mercredi 25 août 2021

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 9

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 9「花王子と白花姫」(84–88 頁) の文法解説。これで散文編はすべて終了となる。



II.1. En síðan, sem konungr kom heim, þá lét hann kalla saman alla sína fylgðarmenn ok skipti herfangi þeira vel ok sœmliga;


lét 過 3 単 < láta。

alla sína ↓男複対。

fylgðarmenn (男) 複対 < -maðr「従者、臣下」。

skipti 過 3 単 < skipta「分ける」。目的語は与格。

herfangi (男) 単与 < herfang「戦利品」。

þeira 3 男複属。「彼らの」。

sœmliga 副「名誉にふさわしく、公平に」。


ok dróttningu gaf hann konuna at sínum hlut, þá ena herteknu.


dróttningu (女) 単与 < dróttning「女王、王妃」。

konuna (女) 単対・定 < kona「女」。

þá 女単対。指示代名詞。

ena 冠・女単対。ina の別形。

herteknu 過分・女単対・弱 < hertaka「捕らえる」。指示代名詞や冠詞がついているため弱変化。


2. Dróttning varð því fegnari en engri gjǫf fyrri, ok bað hana vera sína fylgiskonu ok gæta kristni sinnar.


varð 過 3 単 < verða「〜になる」。

því 中単与。指示代名詞。前文の内容=捕らえられた女をもらったこと、を指す。

fegnari 比較級・女単主 < feginn「うれしい」。うれしい事柄 (感情の理由) は与格。

engri ↓女単与 < engi「何も〜ない」。

gjǫf (女) 単与「贈り物」。en を使うとき比較対象は同じ格に置かれるので、ここでは því と同じ与格。

fyrri 副「むしろ」。

bað 過 3 単 < biðja。頼む相手が対格、頼む内容や欲しがる物は (あれば) 属格になる。

hana 3 女単対。人称代名詞「彼女を」。

sína ↓女単対 < sinn。

fylgiskonu (女) 単対 < -kona「侍女」。これはコピュラ vera によって hana とイコールで結ばれるため、それと同じ対格になる。

gæta 不「守る、大切にする」。語彙集には書いていないが属格をとる (Zoëga)。

kristni (女) 単属「キリスト教」。1.「主の祈り」の 6:13 で見た freistni と同じく、単数すべての格で -i だが、本書で扱われていない。

sinnar ↑女単属 < sinn。


ok lét kenna henni valsku tungu, ok kendi henni aðrar.


henni 3 女単与。「彼女に」。2 回とも侍女を指す。

valsku ↓女単対 < valska「フランスの」。

tungu (女) 単対 < tunga「言葉、言語」。

aðrar 女複対 < annarr。訳文はごまかして「別のことば (スペイン語)」とあたかも単数のように言っているが、ここはテクストに難点があって、aðrar が正しいなら女性複数で tungur が省略されているはずである。これが複数であるのは「異様だ」(auffällig) と、下宮・金子のこのテクストの引用元である Kölbing のエディションの異読資料欄に書いてある;教えられるのは王妃の母語であるスペイン語だけのはずだろうと。そこで女単対 aðra というべつの写本の読みが優先されるべきだと言われている。あるいはアラビア語も教えたのかもしれないが、キリスト教の信仰を堅持せよという指令とはいささかちぐはぐに響く。


[III.]4. Nú ræðr konungr syni sínum, at nema þá bók, er heitir grammaticam;


ræðr 現 3 単 < ráða。ここでは「忠告する」の意。

syni (男) 単与 < sonr。

bók (女) 単対「本」。

grammaticam ラテン語で正しくは grammatica と言うべきところ (-m は対格)。


en hann grét ok svaraði: “Lát Blankiflúr nema með mér, þvíat ek fæ eigi numit, nema hon nemi með mér, ok engan lærdóm fæ ek numit, ef ek sé eigi hana.”


grét 過 3 単 < gráta「泣く」。

lát 命・2 単 < láta。

nema 1 つめは前文と同じ動詞「とる、学ぶ」だが、2 つめの nema は同じつづりでも接続詞の「〜でなければ」。

現 1 単 < fá「得る」。過去分詞とともに用いると「〜できる、遂行する」の意になる。Cf. 英 get it done。

numit 完分 < nema。

nemi 接・現 3 単 < nema。

engan ↓男単対 < engi。

lærdóm (男) 単対 < lærdómr「学問、知識」。

現 1 単 < sjá。


XXIII.14. Þá mælti Blankiflúr: “Segja vil ek yðr heit mitt, er ek hét, þá er ek kom í Babilón, ok ek hugðumz þik aldri sjá mundu;


yðr 2 複与。王子に対する尊厳の複数と思われるが、この続きでは単数と入り乱れる。

heit (中) 単対「誓約」。

mitt ↑中単対 < minn。

hugðumz 過 1 単・再帰 < hyggja「思う、考える」。後接されている mik が対格主語である対格不定法構文。動詞は mundu。

þik 2 単対。主語ではなく sjá のふつうの目的語。

aldri 副「決して〜ない」。


en ef vit fyndumz, þá hét ek því, at innan fimm vetra skylda ek skiljaz við þik ok fara til hreinlífis, nema þér takið kristni.


vit 1 双主。「私たち 2 人が」。

fyndumz 接・過 1 複・再帰 < finna「見いだす」。双数の活用は複数を用いる。再帰は相互用法で、「互いに互いと会う」意。ただし 1 複なら本来 fyndimsk になるはずだが、u なのは 1 単 fyndumk の類推か?

innan 属格支配。「〜以内に」。

fimm 不変化「5」。

skylda 過 1 単 < skulu。

skiljaz 不・再帰「(við 〜と) 別れる」。

hreinlífis (中) 単属 < -lífi「純潔な生活」。

þér 2 複主。ここからまた複数に戻る。

takið 接・現 2 複 < taka。直・現 2 複も同形だが、nema の後なので接続法にとっておこう (さきの nema hon nemi もそうであった)。


Nú kjósið annathvárt!”


kjósið 命・2 複 < kjósa。

annathvárt 中単対 < annarrhvárr「2 つのうちのどちらか、一方か他方か」。


Flóres mælti: “Nú á þessum degi vil ek við kristni taka.”


þessum ↓男単与 < sjá「この」。指示代名詞。

degi (男) 単与 < dagr。「では,今日から」という訳は曖昧。nú が「では」にあたるのだとしたら、そこで前域が終わって nú vil ek ... と置きたくなる気がするが、そうではないので nú と á þessum degi は同じものを言っていて「今日この日に」という感じではないか (もちろんそのうえで「では」も言ったって構わないが)。

mardi 24 août 2021

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 8

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 8「鍛冶工ヴェレント」(80–83 頁) の文法解説。原典は「シズレクのサガ」第 57 章。(84) という数字はなんなのか不明 (この箇所よりまえにもっと大きい数字が出てきたりする)。今回から固有名詞については初出でも省略し、とくに格に注意する場合のみ触れる。



(84) Vaði risi er á Sjólandi, sonr Vilkinus konungs ok sjókonunnar, sem fyrr var frá sagt, at búum þeim sem faðir hans gaf honum.


risi (男) 単主「巨人」。巨人を表す単語はいろいろあり、使い分けはかならずしもはっきりしない。Cleasby and Vigfússon の辞書は risi の項で、アイスランドによく知られた hár sem risi, sterkr sem jötunn, heimskr sem þurs「リシのように (背が) 高い、ヨトゥンのように強い、スルスのように愚かな」という言いまわしがあり、risi は体格、jǫtunn は強さ、þurs は知性のなさと結びつくことを紹介しているが、同じ巨人に複数の名詞が使われることもたびたびある。

Vilkinus konungs (男) 単属 < Vilkinus konungr「ウィルキヌス王」。

sjókonunnar (女) 単属・定 < sjókona「人魚」。「以前にそれについて述べられたように」と続くとおり、この人魚は特定で既知の人物として定形になっている。

fyrr 副「以前に」。

búum (中) 複与 < bú「屋敷」。

þeim ↑中複与。指示代名詞。

gaf 過 3 単 < gefa。


Ok ekki er þess getit, at hann hafi baráttumaðr verit, nema unat við þat, er hans faðir gaf honum, þegar fyrir ǫndverðu.


getit 完分 < geta「言及する」。言及する内容は属格で、at 以下を受けなおす þess で示されている。

hafi ... verit 接・現完 3 単 < vera。「戦士であったとは言われていない」という否定形で、つまり「戦士であった」という命題は不確かで仮想上の話なので接続法。

baráttumaðr (男) 単主「戦士」。

nema 接「ではなくて〜」。

unat 完分 < una「満足する」。

við 対格支配。「〜に対して」。

þegar 副「ただちに」。語彙集に抜けているが、『案内』では加わっている。

ǫndverðu (女) 単与 < ǫndverða「最初」。fyrir ǫndverðu で副詞的に「最初に」。これも語彙集になく ǫndverðr「逆の」という形容詞の後ろに出ているが、『案内』ではこれに代わって名詞 ǫndverða に改められた。


Vaði risi átti son ok heitir Velent.


son (男) 単対 < sonr。

heitir 現 3 単 < heita。接続詞 ok を挟んで動詞の時制がいきなり現在になるとともに、主語も息子に変わっている。


Þá er hann níu vetra gamall, er Vaði vill, at hann nemi íþrótt nokkura.


er 1 つめは hann が主語の be 動詞、2 つめは関係副詞「〜するとき」。「そのとき彼は 9 歳である (あった)、ヴァジが〜と望むとき」。

níu 不変化「9」。

vill 現 3 単 < vilja。

nemi 接・現 3 単 < nema「とる、学ぶ」。「彼が技術を学ぶこと」はまだ実現していないヴァジの願望だから。

íþrótt (女) 単対「技術」。

nokkura ↑女単対 < nǫkkurr「ある、なんらかの」。nǫkkura のはずだが o になっているのは成立の年代差もしくは地域差?


Spurt hefir hann til eins smiðs í Húnalandi.


spurt hefir 現完・3 単 < spyrja「尋ねる」。ここでは「(til 〜について) 聞き知る」の意。

smiðs (男) 単属 < smiðr「鍛冶屋」。


Sá heitir Mímir, ok er hann allra manna hagastr.


allra ↓男複属 < allr。

manna (男) 複属 < maðr。最上級に伴う属格「すべての男たちのうち」。

hagastr 最上級・男単主 < hagr「器用な」。


Ok þingat ferr Vaði risi með son sinn Velent ok fekk í hǫnd Mími, at hann skal kenna honum járnsmíð.


þingat 副「そこへ」=þangat。

ferr 現 3 単 < fara「行く」。まだ現在。

með ここでは対格支配。与格だといわば近い立場で「同行していった」、対格では「連れていった」という感じがする。

fekk 過 3 単 < fá「得る、つかむ」。fá í hǫnd で「手の中に持たせる=手渡す」。また突然過去になる。

hǫnd (女) 単対「手」。

Mími (男) 単与 < Mímir。所有の与格。このように身体部位では多い。

skal 現 3 単 < skulu。

kenna 不「知る、教える」。ここは「教える」のほうで、主語 hann がミーミル、間接目的語 honum がヴェレント。

járnsmíð (女) 単対「鉄を鍛えること」。『案内』ではなぜか語彙集のほうだけ jarnsmíð となるミス。


Síðan ferr Vaði risi heim í Sjóland til búa sinna.


heim 副「家へ」。

búa (中) 複属 < bú。

sinna ↑中複属 < sinn。


Í þann tíð var með Mími Sigurðr sveinn ok gerir margt illt hans smiðjusveinum, barði þá ok beysti.


með 今度は与格支配。「〜とともに、のもとに」。

sveinn (男) 単主「少年、弟子」。

gerir 現 3 単 < gera「する、行う、作る」。

margt ↓中単対 < margr「多くの」。

illt (中) 単対「悪、悪いこと」。

smiðjusveinum (男) 複与 < smiðjusveinn「鍛冶屋の弟子」。

barði 過 3 単 < berja「打つ、殴る」。

beysti 過 3 単 < beysta「打つ、殴る」。


Þá spurði Vaði risi, at hans son Velent var illa leikinn fyrir Sigurði, ok gerir eftir honum, ok kemr hann heim í Sjóland.


spurði 過 3 単 < spyrja。

illa 副「悪く」。illr「悪い」の中性単数 (弱変化) の副詞用法。

leikinn 過分・男単主 < leika「遊ぶ」。

fyrir Sigurði「シグルズから、シグルズのせいで」。本書では訳し落とされているが、『案内』では補われている。


Ok nú hefir Velent verit í Húnalandi þrjá vetr, ok er hann nú tólf vetra gamall.


þrjá 男複対 < þrír。þrjá vetr「3 年間」はもちろん期間の対格。

tólf 不変化「12」。


Hann dvelst heima tólf mánaða ok þokkast hverjum manni vel, ok allra manna er hann hagastr.


dvelst 現 3 単・再帰 < dveljask「とどまる」。

heima 副「家で・に」。

mánaða (男) 複対 < mánaðr「月」。語彙集に抜けている (『案内』にもない)。

þokkast 現 3 単・再帰「気に入られる」。-st については注のあるとおり。

hverjum ↓男単与 < hverr「おのおのの、どの〜も」。本書には載っていない変化形 (cf. Barnes, A New Introduction to Old Norse 1, p. 67)。

manni (男) 単与 < maðr。

vel 副「よく」。


 古ノルウェー語版は本書の知識ではどうにもならないので省略する。たぶん、読めということではなく、なんとなく違いを眺めて雰囲気を感じてもらえればいいということで載せているのだと思う。

lundi 23 août 2021

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 7

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 7「Brynhild が Guðrún の夢を解く」(77–79 頁) の文法解説。原典は「ヴォルスンガ・サガ」第 25 章の終わり付近。Byock による英訳ではさらに細かく章を区切っており、第 27 章のほぼ全体にあたる。ここにきてようやく 1 人称の代名詞や動詞活用が頻出するが、これはむしろバランスのいい配列と思う。



1. “Þat dreymði mik,” sagði Guðrún, “at vér gengum frá skemmu margar saman ok sám einn mikinn hjǫrt; hann bar langt af ǫðrum dýrum, hár hans var af gulli;


dreymði 過 3 単 < dreyma「夢を見る (見せる)」。非人称動詞で、対格の人に夢を見せる。

mik 1 単対。人称代名詞「私を」。

Guðrún (女) 単主。「グズルーン (人名)」。

vér 1 複主。人称代名詞「私たちは」。

gengum 過 1 複 < ganga「行く、歩く」。

skemmu (女) 単与 < skemma「離れの部屋、婦人部屋」。

margar 女複主 < margr「多くの」。主語 vér に一致しており、同行した全員が女性であったことを示す。

saman 副「いっしょに」。

sám 過 1 複 < sjá「見る」。

einn ↓男単対。

mikinn ↓男単対 < mikill。

hjǫrt (男) 単対 < hjǫrtr「鹿、牡鹿」。

bar 過 3 単 < bera「運ぶ、担う;生む;耐える」。非常な多義語で、ここでは「振舞う」と語釈されている (sik があればもっと明確)。

langt 副「はるかに」。langr「長い、遠い」の中性単数。

ǫðrum ↓中複与 < annarr。

dýrum (中) 複与 < dýr「鹿、動物」。

gulli (中) 単与 < gull「黄金」。


vér vildum allar taka dýrit, en ek ein náða; dýrit þótti mér ǫllum hlutum betra;


vildum 過 1 複 < vilja「欲する」。

allar 女複主 < allr。やはり主語 vér に一致し、「女性の私たち全員が」ということ。

dýrit (中) 単対 < dýr。

ek 1 単主。人称代名詞「私が」。

ein 女単主 < einn。主語 ek=グズルーンに一致して女性。ここでは「唯一」の意。

náða 過 1 単 < ná「手に入れる」。

þótti 過 3 単 < þykkja「と思われる、見える」。

mér 1 単与。人称代名詞「私に」。

ǫllum ↓男複与。

hlutum (男) 複与 < hlutr。比較の与格。

betra 比較級・中単主 < góðr。主語は dýrit なので中性。


síðan skauztu dýrit fyrir knjám mér, var mér þat svá mikill harmr, at ek mátta trautt bera;


síðan 副「そのあと」。

skauztu = 過 2 単・再帰 skauz < skjóta「撃つ」+ þú「あなたは」。前者は標準つづりでは skautt + -sk で skauzk だが、-zk も -sk も 12 世紀以降 -z で現れるようになり、13 世紀後半までにはそちらが多くなる (Gordon and Taylor, §125)。þú は動詞定形に接尾され、無声音のあとなので同化して tu になる (文法編 §22;Gordon and Taylor, §108)。

knjám (中) 複与 < kné「膝」。

mér 1 単与。ここでは所有の与格で、「私の膝」。

svá 副「それほど」。後の at でどれほどかを説明している。Cf. 英 so ... that。

harmr (男) 単主「悲しみ」。

mátta 過 1 単 < mega「〜できる」。

trautt 副「ほとんど〜ない」。

bera 不。ここでは「耐える」の意。


síðan gaftu mér einn úlfhvelp, sá dreifði mik blóði brœðra minna.”


gaftu = gaft 過 2 単 < gefa「与える」+ þú。

úlfhvelp (男) 単対 < úlfhvelpf「狼の仔」。

dreifði 過 3 単 < dreifa「撒き散らす」。

blóði (中) 単与 < blóð「血」。具格的与格。

brœðra (男) 複属 < bróðir「兄弟」。

minna ↑男複属 < minn。


Brynhildr svarar: “Ek mun ráða, sem eptir mun ganga:


Brynhildr (女) 単主「ブリュンヒルド (人名)」。

mun 現 1 単 < munu「〜だろう」。2 つめの mun は現 3 単。

ráða 不「夢を解釈する」。

ganga 不。ここでは物事がそのとおりに「運ぶ、生じる」ということ。


til ykkar mun koma Sigurðr, sá er ek kaus mér til mannz;


ykkar 2 双属。本書の訳と注は断りなく「あなたの」と書いているが、なぜ双数なのかは不明。王などに対しては 1 人相手であっても複数を使う「尊厳の複数」は知られているが、双数にそういう用法があるとは確認できないし、この続きでは þú を使っているので蓋然性は低い。ここで話題に出ているグズルーンとグリームヒルドだけを指すとすれば理屈は通るが、シグルズが来るのはギューキ王の館へであってそこには王や 3 人の息子 (グズルーンの父と兄たち) もおり、別段 2 人だけに会いにくるわけでないから釈然としない。これはむしろ複数の意味で使われていると解すべきだろうか (双数の消えた現代アイスランド語では þið, ykkar, ykkur が 2 人称複数に使われるので、そこへの過渡期?)。

Sigurðr (男) 単主「シグルズ (人名)」。

kaus 過 1 単 < kjósa「選ぶ」。

mannz (男) 単属 < maðr。ここでは「夫」の意。


Grímhildr gefr honum meinblandinn mjǫð, er ǫllum oss kemr í mikit stríð;


Grímhildr (女) 単主「グリームヒルド (人名)」。グズルーンの母。

gefr 現 3 単 < gefa。

honum 3 男単与。人称代名詞「彼に」。シグルズを指す。

meinblandinn ↓男単対「毒入りの、毒を混ぜた」。mein (中) が「害、苦しみ、病」の意。下宮『案内』では誤って語彙集から消されている。

mjǫð (男) 単対 < mjǫðr「蜜酒」。

ǫllum 中複与 < allr。oss に一致し「私たち全員に」。

oss 1 複与。

kemr 現 3 単 < koma。ここでは与格の相手を「運ぶ、送りこむ」の意。なお語彙集でそのことを「他動詞的に」と言っているのは語弊がある (まさか oss ǫllum を対格と取り違えているのではあるまいが)。

mikit ↓中単対 < mikill。

stríð (中) 単対「争い」。


hann mantu eiga ok hann skjótt missa;


hann 3 男単対。eiga の目的語。

mantu = mant 現 2 単 < munu + þú。munu の現在単数は本来 mun, munt, mun だが、14 世紀以降ノルウェー語の影響で man, mant, man も現れた (Gordon and Taylor, §146)。

skjótt 副「まもなく」。形容詞 skjótr「速い」の中性単数の副詞用法。

missa 不「失う」。ここでは目的語に対格の hann をとっているが、次の文では属格目的語。


þú munt eiga Atla konung; missa muntu brœðra þinna, ok þá mantu Atla vega.


Atla (男) 単対 < Atli「アトリ (人名)」。

konung (男) 単対 < konungr。Atla に同格の説明。

muntu = munt 現 2 単 < munu + þú。前文の mantu の説明も参照。

brœðra (男) 複属 < bróðir。missa は目的語に属格をとることもある。

þinna ↑男複属 < þinn。

vega 不「戦う、殺す」。

dimanche 22 août 2021

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 6

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 6「スノリのエッダ」(74–76 頁) の文法解説。原典は「ギュルヴィたぶらかし」第 3, 15, 51, 53 章からの抜粋。最後の 12「巫女の予言」を除けば今回がいちばん長いだろう。本の注解には完全に誤っているところ (er til = to which?) や語彙集のミスで正しく読めないところが散見され、そういった場合に悩む学習者の参考になれば幸いである。



[3] Gangleri hóf svá mál sitt: “Hverr er œztr eða ellztr allra goða?”


Gangleri (男) 単主「ガングレリ」。「旅路に疲れた者」の意か。下宮・金子の注および訳はギュルヴィ゠ガングレリをオーディンだと言っているが、人間であるスウェーデン王が神々のことを知ろうとして訪ねてきて、最後はまた人間世界に戻るのだからそれはおかしい。ジメクはガングレリがオーディンの異名であることに触れたあと、「スノッリは神々のところへ来るギュルヴィをもガングレリと名づけているが、これは確実にオーディンと同一ではない」と言っている (Simek, Lexikon der germanischen Mythologie, Gangleri の項)。もっともハール、ヤヴンハール、スリジおよびガングレリがすべてオーディンの別名でもあるところから、これが全部オーディンの 4 役による一人芝居、自作自演であるとする解釈もないではない (水野『生と死の北欧神話』32 頁)。

hóf 過 3 単 < hefja「始める」。

mál (中) 単対「言葉」。

sitt ↑中単対。

hverr 男単主。疑問代名詞「誰」。

œztr 最上級・男単主「もっとも高い」(原級なし)。

eða 接「または」。

ellztr 最上級・男単主 < gamall「古い、年老いた」。標準化つづりでは elztr。

allra ↓中複属 < allr。この課にはたいへん多様な allr の変化形が出てくるので注意して見られたい。

goða (中) 複属 < goð「神」。最上級 œztr, ellztr の比較する範囲を定めている複数属格「すべての神々のうちで」。


Hár segir: “Sá heitir Allfǫðr at váru máli.[”]


segir 現 3 単 < segja。最初の動詞は過去であったが、ここから現在が 3 度続く。これはいわゆる歴史的現在もしくは物語の現在と呼ばれるもので、非常にしばしば現れまた唐突に交替する (Gordon and Taylor, §167)。

Hár (男) 単主「ハール」。「高き者」の意。

男単主。指示代名詞。

Allfǫðr (男) 単主「アルフォズル」。「万物の父」の意。

váru ↓中単与 < várr。所有代名詞。

máli (中) 単与 < mál。


Þá spyrr Gangleri: “Hvar er sá guð eða hvat hefir hann unnit framaverk?”


spyrr 現 3 単 < spyrja「尋ねる」。

hvar 副「どこに」。

guð (男) 単主「神」。

hvat ⇣中単対。疑問代名詞。単独でも「何を」のように使えるが、ここでは framaverk にかかって「どんな偉業を」。

hefir ... unnit 過完 3 単 < vinna「働く」。

framaverk (中) 単対「立派な仕事、偉業」。


Hár segir: “Lifir hann of allar allðir ok stjórnar ǫllu ríki sínu ok ræðr ǫllum hlutum, stórum ok smám.”


lifir 現 3 単 < lifa「生きる」。

of 対格支配。「〜にわたって、を通じて」。なぜか語彙集では虚辞としか書かれておらず、これでは訳せない。

allar ↓女複対 < allr。

allðir (女) 複対 < ǫld「時代」。allðir という形では本書の語彙で読めないので、Faulkes の版に従い aldir と読む。これは ǫld の複対。

stjórnar 現 3 単 < stjórna「統治する」。目的語は与格なので自動詞と書かれている。

ǫllu ↓中単与 < allr。u-ウムラウトによって a が ǫ になっている。本書の語彙集では ǫ のところで引いても載せてくれているが、可能なら a だと見抜いて引けるようにならないといけない。

ríki (中) 単与「王国」。

sínu ↑中単与 < sinn。

ræðr 現 3 単 < ráða「支配する」。語彙集には他動詞と書かれているが、「支配・統治する」の意味のとき目的語は与格。

ǫllum ↓男複与 < allr。

hlutum (男) 複与 < hlutr「物、部分」。

stórum ↑男複与 < stórr「大きい」。

smám ⇡男複与 < smár「小さい」。


Þá mælti Jafnhár: “Hann smíðaði himin ok jǫrð ok loptin ok alla eign þeirra.”


mælti 過 3 単 < mæla「語る、言う」。さきほどまで segir, spyrr, segir と現在形の伝達動詞が続いたが過去に戻った。

Jafnhár (男) 単主「ヤヴンハール」。「等しく高き者、同じほど高き者」の意。この日本語は定訳ながらわかりにくいかもしれないが、前出のハールと比べて同じ高さ・尊さということ。そしてそういう名前なのになぜかハールよりも高い席に座っているのがおもしろい。

smíðaði 過 3 単 < smíða「作る」。

himin (男) 単対 < himinn「天」。

jǫrð (女) 単対「地」。

loptin (中) 単対・定 < lopt「大気、空」。

alla ↓女単対 < allr。

eign (女) 単対「財産、所有物」。

þeirra 3 中複属。「それらの」。複属では 3 性同形だが、ここでは himinn ok jǫrð ok loptin という混合集団を指すので中性複数。


[15] Þá mælti Gangleri: “Hvar er hǫfuðstaðrinn eða helgistaðrinn goðanna?”


hǫfuðstaðrinn (男) 単主・定「主たる場所、首府」。hǫfuð「頭、首」と staðr「場所」が複合しているだけ。

helgistaðrinn (男) 単主・定「聖所、聖地」。これも heilagr「聖なる」がついているだけ。

goðanna (中) 複属・定 < goð。


Hár svarar: “Þat er at aski Yggdrasils; þar skulu guðin eiga dóma sína hvern dag.”


svarar 現 3 単 < svara「答える」。また現在時制になった。

aski (男) 単与 < askr「トネリコ」。

Yggdrasils (男) 単属 < Yggdrasill「ユグドラシル」。「ユッグの馬」の意で、ユッグはオーディンの別名。

skulu 現 3 複「〜すべきである、することになっている」。

guðin (中) 複主・定 < guð。

eiga 不「所有する」。eiga dóma で「裁判にかける」の意。

dóma (男) 複対 < dómr「意見、判決」。

sína ↑男複対 < sinn。

hvern ↓男単対 < hverr「各、おのおのの」。

dag (男) 単対 < dagr。時間の対格。hvern dag で「毎日」。


Þá mælti Gangleri: “Hvat er at segja frá þeim stað?”


þeim ↓男単与。指示代名詞。

stað (男) 単与 < staðr。この文全体が「どんな場所か」とごく簡潔に訳されているが、省略せずに直訳すれば「その場所について語られるべきことは何ですか」。


[Þ]á segir [J]afnhár: “Askrinn er allra tréa mestr ok beztr; limar hans dreifaz yfir heim allan ok standa yfir himni.


前頁にあわせて Iafnhár を J- に改める。

askrinn (男) 単主 < askr。

allra ↓中複属。

tréa (中) 複属 < tré「木」。

mestr 最上級・男単主 < mikill。

beztr 最上級・男単主 < góðr。

limar (女) 複主「枝」(複のみ)。

hans 3 男単属。askrinn を受ける。

dreifaz 現 3 複「伸びる」。標準化つづりでは dreifask。

yfir 対格支配。「〜の上を」。

heim (男) 単対 < heimr「世界」。

allan ↑男単対 < allr。

standa 現 3 複「立っている」。

yfir 与格支配。「〜の上に」。さきほどと格が異なるのは、空間に「伸び広がる」対格と静止した位置に「立っている」という動詞の違いかと思われるが、次の文末の stendr yfir Niflheim も参照のこと。

himni (男) 単与 < himinn。


Þrjár rœtr trésins halda því upp ok standa afar breitt; ein með ásum, ǫnnur með hrímþussum, þar sem forðum var Ginnungagap; en þriðja stendr yfir Niflheim.


þrjár ↓女複主 < þrír「3 つの」。

rœtr (女) 複主 < rót「根」。

trésins (中) 単属・定 < tré。その木=ユグドラシルを指す。

halda 現 3 複「保つ」。

því 3 中単与。人称代名詞。指示対象は tré(it) で、やはりユグドラシルを指す。Dative of object (目的語の与格) と注があるが、Gordon and Taylor (§158) はこれも instrumental dative (具格的与格) と呼ぶ。

upp 副「上へ」。ここでは halda upp で「支える」の意。

afar 副「非常に」。

breitt 副「広く」。breiðr「広い」の中性単数の副詞用法。

ein 女単主 < einn「1 つの」。女性名詞 rót が省略されている。

með 与格支配。「〜とともに」。

ásum (男) 複与 < áss「神、アース神族」。

ǫnnur 女単主 < annarr「第 2 の」。やはり rót が省略。

hrímþussum (男) 複与 < 複主 hrímþursar「霜の巨人」。注のとおり -rs- が同化して -ss- となっている。

forðum 副「かつて、昔」。

Ginnungagap (中) 単主「ギンヌンガガプ」。「大口を開けた深淵」の意かと言われている。

þriðja 女単主 < þriði「第 3 の」。もちろん rót が省略。

stendr 現 3 単 < standa。

Niflheim (男) 単対 < Niflheimr「ニヴルヘイム」。前文と異なり、ここでは動詞が standa なのに yfir + 対格となっている。しかし前掲の Faulkes によるエディションでは yfir Niflheimi と読まれており与格である。この場合は前の説明で一貫することになる。


En undir þeiri rót er til hrímþursa horfir, þar er Mímisbrunnr, er spekð ok manvit er í fólgit, ok heitir sá Mímir er á brunninn; hann er fullr af vísindum, fyrir því at hann drekkr ór brunninum af horninu Gjallarhorni.


undir 与格支配。「〜の下に」。

þeiri 女単与。指示代名詞。関係節 er がかかるため rót についている。

hrímþursa (男) 複属 < hrímþursar。

horfir 現 3 単 < horfa「向く、向かう」。方向は til + 属格で示されている。その箇所に「er til = to which」と注があるがこれは勘違い。til は er ではなく明確に hrímþursa を支配しており、er は þeiri rót を先行詞とし関係節内では主語の役割をしている。もし to which としたら ‘under the root to which the frost-giants reaches’ となり、horfir = reaches は単数なのだから対応する主語がなくトンチンカンになってしまう。‘under the root which reaches to the frost-giants’ が正しい。

Mímisbrunnr (男) 単主「ミーミルの泉」。

spekð (女) 単主「知恵」。

manvit (中) 単主「知恵、理性」。

í 副「その中に」=ミーミルの泉の中に。

fólgit 過分・中単主 < fela「隠す」。主語=隠されているものは spekð ok manvit のはずなのに、動詞が単数の er で過去分詞も中性単数の理由は定かでないが、spekð と manvit がほぼ同義の言いかえなのでまとめて扱い、近いほうの manvit に一致させたためだろうか?

Mímir (男) 単主「ミーミル」。語順がわかりづらければ、Mímir heitir sá er á brunninn「その泉を所有している者はミーミルという名だ」のように並べかえると見やすい。

á 現 3 単 < eiga。前置詞ではないので間違えないように。

brunninn (男) 単対・定 < brunnr「泉」。

fullr 男単主「満ちている」。

vísindum (中) 複与 < 複主 vísindi「知識」。

fyrir því at「〜ということのために」。中単与 því は at 節を受けなおしており、与格支配の fyrir がそれを目的語にとることを明確化している。

drekkr 現 3 単 < drekka「飲む」。

brunninum (男) 単与・定 < brunnr。

horninu (中) 単与・定 < horn「角笛、角杯」。

Gjallarhorni (中) 単与 < -horn「ギャッラルホルン」。horninu に同格「ギャッラルホルンという角杯で」。ギャッラルホルンはヘイムダルがラグナロクのときに吹いて神々を呼び覚ます角笛の名でもあり、これが杯と同一のものであるかは定かでない。


Þar kom Allfǫðr ok beiddiz eins drykkjar af brunninum, en hann fekk eigi fyrir en hann lagði auga sitt at veði.


beiddiz 過 3 単・再帰 < beiða「乞う」。乞う相手が対格 (ここでは自明にミーミルなので省略されている) で、ほしい対象の物は属格に置かれる。再帰 -sk は「自分のために」という間接目的と解せる。

eins ↓男単属 < einn。

drykkjar (男) 単属 < drykkr「飲むこと」。語彙集には「drykkja [女] 飲むこと,一飲み」しか出ていないが、もしそれだとすれば drykkjar という形にはなれないし (斜格はすべて drykkju)、男性の eins も宙に浮いてしまう。これも著者の間違い。

fekk 過 3 単 < fá「得る」。

lagði 過 3 単 < leggja「置く」。

auga (中) 単対「目」。

veði (中) 単与 < veð「担保、代償」。


[51] Úlfrinn gleypir sólna.


úlfrinn (男) 単主・定 < úlfr「狼」。

gleypir 現 3 単 < gleypa「呑みこむ」。

sólna (女) 単対 < sól「太陽」。標準形は sólina だが、弱音節なので落とすこともできる。


Stjǫrnurnar hverfa af himninum.


stjǫrnurnar (女) 複主・定 < stjarna「星」。

hverfa 現 3 複「回る、消える」。

himninum (男) 単与・定 < himinn。


Þá skelfr jǫrð ǫll ok bjǫrg, ok geysiz hafit á lǫndin.


skelfr 現 3 単 < skjálfa「震える」。長い á なら i-ウムラウトで e になるのはおかしいのではないかと一見思われるが、これは l + f, m, p, g, k の前に立つ短い後舌母音 a が長くなるという現象が 13 世紀初頭に起こったため (Gordon and Taylor, §54)。前出の fela—fólgit も同様。

jǫrð (女) 単主。

ǫll ↑女単主 < allr。

bjǫrg (中) 複主 < bjarg「岩、山」。skelfr が単数だったので、こちらは同じ動詞が省略されているとみなせる。語順に忠実に、聞こえる順番に受けとれば、「そのとき震えるだろう、地のすべてが」までいったん言ってしまって、それから「そして山々も (震えるだろう)」と付け足す感じ。

geysiz 現 3 単・再帰 < geysask「突進する」。

hafit (中) 単主・定 < haf。

lǫndin (中) 複対・定 < land。


[53] Upp skýtr jǫrðunni þá ór sænum ok þá grœn ok fǫgr; vaxa þá akrar ósánir.


skýtr 現 3 単 < skjóta「撃つ、撃ち出す」。これも具格的与格をとる動詞。船の場合は「水面に浮かべる、進水させる」の意もあり、その拡張として捉えられるか。主語がない非人称用法で、いわば自然が「地を浮かべさせる」。

jǫrðunni (女) 単与・定 < jǫrð。

sænum (男) 単与・定 < sær「海」。

grœn 女単主 < grœnn「緑の」。次の fǫgr とともに、女性名詞 jǫrð に一致している。

fǫgr 女単主 < fagr「美しい」。

vaxa 現 3 複「成長する」。

akrar (男) 複主 < akr「畑」。

ósánir ↑男複主 < ósáinn「種をまかれていない」。sá「種をまく」の過去分詞に否定辞のついたもの。akrar を直接限定 (修飾) するというよりか、同格で述語的・副詞的に働いているかもしれない。

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 5

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 5「赤毛のエリクのサガ」(72–73 頁) の文法解説。前回までの 2 倍の長さになるため、既出の単語や変化形はなるべく省略を増やしていく。



Þorvaldr hét maðr.


Þorvaldr (男) 単主「ソルヴァルド (人名)」。

hét 過 3 単 < heita。


Eiríkr rauði hét sonr hans.


Eiríkr (男) 単主「エイリーク (人名)」。

rauði ↑男単主・弱 < rauðr「赤い」。定である人名を形容するため弱変化。

sonr (男) 単主「息子」。

hans 3 男単属。「彼の」。


Þeir námu land á Hornstrǫndum ok bjuggu at Drǫngum.


námu 過 3 複 < nema「とる」。nema land は文字どおりには「土地をとる・奪う」の意だが、「植民する」ということ。

Hornstrǫndum (女) 複与 < Hornstrǫnd「ホルン海岸 (地名)」。語彙集には Horn が中性としてこの後ろに Hornstrǫnd があげられており、strǫnd 単独では出ていないが、これの性は女性である。

bjuggu 過 3 複 < búa「住む」。強変化 VII 類 búa—bjó—bjuggu—búinn。byggja—bygði「住む」とはべつの動詞なので注意。

at 与格支配。「(場所) に・で」。

Drǫngum (女) 複与 < 複主 Drangar「ドランガル (地名)」。


Þar andaðisk Þorvaldr.


þar 副「そこで」。

andaðisk 過 3 単・再帰 < andask「死ぬ」。anda 単独では「息を吸う、生きる」。


Sigldi Eiríkr á haf undan Snæfellsjǫkli.


sigldi 過 3 単 < sigla「帆を張って進む」。

haf (中) 単対。

undan 与格支配。「〜に沿って」。

Snæfellsjǫkli (男) 単与 < Snæfellsjǫkull「スネーフェルスヨクル (地名)」。現代語読みでは「スナイフェルスヨークトル」。


Hann kom útan at jǫkli þeim, er heitir Bláserkr.


kom 過 3 単 < koma。

útan 副「外から」。ノルウェーを基準にして út「外へ=ノルウェー国外へ」、útan「外から=ノルウェー国外から、とくにアイスランドから」という用法があり、ここでも「アイスランドから出てきて」ということ。

jǫkli (男) 単与 < jǫkull「氷河」。

þeim ↑男単与。指示代名詞。このように関係代名詞の先行詞に指示代名詞を付すことは文法編 §27、より多くの実例は Chapman, Lesson 10 を参照。

er 関係小辞。関係節のなかでは主語の役割。

heitir 現 3 単 < heita。

Bláserkr (男) 単主「ブラーセルク (地名)」。


Hann fór þaðan suðr at leita, ef þar væri byggjanda.


fór 過 3 単 < fara。

þaðan 副「そこから」。

leita 不「探す」。現代語でも Google なり辞書なりで「検索する」ときこの動詞を使う。

ef 接「〜かどうか」。

væri 接・過 3 単 < vera。人が住める場所があるかどうかまだわからない仮想の話なので接続法。

byggjanda 現分・中単主 < byggja。現在分詞はつねに弱変化。land が省略されているので中性単数。「人が住んでいる」という注が与えられているが、ものすごく語弊があり、これではすでに現に人が住んでいる場所があるかどうか探したようである。しかしもしそういう意味であれば過去分詞で bygt と言われたはずだから、ここは「住むような、住むべき」ということ。参考までに 2 種の英訳を示す:‘to discover whether the land was habitable there’ (Jones 訳)、‘seeking suitable land for settlement’ (Kunz 訳)。


Þat sumar fór Eiríkr at byggja land þat, er hann hafði fundit ok hann kallaði Grœnland, því at hann kvað menn þat mjǫk mundu fýsa þangat, ef landit héti vel.


þat ↓中単対。指示代名詞。

sumar (中) 単対「夏」。期間の対格。

er 関係小辞。先行詞は land þat。

hafði fundit 過完 3 単 < finna。

Grœnland (中) 単対「グリーンランド (地名)」。

því at「というのは、なぜなら」。

kvað 過 3 単 < kveða「言う、話す」。言う内容が続く対格不定法構文で示されている。

menn (男) 複対 < maðr。これは主語ではなく fýsa の目的語。

þat 中単対。指示代名詞。対格不定法構文の対格主語。ef 節=その国がグリーンランドという魅力的な名前をもつこと、を指す。

mjǫk 副「大いに、とても」。本書の訳文では訳し落とされている。

mundu 過去不定詞 < munu「〜だろう、かもしれない」。過 3 複と同形だがそうではなく、対格不定法構文の動詞。

fýsa 不「〜したい気にさせる」。助動詞 mundu に従えられているので不定形。非人称動詞で、対格目的語 (ここでは menn) をとってその人を促す。

þangat 副「そこへ」。

landit (中) 単主・定 < land。

héti 接・過 3 単 < heita。もしの話なので接続法。

vel 副「よく」。よく名づけられる=よい・魅力的な名前をもつ。


Svá segir Ari Þorgilsson, at þat sumar fór hálfr þriði tøgr skipa til Grœnlands ór Breiðafirði ok Borgarfirði, en fjórtán kómusk út; sum rak aptr, en sum týndusk.


下宮『案内』ではこの文のまえに 3. と番号が置かれ区切られている。この一文は前掲 Jones 訳では第 2 章末にあるが、Kunz 訳ではなぜか存在しない。

segir 現 3 単 < segja。

fór 過 3 単 < fara。主語は 25 隻の船だが、文法的には (hálfr þriði) tøgr という単数名詞のため動詞も単数。

hálfr ↓男単主「半分の」。

þriði ↓男単主「第 3 の」。

tøgr (男) 単主「10 個の集まり」。10 個ずつのグループの 3 つめが半分だから 25。

skipa (中) 複属 < skip「船」。

Grœnlands (中) 単属 < Grœnland。

Breiðafirði, Borgarfirði いずれも (男) 単与 < -fjǫrðr。

fjórtán 不変化「14」。skipanna (中) 複属・定「その船々のうちの」が省略されている。

kómusk 過 3 複・再帰 < komask「目的地に着く」。

út 副「外へ、外国へ」。出航地点はノルウェーではなくアイスランドだが、行き先がやはりノルウェーから見て外地のグリーンランドだから使われているのだろう。

sum 中複対 < sumr「いくつかの、ある」。非人称動詞 reka の目的語なのでこちらは対格。中性なのは skip が中性だから。

rak 過 3 単 < reka「押し流す」。aptr「戻って」があるので「押し戻す、押し返す」ということ。

sum 中複主 < sumr。こちらは主格主語。

týndusk 過 3 複・再帰 < týna「失う」。受動の意味の再帰態。

samedi 21 août 2021

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 4

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 4「ハラルド美髪王」(71 頁) の文法解説。



Haraldr, son Hálfdanar svarta, hafði tekit arf eptir fǫður sinn.


Haraldr (男) 単主「ハラルド (人名)」。

son (男) 単主「息子」。人名の属格形 (ここでは Hálfdanar) とともに使う場合は sonr にはならない (Chapman, Lesson 2)。

Hálfdanar (男) 単属 < Hálfdanr「ハールヴダン (人名)」。

svarta ↑男単属・弱 < svartr「黒い」。冠詞を伴っていないが、意味的に定である固有名詞を修飾しており弱変化。冠詞を補うとしたら Hálfdanar ins svarta。

hafði tekit 過完 3 単 < taka「とる」。tekit は過去分詞の中性単数で、このように完了形を作るときの中性の過去分詞をとくに完了分詞 (スピーヌム) と呼ぶ。

arf (男) 単対 < arfr「遺産」。

eptir 対格支配。「〜の後に」。

fǫður (男) 単対 < faðir「父」。

sinn ↑男単対。(再帰) 所有代名詞「自分の」。


Hann hafði þess heit strengt at láta eigi skera hár sitt né kemba fyrr en hann væri einvaldskonungr yfir Nóregi.


hafði ... strengt 過完 3 単 < strengja「固める」。

þess 中単属。指示代名詞。at 以下を予示する。at じたいは語形変化しようがないので、それを先取りして指示代名詞の属格形で示すことによって、heit にかかるという文中での役割がはっきりする。

heit (中) 単対「約束、誓約」。

láta 不「〜させる」(英 let)。

eigi 副。否定辞。

skera 不「切る」。

hár (中) 単対「髪」。skera と kemba の共通の目的語。

sitt ↑中単対 < sinn。

接「〜もない」(英 neither)。

kemba 不「くしけずる」。

fyrr 副「以前に」。次の比較を導く en とともに、「〜するより前に」の意。

en 接「〜より」。

væri 接・過 3 単 < vera。この接続法は、主文の時点ではまだ実現していない仮定上のできごとを表すため。

einvaldskonungr (男) 単主「統一王、単独王」。

yfir 与格支配。「〜の上に、全体に」

Nóregi (男) 単与。


Han[n] átti margar orrostur ok eignaðisk land alt.


hann 3 男単主。n が 1 つ足りていないが、『案内』では修正されている。

átti 過 3 単 < eiga「所有する」。ここでは「(勝利を) 得た」ということ。

margar ↓女複対 < margr「多くの」。

orrostur (女) 複対 < orrosta「戦い」。

eignaðisk 過 3 単・再帰 < eignask「所有者になる」。eigna 単独では「割りあてる、帰属させる」の意で、間接目的語の -sk によって「自分に割りあてる=所有する」ということ。

land (中) 単対。

alt ↑中単対 < allr「すべての」。


Þá tók Haraldr konungr laugar.


þá 副「そのとき、それから」。

tók 過 3 単 < taka。Cf. 英 take a bath。

konungr (男) 単主「王」。Haraldr に同格でこれを説明する語。

laugar (女) 複対 < laug「入浴」。


Hann lét þá ok greiða hár sitt, en áðr hafði verit óskorit ok ókembt tíu vetr.


lét 過 3 単 < láta。

greiða 不「整える」。

en áðr 接「〜する前には、するまでは」。

hafði verit 過完 3 単 < vera。完了によって主文の過去時制より前のことであるとはっきりしている。

óskorit 中単主 < óskorinn「切られていない」。この中性より主語は hár sitt「彼の髪」であることがわかる。

ókembt 中単主 < ókembðr「くしけずられていない」。理論上は -ðr が基本形だが、意味的に hár「髪」のことしか指しようがないので、この中性形 -t 以外には用例がないようだ。

tíu 不変化「10」。

vetr (男) 複対。期間を表す広がりの対格「10 年のあいだ」。


Nú var hann kallaðr Haraldr hinn hárfagri.


副「いまや」。

var 過 3 単 < vera。

kallaðr 過分・男単主 < kalla。

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 3

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 3「アイスランドの植民」(70 頁) の文法解説。今回からは既出の単語は説明を簡略化していく。



Frá [Í]slands bygð (A.D. 870)


frá 与格支配。「〜について」。

Íslands (中) 単属 < Ísland「アイスランド」。下宮・金子ではアクセントが抜けているが、下宮『案内』では直っている。

bygð (女) 単与「居住、植民」。

A.D. = anno domini「主の年に」。これはもちろんアイスランド語ではなくラテン語であるが、興味があるかもしれないし同時に学ぶ価値はあるので説明しよう。domini は (男) 単属 < dominus「主、主人」、anno は (男) 単奪 < annus「年」で、これは時間の奪格であってアイスランド語では与格にあたる。直訳すれば (á) ári herrans となろうか。このように基本的な文法カテゴリが重なっているため、ラテン語を学んでおくことは古アイスランド語にも役立つ。両者の共通点としては今回までに出てきた内容だけでも、性数格の変化と一致は言うまでもなく、期間を表す対格と時点を表す与=奪格といった基本的な格の用法、中性単数が副詞として使われること、接続法が間接話法に使われるほか主文では願望を表すこと、を指摘しうる。のちの回に出る対格不定法構文もまたラテン語と同様のものである。


Ísland bygðisk fyrst ór Nóregi á dǫgum Haralds ins Hárfagra.


Ísland (中) 単主。

bygðisk 過 3 単・再帰 < byggja「居住する、植民する」。受動の意味の再帰態。

fyrst 副「最初に」。形容詞 fyrstr「最初の」の中性単数対格で副詞として用いられている (文法編 §32)。

ór 与格支配。

Nóregi (男) 単与 < Nóregr。

á 与格支配。

dǫgum (男) 複与 < dagr。ここでは「時代、治世」の意。

Haralds (男) 単属 < Haraldr「ハラルド (人名)」。

ins 冠・男単属。

Hárfagra 男単属・弱 < hárfagr「髪の美しい」。主格に直せば Haraldr inn Hárfagri「ハラルド美髪王」(「王」という語はないが、慣習に従ってそう呼んでおく)。


Ingólfr hét maðr Norrœnn, er sannliga er sagt at fœri fyrst þaðan til Íslands, þá er Haraldr inn Hárfagri var xvi vetra gamall, en í annat sinn fám vetrum síðar.


Ingólfr (男) 単主「インゴールヴ (人名)」。

hét 過 3 単 < heita「〜という名である」。

maðr (男) 単主。主文の主語。

Norrœnn ↑男単主「ノルウェーの」。

er 関係小辞。ここでは「彼 (インゴールヴ) について」というところか。

sannliga 副「真実らしく」。-liga は副詞を作る接尾辞で (文法編 §32)、形容詞 sannligr「真実らしい」に対応する。弱変化の中性単数対格とも解せる。

er sagt「言われている」。

at 接。

fœri 接・過 3 単 < fara。間接話法の接続法。

þaðan 副「そこから」。

til 属格支配。

Íslands (中) 単属 < Ísland。

þá 副「そのとき」。

er 接「〜のとき」。

Haraldr inn Hárfagri (男) 単主。

var 過 3 単 < vera。

xvi 不変化。ローマ数字の 16。アイスランド語でつづれば sextán。

vetra (男) 複属 < vetr「冬」。

gamall 男単主「古い、年とった」。Haraldr に一致。

en 接「しかし、一方」。

í 対格支配。

annat ↓中単対 < annar「第 2 の、べつの」。

sinn (中) 単対「回、度」。

fám ↓男複与 < fár「いくつかの」。

vetrum (男) 複与 < vetr。冬でもって年を数えるのが中世ゲルマンの言いかた (森田『アイスランド語文法』73, 133 頁)。ここには「分量を表す instrumental dative」と注記されているが、いくぶん大雑把な説明。Instrumental dative (具格的与格) というのは——典型的には——skjóta, kasta「投げる」や stinga「突き刺す」など道具を用いて行う動作についてその道具のことを言い、たとえば skjóta や kasta は投げられる石や槍などを——対格ではなく——与格にとって「石を投げる=石でもって投げるという行為を行う」のような表現をするが、この与格のこと。ギリシア語でも λίθοις βάλλειν「石を投げる」と与格で言う。他方、ここで使われている fám vetrum というのは、比較級とともに「数年だけ」後であるという、差異の程度を示す「差異の与格」(dative of difference) と呼ぶのが正確だろう (Nedoma, Kleine Grammatik des Altisländischen, S. 130)。これは現代アイスランド語にもある (e.g. einum degi fyrir jól「クリスマスより 1 日まえ」、Neijmann, Colloquial Icelandic, p. 199)。またギリシア語でも差異の与格で ὀλίγοις ὕστερον ἔτεσι「数年後」、ラテン語ではまだ奪格が与格と分かれていたため「差異の奪格」で paucis post annis のように言う。

síðar 副「以後、その後」。-ar は比較級語尾で、最初に来たときから見てさらに数年だけ後ということ。


Hann bygði suðr í Reykjarvík.


bygði 過 3 単 < byggja。

suðr 副「南に」。

Reykjarvík (女) 単与「レイキャヴィーク (地名)」。


Í þann tíð var Ísland viði vaxit í miðli fjalls ok fjǫru.


þann ↓男単対。指示代名詞。

tíð (男) 単対「時間、時代」。期間を表す広がりの対格。í þann tíð で「この時代、当時」。

var 過 3 単 < vera。

Ísland (中) 単主。主語。

viði (男) 単与 < viðr「森、木」。木でもって繁茂していたということ。これこそ具格 (助格) 的与格に違いないが、なんで前の注では instrumental dative と英語で言ったのに今度は漢字なのだろう。

vaxit 過分・中単主 < vaxa「成長する」。性数は Ísland に一致している。var vaxit は過去完了であり、変化を表す自動詞なので完了の助動詞に vera が使われている (ドイツ語の war gewachsen と同じ)。

í miðli「〜の間に」。2 語でいわば複合前置詞と考えるなら属格支配。miðli そのものは名詞 miðill「間」の与格からきている。

fjalls (中) 単属 < fjall「山」。

fjǫru (女) 単属 < fjara「海岸」。

vendredi 20 août 2021

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 2

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 2「アイスランド発見」(69 頁) の文法解説。



Svá er sagt, at menn skyldu fara ór Nóregi til Færeyja.


svá 副「その・このように」。

er 現 3 単 < vera。形式主語はなく、いわば at 節が主語。

sagt 過分・中単主 < segja「言う」。

at 接「〜ということ」。英語の that 節と同様の働きをする。

menn (男) 複主 < maðr「男」。

skyldu 接・過 3 複 < skulu「〜すべきである、するはずだ」。これまた本書の文法編では説明されていない事項だが、これは間接話法なので接続法になっている。ただしそれは厳格な規則ではなく、「接続法と直説法は間接話法においてしばしば一貫せず交替する」と言われている (Gordon and Taylor, §168)。

fara 不「行く、旅する」。

ór 与格支配。「〜から」。

Nóregi (男) 単与 < Nóregr「ノルウェー」。

til 属格支配。「〜へ」。意味から考えると対格にしたくなりそうだが、これは名詞から来ている前置詞のため。すなわち独 Ziel「目標;目的地」と同じ名詞から発しており、属格名詞を従えて「〜の目的で」という言いかただった。属格支配の前置詞にはこういうものが多い。

Færeyja (女) 複属 < 複主 Færeyjar「フェーロー諸島」。諸島なので複数のみ。


En þá rak vestr í haf ok fundu þar land mikit.


en 接「しかし」。

þá 副「そのとき、そこで」。

rak 過 3 単 < reka「(船を) 押しやる、漂流する」。注のとおり非人称的に使われている。

vestr 副「西へ」。

í 対格支配。漂流するというのは海の外から中へではなく海の上でのできごとなのに対格なのは、方向というよりも移動という側面が肝要なのだろう。実際たとえば「海で死ぬ」というように静的な動作の場合には deyja í hafi と与格になる。

haf (中) 単対「海」。í haf「海の中を」といってもべつに水中ではなく、むしろ平面的な「海という領域」の中と考えれば納得しやすい。「海へ出る」というときも次の文の sigla という動詞を使って sigla í haf (または á haf) と言う。

ok 接「そして」。

fundu 過 3 複 < finna「見いだす」。

þar 副「そこに、そこで」。

land (中) 単対「土地」。

mikit ↑中単対 < mikill「大きい」。


Ok er þeir sigldu af landinu, fell snær m[i]kill á fjǫll, ok fyrir þat kǫlluðu þeir landit Snæland.


er 接「〜するとき」。

þeir 3 男複主。人称代名詞「彼らは」。

sigldu 過 3 複 < sigla「帆を張って進む」。出帆したということ。

af 与格支配。

landinu 中単与・定 < land。

fell 過 3 単 < falla「落ちる、降る」。

snær (男) 単主「雪」。

mikill ↑男単主「大きい」。ここでは「多量の」の意 (日本語でも「大雪」と言う)。本文では míkill となっているがこれは誤字 (下宮『案内』では直っている)。

á 対格支配。「〜の上に・へ」。

fjǫll (中) 複対 < fjall「山」。

fyrir 対格支配。「〜のために・ゆえに」。

þat 中単対。指示代名詞「そのこと」。前文の内容=大雪が積もったことを指す。

kǫlluðu 過 3 複 < kalla「呼ぶ」。

landit (中) 単対・定 < land。

Snæland (中) 単対「雪国」。


Þeir lofuðu mjǫk landit.


lofuðu 過 3 副 < lofa「賛美する」。

mjǫk 副「大いに、非常に」。


Svá sagði Sæmundr prestr inn fróði.


sagði 過 3 単 < segja「言う」。

Sæmundr (男) 単主「セームンド (人名)」。

prestr (男) 単主「司祭」。Sæmundr に同格の称号。

inn 冠・男単主。

fróði 男単主・弱 < fróðr「賢い、学識ある」。冠詞があるので弱変化。

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 1

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年) 第 3 部テキスト編は、日本語で書かれた古アイスランド語の読本——あまりにも選択肢が少ない——としてはもっとも親切であるには違いないが、マイナな領域の常として、まったくの初心者が挑むには依然としていくらか飛躍がある。言語学の学生が読むにはこれでも十分なのかもしれないが、これより易しい古ノルド語 (古アイスランド語) の解説書が邦語にはないなかで、北欧神話やサガなどに関心をもつ一般の読者が好奇心から学びたいと願うとき、最初に手にとる本としてはかゆいところに手が届かないと評さざるをえない。

そこで本稿では、この読解の文章を順番に取りあげて、各単語の文法情報をひとつひとつ同定し、文法の基本を学んだ人なら誰でも正確な解釈ができるように解説を加えていく。ラテン語などでは一般的に行われている教えかたであり、同じように語形変化の著しい言語を読むさいにはつねに倣われるべきプロセスである。

文法情報は以下のとおり略記して示す:1) 名詞については「(男) 単主」、形容詞・代名詞・数詞は「男単主」のように、性・数・格をこの順番に記す。名詞の性は単語ごとに決まっていて、形容詞などの語形変化とは性質が異なるので括弧書きしている。形容詞については特記なきかぎり強変化とする。また、↑や↓という矢印があるのは、直前直後の名詞などを修飾しそれに一致した変化であることを意味する。2) 動詞について、直説法はいちいち断らない。「過 3 単」のようにあればそれは直説法の過去 3 人称単数であると理解されたい。

今回は「1. 主の祈り,ことわざ」(68 頁) を扱う。とはいえこの文章を最初に配することには疑問なしとせず、興味のない読者はむしろこれを飛ばして 2. から読んでもよいと思う。本書にも sá þú ert í hifni = qui es in caelis と注があるように、ラテン語の原文を敷き写ししたような古ノルド語的でない構文や、命令法・接続法への偏重、それからことわざという概してあまり典型的でない語順をもつ、文脈を欠く短文を読ませるといった点については、より優先すべき事項があるのではないかと思わされる。主の祈りという題材じたい、中世北欧に関心を寄せる読者が第一に興味をもつようなものではないのに、『エッダとサガの言語への案内』と改題された新版でも 1 番に置かれている。この採用はまったく比較言語学的な関心から行われたもののように見える (現に引用元は Prokosch のゲルマン語比較文法である)。



Mat. 6 : 9. Faðir várr, sá þú ert í hifni, helgisk nafn þitt.


faðir (男) 単主。ここでは呼格的に「父よ」。

várr ↑男単主。所有代名詞「私たちの」。

男単主。指示代名詞。ラテン語の関係代名詞 qui が裏にあるが、このような用法は文法の部では説明されていない。

þú 2 単主。人称代名詞「あなたは」。

ert 現 2 単 < vera。

í 与格支配。静的な場所を表す「〜に、で」。この前置詞の選択には in caelis というラテン語原文の影響がありそう (続く 10 節の á hifni の注も参照)。

hifni (男) 単与 < himinn「天」。標準的には himni とつづるが、ここでは mn が異化によって fn になっている (cf. Gordon and Taylor, §69)。

helgisk 接・再帰・現 3 単 < helga「聖化・聖別する」。主文の動詞。ここでは受動を表す再帰態で、かつ接続法によって願望を表しており、「聖なるものとされますように」の意。

nafn (中) 単主「名前」。主文の主語。

þitt ↑中単主。所有代名詞「あなたの」。


10. Til komi þitt ríki. Verði þinn vili, svá á jǫrð sem á hifni.


til 副。次の koma とともにイディオム的に用いられ、「生じる、到来する」の意。

komi 接・現 3 単 < koma。til とあわさって、接続法なので「到来しますように」の意。

þitt ↓中単主。所有代名詞「あなたの」。

ríki (中) 単主「王国」。主語。

verði 接・現 3 単 < verða「なる、成就する」。これも願望の接続法。

þinn ↓男単主。

vili (男) 単主「意思」。主語。

svá 副「そのように」。後の sem と呼応して、「sem 以下のように」の意。

á 与格支配。「〜の上で」。

jǫrð (女) 単与 < jǫrð「地」。本書の語彙集には ‘dat. jǫrðu’ とだけ書いてあり文法の部にも説明がないが、与格には jǫrð もある (Gordon and Taylor, §87)。もしこれが対格だとしたら直後の á hifni ときれいに対照しない。

sem 接。「〜のように」。

á 与格支配。9 節では í hifni だった前置詞がここでは á になっているのは á jǫrð との対比のためだろう。じつは 9 節のほうも á とする異読があるようだ (出典の Prokosch は括弧で併記している)。

hifni (男) 単与 < himinn。


11. Gef oss í dag várt dagligt brauð.


gef 命・2 単 < gefa「与える」。命令 (依頼) の相手はもちろん神。

oss 1 複与。人称代名詞「私たちに」。

í 対格支配。期間を表す「〜に」。

dag (男) 単対 < dagr「日」。ここでは í dag で「今日」の意味で用いられている。

várt ↓中単対 < várr。

dagligt ↓中単対 < dagligr「日々の」。

brauð (中) 単対「パン」。


12. Ok fyrirlát oss várar skuldir, svá sem vér fyrirlátum várum skuldunautum.


ok 接「そして」。

fyrirlát 命・2 単 < fyrirláta「許す」。「人の与格に・物事の対格を」という構文をとる (cf. Zoëga, A Concise Dictionary of Old Icelandic)。

oss 1 複与。与格と対格が同形だが、上の理由から与格とわかる。

várar ↓女複対 < várr。

skuldir (女) 複対 < skuld「罪、債務」。

svá 副。

sem 接。svá sem の呼応は 10 節と同様。

vér 1 複主。人称代名詞「私たちが」。

fyrirlátum 現 1 複 < fyrirláta。やはり許す相手は与格。

várum ↓男複与 < várr。

skuldunautum (男) 複与 < skuldunautr「罪・債務を負う者」。対格目的語の「罪を」は繰りかえしになるので省略されている。なお下宮・金子では skuldu-nautum のようにハイフンが入っているが、これは辞書で切れ目を表示するのでもなければ不要で、新版の下宮『エッダとサガの言語への案内』では消えている。


13. Ok inn leið oss eigi í freistni. Heldr frels þú oss af illu.


ok 接。

inn 副「中へ」。前置詞句 í freistni だけで「〜の中へ」を表せているので冗長なように見えるが、これが現代語も含めたノルド語流で、頻繁に見られる。静止した地点の「中で」なら inni + í + 与格、どこどこの「上へ」なら upp + á + 対格など、さまざまなバリエーションがある。

leið 命・2 単 < leiða「導く」。後に eigi があるので否定命令「導くなかれ」。

oss 1 複対。人称代名詞「私たちを」。

eigi 副。否定辞「〜ない」。

í 対格支配。方向を表す「〜へ、の中へ」。

freistni (女) 単対「誘惑、試み」。この名詞は弱変化 īn-幹で、単数ですべての格が同じ形 freistni。しかしこの変化は本書の文法には載っておらず不親切。

heldr 副「むしろ、そうではなくて」。前文を受けて「誘惑に引き入れるのではなくて」、そのかわりに以下のことをむしろしてくださいということ。

frels 命・2 単 < frelsa「解放する」。

þú 2 単主。命令文で動詞の直後に置かれることがあるが、前文までのようになくてもよい。

oss 1 複対。

af 与格支配。「〜から」。

illu (中) 単与 < illt「悪」。形容詞 illr「悪い」を名詞として使ったもの。


ことわざ 1. Af hreinu bergi kemr hreint vatn.


af 与格支配。

hreinu ↓中単与 < hreinn「清らかな」。

bergi (中) 単与 < berg「岩」。

kemr 現 3 単 < koma。i-ウムラウトで語幹の母音が e になる。主文の動詞。

hreint ↓中単主 < hreinn。

vatn (中) 単主「水」。主文の主語。


2. Aldri er góða vísa of opt kveðin.


aldri 副「決して〜ない」。

er 現 3 単 < vera。

góða ↓女単主 < góðr「よい」。

vísa (女) 単主「詩」。主語。

of 副「あまりに」。

opt 副「しばしば」。

kveðin 過分・女単主 < kveða「言う、話す」。これは上の er とともに受動態の意味だが、やはり説明されていない。


3. Svín fór yfir Rín, kom aptr svín.


svín (中) 単主「豚」。

fór 過 3 単 < fara「行く」。

yfir 対格支配。「〜を越えて」。

Rín (女) 単対「ライン川」。

kom 過 3 単 < koma。ことわざとして引き締まった文体のために接続詞なしに 2 文が続いており、前半をあたかも従属節かのようにして定動詞 kom がこの位置にある。

aptr 副「戻って、ふたたび」。下宮『案内』のほうではなぜか語彙集から誤って消されている。

svín (中) 単主。後半の主語。