幹 բարձր「高い altus」に対し բարձու と բարձա.

ո, ի, ու で終わる強幹は単数属格および奪格の,ա で終わるものは単数具格および複数斜格 Casibus obliquis〔sg. casus obliquus = Dtsch. schiefer Fall〕のもとになる.〔つづく〕

samedi 11 juillet 2015

Lauer『古典アルメニア語文法』第 I 部

Max Lauer, Grammatik der classischen armenischen Sprache, Wien: Wilhelm Braumüller, 1869 をもとにした和訳です.諸注意点については目次をご覧ください.


〔序文と目次のあと,第 I 部のまえに置かれたイントロダクション〕

アルメニア語 armenische Sprache は互いに異なる 3 つの時代を経ている.第 1 は 5 世紀のメスロプ Mesrob [訳注 1] までで,後代の著者が伝えるところでは,すでにかなりの数の文学作品―― ほとんどは歴史に関する内容―― があったという.これらは不運にも少数を残して散逸してしまったが,後代の著者たちにはまだ利用可能であった [原注].この時代の個別の音はもはや検証しえない.形態の豊かさ Formenreichthum はともあれ古典期 classischen Periode のそれよりも大であった.こうした文法的形態のいくつかはのちに消失し,あるものは会話の一部においてのみ,またあるものは最終的に弱く摩滅して用いられた.第 1 の時期はフィロストラトス Philostratus の『テュアナのアポロニオス伝 Vita des Apollonius von Tyana』第 II 巻第 2 章によれば文字をもっていた:「それからパンピュリアであるとき首輪でその首を飾ったヒョウが捕らえられた.そのうえそれは金でできており,アルメニア語でかくのごとく刻まれていた:『アルサケス王はニュサイオスの神に』.すなわちその時代にアルメニアをアルサケスが治めていた」[訳注 2].フィロストラトスは紀元後 200 年に生きていた.
[原注] „Quadro della storia letteraria di Armenia estesa da Mons. Placido Sukias Somal“. Venezia 1829. Seite 1 folg.〔「Placido Sukias Somal 氏によって拡張されたアルメニア文学史の概要」と読めるが,本当は引用符の範囲が間違いで,P. S. Somal „Quadro della storia letteraria di Armenia“ ではないだろうか〕und: C. F. Neumann „Versuch einer Geschichte der armenischen Litteratur“. Leipzig 1836. Seite 1 folg.〔アルメニア文学史試論〕
[訳注 1] メスロプ・マシュトツ (c. 360–440) はアルメニアの聖人 (ローマ・カトリック,東方正教,アルメニア正教) で,言語学者・神学者.なお彼の名前の -b を無声の「プ」と有声の「ブ」どちらにすべきかは,アルメニア語の東か西か,古典か現代かで変わるらしく,ここでは判断できない.
[訳注 2] この部分は原文ラテン語のみ:et captam quidem in Pamphylia aliquando pantheram cum torque quem circa collum gestabat. Aureus antem ille erat armeniisque inscriptus litteris hoc sensu: rex Arsaces deo Nysaeo. Regnabat nempe temporibus illis in Armenia Arsaces.  第 2 文冒頭の antem は autem の誤りか.刻印文に動詞がなく,deo は与格か奪格か測りかねた.Nysaeus もどういうものかわからない.

第 2 の時代は 5 世紀から 12 世紀までで,アルメニア語の古典作家たちを含む.この時代はメスロプによる新しいアルファベットの導入とともに始まる.ここにおけるメスロプの役割は二重である;その言語に存在する音を彼はギリシア語の似た音の系列のなかに見いだし,それ〔=アルメニア語の音声〕のために,おそらくはその大部分と本質において第 1 の時代のものからなっている,新しい音声文字 Lautzeichen を作った (メスロプ文字 litterae Mesrobianae).この時代の音,文法的形態,および統語論 Syntax は本文法で説明される.

12 世紀に始まる第 3 の時代は,既存のつづりにさらに 2 つの新しい,ô を表す օ と f を表す ֆ を加えた.発音において特定の音が,また用法において文法的形態が,顕著に第 2 の時代から逸脱している.これにはメスロプの文字にさらに 1 つの筆記体 Cursivschrift が加わった [原注].
[原注] その筆記体は Joh. Joachimus Schroederus „Thesaurus linguae armenicae“ Amstelodami 1761.〔アルメニア語辞典.時代柄ラテン語名でクレジットされているが,ヨハン・ヨアヒム・シュレーダー Johann Joachim Schröder (1680–1756) のこと〕,Paschal Aucher „Dictionnaire abrégé arménien-français“ 1817.〔アルメニア語–フランス語簡約辞典〕,J. Ch. Cirbied „Grammaire de la langue arménienne“ Paris 1823.〔アルメニア語文法〕に見られる.


第 I 部 音論 Lautlehre


第 3 の時代に加わった 2 文字をあわせ,アルメニア語の活字にもなった,メスロプのアルファベット das Alphabeth Mesrob’s は以下のとおり:

字形
Schriftzeichen
名前
Name
音価
Laut
数価
Zahlenwerth
大文字
grosse
小文字
kleine
Աաայբ  aiba1
Բբբեն  ben, bjenb2
Գգգիմ  gimg3
Դդդա  dad4
Եեեչ  etsch, jetschĕ5
Զզզա  sa (やわらかい s [訳注 1])6
Էէէ  êê7
Ըըեթ  eth, jethこもった母音 [訳注 2]8
Թթթո  thoth9
Ժժժէ  schêsch (やわらかい)10
Իիինի  inii20
Լլլիւն  liunl30
Խխխէ  chêch40
Ծծծա  dṣadṣ (d + やわらかい )50
Կկկեն  ken, kjenk60
Հհհո  hoh (強い)70
Չչչա  dsads (d + 硬い s)80
Ղղղատ  ghatgh90
Ճճճէ  dschêdsch100
Մմմեն  men, mjenm200
Յյյի  hih (やわらかい)300
Նննո  non400
Շշշա  schasch (強い)500
Ոոուո  wŏŏ600
Չչչա  tschatsch700
Պպպէ  pêp800
Ջջջէ  dschêdsch900
Ռռռա  rar (強い)1000
Սսսա  sas (強い)2000
Վվվեւ  wev, wjevw3000
Տտտիւն  tiunt4000
Րրրէ  rêr (やわらかい)5000
Ցցցո  tsots6000
Ւււիւն  viunv7000
Փփփիւր  phiurph8000
Քքքէ  khê, q͑êkh, 9000
Օօօ  oô10.000
Ֆֆֆէ  fêf20.000
[訳注 1] 「やわらかい」は ‘weich’, 「強い」は ‘stark’, そして 1 つだけある「硬い」は ‘hart’ の訳語である.
[訳注 2] 原語は dumpfer Vocalanstoss.  Vocalanstoss (現代の正書法では Vokalanstoß) の意味の調べがつかなかったが,最近のヘブライ語の関係ではどうやら [ʕ] と [ʔ] の総称 (א が「Vokalanstoß または母音」,ע が Vokalanstoß とされる) であるらしい一方で,ここではあいまい母音 (シュワー) のことを指しているように見える (ヘブライ語のシュワーのほうはシュワーと言っている:母音の節を参照).

文字 և は եւ ev を表す.

大文字 grosse Buchstaben はわれわれのアルメニア活字で固有名 Eigennamen と文 Satz のはじめに用いられ,それ以外ではどこでも小文字が用いられる.

ギリシア文字〔の影響〕はアルメニア文字から明白に見てとれる.ギリシア語に存在しなかった音は任意に挿入された.文字の名前はギリシア文字に重なるものもアルメニア語独自のものもある.


母音 Die Vocale


基本母音 Grundvocale の ă̂, ĭ̂, ŭ̂ はアルメニア語で ա, ի, ու と表記される.ու は発音の見かけだけ二重音 Doppellaut であるが,その音価は u である.u を表す本来の文字は ո で,二重母音 ոյ ui に残っている;写本と刊本 Schrift und Druck では ո は (現代アルメニア人 Neuarmenier は語頭では と発音する) ŏ の意味をもつ.ô については 12 世紀以来写本で導入された օ が,そしてギリシア語の単語では ω について音結合 Lautverbindung ով が用いられた (それ以外では վ はどこでもそのアルファベットの音 w をもつ).e には 2 つの文字があり,ĕ には ե (現代アルメニア人はとくに語頭で je と発音する),ê には է である.

あいまい母音 Vocalanstoss ը は,おおよそヘブライ語の動くシュワー Schwa mobile [訳注] に対応するもので,速くかつこもって発音され,すべての母音のきわめて縮約したものとみなされうる.
[訳注] ヘブライ語 שווא נע のことで,有音のシュワーとも言う.音節を切るための無音のシュワーに対し,母音として発音されるシュワーのこと.

2 つの母音が直接に並んでいるときは,それぞれのアルファベットの音を保つ.ա のまえに立つ ե だけは,〔ドイツ語の〕j がそうするようにもたれかかる.


半母音と二重母音 Die Halbvocale und Diphthongen


յ と ւ の文字は半母音 Halbvocale である.語と音節のはじめではこれらはそのアルファベットの音 hv をもつ.語の終わりでは յ はつねに,先行する ա または ո をのばし,この場合またやわらかい h を発音する.外来語 Fremdwort におけるギリシア語のイオタ Jota および接頭辞 Präfix ՚ի のかわりである場合には,յ は j と読む.

後続の音節のはじめに立つ場合を除いて,յ は語中において先行する ա および ո とともに,二重母音 այ ai および ոյ ui を作る (ո は ոյ においてその古い音 u を保っている).

同じ条件のもとで ւ は先行する ա, ի, ե とともに二重母音 աւ au および իւ, եւ iu を作る (իւ と եւ はつづりだけで音は互いに異ならない).այ と աւ のまえに立つ ե はここでも j のように ա に隣接する.


子音 Die Consonanten


子音の体系的な配列と語源的な取り扱いは,この第一に実践的な本では無視しうる.両者とも学習にとっては冗長であり少数の人にしか理解可能でない.この場では以下のことを見ておこう.

ք は気息を伴う喉音 gutturale Aspirata であり,ヘブライ語の ק および,現代ペルシア語の خ あるいはむしろ خواندن khândan, q͑ândan「読む」などにおける خو に一致する;非常にしばしばこれはギリシア語の χ を表すのに用いられ,Քրիստոս Christus では常である.

ղ は語源的には lr に関係する.アルファベットのなかでこれはギリシア語の λ の位置を占め,アルメニア文字ではギリシア語の単語におけるそれを表すのにも用いられる.これは gh と発音される.ջ と ճ のあいだはただ語源的にだけ区別され,聞きとりうる音声的な違いはない.

現代アルメニア人は բ, գ, դ を p, k, t と読み,反対に պ, կ, տ を b, g, d と読む.


アクセント Der Ton


アルメニア語における語のアクセント Ton は最終音節 Endsilbe におかれる.命令法 Imperative ではアクセントを〔文全体の?〕最後の音節 letzten Silbe にもち,ギリシア語の鋭アクセント Acutus の記号によって示される.すべての間投詞 Interjection も鋭アクセントをアクセント音節にとる.


符号類 Lesezeichen


句読点 Interpunctionszeichen は異なる刊本によってまたさまざまである.

疑問代名詞と疑問副詞 Pronomina und Adverbia interrogativa はその上に ՞ をとる.例:ո՞「何」,ոյ՞ր「なぜ」[訳注].
[訳注] 本稿では技術上の問題でそうできていないが,記号 ՞ はアクセント母音の真上に乗るようである (あるいは表示環境によってはそうなっているかもしれない).

接頭辞 ի についたアポストロフィ Apostroph ――  ՚ի ――  は,語頭音の wortanlautend ի からこれを区別する.

1 つまたは複数のつづり字の上に置かれた  ՟ は省略記号 Abkürzungszeichen である.例:աստուած「神」を表す ա՟ծ.


刊本に見られるその他の符号類 Lesezeichen [訳注] は,重要ではないしその意味は容易に理解される.
[訳注] 節タイトルにもあるこの Lesezeichen という語は,訳者の手もとの辞書やインターネット検索では「しおり;(インターネットの) ブックマーク」の語義しか確認できないが,もちろん文脈からその意味ではない.本節を読むと「句読点」よりも広い範囲を含むように見受けられるが,「約物」という日本語が指示する範囲とうまく重なるかは訳者にはわからない.文字どおりには「読む-符号」ととれるので,漢文に用いる「訓点」などぴったりの訳でないかと思うが,これも慣用を考えると場違いに響く.妥協の策である.

vendredi 10 juillet 2015

Lauer『古典アルメニア語文法』目次

Max Lauer, Grammatik der classischen armenischen Sprache, Wien: Wilhelm Braumüller, 1869 をもとにした和訳です (今回は序言と目次のみ).古いもので権利関係の心配がないため,省略なしの全文訳としています.原著は 19 世紀のもので,Google Books などで全文が閲覧できます.

本書の公刊された 1869 年,いまから約 150 年まえという時代は,印欧語比較文法におけるアルメニア語の重要性がまだ十全に認識されておらず,それどころかこの言語はペルシア語とともにインド・イラン語派イラン語群に属するものと考えられていた状況でした.そのことを証すように,ボップの比較文法の表題にもアルメニア語の名前はありません.とはいえそうした時代に書かれたことは,古典語の記述文法としての本書の価値を落とすものではないでしょう.ただし 1 点だけ注意しておきたいことは,本文中にしばしば出てくる「現代……語 Neu-」という表現で,そこでひきあいに出されている現代アルメニア語や現代ペルシア語などなどにおける音韻や文法事項はもちろんこの 21 世紀のものとはしばしば異なります.

いつものとおり,重要な用語を中心に必要に応じて原語を併記しています.そのさい,19 世紀のドイツ語なのでしばしば現代のものとつづりが異なることに注意してください (t がしばしば th であることや,現代なら k, w と書くところで c, v が使われていることなど).亀甲括弧〔  〕は訳者による短い補足や言い訳です.長い補足は [訳注] として各段落のあとに付します.原文のゲシュペルトが強調を表す場合には太字で表し,人名や著作名の場合にはノーマルウェイトでカギ括弧に入れるか無視します.

もとより序言と目次とは全体の要約でありますが,訳者はアルメニア語文法に関する知識をもっていないので現段階では文意不明の箇所が少なくなく,読み進めるにつれて随時このページに変更を加える可能性があります.


序言 Vorrede


この簡潔な『古典アルメニア語文法』は,アルメニア語文献の研究への導入を目的とする.本書はそれゆえすべての文法事項を詳細にではなく,授業と独習のために音論・語論・文論 Laut-, Wort- und Satz-Lehre から必要部分だけを可能なかぎり簡潔かつ明瞭に提示するつもりである [訳注 1].もし個別の箇所,とりわけ語論が,本書の目的にとって必要と見えるよりも詳細に取り扱われているとしたら,著者の意図の理由は,当該の箇所を,今日までに見られたよりもよく,あるいはまた以前の文法的取り扱いに反して,純粋な科学的観点 rein wissenschaftlichen Standpunkte から照らしだすことにある [訳注 2].
[訳注 1] 音論 Lautlehre, 語論 Wortlehre, 文論 Satzlehre という名称は日本語でもドイツ語でも古めかしい言いかたで,今日の呼称で言えばおおむね音韻論 Phonologie, 形態論 Morphologie, 統語論ないし構文論 Syntax に対応するだろう.
[訳注 2] 科学的 wissenschaftlich とは今日ふつうに言う「学問的」というくらいの意味であり,日本語の「科学」がしばしば含みもっている自然科学・数理科学という限定はない.

文論は,この文法で短く紹介しているように,著者がまったく自身の研究の結果とみなしうるものである.

それゆえ,アルメニア文法をただにあるいはもっぱらに言語比較〔比較言語学〕Sprachvergleichung の目的で研究する人々にとっても,本書は有用であろう,というのも名詞および動詞幹 Nominal- und Verbal-Stämme はサンスクリットで慣習的な方法で扱われ,格・時制・人称形成要素 Casus-, Tempus- und Personal-Bildungselemente, 数詞・代名詞幹 Numeral- und Pronominal-Stämme は,対応するサンスクリットの語形成法に帰着してあり,それはボップ Bopp の比較文法 vergleichende Grammatik [訳注 1] が第 2 版でひきつづき基礎を置いており,言語学の領域におけるほかの著者たちも適切な意見を得ているものである.他方でアルメニア語の音論は深い取り扱いから後退している,なぜならばそうしたことはインド・ゲルマン語 indogermanischen [訳注 2] の,とりわけ,そう見えるように,スラヴ語 slavische Sprachen の,音の環境〔音韻体系?〕Lautverhältnisse についての知識があってはじめて可能であり,この言語をはじめて学習するのには単純に無用かつ混乱を招くからである.
[訳注 1] フランツ・ボップ Franz Bopp (1791–1867) は印欧語比較言語学の祖の 1 人で,本文に言う『比較文法』の正式なタイトルは Vergleichende Grammatik des Sanskrit, Send, Griechischen, Lateinischen, Litauischen, Altslavischen, Gothischen und Deutschen (『サンスクリット,ゼンド,ギリシア語,ラテン語,リトアニア語,古スラヴ語,ゴート語,ドイツ語の比較文法』.なおゼンドとはアヴェスター語の (誤った) 旧称) と称する 6 巻本の大作である.その初版は 1833 年から 1852 年にかけて出版され,第 2 版は 1857–61 年.
[訳注 2] もっぱらドイツの言語学で使われる,インド・ヨーロッパ語の別名.

著者ははじめ,アルメニア語の筆記体 Cursivschrift の使用を差し控えることができると考えたが,のちにはその考えを捨て,文字表 Schrifttafel のなかの同じものを著作に含めた.

アルメニア語の選文集 Chrestomathie の不足と,アルメニア語の印刷物や辞書を入手することの難しさとから著者は,紀元後 5 世紀の古典アルメニア語の作家,モフセス・ホレナツィ Moses von Chorene の『アルメニア史 Geschichte Armeniens』を,説明的・批判的・文法的・歴史的な註と完全な語彙集を付して,アルメニア語の選文集として即席に用いようとの考えを起こされた.

印刷の美しさと工房の設備に関して,帝立王立印刷所 kaiserl. königl. Staatsdruckerei およびフェアレーガー Verleger 氏に感謝する.

トリーア,1869 年 3 月.
著者


目次


序言

第 I 部 音論 Lautlehre


アルファベット Alphabeth
母音 Vocale
半母音と二重母音 Halbvocale und Diphthongen
子音 Consonanten
符号類 Lesezeichen

第 II 部 語論 Wortlehre


A. 語形変化 Wortbeugung
I. 名詞 Substantivum
2. 名詞語幹:総論.変化分類 Nominalthemen im allgemeinen. Declinationseintheilung
3. 名詞語幹:各論 Die nominalthemen im besondern
  1. 母音型弱語幹・強語幹 Die vocalischen schwachen und starken Themen
  2. 子音型弱語幹・強語幹 Die consonantischen schwachen und starken Themen
4. 格の形成 Bildung der Casus
  変化表 Declinationstabelle
  A. 母音型変化 Vocalische Declination
  B. 子音型変化 Consonantische Declination
  C. 不規則変化 Unregelmässige Declination

II. 形容詞 Adjectivum
比較級 Comparativus
最上級 Superlativ

III. 数詞 Numeralia
1. 基数詞 Numeralia cardinalia
2. 序数詞 Numeralia ordinalia
3. 倍数詞 Numeralia multiplicativa
4. 配分数詞 Numeralia distributiva
5. 数名詞 Zahlsubstantiva
6. 数副詞 Zahladverbien

IV. 代名詞 Pronomen
1. 人称代名詞 Pronomina personalia
2. 指示詞 Demonstrativa
  a) 指示代名詞 Pronomina demonstrativa
  b) 指示小詞 Demonstrativpartikeln
3. 所有代名詞 Pronomina possessiva
4. 疑問代名詞 Pronomina interrogativa
5. 関係代名詞 Pronomen relativum
6. 定代名詞 Pronomen definitivum
7. 不定代名詞 Pronomina indefinita
8. 再帰代名詞 Pronomina reciproca
9. 集合代名詞 Pronomina collectiva
10. 相関代名詞 Pronomina correlativa

V. 動詞 Verbum
A. 規則動詞 Regelmässiges Verbum
I. 総論 Im allgemeinen
1. 活用分類と語幹形成 Conjugationseintheilung und Stammbildung
2. 時制と法 Tempora und Modi
3. アオリスト・未来・接続法を作る ց ց als Bildungsmittel für Aoristus, Futurum und Conjunctivus
4. アルメニア語動詞の人称語尾 Die Personalendungen des armenischen Verbums
II. 動詞各論 Das Verbum im Besondern
1. 単純時制 Einfache Tempora
  a) 特別の時制 Tempora specialia
   現在 Präsens
   未完了 Imperfectum
  b) 一般の時制 Tempora generalia
   アオリスト:総論 Die Aoristi im allgemeinen
   第 I アオリスト Aoristus I
   第 II アオリスト Aoristus II
   未来:総論 Die Futura im allgemeinen
   第 I 未来 Futurum I
   第 II 未来 Futurum II
2. 複合時制 Zusammengesetzte Tempora
3. 法 Die Modi
  接続法 Conjunctivus
  命令法 Imperativus
  不定法 Infinitivus
  分詞 Participia
4. 受動態 Passivum
  活用表 Conjugationstabelle
B. 存在動詞 Verba substantiva
C. 不規則動詞 Unregelmässige Verba

VI. 不変化詞 Indeclinabilia
1. 副詞 Adverbia
2. 前置詞 Präpositionen
3. 接続詞 Conjunctionen
4. 間投詞 Interjectionen

B. 語形成 Wortbildung
I. 名詞の形成 Bildung der Nomina
1. 接尾辞による名詞の形成 Bildung der Nomina durch Suffixe
2. 合成による名詞の形成 Bildung der Nomina durch Composition

II. 動詞の形成 Bildung der Verba
1. 派生動詞 Abgeleitete Verba
2. 複合動詞 Zusammengesetzte Verba

第 III 部 文論 Satzlehre


I. 語順 Wortstellung

II. 一致 Übereinstimmung

III. 格論 Casuslehre
1. 主格 Nominativus
2. 対格 Accusativus
3. 属格 Genitivus
4. 与格 Dativus
5. 奪格 Ablativus
6. 具格 Instrumentalis

IV. 動詞論 Die Lehre vom Verbum
A. 時制とその意味 Die Tempora und ihre Bedeutung
1. 現在 Präsens
2. 未完了 Imperfectum
3. アオリスト Die Aorista
4. 未来 Die Futura
5. 複合時制 Die Tempora composita

B. 法とその意味 Die Modi und ihre Bedeutung
1. 直説法 Der Indicativus
2. 接続法 Der Conjunctivus
3. 命令法 Der Imperativus
4. 不定法 Der Infinitivus
5. 分詞 Die Participia

C. 受動態 Das Passivum

D. 動詞の支配 Rection der Verba

文字表 Schrifttafel

――――――

jeudi 9 juillet 2015

Portner, 片岡訳『意味ってなに? 形式意味論入門』誤植訂正

Paul H. Portner, 片岡宏仁訳『意味ってなに? 形式意味論入門』勁草書房,2015 をおととい購入しさっそく読了しました.原文のおそらくくだけた語り口を,よくこなれた親しみやすい日本語で訳されてあり,平易ながら興味深い内容にひきこまれてあっという間に読み終えてしまいました.詳細な感想はべつの機会と場所に譲るとして,このエントリはその typo などのメモです (底本は 2015 年 6 月 30 日第 1 刷).

以下,原文の誤りである可能性のあるものも,とくに区別せずあげてあります.l. は行数を表し,l. ↑n は下から数えて n 行めを意味するものとします.ほとんどは些細なミスですが,理解に影響するか混乱を招きそうな比較的重大なものを含む指示箇所を太字にしておきます.誤の側 (矢印やダッシュのまえ) に「?」を付したものはそれが誤りではないとも解釈できること,正の側に「?」を付したものは訂正案に確信がないことを示します.
  • p. 2, ll. ↑4–3: “Dos Passos’USA”, “meeting?It’s”; p. 5, l. 10: ‘Quine1953’ ――  スペースの脱落.
  • p. 22, l. ↑6: 「円が正方形のうつ側にある」
  • p. 27, l. 10: 「どうやって利益を引き出しているんだろう 答え:」――  疑問符 (と全角スペース) の脱落.
  • p. 29, ll. 3, 7: 「意決定」→「意決定」
  • p. 29, l. 12: 「スモールトーク」?――  カタカナ語として通じにくいので「世間話,おしゃべり」などとすべきでは?
  • p. 30, l. 1: 「(11) 誰がシルヴィアのところに行ったの?」――  p. 30, l. 8: 「シルヴィアが人物 x のところに行った」や,p. 31, l. 2: 「シルヴィアがある人物のところに行ったものと仮定しよう」などに照らすと,主語が逆では?
  • p. 43, ll. ↑8–7: 「『シェルビー』を範疇 NP に……」はべつの箇条では?
  • p. 51, l. 3: 「一字一違わず」
  • p. 54, l. ↑8: 「たしかに (8) はなかなか複雑そう」→ (7)
  • p. 56, l. ↑1: 「同じようもの」
  • p. 57, l. 7: 「取り去らないと」
  • p. 58, ll. 3–4: 「ぼくらの心はいったいどうやってこの文の意味が……にならないんだろう?」→「……にならないとわかるんだろう?」
  • p. 63, l. ↑1: ‘the hammar’
  • p. 68, ll. 3–4: 「図 3 (p.13)」→ 図 3 は p. 17.
  • p. 72, l. ↑2: 「図 12 のようなお絵かきで表示できる (p.41)」→ 図 12 は p. 49.
  • p. 78, ll. 11–12: 2 組の亀甲括弧〔  〕ではさまれた地の文「との比較が関与……ではない」のポイントが落ちている.
  • p. 83, l. 5: 「出来事の時記述している」→「……時……」
  • p. 83, l. ↑2: 「(8) は偽になる」; p. 84, l. 2: 「(8) は真でなきゃ」→「(8a) は……」
  • p. 86, l. 4; p. 156, l. 2; p. 157, l. 10; p. 158, ll. 18, 22; p. 159, ll. 1, 5, 10, 14: 「下位集合」――  p. 26, l. 8; pp. 189f.; p. 199, ll. 6, 12; pp. 266–267, 269 のように「部分集合」としてある箇所も多くあります.(数学ではなく) 哲学や言語学よりの論理学では「下位集合」の訳語もふつうなのでしょうか.集合論を含む数学プロパーではまず言わないと思います (「開集合」と同音のためか.経済学・最適化理論では「下位集合」を別途 ‘sublevel set = lower contour set’ の意味で使うことがあります).
  • p. 99, l. 5: 「脈」→「文脈」
  • p. 100, 原注 5: ‘Kripke (972)’
  • p. 104, ll. 7–8: 「is the famous Chinese philosopher (その有名な中国人哲学者である)」→「is the most famous... (そのいちばん有名な……)」
  • p. 107, l. 7: 「その指示に他ならないだというんだ」
  • p. 110, l. 17: 「一の教師」
  • p. 116, l. ↑5: 「この練習問題の答えは巻末に掲載してある」――  ほかの 10 問のように番号 (no. 5) を明記していない.
  • p. 137, l. 3: 「between three and six women (3〜5 人の女性たち)」
  • p. 138, 「訳者の補足」のツリー:‘every child’ → ‘every baby
  • p. 141, ll. 1–2: 「(表の一列目にある)『すべての赤ちゃん』」→「……一行目……」
  • p. 144, l. 8: ‘shelby’ → ‘Shelby’
  • p. 144, l. ↑8: 「some『いくつかの』」――  次の行で「つまり,少なくとも 1 つの……」とあるので,この some は「ある」のほうがはまるのでは?
  • p. 146, l. ↑9: 「機能にって」?
  • p. 149, ll. 1–2: インデントされている問いかけの 2 行「否定辞 not は……だろうか?」を水平線で囲む.
  • p. 152, l. 3: ‘hyperhym’ → ‘hypernym’
  • p. 152, l. ↑9: 「否定でない単純な文 (25a) は上方伴立にあたる」→ (23a)
  • p. 153, ll. 11–19: 「〔every dog〕」のあとから「〔(25a) によって〕」までで地の文のポイントが落ちている.
  • p. 154, 原注 7: ‘Kadmoon and Ladman’ → ‘Kadmon and Landman’
  • p. 154, (26): every の行の最後のセル (第 2 の属性,上方伴立) は ‘No’ → ‘Yes’.  また three についた ‘[8]’ は消し忘れ?
  • p. 154, l. 2: 「させるもの他ならない」
  • pp. 160ff.: これまでの章で「正方形の内側」であった ‘inside the square’ がここから「四角のなか」になります (同じ図を再掲しているので気になります).
  • p. 166, l. 2: 「難しいもの 1 つ」
  • p. 174, l. 3: 「例 (16) の場合だとぼくが物語を語る時点と……」――  読点.
  • p. 174, ll. 8–9: 「次の等式を満たさなくてはいけない:R < S, R = E」→ 等式でないものがある.S のみイタリック (本当はこういう文字はすべてイタリックが正しいのですが,文系諸分野の出版物ではローマンが優勢と理解しています).
  • p. 176, ll. 10–11: 「Es の場合はその逆の T ⊆ E もありうる」→ T ⊆ Es.
  • p. 177, l. 14: 「もちろん,(18c) は有意味だ」→ (18a)
  • p. 178, l. 6: 「考えを験してみよう」?――  「ためして」と読めますが文体から浮いているように見え,脱字か誤変換 (表記ゆらぎ) の印象を受けます.
  • p. 179, ll. 11–12: 「いちばん基本的なものだ他のおおむね……」――  句点の脱落.
  • p. 182, (25): T と S がイタリックだったりローマンだったりする.また,現在完了のセルの ‘E = S’ と過去完了のセルの ‘E < S’ は,それぞれ ‘T = S’, ‘T < S’ では?
  • p. 185, l. ↑10: 「たんにたんに」
  • p. 186, l. ↑3: 「この可能世界ではトラックは」→「……バスは」
  • p. 189, l. 14: 「このトピックを検鏡してる」
  • p. 190, (38): ‘onto Clarendon boulevard, not onto Wilson Boulevard.’
  • p. 192, (39b): 「道徳により」「徳により」
  • p. 192, l. ↑10: 「世界 1 から 3 つのがのびている」? また,図 45 を見ると世界 1 から 3 へ向かう矢印はないようである.
  • p. 194, l. 14: 「他の自国に出発する」
  • p. 198, ll. ↑2–1: 「(3) は w1 で偽,w2 で真だ」――  例文 (3) が見あたらない (例文 (2) の主節の動詞 believes を wants に変えたものか?).
  • p. 204, l. 7: 「聞き及んでいるもの」→「……もの
  • p. 210, l. 11: 「心置きなく言える」――  文末句点の脱落.
  • p. 211, l. 3: 「たいして役立たない (9a) は」――  句点またはコロンの脱落.
  • p. 217, l. 9: 「場面にそう左右されるか」→「……どう……」
  • p. 219, ll. 1–2: 「こまかい技術的な話をすると」――  文脈から「……話を省略すると」などの脱字に見えるが,不明.
  • p. 220, 訳注 1: 文末句点の脱落.
  • p. 220, (8): 訳文に「また」の脱落.
  • p. 221, (a): ‘she are ate an apple’
  • p. 221, (c): この訳文のみ「りんご」がひらがな.
  • p. 221, (e): 訳文に「も」の脱落.
  • p. 223, l. 6: 「たとえば:」
  • p. 224, (19); ll. ↑11–10: 「ジョン」→「ジョン
  • p. 224, (21): 「φP プラス,φP のうち φ の」→「…… ψP のうち……」
  • p. 229, (34): ‘Mary arrive’ → ‘Mary arrived
  • p. 232, (39): 右辺の括弧の数.
  • p. 233, (41): 「ハンニバル」→「ハンニバル
  • p. 235, ll. ↑10–9: 「表現もする (……)」?――  句点に,もしくは「する」を「するし」に.
  • p. 236, l. 7: ‘illocutioanry’
  • p. 242, l. 2: 「(2) は自然な応答になる」→ (a)
  • p. 242, (54): ‘??’ がつくのは (b) でなく (a).
  • p. 242, ll. 14–15: 「豚肉を食べる」が重複 (順番から前者を削除).
  • p. 242, l. ↑4: 「話し手魚を食べるってこと」→「話し手……」,または「聞き手に……〔only は伝えている〕」?
  • p. 242, (55): 「通常の意味」の ‘I eat FISH’ は小文字の ‘fish’ では?
  • p. 244, 関係の格率:文末句点の脱落.
  • p. 246, (5-i): 開きカギ括弧の重複.
  • p. 247, (5-ix, xiv): 「S は」の重複.
  • p. 249, l. ↑11: 「話し手は3 つ食べたと言っただろう」――  二重カギ括弧に.
  • p. 250, l. 12: 「分離不可能性」?
  • p. 251, l. 4: 「そうした生き物たちついて」
  • p. 254, l. 11: 「W2 → {個体 no.2, 個体 no.4,}」――  最後のコンマを削除.
  • p. 254, l. ↑12: 「{W1, W2, ...} みたいな命題になるだろう」→「{W1, W3, ...} ……」
  • p. 254, l. ↑9: 「構成的につくりあられる」
  • p. 261, l. 12: 「進めるがいい」
  • p. 263, 原注 8: 「どれも Montague (1974) に録されている」→「再録」?
  • p. 264, l. ↑6: 「意味論研究者もふくめって」
  • p. 265, l. 3: 「『〜にちがいない
  • p. 267, 練習問題 3 の答え:いちばん下の関数が誤りで,正しくはどちらも F.
  • p. 268, 練習問題 5 の答え:集合が [  ] で表されているが,正しくは {  }.
  • p. 269, 練習問題 9 の答え:‘λx.x. + x = 4, 2’ の 2 つめのドットを削除.ところで,2 つの TWO に文強勢をおかせるための答えは,変数が x 1 つのこの形でいいのだろうか.言いかえると,われわれが「なにたすなにで 4 になる?」という質問をするとき,(ありうべき回答の 1 つに ‘2 + 2’ を予期するとしても) はなから 2 つの「なに」は共通の値であることを前提にしているだろうか.
  • p. 270, 練習問題 11 の答え,l. 5: “X’ + Hannnibal ate [...]” → “C’ ”
  • p. 287, l. 10: 「点」?
  • p. 292, l. 5: ‘Jacknedoff, Ray (2007)’

(原著の) 参照文献の箇所は著者名で指示します (著者名じたいが誤っているときは重複するので省略).一見して気がついたところのみ指摘しますが,目で見るよりテキストデータで検索をかけ置換するほうが漏れがなく効率もよいでしょう.なお,こうした文献一覧では避けられない表記ゆれ (たとえば repr. と Repr.) と,英語の著作名の語頭大文字化 (ドイツ語では名詞のみ大文字,フランス語やイタリア語では最初の語と固有名詞を除いて大文字化しない) の不備については無視しています.
  • p. 272: ‘Austin, J. L. (1962),’; ‘Cooper, R. [...] (1990),’; p. 274: ‘Gazdar, G. (1979),’; ‘Hamblin, C. L. (1973),’; p. 276: ‘Landman, F. (1992),’; ‘Lycan, W. G. (1984),’; p. 277: ‘Partee, B. (1973),’; p. 278: ‘Reichenbach, H. (1947),’; ‘Soames, S. (1990),’; p. 279: ‘Wittgenstein, L. (1953),’ ――  出版年のあとのコンマをピリオドに.
  • p. 272, Bach, E. (1986): ‘P. Weingartner, eds..
  • p. 272, Bach, E. (1989): ‘Albany, NY; SUNY Press’
  • p. 272, Block, N. (1998): ‘E. Craig, ed..
  • p. 272, Burge, T. (1979): ‘[...] the mental-
  • p. 273, Davidson, D. (1967b): ‘N. Rescher, ed..
  • p. 273: ‘Dietrich, W, (1955). [...] Eine Aspet- und Tempusstudie’ → ‘Aspekt-
  • p. 273: ‘Evans, G. and J. McDowell, eds, (1976). Truth and Meaning;
  • p. 273, Fauconnier, G. (1975): ‘In F, Guenthner’
  • p. 274, Gazdar, G. (1981): ‘A. EC Joshi’ → ‘A. K. Joshi’; ‘B. L. Webber, eds,.
  • p. 274, Groenendijk, J. and M. Stokhof (1982): ‘5,175–233’ ――  スペースの脱落.
  • p. 274, Hausser, R. (1980): ‘In R Kiefer and J. Searle, eds..’ → ‘In R. Kiefer [...]’
  • p. 275, Jacobs, J. (1983): ‘der Gradpartikel’ → ‘der Gradpartikeln
  • p. 275, Kadmon, N. (2001): 行末ピリオドの脱落.
  • p. 275: ‘Kadmon, N. and E Ladman’ → ‘Kadmon, N. and E. Landman’
  • p. 275, Karttunen, L. (2003): ‘Vol. HI’ → ‘Vol. III
  • p. 275: ‘Kratzery A.’ → ‘Kratzer, A.’
  • p. 276, Ludlow, P. (2000): ‘K. M. Jaszczolt, ed..
  • p. 276, Montague, R. (1970a): ‘Linguaggi nelia Sodeta e nella Tecnica: Edizioni di ComunitH. Milan: Edizioni di Comunita’ → ‘Linguaggi nella società e nella tecnica. Milano, Edizioni di Comunità’ (アッチェントの有無や大文字,言語による地名の違いは不問とする)
  • p. 277, Montague, R. (1973): ‘In K. J. J, Hintikka, J. M. E, Moravcsik, and P, Suppes, eds..
  • p. 278, Sadock, J. (1978): ‘[...] conversational implicature-
  • p. 278, Searle, J. R. (1965): ‘New York; Allen and Unwin’
  • p. 278, Searle, J. R. (1975b): ‘In F, Cole and J, L. Morgan, eds.’
  • p. 279, Stalnaker, R. (1974): ‘P. Unger, eds..
  • p. 279, von Stechow, A. (1991): ‘Berlin; Walter de Gruyter’
  • p. 279, Wittgenstein, L. (1953): ‘trans. G, E. M, Anscombe’

なお,あまりにも細かい (機械的な?) 事柄については記録を省きました.それはたとえば,
  • p. 20, l. ↑3: 「これも 図 3 でいうと」などの「図」のまえの余分なスペースで,p. 31, l. 8 や p. 38, ll. 7, 14 など冒頭に同様の箇所若干.
  • 逆に ‘p.13’ や ‘no.1’ のようにしばしば必要なスペースがない.
  • p. 6, 原注 1 や p. 195, 原注 13 のように,論文の出版年が (括弧が二重にならない環境で) 裸になっている箇所がある.
  • 変換ゆらぎ.同一ページ内かつ同じ生起環境で競合している例をあげると,p. 146, l. ↑8: 「S にあるモノすべてと H にあるものすべて」;p. 193: 「てらして」対「照らして」;p. 216, ll. 4–5: 「なにかを〔……〕その何かを」;p. 232: 「調った」対「ととのった」;p. 237: 「イヤな思い」対「いやな思い」など.
  • p. 93, 原注 1 の 2 度の “Paul’s” が典型的で,アポストロフィの形状を見ると右引用符型のアポストロフィ ’ といわゆるタイプライタ・アポストロフィ ' とが混在している箇所がある.
  • カギ括弧や丸括弧の閉じ括弧と句点との前後関係.カギ括弧について,たとえば p. 204 の最後の 1 組「『2 たす 2 は 4』は……ことになる.」と,同じページの残りの事例.
のようなことです.これらを逐一発見することも手作業の域を超え,また必要でもないと思われ,原稿ファイル上での一括置換が望ましいでしょう.

mardi 7 juillet 2015

松平・国原『新ラテン文法』練習問題解答 (旧 6)

松平千秋・国原吉之助『新ラテン文法』(東洋出版,1992) の羅文和訳問題の解答を順次作成していきます.前回までのリンク:第 III 課〜第 VI 課第 VII 課〜第 VIII 課第 IX 課〜第 X 課第 XI 課〜第 XV 課第 XVI 課〜第 XIX 課
  • 第 XX 課,練習問題 38
  • 第 XXI 課,練習問題 40
  • 第 XXII 課,練習問題 42
お気づきの点があればコメント欄またはメールにてお知らせください.

この資料は大学で友人たちと私的に行っているラテン語の勉強会にあわせて用意していたもので,各回の終了とともにここで公開する習慣でした.それは会が終わるまえに参加者が見てしまうと勉強にならず,また私の訳文に誤りがあっても見つからなくなる危険があると思われたためで,たびたびの更新の遅延は会のスケジュールの都合でした.その会がこのたび参加者の都合でしばらく休会となることが決定したので,ここでの連載もどうすべきか思案中です (とくに需要がなければ無期限停止).


〔2020 年 10 月 13 日追記〕5 年以上もこの更新を凍結してしまい申し訳なく思います。最近ラテン語の学習を本格的に再開し、同じく解答のついていない中山『標準ラテン文法』の解答例を先日完成させ、さらに引きつづいて田中『ラテン語初歩』の解答例も作り終えたのが近況です〔10 月 21 日再追記。樋口・藤井『詳解ラテン文法』の解答も完成しました。これで『新ラテン』を残し、日本の大学で使われている答えのない教科書はほぼ網羅したことになるでしょう〕。このような実績から、この松平・国原についても永久に更新停止というわけではなく、いずれ再開する意図が残っていることは申しあげることができます。

これが休止したのは上で当時述べたとおり勉強会休会という事情もありましたが、わざわざきれいに構文解析した PDF を作るという手間の問題もあったことは確かです。したがって再開の折にはおそらく前掲の『標準』や『初歩』のものと同様のフォーマットで答え (と可能ならいくばくのコメント) だけを書きつらねた形になりそうです。どちらにしても残念ながらいますぐにとはならないことをお詫びしておきます。

〔2021 年 11 月 24 日追記〕なぜなのかは不明ですが先月ころより、これら松平・国原ラテン語と水谷ギリシア語の解答ファイルへの共有許可を求めるメールを Google Drive 経由で頻繁に頂いております。2015 年の公開以来 6 年間、ファイルのアクセス権限について私のほうでなにか変更をしたことはいっさいないのですが、突然そういうことがここ最近に生じました。もしかすると Google Drive のほうでなにか規定の変更があったのかもしれません。ともかくこれを機に、古い不完全なものの公開は取りやめてしまおうかと考えております。現在見られないかたは申し訳ないのですがそういうことでご了承いただき、いつか作りなおすまでお待ちくださるようお願いいたします。

〔2022 年 4 月 8 日追記〕前回の追記で示唆していたとおり、古いファイルの掲載は正式に終了することに決定しました。そのうちに再開できればと心に期しておりますが、このところはギリシア語のほうがモチベーションが高く、ご不便をおかけしております。ギリシア語のほうは田中・松平『ギリシア語入門』の解答が完成間近、また水谷『古典ギリシア語初歩』の解答のリニューアル作業も開始しました。ご入用のかたはそれらのページをご覧ください。

Tonnet『現代ギリシア語の歴史』第 2 章

Henri Tonnet, Histoire du grec moderne, L’Asiathèque, 2011³ をもとにまとめた résumé (という名の全訳に近い).脚注は (本文理解の参考にはしたが) 訳出ではほとんど割愛しているので,気になる向きは原書を求められたい.


第 2 章 古代のギリシア語 Le grec ancien


1. 共通ギリシア語 Le grec commun


紀元前 2000 年ころ,最初のギリシア人たちが現在のギリシアのあたりに侵入したとき,まだギリシア語の未分化の indifférencié 形,ギリシア祖語 proto-grec を話していた.いずれにせよ,この共通ギリシア語 grec commun [訳注] はたしかにこの時代よりまえに存在した.ミュケーナイ語 le mycénien を含む,知られている古代ギリシア語諸方言に共通の特徴から復元されるこの言語は,それじしんインド・ヨーロッパ語〔以下,印欧語〕の一方言であった.ギリシア祖語は紀元前 3000 年から 2000 年までのあいだの長い期間に形成されたに違いなく,その期間にギリシア人の祖先は現在の〔ギリシア人の〕居住地の北で生活していた.

[訳注] フランス語で grec commun は proto-grec の別称のようである.「共通ギリシア語」との訳語はコイネーと混同しやすく危険なので,区別せず「祖語」と訳出してしまうほうがよいかもしれない.

ギリシア語は,サンスクリット le sanskrit, 古代ペルシア語 le vieux-perse, アルメニア語 l’arménien, 古スラヴ語 le vieux-slave, 共通ゲルマン語〔=ゲルマン祖語〕le germanique commun, ケルト語 le celtique, ラテン語 le latin などとともに印欧語族に属する.おそらくは同じ語族のほかの言語と比べてアルメニア語とより密接な関係があるであろう.

ここでは古代ギリシア語を描写することも,資料によって知られているその歴史 (紀元前 15 世紀以来) を語ることもしない.以降の変遷を説明しうるギリシア語の固有の特徴を簡単に提示することで満足せねばならない.


1.1 子音の弱さ Faiblesse des consonnes

印欧語のなかでのギリシア語の特徴の第一は,子音体系の相対的な弱さである.ギリシア語は印欧語の有声有気閉鎖音 occulsive sonore aspirée の系列 /bh/, /dh/, /gh/ を失い,これを無声 sourde 有気音 /ph/, /th/, /kh/ (φ, θ, χ) に変えている.ミュケーナイ語にはまだ存在した唇-軟口蓋音 labio-vélaire /kw/, /gw/, /gwh/ は,ラテン語では保たれているのに,歴史時代のギリシア語では消えている.印欧語の /kw/ はギリシア語では,あるときは /p/ にまたあるときは /t/ に対応する (lat. quinque = gr. πέντε, lat. quis = gr. τίς).

これらの子音の系列はほかの子音に合流し,子音体系の単純化 simplification の傾向を示している.

またべつの子音は単純に消えてしまった.それは語頭の /s/ と /j/ で,アッティカ方言 attique では気音 /h/ として生き残ったが,いたるところで無音化する s’amuïr ようになる.ラテン語 septem は古典ギリシア語 ἑπτά に対応し,これは [heptá] それから [eptá] と発音された.ドイツ語 Jahr は,意味は違うが形の上では ὥρα に対応し,これは [hóra] (この段階でラテン語に借用され,〔現代フランス語の〕heure のつづりを説明する),それから [óra] と発音された.

語末の子音は ς, ν, ρ を例外として消えた.語末の /t/ は,ラテン語では保たれている 3 人称単数の特徴だが,ギリシア語では落ちる.Lat. ferebat と gr. ἔφερε, また lat. aliud と gr. ἄλλο を比較せよ.中央ギリシア語 [原注 8] の以降の歴史において,語末の ρ と ν は消失に向かう.

[原注 8] ここで中央ギリシア語 grec central とは,ペロポネソスの方言と都市の urbaine 共通語で,現代の民衆語〔=ディモティキ〕démotique をもたらすものとする.中世に見られる,語末の子音 ν の維持と強化は,南イタリア,キプロス,ドデカネス諸島 Dodécanèse, キオス島 Chios の周縁のギリシア語においてまだ見られる.


1.2 母音体系の保存 Conservation du système vocalique

かわりに古代ギリシア語では母音に関しては非常に保守的である.サンスクリットでは /i/, /a/, /u/ しか保っておらず,ラテン語ではある場合の /o/ を失っていたのに対して,ギリシア語はほとんどそのまま印欧語の体系を見せている.ギリシア語だけがわれわれに,「与える donner」という動詞の語根 racine が母音 /o/ をもっていたことを教えてくれる;δίδωμι, δοῦναι, skr. dadāmi, lat. dare.


1.3 動詞語根の規則化の限られた傾向 Tendance limitée à la régularisation des racines verbales

古代ギリシア語では多くの動詞が不規則であった.ほかのものは現在・アオリスト・完了語幹のあいだに母音交替 alternance vocalique を含み,これは音韻変化の理由から規則化する傾向をもっていた:λείπω, ἔλιπον, λέλοιπα → λείπω, ἔλειψα.  この傾向は決して動詞体系の完全な規則化には至らなかった.


1.4 アクセント体系の相対的単純化 Simplification relative du système de l’accentuation

印欧語のアクセントは,ゲルマン語 langues germaniques がいまだそれについて証しているが,あるものはアクセントの置かれうる accentogène, またべつのものはそうでない,形態素 morphème に結びついていた;それは制限を知らなかった,つまりアクセントは語のどんな音節にもあたりえたのである.

ギリシア語では,ラテン語のように,最後の 3 音節の上にアクセントが制限されることをもってこの体系を少し簡単化している.しかしアクセントは今日まで形態論的 morphologique にとどまった.アクセントの実現 réalisation の変遷にもかかわらず,ギリシア語はこの点に関して非常に保守的である.現代ギリシア語における若干のアクセントの移動 déplacement は印欧語の遺産である.今日でもなお,古代の第 3 変化の単音節語 monosyllabe に由来する若干の語または表現において,アクセントは斜格の語末に落ちる:ἑνός, παντός, φωτός, μηνός.

最近の語の創造でも,行為の名詞は行為者の名詞に対立させられている:行為者の名詞では語末アクセント,行為の名詞ではさかのぼるアクセント (ἡ σύνοδος, ἡ συνοδός).


1.5 曲用の単純化 Simplification de la déclinaison

印欧語は 8 つの格をもっていた:主格 nominatif, 呼格 vocatif, 対格 accusatif, 属格 génitif, 与格 datif, 奪格 ablatif, 具格 instrumental, 処格 locatif [訳注].古代ギリシア語はすでにこの体系を単純化して,しばしば前置詞句で置きかえられた後 3 者を除いている.ラテン語では ab + 奪格を用いた場合に,古代ギリシア語は ἀπό + 属格を使った.ラテン語が単独の格を用いたときに:exeo domo, 古典ギリシア語 grec classique は前置詞によって「明確化 préciser」する傾向があった:ἐξέρχομαι ἐκ τοῦ οἴκου.

格を前置詞句で置きかえるこの方法はのちに体系的になった (与格に代えて εἰς + 対格,属格-奪格に代えて ἀπό + 対格).その結果は斜格〔すべて〕を犠牲にした対格の一般化であった.

[訳注] サンスクリットでは与格 datif を為格と称することも一般的である.属格 génitif は gen- の意味からいけば生格が適当であろうが,この用語はもっぱらスラヴ語学でしか使われていない.また処格 locatif は訳語が非常に多く,ほかに地格,位格,所格などがあるが,位格は為格と同音であることと,処格と同じ「ところ」の字の所格は「所」に受身の意味 (所与や所定,またラテン語 dēpōnentia の訳語のひとつ「形式所相動詞」の「所相=受動態」などは端的にそれである) もありミスリーディングであるので,「場所」の意味がはっきりする処格か地格が望ましいだろう.


2. 古代ギリシア語の諸方言 Les dialectes grecs anciens


古代ギリシア語の方言の多くは,碑文 inscription によって以外私たちに知られていない.書き言葉は,現代ギリシア語の諸方言に比べたディモティキがそうなるであろうように,標準化された standardisé 方言である.ホメーロスの言語はどこでも話されなかったし,劇場の合唱隊 chœur のなかで読まれるドーリス方言 le dorien は人工的な言語の状態であった.方言間の重大な差異にもかかわらず,それぞれの方言 idiome を話すギリシア人たちは互いに理解していた.その例外は古代マケドニアで,かならずしもこの方言がギリシア語であったと言う必要はない.

ギリシア語が諸方言へ分化する原因となったものは知られていない.〔現在の〕ギリシアになるところの領土にすでに定住していた人々の存在であったかもしれない;この人口は,新たな到来者の言語を話しはじめるときに,それ以前に話していた言語によってさまざまにこれを歪めることになり,歪みは続く世代へ伝えられていく.〔分化の原因はまた〕毎回異なる発展段階のギリシア語をもたらすことになったギリシア人の相次ぐ到来―― 最近まで一般に,ドーリア人は紀元前 12 世紀の終わりに定住したものと考えられていた―― であったかもしれない.

古代ギリシア語の諸方言は 4 つの大きなグループに帰着する:1) アッティカ方言を含むイオニア方言群 ionien,2) アイオリス方言 l’éolien, 3) アルカディア・キプロス方言 l’arcado-cypriote, 4) ドーリス方言を含む西方方言群 occidental.

〔紀元前〕8–7 世紀の古代の植民地化 colonisation のために,しばしば互いに遠く隔たった地域で同じ方言が話されていた.ドーリア人はシチリア島と南イタリアに植民を送り,そこでもドーリス方言が話された.イオニア方言は小アジア,エウボイア島 Eubée, アッティカ Attique で話された.アイオリス方言はレスボス島 Lesbos, ボイオーティア Béotie, テッサリア Thessalie で使われた.ドーリス方言はラコーニア〔ラケダイモーニア=スパルタ〕Laconie, アルゴス Argos, コリントス Conrithe, クレタ島 Crète, ロードス島 Rhodes およびイタリアでもっともよく用いられた方言であった.

これらの方言は共通語 la langue commune (κοινὴ διάλεκτος) に顕著な影響を及ぼすことなくローマ時代に漸次消えていった.この後者〔コイネー〕はほとんどイオニア・アッティカ方言 l’ionien attique にのみ由来している.そして現代ギリシア語の諸方言はほとんどすべてこれに発している.顕著な例外はツァコニア語 le tsakonien であり,これはかつてパルノン Parnon およびアルカディア Arcadie の一部分で話されたもので,典型的なドーリス方言の特徴を保存している:η のかわりに α を,θ のかわりに σ を用い (cf. α σάτη = η θυγάτηρ),古代のディガンマ /w/ > /v/ の子音の形を保つ (ο βάνε = το αρνί).このことはおそらく現代ギリシア語の南イタリアにおける方言にとっても同様である.

ここに参考のため,古代の方言間の違いを数例あげておく.
  1. 定冠詞の複数主格は,アルカディア・キプロス方言とアッティカ方言で οἱ であり,その他では τοί である.
  2. 長い /a/ は大部分の方言では α として残るが,イオニア方言ではどこでも η になり,アッティカ方言では ρ および母音 /e/, /i/ のあとでのみ α のまま残る:dor. ἁμέρα, ion. ἡμέρη, att. ἡμέρα.
  3. 1 人称複数の語尾は,アルカディア・キプロス方言とアッティカ方言で -μεν であり,その他はどこでも -μες である (lat. -mus と比較せよ).