dimanche 22 mai 2016

Briquel, 平田監,斎藤訳『エトルリア人』誤植訂正

Dominique Briquel, 平田隆一監修,斎藤かぐみ訳『エトルリア人』白水社,2009 (文庫クセジュ 932) の typo などのメモです (底本は 2009 年 2 月 5 日第 1 刷).

  • p. 12, l. ↑3: 「エルトリア」
  • p. 23, l. 5: 「埋葬された男性の戦士として役割が」→「……戦士として役割が」
  • p. 26, l. 6: 「八五〜一二九一頁」→「……一二九頁」
  • p. 37, l. ↑5: 「リュデア説」.ほかの箇所では「リュデア」.
  • p. 41, l. ↑3: 「驚かなかったのでである」
  • p. 53, l. ↑3: 「( ウェルギリウスの家名」.スペースの混入?
  • p. 54, l. 10: 「ラテン語で『トリウンス』」→「……『トリウンス』」
  • p. 56, l. 7: 「惹きけられて」.この 2 行まえでは「惹きけてきた」.
  • p. 60, l. 8: 「オリエント的な家屋『ベイト・ヒラニ』というオリエント的な家屋様式」?
  • p. 64, l. ↑1: 「三四一から三七〇頁」.ほかの箇所では「〜」.
  • p. 65, l. 5: 「商取引」.この次の行では「商取引」.
  • p. 67, ll. 8–9: 「イタリア半島南部の同じようにギリシア人をも制圧しようと」.語順?
  • p. 88, ll. ↑4–3: 「『非常に口が悪い』と(コルネリウス・ネポス……で評された)テオポンポス」→「『非常に口が悪い』(と……評された)テオポンポス」
  • p. 89, l. 3: 「いかに間違っていたことを示している」→「いかに間違っていた……」?
  • p. 94, l. 1: 「ぜいたくな暮らし」対 p. 99, l. ↑5: 「贅沢と懶惰」
  • p. 96, l. 4: 「複数形で」→「……」または「……」?
  • p. 103, l. 7: 「作られたのかもれない」.ほかの箇所ではもっぱら「かもれない」.
  • p. 104, l. 6: 「神の怒りの」.ほかの箇所では「兆」(たとえば p. 102, ll. 2, 3, 6).
  • p. 118, l. 1: 「組み合せ法」対 同 l. 4: 「組合わせ法」対 p. 121, l. ↑4; p. 154, l. 7: 「組み合わせ法」
  • p. 124, l. ↑2: 「認められることができる」?
  • p. 125, l. : 「形となり(たとえば三〇は……)、」.括弧のまえの読点を削除.
  • p. 128, l. ↑1: 「fler ……フレ」→「……フレ
  • p. 131, ll. 4–5: 「teis ……テス」→「……テス」
  • p. 134, l. 8: 「エトルリア語には……音素を持たなかった」→「エトルリア語は……」または「……音素がなかった」
  • p. 134, l. ↑2: 「つづけた、がその音価が変えられた」
  • p. 140, 訳注〔3〕: 「ゴクノーメン」
  • p. 141, 訳注〔9〕: この注が付されているところの本文の記述 (p. 121) に照らせば,主格だけでなく与格の固有名詞と並んだ例文をあげるほうが適切ではないでしょうか.
  • p. 142, l. ↑3: 「『ペラスゴイ人その伝説の……』」.「その伝説の」のまえにスペース.
  • p. 143, l. 2: ‘Les Tyrrhènes , ...’ スペースの削除.
  • p. 143, l. ↑2: 「恩師ブロックの同名の著書が本叢書で一九六四年に刊行されてからすでに四〇年」.Bloch, Les Étrusques は 1954 年.
  • p. iv: ‘G. M. Facchetti, L’enigma della lingua etrusca’ → ‘..., L’enigma svelato della lingua etrusca
  • 帯気音のカナ転写が一貫していません.無気音と区別せず「ク,ケ」などとした箇所と,ハ行音を加えて「クフ,クヘ」などとした箇所とが混在し,前者のほうがやや多い印象がありますが,p. 126 における完了形の能動 -ke と受動 -che (-khe) との対立のごとくカナ表記上区別したい気もちもあり,判断が難しいところではあります.ハ行音を加えているのは,p. 121, l. ↑1 で ‘mlakh’ を「ムラクフ」,p. 126, l. 6 で ‘-che’ を「クヘ」,p. 126, ll. 8–9 で ‘zichuche’ を「ツィクヘ」,p. 130, l. ↑4 で ‘vachl’ を「ワクフル」,p. 130, l. ↑2 で ‘ich ca cecha zichuche’ を「イ・カ・ケクハ・ツィクヘ」としている 5 ヶ所と,p. 111 の文字表および pp. 132f. の説明における χ, φ, ψ の名称に関してで尽きていると思われ,ゆらぎのほとんどは kh に関する問題で ph は φ の名称のみ,また th は一貫して無気音と同じになっています.なお ‘zichuche’ については p. 114, l. 5 では「ツィ」となっていることをあわせて指摘しておきます.

dimanche 13 mars 2016

Perrot, 支倉・堤訳『イエス』誤植訂正

Charles Perrot, 支倉崇晴・堤安紀訳『イエス』白水社,2015 (文庫クセジュ 1000) の typo などのメモです (底本は 2015 年 6 月 10 日第 2 刷).
  • p. 22, l. 3; p. 152, l. ↑5: 「ヘレニム世界」.フランス語では濁らない「イスム」は正しいが,その場合語頭 h 音も消えてしまう.なお p. 53, l. ↑1 や p. 76, l. 1 などほかの多数の箇所では「ヘレニズム」.
  • p. 26, l. 2: 「タルピオット で一九八〇年に」.半角スペースの混入?
  • p. 31, l. 3: 「かからわず」
  • p. 40, l. ↑1: 「ゴットロー」→「ゴットロープ」
  • p. 43, l. ↑4: 「ポンオ・ピラト」.ほかの箇所ではすべて「ポンティオ/ポンティウス」.
  • p. 54, l. 6: 「フラィウス・ヨセフス」
  • p. 55, l. 8; p. 70, l. ↑6: 「エリシ」.なお p. 87, ll. 5–6 (3 回) や p. 88, l. 10 では「エリシャ」.
  • p. 60, l. ↑3: 「預言者エレミ」,および p. 131, l. ↑3: 「エレミ」.巻末の聖書索引の項目名および p. 68, l. 5 では「エレミヤ」.
  • p. 66, l. ↑1; p. 121, l. ↑4: 「共同体」.おそらくこの 2 ヶ所のみ旧字体 (ほかの箇所は p. 53, l. ↑4: 「諸共同体」や p. 64, l. 2: 「諸行為」など).
  • p. 69, l. 3: 「ゼカリ」.巻末索引および p. 126, l. ↑1 では「ゼカリヤ書」.
  • p. 69, l. 6: 「ある -『天は今や閉じられている』」.ダッシュ?
  • p. 71, l. 5: 「アラム語の malkoutha」.原語は מַלְכוּתָא で,これはフランス語式の転写と思われるが,k や th の是非はまだしも,ou はフランス語を知らない読者に誤解を与えそうである (アラム語に二重母音 [ou] はなく,これは ū の音).
  • p. 78, l. ↑4: 「( 創二の一〜三)」.半角スペースの混入?
  • p. 78, l. ↑2; p. 101, ll. ↑6, 1: 「カイファ」→「カイファ」.なお p. 117 および pp. 127ff. ではすべて「カイアファ」.
  • p. 78, l. ↑2: 「アンナ」→「アンナ
  • p. 81, l. ↑2: 「語っている」.句点?
  • p. 82, ll. 8–9: 「エピウロス」→「エピダウロス」
  • p. 82, l. ↑2: 「トゥキディデス、ポリュビオス」→「トゥキディデス、……」.前者でも誤りとは断定しがたいが,同じ υ である「ポリビオス」と並ぶと違和感がある.
  • p. 83, l. ↑3: 「ギリシア語の sôtéria」.これもフランス語式の習慣かもわからないが,原語は σωτηρία であり é は重大な誤解を招く.ついでに言えば,これ以前の箇所で外国語の表記はすべてイタリックでなくローマンであり (p. 27, l. ↑3: ‘chrestianoi’ および上掲 p. 71, l. 5: 「ギリシア語の basileia、あるいはアラム語の malkoutha」.これ以後の箇所ではなお混在しており,全体の統一が望ましい),さらにギリシア語の転写に長音符 ô やアクセント記号 é がついている箇所は全編通してほかにない (といってもこのアクサンがギリシア語の意味のアクセント記号といえるかはべつの話である:これは上で指摘した -ou- と同じで,たんに母音 [e] をフランス語式に明示しているにすぎない).
  • p. 85, l. 6: 「彼をして」→「彼をわして」
  • p. 102, l. 3: 「『お前がユダヤ人の王なのか』イエスは」.「王なのか』」と句点を追加.原文は未確認のため不明だが,あるいは新共同訳に従えば「『お前がユダヤ人の王なのか』と尋問すると、イエスは」と補う (マルコ 15:2).
  • p. 111, l. 7: 「呼格(リエ Kyrie 主よ)」.誤りとは言いがたく,ミサ曲をはじめとして日本語では一般にも「キリエ」の形がカタカナ語で定着しているので判断が難しいところだが,上掲「トゥキュディデス、ポリュビオス」の件に加え,この同じページの直前直後の行で l. 5: 「ギリシア語のキュリオス Kyrios」と l. 10: 「キュリオス・ディオニュソス」にはさまれているという理由もあり,ちょうど「キュリオスの呼格がキリエ」という流れでは違和感がある.
  • p. 112, l. 7: 「マラナタ Marana Tha」.p. 149 では「マラナタ」.
  • p. 112, ll. 7–8: 「来て下さい! という」.感嘆符のあとのスペースがちょうど行頭にきてしまっており,改段落に見える.
  • p. 113, l. 2: 「出三の一四 - ヨハネ八の五八」,および p. 151, l. ↑1: 「ルカ二四の五、二三 - ヨハネ一の四」.読点?(この例は下記 pp. 122–124 の事例とは異なり,作中ほかの類似の箇所を参照するとすべて読点になっている)
  • p. 114, l. 2: 「ゴルゴ」→「ゴルゴタ」.日本語ではどちらも通用しているが,p. 133 や pp. 139f. では「ゴルゴタ」.
  • p. 115, l. 2: 「(本書二八頁 )」.半角スペースの混入?
  • p. 116, l. 7: 「アレサンドロス」.別人への言及だが,ほかの箇所ではすべて「アレクサンドロス(・ヤンナイオス)/(シモンの息子)アレクサンドロ/アレクサンドリア(のフィロン)」.
  • p. 117, l. ↑4: 「アナス」→「アンナス」
  • p. 120, l. ↑6: 「大あわてで持っていた」→「……持っていた」
  • p. 122, l. ↑6: 「マルコ一四の四三、五三 - 一五の一」,p. 123, l. 1: 「二の一六、一八、二四 - 三の六 - 七の一〜五 - 一〇の二」,および p. 124, l. 1: 「〔使二の〕二三、三六 - 三の一三〜一五 - 五の三〇、三二」.ここではどうやら章を超える場合に読点に代えてハイフンで区切っているようだが,連続する節を意味するものとまぎらわしい.作中この 3 ページ以外の箇所ではこの場合も読点を用いている (たとえば p. 48, p. 60, pp. 72f., p. 145, p. 152).
  • p. 125, l. ↑2: 「である(ヨハネ一八の三、一二)これは」.句点の位置を修正.
  • p. 129, ll. 8–9; p. 139, l. ↑5: 「ユダヤの王」→「ユダヤの王」.p. 129 のほうは原文しだいだが,p. 139 の箇所はヨハネの引用である.
  • p. 135, l. 3: 「『ユダヤ古代誌五』XVII」と p. 137, l. 3: 「『ユダヤ戦記』二、V」で統一.なお p. 28, l. 7 ではまたべつの記法になっている.
  • p. 138, ll. 8–9: 「並びました」.この文のみ丁寧語.
  • p. 141, l. ↑1: 「ト・ハーミヴタル Giv’at ha-Mirtar」→「ト・ハ・ミヴタル Giv‘at ha-Mivtar」.p. 144, l. 2: 「ジヴァト・ハーミヴタル」も同様.訳書のこの「ジヴァト」という表記はフランス語につられたものであろう.原語は גִּבְעַת で,ベート ב の下のシェヴァが示すとおりここで音節が Giv-‘at と切れるので,「ヴァ」ということはありえない (後ろの「アト」のほうがアクセント音節である).訳書のラテン文字表記のうち Mirtar はご愛敬で,またアイン ע を表す Givat のアポストロフはアレフ א と区別されるべく正しくは右開きの ‘ の形でなければならないが,これをも修正するかどうかは訳者と出版社の判断に委ねる.
  • p. 143, ll. 10–11: 「普通であった(スエトニウス〔……〕)。」.括弧のまえの句点を削除.
  • 聖書索引 p. i: 「列王上」.間違いではないかもしれないが,このすぐ下では「列王下」とされている.

そのほか,「殆ど/ほとんど」,「関連付ける,位置付ける,特徴付ける/づける」,「扇動者/煽動者」といった変換ゆらぎが多数ある.もちろんこれには,新共同訳をはじめとした他書からの引用文とのあいだのゆらぎは数えていない.

また,これは訳書のミスではなく原文のとおりであると思われるが,
  • p. 9, ll. ↑2–1: 「少なくとも五〇年前から〔……〕イエス史料がとりわけ補強された」
  • p. 16, ll. 3–4: 「研究者が自由に使えるようになっている――一〇年ばかり前はそうなっていなかった」
といった記載は,原著初版の刊行された 1998 年を基準にしていると思われ (前者は 1940 年代後半のクムランとナグ・ハマディの発見,後者は 90 年代はじめに死海写本が急速に公開されるようになったことを受けているのであろう),2014 年の最新版をもとに訳出したというわりにはいくぶん時代錯誤に響く (p. 26, l. 7: 「二〇〇二年に東エルサレムの……」のように本文中に新しい情報が混じってもいるのでなおさらである).

最後に,訳者あとがきは巻末の参考文献につき「この中に邦訳されているものは存在しないと思われる」(p. 159) としているが,Theissen, G., Le mouvement de Jésus. Histoire sociale d’une révolution des valeurs, 2006 には邦訳『イエス運動 ある価値革命の社会史』(新教出版社,2010) がすでに存在していた (原著はドイツ語 Die Jesusbewegung: Sozialgeschichte einer Revolution der Werte, 2004).

vendredi 11 mars 2016

Vermes, 浅野訳『イエスの受難』誤植訂正

Géza Vermes, 浅野淳博訳『イエスの受難 本当は何が起こったのか』教文館,2010 の typo などのメモです (底本は 2010 年 3 月 15 日初版〔第 1 刷〕).8 割以上を読了してしまってから振りかえってまとめはじめたので,いくつか見逃している箇所があります.
  • p. 40, l. 7: 「愚象礼拝」
  • p. 54, l. 4: 「蜂起の徴候ともとり違えないのです」→「……とり違えかねないのです」
  • p. 89, l. 6: 「値するほどものもであるか」→「……のもの……」
  • p. 89, l. ↑2: 「罵詈雑言浴びせかけます」→「罵詈雑言……」
  • p. 129, ll. ↑4–1: ヨハネ福音書の引用文のフォント (楷書体) が,この部分のみ明朝体になっている.
  • p. 133, l. ↑4: 「エリアがイエスの救出に」.ほかの箇所では「エリヤ」.
  • p. 144, l. ↑3: 「マコ二五 33」→「マコ一五 33」
  • p. 158, ll. 2–3: 「に鑑みれば注意が必要である」.この文のみですます調でない.
  • p. 174, l. 9: 「外国人の入」?
  • p. 176, l. 8: 「引き立てたてました」
  • p. 184, l. 3: 「後一〇〇―一〇年」.百の位の省略は脱字とは言いきれないが,紀元前後のためひっかかるかもしれない.
  • p. 185, l. 6: 「神殿警備団警護責任を担う」→「神殿警備団が警護に……」
  • p. 190, (8): 「イエスの十字架を担ぐ」
  • p. 196, ll. 6–7: 「であったことがわれます」→「……窺われます」
  • p. 196, l. 7: 「悪魔のよう人物」
  • p. 210, l. 7: 「学生」→「学生証」

増刷の折には修正に役立てていただければ幸いです.そのさい,必要であれば訳注〔4〕において「二〇一〇年刊行予定」とされている「ボーカム『イエスとその目撃者たち』」は,著者名を「ボウカム」,刊行年を「二〇一一年」と改めてもよいかもしれません.