jeudi 3 mars 2022

アールヴとその区分——Simek の北欧神話事典より

ジメクのゲルマン神話事典 (Rudolf Simek, Lexikon der germanischen Mythologie, ³2006, S. 8–10) より、「アールヴ」Alben の項目のほぼ全訳 (項目末の参考文献と近現代の受容についてのみ省略)。

〔2022 年 3 月 7 日追記〕さらに「光アールヴ」Lichtalben, 「闇アールヴ (ダークエルフ)」Dunkelalben, 「黒アールヴ」Schwarzalben の 3 項目 (S. 81–82, 244, 366) を追加で翻訳した。ほかに関連する「アールヴァブロート」と「エルフ」も訳したいところではあるがあまり勝手にいろいろ訳すのもなんなので (出版でもさせてもらえるならやりますが)、あとは上に Amazon へのリンクを貼った原著をご購入ください。私が使っているのは第 3 版ですがリンク先は最新第 4 版 (2021) です。

〔2022 年 3 月 9 日追記〕原著者ジメクには最近、Rudolf Simek (2017), ‘On Elves’, in: Stefan Brink and Lisa Collinson, Theorizing Old Norse Myth, pp. 195–224 という論文があり、本稿にも述べられているようなエッダをはじめとした文献資料のより綿密な用例調査に加えて、新しい考古学的証拠をも援用して当時のエルフ (アールヴ) の観念について再検討している。ひょっとすれば事典第 4 版にはその内容が反映されているのかもしれない (未確認)。


なぜこの翻訳を思い立ったかというに、同書には (底本は初版とはいえ) 英訳 Dictionary of Northern Mythology があるのだが、どうしたことか英訳書にはこの項目が欠けていることを発見したのである。英語版はところどころ項目名にも英語化した語形を用い、したがって項目の順番が入れかわっているのでひょっとしてどこかにあるのかもわからない。それにもかかわらず私がないと結論づけた理由は、古ノルド語の álfar で引くとドイツ語版では → Alben、英語版では → Elves を参照するように指示されているところ、この 2 つの項目の内容がまるで対応していなかったからである。これは版の違いによるのではない;念のためドイツ語の初版 (1984) も確認したが、1 文を除いては第 3 版とまったく変更点はなかった。

じつはドイツ語原書には、神話の「アールヴ」を解説した Alben のほかに、(一部内容は重複しつつも) より周縁的な地域・時代の「エルフ」を説明する Elfen の項目が別個に立てられている (これも初版からある)。英訳の Elves はこの Elfen の項を翻訳したもので、他方 Alben のほうはまったく見落とされ消滅してしまったようなのである。しかしいま言ったように Alben の項目のほうこそ第一に重要なのであって、単純に文章量を比べても倍以上長く、ぜひとも読みたい興味のある項目なのである。わざわざ苦手なドイツ語を苦心して訳したゆえんである。

以下の訳文のうち丸括弧 (・) は原文、亀甲括弧〔・〕は訳者の補足である。必要に応じてドイツ語および古ノルド語の原語を併記した。改段落は原文のとおりである (やたらと長かったりまちまちなのもそのまま)。神話資料の略号は、『詩のエッダ』Vsp 巫女の予言、Háv 高き者の言葉、Grm グリームニルの言葉、Skm スキールニルの言葉 (旅)、Ls ロキの口論、Alv アルヴィースの歌;『スノッリのエッダ』Gylf ギュルヴィたぶらかし、Skáldsk 詩語法。


アールヴ (Alben, 古ノルド語 álfr, 古高ドイツ語 alb, 古英語 ælf;〔女性形は〕古英語 ælfen, 中高ドイツ語 elbinne) は神話的存在の一種。エッダにおいては何度かアース神族とともに言及されており (æsir ok alfar: Ls 2, Grm 4, Skm 7; Skáldsk 1, 29)、Háv では 2 度、アース神族・アールヴ・ドヴェルグという序列でも言及されている。疑いなくアールヴは (あるいはこの多層的な概念のもとに包括された存在の一部は) 実際のところアース神族に近い。アールヴァブロート álfablót という、アールヴに対する崇拝もしくは少なくとも供物についても、散発的な報告がわれわれにまで伝わっている。アールヴという古ノルド語の名称は、Vsp のドヴェルグ一覧表 dvergatal における若干のドヴェルグの名前にも現れており (アールヴ Álfr, ガンダールヴ Gandálfr, ヴィンダールヴ Vindálfr)、これによってアールヴはドヴェルグに接近している。スノッリがドヴェルグをスヴァルトアールヴァヘイムに住むものとしているのは (Gylf 33, Skáldsk 37)、アールヴの下位グループである黒アールヴ Schwarzalben をこれ〔=ドヴェルグ〕と同一視しているようである。鍛冶師ヴィーラント Wieland〔=ヴォルンド Völundr〕の英雄伝説においても (ヴォルンドの歌 10, 13, 32)、ヴィーラントはアールヴたちの指導者にして同胞と呼ばれているが、このことは確実に彼の鍛冶師としての技量と関連づけられている。おそらくドヴェルグとの親縁関係に対して直接にではないせよ、さだめし彼らの性格の悪魔的な面を指しているのが、ぎっくり腰〔ドイツ語で「魔女の一撃 Hexenschuß」〕を意味する「アールヴの一撃 Albschuß」、すなわち古英語 ylfa gescot のような表現である。アールヴと巨人との関連は、『ベーオウルフ』(eotenas ond ylfe) におけるのを除けば Alv にのみ現れるが、ここではたださまざまな存在 (人間、アース神族、ヴァン神族、ドヴェルグ、アールヴ、巨人) が数え上げられているだけである。こうしたアールヴの、スノッリの言う闇アールヴ Dunkelalben ないし黒アールヴというグループと同一視しうるような側面とは対照的に、ノルウェーのハラルド美髪王の系譜のなかの若干の名前 (アールヴ Álfr, アールヴゲイル Álfgeirr, ガンダールヴ Gandálfr, アールヴヒルド Álfhild) のように、まったく異なる種類のアールヴともわれわれは出会う;すなわちこれに関するある出典テクスト (古の王のサガ断片 Sögubrot af fornkonungum 第 10 章) の伝えるところでは、この (アールヴたちの) 系譜はもっとも美しい人物たちを名づけたものだという;しかしながら「アールヴ〜」というのはほかの古ノルド語の人名にもありふれたものである。スノッリも同様に、彼の言う光アールヴ Lichtalben というグループは太陽よりも美しいと称しており、古英語の詩は「すばらしく美しい」という意味で ælfsciene「アールヴのように美しい」を用いている。「太陽」を表す álfrödull「アールヴの車輪」という何度も使われたケニングもこの線に沿ったものだろう。(白い?) アールヴと太陽との結びつきは、彼らの住処アールヴヘイム (Gylf 16) にも表れているが、そこは Grm ではフレイの住処として述べられている。

ドヴェルグとは対照的に、アールヴについてはほとんど名前が伝わっていない;はっきりとアールヴとして言及されているのは〔前出のヴォルンドを別とすれば〕ダーイン Dáinn (Háv 143) だけであり、しかもこれとてほかの場所ではドヴェルグの名前になっている。

スノッリは Gylf 16, 33 において、アールヴを光アールヴ、闇アールヴ、黒アールヴ (ljósálfar, dökkálfar, svartálfar) に分類することを試みており、これに際して彼は、スヴァルトアールヴァヘイムに住むドヴェルグを黒アールヴと同一視している。光アールヴはアールヴヘイムに、闇アールヴは地の下に住む。これについて早くもグリムが指摘しているところでは、一方では明るい高みに住まうすばらしく美しい存在と、他方では地の下に居着く瀝青のように黒い者たちとに分けるスノッリの分類 (Gylf 16) は、民間信仰における天使と悪魔というキリスト教的な二元論に従っている疑いを思わせる。グリムはもう一歩進んで、光エルフ=天使、黒エルフ/ドヴェルグ=悪魔に加えてさらに、闇エルフ (青ざめたエルフ?) を死者の魂と同一視しうると考えていた。いずれにせよこうした可能性が示すのは、より古い詩にもスカルド詩にも証拠を求められないような、スノッリによるこのような神話的存在の体系化の試みを、認めるに際しては注意が必要だということである;だがもしスノッリがこのさいに、彼の時代の民衆宗教的な信仰の観念を反映しているのだとしたら、これらは第一にはキリスト教的な概念であり、そこにおいてアールヴ/エルフは中世スカンディナヴィアの魔除けの護符におけるように、すでに悪魔の同義語である。——アールヴァブロートのもとに引用された事例のうち 2 つは、アールヴはギリシアの英雄崇拝を思い起こさせるような崇拝を人が行うような、尊敬された死者に関わる問題である、ということを示唆しているように思われる。しかしながら上述の事例においては、死者崇拝の要素もたしかにアールヴ崇拝に流れこんでいる。闇アールヴと光アールヴという 2 種類のアールヴは両方とも、2 つの関連した祭儀、すなわち死者の祭儀と豊穣の祭儀とを代表している、ということもまた十分ありうることである。——体系化の傾向はきわめて早く (10 世紀以前の) アングロサクソンの資料に見えており、それらにはすでに北欧の民間信仰のアールヴと古英語のエルフとのあいだの相違がほの見えている。この後者は明らかにケルトの観念による影響を受けている。

語源探究がアールヴ信仰の起源に関する疑問解明の助けになるところはほとんどない:この単語はラテン語 albus「白い」とともに印欧語根 *albh-「輝く、白い」に属し、したがっておそらく「白い霧の人影」のような意味だった;あるいは古代インド語 ṛbhu-「巧みな、名人」につながっていた。どちらの説明も、資料がわれわれに与えてくれているアールヴの複雑な像の、あくまで一面のみを照明するにすぎない。


光アールヴ (Lichtalben, 古ノルド語 ljósálfar〔英語 light elves〕) とはアールヴの一グループであり、スノッリ (Gylf 16) はアールヴを光アールヴと闇アールヴ Dunkelalben とに区分している。スノッリによれば光アールヴはアールヴヘイム Álfheimr に住んでいるといい、そこを彼は天国のような領域のなかに思い描いているらしい。アールヴは彼によって陽の光よりも美しいと描写されており、このさいスノッリはキリスト教の天使を念頭に置いていたようである;このことがとりわけあてはまるのは、彼がギムレー Gimlé は第 3 の天にあり現在は光アールヴだけがそこに住んでいるのだ、と語っている点である。実際にはしかしながら、光アールヴとは早くからアース〔神族〕に近接していたアールヴの一グループ (もしくは一側面) である。


闇アールヴ (Dunkelalben, 古ノルド語 Dökkálfar〔英語 dark elves〕) とは、スノッリによればアールヴの一グループであり、彼は Gylf 16 においてアールヴを闇アールヴと光アールヴとに分けている。闇アールヴのことを彼は「瀝青よりも黒い」とし、光アールヴとははなはだ異なっていると称している。——推測では、アールヴの概念のもとに伝統的にさまざまな神話的存在が統合されたという経験が、スノッリにおいてキリスト教的な民間信仰の諸範疇を手がかりに体系化の試みへと導かせたものであろう;グリムはそれゆえ、スノッリは闇アールヴを悪魔と、光アールヴを天使と同一視していたと考えた点で、ほとんど誤っていた。実際にはしかしながら、おそらく闇アールヴと光アールヴとは、死の祭儀と豊穣の祭儀のように互いに接近した関係にある、死者の霊 Totendämonen という同一の観念の 2 つの側面の問題なのである。


黒アールヴ (Schwarzalben, 古ノルド語 svartálfar〔英語 black elves〕) とはアールヴの一カテゴリであり、スノッリ (Gylf 33; Skáldsk 37) において見いだされうるスヴァルトアールヴァヘイム Svartálfaheim「黒アールヴたちの世界」という名前から導かれうるものである〔すなわち黒アールヴ svartálfr という種族名は単独では使われておらず、あくまで世界の名前の一部として知られているということ。ただここで著者は見落としたと思われるのだが、実際には Skáldsk 35 に複数与格形 svartálfum が出ている〕。スノッリは 2 つの用例においてスヴァルトアールヴァヘイムをドヴェルグたちの住処と呼んでいるので、彼にとってドヴェルグと黒アールヴは同一であったと受けとることができ、2 つの神話的存在のカテゴリのあいだのぼやけた変わり目もそれを物語っている。


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