dimanche 1 juillet 2018

ファイアーエムブレム Echoes のラテン語

ただいま『ファイアーエムブレムヒーローズ』で行われている大制圧戦では『外伝/Echoes』のバレンシア大陸が舞台ということで、『Echoes』の作中でも見られた「古代文字」の書きこまれた地図が 3DS の画面よりも鮮明に拡大されて読むことができる。

この「古代文字」については過去の関連記事「ファイアーエムブレム Echoes のギリシア語」にていわゆるドーマの魔法陣を解読したときにも触れた。そのときこの「古代文字」を使って書かれていたのは現代ギリシア語であったが、この地図中では同じ文字がラテン語を書き表すのに使われている。

異なる言語に同じ文字体系が使われているということじたいある程度不思議なことであって、まじめに受けとるならば『Echoes』中の 2 言語の関わりあい、文字の伝播のしかたについて考察する材料になる事柄ではあるが (たとえば日本語が漢字を使っているのは中国からの影響であるように)、とりあえずいまは脇に置いておくこととする。

本稿ではこの地図中のラテン語がいかに間違っていて、本当ならどのように書くべきであったかということの検討・解説を行う。各語句が文法的にどのような点で間違っているかに応じて類型化し、簡単な説明を付してラテン語を勉強したことのない人にも論点が理解できるよう書いたつもりである。

最初に「古代文字」の解読結果、すなわちラテン文字に書きなおしたものをまとめて以下の図に示す。全体を 1 枚に収めた無修正の画像が見あたらないため、ここでは大制圧戦の画面で見られるかぎりの範囲、すなわちソフィア領の全域だけを対象とすることとし、この画面であいにく隠れてしまっている部分はほかの画像や設定資料集を参照して適宜補った。補った部分は図中で角括弧 [...] に入れて明示してある (煩雑なので解説中では省略)。



修飾語の不一致


Meridianus mare「南の海」。ラテン語の名詞類には、現代の多くのヨーロッパ語と同じく文法性がある。ラテン語では男性・女性・中性の 3 性。ここで mare「海」は中性名詞なので、これを修飾する形容詞は meridianum という形でなければならない。この地図のラテン語を書いた人はラテン語の初歩の初歩すら知らないことがわかる。

ついでに言えば、修飾する形容詞は後置するほうがふつうなので、mare meridianum がより望ましい。古典ラテン語は語順がわりあい自由なので、前に出しても絶対に間違いというわけではないけれども、少し強調の感じが出ることがある。


主格を並べただけの稚拙な修飾


この地図中の問題点のうちもっとも頻繁なパターンだが、ラテン語として扱いづらい固有名詞の関与するものを除けば、fur silva「盗賊は森」と mare fanum「海は聖域」(=海のほこら) の 2 例。さらにこの図では見切れているが、べつの画像を参照すれば西の端には silva fanum「森は聖域」(=森のほこら) という文字もあることがわかる。

ラテン語には格のシステムがあり、日本語だと助詞の違いによって表す「盗賊が」「盗賊の」「盗賊に」「盗賊を」のような文中での役割を、名詞の語尾の変化で言い表す。この格変化は英語では I, my, me のように人称代名詞にのみ残っているが、ラテン語ではありとあらゆる名詞がこのように変化する。Fur「盗賊」の語形変化は単数ならば主格 fur, 属格 furis, 与格 furi, 対格 furem, 奪格 fure, 呼格 fur である。

辞書の見出し語として載っているのは単数主格の形なので、文法を知らない人ががんばって辞書を引いても主格を並べることしかできない。しかし主格は「〜が」という役割の形であるから、主格を並べただけの fur silva では「盗賊の森」という意味にはならないのだ。英語で例えれば my house のつもりで I house と言うような間違いである。ここは「の」なので用いるべきは属格、それに盗賊は 1 人ではなかろうから複数属格を用いて silva furum と言うべきだろう。Mare fanum, silva fanum も同様で、「海/森の聖域」ならば fanum maris と fanum silvae,あるいは前置詞 in + 奪格を使って fanum in mari, fanum in silva のようにも書ける。

作中の固有名詞を含むこのパターンの事例は、Ram silva「ラム森」、Sofia silva「ソフィア森」、Sofia castrum「ソフィア城」、Sofia litus「ソフィア海岸」、Mira valles「ミラ谷」、Mira templum「ミラ神殿」、Geeth imperium「ギース指揮官」(=ギースの砦) と多岐にわたり、さらに見切れているが西の端には Dossey imperium「ドゼー指揮官」(=ドゼーの砦) と Ram vella「ラム荘園」(=ラムの村) があるはずである。

これを書いた人は、英語的な (あるいは日本語的?) 発想からこのように並べただけで地名になると思ったのだろうが、残念ながら固有名詞でもそうはいかない。こういうものを調べるときのアドバイスとして、辞書でだめならラテン語版 Wikipedia の項目名を参考にするという手段がある。

たとえば森 silva の例であれば、ラテン語版 Wikipedia の検索ボックスにこの語を入れてみると、イタリアのコムーネのひとつセルヴァ・ディ・カドーレがラテン語式には Silva Catubrii もしくは Silva Catubrina と呼ばれていることが知られる。この地名は「Catubrius の森」という意味で、名詞の主格 -us が修飾するときには属格 -i になるか、もしくは対応する形容詞形 Catubri-n-us が女性名詞 silva にあわせて女性単数主格形 -a になっているのである (形容詞ならば性数格が一致するから主格)。Castrum「城砦」の場合も、前方一致するものを見れば Castrum Lastrae, Castrum Minervae, Castrum Timiniani などのように、やはりあからさまに固有名詞の属格で修飾されている。

このような例にならうと、たとえば「ソフィアの森/城」は Silva Sofiae と Castrum Sofiae,「ミラの谷/神殿」は Valles/Templum Mirae のように書くべきことがわかる。しかし Ram, Geeth, Dossey のように一般的なラテン語からはかけ離れた語形の固有名詞である場合、どのように属格形を作ればいいかは容易ではない。私見では Rami か Ramis, Geethis くらいがしっくりくるように感じるが、Dossey はちょっといかんともしがたい。無変化名詞とみなし単純に後置するだけで妥協するか、あるいは前置詞を使うほうがよい。

ところで Geeth imperium と Dossey imperium,それから次項で見る meridiem imperium の例からして、Echoes 式ラテン語は imperium という単語で「砦」を意味しているようである (ギースとドゼーだけなら誰々の「支配領域」とも解せたが、南の砦が反例になる)。しかし研究社の羅和辞典でこの単語を引いてみると、「命令,指令」「権力,支配権,命令権」「支配,統治」「官職,職権;軍隊指揮権」「命令権者,指揮官,官吏」「領土,帝国」ですべてで、「砦」の意味はまったく見あたらない。「砦、要塞」はふつう castrum または castellum である。

また、Ram vella に見られる vella とは villa の別形だが、同じ辞典によればこの語では「別荘、田舎屋敷」「荘園、農場」のあとでいちばん最後に「村」の語義があがっており、「村」を意味するもっとも一般的な単語ではないことがわかる。ラムの村のような鄙びた小村の場合、vicus もしくは pagus を使うべきではないかと思われる。


突然の対格


Nova insulam「ノーヴァは島を」、Nova portum「ノーヴァは港を」、Sofia solitudinem「ソフィアは荒野を」、meridiem imperium「南を命令」(=南の砦)、harenam via「砂を街道」、montem fanum「山を聖域」(=山のほこら)。さらにこの大制圧戦の地図ではなぜか消えているが、作中ではアトラスの山の村のところに montem vella「山を荘園」という字があったはずである。

上でも少し触れたとおり、対格というのは「〜を」というときの語尾変化をした形である。ここでは実際のところ上記の例のうち大部分が、前項で指摘した主格 (同格) を並べただけという誤りと複合したパターンを呈している。つまり、主格を並べて作ったうえで一部を対格にしてしまっているというのがこれらの誤りかたである。

たとえば insulam「島を」は insula「島」の対格、portum「港を」は portus「港」の対格、solitudinem「荒野を」は solitudo「荒野」の対格である。本当なら Insula Novae や Solitudo Sofiae のように主格+属格で書くべきだったところ、ただ主格を並べただけの形を作ったうえ、さらに片方をなぜか対格にしてしまっているのである。

もっとも Nova はそのままでもラテン語らしさを感じさせるので (というかラテン語の nova「新しい」がノーヴァ島の語源そのものなのだろうが)、わざわざ固有名詞と見なして属格 Novae にするより Insula Nova (Nova Insula) のほうがラテン語っぽくは見える。このへんは好き好きでよい。いずれにしても対格 insulam や portum にはならない。

Meridiem imperium について、imperium の問題点は前項で述べたが、meridiem (meridies「正午;南」の対格) もわざわざ名詞の対格を使う理由はない。すでに「南の海」で meridianus という形容詞を知っているのだから、「南の砦」なら castrum (castellum) meridianum と言えばすむことであろう。

Harenam via「砂を街道」は意図が不明瞭だが、harena は arena の別形で「砂」という意味なので、「砂漠の (を通る) 街道」と言いたかったものか。「砂漠」の意味では複数形 (h)arenae が使われるようなので、per + 対格で via per (h)arenas と言えばよいかと思う。

Montem「山を」の主格形は mons、属格形は montis なので、「山の聖域」は fanum montis (あるいは in + 奪格で fanum in monte)、「山の村」は前述のこともあわせれば vicus montis (または vicus in monte) がよい。

それにしてもいったいどうしたらこんなことが突然起こるのか。この地図の「ラテン語」を書いた人は格の意味を知らないにもかかわらず、mons「山」を montem にするなど正しい対格形を作ることはできている。これはなにも知らない人が辞書を引いただけでできることではない (辞書には対格形は載っていないため。それなら前項のように主格を並べたものばかりになるはずである)。このようなちぐはぐさは、機械翻訳を不適切に用いていることを強く示唆しているように思われる。機械翻訳を使うなら使うで、正しい結果を出力しやすい使いかたがあるものである。


自由すぎる ut


Ut Rigel via「リゲルとして街道」、ut urbe via「都でように街道」。街道 via と共起しているところを見れば、おそらく「リゲル/都への」か「リゲル/都からの」のどちらかを意図したものだろう。Rigel は固有名詞でラテン語の屈折を受けていないため判断材料にならないが、urbe が奪格「都で/から」であって対格 urbem「都を/へ」でないことに鑑みれば、「からの」のほうが本来の意図だろうか。

といってもそれは書いた人が格の用法を知っていることを前提としての話であって事実はそうではなさそうだが、あくまでテクストを所与のものとしていちばんもっともらしく解釈すればそう読めるということ。

しかし接続詞 ut にそんな用法はない。「へ」であれば via ad urbem、「から」であれば via ab urbe または ex urbe と言うべきところである。Rigel のほうはラテン語にとっては外来語である固有名詞なので、Ram その他と同様に適切な変化形を作るのが難しい。ただしこの場合 ad や ab のような前置詞とともに使えば無変化でも混乱の心配はない。


突然の文


Sofia patet「ソフィアは開いている/通行可能である」、aqua repono asreas「私は水によって敷地をとっておく」、ただしここで asreas という単語は存在しないので areas と読んだ。いずれも名詞句ではなく、主語+動詞 (+目的語と手段) の完結した文になっている。地図に「私は〜」などと言われても困る。

この後者 aqua repono a[s]reas は、各語のばらばらの意味と水門の上に書いてあるところから推して、たぶん「貯水用地」などと言いたかったものか。しかるに repono「戻す、とっておく」という動詞の 1 人称単数の活用形を置いてしまい意味不明になっている (ラテン語では英語の I や you のような代名詞主語をふつう言わず、動詞の形だけで判断される)。主語は動詞のなかに含まれた「私」、対格 a[s]reas が目的語なので、残った aqua は主格「水が」でなく奪格「水で、水によって」ととらざるをえない。

正しくは「貯水池」なら羅和辞典の和羅の部にも aquae receptaculum と出ているので、これでよかろう。機械翻訳にかけるまえに紙の辞書くらい引いたほうがいい。とはいえ辞書だけあっても文法を知らなければ、属格にできず主格を羅列してしまったり形容詞を正しい形にできなかったりすることはここまで口を酸っぱくして述べてきたとおりであるが。

前者 Sofia patet も動詞 pateo の 3 人称単数を使った文でまったく意味不明だが、位置的にはたぶん「ソフィア平野/平原」と言いたかったものかと推測される。その場合、planities Sofiae もしくは campus Sofiae が適切。


脱字


Monaste < monasterium「修道院」、cemeterium < coemeterium「墓地」の 2 例。説明不要のたわいもないものである。Coe- を ce- にしてしまったのは英語の影響だろうから同情のしようもあるが、monaste で突如途切れて終わるのは自分で書いていてなにかおかしいと思わなかったのか? 英語でも monastery なのに。


突然の外国語


Cataconb < catacumba(e)「地下墓地」、cargo via「貨物街道?」、fur Gorat「盗賊ゴラト?」の 3 例。最初のものは、カタコンベ catacumba(e) を英語式の catacomb にしてしまったうえで、さらに日本人らしく「ン」の m を n と書き間違えている二重の誤り。

Cargo「貨物、積荷」は一見そのままでもラテン語っぽく見えなくもないが、これは後期ラテン語 carricare にさかのぼるスペイン語、あるいはそれを借用した英語。ゲーム内にもこのような地名は現れず、これが日本語でどういう意味のつもりで書かれたのか判然としない以上、ラテン語でなんと言うべきか考えようがない。Sarcina の派生語を使って via sarcinaria「荷物の道」もしくは via sarcinariorum「運搬人の道」とか?

Fur Gorat はいったいなんなのか輪をかけてわからない。ラテン語には go- で始まる単語はなく、辞書に載っているのはすべて固有名詞かギリシア語からの借用語 (ほぼすべて医学・生物学用語) であるから、Gorat もラテン語ではなく Echoes に出てくるなにかの固有名詞だろうか? 位置的にはこの場所はダッハと戦う海賊の砦であるから、ダッハかその英語名 Barth の開発段階における仮称かもしれない (ギース Geeth やドゼー Dossey も、実際の海外版の名前 Grieth および Desaix とは異なるつづりが使われていたことを思いおこされたい)。

前述のように Echoes 式ラテン語が砦を imperium と訳していることにならえば、お決まりの主格を並べた fur imperium「盗賊は命令」か、お得意の突然の対格を使って furem imperium「盗賊を命令」とでも言いそうなものなのに、ここだけ予測不能の名称になっていて解釈のしようがない。それにしても「盗賊を命令」のほうがよく言いたいことが伝わるとはなんたる皮肉か。念のため「海賊の砦」を正しく言えば castrum praedonum または piratarum のようになる。


唯一正しいもの


Terminus「境界」。ソフィアとリゲルの国境を表しており、ちゃんと主格を用いているし誤字脱字もない! すばらしい。文句なし!

Aucun commentaire:

Enregistrer un commentaire