dimanche 24 janvier 2021

ファイアーエムブレムヒーローズ 第 4 部考察——夢と現のあわい、ピアニーの嘘、そしてまた夢

神話の研究はむしろわれわれを矛盾した事実認識へと導くということを認めよう。神話のなかではあらゆることが起こりうる;そこでは出来事の継起がなんらの論理ないし連続性の規則にも従わないかのようである。すべての主語が任意の述語をもちうる;考えうるあらゆる関係が可能である。
(クロード・レヴィ゠ストロース「神話の構造」より,拙訳)

ヘンリー・スティーヴンズは、どちらが現実なのかについてそれほどの確信を持てなかった。ヘンリーには、ザールこそ現実の世界であり、地球とヘンリー・スティーヴンズは夢であると思えるときがたびたびあったのだ。
両方とも現実のはずがない! このふたつの人生の片方が現実であり、もう片方は奇妙なひとつながりの夢であるにちがいない。だが、どちらがどちらなのだ?
(エドモンド・ハミルトン「夢見る者の世界」より,中村訳)

はじめに


前回の記事「ファイアーエムブレムヒーローズ 第 3 部考察——世界の構造、ヘルの計画、そして主人公」に引きつづいて、この記事では FEH 第 4 部アルフ編について最近考えていたことをひとわたり述べてみたい。それはやはり「ファイアーエムブレムヒーローズ 古ノルド語用語辞典」執筆を契機としてこの物語を読みかえしたさいに、新たにわかったこととあいかわらずわからないこととをいったん整理してみたいと念じたためである。

夢の世界を舞台とする第 4 部の物語は、平行世界を行き来する第 3 部にも劣らずわかりづらい。1 ヶ月に 1 章ずつ更新されるものをただ漫然と追いかけるだけで全容を正しく把握するのはほとんど不可能だろう。第 2 部や第 3 部についても言えることだが、ふつうの人にとって 1 ヶ月まえに 1 度読んだだけの話を正確に記憶しておくことは難しく、FEH のシナリオの複雑さはこの更新ペースに適合してはいないように思われる。そういう意味では第 1 部のスカスカな展開はあれでソシャゲという媒体に適した的確な選択であったとも言える。しかしもちろんこのことは何度も読みかえすに値する深みやおもしろさとはトレードオフであって、天秤にかければやはり最近のよく練られたシナリオのほうを支持したいように思う。


前提条件


今回の考察を始めるまえに、どうしても注意しておきたいことが二、三ある。もっとも根本的な約束として、あくまで筋道立った理解をあきらめずに追求するということ。一見理不尽あるいは脈絡のないように思われる事柄が出てきたとしても、「夢だからなんでもあり」として整合的な理解を放棄する真似はしない。シャロンが「考えてもどうしようもない気がしますけど」と弱音を吐いたとき、毅然として「僕はそうは思わない」と答えたアルフォンス——実際にはエクラ——の態度 (5.3=これは 5 章 3 節に根拠をもつことを意味する、以下同様) に私たちは倣おうではないか。

なんでもあり、展開をどうにでもできるというのなら、この夢のなかでのエクラたちの戦いは、フロージとフレイヤの犠牲は、妖精たちの苦悩はすべて嘘になってしまう。そんなことはあってはならない。客観的に見ても、少なくとも彼ら彼女らの行いの因果は虚構ではなく、できごとの継起した順番に影響を発揮しているように思われる (時間の流れが一様でなくとも前後関係は不変)。それにピアニーが「あなたの夢」と再三言うとおり (2.1) この全体がエクラの見ている夢なのであれば、その主人たる彼/彼女は「夢のことでも現実的」な人物で (5.3)、「大人になってしまった」ために「夢は自由にできない」のだ (2.1)。フードをかぶった人物の行方も、フレイヤの悪夢も、夢を手っ取り早くどうにかしようとしてエクラが願ったことで問題が解決した例は作中にない。そしてほかの登場人物はそのエクラの夢に参与している以上、やはり夢を勝手に操作する権限はないようなのである。

もうひとつ公理として定めたいのは、実体のない悪夢——ブルーノ、スルト、ヘルなど——を除いて、夢のなかに登場している人物ひとりひとりがれっきとした実在する独立した人格であるということだ。いっさいがエクラの妄想というのではなく、作中で夢の世界はちゃんと存在し、そこに住まう妖精たちや神々は本物であると仮定する。「現実世界」に戻ったあとに召喚できるのだからこれは自然な想定だろう。それに何人もの人物をエクラ 1 人の頭のなかで動かしているというのも無理が大きい。

現実世界の住人であるシャロンやアンナやヴェロニカについても、その言動はエクラの想像に従っているのではなくて、——どういう仕組みかは不明だが——同時に眠っていた彼女らはいわばエクラが立てた夢のサーバにログインしており、それぞれ自身の判断で動いてしゃべっていると考える。ピアニーたちが本物である以上、同じ夢のなかで彼女らと会話したシャロンたちの記憶もやはり根拠のあるものとみなすべきだからである。さらに、チェンジリングの件 (8.3, 11.2–3) ではシャロン本人 (とフレイヤ) しか知らない事実を語ったのもその傍証である。ザカリアとの思い出を話せなかったように (6.5)、エクラが知らない知識が夢のなかで出てくるはずはない。


できごとの経過とその場所


それではまず復習を兼ねて、第 4 部の全 13 章で起こったできごとを整理して眺めてみたい。そのさい、見通しをよくするためにシナリオ終盤で語られる事実をいくつかあえて先取りしておこう。そのうち最重要の事実とは、第 4 部で繰り広げられる一連のできごとはその最初の最初からすべて夢のなかであったということ (11.5)、それから一貫してアルフォンスの姿をしている人物の正体はエクラであったということ (12.5)、この 2 点である。

それから、この物語では何度も夢のなかに潜ったり目覚めて浮上したりするが、このいわば「夢の階層」に番号をつけて呼ぶことにする。さきの指摘の第 1 点により、出発点となる階層がすでに現実ではないため、ここを「夢の K 層」というふうに名づけよう。そしてそこから深く夢のなかに入ったならば L 層、M 層という要領である (お察しのとおり、原子モデルにおいていちばん内側の電子殻が、さらに内側のある可能性を想定して「K 殻」と呼ばれたことにちなんでいる)。

以上の準備のもとで、第 4 部の各章節におけるロケーションとできごとのあらましを順番に列挙してみると、次のとおり:
  • 1.1–4|K 層・〜麦の穂の村付近|ロキと遭遇 (1.1)。ヘンリエッテから馥郁たる香炉をもらい使用するが、効果なく眠りに落ちる (1.4)。
  • 1.5–2.5|L 層・アルフ|ピアニーと出会う (1.5)。「エクラ」が行方不明になり、ピアニーの発案で「アルフォンス」が合流を念じるが現れず、解決のためフロージのもとを目指す (2.1)。スカビオサと遭遇、撃退後大きなベッドで眠る (2.5)。
  • 3.1|M 層・夢幻郷|フロージからグリンカムビの角笛をもらう。目覚めたあと「アルフォンス」だけが「エクラ」を見かける (3.1)。
  • 3.2–4.5|L 層・アルフ〜夢の門|プルメリアと遭遇、操られている「エクラ」を全員が目撃する (3.5)。シャロンが花畑の記憶をおぼろげに思いだす (4.3)。スカビオサと再戦、夢の門で角笛を吹き目覚める。フレイヤがフロージを連れ去り「夢現」が発生する (4.5)。
  • 5.1–5|K 層・麦の穂の村付近|目覚めると「アルフォンス」以外が夢の内容と召喚師の存在を忘れており、悪夢がアスク各地に出現 (5.1)。ピアニーと再会、彼女の力で全員が夢の記憶を取り戻す (5.5)。
  • 6.1–5|K 層・〜国境の霧の森|フロージ救出のためスヴァルトアルフを目指すべくルピナスを探しにいく途中、ヴェロニカと合流 (6.1)。スカビオサ・プルメリアがこの世界に来る (6.3)。「アルフォンス」がザカリアの思い出を失っていることに気づく (6.5)。
  • 7.1–5|K 層・国境の霧の森〜黄昏の岬|ルピナスと出会い、スカビオサと再戦 (7.1)。シャロン、ルピナスとも会った記憶を思いだす (7.3)。スカビオサと再戦、戦いをヴェロニカに任せて眠る (7.5)。
  • 8.1–5|L 層・スヴァルトアルフ|プルメリアと再戦 (8.1)。シャロン、チェンジリングの件を思いだし全員に明かす (8.3)。プルメリアに大打撃を与え、彼女は人間だったころの記憶を思いだす (8.5)。
  • 9.1–10.5|L 層・スヴァルトアルフ|スカビオサと再戦 (9.1)。スカビオサに大打撃を与え、生前の記憶を取り戻す (9.4)。フレイヤ、ブリーシンガルの首飾りでフロージを支配し、「すべての夢の王」となる (9.3, 5)。フロージ、力の半分を失わせるため自分を殺させる (10.5)。
  • 11.1–5|K 層・黄昏の岬〜|夢から覚めたのにフレイヤが出現、ピアニーとルピナスも理由がわからないと話す (11.1)。フレイヤ、ルピナスとシャロンの過去を語り、シャロンが卒倒する (11.2)。シャロン、すべての記憶を取り戻す (11.3)。プルメリアとの最終決戦 (11.4)。「アルフォンス」、いっさいが夢であることに気づく (11.5)。
  • 12.1–5|K 層・〜夢の門|「アルフォンス」、鋼の世界の白昼夢を見たあと、ルピナスの先導で夢の門を目指す (12.1)。スカビオサとの最終決戦 (12.4)。夢の門で角笛を吹くが効果がなく、「エクラ」との戦闘後「アルフォンス」がエクラであることに気づく (12.5)。さらにフレイヤ、本物のアルフォンスは死んでいると語る。
  • 13.1–4|K 層・アスク領内?|フレイヤ、エクラの力を認めて譲歩し、夢を続けるよう誘う (13.1)。シャロン、ピアニーの説得を受け花の指輪をもらう (13.3)。フレイヤとの最終決戦 (13.4)。
  • 13.5|J 層・麦の穂の村への道 (=1.1)|アルフォンスを含む全員が目覚める。ロキと遭遇。ピアニーと再会 (13.5)。

意味のあるイベントであっても以下の考察で触れる予定のないものはなるべく削ったが、それでも改めて一挙に眺めてみるとずいぶんいろいろなことが起きていることが実感される。ともかく、以上のメモを随時参考にしつつ、重要そうな点や不可解な点を洗いだしてみよう。


階層間移動の法則


エクラたち現実世界の人間が夢の階層間を移動するとき、下方向——さらに深い夢のなか——へ向かうときにはなんら支障がないが、逆に上方向で K 層以上、すなわち現実世界に移動するときには原則として夢のなかでのできごとの記憶を失うということが観察される (5.1, 13.5)。夢から目覚めるときには「妖精のことを忘れてしまう」ということはピアニーによっても確言されている (4.5, 13.3)。

しかしフロージを殺して現実に戻った場合 (11.1) だけはなぜか例外となっている:すなわち目覚めたシャロンが状況を正しく把握している。もちろんこれは実際には現実ではなかったわけだが、L 層から K 層への復帰という点、さらにどちらも「夢現」の発生後であるという点でも最初の帰還のとき (5.1) と同じである。強いて言えば、この 2 回めの場合にはピアニー・ルピナスがなぜか伴ってきている点が異なる。おそらく、またもエクラ以外全員が記憶をなくしているという展開を繰りかえすのは冗長なため、描写されていないところでピアニーの力で記憶を取り戻したのかもしれない。

フレイヤとの決着後、最後に到達する「J 層」についてはしばらく扱いを保留したい。というよりこの階層がはたして本当に現実なのかどうかこそがこの第 4 部最大の謎なのであって、フレイヤが脅迫の口実としたアルフォズルの宣告の真偽、言いかえるとアルフォンスの安否とても、ひとえにそこにかかっているのである。さきほど確認したとおり、J 層に浮上したとき特務機関の面々は記憶を失っているのだが、実際にはまだ夢であった K 層に浮上したときにもそれは同様であったのだから、夢の記憶がなくなったことは J 層が現実である証拠にはならない。

そこで問題含みの「J 層」の場合をいったん脇に置くとして残りの事例を観察してみると、作中の誰もはっきりそうは言わないため漫然と見ていては認識できない、きわめて興味深い 2 点の消極的な事実を指摘することができる。すなわち、出発点である K 層が現実世界に見せかけた夢であって、K 層以下はすべて夢の世界なのだから、ピアニーたち 4 人の妖精はいちども現実世界に現れたことがないということと、夢の世界で得た物品を現実世界に持ち出した例もいちどもないということである。作中の道行きでは夢の世界と現実のアスクとを行き来しているように見せているため気づきにくいが、整理してみれば結末の J 層以外はいっさいが夢のなかを舞台としているのだから明らかだろう。そして以下の論述でこれらの事実の含意を突きつめていけば否応なくわれわれは衝撃的な結論に導かれることになる。


ルピナスの所在とピアニーの嘘


まず第 1 の点に絡んで補足すると、ピアニーがルピナスを探しにいくさい、尋ね人は「国境の霧の森」に住んでいると彼女は思っている (6.1)。このときピアニーは特務機関の面々と同様、この K 層は現実であると考えていることは、終盤でアルフォンス=エクラがいっさいが夢だと喝破したときの驚きぶり (11.5) によって確かなように見える。したがって彼女の知識を信じるならば、彼女が会いに行こうとしたルピナスは「現実世界の」アスクとエンブラの国境をなす霧の森に住んでいるはずなのである。ではなぜ一行は、実際には夢のなかである K 層の霧の森でルピナスに出会うことができたのだろうか?

通常の場合のように夢が見ている者の妄想なのであれば、夢のなかで出会った知りあいが現実と違う場所にいたって変ではないのだが、妖精のこととなると事情が違う。ここで最初に置いた仮定のうちの 1 つ、すなわち妖精たちは実在の独立人格であるという公理が関係してくるわけで、彼女らは夢の世界で生きている存在である。人間ならぬ妖精に脳というものがあるかは定かでないが、ともかく妖精たちが個性をもって反応し思考・判断するその機構は各人に 1 つしかないはずだ。複数の階層で同時に存在した場合、夢の K 層でエクラたちが話しかけているのと同時に現実のほうでなにかべつのことが起こったらばそれにも対処する、というようなことは 1 つの頭・1 つの体ではできかねる。夢のなかと現実とでは時間の流れが大きく異なるようだから (4.3, 5.1, 11.1)、やってやれないことはないかもしれないが、そんな無理をする動機はない。ここはすなおにルピナスは現実世界にはおらず K 層の霧の森で眠っていた、とみなすのが妥当だろう。

するとピアニーの認識と実際のルピナスの所在地は食い違っていたことになる。どうしてそういうことが起きるか。ルピナスに会いにいくことになったのはフレイヤの引き起こした「夢現」の解決のためであって、これはフレイヤ以外誰にも予期できたとは思われない不測の事態である。であればルピナスは最初から夢の K 層に住んでいたのだ。にもかかわらずピアニーはそこが現実世界であるつもりで特務機関一行を霧の森に連れていった。「国境の霧の森」という空間座標は合っていたのだから、彼女のついた嘘は K 層を現実世界だと思っていたという点に帰着する。

ところでピアニーの行動には人間の目からするとひとつ不気味とも言える点がある。それはとりわけ一行がフロージの住む M 層に向かうため夢のなかの「大きなベッド」で眠ろうとしたときにもっとも顕著に見いだされるのだが、このとき彼女は全員が眠るまでそれを見守ったあと長々と独り言を言っている (2.5)。じつは本編全体を通して、ピアニーが眠る・眠ろうとするシーンというのはひとつもない。彼女はいつも起きていて、寝入る人間たちに「おやすみなさい」、目覚めた者たちに「おはようございます」と声をかける側なのだ (1.5, 2.5, 3.1)。なぜか。おそらく妖精である彼女は、階層間を移動するのにいちいち眠る必要はないからだろう。ついでに言えばスカビオサとプルメリアが K 層にある「ミズガルズのアスク王国」にやってきたときも同様で、移動のために眠りから覚めたというような様子はなかった (6.3)。

眠らずに階層間を随意に移動できる妖精である彼女たちが、自分のいる階層を把握できないということがあるだろうか。いやそもそも夢の世界の住人に、いまいる場所が夢なのか現実なのか判別できないというのはおかしいのではないか。この疑惑が的を射ているとすれば、ピアニーは最初から K 層が夢のなかであると知っていたことになる。にもかかわらず彼女はそれを隠し、アルフォンス=エクラの名推理には大げさに驚いてみせた、その理由はなんだろう。

この解明の手がかりになりそうなのは、もうひとつ彼女がはっきりと嘘をついたとわかる事例との比較である。嘘といっても悪意ではない。それは幼いころのシャロンに対し、「えいゆう」になるための夢の蜜をかわりに飲んでしまったという件のことで、人間としてのシャロンを守るための優しい嘘であった (13.2)。このように、ピアニーにはそれが善意であればまったくおくびにも出さず嘘を言って隠しとおすことができるという顔がある。子どもっぽい仕草が目立つが、本当の彼女は年齢不詳 (4.3) の大人であり、子どもたちを守ろうとする庇護者なのである。

この唯一の事例から敷衍することは勇み足かもしれないが、これ以外にヒントが見つからないので次のような想像を私の結論としておこう。すなわち、ピアニーが K 層を現実と偽った理由は、今回も誰かを守るためであった。その相手はおそらくエクラではなかったか。彼女が嘘で塗り隠そうとした内容、すなわち現実世界に見せかけた空間がじつは現実ではない、ということを知ってはいけなかった最大の人物は、フレイヤも言ったとおりアルフォンスの死から逃避しているエクラをおいてほかにない。夢であると認識しなければ角笛を吹こうなどと考えもしない。ピアニーはエクラの心を守るため、夢の世界からの脱出を阻むべく優しい嘘を弄していたのだ。

ちなみに、ピアニーは特務機関一行が最初に夢の世界を離脱するとき、相手が忘れる (5.5) のを織りこみ済みで「私はいつでもあなたたちのことを見守ってるから」という言葉をかけている (4.5)。これがたんなる社交辞令ではなく幾分かでも真実を含んでいるとすれば、フレイヤと同様に妖精たちはなんらかの方法で現実世界を認識・観察しているのだろう。あるいはフレイヤかフロージから教えられていたというのでもよいが、ともかく現実のアルフォンスの様子についてあらかじめ知っていることが可能だったと考えられる。


夢現の境界を越える存在


第 1 の消極的事実について言えることはもう少しあるが、ここで手短に第 2 の点の検討に移るほうが早道になりそうだ。これはあまりにもあたりまえの事実であるが、私たちは現実に所有しているものを夢のなかで使うことはできても、夢のなかで手に入れたものを目が覚めたら手に握っていた、などということが決して起こりえないのは論を俟たない。今回の物語におけるエクラたちについても当然同じことが成り立っている。

すなわち、フロージから授かった「グリンカムビの角笛」は M 層から L 層、L 層から K 層まで持って上がることができたが、最後の J 層では持っていることを確認できない。さらに言うと物語の冒頭——これも K 層だが——で手に入れた「馥郁たる香炉」(1.1, 4) についても、結末ではいっさい言及されていないことに気がつかれた人はいるだろうか。最初のときシャロンが咳きこみ、アルフォンスの口から「あまり馥郁たる…という香りではない」と語られたように、この香炉が焚かれていれば目が覚めたときに誰かが同じように反応してもおかしくなかった。王子・王女らが三日三晩眠りつづけていたのだから、もし謳われたとおりの効能をもつ香炉が実在するなら当然使われていたはずである。おそらくこの国宝は夢のなかの産物なのだ (と、とりあえず言っておこう。しかし後述するとおり J 層も夢なのであれば角笛・香炉ともに存在しても矛盾ではない)。

したがって、もし J 層が現実だとすれば、シャロンがピアニーからもらったお花で作った指輪だけが唯一の例外なのだ (13.3, 5)。しかしそれはおかしな話である。なぜ夢のなかでもらったものを現実で持っていなければならないのか。いくらファンタジーの世界でも、そんなことが可能ならあらゆる財物の価値がとっくに暴落してしまっているに違いなく、人が争う理由はなくなっているだろう (そういえばかつてエンブラの先代皇帝は「自国を豊かにしたいがため」というきわめて俗な理由で侵略をしているとみなされていた=I.9.5)。夢の世界には純真な子どもしか行けない? それならそんな子どもを使って持ち帰らせればいいだけの話である。その世界ではきっと子どもたちは繁栄をもたらす存在としてたいそう大事にされ、生前のプルメリアのように捨てられる子どもなどいないだろう。いや、現に持ち帰られた動かぬ証拠を見たならば大人だって信じざるをえないのだから、夢の世界の存在はとっくの昔にすべての世代の常識となっているだろう……。こんなことはまったく荒唐無稽、かつ作中の事実にも反しており、このような世界設定を破綻なく維持することはできない。

ゆえに結論は自明である。シャロンが花の指輪を持ち帰った以上、J 層は現実ではない。そしてこのことは第 1 の事実「妖精たちは現実世界に現れたことがない」ともぴったり符合している。フレイヤを倒して夢から覚めたあと、永劫の別れと思われたピアニーがあっさりと元気な姿を見せたとき (13.5)、まるでご都合主義の安易なハッピーエンドだと鼻白んだ人は多いのではなかろうか。しかし彼女が無事に現れたのはただたんに、J 層もまた夢の続きであるから難なく来ることができたという論理的な帰結だったのである。そう考えればひとつの例外もなく明快に事態を説明することができるし、しかもお粗末な大団円などではない、周到でいてさりげない伏線の張りめぐらされた精妙な因果とみなすことができる。妖精も指輪も、夢と現実の境界を越えたことは一度としてない。

夢がない結論だ、と思われたかもしれない。だが J 層もすべて夢だと主張しているのだから、むしろ正確に形容するなら「夢しかない」結論と言うべきか。そしてエクラはいまや K 層における以上に強固に守られた夢のなかで、アルフォンスのいる幸福な生活を再開している。それまで見ていたものを夢だと悟り、長い夢から覚めたという体裁を繕ってしまえば、それ以上にまた疑うことは心情的に難しくなるからだ。

もはや改めて付け加えるような新知見でもないが、アルフォンスの安否に関して私の結論は変わらない。エクラが一連の夢を見ていた訳も、ピアニーが無事で現れたことも、ルピナスの矛盾も花の指輪も、前の記事末尾で述べたようにフレイヤが思いつくはずのない発想も、すべてが一致して同じ推理を支持しており、その逆を示唆する材料はほとんど見あたらない。

しかしこう言ったからといって、私はアルフォンスの「出番」が今後なくなる日が来ると考えているわけではない。彼はおそらく今後もずっとメインストーリーの主人公でありつづけ、プレーヤーのまえに元気な姿を見せつづけてくれるだろう。ゲームの仕様としても「アスク王国の王子 アルフォンス」というユニットが使用不能になるということは考えがたい。だがその正体が夢なのか現実なのか、平行世界のなにかなのか、シナリオがどういった理屈をつけてくれるのか楽しみにしているのである。

エクラたちがアルフに向かう直前、リーヴとスラシルに対して戦神トールがその悲願をあっさりと叶えてみせ愕然とさせたとき、ロキはいみじくもつぶやいた、「すべてを叶えられるあの方にとっては、夢も現も同じ」と (異伝 5)。万物の創造主アルフォズルの支配下にあり、彼がすでに干渉を始めたこの世界は、もはや夢であろうと現実であろうと呼び名の違いでしかないのかもしれない。これまでの行論のとおり、アルフォンスは「現実には」死んでいることを私は確信する——だがその現実とはいかなる意味か? どの世界が現実であると決めようとすることが誰にとって意味をもつだろうか。

(さらに余談ながら、第 4 部終了後語られなかったルピナスが無事であるという問いあわせの結果を公式に得たという一種の盤外戦による情報も知られているが、これについてもアルフォンスやピアニーと同様の意味で、すべてが夢となった世界で今後も生きており退場したわけではない——したがって超英雄なども登場させられる——と解釈すれば私の推論と矛盾はない。)


不穏なる動乱の表徴、ロキ


最後に、ロキの話題が出たついでなので、第 4 部のまさに最初と最後 (1.1, 13.5) に現れて一字一句同じ会話を繰り広げるあのロキは、いったい何をしにきていたのかということについて一言しておきたい。とは言っても、いつも人を食ったような態度で煙に巻くあの怪人物について、その動機や目的をいくらかでも正確に推し量ろうとすることは現段階では無謀な試みである。そこで今回は、メタ的な話になってしまうが彼女の登場がシナリオ上どんな効果をもつかという視点も援用しつつお茶を濁すことにしたい。

まずロキの発言を書き写しておく。冒頭の K 層では特務機関がヘンリエッテから「眠り病」の話を聞いた直後、また結末の J 層では一行が 3 日間の眠りから覚めた直後に現れて、例の飄々とした口ぶりで「あらん。こんにちは。良いお天気ねえ。ご機嫌いかがかしら?」と声をかけてくる。これに対しアンナが「今度はいったい何を始める気!?」と糾弾すると、「私は何も。もし何かしたとしたら…それはあなたたちが知らない新たな世界…かしら、ねえ?」と思わせぶりな言葉を残す。この 2 つのセリフはどちらの登場機会でも一言一句そっくりそのまま同じである。しかし J 層の場合だけこれらに続けて「…あ、そうそう。お帰りなさい、エクラ。良い夢見たかしら?」という一言が付け加わる。

真っ先に注意できることは、言葉の上でどうも噛みあっていない部分があることだ。アンナはこれからロキが何かをやらかすと考えて「何を始める気」と問うたのに対し、ロキのほうは——仮定節のなかとはいえ——「何かしたとしたら」という過去形で返している。非過去で「するとしたら」と言ってもいいところである。これはおそらく、この時点ですでに特務機関が夢に囚われている (11.5)、つまりもう事態は始まっているということをロキが承知していることの現れ——作劇的には伏線——であろう。それで冒頭のほうは説明がつくが、結末の場合はどうかと考えてみると、やはり結末でも何か水面下でよからぬことが起こっていると思わされるのである。これもまた私が J 層を夢と考えることの補強材料となる (ただし、これには別の解釈もありえ、たとえば第 5 部のニザヴェリル侵攻に関してロキが裏で糸を引いているのであれば自然につながる)。

さて J 層はともかく K 層は確実に夢であったわけだが、この最初のロキはどういう存在か。もしこれがブルーノなどのように悪夢の幻影であったとすれば、戦闘後に消え去るはずだがそうはなっていない。では悪夢ではないにせよ夢のなかの架空の登場だったのか。そう考えるには片言隻句までぴったり同じ発言をしたことが足枷になる。つまりその場合エクラは予知夢を見たということになるからである。ロキに言葉を返すアンナやシャロンの反応だけなら、言ってしまえば典型的な売り言葉に買い言葉であるから、彼女らの性格をよく承知していれば予想するのは不可能でない。だがロキの発言、なかんずく「あなたたちが知らない新たな世界」という箇所はエクラがいきなり思いつく内容ではないように思われる。

にもかかわらず夢のロキは J 層のロキの発言を正確に先取りしていた。とすれば、——J 層が夢であるかどうかとは無関係に——この彼女はエクラからは独立した存在であるロキ本人だったのだと考えるべきだろう。じつのところロキは、特務機関が夢の世界に迷いこむ以前から、「悪夢の世界スヴァルトアルフ」が彼らの敵となることを認識していた (異伝 5)。ロキの能力の全貌はいまだによくわかっていないが、夢の世界を知っているならそこに行く方法も知っていたと考えるのは無理ではあるまい。彼女は特務機関に先回りし同じ夢のなかに入って謎めいた言葉をかけ、すべてが終わったあと 1 つ上の世界でまた同じことを言いにきた。……それが何を考えてのことかは判然としないが。

物語上、最初のロキの登場 (1.1) はこれから始まる夢の世界での苦難をほのめかす不穏なプロローグとなっている。では最後の場面 (13.5) はどうか。まさかこの結末を見て、ロキがまた出てきたから万事つつがなく一件落着、きれいに終わったと感じるプレーヤーは誰一人いないだろう。明らかに彼女の登場は、エピローグに一点の曇りあるいはしこりを残す、据わりの悪さを演出している。悪夢の女王は倒され、ピアニーは無事に戻り、エクラたちは全員そろって現実世界に帰還した、という表面上の結末の受けいれを留保させる働きが感じられる。前節までの作品世界内の根拠にもとづく論証とは別に、このロキの存在は今度は世界外から、額面どおりのハッピーエンドを否定させる毒を忍びこませているのである。

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