vendredi 4 mars 2022

ヴァン神族/ヴァン戦争——Simek の北欧神話事典より

自分が読みたかったので続いたシリーズ第 2 弾。ジメクのゲルマン神話事典 (Rudolf Simek, Lexikon der germanischen Mythologie, ³2006, S. 486–88) より、「ヴァン神族」Wanen と「ヴァン戦争」Wanenkrieg の項目のほぼ全訳 (項目末の参考文献と近現代の受容についてのみ省略)。


第 1 の「ヴァン神族」の項目の訳文においては、明示的に Götterfamilie「神族」という語がないところに補うさいには亀甲括弧〔・〕で明らかにしたが、煩雑を避けるため次の「ヴァン戦争」ではただの Asen, Wanen も「アース神族」「ヴァン神族」と訳した箇所が多い。また「ヴァン戦争」の項には詩語法およびユングリンガ・サガからの長めの引用文があるが、これも事典中のドイツ語から訳したものであり、古ノルド語原典にはあたっていない。

エッダ各編の略号は次のとおり:Vsp 巫女の予言、Gylf ギュルヴィたぶらかし、Skáldsk 詩語法。


ヴァン神族〕(Wanen, 古ノルド語 Vanir) は、スノッリ・ストゥルルソンによればアース〔神族〕と並ぶ第 2 の神族の名であるが、異教時代におけるその存在は疑われねばならない。

まずもって、彼の作品でもゲルマンの神々はみなアースと呼ばれているのであるが、スノッリによるとそれらのうちの一グループ、すなわちヴァンたち (ニョルズ Njörðr, フレイ Freyr, フレイヤ Freyja) は、べつの一族に数えられるべきである。彼らはつねにアースと平和裡に暮らしていたわけではなかった。スノッリがヴァン戦争 Wanenkrieg について伝えるところでは、その戦争の終わりに両神族は和平を結び、互いに人質を交換した。

スノッリによってヴァンとしてまとめられている神々は、なによりも豊穣の神々であって、彼らはとりわけ農民人口からは豊作・太陽・雨・よい風を、また航海者や漁師からはよい天候条件を求めて願われていた;フレイに関してはとくに、スノッリはこの豊穣の機能を強調したことで、この神の統治機能にとっては著しく不利になったであろう。ヴァン〔神族〕はまた、アース〔神族〕からは恥ずべきものとみなされた形式の魔法——アースたちはこれをフレイヤを通して知った——を実践していた。それに加えて (スノッリの『ユングリンガ・サガ』4 章によると)、ヴァン〔神族〕のもとではアース〔神族〕とは違い、兄弟姉妹間の結婚が容認されていた。このことは、ヴァン崇拝の本来の担い手たちの社会における、母権制的な環境を示している可能性がある。

ニョルズ、フレイ、フレイヤという神々への尊崇は、はるか昔まで遡ることができる:ニョルズと語源的に同一の女神ネルトゥス Nerthus は、早くもタキトゥス〔『ゲルマーニア』〕において言及されており、青銅器時代の岩壁画に現れている豊穣の神々は確実にこのグループに数えることができる。また著しいのは、スカンディナヴィアにおいてこれらの神々の名前から作られた地名が、——ウッル Ullr を除くと——ほかのすべての神々をあわせたものと総数において釣りあっていることである;それと引きかえ、ヴァンという単語それじたいは地名に見いだされないが、このこともまた、これらの神々とヴァンという概念との結びつきが新しいことを示唆している。

ニョルズおよびその 2 人の子フレイとフレイヤと並び、おそらくより後代にスカンディナヴィアにおいてフレイと重ねられた神、イング Ing がこの神々のグループに数えられる;フロージ Fróði (=フレイ) がかつて独立した神として尊崇されていたということは反対に疑われるべきである;また、ときおり推定されているようなウッル神がヴァン〔神族〕に所属するということはまず証明しえない。

ヴァンという名の語源は、数々の説明の試みがあるとはいえ、なおまだ納得のいく解釈はなされていない。


ヴァン戦争 Wanenkrieg と呼ばれているのは、アース神族とヴァン神族のあいだの戦いのことであり、これはただスノッリと Vsp のあまり意味明瞭でない数節によってのみわれわれに伝わっている。スノッリはヴァン戦争について 2 通りの短い梗概を与えており、1 つはきわめて簡素なもので Skáldsk 1 に見られる:「それはこのように始まった。神々はヴァンと呼ばれた人々と戦争を行った。しかし彼らは和平会議に合意し、次のようなしかたで和平を約定した。すなわち両グループがある容器のところへ歩いていき、そのなかへ唾を吐き入れるとするのだ。そうして立ち去るさいに神々はこの和解のしるしを受けとり、それが失われることのないようにと欲し、かわりにそこからクヴァシル Kvasir という名の人間を創りだした」。

もう 1 つはこれよりいくらか詳しいバージョンで、『ユングリンガ・サガ』4 章にある:「オーディンは軍を率いてヴァン神族に向かったが、彼らはそのことを早くに察知し、自分たちの国を防衛したので、双方とも相手を破ることができなかった。おのおのが相手の国土を荒らし損害を引き起こした。双方ともがそのことに倦むと、彼らは和平会議に合意して和平を結び、人質を交換した。このときヴァン神族はもっとも重要な者たち、すなわち裕福なニョルズと彼の息子フレイを連れてきたが、アース神族はヘーニル Hœnir という名の者を連れてきて、首領としてうってつけの者だと称した。それは背が高く美しい男だった。その男とともに彼らはミーミル Mímir というとても賢い男を送ったが、ヴァン神族はそのかわりに彼らの集団からもっとも利口な者を与え、これがクヴァシルといった」。

これらと並んでスノッリ (Gylf 22〔23〕) は、ニョルズとヘーニルの人質取りに言及し、それによって間接的にヴァン戦争のことをほのめかしている。

Vsp 21–26 もヴァン戦争のことを物語っていると推測され、スノッリはこれらの詩節を知っていたが、スノッリの説明の内容は 2 つとも、Vsp のそれとははなはだしく異なっている;すなわち Vsp においては人質取りについてなにも語られておらず、Vsp においてヴァン戦争の原因となった者はヴァン神族の女予言者グッルヴェイグ Gullveig であるが、彼女のことはスノッリには言及されていないのである。

旧世代の研究において、ヴァン戦争神話はたいてい、紀元前 2 千年紀に実際に起こった戦争の反映とみなされがちである;その当時、定着していた南スカンディナヴィア゠西ヨーロッパの巨石文化が、北西へ進出する戦斧民族によって蹴散らされ、それにもとづいてその後 (非印欧語族の?母権的な?) 巨石文化の担い手たち (=ヴァン?) と印欧語族の戦斧民族 (=縄目文土器文化?=アース?) との混交が生じた。この歴史的できごとがヴァン戦争そしてアース神族とヴァン神族のあいだの平和締結という神話の形式のなかになごりをとどめているというのである (エックハルト)。

反対にデュメジルは、ほかの印欧民族 (ローマ人、インド人) にある類似の神話伝説を指摘し、そこからヴァン戦争を、ある社会内部における社会的摩擦と解釈している。その社会においては階級的に区分された、好戦的な王に従う者たち (=アース?) と、他方では植物崇拝と魔術が意味をもっているような農民階級という、〔2 つの〕グループが対峙していた。これらの社会階層間の平和締結——なるほどこれはヴァン戦争神話においてたしかに本質的な位置を占めている——を通してはじめて、印欧語族社会の秩序だった社会的・宗教的構造は発生したのである (デュメジル、デ・フリース)。


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