mercredi 26 juin 2019

トリエステ方言訳『星の王子さま』を読む:序文

最近、イタリア語を勉強したついでに、イタリアの諸方言に関心を抱くようになった。イタリアでは『星の王子さま』の翻訳が、日本に匹敵するかあるいはそれ以上に活発に行われていて、これまでに標準イタリア語への翻訳だけでおよそ 20 種類、さらにそれとはべつに諸方言 (それをイタリア語の方言とみなすか別個の言語と呼ぶかはべつとして、とにかくイタリア語と密接な関係にあり国内で話されている言語) への訳も、やはり 20 ないし 30 種類ほどもあるようだ (ピエモンテ語、リグリア語、ヴェネト語、エミリア・ロマーニャ語、ナポリ語、シチリア語等々。これらのなかにさらにいくつもの下位方言があり、そのそれぞれに至るまでが『星の王子さま』の翻訳をもっている)。日本語にはただのひとつも方言訳がないこと (これじたい大問題だが!) と対照的である。

そんな多種多様の方言訳のなかで、今回とりあげるのはイタリア北東部の端、北・東・南の三方をスロヴェニアと接する国境の街トリエステの方言に訳された『星の王子さま』El Picio Principe である。

第一次大戦まではオーストリア゠ハンガリー帝国に所属していたトリエステという街は、イタリア語、ドイツ語、そしてスラヴ語 (スロヴェニア語やクロアチア語) が接触するコスモポリタンな都市であった。したがってトリエステ方言とはそれらすべての言語の混交した国際色豊かな言語……、という予断を抱いていたのであるが、実際に読みはじめてみると意外にもそんなことはない (この訳書がとくに注意してそうした借用語を回避しているという可能性もあるが)。

これはトリエステ方言に限らないことで、あくまで素人の個人的な印象にすぎないが、イタリアの方言訳をいくつか見比べたかぎり、北イタリアの諸方言は標準イタリア語の知識に若干の細かな点の追加・修正を加えればほとんどそのまま読めてしまう部分が多い。これに対し南イタリアの方言は字面が大きく違ったり、語彙そのものが標準語と異なっていたりすることが北よりも頻繁で、読解に困難を感じる。耳で聞いたことはないのでそちらの方面はどうかわからないが。

このブログでは Valentina Burolo e Andrea Andolina 訳 El Picio Principe (2016 年) の読書を通じて、ヴェネト語トリエステ方言の文法事項をややランダムに解説していく。そのさい標準イタリア語の初歩的な知識は仮定されることを了承いただきたい。私が用いるテクストはイタリアから取り寄せた紙の本になるが、じつは日本の Amazon でも Kindle の電子書籍版を購入することができるので、入手は容易である。したがって文章全体についてはそちらを参照いただきたい。

トリエステ方言の文法については、Nereo Zeper, Grammatica del dialetto triestino, 2015 を参照する (参考のためいちおう Amazon のリンクを貼ったが、これは Amazon からは注文できないと思う)。以下、この本の xx ページを参照するさい、たんに Zeper, xx と指示する。

では順番どおり、まずはレオン・ヴェルトへの献辞を含む序文から読んでいくことにしよう。続きへのリンク:第 1 章第 2 章第 3 章第 4 章第 5 章・第 6 章


ai fioi「子どもたちに」――標準イタリア語と同様、前置詞と定冠詞の結合がある。ai は a + i。トリエステ方言の定冠詞はイタリア語よりも簡単で、男性は単数が el (’l) と l’、複数が i だけで、女性は単数が la と l’、複数が le である。男性単数名詞は子音で始まるなら el、母音で始まるなら l’ であって、s impura などにまつわる場合分けは生じない。’l という形はまえの語と弱い母音の連続を避ける場合で、義務的ではないようだが発音のしやすさのためしばしば生じる。女性の la と l’ も基本的には子音か母音かということだが、アクセントのある母音のまえで la aca, la una のように la を使う例外も少数ある。Cf. Zeper, 58.

fioi は fiol の複数。複数形の作りかたは Zeper, 66–68 で語尾に応じて詳細に分類されており、-ol の場合原則として -oi。ごく少数の例外において sol, soli のような -oli、また gol のように不変化の場合がある。

gaver dedicà「献げたこと」――gaver は伊 avere にあたる語だが、その不定詞のみならず、直説法現在 go, te ga, el/la ga, gavemo, gavè, i/le ga、半過去 gavevo, te gavevi, ...、未来 gaverò, te gaverà, ...、接続法現在 gabi, ...、半過去 gavessi, ...、条件法現在 gaveria, ... のごとく、分詞 avù(do) を除くすべての法と時制と人称で g- がつくのが特徴的。Zeper, 148ss.

-àr で終わる動詞を第 1 活用といい、その過去分詞は -à と -ado の両形が認められている。性数の変化は -ada, -a(d)i, -ade。また -er の第 2 活用では過去分詞 -ù(do), -uda, -u(d)i, -ude、-ìr の第 3 活用では -ì(do), -ida, -idi, -ide。

xe「〜である」――イタリア語の è にあたる、esser (伊 essere) の直説法現在 3 人称単数の活用形で、x は IPA で [z] と読む。この s の有声音を表す文字はふつうイタリア語と同じく s であるが、この xe という語でのみ x の字を使うことになっている。Zeper のとくに p. 36 の注 10。

’l meo amico che mi go「私がもっている最良の友人」――me(i)o は伊 migliore にあたる語で (Zeper, 83)、イタリア語と違い所有形容詞 mio とよく似るのでうっかり混同しないこと。

go はすでに見たように gaver の直説法現在だが、ここは最上級を修飾する関係節なので、規範的なイタリア語なら接続法 abbia で言うはずのところである (もちろん現代語では直説法 ho で言うこともかなり多いが)。しかるに Zeper の文法には統語論に関する記述がほとんどなく、かろうじて p. 172 に「トリエステ方言は接続法の使用に関してかなり保守的」云々という一方で条件法との交換可能性を注意しているだけである (いま述べたことの詳細は次の回で実例が出てくるときに改めて説明しよう)。「保守的」という言葉の印象からすればここは接続法を使いそうな場面にも思われるが、どうもそういう意味ではないのだろうか?

pol capir tuto「すべてを理解できる」――不規則動詞 poder の直説法現在は posso, te pol, el pol, podemo, podè, i pol と活用する。Zeper, 268.

la ga fame, fredo e la ga ’sai bisogno [...]「飢えて凍えており〔……〕とても必要としている」――前出の主語 ’sta persona granda を引きついでいるが、動詞の活用形 ga のまえで人称代名詞 la が 2 回とも繰りかえされている。これを非強勢形の人称代名詞 (pronome personale atono) といい、2 人称単数および 3 人称の単・複にのみあるもので、これらの人称では強勢形の主語 (3 人称では具体的な名詞も含む) か非強勢形のどちらかをかならず言い表さねばならない (Zeper, 104)。この省略できない理由は、前掲 gaver や poder の活用例に見てとれるとおり、2 単・3 単・3 複では動詞の活用形がほとんどの場合に同一につぶれてしまうことと関係があるであろう。’sai は assai「非常に」の語頭音消失 (Zeper, 48)。

ghe dedicherò ’sto libro al fioluz「この本を子どもに献げよう」――ghe は伊 gli, le にあたる 3 人称の間接補語、あるいは伊 ci, vi にあたる場所などの代名詞だが、文脈から見て al fioluz と同じことを表している。このことにつき Zeper には特段の説明は見いだされずトリエステ方言に特殊な用法ではないと思われ、標準イタリア語にもある〈a + 名詞・代名詞〉と重複する冗語的な ci, vi の用法 (坂本『現代イタリア文法』143 頁) ではないか。fioluz は既出の fiol に指小形の接尾辞 -uz (Zeper, 217) がついたもの。

xe stai「〜だった」――esser の近過去 3 複 (男性)。さきに過去分詞の男性複数形として -a(d)i と説明したが、本書は d のない -ai の形を採用しているようだ。

fazo de novo「やりなおす」――不規則動詞 far の直説法現在は fazo, te fa, el fa, fazemo, fazè, i fa。Zeper, 256.

co ’l iera muleto「少年だったときの」――接続詞 co については次の第 1 章で改めて詳しく見る (Zeper, 90s.)。定冠詞と同様、非強勢形人称代名詞の el も語頭音消失 (aferesi) をして ’l になることがある (Zeper, 48)。iera は esser の直説法半過去 3 単 (iero, te ieri, el iera, ièrimo, ieri, i iera。Zeper, 141)。

vendredi 21 juin 2019

ピエモンテ語の人称代名詞

Camillo Brelo e Remo Bertodatti, Grammatica della lingua piemontese〔原文ピエモンテ語の 1987 年第 5 版のイタリア語訳、2003 年印刷とあるが初版年は不明〕より、代名詞の章の前半 pp. 72–78 の翻訳。


人称代名詞


主語人称代名詞 (pronome personale soggetto)

基本形 mi, ti, chiel, chila; noi/nojàutri, voi/vojàutri, lor/loràutri.
疑問形 ne, to/tu, lo, la; ne, ne, lo/ne.

動詞の前で、ピエモンテ語は「動詞人称代名詞」(pronome personale verbale) を用いる。これは決して省略できない:i, it, a; i, i, a. 〔動詞の活用形とともに例示すると〕Mi i parlo, Ti it parle, Chiel a parla; Noi i parloma, Voi i parle, Lor a parlo.

繰りかえすが、代名詞 «mi, ti, chiel, etc.» は省略できても、上述の動詞人称代名詞は決して抜かすことはできない。〔主語人称代名詞を省いた〕例:I parlo, it parle, a parla, etc.

注意:2 人称の動詞人称代名詞 «it» のあとで、s impura (子音が後続する s) に始まる動詞は、語頭音添加の «ë» を前に置く。例:Ti it ëscrive; ti it ëstudie.

疑問形の主語人称代名詞は、動詞の後ろに置かれ、ハイフン (trattino) で結合される。例:Còs fas-ne, mi?「私は何をする?」 Còs it fas-to, ti?「君は何をする?」 Còs a fà-lo, Chiel?「彼は何をする? 以下同様」 Còs a fa-la, Chila?〔fa に重アクセントなし原文〕 Còs i fom-ne, noi? Còs is fev-ne, voi? Còs a fan-lo, lor? Còs a fan-ne, lor?

覚えておくほうがよいこととして、ピエモンテ語には――親称形 (forma confidenziale) の «Ti» とともに――見知らぬ人や尊敬すべき人に対する «Chiel» と «Chila» という丁寧と敬意の形 (forma di cortesia e di rispetto) と、«voi» を用いる崇敬の形 (forma di venerazione) も存在する。

補語人称代名詞 (pronome personale complemento)

ピエモンテ語では、主語人称代名詞 «mi, ti, chiel (chila), noi (nojàutri), voi (vojàutri), lor (loràutri)» は補語人称代名詞としても用いられうる。

例:Ti it vade da Chila e Chiel a ven con mi.「君は彼女のところへ行き、彼は私とともに来る」。Lor a parlavo con noi e vojàutri con lor.「彼らは私たちと、君たちは彼らと話していた」。

前述の代名詞の形 (mi, ti, chiel, etc.) は強勢形 (tonico) あるいは強形 (forte) と言われる、というのはつねにアクセントをもち独立しているからである。これに対しべつの補語人称代名詞は非強勢形 (atono) または弱形 (debole) である、というのは隣接する動詞に支えられるからである (前ならば「前倚辞形・後接形」«proclitico»、後ろならば「後倚辞形・前接形」«enclitico»)。

後者の補語人称代名詞は以下のとおり:

単数 1 人称――me, më, m’, ëm, ’m. 例:Deme (伊 datemi); chiel am (= a + ’m) parla (伊 egli mi parla)。
2 人称――te, të, t’, ët, ’t. 例:Fete (伊 farti); A të smija? (伊 ti pare); At (= a + ’t) ciama (ti chiama)。
3 人称――je, jë, j’, ëj, ’j; lo, la. 例:Dije gnente (伊 non dirgli nulla); Disëjlo nen! (伊 Non dirglielo!); Chiel a-j dis (伊 Egli gli dice)。
3 人称再帰――se, së, s’, ës, ’s. 例:Fesse (伊 farsi); Chiel a së scusa (伊 egli si scusa); Chila as (= a + ’s) fà bela (Lei si fa bella)。

複数 1 人称――ne, në, n’, ën, ’n. 例:Pijene! (伊 Prendeteci!); Chiel an (= a + ’n) dasìa da mangé (伊 Egli ci dava da mangiare) e a n’anciocava (伊 e ci ubriacava)「彼は私たちに食べるものを与え私たちを酔わせた (夢中にさせた) ものだった」。
2 人称――ve, vë, v’, ëv, ’v. 例:Deve da fé (伊 datevi da fare); Mi iv (= i + ’v) ciamo (伊 Io vi chiamo) e i v’anvito (伊 e vi invito)「私は君たちを呼び招待する」。
3 人称――je, jë, j’, ëj, ’j. 例:Mandeje! (伊 Mandateli!); Scrivje (伊 scrivere a loro); Mandej-je! (伊 Ma[n]dategliele!)〔原文 n 脱字〕; I-j dago lòn ch’a jë speta (伊 dò loro quel che loro spetta「私は彼らのもの (彼らに帰属するもの) を彼らに与える」)。
3 人称再帰――se, së, s’, ës, ’s. 例:Lor a së stupisso e as (= a + ’s) lamento (伊 Essi si stupiscono e si lamentano「彼らは驚き嘆く」)。

すでに例のなかでよく明らかになっているように、補語人称代名詞は、子音で始まる動詞の前ではふつう、動詞人称代名詞を支えにする。

Mi im (= i + ’m) penten-o. (伊 Io mi pettino「私は (自分の) 髪をとかす」)
Ti it ët penten-e (i’t penten-e とも) (伊 Tu ti pettini「君は髪をとかす、以下同様」)
Chiel as (= a + ’s) penten-a. (伊 Egli si pettina)
Noi is (= i + ’s) pentnoma. (伊 noi ci pettiniamo)〔n の誤字ではなく、再帰の場合にかぎり本当に s〕
Voi iv (= i + ’v) penten-e. (伊 voi vi pettinate)
Lor as (= a + ’s) penten-o. (伊 Essi si pettinano)
Chiel am (= a + ’m) ciama. (伊 Egli mi chiama)
Chiel at (= a + ’t) parla. (伊 Egli ti parla)
Lor an (= a + ’n) guardo. (伊 Essi ci guardano)
Chiel av (= a + ’v) dis. (伊 Egli vi dice)

注意:見たとおり、2 人称単数の再帰代名詞 (伊 Tu ti) は、ピエモンテ語で «Ti it ët» となるが «Ti it ’t» そして «Ti i’t» と簡略化される。

たんに〔«i’t» ではなく〕«Ti it penten-e» と書けば、再帰形ではなく通常の動詞〔人称代名詞〕の形であって、誰かべつの人の髪を「君はとかす」ことを意味することになる重大な誤りとなりうる。

S impura で始まる動詞の前では、補語人称代名詞はもとのままの本来の形を維持する。例:I më specio (伊 mi specchio「私は鏡を見る」)。I të stofio (伊 ti stufo「私は君をうんざりさせる」)。A së sgrun-o (伊 si sgranano「それらはばらばらになる、分解する」)。

母音の前では 2 通りの形が用いられうる。例:I m’ancanto — im ancanto (伊 mi incanto「私はうっとりする」)。a t’anvita — at antiva (伊 ti invita「彼・彼女は君を招待する」)。a s’anandia — as anandia (伊 si avvia「彼・彼女は向かう、出発する」)。

S impura の前での語頭音添加の «ë» の使用は推奨されない。例:as ësgrun-o, it ëstofio, im ëspecio よりも a së sgrun-o, i të stofio, i më specio が望ましい〔訳は 2 段落前にあるので略〕。

補語人称代名詞 LO


ときに、補語人称代名詞として働く 3 人称非強勢形代名詞 «lo» が、中性の意味を獲得する (その文字どおりの名前を言うのではないが、ときに前出の表現を指して言う)。

例:I lo sai (伊 Lo so!「私はそれを知っている」)。I l’hai sempre dilo! (伊 L’ho sempre detto!「私はいつもそれを言っている!」)。A l’é bel e a sà d’ess-lo! (伊 È bello e sà d’esserlo!「彼は美しく、そうあるすべを知っている」)。

動詞 «AVEJ» と «ESSE» に伴う代名小詞 «L’» と «J’»


動詞 «avej» (伊 avere) の活用――すべての人称・すべての時制・すべての法――と、動詞 «esse» (伊 essere) の活用――直説法現在・過去・半過去・大過去の 3 人称単数のみ――において、(人称代名詞と動詞人称代名詞とは別に) 代名小詞 (particella pronominale) «l’» も用いられる〔原文では «L» とあるがアポストロフォは脱字だろう〕。

一方、動詞 «esse» の半過去と大過去の (3 人称単数を除く) すべての人称で、代名小詞 «j’» が用いられる。

例:Mi i l’hai (伊 io ho)、Ti it l’avìe (伊 tu avevi)、Chiel a l’avrà (伊 egli avrà)、Chiel a l’era (伊 egli era)、Chiel a l’é (伊 egli é〔とあるが è の誤字か〕)、Mi i j’era (伊 io ero) — ti it j’ere; noi i j’ero; voi i j’ere; lor a j’ero.

場所の小詞 «I» (伊 «CI, VI»)


小詞 «i» (1 人称単数および 1・2 人称複数の動詞人称代名詞 «i» と混同しないように) は、場所の意味をもち、副詞的状況を示す。

例:Se i andeve an campagna, a-i ven ëdcò chiel (伊 se andate in campagna, ci viene anche lui), mi i peuss nen andeie (伊 io non posso andarci)「もし君たちが田舎に行くならば、そこに彼も来る。私はそこに行くことができない」。

小詞 «NE, NA»


小詞 «ne» はピエモンテ語では、第一には 1 人称複数の人称代名詞として代名詞的な働きをもつ。

ときに、このような小詞 «ne» と «na» は、人を指示する ëd chiel, ëd chila, ëd lor という表現の代わりを務める。例:it l’has vëddù tò barba? Përchè it im na parle nen?「君は君のおじに会ったのか? なぜ私に彼のことを話さない?」)

ëd cost, ëd costa, ëd costi, etc. (伊 di questo, etc.) という句の代わりをすることもできる。例:I l’hai catà sò liber e i l’hai già lesune vàire pàgine「私は彼の本を買った、そしてすでに大部分のページを読んだ」。Ëd pàgine a-i na son tante (伊 Di pagine ce ne sono molte「ページはたくさんある」)。

しばしば「中性的」表現の代わりをする:ëd sòn, ëd lòn (伊 di ciò「そのことについて」)。例:I l’hai capì, ma i na dùbito (伊 Ho capito, ma ne dubito「私は理解したが、そのことを信じていない・疑っている」)。

注意:前述の小詞はつねに定形の動詞に先行する。一方で «ne» は (後倚辞=前接語となって) 不定形の動詞に後続する。例:I na pijo për mangene (伊 Ne prendo per mangiarne「私はそれを食べるために取る・買う」)。

群代名詞 (gruppo pronominale)、あるいは非強勢形代名詞の組


非強勢形代名詞は、前倚辞の位置 (動詞に先行するとき) であれ後倚辞の位置 (動詞に後続するとき) であれ、ペアで用いられうるが、おのおのの意味は変わらない (ふつう、第 1 のものが間接補語の役割で、第 2 が直接補語である)。

mlo, mla (伊 melo, mela); tlo, tla (伊 telo, tela); 以下同様に、3 単 slo, sla; 1 複 nlo, nla; 1 複再帰 slo, sla (伊 celo, cela); 2 複 vlo, vla; 3 複 slo, sla.
mje (伊 meli, mele), mne/mna (伊 mene); 以下同様に tje, tne/tna; sje, sne/sna; nje, n-ne/n-na; sje, sne/sna; vje, vne/vna; sje, sne/sna.

前倚辞の組 (動詞に先行するもの) はべつべつに表されるということを言っておかねばならない。例:Dìsëmlo! It lo diso sùbit! (伊 Dimmelo! Te lo dico subito!「私にそれを言ってくれ。私は君にそれをすぐに言う」〔この it は i「私が」と ’t「君に」の結合だろう〕)。A-j na dà? Dajne! (伊 Gliene dà? Dagliene!「彼・彼女は (別人の) 彼女・彼にあげるのか? 彼・彼女にあげてくれ」)。

注意:後倚辞の群 «slo, sla»、および代名詞 «ne» を伴う群は、ハイフンをもって明示されることができる。例:Pijess-lo (伊 prenderselo)、mangess-la (伊 mangiarsela)、partiss-ne (伊 partirsene)。

ハイフンで動詞人称代名詞と結合した群代名詞:i-j lo, it i-j lo, a-j lo (伊 glielo)、i-j la, it i-j la, a-j la (伊 gliela)、i-j je, it i-j je, a-j je (伊 glieli, gliele)、i-j na, it i-j na, a-j na (伊 gliene) は、動詞の前で用いられる。例:I-j lo diso mi che i-j na deve (伊 glielo dico io che gliene date)。

群代名詞 (動詞の語末母音を含む形):ijlo, ajlo 等、ijla, ajla 等、ij-je, aj-je 等、ij-ne, aj-ne 等。これらは動詞のあとで用いられる。例:I l’hai dijlo che i l’hai dàjlo për pijéjlo (伊 Gliel’ho detto che gliel’ho dato per prenderglielo)。

注意:すでに述べたようにピエモンテ語では、尊敬すべき人と話すとき、人称代名詞と動詞の 3 人称単数を使って «dé dlë sgnor» または «dé dël Chiel» (伊 dare del Lei「Lei で話すこと」) がなされる。例:Monsù, ch’a disa? Ch’a guarda ch’a l’ha dësmentià ’l capel! (伊 Signore, dica! Guardi che ha dimenticato il cappello!「帽子をお忘れであったことに注意してください」)。

年長で敬うべき人と話すさいは、動詞の 2 人称複数を用いて «dé dël Voi» (伊 dare del Voi) するのが常である。例:Mare Granda, se i veule e i ’n n’eve da manca, i vad a pijeve j’uciaj. (伊 Nonna, se volete e ne avete bisogno, vado a prendervi gli occhiali「おばあさん、もしお望みでそれが必要でしたら、私が眼鏡をとりにいきますよ」)。

samedi 20 avril 2019

エルヴダーレン語入門 (番外):Levander (1909) を使うために

詳しくはこの企画の第 1 回に述べた概説を見ていただくとして、いわゆる古典エルヴダーレン語の参考書として Lars Levander (1909), Älvdalsmålet i Dalarna の資料的価値は計り知れない。以前述べたことの繰りかえしになるが、それはただに歴史的価値というのではなくて、現在の実践にとって有益であるということである。

Levander は遅くとも 1921 年の時点で、子どもたちの話す新しい世代のこの言語 (方言) が主格と対格の形態的区別を失ったり、語彙の面でもスウェーデン語の影響に侵食されたりしてきていることに気づき懸念していた。このような変化は実際に後の時代の研究で確証される。古典エルヴダーレン語 klassisk älvdalska から伝統的エルヴダーレン語 traditionell älvdalska が区別される所以である。Levander が記述している、名詞形態論に 4 格 (+部分的に呼格) のフルなパラダイムを保持する古典語の文法は、記念碑的業績として現在 2010 年代の諸論文でも頻繁に参照されている。

この本は 1985 年にリプリントされ、いまも紙の現物を古本で入手することはやや困難とはいえ不可能ではないが、最近 Ulum Dalska のページにて全文 PDF へのリンクが紹介されわかりやすく入手できるようになった (ファイルじたいはもう少し以前からスウェーデンの言語・民間伝承研究所 Institutet för språk och folkminnen で同じ叢書の古い巻号とともに公開されていたもの。Internet Archive にも別のスキャンがあるので、好きなほうを選べばよい)。Ulum Dalska は当地のいわばエルヴダーレン語普及協会で、その名前は「エルヴダーレン語を話そう」との意味である。著作年からも推測されることだが、著者 Levander は 1950 年没なので、スウェーデン国内の事情はわからないにしても、日本国内ではすでに著作権が切れているはずである (欧米で一般的な 70 年で数えても来年末までだ)。

しかるにこの本を学習の参考に役立てようとしても容易にはゆかない事情がある。そのことは私が贅言を尽くして説明しなくても、中身をひと目見てもらえばただちに承知してもらえるだろう:


これは Levander が細分するところの男性名詞第 1 曲用 a 型、すなわち kall「男」と同じ型の変化に属する名詞の一覧の一部で、左から順に未知形単数主格、既知形単数主格、既知形単数与格、既知形複数主格の 4 形を並べたものである。

ラテン・アルファベットをひねりまわしたような、非常に奇怪な文字が連なっているのが見てとれる。(当然スウェーデン語の語釈は除いて) この画面に映っている約 300 文字のうち、子音はまだしも普通の形の字も多いが、母音はほとんどひとつも通常の文字がない。唯一の例外は u、あとは æ も 2 種の形 (左側 a 部分が 2 階建てかそうでないか) が区別されているがこれに数えてもよいか。それら以外は、一見ふつうの ae に見えるものも、よく見ればなにかが違っている。それは印刷のかすれやスキャン時のゴミではない。

これはどうやら当時のスウェーデン語方言学に必要とされていた一種の音標文字であって、Levander にはまったく説明がないが、調べてみると J. A. Lundell (1879), ‘Det svenska landsmålsalfabetet’ に詳しい解説が与えられているのを見いだした (どうやらこの文字じたいは Sundevall (1856) に遡るようだが)。音声学的に厳密なことを知りたければこれにあたられるのがよかろう。

しかしややこしいことは置いておいて、さしあたって役に立つのは Adolf Noreen (1881), Dalmålet I: Inledning till Dalmålet の冒頭に見いだされる次の対応表である:


これは Noreen がその本でエルヴダーレン方言の概説をするにあたって、厳密な音標文字でなく簡素な (彼の言う「粗い表記 en «gröfre» beteckning」)、ほぼ通常の北欧語で使われている文字セット (等式の左側、例外は左下の合字 ng くらいか) で話をするために備えられた一覧表である。つまり、これを逆用すれば Levander の表記を現代の通常の正書法に戻せる可能性がある。

以下ではそれを確かめてみよう。どのようにして検証するかというと、近年の論文が Levander (1909) の語形変化表を引用するさい現代の正書法に直して掲げていることがままあるので、それを Levander と比較してみればよい。混乱を避けるため正書法は Råðdjärum 式になっているものを用いる (ただし辞書を使う人の便宜のため Steensland 式にも一部言及する)。

まず、もっとも頻繁に見かけるのは Levander, s. 11 すなわち本論のいちばん最初に出てくる kall「男」の変化表である:


これは Garbacz (2010), ‘Word Order in Övdalian’, p. 40 にて次のような形で引用されている (原文では単複が横に並んでいるが、Levander と見比べやすいよう改めた):

kallkalln
kalleskallemes
kallekallem
kallkalln
kallerkallär/kaller
——kallumes
kallumkallum
kallakallą

ここから学びとれることは、まずいちばん簡単なこととして、見慣れた形の k, l, m, n, r, s に見えるものはそのままそのとおりの文字とみなしてよいということだ。それから、l の下のマクロンは子音が長子音 ll であることを示すのだということ、そして a の字の内側下部にくるっと小さい丸がついていたり、e の書き終わりで小さくはねていたりするものは無視してただの a, e だと思っていいということである。

注意すべきことの第 1 は、既知形複数主格 kallär の ä である。Garbacz の表に -är と -er の 2 形あるのは、Levander の表にも見える脚注 b の内容に書かれてあることで、エルヴダーレン語内部のさらに細かい村間の方言差を反映したもので、いまはとにかく -är のほうに注目しよう。これは Levander では a の左側の弧がへこんだような活字が使われているが、それがじつは ä だということである。上掲 Noreen の対応表に立ち戻ってみると、たしかに ‘ä =’ の右側にそのへこんだ a があるのがわかる。ついでに a と e の対応も確認されたい。

第 2 に、現代の正書法でも ą, ę, į, ų のようにオゴネクがついた文字が鼻母音を表すのに使われるが、それに関して観察されることがある。Svenonius (2015), ‘The Morphological Expression of Case in Övdalian’, p. 178, n. 3 に言われているように、Levander の音声表記はあらゆる鼻母音にフック (原文 hook) をつけて明示しているのだが、現代の正書法では m, n の前で規則的に予測可能な場合はそれをつけないのである。それが上の kall の変化表で、Levander が kallęmes, kallęm, kallųmes, kallųm, kallą のように書いているのに対し、Garbacz では既知形複属 kallą にしかオゴネクをつけていない理由である。このことは Levander を読みとくうえで覚えておいてよい。

次に、Levander, s. 25 で女性名詞の最初に出てくる表が次のものである:


これを Garbacz, p. 40 と比べてみると、未知形単数主・対格は buð であると知られる (「小屋」の意。同じパラダイムが Nyström och Sapir (²2015), s. 64 にもある)。つまり、b はそのまま、偏微分の記号 のようなのは ð で、このことはやはり Noreen の対応表どおりである。また母音 u の下にマクロンがあるが、それは現代の正書法には反映しないということだ。

厄介なのは既知形単数与格に見られる、n の下にリングがついたものである。この箇所が Garbacz では buðn(e) と書かれている。つまりここでは = ðn と理解できるが、なぜそうなるかというと現代の Råðdjärum 式正書法ではときどき読まない文字をつづりに含めるためである。ð は n の前で無音になる (Nyström och Sapir, s. 7)。一方 Levander はあくまで発音を厳密に記録したものだから がないのだ。われわれ学習者が読み書きをするうえでは buðn のほうが都合がよい。もし bun と書く決まりだったなら、それが buð の格変化形だとは気づけない恐れがある。

だがこのような場合、語形変化を調べるのに Levander を利用するのは難しいことになる。まずは現代の正書法で規則 (発音も形態論も) をある程度覚えてからでないと、Levander を正しく使うことはできないということだ。身も蓋もない結論であるが、とにかくこういう陥穽が存在することは認識されるべきである。

そのほか、Noreen の対応表のなかで気づいたことをランダムにメモしておく。子音は大枠で見たままとわかったが、ほかにも落とし穴があるためだ。まず ‘h =’ の右に書かれている、λ に少し似た文字だが、これは無声化 l すなわち [l̥] の音を表す記号であって、現代の正書法では (Råðdjärum も Steensland も) h ではなく s または sl である。たとえば Levander, s. 26 の λläkt (ä は例のへこんだ a) は現 släkt、同頁 ie̯kλ は現 ieksl である。h にあたることはたぶんないと思う。


次にこの画像のような下にループのついた ts であるが (s. 30)、Noreen の表には厳密に見あたらない。これは Råðdjärum では tj にあたる破擦音である (Steensland では tş と書く)。すなわちこの単語は現代式では tjya/tşya とつづる (スウェーデン語 fägata「一種の獣道?」)。

また母音字 æ のうち、左側が 2 階建て a のものは ‘e =’、1 階建てのものは ‘ä =’ となっているが、下にブレーヴェがつく半母音 æ̯ はそのかぎりでなく、順に ö, o に対応する。


この左のものは työr、右のものは fuor である (意味は前者が tjära「タール」、後者が fåra「あぜ溝、畝間」。2 例とも s. 28。後者の関係は Garbacz, p. 41 の引く中性名詞 buord によっても確かめられる)。これらはかなりわかりづらい。また は現代式で u のままになる場合も w に対応する場合もあるようだが、よくわからない (母音の前なら w で後なら u?)。一方 , はそのまま i, e のように見える。

エルヴダーレン語は語形変化が多様で、Levander 以上に豊富かつ体系的に表が並べてある参考書が目下存在しないからには、この本に頼りたくなる機会はかなり多いのであるが、しかしそうするためにはこの言語の文法を一定程度身につけることが前提であるという板ばさみの状況である。エルヴダーレン語学習の障壁はいささか以上に高いようだ。