dimanche 8 mai 2022

アポロドーロス『ギリシア神話』(1) I.1.1–7

今度のプロジェクトは、アポロドーロス『ギリシア神話』を少しずつ原文で読みながら訳し、ついでにその箇所を読むさいに知っておくべき文法事項を注記していく試みである。

なぜこういう——解説にしては中途半端な——形式をとるかというと、まだまったく妄想の域なのだが『ギリシア神話で学ぶ古代ギリシア語』(仮題*) のようなギリシア語の教科書があればうれしいなという思いつきが少しまえから私の頭を占めており、それを書くための予備作業として行うものだからである。つまり教科書として解説する文法事項の取捨選択と、例文や練習問題に使うさいの候補を選考するうえで役立つようにということである (まあたぶん実現はしないだろうが、構想するだけなら自由)。

* これは「古代 Ancient」というところがみそで、昔ながらの良書が何冊もある「古典 Classical ギリシア語」とはいささか守備範囲が違う。といっても大枠は古典語の文法に従いそれで事足りるであろうが、看板どおりギリシア神話の愛好者にとって興味深い読み物を盛りこもうとすると、どうしてもホメーロスやヘーシオドスという最古の文学、すなわち叙事詩方言 (epic dialect) の説明をそれなりに要するということ (これは実現すれば日本語の教科書として画期的)、また下限のほうはすでに明らかなように紀元後 1–2 世紀のアポロドーロスやルーキアーノスそれからパウサニアース、ことによってはスミュルナのクイントゥスくらいまで含めるかもしれない。すなわちいわゆる古代の最初から最後まで、1 千年を超える期間にわたるギリシア語の文章を読もうというのである。

ギリシア神話のエピソードとしておもしろく、かつギリシア語の文法の点で適度に教育的、という文章を集めていきたいが、現段階ではそれがどういう形になるかはわからない。アポロドーロスから始めるのは読みやすく簡潔な散文であって、しかもその事典的な性質のおかげで、練習問題として細切れの短文を採用しても読者が「この話知ってる!」という喜びを随所に感じられるものにしやすいのではないかという期待からである。あるいはアポロドーロスだけに絞るほうが本の構成としてすっきりするという結論になるかもしれないし、逆に Pharr のように最初からホメーロスの文法を説明してホメーロスを読ませるという行きかたもある。すべては始まったばかりで予断を許さない。

テクストは Perseus で見られる Loeb 叢書のフレイザー版 (1921 年) に拠った。邦訳はほぼ 3 四半世紀まえの高津春繁訳 (初版 1948 年、岩波文庫版 1953 年) がいまだに唯一のものだが正確で、大いに参考にした。この記事では第 I 巻第 1 章を扱う。

目次リンク:第 I 巻 1 章 1–7 節・2 章 1–7 節3 章 1–6 節4 章 1–5 節


[1] Οὐρανὸς πρῶτος τοῦ παντὸς ἐδυνάστευσε κόσμου.

〈天〉ウーラノスが最初に全世界を支配した。

→ 文法メモ:述語的同格の形容詞、第 1 アオリスト、πᾶς の変化とその位置による意味、「支配する」の属格 (高津基礎 §118.3)。

γήμας δὲ Γῆν ἐτέκνωσε πρώτους τοὺς ἑκατόγχειρας προσαγορευθέντας, Βριάρεων Γύην Κόττον,

そして〈大地〉ゲーを娶って最初に〈百手巨人〉ヘカトンケイルたち〔複ヘカトンケイレス〕をもうけた、その名はブリアレオース、ギュエース、コットス、

→ アオリスト能動分詞、流音・鼻音幹アオリスト、アオリスト受動分詞。

οἳ μεγέθει τε ἀνυπέρβλητοι καὶ δυνάμει καθειστήκεσαν, χεῖρας μὲν ἀνὰ ἑκατὸν κεφαλὰς δὲ ἀνὰ πεντήκοντα ἔχοντες.

彼らは大きさにおいても力においても無双となっており、手はおのおの 100 本、頭はおのおの 50 ずつもっていた。

→ 関係代名詞、観点の与格、ἴστημι の過去完了 (ただし古典期では複数には第 2 完了 ἕστασαν を使うべきところ、類推で単数形の第 1 完了 εἱστήκη, ης, ειν にレベリングされている)、現在能動分詞、数詞 50 と 100。


[2] μετὰ τούτους δὲ αὐτῷ τεκνοῖ Γῆ Κύκλωπας, Ἄργην Στερόπην Βρόντην, ὧν ἕκαστος εἶχεν ἕνα ὀφθαλμὸν ἐπὶ τοῦ μετώπου.

彼らのあとにウーラノスのためゲーは〈丸目巨人〉キュクロープスたち〔複キュクローペス〕、アルゲース、ステロペース、ブロンテースを生む。彼らのそれぞれは額に 1 つだけの目をもっていた。

→ 指示代名詞、利害の与格、母音融合動詞 οω 型の現在、歴史的現在、関係代名詞、ἔχω の未完了過去、数詞 1 の変化。

ἀλλὰ τούτους μὲν Οὐρανὸς δήσας εἰς Τάρταρον ἔρριψε (τόπος δὲ οὗτος ἐρεβώδης ἐστὶν ἐν Ἅιδου, τοσοῦτον ἀπὸ γῆς ἔχων διάστημα ὅσον ἀπ᾽ οὐρανοῦ γῆ),

だが彼らをウーラノスは縛ってタルタロスへ投げこんだ。そこは〈冥府〉ハーイデースの地のうちでも〈幽冥〉エレボスのごとく暗い場所で、天から地までと同じほどに地からの隔たりがあった。

→ 母音融合動詞のアオリスト、ρ で始まる動詞の加音、唇音+σ アオリストの音韻・綴字変化 (これは未来をさきにやっていれば説明してある)。また ᾍδου の属格に注意 (つまり ἐν の格支配ではない。ᾍδης を神の名ととるなら所有の属格であるが、アポロドーロスでは神名のほうは一貫して Πλούτων と呼ばれているようであるから、地名とすれば部分の属格か)。

★ いま形容詞の一部としてエレボスの名を挙げたが、アポロドーロスには神格としてのエレボスは出てこない。それどころか、上に見たとおり本書はすでにウーラノスが支配しているところから始まるので、カオスやエロースも登場しないわけである。


[3] τεκνοῖ δὲ αὖθις ἐκ Γῆς παῖδας μὲν τοὺς Τιτᾶνας προσαγορευθέντας, Ὠκεανὸν Κοῖον Ὑπερίονα Κρεῖον Ἰαπετὸν καὶ νεώτατον ἁπάντων Κρόνον, θυγατέρας δὲ τὰς κληθείσας Τιτανίδας, Τηθὺν Ῥέαν Θέμιν Μνημοσύνην Φοίβην Διώνην Θείαν.

次に改めて彼はゲーにより、〈巨神〉ティーターンたち〔複ティーターネス〕と呼ばれる子ら、オーケアノス、コイオス、ヒュペリーオーン、クレイオス、イーアペトス、そして全員のうち最年少の者としてクロノスを、また〈女巨神〉ティーターニスたち〔複ティーターニデス〕と称される娘ら、テーテュース、レアー、テミス、ムネーモシュネー、ポイベー、ディオーネー、テイアーを生む。

→ 規則的な最上級 (短音節が連続するので伸ばすタイプ)。第 3 変化の練習になりそう (παῖς-ιδός, θυγάτηρ-τρός/τέρος, Τῑτᾱ́ν-ᾶνος, Τῑτᾱνίς-ίδος)。


[4] ἀγανακτοῦσα δὲ Γῆ ἐπὶ τῇ ἀπωλείᾳ τῶν εἰς Τάρταρον ῥιφέντων παίδων πείθει τοὺς Τιτᾶνας ἐπιθέσθαι τῷ πατρί, καὶ δίδωσιν ἀδαμαντίνην ἅρπην Κρόνῳ.

だがゲーは、タルタロスに投げこまれた子らの喪失に憤って、ティーターンたちに父を攻撃するよう説得し、アダマントのごとき (硬い鋼の) 鎌をクロノスに与える。

→ 母音融合動詞 εω 型の現在分詞、アオリスト第 2 受動 (の分詞)、τίθημι の不定法第 2 アオリスト中動態、δίδωμι の現在。

οἱ δὲ Ὠκεανοῦ χωρὶς ἐπιτίθενται, καὶ Κρόνος ἀποτεμὼν τὰ αἰδοῖα τοῦ πατρὸς εἰς τὴν θάλασσαν ἀφίησεν.

彼らはオーケアノスを除いては決起し、クロノスが父の恥部を切り離して海へ放り捨てた。

→ 準前置詞、τίθημι の現在中動態、第 2 アオリスト (の能動分詞)、非アッティカの -σσ- (これは最初からこちらの語形で説明すべきかも)、῞ῑημι の第 1 アオリスト (これも非古典)。

ἐκ δὲ τῶν σταλαγμῶν τοῦ ῥέοντος αἵματος ἐρινύες ἐγένοντο, Ἀληκτὼ Τισιφόνη Μέγαιρα.

すると流れる血の滴りから〈復讐の女神〉エリーニュースたち〔複エリーニュエス〕、アレークトー、ティーシポネー、メガイラが生まれた。

→ ῥέω の現在分詞 (母音融合しない単音節語幹の動詞;cf. 水谷、練習 14.6 の注)、未完了過去中動態。なお Ἐρινύς の υ は韻律の都合で短音のエリーニュスということもある、どちらを基本に掲げるかはほかの例文との兼ねあいも考えつつ決めたい。

★ アポロドーロスにおいてはこのクロノスの男根から出た泡ないし精液によって海中でアプロディーテーが生まれた話はなく、彼女はゼウスとディオーネーとの娘ということになっている (3 章 1 節を参照)。

τῆς δὲ ἀρχῆς ἐκβαλόντες τούς τε καταταρταρωθέντας ἀνήγαγον ἀδελφοὺς καὶ τὴν ἀρχὴν Κρόνῳ παρέδοσαν.

そして彼らは (父を) 王位から退けると、タルタロスに突き落とされた兄弟たちを引き上げて、支配権をクロノスに委譲した。

→ βάλλω, ἄγω の第 2 アオリスト、δίδωμι のアオリスト。


[5] ὁ δὲ τούτους μὲν ἐν τῷ Ταρτάρῳ πάλιν δήσας καθεῖρξε, τὴν δὲ ἀδελφὴν Ῥέαν γήμας,

だが彼 (=クロノス) は彼らをふたたびタルタロスへと縛って押しこめた。そして姉レアーを娶った。

→ 喉音+σ アオリスト (しかし前つづりの θ は不規則)。

ἐπειδὴ Γῆ τε καὶ Οὐρανὸς ἐθεσπιῴδουν αὐτῷ λέγοντες ὑπὸ παιδὸς ἰδίου τὴν ἀρχὴν ἀφαιρεθήσεσθαι, κατέπινε τὰ γεννώμενα.

そのときゲーとウーラノスが予言の歌い手となって彼に、自身の子によって支配権を奪われるであろうと言ったので、彼は生まれる子たちを呑みこみはじめた。

→ 母音融合動詞 εω 型の未完了過去、不定法未来受動態と行為者を表す ὑπὸ+属格、母音融合動詞 αω 型の現在 (の受動分詞)。またここでは未完了を始動相ととったが、高津訳は過去の習慣・反復と解している。

καὶ πρώτην μὲν γεννηθεῖσαν Ἑστίαν κατέπιεν, εἶτα Δήμητραν καὶ Ἥραν, μεθ᾽ ἃς Πλούτωνα καὶ Ποσειδῶνα.

こうして最初に生まれたヘスティアーを彼は呑みこんだ。それからデーメーテールとヘーラーを。また彼女らのあとにはプルートーンとポセイドーンを。

→ 第 2 アオリスト受動分詞、πῑ́νω のアオリスト ἔπῐον は短いこと。


[6] ὀργισθεῖσα δὲ ἐπὶ τούτοις Ῥέα παραγίνεται μὲν εἰς Κρήτην, ὁπηνίκα τὸν Δία ἐγκυμονοῦσα ἐτύγχανε, γεννᾷ δὲ ἐν ἄντρῳ τῆς Δίκτης Δία.

こうしたことに激怒したレアーは、あたかもゼウスを孕んだときクレータ島へ赴き、ディクテーの洞窟でゼウスを生む。

→ τυγχάνω が補語に分詞をとること (水谷 §110.2)、母音融合動詞 αω 型の現在、Ζεύς の超不規則変化。

★ ディクテーはクレータ島の女神の名、別名をブリトマルティス (高津『ギリシア・ローマ神話辞典』)。

καὶ τοῦτον μὲν δίδωσι τρέφεσθαι Κούρησί τε καὶ ταῖς Μελισσέως παισὶ νύμφαις, Ἀδραστείᾳ τε καὶ Ἴδῃ.

そして彼を養育されるようクーレースたち〔実際には単数なし、複クーレーテス〕と、メリッセウスの子らたるニュンペーたち〔複ニュンパイ〕、アドラステイアーとイーデーとに渡す。

→ 不定法現在受動態、目的を表す不定法、説明的な同格名詞。


[7] αὗται μὲν οὖν τὸν παῖδα ἔτρεφον τῷ τῆς Ἀμαλθείας γάλακτι, οἱ δὲ Κούρητες ἔνοπλοι ἐν τῷ ἄντρῳ τὸ βρέφος φυλάσσοντες τοῖς δόρασι τὰς ἀσπίδας συνέκρουον, ἵνα μὴ τῆς τοῦ παιδὸς φωνῆς ὁ Κρόνος ἀκούσῃ.

すると彼女らはこの子をアマルテイアーの乳によって育て、一方クーレースたちは武装して洞窟のなかで赤ん坊を守り、長柄で盾を叩いていた。この子の声をクロノスが聞くことのないように。

→ 手段の与格、接続法現在、目的を表す ἵνα+接続法と、それが否定詞 μή をとること。

Ῥέα δὲ λίθον σπαργανώσασα δέδωκε Κρόνῳ καταπιεῖν ὡς τὸν γεγεννημένον παῖδα.

他方レアーは石を産着で包んで、生まれた子どもとして呑みこむようにクロノスに与えておいた。

→ 母音融合動詞 οω 型のアオリスト (の能動分詞)、完了能動態、不定法第 2 アオリスト、完了受動分詞。

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