lundi 29 juin 2015

Hélix『古フランス語 18 課』第 3 課

Laurence Hélix, L’Ancien français en 18 textes et 18 leçons, Armand Colin, 2014 をもとにまとめた résumé.  諸注意は最初のエントリを参照のこと.前回までのエントリ:第 1 課前半後半第 2 課前半後半


第 3 課 品質形容詞と副詞/音声の問題 Les adjectifs qualificatifs et l’adverbe / la question de phonétique


第 1 部 品質形容詞 Les adjectifs qualificatifs


名詞と同様,形容詞も AF では 2 つの格に曲用する.名詞との違いは中性形があることで,これはたとえば中性代名詞の属詞として用いられる.

AF では 2 つの型の形容詞を区別する:多いのは 2 形 biforme と呼ばれるもので,男性と女性で異なる形を示す.もうひとつは性無変化 invariable en genre で,男性と女性でほとんど同形である.


1. 2 形 (または「性変化」) 形容詞 Les adjectifs biformes (ou « variables en genre »)

2 形形容詞は多くラテン語の -us, -a, -um〔第 1・第 2 変化形容詞〕に由来する.男性と女性でそれぞれの 1 型名詞のように曲用する.中性は無変化で〔語尾に〕s をとらない.

男性単数男性複数女性単数女性複数中性
主格bonsbonbonebonesbon
斜格bonbonsbonebonesbon

注意:過去分詞 participe passé はすべてこの型の変化をする;第 8 課で詳しく見るが,分詞 perduz の例を示しておく.

男性単数男性複数女性単数女性複数中性
主格perduzperduperdueperduesperdu
斜格perduperduzperdueperduesperdu


2. 性無変化形容詞 Les adjectifs invariables en genre

2 形形容詞には 3 つの特徴があることを見た:1. 男性で e をとらない;2. 女性で e をとる;3. 1 つしか語基 base をもたない.そういうわけで「性無変化」形容詞のなかで 4 つの型を区別する習慣である:1 型と 2 型は男性形が -e (1 型) または -re (2 型) で終わる;3 型は女性で e をとらない;4 型は 2 つの異なる語基をもつ.

―〔1 型:〕男性が -e の形容詞

男性単数男性複数女性単数女性複数中性
主格sagessagesagessagessage
斜格sagesagessagesagessage

変遷:AF と FM のあいだで,この型はほとんど変化しなかった;sage, jeune, noble, amable (FM aimable), humble 等々は今日も両性で語末の e をもつ.

―〔2 型:〕男性が -re の形容詞

この型は男性主格単数で s がないことで前者〔=1 型〕と区別される.しかし男性名詞 2 型 (pere, frere, ...) と同様,この形容詞も,ほかの形容詞との類推 analogie によって,男性主格単数で s をとる傾向がある.

男性単数男性複数女性単数女性複数中性
主格povre(s)povrepovrepovrespovre
斜格povrepovrespovrepovrespovre

変遷:前者と同様,FM で両性とも語末の e を保っている.

―〔3 型:〕女性で -e がない形容詞

この型の代表例の大部分は,ラテン語ですでに男性と女性が同形であった通性 épicène 形容詞に由来している.

男性単数男性複数女性単数女性複数中性
主格granzgrantgranzgranzgrant
斜格grantgranzgrantgranzgrant

変遷:中世以来,女性の語末に e がないのは話し手には奇妙に思われたらしく e が加えられた.FM では,grand-mère のような若干の決まった連語において,grant/d が無変化であった名残を残している.

―〔4 型:〕2 つの語基をもつ形容詞

2 つの語基をもつ形容詞の大部分は,ラテン語の総合的比較級 comparatif synthétique [訳注] からきている;これらは AF でそれほど数は多くないので,使用頻度の高いものを記憶するとよい:graindre/graignor, mieudre/meillor, mendre/menor, maire/maior, pire/peior.  このカテゴリはまた,形容詞として用いられた若干の普通名詞を含む.

男性単数男性複数女性単数女性複数中性
主格graindregraignorgraindregraignorsgraignor
斜格graignorgraignorsgraignorgraignorsgraignor

変遷:〔3 型の〕grant や fort と同様,女性の語末に e がないのは中世の人々には奇妙に感じられたらしい.

[訳注] 語基に男・女性 -ior, 中性 -ius の接尾辞を付したり,まったく異なる語基を用いたりすることによって,1 語で比較級を表す形.対義語は分析的 analytique で,英語の more, 現代フランス語の plus + 原級形容詞のような,2 語による比較級の作りかたを指す.


第 2 部 古フランス語における副詞 L’adverbe en AF


副詞は AF でも FM と同様に無変化で,動詞や形容詞やほかの副詞の意味を修飾する語である.

1. -ment で終わる副詞 Les adverbes en -ment

仕方 manière の説明のさいラテン語では,mens, mentis, f. の奪格 mente とそれに一致する形容詞とからなる副詞句 locution adverbiale を用いた.

オイル語はロマンス語の多くと同様,この副詞句を継承したが,7–8 世紀ころ,形容詞と名詞 mente との一体化が起こった.例:bona mente > bonement.

無変化形容詞では,e のない女性形の改変に伴って,対応する副詞も改変された:fortment > fortement, grantment > grandement.


2. 副詞のその他の特徴 Les autres marques de l’adverbe

標識 -e

AF では多くの副詞が,語末に e のない形とある形の交替を示していた:or/ore, voir/voire, encor/encore, onc/onque, ...  かなり早い時期に,e のある形が副詞の「有標の marquée」形と感じられ,実際に語末の e は副詞の標識として現れた.

標識 -s

LC の副詞の多く (minus, magis, plus, ...) と,postius や *alioris のような後期ラテン語 bas latin のほかの副詞の形は,s で終わる.これらは現代に保たれている:moins, mais, plus, puis, ailleurs.  その頻繁さのために,この s は中世に副詞の標識と考えられ,類推作用を及ぼした.たとえば semper に由来する *sempre は,ラテン語に存在しない語末の s を伴った sempres の形で AF に現れる.

NB : 語末の e と s を兼ね備えた onques, ores, lores の形もしばしば見られる.

標識 -ons

前置詞 a と -ons で終わる名詞からなる副詞句:a genoillons, a tatons, a chatons, a reculons, a croupetons.  この形は AF ですでにまれであり,FM ではなおさらである:「手探りで à tâtons」や「後ずさりして à reculons」の決まり文句にのみ残っている.


第 3 部 歴史音声学の問題 La question de phonétique historique


〔音声変化の〕法則を学ぶまえに,ロマンス語学者 romaniste の音声記号 alphabet phonétique, より正確にはブルシエ Bourciez の記号,に親しんでおく必要がある.これはのちの課で説明するが,いまは以下の慣習を覚えてほしい:

  • ラテン語とフランス語の語は下線 souligné またはイタリック italique にする.例:manducare または manducare ;
  • 音声転写 transcription phonétique は角括弧 crochet droit に入れる.例:[mandukare] ;
  • 記号 > は「に達する aboutit à」を意味する.


第 4 部 読解と翻訳:マルコ・ポーロ Marco Polo『世界の記述 Le Devisement du monde』(1298) (省略)


第 5 部 応用練習 (省略)

dimanche 28 juin 2015

Hélix『古フランス語 18 課』第 2 課後半

Laurence Hélix, L’Ancien français en 18 textes et 18 leçons, Armand Colin, 2014 をもとにまとめた résumé.  諸注意は最初のエントリを参照のこと.前回までのエントリ:第 1 課前半後半第 2 課前半


第 2 課 (承前)


第 2 部 知っておくべき接続語 Les mots de coordination à connaître


1. ET, ラテン語 etiam (「もまた aussi」,「すら même」) に由来

中世の et は非常にしばしば FM の接続詞 et に対応する.しかしこの時代にはさまざまの要素が等位接続された coordonné ので,今日の言語では et をあてられない場合もある.
  • 文頭の et はしばしば副詞 alors に相当する.例:Atant se leva. Et il prist la pucele par la main. (その瞬間彼は目覚めた.それで彼はその娘の手をつかんだ)
  • Et はラテン語の語源となる語 etiam の意味を保っていることがある.例:Et je sai ou il converse. (私もまた彼がどこに住んでいるか知っている)
  • Et は軽い逆接 adversatif の意味のことがある.例:Vos deüssiez combatre et de vos deduire toz jorz pensez. (あなたは戦わねばならないだろうに,あいかわらず楽しむことを考えている)

2. NE, ラテン語 nec に由来する,否定的文脈の接続語

否定的文脈 contexte négatif において et は ne に交替することがあり,ちょうど FM で et が ni に置きかわることと同じである.ただし AF ではその文脈は完全な肯定でないというだけで十分である (たとえば疑問の interrogatif あるいは仮定の hypothétique 文脈).

例 1 (疑問):Quel deables a ce dit a cest vilain ne de quoi s’entremet il ? (どんな悪魔がそんなことをあの野郎に言い,そしてあいつはなにをやらかそうというのか)

例 2 (否定):Je ne vos sai plus dire, ne je n’i os plus demorer. (私はあなたがなにをこのうえ言うのか知らないし,私はこれ以上ここにとどまるつもりはない)

NB : 接続詞の ne を否定の副詞 ne と混同しないこと.


3. MAIS (または mes), ラテン語 magis (「より多く plus」,「むしろ plutôt」) に由来

FM と同じく AF でも mais は 2 つの文の対立を表す.一定の文脈では mais はまた説明 explication や正当化 justification を導き,FM の「つまり cela dit」や「もっとも,たしかに……だが d’ailleurs」にあたる.

例:Il set bien que vos le querez, mais vos nel trouverez point, se il ne viaut. (彼はよく知っている,あなたがそれを探しているが,彼がそれを欲しないならばあなたはそれを見つけられないだろうことを) Mais tant me comenda il que je vos deisse que por noiant vos travailliez de lui querre. (もっとも,彼は私に対してあなたに言うことを命じた,あなたが苦労してそれを探しても無駄であるということを)

NB : 語源 magis の意味は AF において ne ... mais の表現を説明している (〔現代語の〕ne ... plus).


4. AINZ (または einz), ラテン語 ante (「前に avant」) の比較級 *antius に由来

語源から ainz は「前に avant」,「以前に auparavant」という時間の意味をひきついでいる.この意味 (「より早く plus tôt」) から「むしろ plutôt」の意味は容易にわかるし,さらに強い逆接の意味「まったく反対に bien au contraire」にもなる.

例:Ma vie ne me plaist point ; ainz pri Deu que la mort me doint. (私の人生は私を満足させない;それどころか私は神に,私に死を与えてくれるよう頼む)

NB : ainz の同義語に ainçois (または einçois) がある.13 世紀以降 ains というつづりも見かけるようになる.


5. CAR (または quar), ラテン語 quare (「なんとなれば c’est pourquoi」) に由来

Car は FM と同様 AF でも原因の causale 意味をもつ.文の副詞をして用いられることもある:節のはじめに置かれて,命令法または勧告の exhortatif 接続法の動詞の前で,命令をさらに強める.

例:Car conseilliez ceste chaitive ! (この不幸を助けてくれ!)


6. OR (または ore), ラテン語 *hac hora (「この時に à cette heure」) に由来

語源と同様,AF の or は時間の意味をもつ (意味は現在).文脈によっては直前の過去 passé immédiat および近い未来 futur proche のこともある.命令表現の前では,or は本来の意味 (「いま」) または,car のように強調 insistance の意味もある.

例:Or joing tes mains ! (さあ手をあわせなさい)

NB : or の現代の意味は中世の終わりに現れる.


第 3 部 読解と翻訳:ジャン・ダラス Jean d’Arras『メリュジーヌ物語 Le Roman de Mélusine』(1393–1394) (省略)


第 4 部 応用練習 (省略)

Hélix『古フランス語 18 課』第 2 課前半

Laurence Hélix, L’Ancien français en 18 textes et 18 leçons, Armand Colin, 2014 をもとにまとめた résumé.  諸注意は最初のエントリを参照のこと.前回までのエントリ:第 1 課前半後半


第 2 課 名詞と格の用法/接続語 Les noms et l’emploi des cas / les mots de coordination


第 1 部 名詞の曲用と格の用法 La déclinaison des noms et l’emploi des cas


1. 名詞の曲用 La déclinaison des noms

古フランス語 (AF) では古典ラテン語 (LC) のように名詞は曲用する se décliner が,AF には 2 つの格しかないので単純である:ラテン語の主格 nominatif に由来する主格 CS と,対格 accusatif に由来する斜格 CR である.また中性 genre neutre もないため簡単である:AF には男性名詞 nom masculin と女性名詞 nom féminin しかない.

― 男性名詞

AF には 3 種類の男性名詞がある.1 型 type 1 はもっとも多く,たいていラテン語の第 2 曲用に由来するものでただ 1 つの語基 base をもつ.単数主格と複数斜格では語根 radical に s が加わる (例:mur-s, moulin-s).しかし語根の末子音は s のつくとき修正を受けることがあるので注意せよ;例:port + s > porz.

男性 1 型単数複数単数複数
主格mursmur porzport
斜格mur mursportporz

無変化の特殊な場合:語根がはじめから s または z で終わっている cors, tens, mois のような語は曲用しない.「無変化 indéclinable」語はすべて,それが FM に残っている場合には,無変化のままである.

非常に少数の語が 2 型 type 2 を形成する:pere, maistre, frere 等々は 4 つの形に対して同一の語基をもつが,1 型の名詞に比べると単数主格で s をとらない.すべて -re で終わることに注意せよ (しかし sire や emperere のように,-re で終わっても 2 型でない名詞もある).

男性 2 型単数複数単数複数
主格pereperearbrearbre
斜格pereperesarbrearbres

NB : 単数主格に peres の形を見ることもまれではない.これは類推現象 phénomène d’analogie である:AF には 1 型の名詞が非常に多いので,中世の人々は本来つかない語にも s をつける傾向があった.

3 型 type 3 の名詞は 2 つの異なる語基をもつ特徴がある.たとえば ber/baron, cuens/conte, huem/home, niés/neveu のように,日常語の多くはこの型であり,ふつう -ere (単数主格) または -eor(s) (その他の格) で終わる:emperere/empereor(s), contere/conteor(s), travaillere/travailleor(s), ...  3 型の名詞はすべて男性の人間を意味する.

男性 3 型単数複数単数複数
主格sireseigneurenfesenfant
斜格seigneurseigneursenfantenfanz

NB 1 : 中世の接尾辞 -ere/-eor はラテン語の -ator/-atorem からきており,FM の接尾辞 -eur に対応する.

NB 2 : 複数では,やはり語末の t に s が続くとき z に変わる.


― 女性名詞

女性名詞も 3 つの型にわけられる.1 型がもっとも多い;たいていラテン語の第 1 曲用に由来し,ただ 1 つの語基をもち,e で終わり,複数では s がつく.1 型の名詞では主格と斜格の区別がない:唯一の区別は,s のない単数と s のある複数との対立だけである.

女性 1 型単数複数単数複数
主格damedamesfillefilles
斜格damedamesfillefilles

2 型の名詞は,語基は 1 つだが,e 以外の文字で終わり,それは子音または é である.単数主格と複数で語末に s がつく.

女性 2 型単数複数単数複数
主格maisonsmaisonsveritezveritez
斜格maisonmaisonsveritéveritez

NB 1 : 男性 1 型と同様,s または z で終わる女性名詞も無変化である;例:paiz, croiz.

NB 2 : -é の女性名詞はすべて 2 型であり,単数主格と複数で z で終わる.

3 型の女性名詞は男性と同様 2 つの異なる語根をもつ.数はそれほど多くはない.

女性 3 型単数複数単数複数
主格nonnenonnainssuerserours
斜格nonnainnonnainsserourserours


2. 格の用法 L’Emploi des cas


主格はその名詞が節の主語 sujet であるときまたは主語の属詞 attribut であるとき用いられる.呼びかけ apostrophe における名詞の大部分もまた主格である (しかし例外も多い).

例:Li mesagier errent par vaus et par montaignes. (使者は山を越え谷を越え旅する) 動詞 errer の主語 li mesagier は複数主格である.

斜格はそれ以外の機能すべてに用いられる:直接目的語 COD, 間接目的語 COI, 名詞の補語 complément du nom, 状況補語 complément circonstanciel, 等々.

例 1:La tor del chastel esgarde. (彼は城の塔を見る) 直接目的語 la tor (女性 2 型) と名詞の補語 del chastel (男性 1 型) が斜格である.AF ではしばしばあることだが,代名詞主語 il は明示されず COD が動詞に先行している.

例 2:Messire Gauvains cele nuit en une forest jut. (今夜ゴヴァン殿下は森のなかで休む) 時の補語 complément de temps である cele nuit (女性 2 型) と場所 lieu の補語である en une forest (女性 2 型) が斜格である.

Hélix『古フランス語 18 課』第 1 課後半

Laurence Hélix, L’Ancien français en 18 textes et 18 leçons, Armand Colin, 2014 をもとにまとめた résumé.  諸注意は最初のエントリを参照のこと.前回のエントリ:第 1 課前半


第 1 課 (承前)


第 2 部 細かいが重要な事柄:AF における si の語 Tout petit mais essentiel : le mot si en AF


Si は LC で「そのように ainsi」を意味する副詞 sic に由来する.これを従位接続詞 se と混同してはならない.後者は AF において条件の従属節を導入し,FM の接続詞 si に相当する.中世のテクストのあらゆるところに現れ,si は非常にさまざまの語義と用法をもっている.


1. 語源の意味:「そのように」,「こうしたしかたで」 Valeur étymologique : « ainsi », « de cette manière »

Si は語源〔本来〕の意味を保っていることがある.すなわち様態の副詞で,AF の同義語に副詞 issi と ainsi がある.例:Si entra en la maison. (このようにして彼は家に入った)


2. 時間の意味:「次に」,「それから」 Valeur temporelle : « puis », « alors »

複数の行為が継起する文において,si は puis, alors に近い意味,さらに単純に et の意味をもつ.例:Li chevaliers s’est esveillez, si l’ad veüe. (騎士は目覚め,それからそれを見た)

NB : こうした時間の意味は,si が quant のような時の接続詞と相関するときはっきりする.例:Quant ele l’oï, si suspira. (彼女はそれを知ったとき,ため息をついた)


3. 強調の意味:「非常に」,「それほど」 Valeur intensive : « tellement », « si »

この意味は FM にもある.非常にしばしば,強意の si は接続詞 que で導かれる結果節 proposition de conséquence とともに働く.例:Estoit si esbahiz que ne pooit soner mot. (彼はとても仰天しており言葉を発されぬほどであった)

NB : si は接続詞 que と結合することがある.例:Il chaï envers, / si que la teste li seingne. (彼はあおむけに倒れた/そのため頭が出血した)


4. 結果の意味:「それゆえ」,「そういうわけで」 Valeur consécutive : « donc », « c’est pourquoi »

例:La damoisele estoit bele et bien fete. / Si la regarda Gauvains volentiers. (その娘は美しくよくできていた/それでゴヴァン殿下は彼女を喜んで見つめた)


5. 逆接の意味:「にもかかわらず」 Valeur adversative : « pourtant »

この意味は si が et とともに用いられるとよくわかる.例:Molt est sages, et si n’est pas voisous. (彼はとても賢い,それにもかかわらず先見の明がない)


6. 特殊な場合:si com の成句 Un cas particulier : la locution si com (autres graphies : si come, si comme, si cum, si cume)

この成句は比較の意味 valeur comparative (「と同様に ainsi que」,「のように comme」) または時間の意味 (「のときに comme」,「するあいだに tandis que」) をもちうる.

例 1 (比較の意味):Crestïens comence son conte, si com l’estoire le reconte... (クレティアンは話を始める,話がそれを語るように……)

例 2 (時間の意味):Si come il dormoit, une dame entra. (彼が眠っているときに,夫人が入ってきた)


第 3 部 若干の翻訳の指針 Quelques conseils de traduction


  • 翻訳するまえにテクストを全部読む:登場人物を特定し (少なくとも大づかみに) なにが起こるかを理解したあとなら文章を翻訳するのはより容易である.
  • 古風になった語や意味が変わった語を翻訳する:〔現代語の母語話者向けの例示のため省略〕
  • si, et, par, or のような小さな語を無視しない.これらはしばしば翻訳が難しいが,さまざまな節を論理的に配列しており,FM におけると同様 AF においても不可欠のものである.
  • chose, faire, dire のような非常に一般的であいまいな語の意味をなるべくはっきりさせる
  • 動詞の時制を調和 harmoniser させる:中世のテクストでは,著者たちは過去と現在とを行ったり来たりする習慣をもち,同じ段落のなかで,さらには同じ文のなかで,単純過去 (または半過去) と物語的現在 présent de narration [訳注] を交互に使う.これは FM では不可能なので,時制を一貫させること.
  • 時制の一致 concordance des temps を尊重する:AF では義務的でないが FM では強く要求される.
  • テクストの動きに従う:〔これも母語話者向け.節の順番はなるべく保つほうがよいが,S-V-C が今日では自然だということ〕
  • 翻訳を文脈にあわせる:〔テクストの種類と時代によって選ぶべき訳語は異なるということ〕
[訳注] 歴史的現在 présent historique に同じ.


第 4 部 読解と翻訳:オウムの物語 Le Conte du Papegau (15 世紀初頭) (省略)


第 5 部 応用練習 (省略)

samedi 27 juin 2015

Hélix『古フランス語 18 課』第 1 課前半

古フランス語の教科書は,日本語で書かれたものは数えるほどしかないが,解説がフランス語になることを許せば大小数えきれないほどのものがある.現代語であると古語であるとを問わず,学習人口の少ない言語では入門者向けの本がなく研究書や体系的なレファレンスにかぎられることがあるが,フランスで出版されている古フランス語の書籍のリストはかならずしもこれにあたらず,前者の種類の本も何種類かの選択肢がある.ここに紹介する本もそれで,文法事項を重要度と難易度に応じて少しずつ説明する漸進的なタイプに近い学習書である.

今回は,Laurence Hélix, L’Ancien français en 18 textes et 18 leçons, Armand Colin, 2014 をもとに古フランス語の学習を行う.非営利の勉強メモとはいえ著作権・翻訳権等の問題が気にかかること,また現実的な作業量を勘案して,原文の記述を適度に割愛した résumé である.読解演習の節はいっさい扱わず,また文法説明の節の例文については古文と日本語訳のみを示し,現代フランス語訳は再掲しないので,必要に応じて原書を参照されたい.

凡例
  • カギ括弧「  」は原文の «  » である.ただし原文では «  » があってもカギ括弧を省略した場合もある.
  • 亀甲括弧〔  〕は訳者による補足で,原文にない語句や,原文を思いきって短くまとめた場合,またごく短い訳注を示すために用いた.
  • 丸括弧 (  ) はおおむね原文どおりだが,原語を示すためのものはもちろんそのかぎりでない.
  • ボールドは原文どおり.イタリック italique は,原文で古語やラテン語を示すために用いられているものは反映させていない.
  • 重要な用語はつとめて原語を併記しているが,それ以外にも非常にしばしばそうしてある.フランス語の原語を示すことが日本の読者のためになると考えられる場合や,訳者が訳語に確信をもっておらず誤訳を恐れた場合などがそうである.


第 1 課 古フランス語に出会おう À la rencontre de l’ancien français


古フランス語 (ancien français, 以下 AF) は現代フランス語 (français moderne, FM [訳注]) の祖先である.数世紀のあいだ,われわれの領土の大部分,ロワール川の北で話されてきた.それにもかかわらず AF はわれわれにとって難しい.この課ではわれわれの古い言語が同時にどれほど近くまた遠いかを見る:
  • AF では名詞 nom, 代名詞 pronom, 限定詞 déterminant, 形容詞 adjectif は曲用する se décliner.
  • 主語 sujet が動詞 verbe のあとに置かれることがある.
  • つづり graphie は固定されておらず,正書法 orthographe の概念が意味をもたない.
  • AF は複数の言語である:この呼び名の裏に複数の方言,たとえばシャンパーニュ語 le champenois, ピカルディ語 le picard, ワロン語 le wallon, アングロ・ノルマン語 l’anglo-normand があり,それぞれ音韻 phonétiques, 書字法 graphiques, 語彙 lexiques が異なっている.
[訳注] 17 世紀から 19 世紀までの近代フランス語 français moderne と,20 世紀以降の現代フランス語 français contemporain とを区別する著者もあるが,ここでは「現代」ととってよかろう.


第 1 部 中世のフランス語の異質さ L’étrangeté du français médiéval


1. 曲用の言語 Une langue à déclinaisons

FM では名詞はふつう単数 singulier と複数 pluriel の 2 つの形態しかとらない.しかし AF では単数・複数の対立に加えて格の casuelle 対立があり,主格 (cas sujet, CS) と斜格 (cas régime, CR [訳注]) を区別する.このことをよく理解するために,2 つの抜粋を『獅子の騎士 Chevalier au Lion』から見る.イヴァン Yvain の題でも知られ,クレティアン・ド・トロワ Chrétien de Troyes の 1176 年から 1180 年のあいだの作である.

[訳注] Cas régime は被制格と訳すのがもっとも正確だろうが,要するに主格以外の格のことなので,わかりよい斜格 cas oblique とする.
Li chevaliers ot cheval buen / Et lance roide. (主格) : 騎士はよい馬と/硬い槍をもっていた.
Le chevalier siudre n’osai (斜格) : 私はその騎士にあえて従わなかった
どちらも単数なのに,統語上の問題で形を変えている:前者では li chevaliers は動詞 ot (avoir) の主語であり,後者では le chevalier は動詞 siudre (suivre) の直接目的語である.

CS と CR の区別は冠詞と名詞だけではない.所有〔形容〕詞 possessif と指示詞 démonstratif, 品質形容詞 adjectif qualificatif, 代名詞 pronom もまた格に応じて異なる形をとる.これは 6 つの格をもっていた古典ラテン語 (latin classique, LC) の名残である.時の経過とともに,「俗ラテン語 latin vulgaire (VL)」と呼ばれる話し言葉のなかで,格の大部分は CS にあたる主格 nominatif と CR にあたる対格 accusatif の 2 つを残して消えた.

しだいに,とりわけ 12 世紀のはじめまでには,曲用はもはや尊重されなくなっていた:まず口頭で,それから文字上で,CS の形は CR の形にとってかわられた.おそらく話し手も書き手も,もっともよく使った形である CR を特別視したため,しだいに CS の形はほとんどまったく消えてしまった.中世の終わりまでには,残った区別は単数と複数の対立だけであり,これが FM に保たれている.


2. 語順は現代と大きく異なる Un ordre des mots bien différent du nôtre

語順は複雑な問題であり,韻律上の rythmique 理由には第 8 課で立ち戻る.ここでは『獅子の騎士』からもう 2 つの引用を見よう.文法上の主語に下線,動詞の活用形をイタリックで示す [訳注].

[訳注] 原文では AF の文全体がイタリックのため,動詞の活用形を太字 gras で示している.
An piez sailli li vilains, lues / qu’il me vit vers lui aprochier. 両足でヴィラン [訳注] は跳びあがった/私が彼のほうへ近づくのを見るやいなや.
Vers l’ome nu que eles voient / cort et descent une des trois. 彼女たちがちらと見る裸の男のほうへ/3 人のうちの 1 人が [馬から] 降りて走る.
[訳注] ヴィラン vilain は中世の農村に居住する自由平民のこと.

この 2 つの章句を見ると,主語は動詞の前の場合も後の場合もある.このことは 13 世紀まで文証されている attesté 統語現象を例示している:S-V-C の語順が従属節 proposition subordonnée 内では支配的であった一方で,C-V-S の語順が独立節 proposition indépendante および主節 prop. principale 内では支配的である.FM に保たれる S-V-C の語順はわれわれに親しいが,C-V-S は現代の読み手にとっては当惑させられる,というのもこれは中世の終わりには廃れ,現代の用法に対応しないからである.動詞の前に置かれた名詞がかならずしも主語でないことに注意せよ.


3. 正書法のない言語 Une langue sans orthographe

LC や FM に比して,AF は正書法をもたず,辞書も「よい慣用 bon usage」を定める文法も存在しない.中世の大部分を通して,確立された規則はなにもなかった.

あるテクストのうちで同じ語が異なる形に現れたとしても驚くべきではない.写本によってまた写字生によって,語は非常にさまざまの形で現れる.こうした状況において,AF の辞書に頼ることは困難である:どのつづりを信頼すればよいのか,どの見出し語を選べばよいのか,honor/anor/enor の語を探すには h を見るのでよいのか.


4. ひとつの言語と複数の方言 une langue et des dialectes

長いあいだフランス語は「複数的 plurielle」であり,多くの方言からなっていた.より正確には,AF と呼ぶものはオイル語 la langue d’oïl にあたり,これはロワール川の北で話されていた方言をまとめたものであった (オイル oïl は FM の oui にあたる).ロワール川の南ではオック語 la langue d’oc が話されており (oui にあたるオック語),これもまたガスコーニュ語 le gascon やプロヴァンス語 le provençal のような方言にわかれる.

本書ではオック語を取り扱わない.これはオイル語よりもラテン語に近く,すなわちゲルマン語の影響をあまり受けなかった.そのかわりに,AF の本格的な学習を始めるまえに知っておいてほしいのは,本書に現れる活用と曲用は,イル・ド・フランスで話され FM の直接の祖先になった「中央フランス語 français central」という方言に対応するということである.初学者は何々の方言の特質にかかずらって古語の学習を複雑にさせぬほうがよい.

mardi 23 juin 2015

松平・国原『新ラテン文法』練習問題解答 (旧 5)

松平千秋・国原吉之助『新ラテン文法』(東洋出版,1992) の羅文和訳問題の解答を順次作成していきます.前回までのリンク:第 III 課〜第 VI 課第 VII 課〜第 VIII 課第 IX 課〜第 X 課第 XI 課〜第 XV 課
  • 第 XVI 課,練習問題 30
  • 第 XVII 課,練習問題 32
  • 第 XVIII 課,練習問題 34
  • 第 XIX 課,練習問題 36
お気づきの点があればコメント欄またはメールにてお知らせください.


〔2022 年 4 月 8 日追記〕勝手ながら本日で掲載を終了いたしました。経緯と今後のことについては初回の記事にて簡単に触れております。

samedi 13 juin 2015

水谷『古典ギリシア語初歩』練習問題解答 (旧 4)

水谷智洋『古典ギリシア語初歩』(岩波書店,1990) の練習問題の解答を順次作成していきます.前回までのリンク:第 3 課〜第 4 課,第 5 課〜第 7 課,第 8 課〜第 9 課
  • 第 10 課,練習 10
  • 第 11 課,練習 11
お気づきの点があればコメント欄またはメールにてお知らせください.


〔2021 年 11 月 24 日追記〕なぜなのかは不明ですが先月ころより、これら水谷ギリシア語と松平・国原ラテン語の解答ファイルへの共有許可を求めるメールを Google Drive 経由で頻繁に頂いております。2015 年の公開以来 6 年間、ファイルのアクセス権限について私のほうでなにか変更をしたことはいっさいないのですが、突然そういうことがここ最近に生じました。もしかすると Google Drive のほうでなにか規定の変更があったのかもしれません。ともかくこれを機に、古い不完全なものの公開は取りやめてしまおうかと考えております。現在見られないかたは申し訳ないのですがそういうことでご了承いただき、いつか作りなおすまでお待ちくださるようお願いいたします。

〔2022 年 4 月 7 日追記〕上掲の古い解答ファイルをこのたび正式に公開終了としました。これに代わる新版として、最初から改めて解きなおし若干の解説を加えたものを「水谷『古典ギリシア語初歩』練習問題解答 (3)」の記事にて掲載しているので、今後はそちらをご参照ください。

mercredi 10 juin 2015

松平・国原『新ラテン文法』練習問題解答 (旧 4)

松平千秋・国原吉之助『新ラテン文法』(東洋出版,1992) の羅文和訳問題の解答を順次作成していきます.前回までのリンク:第 III 課〜第 VI 課第 VII 課〜第 VIII 課第 IX 課〜第 X 課
  • 第 XI 課,練習問題 20
  • 第 XII 課,練習問題 22
  • 第 XIII 課,練習問題 24
  • 第 XIV 課,練習問題 26
  • 第 XV 課,練習問題 28
お気づきの点があればコメント欄またはメールにてお知らせください.

ふたたび恐縮ですが,次回更新も 2 週間後の 6 月 23 日 (またはその翌日) とさせていただきます.更新予定は第 XVI 課から第 XIX 課までの 4 課ぶんです.


〔2022 年 4 月 8 日追記〕勝手ながら本日で掲載を終了いたしました。経緯と今後のことについては初回の記事にて簡単に触れております。

mercredi 3 juin 2015

水谷『古典ギリシア語初歩』練習問題解答 (旧 3)

水谷智洋『古典ギリシア語初歩』(岩波書店,1990) の練習問題の解答を順次作成していきます.前回までのリンク:第 3 課〜第 4 課,第 5 課〜第 7 課
  • 第 8 課,練習 8
  • 第 9 課,練習 9
お気づきの点があればコメント欄またはメールにてお知らせください.

なお,昨日更新の予定であったラテン語の第 4 回更新 (第 XI 課〜第 XIII 課) の準備もできているのですが,事情により公開日を来週の火曜 6 月 9 日に延期させていただきます.週 2 課 (以上) というペースは予定どおりで,あわせて第 XIV 課・第 XV 課も用意しますので,ご了承ください.


〔2022 年 4 月 7 日追記〕上掲の古い解答ファイルをこのたび公開終了としました。今後はこれに代わる新版として、第 8 課については「水谷『古典ギリシア語初歩』練習問題解答 (2)」、第 9 課は「水谷『古典ギリシア語初歩』練習問題解答 (3)」の記事をご参照ください。