デンマーク語やアイスランド語のような北欧語を勉強していると,当然のことではありますが,しばしば英語やドイツ語とよく似た単語に出会います.記憶に定着しやすくするためにも,たとえばアイスランド語の学習書には英語・ドイツ語・デンマーク語の訳語が書いてあると助かるのですが,需要がないためかなかなかそういうふうにはなっていません.
これはしかし一考の余地がある点だと思われます.そもそもアイスランド語 (フェーロー語・デンマーク語・スウェーデン語・ノルウェー語) の学習者じたいが日本では僅少ですから,中学・高校で英語をやったきりの人がいきなりアイスランド語を始めるというパターンと,ゲルマン語を専門に勉強している人か私のような趣味人でドイツ語の知識があるというパターン,かならずしも後者のほうが割合として少数派だとは言いきれないでしょう.
日本語で読める既存の出版物でいまいちばん近いのは河崎・大宮・西出『ゲルマン語基礎語彙集』(大学書林,2015 年) ですが,学習用の単語集として使うにはまったくボリュームが不足していますし不便です.そこでそうした需要を満たすための単語集を自分のためにそのうち作りたいと思っているのですが,なかなか準備が進まないので,走り書き程度に思いつきをここに記しておきます.
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配列は見出し語をすべてアルファベット順に並べるというのがいちばんシンプルですが,そうしないという選択肢もあります.それはたとえば野里・白崎『英語から覚えるイタリア語単語』(創拓社,1996 年) がとっている戦略で,まずイタリア語の品詞ごとに分け,それからそのなかで英語と対応しているかどうかで分類,最後に ABC 順という配列になっています.この利点はもちろん,英語から簡単に類推できるものは分離してしまい,覚えにくい単語を重点的に見られるようになることです.
いまこれを模倣して,英語とドイツ語の知識がある人向けの北欧語の単語集を作るとすれば,だいたい次のような 5 分類になるでしょう.
(1) 英語もドイツ語も北欧語もぜんぶ対応している単語.これは大雑把に言って,ゲルマン祖語に遡る単語のリストとおおかた重なるかと思います (ほかにも「茶」のような,どの言語にとっても借用語である単語も考えられますが,アイスランド語はきわめて外来語に不寛容なのでさほど多くないはずです).
このグループの単語はたくさんあるでしょうが,対応しているからといってもただちに語形が思い浮かぶようになるためには,ある程度歴史言語学の知識が必要になりそうです.例としては氷 segja : 丁 sige : 独 sagen : 英 say や, 氷 vatn : 丁 vand : 独 Wasser : 英 water,氷 ungur : 丁 ung : 独 jung : 英 young などなど.一般には cognate だからといって現代における意味および使用頻度も同一とは限らないことが常ですから,もっとも危険なケースといえるかもしれません (次節に後述する英 eat および英 think にあたる語についてを参照).
このグループの単語はたくさんあるでしょうが,対応しているからといってもただちに語形が思い浮かぶようになるためには,ある程度歴史言語学の知識が必要になりそうです.例としては氷 segja : 丁 sige : 独 sagen : 英 say や, 氷 vatn : 丁 vand : 独 Wasser : 英 water,氷 ungur : 丁 ung : 独 jung : 英 young などなど.一般には cognate だからといって現代における意味および使用頻度も同一とは限らないことが常ですから,もっとも危険なケースといえるかもしれません (次節に後述する英 eat および英 think にあたる語についてを参照).
(2) 英語とドイツ語は対応するが,それらと北欧語が似ていない単語.要するに北欧語 (北ゲルマン語群) 独自の語彙です.その例としてはたとえば氷 vinur : 丁 ven / 独 Freund : 英 friend や,氷 gamall : 丁 gammel / 独 alt : 英 old (なお比較級・最上級では氷 eldri, elstur, 丁 ældre, ældst として英独と同源),氷 aldrei : 丁 aldrig / 独 nie : 英 never (ただし nie と never の対応はちょっとずるいですが) などなどいくらでもあるでしょう.
(3) 英語と北欧語が同源で,ドイツ語だけが似ていない単語.これはいちばんおもしろいパターンです.英語は非常に数奇な歴史をたどった言語で,ノルマン・コンクエストによって中英語以降フランス語の影響が顕著になったことは現代の両言語を見てもただちに知られますが,それ以前にブリテン島はヴァイキングの侵攻とデーン人による支配を受けていましたから,北欧語 (古ノルド語) の語彙が入っている場合があります.
その例のひとつが動詞 take で,ご存知のとおりドイツ語に訳すとまずは nehmen ですが,デンマーク語では tage, アイスランド語では taka です.ほかには氷 rót : 丁 rod : 英 root / 独 Wurzel や,氷 deyja : 丁 dø : 英 die / 独 sterben などの例があります.
(4) その逆に,ドイツ語と北欧語が同源で,英語だけが似ていない単語.中英語までで廃れてしまった単語の事例を思えば,こちらのパターンのほうが (3) よりも多そうです.たとえば氷 hlaupa : 丁 løbe : 独 laufen / 英 run (英語の cognate は leap) や氷 svartur : 丁 sort : 独 schwarz / 英 black,また氷 himinn : 丁 himmel : 独 Himmel / 英 sky が挙げられます.
ところでこの最後の例でおもしろいのは,英語の sky という単語じしんは (3) のように古ノルド語に遡るということです.アイスランド語で ský, デンマーク語で sky は「雲」を意味します.これが英語に入ったあと「空」に転じたものです.ドイツ語で「雲」は Wolke ですから,この線でいけばこの単語は (3) のパターンと言えないこともありません.実際上は北欧語を見出しの基準にすれば曖昧さは生じませんが,このような豆知識は記憶にとってとても有益ですから,そういう遊びを包摂できるような単語集が望ましいでしょう.
(5) 英語もドイツ語も北欧語もてんでばらばらな単語.北欧語を覚えるにあたって英語もドイツ語も頼りにならないということですから,(2) とともにいちばん大変な場合です.おそらく数も少ないとは言えないでしょう (というか構成上 (2) と分ける必要もないかも;ドイツ語を読者にとっての学習 (復習) 対象に見据えるかどうかの違いか).
たとえば氷 skógur : 丁 skov / 独 Wald / 英 forest や,氷 stór : 丁 stor / 独 groß / 英 large (もっとも独 groß は英 great と同源なので,そのかぎりではこれは (2) のパターンですが) がそうです.つづりから想像されるとおり,forest も large も古フランス語から中英語に入った単語です.もちろんそういうものばかりでなく,氷 barn : 丁 barn / 独 Kind / 英 child や氷 spyrja : 丁 spørge / 独 fragen / 英 ask のように,どれもゲルマン語本来の単語なのに現代に残ったものが異なるというパターンもあります.
たとえば氷 skógur : 丁 skov / 独 Wald / 英 forest や,氷 stór : 丁 stor / 独 groß / 英 large (もっとも独 groß は英 great と同源なので,そのかぎりではこれは (2) のパターンですが) がそうです.つづりから想像されるとおり,forest も large も古フランス語から中英語に入った単語です.もちろんそういうものばかりでなく,氷 barn : 丁 barn / 独 Kind / 英 child や氷 spyrja : 丁 spørge / 独 fragen / 英 ask のように,どれもゲルマン語本来の単語なのに現代に残ったものが異なるというパターンもあります.
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さてここまで「北欧語」をひとまとめに扱ってきましたが,それは英語・ドイツ語に比べれば北欧語間の互いのばらつきは比較的小さいためです.しかしいまかりにアイスランド語の単語集を作ることにし,そこで英語・ドイツ語のみならずデンマーク語の知識も助けにすることとすれば,アイスランド語とデンマーク語でふつう使われる単語の訳語が同源でない場合が問題になりましょう.
これに関して思いつくのは「食べる」を意味する動詞で,デンマーク語ではふつう spise という動詞を使います.しかし「食べる」が spise だなんていかにもゲルマン語らしくない感じがします.それもそのはず,この単語はラテン語 expensa に源を発し,中低ドイツ語を通してデンマーク語に入ったということです (独 Speise も同源).一方アイスランド語では borða が一般的です.これに対して丁 æde : 氷 éta という,英 eat : 独 essen と同源の動詞もありますが,これらはいずれも動物が餌を食べることを言い,人に使うと軽蔑的な意味になるようです.
また「考える,思う」を意味するいちばんふつうの語は英 think : 独 denken : 丁 tænke ですが,アイスランド語では hugsa です.アイスランド語における前者の cognate は þekkja という動詞で,これは「知っている」を意味します.なおデンマーク語の tænke およびスウェーデン語・ノルウェー語でそれに対応する語は,もともと中低ドイツ語の denken から入ったということです.
これに関して思いつくのは「食べる」を意味する動詞で,デンマーク語ではふつう spise という動詞を使います.しかし「食べる」が spise だなんていかにもゲルマン語らしくない感じがします.それもそのはず,この単語はラテン語 expensa に源を発し,中低ドイツ語を通してデンマーク語に入ったということです (独 Speise も同源).一方アイスランド語では borða が一般的です.これに対して丁 æde : 氷 éta という,英 eat : 独 essen と同源の動詞もありますが,これらはいずれも動物が餌を食べることを言い,人に使うと軽蔑的な意味になるようです.
また「考える,思う」を意味するいちばんふつうの語は英 think : 独 denken : 丁 tænke ですが,アイスランド語では hugsa です.アイスランド語における前者の cognate は þekkja という動詞で,これは「知っている」を意味します.なおデンマーク語の tænke およびスウェーデン語・ノルウェー語でそれに対応する語は,もともと中低ドイツ語の denken から入ったということです.
こういったことは少なからずほかにも例があろうかと思われます.そして最終的にはそのようなアイスランド語単語集を作りたいのですが,具体的なことはもう少し両者の勉強を進めてから考えることにしましょう.また,資料としてたとえばアイスランド語―デンマーク語辞典のようなものが必要になりますから,その点でもまだ私のほうで準備が不足しています.
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