jeudi 14 janvier 2021

ファイアーエムブレムヒーローズ 第 3 部考察——世界の構造、ヘルの計画、そして主人公

選定行為は、すでに述べたように全的創造ではないので、神聖不可侵ではない。作者の選定した文面が訂正されなければならないことがある。この意味で選定結果(作品世界)は、作者の意図を超えている。このように作者の意図を超えているために、作者が書かずにおかれた部分も同様に、予め決定されている、と考えることに何ら不都合はないということになる。つまり作者の提示するテクストは、大きさの点でもディテールの点でも無限に広がった世界のほんの一部分を表現しており、ただし現に表現した部分に関しては原則として信頼できるという、自律的性格を持った装置だと考えることができるのである。
(三浦俊彦『虚構世界の存在論』より)

空間が断続的で有限である以上、エッダ神話における全体としての世界も、空間の一片あるいはその一片の総体であるにすぎない。古アイスランド語の heimr「世界」は、『詩のエッダ』にも『スノッリのエッダ』にも、「宇宙」の意味では現われない。エッダ神話は、完全で統一的な、そしてただ一つの独自な世界としての宇宙という観念が存在しないことを意味している。
(М. И. ステブリン゠カメンスキー『神話』より,菅原・坂内訳)

はじめに


『ヒーローズ』もまもなく 4 周年、すでにメインストーリーも第 5 部に入っていてものすごく時機を逸してはいるのだが、第 3 部ヘル編の物語の総ざらいと考察をここにしたためてみたいと思う。というのも先日「ファイアーエムブレムヒーローズ 古ノルド語用語辞典」という記事を書くにあたってストーリーを全面的に読みなおし、第 3 部が完結した 2019 年当時に読んだときには勘違いしていた点、理解が及ばなかった点があったことを痛感したためである。

本稿ではまず作中の記述から読みとられる死者の国をハブとした平行世界の構造について確認したあと、これらの異界すべてをあわせた全宇宙において限られた一意的な存在であるエイルとヘルの行動を軸として物語の展開を時系列順に整理する。この作業の過程で、ヘルの一見不合理な行動の理由を突きつめることで、私は隠された恐るべきヘルの真意にたどりつくことになった。続いて、もともと敵どうしであったスラシルがあれほどリーヴを深く信頼している背景についても検討を試みた。最後に、この世界においてリーヴが果たした大きな役割を評価するうちに、第 5 部序盤の現在までなお不明の謎、アルフォンスの安否について私なりに確信のある回答を得るに至った (そのかぎりではいまこそ提示すべき最新の話題だとも言える)。これらの発想の筋道を納得していただくべく、いくらかもどかしい行路にはなるが、まず何が疑問でありそれをいかにして解決するに至ったか一歩一歩議論を進めてみたい。


エイルとエクラの茶番劇?


第 3 部完結当時の私にとって、もっとも違和感があったというか腑に落ちないように感じていた最大の疑問点は、ヘルとの最終決戦の直前、13 章 3 節終幕から 4 節開幕にかけての、エイルがエクラと「二人きりで…話したいことがあるの…」と称して呼びだしエクラを殺す芝居を打つシーンであった。この直後、ゲームではいったん暗転が入り、そののちエイルがこの暗殺を成功と偽ってヘルに報告、ヘルはそれを信じたうえでエイルをも「もう不要だ」として消そうとするが、そこにアルフォンスが突入してきてエクラも無事だと明かしヘルが驚く、という流れである。だからちょっと見には芝居だと思ってしまった。

するとなぜエイルとエクラはこのような演技をする必要があったのか。2 人きりで話すということは、誰も観客がいないということである。エイルがしっかりと暗殺を遂行するようヘルに監視されていたわけではない。そうであれば報告の必要も騙される可能性もないからだ。ヘルも、アルフォンスたちも、この会話を見ていない。それなのになぜそんな茶番を……。理解しかねた私は、エイルがおちゃめにも実演を交えてヘルの計画を全員に説明したのかな、と補完して呑みこんでいた。

そうではなかった。これは現実に、エイルの過去に起こった事件の回想なのだ。そして特務機関に加入し私たちの仲間になっているあのエイルこそ、過去に実際にリーヴの世界のエクラを殺している下手人なのである。平行世界のエイルなどでもなく、まさにその手を血に染めた張本人なのだ。


世界にヘルはただ 1 つ


そのことを理解するには FEH の世界の構造——古典的な意味での宇宙論——そのものをも問題にせねばならない。メインストーリーにおいてアルフォンスたちが出会うかぎりでの最大の範囲となる世界の全体の構成とつながりのことである (エクラの召喚を考慮に入れるとさらに広い世界の連なりが必要となるが、それはいったん脇に置く)。

そこには少なくとも 2 つずつのアスクとエンブラがあることが、リーヴとスラシルの存在、および作中で訪れる滅びたアスクとエンブラの地によって証明されている。彼らは平行世界の存在であり、時間の点ではメインストーリーのアルフォンスたちより「数年後」(8.5) の未来を生きている。ここで便宜上、リーヴたちの世界を「世界 L」、他方メインストーリーのアルフォンスやエクラたちが生きている世界を「世界 A」と名づけることにしよう。これら 2 つの世界は、たどった歴史が異なるという以外は同一の形をしている (7.5)。

私はこれまで、世界 A にエクラやアルフォンスやヴェロニカらがいて、世界 L にもリーヴとスラシルを名乗るアルフォンスやヴェロニカやすでに殺されたエクラらがいるという事実から、当然に、彼らの仲間となるエイルや彼らを襲うヘルも世界ごとに存在するのだと考えていた (かねてよりエクラが数えきれないほどの同一人物を召喚していることもその考えを助長した)。L と A、2 つの世界では時間だけが数年ずれていて、そのため世界 L のヘルやリーヴらが世界 A のアルフォンスらを攻撃する、その間に世界 A のヘルはまだ侵略を数年先に控えており、世界 A のエイルはいまなお殺されつづけていて世には出ていない、と考えれば整合的に理解できる。この場合——卵が先か鶏が先かのパラドックスは棚上げするとして——、世界の系列はおそらく L と A だけではなくその前後にも無数に続き、自然数の濃度をもつのだろう、と。

が、事実はそうではない。世界 A と世界 L それぞれに存在し、それからまだ潜在的に可算個あるのは「アスクとエンブラ」(第 4 部以後の用語を使えばミズガルズ?) だけであって、ヘルは FEH 世界全体にたった 1 つしかないのだ。そして世界 A で死んだ者も世界 L で死んだ者も、まったく同じ共通のヘルに送られる。したがってそこの住人であるヘルとエイルもこの世界全体にたった 1 人しかいない。

なぜそうなるか。まず第 1 に——これが私が考えを修正するに至ったきっかけなのだが——、エイルによって死者の国ヘルには「あらゆる世界の死者がここに集まる」(6.1) と言われている。しかしこれは決定的な証拠ではなかった。「世界という言葉は多義的であって、これまでわれわれが使ってきたようにさまざまの異界を包摂する広い意味のそれと、アスク・ニフル・ムスペル・ヘルのように地続きでなく「扉」を介してつながる領域のひとつひとつを指す言いかたが可能であって、とくにアスクにおいて死んだグスタフ (4.5, 5.5) とムスペルの死者スルト (異伝 4) がどちらもヘルに行きついたという事例がある以上、後者の意味では複数の「世界」から死者が集まっていることはわかっているからである。

第 2 の根拠は、リーヴがアルフォンスと敵対する動機として著名な「死者の数の帳尻を合わせる」(9.5) という言葉である。彼は「異界で一人が死ねば、僕たちの世界の一人は死なずにすむ」と語っており、ヘルがそのようにしてくれるという約束を信じて彼女と契約しそのもとに降った将だ。彼と境遇を同じくするスラシルが「ヘルは本当に、私たちの世界を蘇らせてくれる?」と疑念を見せたさいには「ヘルにはその力がある」と請けあってもいる (11.1)。

このヘルの約束がまったくの出まかせとは考えられない。リーヴ=アルフォンスにとってヘルは、少なくとも父グスタフと妹シャロンとを直接その手で殺めた家族の仇であり、エクラやアンナ、そしてアスク国民全員の死の原因となった存在である (4.5, 9.5, 13.2)。打つ手がなくなりヘルからうまい話を持ちかけられたところで、契約などせず捨て身で食ってかかるほうが自然であり、そのような相手をあえて信用し下について働くには計り知れない葛藤があったろう。ましてアルフォンスは (第 3 部のみならず) 作中全編にわたり折に触れてその才覚を示しているとおりきわめて明敏な頭脳を有している。その彼がヘルの約束はたしかに履行されると判断したのだから、それだけの理由がなければならない。いやそれどころか、たとえヘルが内心では反故にしようと考えていたとしても、彼の目から見て客観的にヘルには履行する合理的なメリットもある (最低限、損ではない) と思われたはずである。

ではなぜヘルはこういう内容の約束をすることができたか。いまかりに死者の国も平行世界ごとに別々に存在して、世界 L の死者は世界 L のそこに送られ L の女王ヘルの力になる、一方で世界 A の死者は A のヘルのものになる、という構造だったとすれば、リーヴがアルフォンスの世界を襲って世界 A の人間を殺したとしても、リーヴの主人である L のヘルにはなんら得にならない。これではリーヴがいくら働いたところで、リーヴが蘇らせたい世界 L の死者とは関係がなく、「死者の帳尻」などあわせようがない。世界 L のヘルがリーヴの働きに報いるのは、彼女がすでに得ていた死者をただ返すことで、彼女にとってまったくの持ち出しになってしまう。するとリーヴの目から見てもこんな約束はとうてい信じられないであろう。これに対して、世界 L の死者も世界 A の死者も同じヘルのもとに至るのであれば、A の死者のかわりに L の死者を蘇らせるという契約は、リーヴが自分で働いたぶんだけ自分の稼ぎにしてよいという筋の通った契約になる。

これだけでヘル複数説を棄却する論拠としては十分と思えるが、ついで第 3 の理由もある。エイルが過去にアルフォンス・シャロンと出会っていた記憶をヘルによって消されていたことである (7.3, 8.3)。この知遇は世界 L でのことであって (9.3)、彼女が見知っていたのはリーヴと化すまえのアルフォンスと生前のシャロンであった。世界 L のアスクを訪れリーヴと話したことがきっかけで、その記憶を取り戻して世界 A のエクラに語るのだから、当然これは同一のエイルということになる。それにエクラたちの戦いの道行きをよくよく読めば、世界 A のアスク (4 章まで) からヘルに突入し (5–6 章)、そこからリーヴとスラシルの逃げた異界の扉を通って世界 L のアスク (7 章以降) に至るわけだから、同じヘルから A, L 両世界のアスクに通じていることがわかる。これは第 4 の、明白な証拠といえよう。

どうもわれわれは回り道をしたようである。この最後の 2 点だけで、死者の国は 1 つだということは明らか、制作側としてもこのことをもってシナリオは十分な説明を果たしたと考えていたのかもしれない。平行世界のヘルとエイルなどという誤解は生じようがないと。しかし言い訳になるがこの思いこみにはエクラによる召喚というこのゲームの根幹をなす仕組みも与っている。第 3 部が始まったその日からわれわれは英雄祭とそれに続く神階召喚 (2018 年 12 月) でエイルを何人でも召喚することができた。そこに複数のアスク、複数のアルフォンスという情報が飛びこんできて、エイルも平行世界の数だけいるのだと思ってしまった。いきおいエイルの回想——これが頻繁に挿入され時間を行き来することがまた理解を困難にする——も別のエイルの記憶、あるいは世界間の混線 (?) かなにかかと適当に折りあいをつけ、よくわからないまま話を読み進めてしまったのである。そのため先述の最初の 2 点の議論は、根本的に勘違いをしていることを認識しそれを修正して、ヘルは 1 つなのだという前提に立ったうえで改めてエイルの過去と現在、そして世界の構造を正しく把握するために必要な段階だった。


エイルのたどった道


話を戻すと、これでアスクとエンブラは複数あるがヘルはただ 1 つ、女王ヘルとエイルはただ 1 人しかいないとわかったので、今度は彼女らの行動を時系列に沿って見なおしてみよう。最初に女王ヘルは自分の力のため「幾千幾万もの命を持つ」生命の竜の末裔エイルを毎日毎日殺しつづけ、この苦痛によって同時に彼女を命令には絶対服従の従順な存在に仕立てあげた (6.1, 13.1)。そしてエイルの命が残り 1 つだけとなるとこの搾取を切りあげて、いずれリーヴとなるアルフォンスの世界 L への侵略を開始する。〔厳密にはその「二十年前」にもヘルはアスクを襲撃し、グスタフの父、つまりアルフォンスの祖父を殺しているが (2.1, 4.5)、これはエイルの出番とは関わらず以下の考察に影響しないのでこれ以上扱わない。〕

プレーヤーが本編序盤で目撃するのとほぼ同様の経緯をたどり、世界 L のアルフォンスらはまずこのエイルを下して捕虜としたはずだ (1.5)。その後彼らは順調に仲良くなり (この L での出会いの会話が 9.3)、信頼を獲得したエイルは二重スパイとしてヘルに戻る役目を買って出るが、L のアルフォンスは彼女の身を案じてこの策を却下したので実行には移されない (11.5)。そのままエイルは L の特務機関に潜み、最後にはエクラを二人きりで呼びだして殺害 (13.3–4)、時を置かずヘルのもとに帰還したであろう。

ヘルによる L のシャロン殺害がエクラより早いかどうかはわからない。確実にわかっているのは、リーヴとなる L のアルフォンスはまず「アングルボザの心臓」の封印を解いた。これによって神器ブレイザブリクはヘルを討つ力を得るので、エクラはまだ生きている。それから次々死にゆく民をまえにして「一刻も早くヘルを討たなければ」と焦り、ヘルとの決戦に挑むが、失敗してシャロンを殺される (9.5)。この決戦の直前の会話を見ると、L のアルフォンスとシャロンはエイルの心情を考慮し彼女を置いて戦いに出たようなので (13.2)、おそらくこのチャンスにエクラを呼びだして暗殺、つまりシャロンの死の裏でほぼ同時に行われたのではないか (のちの世界 A でも、エイルが虚偽の報告を終えてヘルに殺されそうになったとき踏みこんできて戦うアルフォンスはエクラを伴わずに置いてきている=13.4)。

こうして半身と妹らを失った L のアルフォンスは絶望してリーヴと化しヘルの配下に収まることになる。またエイルはヘルによってこれら一連の記憶を封じられる (8.3)。それからエイルは新たに世界 A のアスクに尖兵として送りだされるわけだが、その少しまえに死の国においてリーヴと面識がある。だがこのときはエイルが「いくら話しかけても、〔リーヴ〕はずっと無言のまま」であった (7.3)。エイルはすでに覚えていなかったが、彼にとってはエクラを殺した仇敵なのだから、と考えるとけだし当然の反応であろう (それでもリーヴは彼女の事情を斟酌し、紳士的にふるまっているが)。

さて今度は世界 A に乗りこんだエイルは、やはり同様にして特務機関に加入、A のエクラやアルフォンスたちとともに戦うが、今度はリーヴが敵として立ちはだかり、またリーヴの世界 L に踏み入った点が前回と違う。このためにエイルは L での記憶を取り戻し (9.3)、おそらくエクラを殺した自責の念もあるのであろう、A のエクラやアルフォンスたちにすべてを打ち明けた (13.2, 4) ことで歴史が変わることになる。

以上が第 3 部におけるエイルの経歴のあらましである。繰りかえすが、別世界のとはいえプレーヤーの分身であるエクラを殺したエイル、このエイルは平行世界の存在などではなく自らその手を汚した当人である。敵将リーヴの絶望の一因を担ったという意味では世界 A の人々とも無関係ではない。それがたいした謝罪もなく誰から責められもせず仲間に溶けこんでいる、というのは結構な驚きではないか。もちろん情状酌量の余地は多分にあるとはいえ、特務機関の面々の寛容さには賛嘆を禁じえない。


ヘルの行動変化の謎


ところで、その裏面としてたどられるヘルの動きを考えてみると、最後のところに不可解な変化がある。上述のとおりヘルは世界 L を侵略して、どこまで意図的かはわからないが結果として「アングルボザの心臓」の儀式を誘発することで L の人間いっさいを殲滅、リーヴとスラシルを配下に加えた。世界 1 つぶんの命の力をことごとく得たはずだが、それにも飽き足らず、エイルの記憶を消去し今度は世界 A に送りだして同じことをしようとした。異なる点はリーヴたちが戦力に加わっていることくらいで、それ以外に違いはないはずである。

だが今回のヘルは、エイルが世界 A のエクラを殺したと偽って報告に戻ったとき、「お前ももう不要だ。お前の最後の命も、ここで刈り取るとしよう」と言って彼女を本当に殺そうとした。そして冥土の土産とばかりにエイルに本当の家族である生命の竜の一族の真相を語った。世界 L での記憶を取り戻していたエイルにとってもこれは初耳だった (13.4) から、A においてはじめて起こった行動の変化である。

この侵略においてヘルが得たものはほとんどない。世界 A のアスク王国は、何度かの小競りあいで一定の被害を受けたには違いなく (5.1)、とくに国王グスタフは間違いなく殺されている。だが「アングルボザの心臓」の封印は解かれず、国が成り立たなくなるほどの人数が死んだわけではない。数十人か数百人か、いわばその程度の「収穫」で、世界 L での莫大な利得に味を占めていたはずのヘルが満足するだろうか。なぜ彼女はその時点で拙速にエクラ暗殺を命じ、エイルをも抹殺するという仕上げにとりかかったのだろう?

理由がつけられないわけではない。「アングルボザの心臓」はヘルにとって、労せずとも死者のあがりが入ってくる装置ではあるが、同時に自分を滅する究極の危険物でもある。世界 L ではたまたまうまく事が運んだとはいえ、それに頼った想定は下策、そこで危険な存在であるエクラをまず殺し、特務機関を無力化したうえでゆっくり世界 A を滅ぼそう、と考えるのはおかしな話ではなかろう。

なにせ世界 A のアルフォンスがその炯眼で見抜いていたとおり、ヘルは自分が滅ぶ可能性を懸念してふだんは身を隠しているほど慎重な考えの持ち主なのだ (5.1)。それに今度はリーヴとスラシルも手元にいるのだから、やはり自分が動かなくても世界 A の人間を殺せるという点では前回と同様である。もっともヘルがそのように考えていたとしたら、リーヴたちへの報酬の支払いは踏み倒すつもりだったということになる。あるいはまた、世界 L におけるおびただしい数の死者に彼女はすでに満足しており、世界 A への侵略の利得はさほど重要視していなかったという可能性もある。その場合はリーヴたちの実力と忠誠を測るための試用が主な動機であったことになろうか。

ともかく、ヘルがエクラ殺害を急いだ理由はこれで説明がつけられたとしよう。だがわからない点はもうひとつ残っている。エクラ暗殺に成功したと思った時点でエイルを殺そうとしたことである。たんにまた記憶を消すことの比喩として言ったにしては、「最後の命も刈り取る」というのは無理が大きいし、わざわざ彼女の出生の秘密を語ってやったことも無駄である。それで愉悦を得ようという性格ではあるまい。だからこれは本気で殺そうと考えていたに相違ない。

これまでの 2 度の侵略において、エイルはいずれの機会にも先鋒を務め、特務機関に潜りこんでヘルのために働いていた重要な駒である。ヘルは今回エイルが裏切ったなどとはつゆ考えてはおらず、最初の場合と同様に成功を信じていた。せっかくパターンに入ろうとしていたのに、なぜそれを壊す必要があったのか? リーヴとスラシルが加入したことはこの理由にはならない。ヘルはまだ彼らの働きを十分に検証していないし、そもそも彼らでは特務機関に紛れこむ役割を代わることはできないのだから、3 度めの攻撃の戦略はまた一から立てなおさなければいけなくなる。これはヘルの慎重な性格とは矛盾している。

そうであれば——いくぶん飛躍するが——次のような考えに導かれる。つまりヘルは第 3 のアスクの侵略など当面予定していなかったのだ。そもそも (同一人物を 10 凸でも 20 凸でもできる) 私たちにとっては同一の異界は無数に平行して存在するように思われるが、ヘルから第 3 のアスクへ続く扉があるかどうかは作中ではわからない。だが第 3、第 4 のアスクがあったとすれば、すでに論証したとおりヘルはやはりただ 1 つなのだから、そこからの死者は同じヘルに来るはずである。そしてそのように異界がつながっている以上は、リーヴという扉を開く力をもつ者を配下に加えたいま、そこへ行く方法は確保されたと見ていいだろう。

するとその帰結は次のようになる。FEH 世界においてアスク (ミズガルズ?) はちょうど 2 つだけしかないのか、あるいは 3 つ以上あるとすればただヘルの容赦によってその侵略は思いとどまられたか、ということである。しかし前者の想定は私には非常に奇妙に思われる。なぜ 1 つではなく、アルフォンスとリーヴの世界、ただ 2 つだけがあるのか。2 つあるなら 3 つ以上あったってよいではないか。現にわれわれ召喚師は可算個ある無限の世界から召喚しているのだから。世界の構造として、ヘルは 1 つ、ミズガルズはちょうど 2 つ、というのはまったく納得のいくこしらえではない。それに外伝においてではあるが、アルフォンスらはバニーの格好や正月の着物を着た自分たちに出会っているのだから、やはり 3 つ 4 つとあることは疑えない事実である。

かといって後者だとすれば、ヘルの動機が不明になってしまう。もっとも永久に侵略を取りやめるというわけではなく、世界 L から回収した厖大な力が足りなくなったときにはいずれまた第 3 の世界を襲うのかもしれないが、それにしたって代えの利かない貴重な駒であるエイルをむざむざ処分するのはいかにも賢くない。1 回めと同じく記憶を消し、部屋にでも閉じこめてとっておけばよいだけだというのに、(ヘル視点では) 2 回連続の成功が実証されている戦略をわざわざ捨てるには相当の理由が必要である。

ここまで考えてくるともうひとつの整合的な可能性に思いあたる。すなわち、エイルの代えが利かないという前提が嘘なのだ。といってもこれまでの議論に抜本的な修正の必要はない。既述のとおり死者の国は 1 つ、作中に出てきたエイルもただ 1 人である。だが彼女の場合、FEH 世界全体にわたって 1 人とは限らない。彼女は生命の竜の一族であり、どこと明言はされていないが生命というからにはヘルの外から連れてこられた存在なのだろう。どこか別にあるその異界は 1 つではなく、さだめしそこにはまだ一族が生きていて別のエイルもいるのだ。

そしてアスク王族たるリーヴを配下に加えたことで、その異界へのアクセスも保証された! このことが決定的な違いを生ぜしめる。最初のエイルを得たのは幸運な偶然だったかもしれないが、いまやヘルは、エイルの予備を何人でも捕まえてこられる立場となったのだ。そこでヘルにしてみれば、最後の 1 つの命しかもっていない手もとのエイルは不要となり、せっかくだから「新品」のエイルをとりにいこう、そうすればまた数万の命を絞りとったうえで第 3 のアスクを同じように攻めることができる、と考えたかもしれない。もともと同じ指令を繰りかえせば記憶が戻るというのも不確定要素なので、新品はぜひともほしかった。ふたたびエイルを従順に調教するには時間がかかるが、その作業は勝手知ったる死者の国のなかでなんのリスクもなく進めることができるし、リーヴたちがこれから世界 A を滅ぼすあいだにやればいいのだから効率も悪くない……。

ヘルの真意がこんなところであったとすれば、作中で見えていた以上におぞましい計画を腹のうちに隠していたことになる。だが私にはヘルがあえてエイルを殺そうとした理由としてこれ以上に合理的なものは考えられない。そしてアスク世界はやはり無数にあるのであり、ヘルを滅ぼさないかぎりそれらはいずれヘルの侵略にさらされることになっていただろう。


スラシルとリーヴ、語られざるドラマ


ここで話は打って変わって、スラシルがリーヴの仲間となっている経緯について一考してみたい。リーヴがヘルの配下となったその苦渋の決断については彼の血を吐くような言葉の端々から察して余りあるものだが、スラシルについてはほとんどなにも語られていない。

リーヴの正体が明らかになった時点で彼女についてもまた自明であるから、ヴェロニカの前に「あなたが成長した姿」と言って現れたことにさしたる驚きはなく (10.1)、彼女の行動の動機についてはただリーヴとほぼ同様の内容が繰りかえされるだけである (10.5)。「お兄様」を助けるというのもリーヴにとってのシャロンのカウンターパートであると考えれば、そっくりそのまま同じ動機と言っても大過ない。その箇所と続くリーヴによる回想 (11.1) からは彼女のリーヴに対する厚い信頼が読みとれるが、いかにして彼らはこのような関係を構築するに至ったのか、読者は想像するしかない。

そもそもヴェロニカがスラシルになった理由、すなわちエンブラが滅びた理由というのはとりもなおさず「アングルボザの心臓」の儀式である。「僕はヘルを討つために、禁じられた呪いの封印を解いた」「すべて、僕のせいだ」というリーヴの悔悟の言葉 (9.5) を聞くわれわれはともすれば、あの儀式の決行はヘル討伐を急いだ彼の失策であって彼 1 人の責任であると思わされる。彼はそこでほかの誰を責めることもしない。これを額面どおり受けとるならば、エンブラを滅ぼしたのもまたひとえに彼の焦慮に起因するのであって、スラシルとのあいだにわだかまりがないということは不可能になるはずだ。

だがよくよく振りかえってみれば、「心臓」の儀式に関する詳細はエンブラの城の書庫で調べたものであり、「心臓」そのものは「エンブラの鮮血の神殿」に封印されていた。そのような儀式をヴェロニカに知られずにアスク陣営の独断で行うことがはたして可能か。儀式の遂行どころか、そもそも儀式の存在を知ることさえできないのではないか。

世界 A の特務機関がそれを知ったのは、滅びたアスク王城の書庫に「滅びの淵にあった我らはエンブラと結び【心臓】の禁忌に触れた」という記録が残されていたためであった (8.5)。だがこれは儀式決行のあと、おそらく後世への教訓、もしくは懺悔の言葉として書き残されたものであって、世界 A のアルフォンスが知らなかったとおり昔からアスクにあった情報ではない。であれば、滅びた世界 L で儀式の存在を教えたのは、ヴェロニカである蓋然性がもっとも大きい。いや、厳密に言えば例の悪戯者、ロキの差し金である可能性も否めないのだが、もしヴェロニカに知らせずにそんなことをしたとすればスラシルの態度に説明がつかなくなる。おそらくこの儀式は L のヴェロニカも承知しており、十分な相談のうえに決行されたと考えるのがふさわしいと思われる。

しかしヴェロニカは物語開始当初ならいざ知らず、あるときゼトから「貴方は民を顧みておられない」との諫言を受けたことがあり (外伝 10.1)、この影響があって後に考えを改めスルトの暴虐に対し怒りを見せている (II.4.5)。このヴェロニカは仁君とまでは言えずともある程度民思いの考えに親しんでおり、儀式の代償を知っていれば容易には頷かなかっただろう。はじめて封印を解く世界 L のヴェロニカたちはその犠牲を知らなかったのだろうか? 正史でわれわれが詳細を知るのは滅亡後のエンブラ王城の記録によってであるから、実行前に知らなかった可能性はあるが、いずれにせよ儀式の手順とそれがヘルを滅ぼす力になることまでは昔から伝わっていたわけだから (そうでなければ世界 L でも行えない)、代償や封印の経緯だけが未知であったというのは少々間抜けである。それに、たとえ詳細が不明でも、あえて「禁じられた呪いの封印」を解くというのだから、賢明なアルフォンスならばなんらかの犠牲は想定していたと考えたい。

それではなにゆえ彼らは犠牲を甘受したか。言うまでもなくアルフォンスはヴェロニカ以上に民思いの正義漢である。「白き丘の街」がヘルの軍勢に襲われたさい、王国騎士団の派兵は間にあわないと判断、無謀な作戦行動に出てまでこれを守ったことで父グスタフの譴責を受けた (2.5)。またニフルへの門付近の街がスルトにより人質にとられ、民を守るか見捨てて進むかの選択を迫られたときには、見捨てたと見せかけてひそかに救っていた (II.4.5)。彼にはこのように、民を守りつつ所期の目的も達し勝利を収めようとする、逆に言えばどちらも捨てられない甘い面があった。

だがいまや父王は亡く、自らの手でアスクとエンブラを救わねばならない。ヘルを討たねば遅かれ早かれすべてが死に絶える。そのときおそらく、「王は目の前の民だけを救えばよいのではない」「お前は目の前で苦しむ民しか見えておらぬ」という生前の父の叱責を思いだしたのではないか。こうして儀式決行の最終的な決断を下したのはアルフォンス=リーヴだったのではないかと私は想像している。だからこそ彼はすべての責任を自分ひとりでかぶったのだ。そしてそのときからリーヴとスラシルは一蓮托生となったのであろう。


理外の者、エクラとアルフォンス


第 3 部に関する話は以上でおおよそ終わりである。だが最後に余談をいくつか付け加えておこう。のちにフロージとフレイヤからは神々にすら計り知れない「理外の者」「世界の理から外れた者」と呼ばれる (IV.3.1, 13.1)、われらがプレーヤーの分身エクラにまつわる問題である。

すでに述べてきたとおり、作中世界において死者の国ヘルはたった 1 つである。したがってそこを治める死の女王ヘルもまた、たったひとりしかいない存在である。私の推論が正しければエイルはほかにもいるかもしれないが、ヘルの唯一性は決して覆しようがない。どんなに異界の扉を開いたって、第 2 のヘルにたどりつくことはありえないのだ。にもかかわらずエクラは、神階英雄召喚において何人でもヘルを召喚してしまう! これはもう、ゲームのシステムの問題であって、まじめに取りあったってしかたがない怪奇なのかもしれない。FEH の宇宙論を考えるうえで興味深くはあるが、あまり突きつめても実のある結論は出ない予感がするので捨て置くとしよう。

もう少しシナリオに密着した問題として、リーヴの世界 L においてエクラが死んだという事実 (9.5, 12.5) は気にかかる。いみじくも暗殺者エイルの口にしたとおり、エクラ「自身に戦う力はない」(13.4) のだから、伝説の召喚師とはいえ死んだことじたいに不思議はない。そうではなく、ヘルからたどりつける作中の平行世界アスクにエクラがいたということが問題なのだ。世界 L にも世界 A にも、そしておそらく作中で見ることのなかった可算無限個のアスク世界にエクラはそれぞれいるであろう。すると作中においてエクラは、ヘルほど特別な唯一無二の存在ではない、ということになる。理から外れているというわりには、ヘルの国から眺めればエクラなんて何人でもいるわけだ。

われわれゲームのプレーヤーが操作している、世界 A のエクラだけが特別な存在なのであり、それ以外の平行世界のアスクにいるエクラはそうではない、と言いぬけるにしては、ヘル討滅を成功させるにあたって世界 A のエクラが果たした役割は小さすぎる。われわれにとっての正史でヘルに勝つことができたのは、以上確認してきたとおり、リーヴがいてエイルが記憶を取り戻したおかげだった。そしてリーヴが形見として大事にしていた強化後のブレイザブリクを拾ったおかげで滅ぼせたのだ。これは神器ブレイザブリクを扱える人間であれば誰でもよかったのであって、「中の人」のいない世界 L のエクラだって生きていれば同じことができたはずだろう。そして専用の神器を扱えるという程度の「特別」な人間は FE 世界には掃いて捨てるほどいるのだ。どの世界でも大差がなくひょんなことで殺されてしまうエクラと、どちらの世界でも最後まで生き残り自らの力で運命を大きく変えたリーヴ=アルフォンス……。

そこで私が思いだすのは、第 4 部終盤でフレイヤが語った——嘘か真かいまもって不明なのだが——、ヘルの討滅が成ったとき創造主アルフォズルは「アルフォンス王子は、存在してはならない」と決めたがために「アルフォンス王子は死んだ」という話である (IV.12.5)。これをはじめて読んだとき私は違和感を禁じえなかった。無限に英雄を呼びだす力をもち、ブレイザブリクを撃ち放ってヘルを直接滅ぼしたのはエクラである。それにこういう役割はふつう主人公が負わされるものだろう。FEH の主人公がエクラなのかアルフォンスなのか、それは議論の分かれるところに違いないが、とにかくこのときはっきりと「エクラよりもアルフォンスのほうが危険人物」というアルフォズルの見解が打ち出されたように思える。特異な能力こそ目を引くが、創造主にとってはエクラなどわざわざ消すまでもない、影響の小さい人物なのだ。第 3 部の分析によって、エクラよりアルフォンスのほうがよほど重要人物であるということ、アルフォズルの判断が妥当だということがたしかに納得できるのではないだろうか。

そして——これ以上はいよいよ第 3 部の範囲を超え出るので深入りしないが——フレイヤが告げたこのアルフォズルの決定はやはり真実なのだろうと私は考える。もしアルフォンスが実際には無事だったとして、フレイヤが口から出まかせを言うにしては、これは彼女が思いつくような内容ではない。フレイヤは (アルフォズルとは違って)「理外の者」エクラの力を真に恐れており、人間を認めない彼女が唯一「敬意を払うべき特別な人間」とまで認めて譲歩している (IV.13.1)。第 4 部におけるアルフォンスの姿をしたエクラの活躍と、エクラのフードをかぶりひたすら黒妖精に支配されつづけていたアルフォンスの様子を見ていれば無理からぬことであろうが、あれが本当にアルフォンスならおそらく彼女はアルフォンスのことをただの無能者として侮蔑していたであろう。そんな彼女が大いなる創造主の御名を挙げてまで、アルフォンスは創造主も危険視する重要人物だなどと匂わせるとは、空脅しにしても突拍子がなくありえない発想といえる。したがってやはり、アルフォズルの宣言は事実であって、アルフォンスはすでにこの世にいないのであろう。

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