dimanche 24 janvier 2021

ファイアーエムブレムヒーローズ 第 4 部考察——夢と現のあわい、ピアニーの嘘、そしてまた夢

神話の研究はむしろわれわれを矛盾した事実認識へと導くということを認めよう。神話のなかではあらゆることが起こりうる;そこでは出来事の継起がなんらの論理ないし連続性の規則にも従わないかのようである。すべての主語が任意の述語をもちうる;考えうるあらゆる関係が可能である。
(クロード・レヴィ゠ストロース「神話の構造」より,拙訳)

ヘンリー・スティーヴンズは、どちらが現実なのかについてそれほどの確信を持てなかった。ヘンリーには、ザールこそ現実の世界であり、地球とヘンリー・スティーヴンズは夢であると思えるときがたびたびあったのだ。
両方とも現実のはずがない! このふたつの人生の片方が現実であり、もう片方は奇妙なひとつながりの夢であるにちがいない。だが、どちらがどちらなのだ?
(エドモンド・ハミルトン「夢見る者の世界」より,中村訳)

はじめに


前回の記事「ファイアーエムブレムヒーローズ 第 3 部考察——世界の構造、ヘルの計画、そして主人公」に引きつづいて、この記事では FEH 第 4 部アルフ編について最近考えていたことをひとわたり述べてみたい。それはやはり「ファイアーエムブレムヒーローズ 古ノルド語用語辞典」執筆を契機としてこの物語を読みかえしたさいに、新たにわかったこととあいかわらずわからないこととをいったん整理してみたいと念じたためである。

夢の世界を舞台とする第 4 部の物語は、平行世界を行き来する第 3 部にも劣らずわかりづらい。1 ヶ月に 1 章ずつ更新されるものをただ漫然と追いかけるだけで全容を正しく把握するのはほとんど不可能だろう。第 2 部や第 3 部についても言えることだが、ふつうの人にとって 1 ヶ月まえに 1 度読んだだけの話を正確に記憶しておくことは難しく、FEH のシナリオの複雑さはこの更新ペースに適合してはいないように思われる。そういう意味では第 1 部のスカスカな展開はあれでソシャゲという媒体に適した的確な選択であったとも言える。しかしもちろんこのことは何度も読みかえすに値する深みやおもしろさとはトレードオフであって、天秤にかければやはり最近のよく練られたシナリオのほうを支持したいように思う。


前提条件


今回の考察を始めるまえに、どうしても注意しておきたいことが二、三ある。もっとも根本的な約束として、あくまで筋道立った理解をあきらめずに追求するということ。一見理不尽あるいは脈絡のないように思われる事柄が出てきたとしても、「夢だからなんでもあり」として整合的な理解を放棄する真似はしない。シャロンが「考えてもどうしようもない気がしますけど」と弱音を吐いたとき、毅然として「僕はそうは思わない」と答えたアルフォンス——実際にはエクラ——の態度 (5.3=これは 5 章 3 節に根拠をもつことを意味する、以下同様) に私たちは倣おうではないか。

なんでもあり、展開をどうにでもできるというのなら、この夢のなかでのエクラたちの戦いは、フロージとフレイヤの犠牲は、妖精たちの苦悩はすべて嘘になってしまう。そんなことはあってはならない。客観的に見ても、少なくとも彼ら彼女らの行いの因果は虚構ではなく、できごとの継起した順番に影響を発揮しているように思われる (時間の流れが一様でなくとも前後関係は不変)。それにピアニーが「あなたの夢」と再三言うとおり (2.1) この全体がエクラの見ている夢なのであれば、その主人たる彼/彼女は「夢のことでも現実的」な人物で (5.3)、「大人になってしまった」ために「夢は自由にできない」のだ (2.1)。フードをかぶった人物の行方も、フレイヤの悪夢も、夢を手っ取り早くどうにかしようとしてエクラが願ったことで問題が解決した例は作中にない。そしてほかの登場人物はそのエクラの夢に参与している以上、やはり夢を勝手に操作する権限はないようなのである。

もうひとつ公理として定めたいのは、実体のない悪夢——ブルーノ、スルト、ヘルなど——を除いて、夢のなかに登場している人物ひとりひとりがれっきとした実在する独立した人格であるということだ。いっさいがエクラの妄想というのではなく、作中で夢の世界はちゃんと存在し、そこに住まう妖精たちや神々は本物であると仮定する。「現実世界」に戻ったあとに召喚できるのだからこれは自然な想定だろう。それに何人もの人物をエクラ 1 人の頭のなかで動かしているというのも無理が大きい。

現実世界の住人であるシャロンやアンナやヴェロニカについても、その言動はエクラの想像に従っているのではなくて、——どういう仕組みかは不明だが——同時に眠っていた彼女らはいわばエクラが立てた夢のサーバにログインしており、それぞれ自身の判断で動いてしゃべっていると考える。ピアニーたちが本物である以上、同じ夢のなかで彼女らと会話したシャロンたちの記憶もやはり根拠のあるものとみなすべきだからである。さらに、チェンジリングの件 (8.3, 11.2–3) ではシャロン本人 (とフレイヤ) しか知らない事実を語ったのもその傍証である。ザカリアとの思い出を話せなかったように (6.5)、エクラが知らない知識が夢のなかで出てくるはずはない。


できごとの経過とその場所


それではまず復習を兼ねて、第 4 部の全 13 章で起こったできごとを整理して眺めてみたい。そのさい、見通しをよくするためにシナリオ終盤で語られる事実をいくつかあえて先取りしておこう。そのうち最重要の事実とは、第 4 部で繰り広げられる一連のできごとはその最初の最初からすべて夢のなかであったということ (11.5)、それから一貫してアルフォンスの姿をしている人物の正体はエクラであったということ (12.5)、この 2 点である。

それから、この物語では何度も夢のなかに潜ったり目覚めて浮上したりするが、このいわば「夢の階層」に番号をつけて呼ぶことにする。さきの指摘の第 1 点により、出発点となる階層がすでに現実ではないため、ここを「夢の K 層」というふうに名づけよう。そしてそこから深く夢のなかに入ったならば L 層、M 層という要領である (お察しのとおり、原子モデルにおいていちばん内側の電子殻が、さらに内側のある可能性を想定して「K 殻」と呼ばれたことにちなんでいる)。

以上の準備のもとで、第 4 部の各章節におけるロケーションとできごとのあらましを順番に列挙してみると、次のとおり:
  • 1.1–4|K 層・〜麦の穂の村付近|ロキと遭遇 (1.1)。ヘンリエッテから馥郁たる香炉をもらい使用するが、効果なく眠りに落ちる (1.4)。
  • 1.5–2.5|L 層・アルフ|ピアニーと出会う (1.5)。「エクラ」が行方不明になり、ピアニーの発案で「アルフォンス」が合流を念じるが現れず、解決のためフロージのもとを目指す (2.1)。スカビオサと遭遇、撃退後大きなベッドで眠る (2.5)。
  • 3.1|M 層・夢幻郷|フロージからグリンカムビの角笛をもらう。目覚めたあと「アルフォンス」だけが「エクラ」を見かける (3.1)。
  • 3.2–4.5|L 層・アルフ〜夢の門|プルメリアと遭遇、操られている「エクラ」を全員が目撃する (3.5)。シャロンが花畑の記憶をおぼろげに思いだす (4.3)。スカビオサと再戦、夢の門で角笛を吹き目覚める。フレイヤがフロージを連れ去り「夢現」が発生する (4.5)。
  • 5.1–5|K 層・麦の穂の村付近|目覚めると「アルフォンス」以外が夢の内容と召喚師の存在を忘れており、悪夢がアスク各地に出現 (5.1)。ピアニーと再会、彼女の力で全員が夢の記憶を取り戻す (5.5)。
  • 6.1–5|K 層・〜国境の霧の森|フロージ救出のためスヴァルトアルフを目指すべくルピナスを探しにいく途中、ヴェロニカと合流 (6.1)。スカビオサ・プルメリアがこの世界に来る (6.3)。「アルフォンス」がザカリアの思い出を失っていることに気づく (6.5)。
  • 7.1–5|K 層・国境の霧の森〜黄昏の岬|ルピナスと出会い、スカビオサと再戦 (7.1)。シャロン、ルピナスとも会った記憶を思いだす (7.3)。スカビオサと再戦、戦いをヴェロニカに任せて眠る (7.5)。
  • 8.1–5|L 層・スヴァルトアルフ|プルメリアと再戦 (8.1)。シャロン、チェンジリングの件を思いだし全員に明かす (8.3)。プルメリアに大打撃を与え、彼女は人間だったころの記憶を思いだす (8.5)。
  • 9.1–10.5|L 層・スヴァルトアルフ|スカビオサと再戦 (9.1)。スカビオサに大打撃を与え、生前の記憶を取り戻す (9.4)。フレイヤ、ブリーシンガルの首飾りでフロージを支配し、「すべての夢の王」となる (9.3, 5)。フロージ、力の半分を失わせるため自分を殺させる (10.5)。
  • 11.1–5|K 層・黄昏の岬〜|夢から覚めたのにフレイヤが出現、ピアニーとルピナスも理由がわからないと話す (11.1)。フレイヤ、ルピナスとシャロンの過去を語り、シャロンが卒倒する (11.2)。シャロン、すべての記憶を取り戻す (11.3)。プルメリアとの最終決戦 (11.4)。「アルフォンス」、いっさいが夢であることに気づく (11.5)。
  • 12.1–5|K 層・〜夢の門|「アルフォンス」、鋼の世界の白昼夢を見たあと、ルピナスの先導で夢の門を目指す (12.1)。スカビオサとの最終決戦 (12.4)。夢の門で角笛を吹くが効果がなく、「エクラ」との戦闘後「アルフォンス」がエクラであることに気づく (12.5)。さらにフレイヤ、本物のアルフォンスは死んでいると語る。
  • 13.1–4|K 層・アスク領内?|フレイヤ、エクラの力を認めて譲歩し、夢を続けるよう誘う (13.1)。シャロン、ピアニーの説得を受け花の指輪をもらう (13.3)。フレイヤとの最終決戦 (13.4)。
  • 13.5|J 層・麦の穂の村への道 (=1.1)|アルフォンスを含む全員が目覚める。ロキと遭遇。ピアニーと再会 (13.5)。

意味のあるイベントであっても以下の考察で触れる予定のないものはなるべく削ったが、それでも改めて一挙に眺めてみるとずいぶんいろいろなことが起きていることが実感される。ともかく、以上のメモを随時参考にしつつ、重要そうな点や不可解な点を洗いだしてみよう。


階層間移動の法則


エクラたち現実世界の人間が夢の階層間を移動するとき、下方向——さらに深い夢のなか——へ向かうときにはなんら支障がないが、逆に上方向で K 層以上、すなわち現実世界に移動するときには原則として夢のなかでのできごとの記憶を失うということが観察される (5.1, 13.5)。夢から目覚めるときには「妖精のことを忘れてしまう」ということはピアニーによっても確言されている (4.5, 13.3)。

しかしフロージを殺して現実に戻った場合 (11.1) だけはなぜか例外となっている:すなわち目覚めたシャロンが状況を正しく把握している。もちろんこれは実際には現実ではなかったわけだが、L 層から K 層への復帰という点、さらにどちらも「夢現」の発生後であるという点でも最初の帰還のとき (5.1) と同じである。強いて言えば、この 2 回めの場合にはピアニー・ルピナスがなぜか伴ってきている点が異なる。おそらく、またもエクラ以外全員が記憶をなくしているという展開を繰りかえすのは冗長なため、描写されていないところでピアニーの力で記憶を取り戻したのかもしれない。

フレイヤとの決着後、最後に到達する「J 層」についてはしばらく扱いを保留したい。というよりこの階層がはたして本当に現実なのかどうかこそがこの第 4 部最大の謎なのであって、フレイヤが脅迫の口実としたアルフォズルの宣告の真偽、言いかえるとアルフォンスの安否とても、ひとえにそこにかかっているのである。さきほど確認したとおり、J 層に浮上したとき特務機関の面々は記憶を失っているのだが、実際にはまだ夢であった K 層に浮上したときにもそれは同様であったのだから、夢の記憶がなくなったことは J 層が現実である証拠にはならない。

そこで問題含みの「J 層」の場合をいったん脇に置くとして残りの事例を観察してみると、作中の誰もはっきりそうは言わないため漫然と見ていては認識できない、きわめて興味深い 2 点の消極的な事実を指摘することができる。すなわち、出発点である K 層が現実世界に見せかけた夢であって、K 層以下はすべて夢の世界なのだから、ピアニーたち 4 人の妖精はいちども現実世界に現れたことがないということと、夢の世界で得た物品を現実世界に持ち出した例もいちどもないということである。作中の道行きでは夢の世界と現実のアスクとを行き来しているように見せているため気づきにくいが、整理してみれば結末の J 層以外はいっさいが夢のなかを舞台としているのだから明らかだろう。そして以下の論述でこれらの事実の含意を突きつめていけば否応なくわれわれは衝撃的な結論に導かれることになる。


ルピナスの所在とピアニーの嘘


まず第 1 の点に絡んで補足すると、ピアニーがルピナスを探しにいくさい、尋ね人は「国境の霧の森」に住んでいると彼女は思っている (6.1)。このときピアニーは特務機関の面々と同様、この K 層は現実であると考えていることは、終盤でアルフォンス=エクラがいっさいが夢だと喝破したときの驚きぶり (11.5) によって確かなように見える。したがって彼女の知識を信じるならば、彼女が会いに行こうとしたルピナスは「現実世界の」アスクとエンブラの国境をなす霧の森に住んでいるはずなのである。ではなぜ一行は、実際には夢のなかである K 層の霧の森でルピナスに出会うことができたのだろうか?

通常の場合のように夢が見ている者の妄想なのであれば、夢のなかで出会った知りあいが現実と違う場所にいたって変ではないのだが、妖精のこととなると事情が違う。ここで最初に置いた仮定のうちの 1 つ、すなわち妖精たちは実在の独立人格であるという公理が関係してくるわけで、彼女らは夢の世界で生きている存在である。人間ならぬ妖精に脳というものがあるかは定かでないが、ともかく妖精たちが個性をもって反応し思考・判断するその機構は各人に 1 つしかないはずだ。複数の階層で同時に存在した場合、夢の K 層でエクラたちが話しかけているのと同時に現実のほうでなにかべつのことが起こったらばそれにも対処する、というようなことは 1 つの頭・1 つの体ではできかねる。夢のなかと現実とでは時間の流れが大きく異なるようだから (4.3, 5.1, 11.1)、やってやれないことはないかもしれないが、そんな無理をする動機はない。ここはすなおにルピナスは現実世界にはおらず K 層の霧の森で眠っていた、とみなすのが妥当だろう。

するとピアニーの認識と実際のルピナスの所在地は食い違っていたことになる。どうしてそういうことが起きるか。ルピナスに会いにいくことになったのはフレイヤの引き起こした「夢現」の解決のためであって、これはフレイヤ以外誰にも予期できたとは思われない不測の事態である。であればルピナスは最初から夢の K 層に住んでいたのだ。にもかかわらずピアニーはそこが現実世界であるつもりで特務機関一行を霧の森に連れていった。「国境の霧の森」という空間座標は合っていたのだから、彼女のついた嘘は K 層を現実世界だと思っていたという点に帰着する。

ところでピアニーの行動には人間の目からするとひとつ不気味とも言える点がある。それはとりわけ一行がフロージの住む M 層に向かうため夢のなかの「大きなベッド」で眠ろうとしたときにもっとも顕著に見いだされるのだが、このとき彼女は全員が眠るまでそれを見守ったあと長々と独り言を言っている (2.5)。じつは本編全体を通して、ピアニーが眠る・眠ろうとするシーンというのはひとつもない。彼女はいつも起きていて、寝入る人間たちに「おやすみなさい」、目覚めた者たちに「おはようございます」と声をかける側なのだ (1.5, 2.5, 3.1)。なぜか。おそらく妖精である彼女は、階層間を移動するのにいちいち眠る必要はないからだろう。ついでに言えばスカビオサとプルメリアが K 層にある「ミズガルズのアスク王国」にやってきたときも同様で、移動のために眠りから覚めたというような様子はなかった (6.3)。

眠らずに階層間を随意に移動できる妖精である彼女たちが、自分のいる階層を把握できないということがあるだろうか。いやそもそも夢の世界の住人に、いまいる場所が夢なのか現実なのか判別できないというのはおかしいのではないか。この疑惑が的を射ているとすれば、ピアニーは最初から K 層が夢のなかであると知っていたことになる。にもかかわらず彼女はそれを隠し、アルフォンス=エクラの名推理には大げさに驚いてみせた、その理由はなんだろう。

この解明の手がかりになりそうなのは、もうひとつ彼女がはっきりと嘘をついたとわかる事例との比較である。嘘といっても悪意ではない。それは幼いころのシャロンに対し、「えいゆう」になるための夢の蜜をかわりに飲んでしまったという件のことで、人間としてのシャロンを守るための優しい嘘であった (13.2)。このように、ピアニーにはそれが善意であればまったくおくびにも出さず嘘を言って隠しとおすことができるという顔がある。子どもっぽい仕草が目立つが、本当の彼女は年齢不詳 (4.3) の大人であり、子どもたちを守ろうとする庇護者なのである。

この唯一の事例から敷衍することは勇み足かもしれないが、これ以外にヒントが見つからないので次のような想像を私の結論としておこう。すなわち、ピアニーが K 層を現実と偽った理由は、今回も誰かを守るためであった。その相手はおそらくエクラではなかったか。彼女が嘘で塗り隠そうとした内容、すなわち現実世界に見せかけた空間がじつは現実ではない、ということを知ってはいけなかった最大の人物は、フレイヤも言ったとおりアルフォンスの死から逃避しているエクラをおいてほかにない。夢であると認識しなければ角笛を吹こうなどと考えもしない。ピアニーはエクラの心を守るため、夢の世界からの脱出を阻むべく優しい嘘を弄していたのだ。

ちなみに、ピアニーは特務機関一行が最初に夢の世界を離脱するとき、相手が忘れる (5.5) のを織りこみ済みで「私はいつでもあなたたちのことを見守ってるから」という言葉をかけている (4.5)。これがたんなる社交辞令ではなく幾分かでも真実を含んでいるとすれば、フレイヤと同様に妖精たちはなんらかの方法で現実世界を認識・観察しているのだろう。あるいはフレイヤかフロージから教えられていたというのでもよいが、ともかく現実のアルフォンスの様子についてあらかじめ知っていることが可能だったと考えられる。


夢現の境界を越える存在


第 1 の消極的事実について言えることはもう少しあるが、ここで手短に第 2 の点の検討に移るほうが早道になりそうだ。これはあまりにもあたりまえの事実であるが、私たちは現実に所有しているものを夢のなかで使うことはできても、夢のなかで手に入れたものを目が覚めたら手に握っていた、などということが決して起こりえないのは論を俟たない。今回の物語におけるエクラたちについても当然同じことが成り立っている。

すなわち、フロージから授かった「グリンカムビの角笛」は M 層から L 層、L 層から K 層まで持って上がることができたが、最後の J 層では持っていることを確認できない。さらに言うと物語の冒頭——これも K 層だが——で手に入れた「馥郁たる香炉」(1.1, 4) についても、結末ではいっさい言及されていないことに気がつかれた人はいるだろうか。最初のときシャロンが咳きこみ、アルフォンスの口から「あまり馥郁たる…という香りではない」と語られたように、この香炉が焚かれていれば目が覚めたときに誰かが同じように反応してもおかしくなかった。王子・王女らが三日三晩眠りつづけていたのだから、もし謳われたとおりの効能をもつ香炉が実在するなら当然使われていたはずである。おそらくこの国宝は夢のなかの産物なのだ (と、とりあえず言っておこう。しかし後述するとおり J 層も夢なのであれば角笛・香炉ともに存在しても矛盾ではない)。

したがって、もし J 層が現実だとすれば、シャロンがピアニーからもらったお花で作った指輪だけが唯一の例外なのだ (13.3, 5)。しかしそれはおかしな話である。なぜ夢のなかでもらったものを現実で持っていなければならないのか。いくらファンタジーの世界でも、そんなことが可能ならあらゆる財物の価値がとっくに暴落してしまっているに違いなく、人が争う理由はなくなっているだろう (そういえばかつてエンブラの先代皇帝は「自国を豊かにしたいがため」というきわめて俗な理由で侵略をしているとみなされていた=I.9.5)。夢の世界には純真な子どもしか行けない? それならそんな子どもを使って持ち帰らせればいいだけの話である。その世界ではきっと子どもたちは繁栄をもたらす存在としてたいそう大事にされ、生前のプルメリアのように捨てられる子どもなどいないだろう。いや、現に持ち帰られた動かぬ証拠を見たならば大人だって信じざるをえないのだから、夢の世界の存在はとっくの昔にすべての世代の常識となっているだろう……。こんなことはまったく荒唐無稽、かつ作中の事実にも反しており、このような世界設定を破綻なく維持することはできない。

ゆえに結論は自明である。シャロンが花の指輪を持ち帰った以上、J 層は現実ではない。そしてこのことは第 1 の事実「妖精たちは現実世界に現れたことがない」ともぴったり符合している。フレイヤを倒して夢から覚めたあと、永劫の別れと思われたピアニーがあっさりと元気な姿を見せたとき (13.5)、まるでご都合主義の安易なハッピーエンドだと鼻白んだ人は多いのではなかろうか。しかし彼女が無事に現れたのはただたんに、J 層もまた夢の続きであるから難なく来ることができたという論理的な帰結だったのである。そう考えればひとつの例外もなく明快に事態を説明することができるし、しかもお粗末な大団円などではない、周到でいてさりげない伏線の張りめぐらされた精妙な因果とみなすことができる。妖精も指輪も、夢と現実の境界を越えたことは一度としてない。

夢がない結論だ、と思われたかもしれない。だが J 層もすべて夢だと主張しているのだから、むしろ正確に形容するなら「夢しかない」結論と言うべきか。そしてエクラはいまや K 層における以上に強固に守られた夢のなかで、アルフォンスのいる幸福な生活を再開している。それまで見ていたものを夢だと悟り、長い夢から覚めたという体裁を繕ってしまえば、それ以上にまた疑うことは心情的に難しくなるからだ。

もはや改めて付け加えるような新知見でもないが、アルフォンスの安否に関して私の結論は変わらない。エクラが一連の夢を見ていた訳も、ピアニーが無事で現れたことも、ルピナスの矛盾も花の指輪も、前の記事末尾で述べたようにフレイヤが思いつくはずのない発想も、すべてが一致して同じ推理を支持しており、その逆を示唆する材料はほとんど見あたらない。

しかしこう言ったからといって、私はアルフォンスの「出番」が今後なくなる日が来ると考えているわけではない。彼はおそらく今後もずっとメインストーリーの主人公でありつづけ、プレーヤーのまえに元気な姿を見せつづけてくれるだろう。ゲームの仕様としても「アスク王国の王子 アルフォンス」というユニットが使用不能になるということは考えがたい。だがその正体が夢なのか現実なのか、平行世界のなにかなのか、シナリオがどういった理屈をつけてくれるのか楽しみにしているのである。

エクラたちがアルフに向かう直前、リーヴとスラシルに対して戦神トールがその悲願をあっさりと叶えてみせ愕然とさせたとき、ロキはいみじくもつぶやいた、「すべてを叶えられるあの方にとっては、夢も現も同じ」と (異伝 5)。万物の創造主アルフォズルの支配下にあり、彼がすでに干渉を始めたこの世界は、もはや夢であろうと現実であろうと呼び名の違いでしかないのかもしれない。これまでの行論のとおり、アルフォンスは「現実には」死んでいることを私は確信する——だがその現実とはいかなる意味か? どの世界が現実であると決めようとすることが誰にとって意味をもつだろうか。

(さらに余談ながら、第 4 部終了後語られなかったルピナスが無事であるという問いあわせの結果を公式に得たという一種の盤外戦による情報も知られているが、これについてもアルフォンスやピアニーと同様の意味で、すべてが夢となった世界で今後も生きており退場したわけではない——したがって超英雄なども登場させられる——と解釈すれば私の推論と矛盾はない。)


不穏なる動乱の表徴、ロキ


最後に、ロキの話題が出たついでなので、第 4 部のまさに最初と最後 (1.1, 13.5) に現れて一字一句同じ会話を繰り広げるあのロキは、いったい何をしにきていたのかということについて一言しておきたい。とは言っても、いつも人を食ったような態度で煙に巻くあの怪人物について、その動機や目的をいくらかでも正確に推し量ろうとすることは現段階では無謀な試みである。そこで今回は、メタ的な話になってしまうが彼女の登場がシナリオ上どんな効果をもつかという視点も援用しつつお茶を濁すことにしたい。

まずロキの発言を書き写しておく。冒頭の K 層では特務機関がヘンリエッテから「眠り病」の話を聞いた直後、また結末の J 層では一行が 3 日間の眠りから覚めた直後に現れて、例の飄々とした口ぶりで「あらん。こんにちは。良いお天気ねえ。ご機嫌いかがかしら?」と声をかけてくる。これに対しアンナが「今度はいったい何を始める気!?」と糾弾すると、「私は何も。もし何かしたとしたら…それはあなたたちが知らない新たな世界…かしら、ねえ?」と思わせぶりな言葉を残す。この 2 つのセリフはどちらの登場機会でも一言一句そっくりそのまま同じである。しかし J 層の場合だけこれらに続けて「…あ、そうそう。お帰りなさい、エクラ。良い夢見たかしら?」という一言が付け加わる。

真っ先に注意できることは、言葉の上でどうも噛みあっていない部分があることだ。アンナはこれからロキが何かをやらかすと考えて「何を始める気」と問うたのに対し、ロキのほうは——仮定節のなかとはいえ——「何かしたとしたら」という過去形で返している。非過去で「するとしたら」と言ってもいいところである。これはおそらく、この時点ですでに特務機関が夢に囚われている (11.5)、つまりもう事態は始まっているということをロキが承知していることの現れ——作劇的には伏線——であろう。それで冒頭のほうは説明がつくが、結末の場合はどうかと考えてみると、やはり結末でも何か水面下でよからぬことが起こっていると思わされるのである。これもまた私が J 層を夢と考えることの補強材料となる (ただし、これには別の解釈もありえ、たとえば第 5 部のニザヴェリル侵攻に関してロキが裏で糸を引いているのであれば自然につながる)。

さて J 層はともかく K 層は確実に夢であったわけだが、この最初のロキはどういう存在か。もしこれがブルーノなどのように悪夢の幻影であったとすれば、戦闘後に消え去るはずだがそうはなっていない。では悪夢ではないにせよ夢のなかの架空の登場だったのか。そう考えるには片言隻句までぴったり同じ発言をしたことが足枷になる。つまりその場合エクラは予知夢を見たということになるからである。ロキに言葉を返すアンナやシャロンの反応だけなら、言ってしまえば典型的な売り言葉に買い言葉であるから、彼女らの性格をよく承知していれば予想するのは不可能でない。だがロキの発言、なかんずく「あなたたちが知らない新たな世界」という箇所はエクラがいきなり思いつく内容ではないように思われる。

にもかかわらず夢のロキは J 層のロキの発言を正確に先取りしていた。とすれば、——J 層が夢であるかどうかとは無関係に——この彼女はエクラからは独立した存在であるロキ本人だったのだと考えるべきだろう。じつのところロキは、特務機関が夢の世界に迷いこむ以前から、「悪夢の世界スヴァルトアルフ」が彼らの敵となることを認識していた (異伝 5)。ロキの能力の全貌はいまだによくわかっていないが、夢の世界を知っているならそこに行く方法も知っていたと考えるのは無理ではあるまい。彼女は特務機関に先回りし同じ夢のなかに入って謎めいた言葉をかけ、すべてが終わったあと 1 つ上の世界でまた同じことを言いにきた。……それが何を考えてのことかは判然としないが。

物語上、最初のロキの登場 (1.1) はこれから始まる夢の世界での苦難をほのめかす不穏なプロローグとなっている。では最後の場面 (13.5) はどうか。まさかこの結末を見て、ロキがまた出てきたから万事つつがなく一件落着、きれいに終わったと感じるプレーヤーは誰一人いないだろう。明らかに彼女の登場は、エピローグに一点の曇りあるいはしこりを残す、据わりの悪さを演出している。悪夢の女王は倒され、ピアニーは無事に戻り、エクラたちは全員そろって現実世界に帰還した、という表面上の結末の受けいれを留保させる働きが感じられる。前節までの作品世界内の根拠にもとづく論証とは別に、このロキの存在は今度は世界外から、額面どおりのハッピーエンドを否定させる毒を忍びこませているのである。

jeudi 14 janvier 2021

ファイアーエムブレムヒーローズ 第 3 部考察——世界の構造、ヘルの計画、そして主人公

選定行為は、すでに述べたように全的創造ではないので、神聖不可侵ではない。作者の選定した文面が訂正されなければならないことがある。この意味で選定結果(作品世界)は、作者の意図を超えている。このように作者の意図を超えているために、作者が書かずにおかれた部分も同様に、予め決定されている、と考えることに何ら不都合はないということになる。つまり作者の提示するテクストは、大きさの点でもディテールの点でも無限に広がった世界のほんの一部分を表現しており、ただし現に表現した部分に関しては原則として信頼できるという、自律的性格を持った装置だと考えることができるのである。
(三浦俊彦『虚構世界の存在論』より)

空間が断続的で有限である以上、エッダ神話における全体としての世界も、空間の一片あるいはその一片の総体であるにすぎない。古アイスランド語の heimr「世界」は、『詩のエッダ』にも『スノッリのエッダ』にも、「宇宙」の意味では現われない。エッダ神話は、完全で統一的な、そしてただ一つの独自な世界としての宇宙という観念が存在しないことを意味している。
(М. И. ステブリン゠カメンスキー『神話』より,菅原・坂内訳)

はじめに


『ヒーローズ』もまもなく 4 周年、すでにメインストーリーも第 5 部に入っていてものすごく時機を逸してはいるのだが、第 3 部ヘル編の物語の総ざらいと考察をここにしたためてみたいと思う。というのも先日「ファイアーエムブレムヒーローズ 古ノルド語用語辞典」という記事を書くにあたってストーリーを全面的に読みなおし、第 3 部が完結した 2019 年当時に読んだときには勘違いしていた点、理解が及ばなかった点があったことを痛感したためである。

本稿ではまず作中の記述から読みとられる死者の国をハブとした平行世界の構造について確認したあと、これらの異界すべてをあわせた全宇宙において限られた一意的な存在であるエイルとヘルの行動を軸として物語の展開を時系列順に整理する。この作業の過程で、ヘルの一見不合理な行動の理由を突きつめることで、私は隠された恐るべきヘルの真意にたどりつくことになった。続いて、もともと敵どうしであったスラシルがあれほどリーヴを深く信頼している背景についても検討を試みた。最後に、この世界においてリーヴが果たした大きな役割を評価するうちに、第 5 部序盤の現在までなお不明の謎、アルフォンスの安否について私なりに確信のある回答を得るに至った (そのかぎりではいまこそ提示すべき最新の話題だとも言える)。これらの発想の筋道を納得していただくべく、いくらかもどかしい行路にはなるが、まず何が疑問でありそれをいかにして解決するに至ったか一歩一歩議論を進めてみたい。


エイルとエクラの茶番劇?


第 3 部完結当時の私にとって、もっとも違和感があったというか腑に落ちないように感じていた最大の疑問点は、ヘルとの最終決戦の直前、13 章 3 節終幕から 4 節開幕にかけての、エイルがエクラと「二人きりで…話したいことがあるの…」と称して呼びだしエクラを殺す芝居を打つシーンであった。この直後、ゲームではいったん暗転が入り、そののちエイルがこの暗殺を成功と偽ってヘルに報告、ヘルはそれを信じたうえでエイルをも「もう不要だ」として消そうとするが、そこにアルフォンスが突入してきてエクラも無事だと明かしヘルが驚く、という流れである。だからちょっと見には芝居だと思ってしまった。

するとなぜエイルとエクラはこのような演技をする必要があったのか。2 人きりで話すということは、誰も観客がいないということである。エイルがしっかりと暗殺を遂行するようヘルに監視されていたわけではない。そうであれば報告の必要も騙される可能性もないからだ。ヘルも、アルフォンスたちも、この会話を見ていない。それなのになぜそんな茶番を……。理解しかねた私は、エイルがおちゃめにも実演を交えてヘルの計画を全員に説明したのかな、と補完して呑みこんでいた。

そうではなかった。これは現実に、エイルの過去に起こった事件の回想なのだ。そして特務機関に加入し私たちの仲間になっているあのエイルこそ、過去に実際にリーヴの世界のエクラを殺している下手人なのである。平行世界のエイルなどでもなく、まさにその手を血に染めた張本人なのだ。


世界にヘルはただ 1 つ


そのことを理解するには FEH の世界の構造——古典的な意味での宇宙論——そのものをも問題にせねばならない。メインストーリーにおいてアルフォンスたちが出会うかぎりでの最大の範囲となる世界の全体の構成とつながりのことである (エクラの召喚を考慮に入れるとさらに広い世界の連なりが必要となるが、それはいったん脇に置く)。

そこには少なくとも 2 つずつのアスクとエンブラがあることが、リーヴとスラシルの存在、および作中で訪れる滅びたアスクとエンブラの地によって証明されている。彼らは平行世界の存在であり、時間の点ではメインストーリーのアルフォンスたちより「数年後」(8.5) の未来を生きている。ここで便宜上、リーヴたちの世界を「世界 L」、他方メインストーリーのアルフォンスやエクラたちが生きている世界を「世界 A」と名づけることにしよう。これら 2 つの世界は、たどった歴史が異なるという以外は同一の形をしている (7.5)。

私はこれまで、世界 A にエクラやアルフォンスやヴェロニカらがいて、世界 L にもリーヴとスラシルを名乗るアルフォンスやヴェロニカやすでに殺されたエクラらがいるという事実から、当然に、彼らの仲間となるエイルや彼らを襲うヘルも世界ごとに存在するのだと考えていた (かねてよりエクラが数えきれないほどの同一人物を召喚していることもその考えを助長した)。L と A、2 つの世界では時間だけが数年ずれていて、そのため世界 L のヘルやリーヴらが世界 A のアルフォンスらを攻撃する、その間に世界 A のヘルはまだ侵略を数年先に控えており、世界 A のエイルはいまなお殺されつづけていて世には出ていない、と考えれば整合的に理解できる。この場合——卵が先か鶏が先かのパラドックスは棚上げするとして——、世界の系列はおそらく L と A だけではなくその前後にも無数に続き、自然数の濃度をもつのだろう、と。

が、事実はそうではない。世界 A と世界 L それぞれに存在し、それからまだ潜在的に可算個あるのは「アスクとエンブラ」(第 4 部以後の用語を使えばミズガルズ?) だけであって、ヘルは FEH 世界全体にたった 1 つしかないのだ。そして世界 A で死んだ者も世界 L で死んだ者も、まったく同じ共通のヘルに送られる。したがってそこの住人であるヘルとエイルもこの世界全体にたった 1 人しかいない。

なぜそうなるか。まず第 1 に——これが私が考えを修正するに至ったきっかけなのだが——、エイルによって死者の国ヘルには「あらゆる世界の死者がここに集まる」(6.1) と言われている。しかしこれは決定的な証拠ではなかった。「世界という言葉は多義的であって、これまでわれわれが使ってきたようにさまざまの異界を包摂する広い意味のそれと、アスク・ニフル・ムスペル・ヘルのように地続きでなく「扉」を介してつながる領域のひとつひとつを指す言いかたが可能であって、とくにアスクにおいて死んだグスタフ (4.5, 5.5) とムスペルの死者スルト (異伝 4) がどちらもヘルに行きついたという事例がある以上、後者の意味では複数の「世界」から死者が集まっていることはわかっているからである。

第 2 の根拠は、リーヴがアルフォンスと敵対する動機として著名な「死者の数の帳尻を合わせる」(9.5) という言葉である。彼は「異界で一人が死ねば、僕たちの世界の一人は死なずにすむ」と語っており、ヘルがそのようにしてくれるという約束を信じて彼女と契約しそのもとに降った将だ。彼と境遇を同じくするスラシルが「ヘルは本当に、私たちの世界を蘇らせてくれる?」と疑念を見せたさいには「ヘルにはその力がある」と請けあってもいる (11.1)。

このヘルの約束がまったくの出まかせとは考えられない。リーヴ=アルフォンスにとってヘルは、少なくとも父グスタフと妹シャロンとを直接その手で殺めた家族の仇であり、エクラやアンナ、そしてアスク国民全員の死の原因となった存在である (4.5, 9.5, 13.2)。打つ手がなくなりヘルからうまい話を持ちかけられたところで、契約などせず捨て身で食ってかかるほうが自然であり、そのような相手をあえて信用し下について働くには計り知れない葛藤があったろう。ましてアルフォンスは (第 3 部のみならず) 作中全編にわたり折に触れてその才覚を示しているとおりきわめて明敏な頭脳を有している。その彼がヘルの約束はたしかに履行されると判断したのだから、それだけの理由がなければならない。いやそれどころか、たとえヘルが内心では反故にしようと考えていたとしても、彼の目から見て客観的にヘルには履行する合理的なメリットもある (最低限、損ではない) と思われたはずである。

ではなぜヘルはこういう内容の約束をすることができたか。いまかりに死者の国も平行世界ごとに別々に存在して、世界 L の死者は世界 L のそこに送られ L の女王ヘルの力になる、一方で世界 A の死者は A のヘルのものになる、という構造だったとすれば、リーヴがアルフォンスの世界を襲って世界 A の人間を殺したとしても、リーヴの主人である L のヘルにはなんら得にならない。これではリーヴがいくら働いたところで、リーヴが蘇らせたい世界 L の死者とは関係がなく、「死者の帳尻」などあわせようがない。世界 L のヘルがリーヴの働きに報いるのは、彼女がすでに得ていた死者をただ返すことで、彼女にとってまったくの持ち出しになってしまう。するとリーヴの目から見てもこんな約束はとうてい信じられないであろう。これに対して、世界 L の死者も世界 A の死者も同じヘルのもとに至るのであれば、A の死者のかわりに L の死者を蘇らせるという契約は、リーヴが自分で働いたぶんだけ自分の稼ぎにしてよいという筋の通った契約になる。

これだけでヘル複数説を棄却する論拠としては十分と思えるが、ついで第 3 の理由もある。エイルが過去にアルフォンス・シャロンと出会っていた記憶をヘルによって消されていたことである (7.3, 8.3)。この知遇は世界 L でのことであって (9.3)、彼女が見知っていたのはリーヴと化すまえのアルフォンスと生前のシャロンであった。世界 L のアスクを訪れリーヴと話したことがきっかけで、その記憶を取り戻して世界 A のエクラに語るのだから、当然これは同一のエイルということになる。それにエクラたちの戦いの道行きをよくよく読めば、世界 A のアスク (4 章まで) からヘルに突入し (5–6 章)、そこからリーヴとスラシルの逃げた異界の扉を通って世界 L のアスク (7 章以降) に至るわけだから、同じヘルから A, L 両世界のアスクに通じていることがわかる。これは第 4 の、明白な証拠といえよう。

どうもわれわれは回り道をしたようである。この最後の 2 点だけで、死者の国は 1 つだということは明らか、制作側としてもこのことをもってシナリオは十分な説明を果たしたと考えていたのかもしれない。平行世界のヘルとエイルなどという誤解は生じようがないと。しかし言い訳になるがこの思いこみにはエクラによる召喚というこのゲームの根幹をなす仕組みも与っている。第 3 部が始まったその日からわれわれは英雄祭とそれに続く神階召喚 (2018 年 12 月) でエイルを何人でも召喚することができた。そこに複数のアスク、複数のアルフォンスという情報が飛びこんできて、エイルも平行世界の数だけいるのだと思ってしまった。いきおいエイルの回想——これが頻繁に挿入され時間を行き来することがまた理解を困難にする——も別のエイルの記憶、あるいは世界間の混線 (?) かなにかかと適当に折りあいをつけ、よくわからないまま話を読み進めてしまったのである。そのため先述の最初の 2 点の議論は、根本的に勘違いをしていることを認識しそれを修正して、ヘルは 1 つなのだという前提に立ったうえで改めてエイルの過去と現在、そして世界の構造を正しく把握するために必要な段階だった。


エイルのたどった道


話を戻すと、これでアスクとエンブラは複数あるがヘルはただ 1 つ、女王ヘルとエイルはただ 1 人しかいないとわかったので、今度は彼女らの行動を時系列に沿って見なおしてみよう。最初に女王ヘルは自分の力のため「幾千幾万もの命を持つ」生命の竜の末裔エイルを毎日毎日殺しつづけ、この苦痛によって同時に彼女を命令には絶対服従の従順な存在に仕立てあげた (6.1, 13.1)。そしてエイルの命が残り 1 つだけとなるとこの搾取を切りあげて、いずれリーヴとなるアルフォンスの世界 L への侵略を開始する。〔厳密にはその「二十年前」にもヘルはアスクを襲撃し、グスタフの父、つまりアルフォンスの祖父を殺しているが (2.1, 4.5)、これはエイルの出番とは関わらず以下の考察に影響しないのでこれ以上扱わない。〕

プレーヤーが本編序盤で目撃するのとほぼ同様の経緯をたどり、世界 L のアルフォンスらはまずこのエイルを下して捕虜としたはずだ (1.5)。その後彼らは順調に仲良くなり (この L での出会いの会話が 9.3)、信頼を獲得したエイルは二重スパイとしてヘルに戻る役目を買って出るが、L のアルフォンスは彼女の身を案じてこの策を却下したので実行には移されない (11.5)。そのままエイルは L の特務機関に潜み、最後にはエクラを二人きりで呼びだして殺害 (13.3–4)、時を置かずヘルのもとに帰還したであろう。

ヘルによる L のシャロン殺害がエクラより早いかどうかはわからない。確実にわかっているのは、リーヴとなる L のアルフォンスはまず「アングルボザの心臓」の封印を解いた。これによって神器ブレイザブリクはヘルを討つ力を得るので、エクラはまだ生きている。それから次々死にゆく民をまえにして「一刻も早くヘルを討たなければ」と焦り、ヘルとの決戦に挑むが、失敗してシャロンを殺される (9.5)。この決戦の直前の会話を見ると、L のアルフォンスとシャロンはエイルの心情を考慮し彼女を置いて戦いに出たようなので (13.2)、おそらくこのチャンスにエクラを呼びだして暗殺、つまりシャロンの死の裏でほぼ同時に行われたのではないか (のちの世界 A でも、エイルが虚偽の報告を終えてヘルに殺されそうになったとき踏みこんできて戦うアルフォンスはエクラを伴わずに置いてきている=13.4)。

こうして半身と妹らを失った L のアルフォンスは絶望してリーヴと化しヘルの配下に収まることになる。またエイルはヘルによってこれら一連の記憶を封じられる (8.3)。それからエイルは新たに世界 A のアスクに尖兵として送りだされるわけだが、その少しまえに死の国においてリーヴと面識がある。だがこのときはエイルが「いくら話しかけても、〔リーヴ〕はずっと無言のまま」であった (7.3)。エイルはすでに覚えていなかったが、彼にとってはエクラを殺した仇敵なのだから、と考えるとけだし当然の反応であろう (それでもリーヴは彼女の事情を斟酌し、紳士的にふるまっているが)。

さて今度は世界 A に乗りこんだエイルは、やはり同様にして特務機関に加入、A のエクラやアルフォンスたちとともに戦うが、今度はリーヴが敵として立ちはだかり、またリーヴの世界 L に踏み入った点が前回と違う。このためにエイルは L での記憶を取り戻し (9.3)、おそらくエクラを殺した自責の念もあるのであろう、A のエクラやアルフォンスたちにすべてを打ち明けた (13.2, 4) ことで歴史が変わることになる。

以上が第 3 部におけるエイルの経歴のあらましである。繰りかえすが、別世界のとはいえプレーヤーの分身であるエクラを殺したエイル、このエイルは平行世界の存在などではなく自らその手を汚した当人である。敵将リーヴの絶望の一因を担ったという意味では世界 A の人々とも無関係ではない。それがたいした謝罪もなく誰から責められもせず仲間に溶けこんでいる、というのは結構な驚きではないか。もちろん情状酌量の余地は多分にあるとはいえ、特務機関の面々の寛容さには賛嘆を禁じえない。


ヘルの行動変化の謎


ところで、その裏面としてたどられるヘルの動きを考えてみると、最後のところに不可解な変化がある。上述のとおりヘルは世界 L を侵略して、どこまで意図的かはわからないが結果として「アングルボザの心臓」の儀式を誘発することで L の人間いっさいを殲滅、リーヴとスラシルを配下に加えた。世界 1 つぶんの命の力をことごとく得たはずだが、それにも飽き足らず、エイルの記憶を消去し今度は世界 A に送りだして同じことをしようとした。異なる点はリーヴたちが戦力に加わっていることくらいで、それ以外に違いはないはずである。

だが今回のヘルは、エイルが世界 A のエクラを殺したと偽って報告に戻ったとき、「お前ももう不要だ。お前の最後の命も、ここで刈り取るとしよう」と言って彼女を本当に殺そうとした。そして冥土の土産とばかりにエイルに本当の家族である生命の竜の一族の真相を語った。世界 L での記憶を取り戻していたエイルにとってもこれは初耳だった (13.4) から、A においてはじめて起こった行動の変化である。

この侵略においてヘルが得たものはほとんどない。世界 A のアスク王国は、何度かの小競りあいで一定の被害を受けたには違いなく (5.1)、とくに国王グスタフは間違いなく殺されている。だが「アングルボザの心臓」の封印は解かれず、国が成り立たなくなるほどの人数が死んだわけではない。数十人か数百人か、いわばその程度の「収穫」で、世界 L での莫大な利得に味を占めていたはずのヘルが満足するだろうか。なぜ彼女はその時点で拙速にエクラ暗殺を命じ、エイルをも抹殺するという仕上げにとりかかったのだろう?

理由がつけられないわけではない。「アングルボザの心臓」はヘルにとって、労せずとも死者のあがりが入ってくる装置ではあるが、同時に自分を滅する究極の危険物でもある。世界 L ではたまたまうまく事が運んだとはいえ、それに頼った想定は下策、そこで危険な存在であるエクラをまず殺し、特務機関を無力化したうえでゆっくり世界 A を滅ぼそう、と考えるのはおかしな話ではなかろう。

なにせ世界 A のアルフォンスがその炯眼で見抜いていたとおり、ヘルは自分が滅ぶ可能性を懸念してふだんは身を隠しているほど慎重な考えの持ち主なのだ (5.1)。それに今度はリーヴとスラシルも手元にいるのだから、やはり自分が動かなくても世界 A の人間を殺せるという点では前回と同様である。もっともヘルがそのように考えていたとしたら、リーヴたちへの報酬の支払いは踏み倒すつもりだったということになる。あるいはまた、世界 L におけるおびただしい数の死者に彼女はすでに満足しており、世界 A への侵略の利得はさほど重要視していなかったという可能性もある。その場合はリーヴたちの実力と忠誠を測るための試用が主な動機であったことになろうか。

ともかく、ヘルがエクラ殺害を急いだ理由はこれで説明がつけられたとしよう。だがわからない点はもうひとつ残っている。エクラ暗殺に成功したと思った時点でエイルを殺そうとしたことである。たんにまた記憶を消すことの比喩として言ったにしては、「最後の命も刈り取る」というのは無理が大きいし、わざわざ彼女の出生の秘密を語ってやったことも無駄である。それで愉悦を得ようという性格ではあるまい。だからこれは本気で殺そうと考えていたに相違ない。

これまでの 2 度の侵略において、エイルはいずれの機会にも先鋒を務め、特務機関に潜りこんでヘルのために働いていた重要な駒である。ヘルは今回エイルが裏切ったなどとはつゆ考えてはおらず、最初の場合と同様に成功を信じていた。せっかくパターンに入ろうとしていたのに、なぜそれを壊す必要があったのか? リーヴとスラシルが加入したことはこの理由にはならない。ヘルはまだ彼らの働きを十分に検証していないし、そもそも彼らでは特務機関に紛れこむ役割を代わることはできないのだから、3 度めの攻撃の戦略はまた一から立てなおさなければいけなくなる。これはヘルの慎重な性格とは矛盾している。

そうであれば——いくぶん飛躍するが——次のような考えに導かれる。つまりヘルは第 3 のアスクの侵略など当面予定していなかったのだ。そもそも (同一人物を 10 凸でも 20 凸でもできる) 私たちにとっては同一の異界は無数に平行して存在するように思われるが、ヘルから第 3 のアスクへ続く扉があるかどうかは作中ではわからない。だが第 3、第 4 のアスクがあったとすれば、すでに論証したとおりヘルはやはりただ 1 つなのだから、そこからの死者は同じヘルに来るはずである。そしてそのように異界がつながっている以上は、リーヴという扉を開く力をもつ者を配下に加えたいま、そこへ行く方法は確保されたと見ていいだろう。

するとその帰結は次のようになる。FEH 世界においてアスク (ミズガルズ?) はちょうど 2 つだけしかないのか、あるいは 3 つ以上あるとすればただヘルの容赦によってその侵略は思いとどまられたか、ということである。しかし前者の想定は私には非常に奇妙に思われる。なぜ 1 つではなく、アルフォンスとリーヴの世界、ただ 2 つだけがあるのか。2 つあるなら 3 つ以上あったってよいではないか。現にわれわれ召喚師は可算個ある無限の世界から召喚しているのだから。世界の構造として、ヘルは 1 つ、ミズガルズはちょうど 2 つ、というのはまったく納得のいくこしらえではない。それに外伝においてではあるが、アルフォンスらはバニーの格好や正月の着物を着た自分たちに出会っているのだから、やはり 3 つ 4 つとあることは疑えない事実である。

かといって後者だとすれば、ヘルの動機が不明になってしまう。もっとも永久に侵略を取りやめるというわけではなく、世界 L から回収した厖大な力が足りなくなったときにはいずれまた第 3 の世界を襲うのかもしれないが、それにしたって代えの利かない貴重な駒であるエイルをむざむざ処分するのはいかにも賢くない。1 回めと同じく記憶を消し、部屋にでも閉じこめてとっておけばよいだけだというのに、(ヘル視点では) 2 回連続の成功が実証されている戦略をわざわざ捨てるには相当の理由が必要である。

ここまで考えてくるともうひとつの整合的な可能性に思いあたる。すなわち、エイルの代えが利かないという前提が嘘なのだ。といってもこれまでの議論に抜本的な修正の必要はない。既述のとおり死者の国は 1 つ、作中に出てきたエイルもただ 1 人である。だが彼女の場合、FEH 世界全体にわたって 1 人とは限らない。彼女は生命の竜の一族であり、どこと明言はされていないが生命というからにはヘルの外から連れてこられた存在なのだろう。どこか別にあるその異界は 1 つではなく、さだめしそこにはまだ一族が生きていて別のエイルもいるのだ。

そしてアスク王族たるリーヴを配下に加えたことで、その異界へのアクセスも保証された! このことが決定的な違いを生ぜしめる。最初のエイルを得たのは幸運な偶然だったかもしれないが、いまやヘルは、エイルの予備を何人でも捕まえてこられる立場となったのだ。そこでヘルにしてみれば、最後の 1 つの命しかもっていない手もとのエイルは不要となり、せっかくだから「新品」のエイルをとりにいこう、そうすればまた数万の命を絞りとったうえで第 3 のアスクを同じように攻めることができる、と考えたかもしれない。もともと同じ指令を繰りかえせば記憶が戻るというのも不確定要素なので、新品はぜひともほしかった。ふたたびエイルを従順に調教するには時間がかかるが、その作業は勝手知ったる死者の国のなかでなんのリスクもなく進めることができるし、リーヴたちがこれから世界 A を滅ぼすあいだにやればいいのだから効率も悪くない……。

ヘルの真意がこんなところであったとすれば、作中で見えていた以上におぞましい計画を腹のうちに隠していたことになる。だが私にはヘルがあえてエイルを殺そうとした理由としてこれ以上に合理的なものは考えられない。そしてアスク世界はやはり無数にあるのであり、ヘルを滅ぼさないかぎりそれらはいずれヘルの侵略にさらされることになっていただろう。


スラシルとリーヴ、語られざるドラマ


ここで話は打って変わって、スラシルがリーヴの仲間となっている経緯について一考してみたい。リーヴがヘルの配下となったその苦渋の決断については彼の血を吐くような言葉の端々から察して余りあるものだが、スラシルについてはほとんどなにも語られていない。

リーヴの正体が明らかになった時点で彼女についてもまた自明であるから、ヴェロニカの前に「あなたが成長した姿」と言って現れたことにさしたる驚きはなく (10.1)、彼女の行動の動機についてはただリーヴとほぼ同様の内容が繰りかえされるだけである (10.5)。「お兄様」を助けるというのもリーヴにとってのシャロンのカウンターパートであると考えれば、そっくりそのまま同じ動機と言っても大過ない。その箇所と続くリーヴによる回想 (11.1) からは彼女のリーヴに対する厚い信頼が読みとれるが、いかにして彼らはこのような関係を構築するに至ったのか、読者は想像するしかない。

そもそもヴェロニカがスラシルになった理由、すなわちエンブラが滅びた理由というのはとりもなおさず「アングルボザの心臓」の儀式である。「僕はヘルを討つために、禁じられた呪いの封印を解いた」「すべて、僕のせいだ」というリーヴの悔悟の言葉 (9.5) を聞くわれわれはともすれば、あの儀式の決行はヘル討伐を急いだ彼の失策であって彼 1 人の責任であると思わされる。彼はそこでほかの誰を責めることもしない。これを額面どおり受けとるならば、エンブラを滅ぼしたのもまたひとえに彼の焦慮に起因するのであって、スラシルとのあいだにわだかまりがないということは不可能になるはずだ。

だがよくよく振りかえってみれば、「心臓」の儀式に関する詳細はエンブラの城の書庫で調べたものであり、「心臓」そのものは「エンブラの鮮血の神殿」に封印されていた。そのような儀式をヴェロニカに知られずにアスク陣営の独断で行うことがはたして可能か。儀式の遂行どころか、そもそも儀式の存在を知ることさえできないのではないか。

世界 A の特務機関がそれを知ったのは、滅びたアスク王城の書庫に「滅びの淵にあった我らはエンブラと結び【心臓】の禁忌に触れた」という記録が残されていたためであった (8.5)。だがこれは儀式決行のあと、おそらく後世への教訓、もしくは懺悔の言葉として書き残されたものであって、世界 A のアルフォンスが知らなかったとおり昔からアスクにあった情報ではない。であれば、滅びた世界 L で儀式の存在を教えたのは、ヴェロニカである蓋然性がもっとも大きい。いや、厳密に言えば例の悪戯者、ロキの差し金である可能性も否めないのだが、もしヴェロニカに知らせずにそんなことをしたとすればスラシルの態度に説明がつかなくなる。おそらくこの儀式は L のヴェロニカも承知しており、十分な相談のうえに決行されたと考えるのがふさわしいと思われる。

しかしヴェロニカは物語開始当初ならいざ知らず、あるときゼトから「貴方は民を顧みておられない」との諫言を受けたことがあり (外伝 10.1)、この影響があって後に考えを改めスルトの暴虐に対し怒りを見せている (II.4.5)。このヴェロニカは仁君とまでは言えずともある程度民思いの考えに親しんでおり、儀式の代償を知っていれば容易には頷かなかっただろう。はじめて封印を解く世界 L のヴェロニカたちはその犠牲を知らなかったのだろうか? 正史でわれわれが詳細を知るのは滅亡後のエンブラ王城の記録によってであるから、実行前に知らなかった可能性はあるが、いずれにせよ儀式の手順とそれがヘルを滅ぼす力になることまでは昔から伝わっていたわけだから (そうでなければ世界 L でも行えない)、代償や封印の経緯だけが未知であったというのは少々間抜けである。それに、たとえ詳細が不明でも、あえて「禁じられた呪いの封印」を解くというのだから、賢明なアルフォンスならばなんらかの犠牲は想定していたと考えたい。

それではなにゆえ彼らは犠牲を甘受したか。言うまでもなくアルフォンスはヴェロニカ以上に民思いの正義漢である。「白き丘の街」がヘルの軍勢に襲われたさい、王国騎士団の派兵は間にあわないと判断、無謀な作戦行動に出てまでこれを守ったことで父グスタフの譴責を受けた (2.5)。またニフルへの門付近の街がスルトにより人質にとられ、民を守るか見捨てて進むかの選択を迫られたときには、見捨てたと見せかけてひそかに救っていた (II.4.5)。彼にはこのように、民を守りつつ所期の目的も達し勝利を収めようとする、逆に言えばどちらも捨てられない甘い面があった。

だがいまや父王は亡く、自らの手でアスクとエンブラを救わねばならない。ヘルを討たねば遅かれ早かれすべてが死に絶える。そのときおそらく、「王は目の前の民だけを救えばよいのではない」「お前は目の前で苦しむ民しか見えておらぬ」という生前の父の叱責を思いだしたのではないか。こうして儀式決行の最終的な決断を下したのはアルフォンス=リーヴだったのではないかと私は想像している。だからこそ彼はすべての責任を自分ひとりでかぶったのだ。そしてそのときからリーヴとスラシルは一蓮托生となったのであろう。


理外の者、エクラとアルフォンス


第 3 部に関する話は以上でおおよそ終わりである。だが最後に余談をいくつか付け加えておこう。のちにフロージとフレイヤからは神々にすら計り知れない「理外の者」「世界の理から外れた者」と呼ばれる (IV.3.1, 13.1)、われらがプレーヤーの分身エクラにまつわる問題である。

すでに述べてきたとおり、作中世界において死者の国ヘルはたった 1 つである。したがってそこを治める死の女王ヘルもまた、たったひとりしかいない存在である。私の推論が正しければエイルはほかにもいるかもしれないが、ヘルの唯一性は決して覆しようがない。どんなに異界の扉を開いたって、第 2 のヘルにたどりつくことはありえないのだ。にもかかわらずエクラは、神階英雄召喚において何人でもヘルを召喚してしまう! これはもう、ゲームのシステムの問題であって、まじめに取りあったってしかたがない怪奇なのかもしれない。FEH の宇宙論を考えるうえで興味深くはあるが、あまり突きつめても実のある結論は出ない予感がするので捨て置くとしよう。

もう少しシナリオに密着した問題として、リーヴの世界 L においてエクラが死んだという事実 (9.5, 12.5) は気にかかる。いみじくも暗殺者エイルの口にしたとおり、エクラ「自身に戦う力はない」(13.4) のだから、伝説の召喚師とはいえ死んだことじたいに不思議はない。そうではなく、ヘルからたどりつける作中の平行世界アスクにエクラがいたということが問題なのだ。世界 L にも世界 A にも、そしておそらく作中で見ることのなかった可算無限個のアスク世界にエクラはそれぞれいるであろう。すると作中においてエクラは、ヘルほど特別な唯一無二の存在ではない、ということになる。理から外れているというわりには、ヘルの国から眺めればエクラなんて何人でもいるわけだ。

われわれゲームのプレーヤーが操作している、世界 A のエクラだけが特別な存在なのであり、それ以外の平行世界のアスクにいるエクラはそうではない、と言いぬけるにしては、ヘル討滅を成功させるにあたって世界 A のエクラが果たした役割は小さすぎる。われわれにとっての正史でヘルに勝つことができたのは、以上確認してきたとおり、リーヴがいてエイルが記憶を取り戻したおかげだった。そしてリーヴが形見として大事にしていた強化後のブレイザブリクを拾ったおかげで滅ぼせたのだ。これは神器ブレイザブリクを扱える人間であれば誰でもよかったのであって、「中の人」のいない世界 L のエクラだって生きていれば同じことができたはずだろう。そして専用の神器を扱えるという程度の「特別」な人間は FE 世界には掃いて捨てるほどいるのだ。どの世界でも大差がなくひょんなことで殺されてしまうエクラと、どちらの世界でも最後まで生き残り自らの力で運命を大きく変えたリーヴ=アルフォンス……。

そこで私が思いだすのは、第 4 部終盤でフレイヤが語った——嘘か真かいまもって不明なのだが——、ヘルの討滅が成ったとき創造主アルフォズルは「アルフォンス王子は、存在してはならない」と決めたがために「アルフォンス王子は死んだ」という話である (IV.12.5)。これをはじめて読んだとき私は違和感を禁じえなかった。無限に英雄を呼びだす力をもち、ブレイザブリクを撃ち放ってヘルを直接滅ぼしたのはエクラである。それにこういう役割はふつう主人公が負わされるものだろう。FEH の主人公がエクラなのかアルフォンスなのか、それは議論の分かれるところに違いないが、とにかくこのときはっきりと「エクラよりもアルフォンスのほうが危険人物」というアルフォズルの見解が打ち出されたように思える。特異な能力こそ目を引くが、創造主にとってはエクラなどわざわざ消すまでもない、影響の小さい人物なのだ。第 3 部の分析によって、エクラよりアルフォンスのほうがよほど重要人物であるということ、アルフォズルの判断が妥当だということがたしかに納得できるのではないだろうか。

そして——これ以上はいよいよ第 3 部の範囲を超え出るので深入りしないが——フレイヤが告げたこのアルフォズルの決定はやはり真実なのだろうと私は考える。もしアルフォンスが実際には無事だったとして、フレイヤが口から出まかせを言うにしては、これは彼女が思いつくような内容ではない。フレイヤは (アルフォズルとは違って)「理外の者」エクラの力を真に恐れており、人間を認めない彼女が唯一「敬意を払うべき特別な人間」とまで認めて譲歩している (IV.13.1)。第 4 部におけるアルフォンスの姿をしたエクラの活躍と、エクラのフードをかぶりひたすら黒妖精に支配されつづけていたアルフォンスの様子を見ていれば無理からぬことであろうが、あれが本当にアルフォンスならおそらく彼女はアルフォンスのことをただの無能者として侮蔑していたであろう。そんな彼女が大いなる創造主の御名を挙げてまで、アルフォンスは創造主も危険視する重要人物だなどと匂わせるとは、空脅しにしても突拍子がなくありえない発想といえる。したがってやはり、アルフォズルの宣言は事実であって、アルフォンスはすでにこの世にいないのであろう。

mardi 12 janvier 2021

ファイアーエムブレムヒーローズ 古ノルド語用語辞典

本稿は『ファイアーエムブレムヒーローズ』に登場するオリジナルの人名・地名・武器名などの名称のうち、北欧神話の言語である古ノルド語に由来するものの一切をまとめた小辞典である。見出し語のそれぞれについて、FEH 作中においてと元ネタである北欧神話においてのそれぞれの概要を解説してある。そのさい後者についてはなるべくゲームと共通する事項を選んで記述することで、元ネタがどのようにゲームに反映しているかがわかりやすく見られるよう努めた (重要な神などについては少し余計に詳述した部分もあるが、それは今後の展開の予想も兼ねていると考えられたい)。

FEH での概要を記述するに際しては、改めて一からシナリオを読みなおし、とりわけ人名についてはその人物の事績をストーリーに沿って比較的詳しく説明した (ためにネタバレにはなんら配慮していない)。メインストーリーのなかでもとくに、平行世界の人物どうしが対決する第 3 部ヘル編、夢から夢へと移りゆく第 4 部アルフ編はかなり錯綜した筋立てとなっており、私じしんこの作業の過程で忘れていたところやはじめて理解したことを多く発見し、新鮮な気もちで取り組むことができたし、FEH オリジナルキャラクターへの愛着がぐっと深まるのを感じた。これによって、かならずしも北欧神話に関心のないプレーヤーにとっても、ストーリーとキャラクターの復習のため益するところのある読み物になったと信じている。

〔2021 年 1 月 24 日追記〕この作業の副産物として、第 3 部と第 4 部の語られていない裏面について詳論した記事ができたので、興味のあるかたにはあわせておすすめしたい:「第 3 部考察——世界の構造、ヘルの計画、そして主人公」、「第 4 部考察——夢と現のあわい、ピアニーの嘘、そしてまた夢」。

お断りとして、本稿はあくまでも「ヒーローズ」の「古ノルド語」用語集である。したがって、たとえ FEH に実装されている人名や武器名でも FE 本編由来のものは取りあげなかったし (それはあまりにも厖大で多岐にわたるし、実装済かどうかで採否が分かれるのも不便なので)、また FEH オリジナルの固有名詞であっても古ノルド語でないものは収録していない (なかんずくエクラ、アルフォンス、シャロン、ヴェロニカ、ブルーノ/ザカリアがそうである*)。このゆえに、第 1 部に関する記載はかなり限定されている。第 4 部についても妖精 4 人の名が除外される点で事情は似るが、フロージ・フレイヤならびに種族名の妖精 (álfr) やアルフといった用語が含まれているため比較的に内容は厚い。なお天上の勢力をはじめとして謎の残る部分についてはのちの加筆・訂正を期する。

* ただしエクラに関してはブレイザブリクの項で少し立ち入って論及した。また、アルフォンスとブルーノは遡るとゲルマン語名であるから、エッダ神話のなかには現れずとも文献の範囲を広げれば関連づけられる可能性はある。

〔2021 年 8 月 13 日追記〕古ノルド語そのものを勉強してみたいという熱心な読者には、最近私が全訳した Chapman の入門書をおすすめしたい。選択肢がわずかしかなく難解な邦文書籍にあたるよりまだしも学びやすいことを保証する。第 4 課まで読めば早くも「ブレイザブリク」が登場する原典の抜粋を自力で読めるようになり、最後の課ではもっとたくさんのおなじみの名前に出会うであろう。〔再追記〕下の参考文献にも掲げた下宮・金子『古アイスランド語入門』の説明不足の点を補い、読解編の散文 9 編すべてに文法的な注釈を施した記事も書いたので、あわせて学習に役立てられたい。

〔2021 年 12 月 28 日追記〕FEH でも世界観の中核にある「九つの世界」とはどんな世界か、通俗的な理解と原典における用例とを比較検討した記事「『九つの世界』は北欧神話の全世界ではない?」も興味があるかもしれない。


目次 (収録語句一覧)


アースガルズ アスク アールヴリック アルフ アルフォズル アングルボザ イーヴィングル イズン ヴァフスルーズニル ヴェズル ヴェルザンディ ヴラスキャルヴ ウルズ エイトリ エイル エリヴァーガル エルドフリムニル エンブラ 大いなる者の座 オッテル ギャッラルブルー 巨影 玉雪の神殿 玉雪の宝珠 巨人 ギョッル グラニ グラム グリトニル グリンカムビ グリンブルスティ グルン…… グレール 黒妖精 ゲイルスケグル ケルムト 小人 細氷の神殿 サングリズル シャールヴィ シュルグ シンモラ スヴァルトアルフ スヴェル スキャルドボルグ スキンファクシ スクルド スラシル スリーズ スルト セクヴァベク セック セーフリムニル ソグン ダグ タングリスニ ドヴァリン トール ニーウ ニザヴェリル ニフル ノーアトゥーン ノート バルンストック ヒータ…… ビューレイスト ファヴニル ファフニール フィヨルム フヴェル フェルニル フェンサリル フォルクヴァング フギン ブラー…… ブリーシンガル フリーズ フリズスキャルヴ フリスト フリムファクシ ブレイザブリク フレイズマル フレイヤ フロージ ブロック ヘル ヘルビンディ ベルリング 豊穣なる丘 魔道科学 ミズガルズ ミョルニル ムスペル ムニン メグスラシル メニヤ ヤールングレイプル ユルグ 妖精 ヨトゥン ラウア…… ランドグリーズ リーヴ リフィア リュングヘイズ レイプト レーヴァテイン レーギャルン レギン ロヴンヘイズ ロキ
(111 項目,2022 年 3 月 10 日最終更新)

主な参考文献



凡例


見出し語は日本語の五十音順に並べ、その後ろに英語版における表記を付した。さらにそれが古ノルド語の標準化つづり、もしくはそれを規則的にカナ表記した場合と異なるときには、角括弧 [·] に入れて補足した (ただし ǫ のかわりに ö を用い、そのオ段/エ段の表記揺れと、þ, ð の音を表すサ・ザ行/タ・ダ行の揺れについては無視した)。また、複合語の名称の場合には、参考のため原語における要素の切れ目を中点で示した。

例:ブレイザブリク Breidablik [Breiðablik ブレイザ・ブリク] —— これは英語版では ð の文字を避けて Breidablik と表記されているが、古ノルド語としては Breiðablik とつづること、さらにそれは意味上ブレイザ/ブリクのように分けることができることを表す (つまり切りかたはブレイ/ザブリクではない、など)。

解説文中でほかに立項されている用語が現れる場合には * の記号をつけた (少々の表記違いは無視)。FEH のシナリオ中の出典箇所については、部・章・節の番号を示してあり、たとえば IV.2.1 とあればメインストーリー第 4 部 2 章 1 節における会話に根拠をもつことを意味する。外=外伝、異=異伝、破=破章、序=序章。

引証したエッダの作品名の略称は次のとおりで、節番号は邦訳のあるものは谷口訳 (したがって Neckel und Kuhn ³1962 と Holtsmark og Helgason 1950) に準拠する:Alv アルヴィースの歌、Fjm フョルスヴィーズルの言葉、Fm ファーヴニルの歌、Grm グリームニルの歌、Grp グリーピルの予言、Grt グロッティの歌、Háv 高き者の歌 (オーディンの箴言)、Hdl ヒュンドラの歌、HH フンディング殺しのヘルギの歌、Hrbl ハールバルズの歌、Hym ヒュミルの歌、Ls ロキの口論、Rm レギンの歌、Skm スキールニルの旅、Thrk スリュムの歌、Vm ヴァフスルーズニルの歌、Vsp 巫女の予言;Gylf ギュルヴィたぶらかし、Skáldsk 詩語法。

しかしかならずしもすべての説明で原典資料における根拠を探しえたわけではない。私じしん北欧神話の専門家ではないし、それに関する知識は山室、コラムマッケンジーらの再話に影響を受けている部分もあり、その記憶との峻別を徹底できなかった点がときどき生じている。とはいえ現代のファンタジーにおける神話の利用とは大なり小なりそういうファジーなものであろうから (ゲーム制作者もまた専門家ではない)、元ネタの発見という目的に照らすならそれはかならずしも致命的な瑕疵ではないと考え、深入りは避けることとした。

カナ表記にあたって


古ノルド語の文字と発音の関係は簡単で、たいてい書いてあるとおりに読めばよい (おおよそ IPA と同じ。細かい点はたとえば Gordon and Taylor を見よ)。アクセントの位置は原則として第 1 音節にある。母音字は á, í のようにアクセント記号 (これは強勢とは関係がない) がついていれば長く、そうでなければ短い。ただし æ と œ はそのままで長い音を表し、後者は ø の長音である。また ö の字は専門的な標準化つづりでは ǫ と書き、これはもと広い o の音 [ɔ] であったが 13 世紀ころから変化して現代語の ö に至る。したがって大雑把に言えばオ段・エ段どちらで写してもいいにしろ、どちらかには統一するのが望ましいところ、FEH ではたとえばフィヨルムやギョッルではオ段、セックやゲイルスケグルではエ段というように無軌道に用いている。

子音字についてもほぼ見たとおりで、少数の重要な点のみ注意しよう。(1) kk, ll のように重なっているときには長子音として 2 文字ぶん読む、つまりカナ発音では「ッ」を入れるのが正確だが、あまり徹底すると読みづらいのでうるさく断らないことにする。(2) f は母音間、有声子音の前、語末ではヴ [v] の音になる。(3) アスク Askr やスルト Surtr などなどにおける単数主格語尾の -r は、実際にはちゃんとルと発音するのだが、非常に頻繁に現れて煩わしいためか (とくに子音に連続する場合) 邦語文献のカナ表記では省く習慣が優勢である。ただしエイル Eir やアルフォズル Alföðr のように語幹に属する r や、エーリヴァーガル Élivágar, ニザヴェッリル Niðavellir といった複数主格の -ar, -ir では省かない。これを見抜いて区別するには古ノルド語の知識を要するため、イーヴィングルやサングリズルのようなとるべきなのに残っているものが混在している。


アースガルズ Ásgarðr [アース・ガルズ]

FEH では:飛空城の天界 (位階 31–39) の階級名。天界拡張当初は位階 21 以上で共通の「エグゾス」という名であったが、ver. 5.3.0 (2021 年 3 月 4 日配信) より改称された。

北欧神話では:「アースの囲い地」の意で、アース神族 (北欧神話に名前の出る神々の大多数) の住む世界。世界の中央、すなわちミズガルズ* のさらに中心部にあるとされ (Gylf 9)、ヘイムダルが守る虹の橋ビフレストまたはビルレストによって下界とつながっている (Gylf 13)。天上の世界であるが、その上にさらに第二天アンドラング、第三天ヴィーズブラーインがあるとも言われる (Gylf 17;ただしこれは『詩のエッダ』には見られずキリスト教の影響による後づけと考えられる)。ラグナロクの最終戦争のさいにはムスペル* の子らやヘル* の軍勢、フェンリルやミズガルズオルムに攻めこまれ、スルト* の炎によって焼きつくされる (Gylf 51)。

アスク Askr

FEH では:(1) 召喚師エクラが召喚されて参加する、物語の出発点にして拠点となる国。シナリオ開始時点で、国王はグスタフ、王妃ヘンリエッテ、王子アルフォンス、王女シャロンからなる王家が治める。エンブラ帝国* と長らく争っており、その後もさまざまな国 (ムスペル*、ヘル*、スヴァルトアルフ*、ニザヴェリル*) から付け狙われ戦争に巻きこまれる。グスタフの死後 (III.4.5) 王は空位が続いており、誰かが即位したあるいは王権代理や摂政に就いたという話はなかったが、ヘンリエッテの地位への言及は当初の「王妃」(III.1.1, 5.1) から第 4 部に入ると「女王陛下」(IV.1.1) へとひそかに変わっており、第 5 部後半に至ってヘンリエッテ自身の口から「アスク王国の女王」で「グスタフ王亡き後、このアスク王国を預かってい」ると明言された (V.8.1;ただし欧米語版では英 queen, 独 Königin などで当初より変わっていない)。(2) 1 の王国の初代王リーヴ* が契約し、異界を開く力を与えた神竜の名 (III.1.3)。「偉大なる解放の神」とも呼ばれる (I.幕間.1)。姿は未登場だが、ニフル* のホーム会話のひとつ「アスクに力を授かった〜」がドイツ語訳では seine Macht「彼の力」と言われていることから男性とわかる (独以外では性別が出ていないが)。

北欧神話では:「トネリコ」の意で、オーディンらによってこの木から作られ、エンブラ* とともに人類の祖となった男のほうの名 (Vsp 17f., Gylf 9)。セイヨウトネリコは英語でアシュ (ash)。

アールヴリック Alfrik [Álfrikr アールヴ・リク; Álfrigg アール・フリッグ]

FEH では:「ニザヴェリル* の発展に貢献した、歴代の魔道科学者* たち」のうちの 1 人で、ニザヴェリル城に肖像画が飾られている (V.12.1)。その正体はエイトリ* (V.13.5)。

北欧神話では:アールフリッグ Álfrigg であればドヴァリン*・ベルリング*・グレール* とともに、15 世紀に書かれた「ソルリの話」においてフレイヤ* の首飾り (=ブリーシンガルの首飾り*) を制作した鍛冶師の小人* の名で、彼らはフレイヤと一夜ずつ寝るということを条件に首飾りを与えた。べつの資料にはアールヴリク Álfrikr やアールレク Álrekr という類似の名も見られ、これらと関連する名だとすれば「強力なアールヴ」もしくは「きわめて熟練した者」といった意 (Simek)。

アルフ Ljósálfheimr [リョース・アールヴ・ヘイム;Álfheimr アールヴ・ヘイム]

FEH では:第 4 部の舞台となる「夢の国」。妖精* たちが住み夢の王フロージ* が治める、「人間たちの心が生み出した幸せな夢の世界」で、望めばなんでも思いどおりになる (IV.2.1)。時の流れが人間界とは異なっており、時間や年齢が意味をなさない (IV.4.3, 7.3)。かつて夢の世界は人が「夢見ることを諦め」たとき滅びに瀕したが、ピアニー・ルピナス・スカビオサ・プルメリアの 4 人が人間であることを捨て妖精になり、夢の力を用いて救った (IV.7.5, 9.3, 11.2)。

北欧神話では:アールヴは妖精*、アールヴヘイムはその住む世界であって天上に属する。FEH (欧米語版) ではスヴァルトアルフ* と区別するためにか ljós「光」をつけているところ、『スノッリのエッダ』の古ノルド語でもデックアールヴ=黒妖精* に対してリョースアールヴ=光の妖精という言いかたはするが、その住処はアールヴヘイムとだけ呼ばれる (Gylf 17)。またアールヴヘイムはフレイ=フロージ* の住む館の名でもある (Grm 5)。

アルフォズル Alfaðör [Al(l)föðr アル・フォズル]

FEH では:しばしば「あの御方」と呼ばれすべての黒幕と目される、ロキ* とトール* を従える神?であり「この世のすべてを創造」した「万物の創造主」(巨影討滅戦・OP、戦渦の連戦「氷神炎神 4」OP)。天楼で戦う偶像の造り主 (偶像の天楼・OP)。フレイヤ* の言によればアルフォズルはヘル* 討滅後「アルフォンス王子は、存在してはならない」と定めており、「創造主が決めたことは、必ず起こる」ためアルフォンスは死んだと言う (IV.12.5)。実際には夢から覚めるとアルフォンスはいたのだが (IV.13.5)、それも夢でないとの証明は不可能であり真相は現在まで不明のままである。異界の英雄を召喚するという「アスク王国* の真似事」に手を出すほどにニザヴェリル王国* が「力を持ち過ぎた」ことは彼の本意でないといい、ロキを送りこんだ (V.10.4)。「黄昏の詩」(英 Twilit Runes) と呼ばれる、「神々がいかに滅ぶかを記した」予言書を書いた (「氷神炎神 4」OP)。

北欧神話では:「万物の父」の意で、オーディンの無数にある別名のひとつ (Grm 48, Gylf 3, 14, 20)。戦の神にして死の神でもあるオーディンは、人間の視点からすると邪悪な面を見せることも数多く、ロキ* との類似も指摘されている (オーディンには「ロプトの友」という称号もある。ロプトはロキの別名)。北欧では本来女のわざである魔術 (セイズ) を男だてらに得意とする彼は、「悪事を働く者」を意味するボルヴェルク Bölverkr という異名をみずから名乗り (Skáldsk 6)、「すべて不幸を思いのままにできる」と評されている (HH II 34)。来たるべきラグナロクに備えて戦力とするため死した英雄エインヘリヤルをヴァルハラに召集しており、これぞと見定めた傑物を自分の手もとに置くべく人間どうしの争いに介入して戦を煽り、気に入って支援していた者をも気まぐれに破滅させる悪癖がある (その犠牲者としてとくにシグムンド王 [ヴォルスンガ・サガ]、エイリーク血斧王 [エイリークの言葉]、ハラルド戦歯王 [デンマーク人の事績] が挙げられ、このうちエイリークはヴァルハラに招かれたさい「オーディンは心根がはなはだ悪い」と語っている [ハーコンの言葉])。菅原 100–105 頁、水野 129 頁を参照。ほかにもエピソードは数えきれないが、人類最初の人間アスク* とエンブラ* の体を作りそれに息と命を吹きこんだ (Vsp 17–18, Gylf 9) ということは偶像の天楼とのかかわりで指摘に値する。

アングルボザ (の心臓) Angrboða(’s Heart) [アングル・ボザ]

FEH では:アングルボザは「ヘル* を生み出した大いなる者」であり、エンブラ* の鮮血の神殿に封じられているその心臓の封印を解けば、それが脈打つたびに人が死んでいくという (III.9.5)。封印を解くわけにはいかないと思われたが、滅びたリーヴ* たちの世界ですでに行われていた儀式によりその力を得ているブレイザブリク* を特務機関はリーヴから受け継ぎヘルを討つことになる (III.13.1)。アングルボザにはまた「生と死の巫女」「三つの災いの母」という異名がある (III.13.5)。

北欧神話では:「苦悩・悔恨をもたらす者」の意で、女巨人* の名。ロキ* とのあいだにフェンリル、ミズガルズオルム (ヨルムンガンド)、ヘル* の 3 人兄妹を生む。この 3 者が大いなる災いのもとになるという予言があった (Gylf 34)。

イーヴィングル Ífingr

FEH では:スラシル* の武器名、緑の魔道。

北欧神話では:「荒れ狂うもの」の意か。神々と人間の国 (=アースガルズ*、ミズガルズ*) を巨人* の国 (=ヨトゥンヘイム*) から隔てる川の名で、決して水面が凍ることがない (Vm 16)。

イズン (の果実) (Fruit of) Iðunn

FEH では:水着ターナの武器名、赤の魔道。

北欧神話では:イズン (イドゥン) は「若返らせる者」の意で、アース神族の女神のひとり。夫は詩の神ブラギ。彼女の管理する黄金のリンゴのおかげで神々はラグナロクに至るまで永遠の若さを保つ (Gylf 26)。

ヴァフスルーズニル Vafþrúðnir [ヴァフ・スルーズニル]

FEH では:舞踏祭ラインハルトの武器名、緑の魔道。

北欧神話では:「もつれさせる強力な者」の意。巨人* たちのうちでもっとも賢い者であり、ニヴルヘルの下の 9 つの世界に至るまであらゆる世界を巡った経験からなんでも知っている (Vm 43)。オーディンと難問を出しあう勝負をするが、最後には意地悪な質問をされ敗北 (Vm)。

ヴェズル (の妖卵) Eagle’s Egg

FEH では:兎エストの武器名、青の魔道。

北欧神話では:ヴェズルフェルニルという鷹の名を二分したもので、詳細はフェルニル* の項を参照。欧米語版ではそちらで英 Veðrfölnir’s Egg のようにフルスペリングが分割されずに使われており、こちらのほうでは無名の鷲になっている (英 Eagle’s Egg, 独 Ei des Adlers など。スペイン語版のみ例外で Huevo celeste「天の卵」)。

ヴェルザンディ Verðandi

FEH では:舞踏祭ベルクトの武器名、槍。

北欧神話では:「成る者、生成する者」の意。人間の運命を定め寿命を決める運命の女神ノルニルの 3 姉妹のひとりで (Vsp 20, Gylf 15)、現在を司る。

ヴラスキャルヴ Valaskjálf [ヴァラ・スキャールヴ]

FEH では:通常ブルーノ (ザカリア) の武器名、青の魔道。

北欧神話では:語義不詳。オーディンの住む、輝く銀で覆われた館で、その広間にフリズスキャールヴ* がある (Grm 6, Gylf 17)。

ウルズ Urðr

FEH では:舞踏祭アクアの武器名、斧。

北欧神話では:「運命、宿命」の意。人間の運命を定め寿命を決める運命の女神ノルニルの 3 姉妹のひとりで (Vsp 20, Gylf 15)、過去を司る。

エイトリ Eitri

FEH では:「賢者の森」にある祠に隠棲する「ニザヴェリル* 一の学者」(V.2.1, 5)。魔道科学* の発展によるニザヴェリル繁栄の立役者で王からも重要視されており (V.4.1)、宮廷にも頻繁に出入りしていたが、そのさいにレギンと似た人物を知っていることが暗示された (V.4.2)。発明家としても知られ、森じゅうに罠を設置して近づく者を阻んでいるが (V.3.1)、ファフニール* の「行いは目に余る」として介入し特務機関一行を招き入れる (V.3.5)。しかし実際にはオッテル* と通じていた特務機関の敵であり、彼の要請で「扉を壊す神器」ヤールングレイプル* を作るため必要なエクラの身柄と、その神器ブレイザブリク* や魔剣グラム* にも研究上の関心を抱いていた (V.6.2)。とくに召喚の神器を再現しようとする研究の過程で、「失敗作」「できそこない」と称する「不完全な形で召喚され、自我を破壊されたかつての異界の英雄たち」を操るに至っている (V.6.5;ただしこれらの召喚実験は「少なくとも五年以上前」に行われたものだった=V.7.1)。しかしオッテルおよびこの失敗作を用いた時間稼ぎも功を奏さず、ヤールングレイプル制作には失敗してオッテルとともに逃亡する (V.7.3)。その後、王族にしか開けられないはずの「ニザヴェリルの塔」の扉をレギンが開いたことを目撃して彼女の本当の血筋を察する (V.9.3)。過去に作った偽召喚器の存在をロキ* に知られており、彼女の手出しできないエンブラ* の鮮血の神殿にそれを隠していた (V.10.4)。これを回収されたことで自分の過去に気づいたファフニールから問いただされたとき、レギンという王族の生き残りを知っていたエイトリは彼に見切りをつけていたため、自身が彼を不完全に召喚した張本人であり王よりもはるかに「ニザヴェリルを愛する者」であると告白し (V.10.5)、小人の王冠に手を下してファフニールの暴走を招いた (V.11.1–2)。じつは王冠も大昔のエイトリの制作物で、正統な王家の血脈でない「どこの馬の骨とも知れぬ者が王座につかないように仕掛けを施して」あったためである (V.13.4)。ロキから「竜の力を少し分けてもらった」おかげで、魂が肉体を乗りかえながらニザヴェリルの建国以来数千年を生きており、歴代の魔道科学者アールヴリック*、ドヴァリン*、ベルリング*、グレール* もすべてエイトリと同一人物 (V.13.1, 5)。自分と建国王が「共に築いた子供のようなもの」とみなすニザヴェリルを守り発展させることを至上命令としている。最後の戦いでは魔剣グラムの宿す「古の神竜の力」に敗れ、レギンに建国王の面影を見ながら体が塵と化して消滅した (V.13.5)。使う武器の名は魔銃ブロック*。なお、かつてニザヴェリルを守護していた神竜のことを知っているようだったが (V.9.3, 10.5)、「ニザヴェリル」は小人である建国王の名前と判明したため (エンディングムービー)、神竜との関係については謎のままに終わった。

北欧神話では:「毒のある者」の意。別名にシンドリ。ニザヴェリル* に建つ黄金の館に一族で住んでいる (Vsp 37)、きわめて優れた鍛冶師の小人* で、グングニルなどを作った「イーヴァルディの子ら」という三兄弟に対抗して、兄弟ブロック* とともに黄金の猪グリンブルスティ*、黄金の腕輪ドラウプニル、そしてトール* の鎚ミョルニル* を作った。

エイル Eir

FEH では:死の王国ヘル* の王女。ヘルから生者の軍に降り、信用を得たあと裏切る密命を帯びて特務機関の仲間になる (III.1.5)。生命の竜の一族の出で、「幾千幾万もの命」をもっており「殺されてもしばらくすると蘇る」ことをヘルに利用され、毎日殺されてはヘルの力に変えられるとともに (III.6.1)、その苦痛によって命令には絶対服従を強制されていた (III.13.1)。このためリーヴ* の世界ではエクラ殺害の張本人となる。実際にはヘルの娘ではなく、幼いエイル一人を残して「生命の竜の力持つ王族」はヘルによって皆殺しにされ、エイルは攫われて記憶を封じられヘルを母と思いこまされていた (III.13.4)。

北欧神話では:「助け、慈悲」の意で、最良の医者である女神 (Gylf 35)。リュヴィヤベルグ (→ リフィア*) という山に住む。

エリヴァーガル Élivágar [エーリ・ヴァーガル]

FEH では:通常ヴェロニカの武器名、緑の魔道。

北欧神話では:おそらく「嵐の海」の意。フヴェルゲルミル* の泉から流れ出る 11 の川の総称で、そのなかにはフリーズ*、スリーズ*、フィヨルム*、ユルグ*、シュルグ*、レイプト*、ギョッル* を含む。毒液が流れ、その上には毒の靄が立ちこめる川であるとも言い、巨人族* の成り立ちに関わっている (Vm 31)。

エルドフリムニル Eldhrímnir [エルド・フリームニル]

FEH では:行楽フェリシアの武器名、斧。

北欧神話では:「火で煤けたもの」の意。料理人アンドフリームニルが猪セーフリームニル* を煮るために使う鍋の名 (Grm 18)。

エンブラ Embla

FEH では:(1) 第 1 部の敵である帝国の名。アスク王国* と対になる力をもち、これと長らく争っており、先代皇帝が亡くなるとその後妻が帝位を継いでいったんは平和が訪れたが、数年前にヴェロニカ皇女が民の支持を得て侵攻を再開した (I.9.5)。帝室の者としては皇子ブルーノ、皇女ヴェロニカ、彼らの継母であり実権のない女帝 (名前不明) が知られている。女帝を除き、エンブラの血を引く皇族は「神に呑まれ、神に従う木偶となる」呪いの支配を受けており、アスクを滅ぼす衝動に抗うことも自害することもできない (I.13.1, 5)。第 2 部ではムスペル* と同盟して兵力を貸しだし、連合してアスクを攻める (II.1.1, 2.1)。しかし途中で裏切られたこと、さらに第 3 部ではヘル*、第 4 部でスヴァルトアルフ* という共通の敵が現れたことで、アスクとの戦争はなあなあになっている。第 5 部ではニザヴェリル* の侵攻を受けて窮地に陥り、ブルーノがアスクの特務機関に救援を要請した (V.9.5–10.1)。(2)「神竜」と明言されたことはおそらくないが、アスクとエンブラのある世界の神であり (戦渦の連戦「神にあらざるもの」)、竜であるものの名 (外.23.3)。ブルーノの評ではその本質は邪悪であり、「アスク王国の破滅を望んでいる」(I.13.5)。神竜アスクと同様、1 の帝国の成立と初代皇帝スラシル*、そして異界の扉を閉じる力に関わっているであろう。

北欧神話では:「ニレ」もしくは「ナナカマド」と目される木の意で、オーディンらによってこの木から作られ、アスク* とともに人類の祖となった女のほうの名 (Vsp 17f., Gylf 9)。ニレは英語でエルム (elm)。

大いなる者の座 Vaskrheim [ヴァスクル・ヘイム]

FEH では:アスク王国* 南方にある太古の神殿で、現在は無人の廃墟となっている。神器ブレイザブリク* が封印されていた地であり、のちには大いなる英雄 (いわゆる総選挙英雄) が召喚される場になる。この召喚はアスクのある世界ではなく、エクラの出身世界である「異界で執り行われた儀式によって」出現するもので、特務機関にも予期できない (異.3, 外.11.1, 15.1)。しかしなぜかエンブラ* 軍はしばしば先回りしてそこに侵攻している。古ノルド語名は欧米語版のみ。

北欧神話では:北欧神話に出る言葉ではなく、FEH 英訳者による造語と思われる。vaskr は「男らしい、勇敢な」という形容詞、heim(r) は「国、世界」だが、構成法として正しくない。すなわち -r は強変化の男性単数主格語尾であるから、複合語では vaskleikr「男らしさ」のように消えるものである。逆に heimr の語尾は (英語などに移すときにはとることも多いが) あるのが古ノルド語式で、本稿にも多数例証されるとおり作中でも Askr, álfr をはじめそれが必要な語のほとんどでついている。したがって Vaskheimr が望ましい。

オッテル Ótr [オートル]

FEH では:ニザヴェリル* の王ファフニール* の義理の弟。妹レギン* とともに孤児としてさまよっていたところを拾われ、のちの王の弟となる (V.2.1)。ニザヴェリル国内に逆侵攻する特務機関が賢者の森を目指していることを察知して迎え撃つが敗退 (V.2.5)。「扉を壊す神器」ヤールングレイプル* 入手のためエクラを狙っている (V.3.1)。数年前にヨトゥン王国* との融和のため魔剣グラム* の贈呈を提案していた (V.4.2)。容姿を活かしてヨトゥンの王女ノート* をたぶらかし召喚師エクラの身柄とグラムを騙しとり、特務機関の足止めを彼女に押しつけて逃亡し (V.5.3, 5)、密かに通じていたエイトリ* と賢者の森で合流するも、レギンが幼時から大切にしていた魔道科学* のコンパスによって居所を突き止められた (V.6.2)。そのさい「ここぞとばかりに愛されてる私アピール」をしているとしてレギンを罵倒し、家族と思っていないと告げるとともに、ファフニールに関して妹にも隠している「誰にも言えない秘密」があり、そのためにひとりで戦っていることをほのめかした (V.6.3)。賢者の森の戦いでは特務機関の奮闘によりエクラの身柄は奪還されたが、魔剣グラムは携えたままエイトリとともに逃亡する (V.7.3)。レギンによればファフニールの豹変後オッテルはその理由を求めて「ニザヴェリルの塔」を訪れたあと「暗い顔で帰って来て」兄の味方をするようになったという (V.8.2)。エイトリと組んでの策謀はファフニールにも隠しており、当人も知らないファフニールの正体とアスク王国との関係を知っていたほか (V.9.1)、自分とレギンの血筋についてはエイトリにも秘していた (V.9.3)。兄とともにエンブラ帝国* に侵攻するが、ブルーノの救援要請に応じた特務機関により撃退される (V.10.1–2)。ヤールングレイプル制作の目的はファフニールを元の世界に帰らせないためであり、彼が自分の正体を知って帰ろうと欲したとき魔剣グラムを用いて攻撃した (V.10.5)。その後、小人の王冠の作用で暴走したファフニールをニザヴェリル中で暴れまわらせ、駆けつけた特務機関にファフニールの正体や自分の目的、兄への偏執的な愛を吐露する (V.11.1–2)。真実はレギンの兄ではなく、「父が王家の遠い傍系」の血縁で「ほとんど繋がりもない平民同然」であったといい、ニザヴェリル城で暮らしていたとき両親の指示に従いクーデター派の刺客を招き入れてしまい、王と王妃が殺されるなか赤ん坊のレギンを抱いて逃亡していた。追いつめられてもレギンを殺すことはできかねて、最後には正気を失ったファフニールの手にかかって死ぬ (V.11.5)。

北欧神話では:短くオトル Otr とも。「カワウソ」(英 otter) の意。フレイズマル* の息子で、兄弟姉妹にファーヴニル*、レギン*、リュングヘイズ*、ロヴンヘイズ*。変身する能力をもち、カワウソに化けていたときそれと知らずにロキ* に殺される。このさいに支払われた賠償金がもとでフレイズマル、ファーヴニル、レギンが争って全員死ぬことになる (Rm, Fm)。

ギャッラルブルー Gjallarbrú [ギャッラル・ブルー]

FEH では:花嫁フィヨルム* の武器名、杖。

北欧神話では:「ギョッル* の橋」の意。ギョッルはニヴルヘイム* の中央から発し、死者の国ヘル* を取り巻く川 (Gylf 4)。すなわち死者の国と地上とを結ぶ道であり、バルドルが殺されたとき彼をヘルから取り戻すため神々の使者として旅立ったヘルモーズはこの橋を渡った (Gylf 49)。

巨影 Røkkr [レック]

FEH では:ロキ* により「戦いに敗れ、何者にもなれなかった異界の者たちの魂」を寄せ集めて作られた巨大な存在、およびそれが装備している奥義および聖印の名。これを始めたのはアルフォズル* の命ではないロキの独断であり、トール* からも「倒れた兵を冒涜するな」と不快感を示されたが、「この泉で恨みを抱いたまま永遠に彷徨い続けるよりは」ましだろうというのがロキの弁 (巨影討滅戦・OP)。「泉」については現在までこの発言以外に言及がなく詳細不明。日本語版にはカタカナの名称はないが、欧米語版では古ノルド語の言葉になっている。

北欧神話では:「黄昏」の意の普通名詞。ラグナレックの後半要素といえばわかりやすいか。もっとも Vsp の「ラグナロク=神々の運命」のほうが本来のものであり、スノッリの Gylf に見られる「ラグナレック=神々の黄昏」は混同の結果である (ペイジ、邦訳 128 頁;「改悪」と称する学者も=ノルダル、邦訳 220 頁)。「泉」の候補としてはニーズヘッグが死者を責め苛むというフヴェルゲルミル* (Gylf 52) がもっとも蓋然性が高いと思われる。残る著名な泉として、ミーミルの泉は飲むものに知恵を与えるところだし、ウルズ* の泉はユグドラシルを養うきわめて神聖な泉だからである。

玉雪の神殿 (sanctuary at) Snjárhof [スニャール・ホヴ]

FEH では:ニフル* 西方にある、打ち捨てられ廃墟となっている神殿。ムスペル* の軍勢を逃れたスリーズ* が身を隠していた場所で (II.6.1)、スルトにより強襲され彼女の死地となる (II.7.5)。

北欧神話では:FEH 英訳者による造語。snjár または snjór は「雪」、hof は「(異教の) 神殿」の意だが、前者の -r は格語尾であって複合語ではつかないのが正しい (例:snjóhríð「雪嵐」)。

玉雪の宝珠 Snjársteinn [スニャール・ステイン]

FEH では:ムスペル* の炎を消し去る氷の儀に必要な品の片割れ。これとブレイザブリク* が揃うと「ニフル* の真の氷の儀」が完成し、無敵であったスルト* を倒すことが可能になる (II.7.1)。

北欧神話では:FEH 英訳者による造語。steinn は「石」。前項の説明と同様、正しくは Snjásteinn とすべき。

巨人 (族) jötun [jötunn ヨトゥン], 複 jötnar [ヨトナル]

FEH では:「遥か昔」に小人族* を支配していた種族 (V.4.1)。戦闘能力が高いが争いは好まないと言われており、伝統的に女王が治める平和なヨトゥン王国* に暮らしている (V.4.4)。日本語版の会話にはないが、欧米語版では「かなり大柄な人々」(英 fairly large folk, 独 ziemlich großgewachsen) と表現されており (V.4.4)、これは意味論的に透明な日本語の「巨人」と違い ‘jötun, jötnar’ では欧米語話者がイメージしにくいための補足だろう。

北欧神話では:神々に敵対する者として、基本的には悪であり醜い存在として描かれる。概して力は強力で魔術を使う者、知識・知能の優れた者も多くいるが、間抜けな負けかた・死にかたをする場合もよくある (神々と人間の側に立つ者が語っているせいか)。神と区別がつけがたい場合もしばしばあり、たとえばロキ* は両親ともに巨人だがいつの間にかアース神族に数えられているし、神々の父オーディンさえも祖先は巨人なので神々の多くは巨人の系譜に連なるとも言える。文字どおり体が巨大かはまちまちで、その死体から世界が作られた原初の巨人ユミルや (Grm 40f., Gylf 8)、トール*・ロキ・シャールヴィ* らがウートガルズへの旅の道中出会ったスクリューミル (その手袋を彼らは家と勘違いして一泊した=Gylf 45) のように明らかに巨大である例は散見されるも、同じ船に乗れたり結婚できたりと神々や人間と同程度のサイズに思われるところも多い。容姿について言えば男の巨人に美男は一人もいないが、女巨人にはフレイ (=フロージ*) が一目惚れしたゲルズ (Skm 序, Gylf 37) やニョルズの妻スカディ (Grm 11)、詩の蜜酒を守るグンロズ (Háv 107) のように美女もときどきいる。なお FEH 欧米語版の単数形に使われている jötun は古ノルド語では対格形もしくは裸の語幹であって間違い (ヨトゥンヘイム* Jötunheimr では複合語なので n が 1 つになる)。

ギョッル Gjöll

FEH では:通常フリーズ* の武器名、剣。

北欧神話では:「騒ぐもの、轟くもの」の意。ニヴルヘイム* の中心、フヴェルゲルミル* の泉から流れ出る川のひとつで、死者の国ヘル* の周りを流れる (Grm 28, Gylf 4)。すなわちニヴルヘイムとヘルとを隔てる川である (ただしニヴルヘイムとヘルを同一視する解釈もある)。

グラニ (の盾) Grani(’s Shield)

FEH では:パッシブ A スキルの名。騎馬特効を無効にする。

北欧神話では:「灰色の」の意か。シグルズの乗る愛馬の名 (Grp 5, 13, Rm 序など)。シグルズは竜ファーヴニル* を殺して得た莫大な黄金をはじめとする財宝の数々をこの馬に乗せて運んだ (Fm 結語)。「ヴォルスンガ・サガ」に従いオーディンの乗馬スレイプニルの子孫であるとすると、ロキ* の末裔でもある。

グラム Gramr

FEH では:ニザヴェリル* 王家の秘宝である魔剣。小人* の王冠に対抗しうる強力な武器であり、王家の血を継ぐ者が使うことで真価を発揮する (V.4.2, 13.2)。しかし魔道科学* の進歩につれて有用性を減じお飾りと化しており、オッテル* の提案により関係修復のため隣国ヨトゥン王国* に寄贈されていた (V.4.2)。たぶらかされたノート* によってオッテルに引き渡されると (V.5.3)、しばらくは彼の手にあり、ファフニール* が自分の正体に気づいてエイトリ* を問いつめたときオッテルはこれによってファフニールを攻撃するが、このときはふつうの剣以上の効果は発揮していない (V.10.5;直後の暴走は小人の王冠のせい)。オッテルとの決着後にアルフォンスが回収し (V.11.5)、正統な王族たるレギン* がこれを用いて致命の一撃を与えると、暴走していたファフニールは最期に正気を取り戻した (V.12.5)。「古の神竜の力」を宿しており、これによってエイトリを撃破するとその体は塵となって消えた (V.13.5;ただし風化そのものはグラムの効果ではなく、「人ならざる力を人の身で使い続けた結果」とアルフォンスは推測している)。このことでエイトリが完全に消滅したのかどうか、またそうだとすればなぜグラムにそのような力があるかは語られていない (推測としては、エイトリの分け与えられていたわずかな竜の力に対し、グラムのもつ「古の神竜の力」が上回ったためではないかとは考えうる)。

北欧神話では:「怒り」の意。オーディンがバルンストック* の木に突き立てて英雄シグムンドの手にした剣が、彼の最後の戦いで折れたあと、その破片をもとに鍛冶師レギン* が鍛えてシグルズに与えられた剣。水中を流れる毛糸でも鍛冶の鉄床でも真っ二つに切り裂く切れ味があり (Rm 14)、この剣によってシグルズは竜ファーヴニル* を打ち破り、さらに裏切りを画策していたレギンをも殺した (Fm)。

グリトニル Glitnir

FEH では:グスタフの武器名、斧。

北欧神話では:「輝くもの」の意で、柱や壁は黄金、屋根は銀でできている館 (Gylf 17)。フォルセティの居館 (Grm 15)。

グリンカムビ (の角笛/の聖卵) Gullinkambi [グッリン・カンビ]

FEH では:(1)「眠りに落ちる前の自分を思い出し、その世界に戻りたいと願」いながら吹くことで、眠りから目覚めることができる。ただし、「黒妖精*〔……〕らを退け、黒い夢の力を弱め」たうえで、「アルフ* の夢の門」で吹き鳴らす必要がある (IV.3.1, 11.5, 12.5)。(2) 兎セレナの武器名、赤の魔道。名前の共通している 1, 2 ともに FEH オリジナルのアイテムだが、関連は不明。

北欧神話では:「黄金のとさか」の意で、アースガルズ* にいる雄鶏の名。ラグナロクの始まりを告げるもののひとつで、オーディン (=アルフォズル*) の選んだ戦士たちエインヘリヤルを呼び起こす (Vsp 43)。

グリンブルスティ Gullinbursti [グッリン・ブルスティ]

FEH では:小人* の国ニザヴェリル* の魔道科学* により作られた機械の乗り物。

北欧神話では:「黄金の体毛をもつもの」の意。金色に輝く豚もしくは猪で、その体毛は夜でも明るく照らし、どんな馬よりも速く、空中だろうと水上だろうと駆けることができる。イーヴァルディの子らの作品に対抗し、小人* の兄弟エイトリ* とブロック* が作ったもののひとつで、フレイ (=フロージ*) に献上された (Gylf 48, Skáldsk 7, 43)。別名にスリーズルグタンニ (Gylf 49)。

グルン…… gronn- [grœnn- グレーン]

FEH では:グルンブレードなどの汎用緑魔道、グルンマムクートなどの汎用敵ユニットの名前の前半につき、「緑」を意味する。ラウア*、ブラー*、ヒータ* も参照。

北欧神話では:特別な用語ではなく、古ノルド語で「緑の」を意味する形容詞。FEH (欧米語版) では Gronnblade や Gronnraven のようになんでもかんでもそのままつけているが、grœnn の最後の -n は語幹の n に同化した r であって男性単数主格の語尾であるから、複合のさいには消えるのが正しい (例:grœnleikr「緑、みずみずしさ」)。

グレール Grer [Grérr]

FEH では:「ニザヴェリル* の発展に貢献した、歴代の魔道科学者* たち」のうちの 1 人で、ニザヴェリル城に肖像画が飾られている (V.12.1)。その正体はエイトリ* (V.13.5)。

北欧神話では:語義不詳、「わめく・怒鳴る者」もしくは「小さい者」の意か (Simek)。アールフリッグ*・ドヴァリン*・ベルリング* とともに、「ソルリの話」においてフレイヤ* の首飾り (=ブリーシンガルの首飾り*) を制作した鍛冶師の小人* の名で、彼らはフレイヤと一夜ずつ寝るということを条件に首飾りを与えた。

黒妖精 dökkálfr [デック・アールヴ], 複 dökkálfar [デック・アールヴァル]

FEH では:黒い夢の国スヴァルトアルフ* に住み、人々に悪夢を見せる存在。黒妖精も妖精* の一種であり、たとえば IV.8.5 ではプルメリアがフレイヤ* から 4 度「妖精」と呼ばれている。狭義の妖精と同じくもとは人間であって、スカビオサとプルメリアは生前の記憶を失っているが人間の世界ミズガルズ* のことをなんとなく覚えており (IV.6.3)、敗退して妖精の力を失う危機に陥ったとき記憶が蘇った (IV.8.5, 9.4)。

北欧神話では:デックアールヴは「闇の妖精」のことで、地下に住み、その姿は瀝青より黒いとされる (Gylf 17)。一方スヴァルトアールヴ* は「黒い妖精」の意。この両者とドヴェルグ=小人*、あわせて 3 つの名称は実際には同一のものを指すと考えられる。なぜならロキ* がトール* の妻シヴを丸坊主にする事件を起こしたとき、その弁償に黄金でできており本当の髪のようにくっつく魔法のカツラを作らせた職人=イーヴァルディの子らは「スヴァルトアールヴ」であること (Skáldsk 43)、また「ドヴェルグ」のアンドヴァリを探しにオーディンがロキを派遣したときも、フェンリルを縛る魔法の紐グレイプニルを作らせるためフレイ (=フロージ*) がスキールニルを派遣したときも、その行き先は「スヴァルトアールヴァヘイム」だからである (Gylf 34, Skáldsk 46)。スヴァルトアルフの項、および別稿「アールヴとその区分」も参照。

ゲイルスケグル Geirskögul [ゲイル・スケグル]

FEH では:総選挙ルキナの武器名、槍。

北欧神話では:「槍の戦」の意で、ヴァルキュリアのひとり (Vsp 30)。

ケルムト Körmt

FEH では:レティシアの武器名、緑の魔道。

北欧神話では:「守るもの」の意。トール* がユグドラシルの下で行われる神々の会合に赴くさい毎日徒渉する川の 1 つの名 (Grm 29)。「ケルムトとエルムトと両ケルラウグ」とまとめて挙げられており、これらはすべてミズガルズ* の東の境界、ヨトゥンヘイム* との境をなす川と考えられる (Simek)。

小人 dvergr [ドヴェルグ], 複 dvergar [ドヴェルガル]

FEH では:ニザヴェリル王国* に暮らす、手先が器用で技術力の高い民 (V.1.2)。「遥か昔」には巨人族* に支配されていたが、知恵を凝らして作った兵器により対等な力を得て独立国を建てた (V.4.1)。

北欧神話では:手先が器用で鍛冶を得意とする民で、オーディンの槍グングニルや魔法の船スキーズブラズニル、トール* の鎚ミョルニル* や動く黄金の猪グリンブルスティ*、フェンリルを縛るグレイプニルなど数々の名品や魔法の品を作る。その住む世界はスヴァルトアールヴァヘイムともいい (Gylf 34)、一般に土の中 (地下) や岩の間 (洞窟) に住んでおり (Gylf 14)、日の光にあたると石と化してしまう (Alv 36)。小人シンドリ=エイトリ* の一族はニザヴェリル* に住んでいる (Vsp 37)。また同義語として黒妖精* およびスヴァルトアルフ* の項も参照のこと。

細氷の神殿 (sanctuary at) Hjarnhof [ヒャルン・ホヴ]

FEH では:ニフル* の北の最果てにあり、「飛竜すら越せぬ峻厳な山々に左右を遮られ」ている厳寒の地 (II.6.5)。時期により通れる道が限定される場所であり、フィヨルム* を味方にもち地の利のあるアルフォンスとエクラの策により、地理に疎いレーギャルン* 軍を誘いこみ大きな勝利を収める。

北欧神話では:FEH 英訳者による造語。hjarn は「雪殻、硬く凍った雪」、hof は「(異教の) 神殿」。これはおそらく (珍しく) 正しい構成。

サングリズル Sanngriðr [サン・グリズル]

FEH では:総選挙カミラの武器名、杖。

北欧神話では:「きわめて激烈・残酷な者」の意で、ヴァルキュリアのひとり。

シャールヴィ Þjálfi

FEH では:比翼愛祭リーヴ* の武器名、赤の魔道。

北欧神話では:語義不詳。トール* に従う召使いとなる農民の子の名。訳によってはシアルフィなどとも。トールはロキ* とともに東方に旅をしたとき泊めてもらった農家で山羊のタングリスニル* とタングニョーストをつぶして肉を振る舞ったが、このさい彼の言いつけを破ったことでシャールヴィとその妹レスクヴァは弁償としてトールについていくこととなった。しがない農家の子のはずが人間どころか神々よりも足が速く、徒競走で「思考」の擬人化であるフギにさえ迫るいい勝負をする (Gylf 44–47)。またトールが巨人* フルングニルと決闘したおりには、巨人側が増援として作った粘土巨人モックルカールヴィの相手を引き受けあっさり打ち負かす (Skáldsk 25)。

シュルグ Sylgr

FEH では:通常ユルグ* の武器名、青の暗器。

北欧神話では:「絡みあうもの」の意で、フヴェルゲルミル* の泉から流れ出る川のひとつ (Grm 28, Gylf 4)。

シンモラ Sinmara [シン・マラ]

FEH では:スルト* の武器名、斧。

北欧神話では:語義不詳、おそらく「青白い悪魔・妖精」(Simek) か、「青白く、こわばり痙攣する者」の意 (de Vries)。スルト* の伴侶である女巨人* の名で、レーヴァテイン* の収められたレーギャルン* の箱を守っている。

スヴァルトアルフ Dökkálfheimr [デック・アールヴ・ヘイム]

FEH では:第 4 部の舞台となる「黒い夢の国」。現実世界からは黄昏の岬において夕暮れ時にルピナスが見せる白昼夢を介して渡ることができる (IV.7.3, 5;このとき実際には現実世界ではなかったが=IV.11.5、方法を教えたルピナスはそのことを知らなかったので現実世界でも同様に通じていると思われる)。夢の世界の危機に関してはアルフ* の項を参照のこと。

北欧神話では:スヴァルトアールヴァヘイムならばドヴェルグ=小人* の住む世界の名 (Gylf 34)。欧米語名の Dökkálf[a]heimr という名称は一次資料には現れないので、Dökkálfr と (Svart)álf[a]heimr に倣って英訳者が作ったものだろう。「闇の妖精」デックアールヴと「黒い妖精」スヴァルトアールヴはというと、古エッダにはなく事実上スノッリのエッダにしか見られない語であって、スノッリの造語と考えられる。この 2 者は意味がきわめてよく似ているので同じものだとすると、さらに小人とも同じものということになる (それより数世紀後の時代に作られた「オーディンのワタリガラスの呪文歌」25 節ではデックアールヴとドヴェルグが並んでいるが、重要な証言ではない)。黒妖精* の項、および別稿「アールヴとその区分」も参照のこと。

スヴェル (の盾) Svalinn (Shield) [スヴァリン;日本語版は Svöl にもとづく]

FEH では:パッシブ A スキルの名。重装特効を無効にする。

北欧神話では:「冷やすもの、冷たいもの」の意。太陽のまえに立っている盾の名で、それがなければ太陽の熱で山も海も全世界が燃えて焼失してしまうという (Grm 38)。

スキャルドボルグ Skjaldborg [スキャルド・ボルグ]

FEH では:イベント「護れ!英雄最前線」にて、特務機関が派遣する援軍に使用する「守護者の大盾」が多数集まったとき発生し、「自軍全体を守るほどの力が発揮される」とされる事象。その説明を受けたシャロンは「わー、それはすごいですっ! わたしも見てみたいですーーっ!!」と絶賛した (護れ!英雄最前線・OP)。

北欧神話では:文字どおり「盾の壁」の意味の複合語。前近代の戦争において地域を問わず幅広く行われた戦術である、隊形を組み盾を構えて立ち並ぶ兵士たちが作る「盾の壁」のことで、古代ギリシアのファランクスもその有名な一例。古ノルド語圏の神話・伝説には見られないが、歴史上のできごととしては 1066 年にノルウェー王らがイングランドを攻めたスタンフォード・ブリッジの戦いがあり、盾の壁どうしがぶつかって両陣営それぞれ 5, 6 千を失いながらも数の優位があったイングランド側が勝利した。

スキンファクシ Skinfaxi [スキン・ファフシ]

FEH では:ダグ* の武器名、斧。

北欧神話では:「輝くたてがみ」の意で、アルフォズル* によってダグ* に与えられた馬の名。この馬によって地上も空中も明るく輝き昼が訪れる (Gylf 10)。

スクルド Skuld

FEH では:舞踏祭オリヴィエの武器名、剣。

北欧神話では:「税、責務」または「未来」の意。人間の運命を定め寿命を決める運命の女神ノルニルの 3 姉妹のひとりで (Vsp 20, Gylf 15)、未来を司る。

スラシル Thrasir [Þrasir; Lífþrasir リーヴ・スラシル]

FEH では:(1) エンブラ帝国* の初代皇帝で、「一国を滅ぼすほどの魔力を持っていた」魔女と伝わる (III.1.4)。(2) 1 の名を称する死の王国ヘル* の将。その正体は滅びた世界のヴェロニカが成長した姿 (III.10.1)。リーヴ* に同調し、滅んだ自分たちの世界の死をよそに押しつけて救うためヘルの配下として戦うが、敗北して戦死した (III.10.5)。と思われたが、リーヴとともにどこかで生きており (III.13.5)、戦神トール* によって見いだされ「天上の戦士」となる (異.5)。

北欧神話では:リーヴスラシルは「生命を追い求める者」の意。リーヴ* とリーヴスラシルはラグナロクのさいホッドミーミルの森に隠れていて生き残り、新世界の人類の祖となる夫婦だが、原典ではどちらが女かは不明 (Vm 45, Gylf 53)。しかし文法的にはリーヴは中性名詞、〜スラシルは男性名であり、実際にたとえば Lecouteux の事典ではリーヴスラシルが男性とされている。

スリーズ Gunnthrá [Gunnþrá グンスラー;日本語版は Slíðr にもとづく]

FEH では:ニフル王国* の王女。「ニフルの魔道や儀式」に造詣が深く、夢のお告げを用いてたびたびエクラに直接語りかけ、アスク* とニフルの協力によって「不死不滅の炎」に守られたスルト* を討つべく一行をニフルへ呼びだす (II.3.1)。国がムスペル* によって滅ぼされたあと、ニフル西方の玉雪の神殿* に落ち延びて機会を窺っていた (II.5.1, 6.1)。エクラたちとの合流の直前にスルトに襲撃され、一行の目のまえで殺害されるが、死の間際に自分の身と魂を供物として玉雪の宝珠* の力をブレイザブリク* に宿す (II.7.5)。さらにこれらと前後して (システム上第 2 部とは独立にプレーできるためスリーズの死後にも起こりうる)、エンブラ* に淵源する「刃の儀式」を行う神殿の所在地を教える夢のお告げをエクラに与えており、自国のみならずアスク・エンブラ両国の「覚醒の儀」を知っていることがわかる (I.幕間.2)。

北欧神話では:スリーズは「恐ろしい、危険な」の意、グンスラーは「好戦的な」の意で、いずれもフヴェルゲルミル* の泉から流れ出る川の名 (Grm 27f., Gylf 4)。

スルト Surtr

FEH では:第 2 部の敵、ムスペル* の王。「王はただ一人。国はただ一つ」との思想から、他国を滅ぼしつくし大地を焼きつくすため侵略の挙に出る。予言書にある「不死不滅の炎」によって守られており決して傷つかない (II.1.1, 2.5)。弱者を炎で焼いて痛めつけその苦しむさま、また抵抗するさまを見て楽しむ趣味があるが (II.1.4, 3.5)、フィヨルム* が気を失うとそれ以上傷つけず放置するところから無抵抗の相手には興味が薄いようだ。ニフル* に向かうエクラ一行をいったんは娘たちに任せて捨て置くが (II.4.5)、ロキ* の忠告を受けてみずから乗りこみスリーズ* を拷問し殺害する (II.7.5)。その後は同盟相手だったエンブラ* を裏切ってヴェロニカを暴行したうえ連行し、ユルグ* とともに炎の儀の供物とする (II.8.1, 5, 12.5)。真の氷の儀を経た特務機関によりムスペル王城にていったんは倒されるが、炎の儀のおかげで蘇る (II.10.5)。これと相前後して、敗北の見せしめにヘルビンディ* の故郷の貧民街を焼き討ちしており (II.12.3)、このために (スルトは生存を知らなかったと思われる) 彼の離反を招いてヴェロニカ・ユルグを逃がされ、自身の最終的な滅びにつながる (II.13.2–3, 5)。死後は「喜びの園に行けぬ者」として死の王国に行きヘル* の力となる (異.4)。

北欧神話では:「黒い者」の意。ムースペルスヘイム* の主で、炎の剣をもって国境を守っている (Gylf 4)。ラグナロクのさいには太陽より明るく輝くその剣をもち (レーヴァテイン* の項も参照)、炎に包まれながら騎乗の軍勢の先頭に立って南方より攻め寄せ、フレイ (=フロージ*) との死闘を制して勝利、オーディン・トール*・ロキ* らがみな戦死したのち炎で全世界を焼きつくす (Vsp 52, Gylf 51)。このように見るとものすごい強敵のようだが、フレイが負けたのは愛用の剣をスキールニルにあげてしまっていたためで (Skm 8f.)、それでも互角ということは万全の彼やトールなどとあたれば負けていたと思われ、最後まで生き残ったのは運がよかっただけかもしれない。

セクヴァベク Sökkvabekkr [セックヴァ・ベック]

FEH では:リーヴ* の武器名、剣。「崩剣セクヴァベク」と呼ばれ、世界を壊す力があるらしい (III.1.3)。死の王国ヘル* に由来する剣 (リーヴ・ホーム会話)。

北欧神話では:「沈んだ土手・堤」の意。サーガという女神が住んでいる宮殿の名で、オーディンとともに毎日酒盛りをする (Gylf 35, Grm 7)。サーガはフリッグの別名にすぎないともいい、フェンサリル* と同じく「深淵の館」の意とも (ノルダル)。

セック Thökk [Þökk]

FEH では:通常ロキ* の武器名、杖。

北欧神話では:「感謝、喜び」の意で、女巨人* の名。万人に愛された光の神バルドルがロキ* の奸計により殺されたとき、死者の国の女王ヘル* は地上のあらゆるものがバルドルのために泣くならば帰してやると約束するが、巨人の老婆セックだけが泣かなかったため叶わなかった。この女巨人はロキが化けた姿という (Gylf 49)。

セーフリムニル Sæhrímnir [セー・フリームニル]

FEH では:行楽フローラの武器名、赤の暗器。

北欧神話では:「海の煤けたもの」の意。料理人アンドフリームニルがエルドフリームニル* という鍋を用いて煮る猪の名。オーディンに選ばれヴァルハラに集う死した英雄たちエインヘリヤルの大軍勢を養う食料で、その肉は極上であり、毎日食べても夕方にはもとどおりに復活する (Grm 18, Gylf 38)。

ソグン Thögn [Þögn]

FEH では:伝承ルキナの武器名、青の弓。

北欧神話では:「沈黙」の意で、ヴァルキュリアのひとり。

ダグ Dagr

FEH では:ヨトゥン王国* の第二王女。次期女王と目される双子の姉ノート* を僻み、実力を示すため特務機関を待ち受け交戦するが敗北、魔剣グラム* 返還に協力するとして同行する (V.4.5)。ニザヴェリル王都での決戦中、ファフニールを討つことを躊躇して窮地に陥ったレギン* を見かねてかばうも、そこへ割って入ったノートが身代わりに斬られると、それまでの喧嘩やふだんの軽口も忘れて号泣する。客観的に判断すれば明らかにレギンのせいで姉を亡くしたことになるが、責めることもなくむしろ「あたしを庇ったのは姉ちゃんの勝手…あんたのせいじゃない」と発言、冷静にレギンの決心を促すという度量の広さを見せた (V.12.3)。ファフニールおよびエイトリ* が倒されニザヴェリルが解放されると、女王として国を率いることをためらうレギンに、ヨトゥン次期女王となる自分の修業と称しニザヴェリルの総督としてもらうことを提案、焼け野原となった国の立てなおしを引き受けてレギンを旅に送りだす (V.13.5)。

北欧神話では:ダグ (Dagr) という名の存在はエッダ中に古い神と人間の英雄との 2 人いるが、神のほうが由来。「日、昼」(英 day, 独 Tag) を意味する名のとおり日の擬人化された神で、ノート* とその 3 番めの夫デッリングとの息子。万物の父 (=アルフォズル*) はノートとダグにそれぞれ馬と車を与えて、昼夜が交代するよう日ごと大地の周りを回らせた。ダグの馬の名がスキンファクシ* (Gylf 10)。

タングリスニ Tanngrisnir [タン・グリスニル]

FEH では:比翼クリスマスマルスの武器名、無の弓。

北欧神話では:「歯をむきだして笑うもの」の意。トール* の所有しているヤギの 1 頭の名で、車を牽かせるのに使うほか、殺して肉を食べても皮と骨さえ残っていればトールがミョルニル* を用いて浄化することで復活する。シャールヴィ* のせいで後ろ足を引きずるようになる (Gylf 21, 44)。

ドヴァリン Dvalinn

FEH では:「ニザヴェリル* の発展に貢献した、歴代の魔道科学者* たち」のうちの 1 人で、ニザヴェリル城に肖像画が飾られている (V.12.1)。その正体はエイトリ* (V.13.5)。

北欧神話では:「のろまな者」または「眠っている者」の意。アールフリッグ*・ベルリング*・グレール* とともに、「ソルリの話」においてフレイヤ* の首飾り (=ブリーシンガルの首飾り*) を制作した鍛冶師の小人* の名で、彼らはフレイヤと一夜ずつ寝るということを条件に首飾りを与えた。

トール Thórr [Þórr]

FEH では:人間からは「戦神」と呼ばれている女神。ヘル* 討滅後、リーヴ* とスラシル* を「天上の戦士」に誘う (異.5)。幼少マルスらの「可能性を引き出した」として大きな力を与える (外.45.1)。ふだんの仕事はアルフォズル* の命によって数日〜十数日ごとに裁きの神槌ミョルニル* を振るいアスク王国* を攻めること (ミョルニル・OP)。それ以外では偶像の観戦が趣味だが (偶像の天楼・OP)、反面ロキ* の盤上遊戯は苦手としている (ロキの盤上遊戯・OP)。これらのさいの言動から、戦いを好むが圧倒的な力で勝つことには価値を見いださず、相手と同等もしくは弱き者が力を振りしぼって懸命に戦うことを評価し尊敬しており、結果については「勝敗など取るに足らぬこと」と考えていることがわかる。ニフルとムスペルの代理戦争の行方に関してロキとの賭けに負けたため、神階英雄として召喚されることになった (戦渦の連戦「氷神炎神 5」ED、ホーム会話)。

北欧神話では:オーディンの息子 (もちろん男性) にして、神々と人間のうちでもっとも強い神 (したがってオーディン=アルフォズル* よりも強い)。彼のもつミョルニル* という鎚は小人* の兄弟エイトリ* とブロック* が作ってトールに献上したもの。ほかにも巻くと力が 2 倍になる帯メギンギョルズと、ミョルニルを握るのに必須の鉄の手袋ヤールングレイプ*、タングニョーストとタングリスニル* という 2 頭の山羊をもつ (Gylf 21)。妻はシヴ、召使いにシャールヴィ* とロスクヴァ。喧嘩っ早く (Vsp 26) 無双の力をもっており、巨人* の脅威から神々や人間たちを守る存在 (Hym 11)。ミョルニルを握れば心が踊り巨人は男も女も皆殺し (Thrk 31f.)、それが振り上げられるだけでわかるほど (Gylf 21) 巨人たちにトラウマを植えつけた。それどころか (女と戦うのは恥とされたのに) 人間の女でも悪人は容赦なく殺す (Hrbl 23, 37f.)。しかし殴らずに頭を使って搦め手で勝った例も皆無ではない (Alv)。ロキ* とともに旅をした機会には魔術で幻惑されまったく力が通じず負けたこともあって彼にからかわれる (Gylf 44–47, Ls 57–64)。ラグナロクの決戦のおりには大蛇ミズガルズオルムと戦い相討ちになる (Vsp 55f.)。

ニーウ Níu

FEH では:通常レーギャルン* の武器名、剣。

北欧神話では:特殊な用語ではなく、数字の「9」を意味する基数詞。至近の理由はレーヴァテイン* を収めたレーギャルン* の箱に「9 つの鍵」(Fjm 26) がついていることからか。北欧神話において 9 という数は特別で、世界樹ユグドラシルが支える 9 つの世界をはじめとして、海神エーギルの 9 人の娘とヘイムダルの 9 人の母や、ニョルズとスカディの夫婦が 9 日ごとに互いの住居ノーアトゥーン* とスリュムヘイムを行き来した話、フレイ (=フロージ*) が花嫁ゲルズを迎えるとき 9 日待ったエピソード、黄金の腕輪ドラウプニルが 9 夜ごとに同じものを 8 個生む (つまり 9 倍に増殖する) こと、トール* が最後の戦いでミズガルズオルムの毒液を浴び 9 歩下がって倒れることなど、この数字は幾度となく現れる。

ニザヴェリル Niðavellir [ニザ・ヴェッリル]

FEH では:(1) 第 5 部の舞台となる「小人* の国」。数千年の歴史があり (V.13.4)、優れた魔道科学* の力を持つ (V.1.1)。「十数年前のクーデターで王族が滅んでからずっと国が荒れて」おり、この混乱のなかファフニール* が一兵卒から王に立つが、王が豹変して以来圧政が布かれ侵略を開始する (V.1.2)。王家には「小人の王冠」(英 Crown of the Dvergar) と魔剣グラム* が秘宝として代々伝わっている。王冠は「王を守護し力を与える」ものだが (V.4.2)、ニザヴェリルの民でない者には適合せず、「王となる資格のない者の精神と身体を侵し〔、〕やがて破滅させる」代物で (V.11.2)、エイトリ* が大昔に正統な王家の存続のために制作したものであった (V.13.4)。また王は即位のさい、険しい山上に建つ「ニザヴェリルの塔」まで単独で登頂し、王とそれに連なる者しか入れない塔内部の祭壇に宝物を奉納するという儀式を行うならわしになっている (V.8.2, 9.3–4;語られていないがこの儀礼も王統を守ろうとするエイトリの発案、もしくは塔じたい彼女の建築かもしれない)。王都を含む国土の一部は小人の王冠によって正気を失ったファフニールの暴走によって焦土と化した (V.11.1)。戦後、この壊滅からの立てなおしが必要な時期に、唯一の王家の生き残りたるレギンは女王として立たずに旅に出てしまい、隣国ヨトゥン* の王女ダグ* が総督として統治を代行する (V.13.5)。(2) 1 を樹立した建国王の名。エイトリは「巨人族の支配に甘んじる小人族のなかで、彼だけが特別だった」と語っているので、(周辺諸国が軒並み神竜の名を冠しているのとは違い) 小人族の人間であり若くして病没している (V.13.5, エンディングムービー)。「その武勇は地の果てまで轟きその叡智はあまねく民を照らす。すばらしい人だった」とも評されており (V.13.4)、彼に心酔するエイトリの言ゆえ割り引いて受けとる必要はあるが、文武両道に秀でエイトリの能力を見いだす先見の明の持ち主であったとは考えられる。

北欧神話では:「暗い野、新月の野」の意で、北方にありエイトリ* の黄金の館がある (Vsp 37)、小人* たちが住む世界。スヴァルトアールヴァヘイム* と同一とも言われる (理由についてはそれらと黒妖精* の項を参照)。

ニフル Nifl [Niflheimr ニヴル・ヘイム]

FEH では:(1) 第 2 部の舞台となる「氷の王国」。ムスペル* の軍勢により半年間で滅ぼされ (II.2.1, 5)、その後はレーギャルン* によって支配されている (II.5.1)。アスク* からニフル王国へつながる「門」は、「ニフルに伝わる儀式」の効力がなければくぐっても何も起こらないため (III.4.4)、地続きではなく別の異界にあることがわかる。しかし神器ブレイザブリク* が氷槍レイプト* と呼応し (II.1.5)、また玉雪の宝珠* とあわさって氷の儀を完成させること (II.7.1)、さらに氷の儀の神殿がアスクの力により呼ばれた英雄に守護されていることから、「遥か昔、ニフル王国はアスク王国と交流があった」と推測された (II.8.1)。(2) 1 の王国が神として奉じる氷竜の名で、「氷神ニフル」とも称する (II.8.5)。氷の儀の祝詞でスリーズ* やフィヨルム* は「ニフルの子」を名乗り (II.7.5, 8.5)、逆にニフル自身はフィヨルムを「我が血を引く者」と呼ぶが (戦渦の連戦「氷神炎神 1」ED)、これはニフルが初代女王フヴェル* に「血を授け」て力を与えたため (「氷神炎神 2」OP)。かつてのムスペルとの戦いの結果、神の力を半分失い「自然に還るべき存在」「土や水の如き存在」となっているといい、神と呼ばれることを拒む (「氷神炎神 1」ED、「氷神炎神 3」OP)。また安定と平穏を好み、反対に人の感情をはじめとした揺らぎ移ろうものを嫌う。氷の儀によってフィヨルムから捧げられた命を受けとるかわりに炎神ムスペルを滅する使命を与えた (「氷神炎神 1」ED)。凍てついた心に「温かさをくれた」フヴェルが殺されて以来心を閉ざしており (「氷神炎神 2」OP・ED)、元凶のムスペルのみならず代々の王族をも憎んでいる (「氷神炎神 3」OP)。(3) 開花フィヨルムの武器名、斧。

北欧神話では:ニヴルヘイムは「霧の国」または「暗い国」の意。大地ができるよりはるか昔からあった世界で、そこから寒冷とあらゆる恐ろしいものが発する。奈落の口ギンヌンガガプの北方、すなわち南方のムースペルスヘイム* と反対側にあり、氷と霜に覆われた場所。その中央にある泉フヴェルゲルミル* からは 11 の川が流れ出ており、そのうちの 7 つがフリーズ*、スリーズ*、フィヨルム*、ユルグ*、シュルグ*、レイプト*、ギョッル* で、とくにギョッルの川を挟んでヘル* とも接している (Gylf 4f.)。

ノーアトゥーン Nóatún [ノーア・トゥーン]

FEH では:通常アンナの武器名、斧。

北欧神話では:「船の屋敷、港」の意で、ニョルズの住む宮殿 (Grm 16)。ニョルズは船と貿易を好む神で非常な財産家というので (Gylf 23)、商売好きのアンナと共通点がある。フレイ (=フロージ*) とフレイヤ* の兄妹が生まれた館ともいう (Gylf 24)。

ノート Nótt

FEH では:ヨトゥン王国* の第一王女 (V.4.4)。ダグ* の双子の姉。次期女王となる見込みの聡明な人物として知られており (V.4.5)、一見すると「上品で優雅」という印象を与えるが、妹ダグに対しては口が悪く「猿」「ヒヒ」「ミジンコみたいな脳みそ」などと形容する (V.5.1, 5, 7.1)。また重度の面食いで惚れっぽく、何度も男に騙されている (V.5.5)。ニザヴェリル* の王弟オッテル* に入れあげて彼の計画を鵜呑みにし、兵を集めたバルンストック城* に特務機関を呼びこみ騙し討ちを企て、ダグに見破られて反撃に遭うも首尾よくエクラの誘拐に成功、魔剣グラム* とともに夜の神殿にてオッテルに引き渡した (V.5.1–3;目的も知らずに彼に協力した点についてはダグからも呆れられた=V.6.2)。ファフニール* がアスク王国* 中枢まで攻め入ったあと、後始末に追われ疲弊していた特務機関に対し先日の詫びとして料理を振る舞うが、これにより全員が熟睡した隙をレギン* に付け入られ彼女の単独行動を誘発した (V.8.4)。ニザヴェリル王都でファフニールの猛攻を受けながら、なおもためらっていたレギンを守ろうとしたダグをかばって斃れる (V.12.3)。

北欧神話では:「夜」の意のとおり、夜の擬人化である女神。容姿は黒髪で生まれつき色黒。巨人* ネルヴィの娘で、3 回結婚しており (FEH の惚れやすさの由来?)、最初の夫ナグルファルとのあいだにアウズ、次の夫アンナルとのあいだにヨルズ、第 3 の夫デッリングとのあいだにダグ* をもうけた。万物の父 (=アルフォズル*) はノートとダグにそれぞれ馬と車を与えて、昼夜が交代するよう日ごと大地の周りを回らせた。ノートの馬の名がフリームファクシ* (Gylf 10)。

バルンストック (城) (the castle) Barnstokkr [バルン・ストック]

FEH では:特務機関がノート* との会合を約したヨトゥン王国* の城の名 (V.4.4)。

北欧神話では:「子ども・子孫の幹」の意。シッゲイル王とシグニュの結婚式の行われた宮殿にある木の名で、そこに現れたオーディン扮する片目の老人が、抜いた者に与えるとして剣をこの木に突き刺した。この無名の剣は花嫁の双子の兄シグムンドのものとなり、これが戦いで破損したあとの破片からレギン* によって打ちなおされたものがグラム* の剣となる。名前はエッダの英雄詩中にはなく「ヴォルスンガ・サガ」に現れるもの。

ヒータ…… hvítr- [フヴィート]

FEH では:第 6 部 4 章 (2022 年 2 月 18 日配信) より実装された、汎用白魔道ヒータバルチャーの前半部で、「白」を意味する。今後も無色の汎用敵ユニットや魔道の名称の接頭語として増えると思われる。ラウア*、ブラー*、グルン* も参照。

北欧神話では:特別な用語ではなく、(原音とは大きくかけ離れているが) 古ノルド語で「白い」を意味する形容詞。FEH (欧米語版) では Hvítrvulture のように r をとらずにつけているが、hvítr の -r は男性単数主格の語尾であり、複合のさいには消えるか (例:hvíthárr「白髪の」)、hvíta- のように弱変化の斜格形 (例:hvítabjörn「シロクマ」) にするのが正しい。

ビューレイスト Býleistr [ビュー・レイスト]

FEH では:通常ヘルビンディ* の武器名、斧。

北欧神話では:語義不詳。ビューレイプト Býleiptr とも言い、この場合後半要素はレイプト* と同じで、「嵐のなかで光るもの」の意か (Simek)。ヘルビンディ* とともに、ロキ* の兄弟の名 (Gylf 33)。

ファヴニル fáfnir [ファーヴニル]

FEH では:第 3 部から追加された飛行竜の汎用敵ユニットの名称で、ラウア* ファヴニル・ブラー* ファヴニル・グルン* ファヴニルの 3 種がいる。

北欧神話では:ファフニール* の項を参照。

ファフニール Fáfnir [ファーヴニル]

FEH では:小人* の国ニザヴェリル* を治める王で、さきの王朝がクーデターで滅んだあとの混乱のなか一兵士から王に成り上がった。本来は気さくで優しい性格で、孤児であったオッテル* とレギン* を拾い義理の弟妹として育てたが、即位後に暴君と化し侵略をするようになった (V.1.2, 2.1, 6.1)。昔の記憶を失っており、侵略の理由はなにかを探すためだが自分でも求めるものはわかっておらず (V.3.3)、過去に関連する事柄を思い出そうとすると激しい頭痛に苛まれる (V.2.1, 3.3, 6.5, 8.1, 9.1)。また、王となって国じゅうに顔が知れわたっても過去を知る者は現れなかった (V.6.1)。アスク王国* と召喚師エクラに関連してなにか思い出せそうなことがある様子で、手がかりを求めてアスクへ侵攻 (V.6.5)、王都目前にまで迫り (V.7.4)、駆けつけた特務機関をも圧倒的な武力で跳ねかえすが、突然「弱すぎて興が削がれた」と言ってとどめを刺さずに立ち去った (V.7.5)。その後に発見した異界の扉が「妙に引っかかる」として開けようと試みるも失敗、制止した女王ヘンリエッテを殺そうとするがこれも叶わず、アスクに入ってから「殺すたびに胸が裂け喉が焼き切れそうになる」と語る。このために力が出ず初の敗北を喫し、レギンのとりなしによって助命され地下牢に投獄されたが (V.8.1–2)、ロキ* の手引きによって脱獄し、その見返りとして彼女の指示でエンブラ帝国* に攻め入る (V.8.5–9.1, 10.1)。ニザヴェリルの塔における即位の儀式が遂行できなかったことから「ニザヴェリルの民」でないことが判明し、レギンにだけ聞こえる謎の声からは「異端者」(英 heretic, 独 Unberechtigter「資格なき者」) と称せられた (V.9.4)。ロキの依頼の目的であった偽ブレイザブリク* を回収したあと自分の正体と召喚した男の存在に思い至り、自分がエイトリ* によって不完全に召喚された者であること、ずっと元の世界に帰りたいと焦がれていたことを知る (V.10.4–5)。しかしエイトリが手を下したことで小人の王冠による暴走が始まり、正気を失いニザヴェリル中で暴れまわって王都を焼け野原にし (V.11.1)、オッテルのこともわからなくなり手にかけてしまう (V.11.5)。続けてノート* をも殺害するが (V.12.3)、このことでとうとう決心がついたレギンにより魔剣グラム* にて斬られる。そのとき今際のきわに完全な記憶が戻り、本当の名前と「小さな国の傭兵」であったこと、妻と幼い娘がいたことを思いだした。レギンからはもとの世界への帰還の希望も伝えられるが、王として行ってきた所業も自覚しており、報いを受けねばならないとして従容として死を受けいれた (V.12.5)。

北欧神話では:「抱きしめる者」の意。フレイズマル* の息子で、兄弟姉妹にレギン*、オートル (=オッテル*)、リュングヘイズ*、ロヴンヘイズ*。オートルが誤って殺されたさいにフレイズマルは賠償金を得るが、息子たちには分与を拒絶したことでファーヴニルに殺される。その後、ファーヴニルもこの分け前をレギンに渡すことを拒否し、レギンの養子シグルズにより殺される (Rm)。竜の姿になることもできる (Rm 14)。

フィヨルム Fjorm [Fjörm]

FEH では:[第 2 部] ニフル王国* の第二王女。スルト* によって母を目のまえで殺され、自身も瀕死となる暴行を受けていたが、スルトが興味を失ったため放置され特務機関に助けられる (II.1.4–5)。その後は行動をともにしニフル国内の案内役を務める。玉雪の神殿* にてふたたび現れたスルトによって姉スリーズ* をも殺され、怒りに駆られたことで捕虜としていたレーギャルン* の逃亡を許してしまう (II.7.5)。氷竜ニフルの眠る氷の儀の神殿最奥部において氷の儀を執り行い、神器ブレイザブリク* にスルトの不死不滅を封じる氷の力を宿す (II.8.5)。当然ながら母と姉の仇であるスルトを強く憎んでおり、唯一「お前」と呼ぶなど激烈な物言いが多く (II.7.5, 13.5)、ふだんの物腰とギャップがありアンナからは「スルトのこととなるとおっかない」と評される (II.8.5)。レーギャルンに対しては占領下のニフルの民を適切に遇したことで恩義を感じ、戦争などなく「友達になれていたら」と早くから考えており (II.6.5)、彼女が死に際して妹の助命を嘆願すると請けあい (II.13.1)、その遺言をレーヴァテイン* に伝え生きのびるよう諭した (II.13.4)。氷の儀の供物として命を捧げており、残された「時間はおそらく長くはない」と懸念されているが (II.13.5)、実際には (第 5 部に至ってもなお) 頻繁に咳きこむ以外にさしたる症状は現れていない (これはスリーズが捧げたぶんだけ氷の儀の負担が軽減されたのではないかとも想像しうる)。戦後はエクラとともに生きたいとしてニフルを離れた (II.13.5)。[第 2 部続編] 氷神ニフルその人と出会い、供物とした命のかわりとして炎神ムスペル* を滅ぼす使命を帯びた (戦渦の連戦「氷神炎神 1」ED)。ニフルによればフィヨルムは初代の「ニフル女王フヴェル* の血と、私が彼女に授けた竜の血」の両方を受けついでおり、フヴェルとは生まれ変わりのように似ている (「氷神炎神 2」ED)。ムスペルの戦士に対抗するため、ニフルの「唯一の子」として「氷神の力」を授けられ開花英雄となるが (「氷神炎神 4」OP)、相手がレーギャルンであると知って狼狽し戦いをためらう (「氷神炎神 5」OP・ED)。

北欧神話では:「急速なもの」の意で、フヴェルゲルミル* の泉から流れ出る川のひとつ (Grm 27, Gylf 4)。

フヴェル Hvergel [Hvergelmir フヴェル・ゲルミル]

FEH では:ニフル王国* の初代女王。氷神ニフルから「血を授け」られることで力を与えられたが、炎神ムスペル* によってわざと苦しみが長引くような攻撃を受け、ニフルにより介錯された (戦渦の連戦「氷神炎神 2」OP・ED)。ニフルによればフィヨルム* とよく似ているという (ホーム会話、「氷神炎神 2」ED)。また名前の元ネタから考えると巨影* の項で説明した「泉」と関連がある可能性もある。

北欧神話では:フヴェルゲルミルは「煮えたぎる釜・鍋」の意 (FEH 日本語版のフヴェルはまだしも、欧米語版がなぜ Hvergel で切ったのかは謎)。ニヴルヘイム* の中央に位置する泉で、そこへは牡鹿エイクシュルニルの角から雫が滴り落ち (Grm 26, Gylf 39)、この泉からエーリヴァーガル* の 11 の川が発する (Gylf 4)。しかし別の伝承によるとさらに多く、25 もしくは 41 の川の名が挙げられている (Gylf 39, Grm 27–29)。3 通りの場合いずれでもフィヨルム* とグンスラー (→ スリーズ*) は共通して含まれている。

フェルニル (の妖卵) Veðrfölnir(’s Egg) [ヴェズル・フェルニル]

FEH では:兎ヴェロニカの武器名、緑の魔道。

北欧神話では:「風にさらされた者」の意か。ユグドラシルの上方の枝に止まっている、フレースヴェルグと目される大鷲の頭の上に乗っている鷹の名 (Gylf 16)。卵に関するエピソードはとくにない。

フェンサリル Fensalir [フェン・サリル]

FEH では:通常シャロンの武器名、槍。

北欧神話では:「沼の館・広間」の意かといわれるが不確か、セックヴァベック* と同じく「(海の) 深淵の館」とも (ノルダル)。フリッグの宮殿の名 (Vsp 33)。フリッグとフレイヤ* は後に同一視されることがある、つまりことによればフォールクヴァング*=フェンサリル=セックヴァベックかもしれない。

フォルクヴァング Fólkvangr [フォールク・ヴァング]

FEH では:通常アルフォンスの武器名、剣。

北欧神話では:「民・軍勢の野」の意で、フレイヤ* の宮殿の名。女神はそこで毎日戦死者の半分を選びとる (Grm 14)。しかし愛の神フレイヤがオーディンとともに戦死者を分けるというのは不可解であり、フレイヤがオーディンの妻フリッグと同一視される理由のひとつになる (山室、141–42 頁)。

フギン (の魔卵) Huginn(’s Egg)

FEH では:兎カチュアの武器名、青の魔道。

北欧神話では:「思考」の意で、オーディンの飼っている 2 羽の大鴉の片割れ。世界中を飛びまわり見聞きしたことをオーディンに伝える。卵に関するエピソードはとくにない。

ブラー…… blár- [ブラール]

FEH では:ブラーブレードなどの汎用青魔道、ブラーマムクートなどの汎用敵ユニットの名前の前半につき、「青」を意味する。ラウア*、グルン*、ヒータ* も参照。

北欧神話では:特別な用語ではなく、古ノルド語で「青い」を意味する形容詞。FEH (欧米語版) では Blárblade や Blárraven のようになんでもかんでもそのままつけているが、blár の最後の -r は男性単数主格の語尾であり、複合のさいには消えるのが正しい (例:blámaðr「黒人 (直訳は青い人)」)。

ブリーシンガル (の首飾り) (the necklace) Brísingamen [ブリーシンガ・メン;日本語版は前半の属格形か複数主格形 Brísingar にもとづく]

FEH では:首にかけることで「相手のすべてを我がものとする呪い」を与えることができ、これによってフレイヤ* はフロージ* の夢の力を得る (IV.9.3, 5)。もともとなんらかの理由で壊れており、復元には「長い長い時間が必要だった」(IV.9.3)。

北欧神話では:ブリーシングは「燃えるもの、炎」、メンが「首飾り」の意。宝飾品に興味をもつようになった女神フレイヤ* がアースガルズ* を出たさいに出会った 4 人の小人* (比較的後代の資料ではアールフリッグ*・ドヴァリン*・ベルリング*・グレール* という名が与えられている) が作った黄金の首飾り。誰もが羨むフレイヤの持ち物として著名であり、トール* が巨人* スリュムに盗まれたミョルニル* を取り戻すさい女装してフレイヤのふりをするはめになったときに貸し出された (Thrk)。貸し出すまえにフレイヤが激怒したときばらばらに壊れてしまったとする訳もある (Thrk 13)。

フリーズ Hríd [Hríð]

FEH では:ニフル王国* の第一王子。ニフル陥落後、戦死したと見せかけて単身でムスペル* 国内に潜みスルト* の暗殺を狙い、重傷を負いながらも捜索の兵を突破して逃亡しつづけ、この間にムスペルの炎の儀について突き止める (II.10.5–11.1)。ロキ* が化けていたユルグ* を裏切り者であると見抜く洞察力ももつ (II.12.4)。戦争終結後はニフルの王になると思われる (II.13.5)。

北欧神話では:「嵐、吹雪、悪天候」の意で、フヴェルゲルミル* の泉から流れ出る川のひとつ (Grm 28, Gylf 4)。なお英語ではないし子音も異なる freeze「凍る」とはなんの関係もないが (古ノルド語でのその同源語は frjósa)、制作側がカタカナから勝手に連想した可能性までは否定できない。

フリズスキャルヴ Hliðskjálf [フリズ・スキャールヴ]

FEH では:総選挙ヴェロニカの武器名、杖。

北欧神話では:語義は不詳だがおそらく「望楼、見張り塔」のような意か (Simek)。オーディンとフリッグのみが座ることを許された玉座で、そこから全世界を見はるかすことができる (Grm 序, Skm 序, Gylf 9)。

フリスト Hrist

FEH では:クリスマスベルナデッタの武器名、緑の魔道。

北欧神話では:「轟かすもの」の意。ヴァルキュリアのひとり (Grm 36)。

フリムファクシ Hrímfaxi [フリーム・ファフシ]

FEH では:ノート* の武器名、槍。

北欧神話では:「霜のたてがみ」の意で、アルフォズル* によってノート* に与えられた馬の名。この馬の轡から滴り落ちる泡が朝露となる (Vm 14, Gylf 10)。

ブレイザブリク Breidablik [Breiðablik ブレイザ・ブリク]

FEH では:エクラが英雄の召喚に用いる神器。「真の鍵【ブレイザブリク】を捧げよ。さすれば異界より、【ブレイザブリク】を撃ち放つ真の英雄が現れるであろう」という伝承があり (I.破.2, 序.1)、アスク王国* の南方にある大いなる者の座* と呼ばれる太古の神殿に封印されていた (外.11.1)。「あらゆる異界を統べる特別な力持つもの」であり、第 2 部では玉雪の宝珠* とあわせてスリーズ*・フィヨルム* 両王女の献身によりニフル* の氷の儀を完成させ、スルト* 撃破の条件となる (II.7.1)。第 3 部ではアングルボザの心臓* の儀式から得られる力の受け皿となり、リーヴ* 撃破後に異界のエクラがもっていたブレイザブリクを得てヘル* を滅ぼす一撃を打ちだす (III.12.5, 13.5)。これは ver. 5.2.0 以降の新ミョルニル* で戦えるようになったエクラの扱う無の魔道「死銃ブレイザブリク」として再登場する。ニザヴェリル* の賢者エイトリ* はこの力に興味をもち、自身でも同じものを作れないかと試行するが完全な再現には失敗、自我や記憶を喪失した形でしか英雄を召喚できなかった (V.6.2, 5;ファフニール* は正気を失わなかった唯一の例外=V.10.5)。彼女はこの神器を「神たる竜の奇跡」と評している (ホーム会話)。

北欧神話では:「広い輝き」の意。オーディンとフリッグの息子、神々のあいだでもっとも愛された光の神バルドルの住む館で、そこには不浄な者は入ることができない (Grm 12, Gylf 22)。ちなみにエクラという名はフランス語 éclat「輝き、閃光」、欧米語名の Kiran は日本語の「キラン」という輝きの擬態語から来ていると思われ、バルドルの性質やブレイザブリクの意味とも符合している。さらに言うと、新世界が到来するとき死んで蘇るバルドルをキリストに比定する (またはその影響を受けているとする) 解釈もあり、「滅亡に瀕したこの国〔=アスク*〕を救う救世主」(I.破.1) とされるエクラの性格に合致している。エクラがバルドルに対応するとすればオーディン (=アルフォズル*) の息子であるという事実はきわめて示唆的である。

フレイズマル Hreiðmarr [フレイズ・マル]

FEH では:ファフニール* の武器名、槍。

北欧神話では:「名高い家・巣」の意。小人族の王で裕福だがケチな性格。ファーヴニル*、オートル (=オッテル*)、レギン* の父で、オートルがロキ* により誤って殺されたさいに受けとった賠償金を息子たちに分けることを拒絶し、ファーヴニルによって殺される (Rm)。

フレイヤ Freyja

FEH では:悪夢の世界スヴァルトアルフ* の女王。黒妖精* スカビオサとプルメリアの主人。幼時は「気が弱く、心優しい子」で、「鼻に大きな痣」があり「豚のように醜かった」ため嘲られ、唯一優しかった兄フロージ* を盲愛するようになった (IV.10.1, ホーム会話)。兄の愛が自分以外に向くことを認めず、理に反して彼をスヴァルトアルフへ連れ去りこのため現実世界に悪夢が侵食する「夢現」という事態を作りだす (IV.4.5–5.1)。さらに復元したブリーシンガルの首飾り* を用いてフロージを支配し、2 人ぶんの神の力によってあらゆる「夢を自由に操り、現を歪める」ことのできる「夢の支配者」「すべての夢の王」となる (IV.9.3, 5–10.1)。だが責任を感じたフロージがみずから命を投げだすことでその力の半分を失い、最愛の兄の死に慟哭して姿を消す (IV.10.5)。その後、現実世界で夢から覚めた (と思いこんだ) 特務機関の前に再臨 (IV.11.1)、兄を亡くした悲しみを味わわせるとして彼らと幼なじみの記憶を取り戻した妖精* たちに殺しあわせる (IV.11.3–4, 12.3–4)。かつて滅びに瀕した夢の世界を救うため、夢の蜜を用いてスカビオサ・プルメリア・ピアニー・ルピナスを「英雄」として妖精にした張本人であり、生前の 4 人とシャロンの幼いころを知っていた (IV.8.5, 9.4, 11.2)。アルフォンスと思っていた自分の正体に気づいたエクラに対し、一連の夢を見ているのはアルフォンスの死からの逃避だと告げ (IV.12.5)、それを理由として、かつ自らが力を与えた妖精たちも自分を殺せば消えると脅すことで、夢を永遠に続けることを迫る (IV.13.1)。儚く報われない「人間の愛」を理解できないと述べていたが (IV.12.3)、自らを慕う黒妖精たちを失ったことでおぼろげながら悟るようになり (IV.13.3–4)、最後は彼女らに命を与えるかわりに眠りについた (IV.13.5)。本編ではいちども言われていないし、求婚してきた者を全員拒絶したほどだが (IV.10.1)、本人によれば人間からは「愛の女神」と呼ばれているとのこと (タッチボイス)。

北欧神話では:「貴女、婦人」の意の呼び名であって、本当の名は知られない。ヴァン神族の出で、父ニョルズ、兄フレイ (=フロージ*) とともに、アース神族との停戦のさい人質となって以後アースガルズ* に住み、アース神族に魔法を伝える。居館はフォールクヴァング* (Grm 14, Gylf 24)。巨人* からも求婚される美貌で知られており (Thrk)、愛の女神として性的に奔放で、兄フレイとも関係をもっていた (Ls 32)。豊穣・多産と関係して、数あるあだ名のうちシュール Sýr は「豚」の意 (Gylf 35; 山室、139 頁)。また牝山羊に変身することもできる (山室、140 頁)。彼女を象徴する大きなブリーシンガルの首飾り* (Thrk 13, 19, Gylf 35) のほか、着ると鷹に変身して飛ぶことのできる鷹の羽衣をもっておりたびたびロキ* に貸すが (Thrk 3–5, Skáldsk 3)、後者は自分では使ったためしがない。別稿「フレイヤとその別名」も参照。

フロージ Freyr [フレイ;日本語版は Fróði にもとづく]

FEH では:夢の国アルフ* を治める王の名。フレイヤ* の兄。「夢の中で見る夢の世界」こと夢幻郷に住んでおり、いつも眠っているが眠りながらでも会話ができる。グリンカムビの角笛* を特務機関に授け、眠りから覚め眠り病を解決する方策を伝える (IV.3.1)。しかし角笛を手放したためにフレイヤに抵抗できなくなりスヴァルトアルフ* に連れ去られる (IV.4.5)。フロージとフレイヤが揃っていると、夢が「現実世界にまで影響を与えてしまう」夢現という現象が発生する (IV.6.1)。さらに「ブリーシンガルの首飾り*」の呪いを受けてフレイヤの支配下となり力を奪われる (IV.9.3, 5)。そうしたフレイヤの行いに責任を感じ、自分の夢の力を失わせるために特務機関に無抵抗で自分を倒させて果てる (IV.10.5)。

北欧神話では:フレイとフロージは同じ神の呼び名で、さらにユングヴィともいう。フレイは「主人」、フロージは「実り豊かな」の意。ヴァン神族の出で、父ニョルズ、妹フレイヤ* とともに、アース神族との停戦のさい人質となって以後アースガルズ* に住む。ただしフレイとフレイヤの兄妹はアースガルズに来てから生まれた子でアース神族に数えるとする話もある (Gylf 24)。妻はゲルズ (Skm, Hdl 30)。ラグナロクの最終戦争においてはスルト* と戦い、剣を失っていたせいで敗れる (Gylf 51)。

(魔銃) ブロック (Grim) Brokkr

FEH では:伝承 (通常) エイトリ* の武器名、緑の魔道。

北欧神話では:「金属の破片でできた者」の意か。エイトリ* の兄弟である鍛冶師の小人* で、協力してグリンブルスティ*、ドラウプニル、ミョルニル* を制作した。

ヘル Hel

FEH では:(1) 第 3 部の舞台となる「死の王国」。生者をすべて敵とみなしている。アスク王国* 西方の「荒涼たる墳墓」から通じる扉があり、グスタフの命で 20 年前に高い壁を築いて封鎖されていたが、それを砕き攻めこんでくる (III.2.1)。あらゆる世界の死者が集まる地で、「死後、喜びの園に行けなかった者たちは、亡者としてこの死の国に留まる」という (III.6.1, 異.4)。(2) 1 を治める女王の名。「死すべき定め」という 9 日後に確実な死を与える呪いの力をもつ (III.3.5–4.1)。人の死によって力を増すため、生命の竜の力で無数の命をもつエイル* を毎日殺していた (III.6.1)。エイルの母を装っているが、実際には彼女が幼いころその一族を皆殺しにして攫っていた (III.13.4)。(3) 2 が用いる武器名、斧。

北欧神話では:「隠すもの」の意。地下にある死者の国の名、およびそれを治める女神の名。死者のうち戦って戦場で死んだ者はオーディンとフレイヤ* に選ばれてヴァルハラに上るので、ヘルに行くのは病気や老衰で死した者となる。女神ヘルは巨狼フェンリル、大蛇ミズガルズオルム (ヨルムンガンド) と並んで、ロキ* とアングルボザ* のあいだの子である。険しく恐ろしい顔つきをしており、その肌は半分は人肌、もう半分は青色という (Gylf 34)。

ヘルビンディ Helbindi [ヘル・ビンディ]

FEH では:貧民街出身で、ニフル* 侵略の戦功から成り上がった「粗暴で残虐な将」だが、妹のメニヤ* のために戦っており妹に似ている子どもには親切な面もある (II.9.1, 5)。黒灰の城での敗北後死んだと思われていたが、レーギャルン*・レーヴァテイン* により助けられて戦いを継続 (II.11.2)、しかしスルト* により見せしめとして妹を含む貧民街の住人を皆殺しにされていたことが判明して戦意を喪失し戦線離脱する (II.12.3)。その後、炎の儀の供物とされていたユルグ* とヴェロニカをひそかに逃がすことで一矢報い、その時間稼ぎのためにスルトと戦い死亡 (II.13.2, 3)。

北欧神話では:ヘルブリンディ Helblindi ともつづり、「死の国ヘルの盲人」の意。ビューレイスト* とともにロキ* の兄弟の名 (Gylf 33)。また、ヘルブリンディはオーディン (=アルフォズル*) の無数にある別名のひとつでもある (Grm 46=Gylf 20;ただしこれは微妙な問題があり、カタカナにすれば同じ「ヘルブリンディ」でも、Herblindi とする写本も 2 点あるという。しかし谷口訳『エッダ』の Grm の注 135 が「ヘルブリンディ——Helblindi 戦士の眼をくらますもの」と書いているのは論外で、Hel- なら前述のとおり「ヘルの盲人」、Her- であれば「敵の軍勢の〜」ということになるから、両者が混同されている)。

ベルリング Billingr [ビッリング;日本語版は Berlingr にもとづく]

FEH では:「ニザヴェリル* の発展に貢献した、歴代の魔道科学者* たち」のうちの 1 人で、ニザヴェリル城に肖像画が飾られている (V.12.1)。その正体はエイトリ* (V.13.5)。

北欧神話では:ベルリングは「短い梁・角材」の意であり、アールフリッグ*・ドヴァリン*・グレール* とともに、「ソルリの話」においてフレイヤ* の首飾り (=ブリーシンガルの首飾り*) を制作した鍛冶師の小人* の名で、彼らはフレイヤと一夜ずつ寝るということを条件に首飾りを与えた。しかし欧米語版はビッリング Billingr という名を用いており、アールヴリックのつづりともども、英訳者はこの 4 人の名の元ネタが「ソルリの話」のドヴェルグたちであると見抜けなかった (というか、運営が翻訳を依頼するさいにそういうことを注記しておらず、毎回カタカナの名前を訳者たちに調べさせている) ことを証している。

豊穣なる丘 Gnótthæð [グノーット・ヘーズ]

FEH では:アスク王国* 東方領にある地名。美しい景色があり、アルフォンスやシャロン、王妃ヘンリエッテも遊びにくる場所であったが、ムスペル*・エンブラ* 連合軍の侵攻の犠牲となり灰燼に帰す (II.1.1)。古ノルド語名は欧米語版のみ。

北欧神話では:FEH 英訳者による造語。gnótt は「豊穣さ」、hæð は「高さ;丘」の意だが、このように主格形を単純にくっつけるのは正しくなく、同じ単語を用いるならば Gnóttarhæð か Gnóttahæð がよいと思う。

魔道科学 seiðjárn [セイズ・ヤールン]

FEH では:魔道と科学を融合させた技術で、小人* の国ニザヴェリル* だけがもつ力 (V.1.1)。その成果のひとつがグリンブルスティ*。一兵士であったころのファフニール* が、幼いレギン* が迷子にならないよう兄の居場所を光で指し示すコンパスを作ってやったというエピソード (V.6.1) から、魔道科学の技法は国民に広く公開され普及していると推測される。日本語版にはカタカナの名称はなく、古ノルド語名は欧米語版のみ。

北欧神話では:FEH 英訳者による造語と思われる。seiðr「呪文、魔法」と járn「鉄;武具」からなり、「魔法の武具」の意か。珍しく -r をとることを学習しており完璧に正しい造語法 (cf. seiðkona「魔女」)。

ミズガルズ Midgard [Miðgarðr ミズ・ガルズ]

FEH では:トール* たち天上の勢力が、地上 (アスク* のある世界?) を指して言う名称 (ミョルニル・OP、想いを集めて「希望の護り手たち」全体会話 B)。スカビオサが「ミズガルズのアスク王国」と呼ぶ例もある (IV.6.3)。現在のところ厳密な範囲は不明であるが、アスクともっとも密接な関係のある隣国エンブラ* は含まれるであろうし (そうでなければただのアスクの別名ということになり、わざわざミズガルズと呼ぶ理由がない)、同じく地続きのニザヴェリル* やヨトゥン*、その他名前のない近隣諸国も入るかもしれない。人間の世界と解せばさらにニフル* とムスペル* も含まれうるかと思われたが、灰狼の学級の面々がアスクの地下大図書館で見つけた古文書に「九の世界」として「ムスペル…ニフル…ヘル*…アルフ*…」という名前が列挙されていることから、これらはミズガルズとはべつの世界であろうと判断される (想いを集めて「深淵を照らす灯火」全体会話 B)。

北欧神話では:「中央の囲い地=中つ国」の意で、人間が暮らす地上の世界の名 (Grm 41, Gylf 9)。虹の橋ビヴロストまたはビルロストによって、天上のアース神族の国アースガルズ* と結ばれている。ユグドラシルが支える 9 つの世界 (Vsp 2) のうちのひとつであり、したがってとくにニヴルヘイム*、ムスペル*、ヘル*、アールヴヘイム*、スヴァルトアールヴァヘイム* とは別のものと数えられる。

ミョルニル Mjölnir(’s Strike)

FEH では:(1)「人へ振り下ろされる裁きの神槌」と称し、トール* が「あの御方」=アルフォズル* の命によって実行するもので、定められた日に数千万もの大軍勢がアスク王国* を攻めるできごと。王国南方にある「秘宝砦」に「異界より集めた遺産」があり、これを受けとめることができる (ミョルニル・OP)。(2) トールの武器名、斧。

北欧神話では:「打ち砕くもの、粉砕するもの」の意で、トール* のもつ鎚の名。ロキ* が発端でイーヴァルディの子らが作ったグングニルなどの作品と勝負をすることになり、小人* の兄弟エイトリ* とブロック* が作った 3 つの魔法の品のうちのひとつ。ロキは勝たせたくなかったためにアブ (ハエともいう) に変身して邪魔をし、このせいでミョルニルは柄の部分が短い失敗作となったが、オーディン・トール・フレイ (=フロージ*) の審判する品評会には結局勝ち、ロキは報いを受けた (Skáldsk 43)。その柄を握るためには鉄製の手袋ヤールングレイプ* が不可欠とされる (Gylf 21)。巨人* の王スリュムに盗まれたことがあり、トールはフレイヤ* とロキの助力を得てこれを取り戻した (Thrk)。ラグナロクの戦いにおいてトールが戦死しスルト* により全世界が焼きつくされたあと、新世界においてトールの子モージとマグニの手に渡る (Vm 51, Gylf 53)。

ムスペル Múspell [Múspellsheimr ムースペッルス・ヘイム]

FEH では:(1) 第 2 部の敵国である「炎の王国」。エンブラ* と結びアスク* を侵略するが、それ以前にニフル* のほか、少なくともひとつ他の国を攻め滅ぼしている (II.2.5)。国王はスルト*、王女にレーギャルン* とレーヴァテイン*。またロキ* がなんらかの思惑をもって軍師として加担していた。アルフォンスが「まるで伝承にある灼熱の地獄」と評するほど気温が高い。アスクでは行きかたが知られていなかったが、「ムスペル軍がニフルに侵攻してきた時、開け放たれた【門】」が通じている (II.9.1)。王族は「ムスペルの業火」に身を焼くことで一時的な力を得るが、代償として命を落とす (II.13.1)。(2) 炎竜もしくは炎神と呼ばれ、1 の成り立ちと関係があると見られる。具体的にどう関わったかは不明だが、おそらく初代王を指して「昔、ワシが炎をやった奴」と言い (戦渦の連戦「氷神炎神 3」ED)、またレーギャルンが「私の中に受け継がれるという炎神ムスペルの血」と教わっていることから (「氷神炎神 4」ED)、ニフル゠フヴェル* の関係と同様に初代王に竜の血を与えたと思われる。過去にフヴェル* をむごたらしく殺害している (「氷神炎神 2」ED)。「ムスペルの業火」にて命を捧げた者を蘇らせることが可能で、その場合は命令に絶対服従の「犬」にできる。人間の本質は闘争に明け暮れる獣だというのが持論で、「血で血を洗う殺し合い」を求め、レーギャルンにフィヨルム* との戦いを強要する (「氷神炎神 3」ED)。ニフルと力は拮抗していると認めつつ、ロキから伝えられた「黄昏の詩」の内容から最後には自分が勝つと考えている (「氷神炎神 4」ED)。(3) 開花レーギャルンの武器名、無色弓。

北欧神話では:語義不詳、「世界の滅亡」の意か、「口による滅亡」とする説もある。大地ができるまえ、ニヴルヘイム* と同じほど古くからあった世界で、炎が燃えて明るく熱く、そこで生まれた者以外は近づくこともできない場所。燃え盛る剣をもつスルト* が国境を守っている (Gylf 4f.)。世界の終末ラグナロクのとき、その軍勢を (なぜかスルトではなく) ロキ* が率いて攻め寄せる (Vsp 51, Gylf 51)。

ムニン (の魔卵) Muninn(’s Egg)

FEH では:兎シャロンの武器名、緑の魔道。

北欧神話では:「記憶」の意で、オーディンの飼っている 2 羽の大鴉の片割れ。世界中を飛びまわり見聞きしたことをオーディンに伝える。卵に関するエピソードはとくにない。

メグスラシル Mögþrasir [メグ・スラシル]

FEH では:舞踏祭イシュタルの武器名、赤の魔道。

北欧神話では:「息子を追い求める者」の意で、巨人* の名 (Vm 49)。

メニヤ Menja

FEH では:ヘルビンディ* の妹で、貧民街で暮らす少女 (II.9.5)。スルト* により見せしめとして殺される (II.12.3)。

北欧神話では:「女奴隷」の意で、未来が読める巨人* の女の名 (Grt 1)。

ヤールングレイプル Járngreipr [ヤールン・グレイプ]

FEH では:オッテル* が求めている「扉を壊す神器」(V.3.1) で、その正体は異界から召喚された者であったファフニール* を元の世界に帰らせないために作ろうとしていた (V.10.5)。エイトリ* によればその作成には召喚師エクラという「神器に選ばれた人間の魂」が必要とされ、そのエネルギーをもってすれば「トール* の【ミョルニル*】にも匹敵する神器」になるという (V.6.2, 7.2)。しかし最終的にはエクラを直接殺すことのほうが優先され、その制作は完全に放棄された (V.11.2)。

北欧神話では:「鉄の手袋」の意で、べつに固有名詞ではないその名のとおりのもの。トール* の持ち物で、ミョルニル* の柄を握るために必須とされる (Gylf 21)。

ユルグ Ylgr

FEH では:ニフル王国* の末姫。ムスペル* の軍勢に捕らえられたあと食事を拒否して弱っていたが、ヘルビンディ* に諭され考えを改める (II.9.1)。間もなくスルト* の命令により王城に送られ (II.9.5)、ムスペルの南の辺境 (II.11.1) にある炎の儀の神殿にてヴェロニカとともにその供物とされていた (II.12.5)。その後ヘルビンディに助けられて逃走、特務機関一行と合流する (II.13.2–4)。終戦後は兄フリーズ* とともにニフルに残る (II.13.5)。「えー、ごめんなさい」が口癖。まだ恋人はいない (II.13.4)。

北欧神話では:「雌狼」の意で、フヴェルゲルミル* の泉から流れ出る川のひとつ (Grm 28, Gylf 4)。

妖精 ljósálfr [リョース・アールヴ], 複 ljósálfar [リョース・アールヴァル]

FEH では:(1) 夢の国アルフ* に住み、人々に幸せな夢を見せる存在。純真な子どもとは夢のなかで遊ぶことがあるが (IV.2.3)、夢から覚めた人間は妖精のことを忘れてしまう (IV.5.5)。ルピナスのように人間の世界に住む者たちもいる (IV.6.1;ただしルピナスに会ったのは実際には現実世界と錯覚した夢のなかであり=IV.11.5、このときのピアニーの発言には疑いもある)。妖精はもともとは人間であり、純粋な心をもつ子どもがフレイヤ* の与える花の蜜すなわち「夢の蜜」を飲むことでなることができるが、戻ることはできない (IV.7.5, 8.5, 10.3)。(2) 1 のものと黒妖精* とをあわせた総称。この場合英語版では álfr (複 álfar) となる (IV.8.5, 13.5)。ちなみに第 4 部開始時点では ‘a ljósálfar’ のように複数形が単数として使われる事例が多々あったが、いつしか正しい形に修正された。

北欧神話では:リョースアールヴは「光の妖精」のことで、その姿は太陽より美しいとされ、アールヴヘイム (→ アルフ*)、もしくは第三の天よりさらに上の天上にあって世界の終末にも無事であるギムレーに住んでいるともいう (Gylf 17)。

ヨトゥン (王国) Jötunheimr [ヨトゥン・ヘイム]

FEH では:ニザヴェリル* の隣国である巨人族* の国。数年前にはニザヴェリルと戦争勃発寸前まで関係が悪化したが、魔剣グラム* の献上を受けて和解した (V.4.2)。保守的で古風な伝統文化を守っており、代々女王が平和裏に治めている (V.4.4)。双子の王女ノート* とダグ* のうち強いほうが次期女王となる予定であったが (V.4.5)、有力であった第一王女ノートがファフニール* との戦いのなかで死亡したため (V.12.3)、ダグが次期女王として内定した (V.13.5)。

北欧神話では:「巨人* の住まい・国」という言葉のとおり、巨人の居住する領域。円形の大地の中心にある人間の世界ミズガルズ* の外側である海辺にあるようで (Gylf 8)、「外側の地」を意味するウートガルズはその別名と考えられる。しばしばアースガルズ*・ミズガルズから見て東方、ときに北方とされる (北欧神話において悪いもの・不吉なものはこれらの方角に置かれた)。ヨトゥンヘイマル Jötunheimar という複数形で言われることが多く、これはアースガルズなどと対照的に巨人の国は 1 ヶ所ではなく複数の地域に暮らしていたことを示唆している可能性がある (Lindow, p. 206)。

ラウア…… rauðr- [ラウズ]

FEH では:ラウアブレードなどの汎用赤魔道、ラウアマムクートなどの汎用敵ユニットの名前の前半につき、「赤」を意味する。ブラー*、グルン*、ヒータ* も参照。

北欧神話では:特別な用語ではなく、古ノルド語で「赤い」を意味する形容詞。FEH (欧米語版) では Rauðrblade や Rauðrraven のようになんでもかんでもそのままつけているが、rauðr の最後の -r は男性単数主格の語尾であり、複合のさいには消えるのが正しい (例:rauðhærðr「赤髪の」)。

ランドグリーズ Randgríðr [ランド・グリーズ]

FEH では:伝承クロムの武器名、青の弓。

北欧神話では:「盾を壊すもの」の意で、ヴァルキュリアのひとり (Grm 36)。

リーヴ Líf

FEH では:(1) アスク王国* の初代王。アスクを統一し神竜アスクと契約して異界を開く力を得たこと (III.1.3)、また飛空城を用い天上を目指して異界と戦い、それを後世に残したこと (飛空城・OP) が知られる。(2) 1 の名を称する死の王国ヘル* の将。しかし街でシャロンの好きな花を手向けていたこと、シャロンを斬るのをためらったことから、その正体は滅びた世界のアルフォンスであることをアルフォンスにより見抜かれる (III.7.5–8.1, 5)。ヘルを討つことを急ぐあまりアングルボザの心臓* の封印を解いたことで自国の滅びを招いてしまうが、「死者の数の帳尻を合わせ」ることで死をなかったことにするべくヘルと契約して配下となった (III.9.5)。同じ自分自身であることを逆用して幾重にも先を読みあう頭脳戦をアルフォンスと繰り広げるが (III.11.1, 5–12.1)、最後には敗北して戦死した (III.12.5)。と思われたが、スラシル* とともにどこかで生きており (III.13.5)、戦神トール* によって見いだされ「天上の戦士」となる (異.5)。

北欧神話では:「生命」の意。リーヴとリーヴスラシル (→ スラシル*) はラグナロクのさいホッドミーミルの森に隠れていて生き残り、新世界の人類の祖となる夫婦だが、原典ではどちらが男かは不明 (Vm 45, Gylf 53)。しかし文法的にはリーヴは中性名詞、〜スラシルは男性名であるから、どちらかといえばリーヴは女性であろう。さらに古ノルド語を受けつぐ現代のノルウェー語・デンマーク語・スウェーデン語ではリーヴ Liv は女性名である (これは正確には hlíf「守り」に由来する名だが、líf「命」のほうも現代語では liv となっており混同されている)。

リフィア Lyfjaberg [リュヴィヤ・ベルグ]

FEH では:通常エイル* の武器名、無の暗器。

北欧神話では:「癒やし・薬草の山」の意。メングロズの侍女としてエイル* がともに住む山ないし丘の名 (Fjm 36)。

リュングヘイズ Lyngheiðr [リュング・ヘイズ]

FEH では:レギン* の武器名、剣。

北欧神話では:「ヒースの茂る原野・荒野」の意。フレイズマル* の娘で、ファーヴニル*、オートル (=オッテル*)、レギン* の姉妹のひとり (Rm 10)。

レイプト Leiptr

FEH では:通常フィヨルム* の武器名、槍。「氷槍レイプト」とも。この槍がエクラのもつブレイザブリク* と呼応して光ったことでフィヨルムと出会う (II.1.5)。燃える炎を消す力がある (III.3.5)。「ニフル王国の霊峰から削り出された伝説の槍」で、本来はフリーズ* が継承するはずだったが彼の意向でフィヨルムに託された (想いを集めて「偽らざる明日へ」オロチ S)。

北欧神話では:「稲妻、閃光」の意で、フヴェルゲルミル* の泉から流れ出る川のひとつ (Grm 28, Gylf 4)。

レーヴァテイン Laevatein [Lævateinn レーヴァ・テイン]

FEH では:(1) ムスペル王国* の王女でレーギャルン* の妹。自身のことはたんなる剣であり道具と考えており (II.3.5, 13.4)、主体性なくスルト* やレーギャルンの命令に従う (II.3.5, 4.5–5.1, 11.5)。もっともレーギャルンのことは好いており、会うと (表情はあまり変わらないまでも) 喜びを表明するが (II.5.1)、盲信してもおり姉の言うことはなんでも正しいと考えがち (II.5.1, 5;しかしスルトのことはそれ以上に恐れているためか、その敗北の可能性を話題にすると反論することもある=II.10.5)。聞きわけがなくべったりというのとは違い、細氷の神殿* にてレーギャルンが窮地に陥ったさいには命令されると彼女を残し離脱した (II.6.5)。スルトより度重なる敗北を問責され「ムスペルの業火」による特攻を強いられるところであったが、レーギャルンの身代わりによって回避する (II.13.1)。その後、レーギャルンの死亡を悟ると激昂し、はじめて自分の意思で戦うも、敗れて姉の遺言を伝えられ生きのびることを受けいれた (II.13.4)。戦後は王家唯一の生き残りとしてムスペルを継承することになると思われる (II.13.5)。(2) 1 が用いる武器名、剣。

北欧神話では:語義不詳、「破滅の枝」または「傷つける杖・棒」などの意か。ヴィゾーヴニルを唯一殺すことのできるロプト (=ロキ*) が打った武器 (剣かどうかは不明) で、シンマラ* のもとにあり 9 つの鍵で固く閉ざされた鉄の箱 (またはレーギャルン* の箱) に収められている (Fjm 25f.)。固有名詞ではなく剣を指すケニングであるともいう。「破滅の枝」はラグナロクのさいスルトがもって現れる、炎のケニングとされる「枝の破滅」(sviga lævi, Vsp 52) を連想させるためか、スルトの剣との同一視も生じた。

レーギャルン Laegjarn [Lægjarn レー・ギャルン]

FEH では:[第 2 部] ムスペル王国* の王女。「ムスペルの三炎」とも称する「スルト* 配下の三将の一人」で、スルトの軍勢がニフル* を滅ぼしたあと駐屯して当地を支配している (II.5.1, 6.5)。ニフルの蹂躙に心を痛め、降伏すれば傷つけず丁重に扱う高潔な性格 (II.5.5)。一方で妹レーヴァテイン* を溺愛しており、怪我でもしたらただちに撤退するよう言い含めている (II.3.5, 5.1)。雪上に偽の足跡を目立たせておいて本当の行き先を隠すというアンナの策を容易に見抜き包囲するが (II.5.1–2)、反対に敗れると即座に力の差を認めて撤退するという (II.5.5)、思慮深く慎重な指揮官である。アルフォンスとエクラの策によりニフル最北の地・細氷の神殿* に誘いこまれ敗北するが、フィヨルム* により助命され (II.6.5)、それから捕虜として数日間同道するも、玉雪の神殿* にてスリーズ* 殺害から続く戦いの混乱のなか逃亡 (II.7.5)。ムスペルに帰還後、ムスペル王城でスルト打倒に失敗し撤退した特務機関の捜索・討伐を命じられ、ひそかに助けていたヘルビンディ* と協力して襲撃する (II.11.2, 5)。最後には妹の身代わりとして「ムスペルの業火」に身を焼き特務機関と対峙する役目を志願、代償として死亡する (III.13.1)。[第 2 部続編]「ムスペルの業火」にて一度は死したが炎神ムスペルの力により蘇生され、力を借りた代償として呪縛を受け、ニフルの戦士フィヨルムとの戦いを強制される。そのさいに反抗的な態度を見せたことでムスペルには「昔、ワシが炎をやった奴〔=初代王?〕によう似とる」と評された (戦渦の連戦「氷神炎神 3」ED)。ムスペルの戦士とされたことで開花英雄となる (「氷神炎神 4」OP;ただし実装され姿が公開されたのは「氷神炎神 5」の終了後)。

北欧神話では:「狡猾・欺瞞を愛する者」の意で、ロキ* の別名のひとつという。写本の sei-, sæ- という読みをとれば「海を愛する者」(Fjm 26)。

レギン Reginn

FEH では:小人* の国ニザヴェリル* の王女。国王ファフニール* の義理の妹。赤ん坊のころ、兄オッテル* に連れられ孤児としてさまよっていたところを拾われ王の妹となる (V.2.1)。アスク* の占領とエクラの身柄を目的に軍勢を率いて攻めこむが敗退、ファフニールを止めるために仲間になり (V.1.1, 5)、エイトリ* のいる賢者の森へ一行を案内する (V.2.1, 5)。幼いころファフニールが作ってくれた魔道科学* のコンパスをお守りとして大切に持っており、このおかげで賢者の森へ逃亡したオッテルを探しあてることができた (V.6.1–2)。敗北して地下牢に投獄されたファフニールの身を案じ、かつニザヴェリルの侵略によってアスクが疲弊したことへの責任を感じるあまり、ノート* の料理で特務機関が熟睡している隙を突いて単独行動を起こし「ニザヴェリルの塔」へと向かう (V.8.2, 4–5)。道中はレギンにしか聞こえない「不思議な声」に導かれて容易に登頂でき (V.9.1)、「ニザヴェリルの王とそれに連なる者にしか開けられない」塔の扉を開けることができた (V.9.3)。この謎の声から彼女は「我らが末裔」と呼ばれており、「異端者」ファフニールから王冠を取り戻すことを求められた (V.9.4)。その正体は正統なるニザヴェリルの王女であり、両親である王と王妃がクーデターで弑されたときオッテルの手で連れだされていた (V.11.5)。オッテルの死を経て、アルフォンスやダグ* たちから再三の勧告を受けながらもいつまでもファフニールを討つ踏ん切りがつかずにいたところ、レギンをかばったダグのためにノートが死ぬという事態に至り、茫然自失していたところをダグに叱咤されてようやく決意 (V.12.3)、魔剣グラム* をもってファフニールに引導を渡した (V.12.5)。王家の血筋ゆえにグラムの真価を引きだすことができ (V.13.2)、それを用いて「古きニザヴェリルの亡霊」と断じたエイトリを滅し、小人の王冠をも「エイトリの呪い」として破棄する。しかし決着後はすぐにニザヴェリルの女王として立つ自信がもてず、ダグを総督として統治を委任し国を後にした (V.13.5)。

北欧神話では:「力ある者、権力者」の意 (その複数属格が ragna、すなわち「ラグナロク」の前半要素である)。フレイズマル* の息子 (つまり男性) で、兄弟姉妹にファーヴニル*、オートル (=オッテル*)、リュングヘイズ*、ロヴンヘイズ*。優れた鍛冶師の小人* で、養子としたシグルズにグラム* の剣を打ってやり、彼を唆して父の仇ファーヴニルを殺させるが、その後シグルズをも騙し討ちしようとしていたことが露見して自らもグラムの剣で殺される (Rm, Fm)。一連の話の出典であるエッダの英雄詩 2 編「レギンの歌」「ファーヴニルの歌」という表題が、2 人の歌う例の CM のインスピレーションを与えたのではないか。

ロヴンヘイズ Lofnheiðr [ロヴン・ヘイズ]

FEH では:オッテル* の武器名、斧。

北欧神話では:フレイズマル* の娘で、ファーヴニル*、オートル (=オッテル*)、レギン* の姉妹のひとり (Rm 10)。

ロキ Loki

FEH では:[第 2 部] 自在に他人の姿に変身する能力を有し、スルト* の「忠実なしもべ」を名乗るムスペル* 方の軍師として特務機関と出会う (II.1.5;本編中で「軍師」と呼ばれたことはないが、英雄図鑑より)。レーギャルン* とレーヴァテイン* では特務機関に勝てないことを予期し、スルトをニフル* に向かわせたことでスリーズ* 死亡の原因を作る (II.7.5)。黒灰の城でヘルビンディ* が敗れたさいにユルグ* に化けて一行に紛れこみ (II.9.5)、ムスペルの地理を案内してスルトの待つ王城へ導き (II.10.1, 5)、その後も引きつづき内通者として情報を漏らすことで特務機関内に疑心暗鬼を生ぜしめる (II.11.5–12.1)。最後にはユルグを疑わせるためフリーズ* に化けた、と見せかけてフリーズを疑わせるためアルフォンスに化けるという二段構えの策で混乱させた (II.12.4–5)。スルトの軍師とは「別の役割もある」と話し、この段階でムスペルへの肩入れをやめて「お空の客席から見物させてもらう」として離脱する (II.12.5)。しかしスルト死後に炎の儀の神殿に侵入しているのを目撃された (異.4)。[第 3 部] ヴェロニカを裏切ったにもかかわらず平然として彼女の前に姿を現し (III.2.1)、求めに応じてヘル* への行きかたを教えた (III.7.1, 9.1)。[第 4 部] 特務機関がアルフ* を訪れる前後に現れ思わせぶりなことを言うが、本人の言によると何もしていない (IV.1.1, 13.5;なお前者は夢のなかのできごと=IV.11.5)。[第 5 部] アスク* に攻め入って敗北し投獄されていたファフニール* のもとに忍びこみ、取引と称して彼を脱獄させるかわりにエンブラ* 侵略を求めた (V.8.5–9.1)。その目的はエイトリ* が作って隠したブレイザブリク* の模造品を回収させることで、そのさいロキ本人はなんらかの理由で鮮血の神殿に立ち入れないことが判明した (V.10.4)。数千年まえに当時のエイトリに魂が肉体を乗りかえる力を与えており (V.13.1)、それが「竜の力」とも言われているため (V.13.5)、ロキ自身が竜であると考えられる。[本編外] ブルーノに化けてヴェロニカに戦渦を生じさせる儀式を行うよう唆す (異.2)。「【魔書ナグルファル】の写本」を得て「これで、我らが王〔=スルト〕の船は漕ぎ出せる」と語り、ムスペルが侵略に乗りだす準備を整える (外.10.3)。白夜の世界に侵入し、神祖竜について調べる (外.23.1, 3)。別世界のロキとして「大いなる英雄」に選出され、アスクで召喚が可能になる (外.26.1, 3)。「エンブラの血にまつわる手がかり」としてタグエルの起源に関する書の所在をブルーノに教える (外.32.1, 3)。アルフォズル* に諮らず独断で巨影討滅戦を始める (巨影討滅戦・OP)。トール* がリーヴ*・スラシル* と話をつけるあいだに特務機関と交戦 (異.5)。ニフルとムスペルの代理戦争の経過を予言する「黄昏の詩」の記述をひそかにムスペルに教示し (戦渦の連戦「氷神炎神 4」ED)、事が予言どおりに運ぶかどうかでトールと賭けをして勝った (「氷神炎神 5」ED、トール・ホーム会話)。

北欧神話では:語義不詳、「閉じる者、終える者」とも。北欧神話きっての厄介者の神で、男性だがしばしば女や動物にも変身する。容貌は美しいがひねくれ者でひどく気まぐれ、悪知恵にかけては右に出る者がない。父は巨人* ファールバウティ、母は女巨人ラウヴェイ、兄弟にビューレイスト* とヘルビンディ* (Gylf 33)。正式な妻はシギュンだが、女巨人アングルボザ* とのあいだにフェンリル、ミズガルズオルム (ヨルムンガンド)、ヘル* という 3 人の子をもうけ (Gylf 34)、彼らは最後の戦いラグナロクにおいてオーディン (=アルフォズル*) やトール* を死に至らしめる強敵となるほか、ロキ自身も船でムスペル* の軍勢を率いて東から襲来する (Vsp 51ff.)、あるいはヘルの軍勢を従えるという話もあり、結末はヘイムダルと戦って相討ちになる (Gylf 51)。オーディンとは互いの「血を混ぜあわせた」血盟の義兄弟の間柄で (Ls 9)、ふだんはオーディンとトールとは意外と仲がよくともに旅をすることも多い (オーディンとは Rm 序や Skáldsk 2、トールとは Ls 60, Thrk, また Gylf 44ff. を参照)。