dimanche 8 janvier 2023

ファイアーエムブレムエンゲージ 人名の由来と意味

本稿では『ファイアーエムブレム エンゲージ』に登場するキャラクターの名前の由来と思われるものとその意味をまとめて解説する。

本作のキャラクターの命名規則には国ごとにはっきりした特色が見られる。また従来の作品と比べたとき実際の欧米語の人名や神話から採られた名前が少なく、その反面明らかに人間の名前ではないものが多く使われていることが特徴と言える。その意味で悪く言えば重みがないというかおちゃらけた雰囲気が強いと感じられる。

以下でそれぞれの名前には欧米語版 (とくに英語版) の名前を併記したが、日本語の公式サイトのキャラクター紹介にあるつづりと欧米語版のゲーム中のものが異なっている場合がいくつかある。このような場合は「スタルーク (日 Staluke, 英 Alcryst)」のように表示した。従来作と同様、英語版とフランス語版その他でさらに異なるというものもおそらくあるであろうが、これはまだ確認できていない。


聖地リトス (神竜陣営)


★ 竜族の名はフランス語の光と闇で対照になっている (後掲する邪竜ソンブルの項も参照)。また不確かだが守り人たちについてもフランス語として解釈可能な語感ではある。

リュール (日 Lueur, 英 Alear)
フランス語でリュール lueur は「光」、とくに「微光、淡い光」を意味する。ちなみにヒーローズの召喚師のデフォルト名エクラもフランス語エクラ éclat「輝き、閃光」からきており、どちらもプレーヤーの分身としてつながりが意図されていると思われる。◆ 欧米語版の Alear の由来は不明。スペイン語で alear は「羽ばたく;元気を取り戻す」と「合金にする」という 2 つの異なる動詞。関連があるとは言いきれないがなかなか意味ありげで、エンゲージシンクロ時の翼や髪の色の混ざりかたを連想させるところがある。

ルミエル (Lumera)
フランス語リュミエール lumière「光」。

ヴァンドレ (Vander)
不明だが、響きはかなりフランス語的といえる。ヴァンドレ Vandré という地名はフランスに存在する。

クラン (Clanne)
不明。フランとあわせて双子らしい対になる響きを適当に決めたものか。ただ、Clanne というつづりを捨ててカタカナをもとにフランス語にこだわってみれば、クラン cran「自制心;勇気」かそれともク (ー) ラン coulant「流暢な;人あたりのよい、協調的な」ないし courant「滑らかな;普通の、一般的な」を候補に挙げられる。

フラン (Framme)
不明。framme はスウェーデン語で「眼前にある、前にいる」という副詞であるが、こんなのは偶然の一致にすぎない。上と同じくカタカナから考えれば、フランス語フラン franc「率直な、あけっぴろげな、まっすぐな」は彼女のイメージに近い (franc は男性形だが)。あるいはクランが coulant ならよりよく対になる foulant「押しつぶす、圧縮する」でもありうる。◆ クランもフランも短く特徴の少ない響きゆえ、ひとつが由来というのではなく——たんなる語感優先説も含めて——いろいろかけていると考えてもよいのではないか。

◆ リトス Lythos はギリシア語リトス λίθος (lithos) から。この語は「石」を意味するふつうの単語だが、とくに「宝石」を指す場合もあるほか、文脈によっては「墓石」や「祭壇」をも意味しうる。指輪を飾るのは宝石であるし、大陸中央に位置する聖地リトスは神竜の祭壇、そして海底に封じられた邪竜の墓標でもあろう。

◆ ソラネルの名は明らかに「空・寝る」の言葉遊び。欧米語名 Somniel も「眠り」を意味する語根 somn- (cf. ラテン語 somnus「眠り」、somnium「夢」;英語 in-somnia「不眠」) から成っている。


フィレネ王国


★ フィレネ人の名前はどれも例外なくフランス語の実際の人名であり、ほとんどはフランスの有名ブランドの名前からとったものと思われる。

アルフレッド (Alfred)
上のように言ったものの、アルフレッドだけはあまりフランス語らしくない。これはゲルマン系の名前——イギリスや北欧ではメジャ——であり、いちおうフランス人名としても通用するが、本国での名づけ例は前世紀を通して逓減し 1970 年代以来ほぼ消滅している。◆ 彼は作中で最初に仲間になる王子であり、リュールが FEH のエクラとすればアルフレッドはアルフォンスと似た立場にある。それで音の類似を意識した名前なのではないかと推測される。またブランド名としてはジュエリーブランドのフレッドからか。◆ 名前の意味は「エルフの助言」。後半要素はコンラート (Echoes) と共通している。つまりこの名前は alf-red と切れるのであって、じつはアルフォンス al-fons(e) とは成り立ちが異なる。後者の al- はゲルマン語の adal-, aðal-「高貴な」の潰れたもので、エーデルガルト (風花雪月) の前半要素と共通。

セリーヌ (Céline)
フランス語の女性名で、言わずと知れたファッションブランドの名。語源は古代ローマの氏族名カエリヌス Caelinus で、これは caelus「空、天」に由来する。最初の PV でセリカ (Echoes) とのシンクロが紹介されたとおり、セリカとの名前のつながりも意識されているはずである (セリカ Celica の由来じたい定かではないが、これもおそらくラテン語 caelus の形容詞女性形 caelica「天の」に比定しうるか)。

ルイ (Louis)
フランス語のありふれた男性名で、ブランドだとすればやはりルイ・ヴィトンが由来だろう。原義は「戦において名高い」のような意味で、同じ名前の女性形がルイーズ (烈火)、またチェコ語形がアロイス (風花雪月)。

クロエ (Chloé)
現代フランスで人気の女性名——90 年代後半から 2020 年までほぼつねにトップ 10 にありつづけた——で、もちろんファッションブランドの名。大元はギリシア語クロエー χλόη (khloē)「緑の新芽」。

ブシュロン (Boucheron)
これもフランス語の名だがファーストネームではなく姓である。ジュエリーブランドの名前。しかしその名前の意味は「肉屋、食肉処理業者」である。

エーティエ (Etie)
由来不明。フランス人名とすればエティエンヌ Étienne の女性形エティエネット Étiennette を短縮したものであろうが、いずれかと関係する名前のブランドもしくは創業者がいるかどうかわからない。エティエンヌは英語名スティーヴン、ギリシア語名ステパノスに対応し、「冠」の意。

ジャン (Jean)
きわめてありきたりな——そのせいか最近まったく人気のない——フランス人名。英語のジョン、ドイツ語のヨハン (聖戦) にあたる。ちなみにドニ (覚醒) とはどちらも良成長スキルをもつ村人で、ありふれた——古臭い?——フランス人名をつけられているという共通点がある。

イヴ (Ève)
これも名づけのきっかけとしてはファッションブランドであろうからイヴ・サンローランが由来だろう。だがフランス語でイヴ Yves というと男性名である。聖書に出てくる最初の女性のイヴはフランス語ではエーヴ Ève であり、欧米語版はちゃんとこのアクサンつきの È になっている;このことは翻訳者が、フィレネ人はフランス人名で一貫しているのだという意識を自覚的にもっていたことを証している。

◆ 以上のとおりフランス人名で統一されたフィレネ王国であるが、フィレネ Firene という国名はむしろイタリア語ふうの響きである (フランス語のつづりとしてはありえない形;たとえばフィレーヌ Firène とすればよりフランス語っぽくなる)。王族をはじめとした人々のデザインや趣味・口癖には花をモチーフにした点が多く、名前の由来はおそらく「花の都」フィレンツェ Firenze から 1 文字削ったものかと想像される。


ブロディア王国


★ ブロディア人はすべて鉱物の名前からつけられている。人間の名前にも使われるものとそうでないものがある。

ディアマンド (Diamant)
金剛石=ダイアモンドのこと。diamant はフランス語のつづり (もっともフランス語では最後の t は読まずディアマン)。そう一般的ではないが英語ではダイアモンド Diamond, 現代ギリシア語ではジアマンド Διαμάντω (Diamantō) を女性名に使うことはあるようだ。

スタルーク (日 Staluke, 英 Alcryst)
水晶=クリスタルのもじりで、欧米語版の Alcryst を見ればさらにはっきりしている (crystal の最後の 2 文字を頭に持ってきた形)。したがって実際にはない名前。むしろクリスタルのままであればふつうに英語の人名として通用する (これも女性名だが)。

アンバー (Amber)
英語で () (はく) のこと。アンバー・コナーやアンバー・ハードなどの著名人を思い起こせばわかるとおり、現実には女性の名前である。

ジェーデ (Jade)
英語でジェイド jade は () (すい) のこと。名前に使われるのは比較的新しいここ 40–50 年くらいのことだが、最近では一般的な女性名であり、とくにフランス——発音はジャード Jade——では 2014 年以来 8 年連続で女児の名トップ 3 (うち 2014, 20–21 年には第 1 位) に輝いている大人気の名前。

ラピス (Lapis)
() () =ラピスラズリ lapis lazuli からとったものであろうが、ラピスだけではただの「石」である。ラズリーはペルシア語ラージュワルド لاجورد (lâjvard) がアラビア語ラーズワルド لازورد (lāzuward) を経由して中世ラテン語に入ったもの——全体で「空の石」ほどの意——で、この語頭の L が冠詞と誤認されて消えた結果が仏 azur, 英 azure。すなわちアズール (覚醒)、ラズワルド (if) の由来でもある。

シトリニカ (Citrinne)
黄水晶=シトリン citrine から。実在の名前ではないが、かわいらしさのなかに気品を併せ含むいいセンスといえる。

ユナカ (Yunaka)
ユナカ石=ユナカイト unakite から。もちろん人名ではないが、たまたま日本語の女性名としても通りそうな響きだからそのまま使ったのだろう。

モリオン (Morion)
黒水晶=モリオン morion から。

◆ ブロディア Brodia の名前の由来について確実なことは不明。ただこれも鉱物という線で考えればブロンズ bronze のもじりかもしれない:-‍ia はたんなる国名を作る接尾辞 (e.g. イタリア、ルーマニア、ロシア) なので、「青銅の国」ブロンジアからブロディアは近い。質実剛健な尚武の国柄というイメージにも合致する。


ソルム王国


★ 食べもの、それもほとんどはイタリアのお菓子の名前からとられている。当然どれも人間の名前ではない。

ミスティラ (日 Misutira, 英 Timerra)
ティラミス tiramisu のアナグラム。ティラミスはイタリア語の命令文 tirami su「私を引き上げて、元気づけて」が名前の由来。◆ 欧米語版の Timerra も実際にはない名前だが、スペイン語 tierra「土、地面、大地」をほのめかしている可能性がある。次のフォガートの項を参照。

フォガート (Fogado)
アッフォガート affogato のもじり。affogato はイタリア語で「溺れた、溺死・窒息させられた」の意で、アイスクリームやジェラートを飲みもので沈めることからその名前がある。◆ また欧米語版のつづりからはポルトガル語 fogo「火、炎」、fogacho「小さい炎;燃える思い」を連想させる部分もある。ミスティラとともに、ソルムの砂漠の熱い大地を火と土という 2 つの元素で象徴したものかもしれない。これは日本人ではなく欧米の翻訳者の独創だろう。◆ 後づけかもしれないがハンガリー語フォガドー fogadó「歓迎・歓待するような」も彼の性格によく合致しており、そうだとすれば三重の意味を担わされていることになる。

パネトネ (Panette)
イタリアはミラノの伝統菓子パネットーネ panettone から。

メリン (Merrin)
お菓子に使うメレンゲ——イタリア語ではメリンガ meringa——からと思われる。あるいはあくまで完成形のお菓子で統一するなら、メリンガを用いたケーキのメリンガータ meringata。

パンドロ (Pandreo)
フランス南部の田舎のパン、パン・ド・ロデーヴ pain de Lodève からか。

ボネ (Bunet)
北イタリアの名物菓子ボネ bonet から。イタリア語読みはボネットだが、フランスに近いためかフランス語読みも一般的なようだ。

セアダス (Seadall)
イタリア・サルデーニャ島の伝統菓子セアダス seadas から。

スフォリア (Sfoglia)
イタリアはナポリ地方の焼き菓子スフォリアテッラ sfogliatella から。

◆ ソルム Solm の由来は定かでないが、ラテン語ソルム solum「地面、土地」はかなり有力な候補か。さらにソール sol「太陽」とかけているかもしれない。これが正しいとすれば土と火の 2 元素からなるという点で Timerra, Fogado と共通の発想にもとづいているといえる。


イルシオン王国


★ (伝統あるアンナさんは例外として) 全員植物の名前からつけられている。やはり一部を除いては人名ではない。

アイビー (Ivy)
英語で (つた) のこと。英語圏で女性名としてわりと古くから細々と使われているが、ほんの 10 年ほどまえからイギリスでは急激に人気の名前となってきており——2011 年に 168 位だったのが 2021 年では 5 位!——、それを追うようにアメリカでもこの 4, 5 年間で人気を伸ばしている。

オルテンシア (Hortensia)
セイヨウアジサイのこと。スペイン語の女性名でもあり、古代ローマの氏族名ホルテンシウス Hortensius に由来する。これは hortus「庭」から派生し、「庭師」のような意味。現代での名づけ例はかなり少ない。

ロサード (Rosado)
スペイン語で「薔薇の、薔薇色の」という形容詞の男性形。PV で彼が初登場したとき——声優は当初不明だった——日本では性別がわからないと話題になったが、欧米語名はあからさまに男性の語尾 -‍o をもっていることから誰が見ても男性だとはっきりしていた。この事情はルセア (烈火) が英語版で Lucius というあまりに男らしい名前で風情がなかったことと軌を一にしている。

ゴルドマリー (Goldmary)
キク科の花、マリーゴールドから。

カゲツ (Kagetsu)
「金のなる木」という別名をもつ植物カゲツ (花月) から。ちなみに英語では jade plant とも言い、ジェーデと共通する名前である。

ゼルコバ (Zelkov)
(けやき) の属名 Zelkova から。この語はグルジア語ヅェルクワ ძელქვა (ʒelkva) からきており、原義は「石の柱」。

アンナ (Anna)
アンナさんに由来というものはなく、しいて言えば『暗黒竜』のアンナさんその人が由来だというべきだろう。その名前そのものはヘブライ語ハンナ חַנָּה (H̱annāh) に遡り、「恵み、恩恵」の意。

ハイアシンス (Hyacinth)
ユリ科の花、ヒヤシンスの英語読み。ヒヤシンスの名はギリシア神話においてアポローンに愛され事故によって殺された美少年ヒュアキントス Ὑάκινθος (Hyakinthos) に由来する。

◆ イルシオン Elusia の由来はおそらく英語のイリュージョンに相当する各国語、とくにスペイン語であれば ilusión でイルシオンと読む。「幻覚、幻影、幻想」といった意。◆ 欧米語版はそのままでは素直すぎる——英 illusion, 独 Illusion, 仏 illusion, 伊 illusione でほぼ同じつづり——ゆえに少しひねったものだろう。語尾 -‍ia についてはブロディアの項も参照。


グラドロン (邪竜陣営)


★ 四狗は全員がフランス語の色の名前をそのままつけられている。

ソンブル (Sombron)
フランス語ソンブル sombre「闇」。名詞として「闇」の意味に用いるのは文語的で、ふつうは形容詞で「暗い;黒っぽい;陰気な、不吉な」の意。

セピア (Zephia)
フランス語セピア sépia「イカスミ;セピア」、いわゆるセピア色のこと。

グリ (Griss)
フランス語グリ gris「灰色の」。

マロン (Marni)
フランス語マロン marron「栗;栗色の」。

モーヴ (Mauvier)
フランス語モーヴ mauve「ゼニアオイ;薄紫色の」。最初の 2 人と比べてマロンとモーヴは植物の名前を兼ねていることは意味ありげで、イルシオン出身を示唆するものかもしれない。

◆ グラドロン Guradoron の由来については残念ながらさして思いあたるものがない。悪の軍勢として強大 (grand-) で重々しい (grav-) 感じの響きを適当に考案したものか?


その他


ヴェイル Veyle
不明だが、「謎の少女」という称号から考えれば謎のヴェールということで素直に英語の veil ではないか。Veyle というつづりはフランス東部のアン県を流れる川の名前と一致するが、これはソーヌ川の支流、つまりローヌの支流の支流というマイナな川であって、はじめからこの名が念頭にあったとは考えにくい。◆ 彼女の正体については実際に発売されてみなければわからないが、じつは竜族で何千年も生きているとすればフランス語ヴィエイユ vieille「老いた、高齢の (女性形)」ともかかっているかもしれない。

◆ 最後に、エレオス大陸の名はギリシア語エレオス ἔλεος (éleos)「哀れみ、慈悲、情け」に由来すると思われる。加えてアクセント位置だけが異なるエレオス ἐλεός (eleós) ——ギリシア語は日本語の雨/飴などと同様、アクセントで単語を区別する——は、フクロウの一種の名前でもある。かりに意図されたものとすればリュール/エクラ、アルフレッド/アルフォンスに次ぐ第 3 の FEH とのパラレリズムといえる。◆ 欧米語版のつづりは Elyos で、旧約聖書の神の呼び名のひとつエル・エリヨン El Elyon —— עֶלְיוֹן (ʿElyôn) は「いと高き、至尊なる」の意——に近づいている。Elyos からはまたギリシア神話の死後の楽園エーリュシオン Ἠλύσιον (Ēlysion) を連想する人も多いかもしれない。