E. V. Gordon and A. R. Taylor, An Introduction to Old Norse, pp. 270–273,「古ノルド語小文法」§§30–44. 第 2 部「音韻論」のうち「A. 母音」の 4 割くらい。
訳語の方針として、文法用語が略記されているときは日本語でもなるべく略して示してある。たとえば pp. とあれば「過分」であって、わざわざ「過去分詞」のようには書かない。いずれも常識的に通じるであろうものだが、そもそもこの本じたいこういった基本的な略号の凡例をどこにも示していないのである (p. [xvi] および語彙集冒頭の略号一覧はかなり簡略である)。
なお新年からはいったんまたギリシア語に戻る予定なので、しばらく古ノルド語はお休みします。更新再開まで気長にお待ちください。
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第 2 部 音韻論
30. アイスランド語の屈折形の規則的な関係と曲用・活用の構造は、隣接する音がもう一方に及ぼす影響によってしばしば不明瞭にされている。heimr の単数与格は heimi だが、dagr の単数与格は degi であり、これは gi が先行する a に与える影響によっている。動詞 bregða, skjálfa, finna, søkkva が同じ活用に属すべきだということ (§129 を見よ) は一見不規則に見えるが、幹母音に後続する音の影響を考慮に入れるならば、これらの動詞がすべて同じ型であることは、そのどれにおいても本来の幹母音が e であることから明白である。変化を引きおこしてきた音はしばしば消失している:land の複 lǫnd が、skip (複も skip) と比較でき同じ曲用に属するように。a から ǫ への変化は、かつてこの曲用の複数主・対格語尾であった u の影響によっていた;skip の i は後続する u に影響されなかったのだ。音声変化の説明はしばしばより古い形のなかに求められるので、ノルド語の音韻論を歴史的に研究することはこの言語の文法構造を理解するために必要である。ノルド語の音声の歴史が以下に与えられるが、あくまで屈折形についての十分な実用的知識にとって必要なかぎりにおいてである。
31. 音声変化はアイスランド語の文法的語形に不規則な見せかけを与えているけれども、他方で文法的語形とパターンとの自然な関連は一見した不規則性を排除する傾向がある。類推的な形成への傾向がしばしば音声変化の効果を取り除く;たとえば stíga は一見して不規則な過 3 単 *stāh (§50) をもっていた。この動詞の母音体系を、それと同じ活用 (§127) に属するほかの動詞のものと一致させるため、新たな過 3 *steih が形成された;規則的な音声変化により *steih は sté となったが、活用のパターンはまたべつの過 3 steig を形成することでふたたび修復された。類推はアイスランド語の文法において相当の役割を演じており、顕著なのは名詞の i-変化においてである;だがほかのゲルマン語のいずれにおけるよりも大きな母音と子音の変動が〔アイスランド語の〕変化表には残っていた。
A. 母音
a-変異
32. 次の音節のなかに a, ō (のちに a), または ǣ が続くとき、j または n+子音が介在して防がれないかぎりにおいて、ゲルマン語の u は o へ、また (短音節における) i は e へと低められた。この変化はしばしば、変化表のなかで a の存在しないべつの形との類推によって不明瞭にされており、異なる諸方言のなかでは u と o との揺らぎが頻繁だった。例:*hurna > horn, *truga > trog, 強変化動詞の過分 holpinn, orðinn, borinn、しかし sumar (東ノルド語 somar), una, gull および過分 bundinn には変異がない。主格形 sonr は属 sonar < *sunar からの新しい形成として説明されてきたが、複合語の第 2 要素になっているとき u から o への弱化を伴っている -sun(r) からとするのがよりもっともらしい;また男性名における -olfr という形を ulfr と比較せよ。i の a-変異の例はわずかである:niðr と並ぶ neðan, heðan, また verr「男」。
前方変異
33. 前方変異 (front mutation) とは、特定の前母音によって先行音節にある強勢母音に作用される影響である。ほかのゲルマン諸語と共通に最初の徴証は、次の音節に i または j が後続するとき e が i へと高められることにある:*beðjan > biðja, *werðjan > virða, *weniz > vinr。注意されるべきは、第 3, 第 4, 第 5 活用の強変化動詞の現在単数において、この変異は類推によって不明瞭にされていることである:*berir は *birr としてではなく berr と、*verðir は *virðr ではなく verðr として現れている。
34. 後期原ノルド語期において、すべての後母音と二重母音は、次の音節に -i- または -j- が後続するとき、対応する前母音へと前方化された:
a は ę になった:fram と fremja、mann と複 menn を比較せよ。
á は æ に:Áss, 複 Æsir;mál と mæla。
o は ø に:koma と現 3 単 kømr。
ó は œ に:fór (行った) と fœra。
u は y に:fullr と fylla;lopt < *lupta と lypta。
ú は ý に:brún, 複 brýnn。
au は ey に:lauss と leysa。
jú は ý に:fljúga, 現 3 単 flýgr;ljósta < *ljústa, 現 3 単 lýstr。
ǫ は ø に:hǫggva, 現 3 単 høggr。
上記の規則に対するひとつの重要な例外がある:次の音節に j が続くときと、また長音節のあとに i が続くときには変異は規則的であるが、短音節のあとに i が続くときには変異は、その i が ʀ で表される音と組みあわさっていたときにだけ現れたように見える:cf. *gasti > gest (gestr の単対), *staði (staðr の単対) > stað では変異なし、*komiʀ (koma の現 2 単) > kømr。*staðiʀ のように短い i-幹名詞の単主における変異は、staðr になるのであり期待されるように *steðr ではない、これは斜格との類推によって取り除かれてしまったのである。
35. 変異のこうした欠如の難点はいまだ十分に説明されたことがない。Axel Kock は変異に 3 つの時期があったと示唆している:
(a) i (消失した) と j による、長音節の母音の〔変異〕、600–700 年ころ;
(b) iʀ の組みあわせ (このうち i は消失した) と j による、単音節の母音の〔変異〕、700–850 年ころ;
(c) 文献時代にも残っている i による、長短両方の音節の母音の〔変異〕、*karling- > kerling; *katilʀ > ketill のように。
変異を引きおこした j は一定の条件下でも失われる、§62。
Kock は前方変異を非アクセントの i の消失 (§56) と関連づけているようで、iʀ の組みあわせを除いて、i は単音節に後続しているとき変異を引きおこさずに消失したと主張する。この見解は強く批判されてきた、cf. A. M. Sturtevant による Journ. of Engl. and Germ. Philol. xlv, pp. 346–52 における、B. Hesselman, Omljud och brytning i de nordiska språken, Stockholm, 1945 の書評。
変異の欠如について考えうる代替的な説明は、短い語幹音節のあとで非アクセントの i は、それが開音節に立っているとき e へと低められたということである。
36. この変異はふつう西暦 600 年と 900 年のあいだに比定される。注意されるべきは、後期の発達の非アクセント i は、g または k との組みあわせにある場合 (§38) を除いて変異を引きおこさなかったということである;a-幹名詞の単与と弱変化男性名詞の単主は変異をもたない:harmi (harmr の単与) と hani。
37. ʀ (ゲルマン語 z に由来する硬口蓋子音) は、直前にある後母音または二重母音を変異させた:gler「ガラス」< *glaʀ;kýr < *kūʀ;þær「彼女ら」女複 < þāʀ;eyra「耳」。Cf. 古英語 glæs, cū, þā およびゴート語 ausō。
38. 硬口蓋変異:短い a は、gi または ki が直後に続くとき e になった。ここでこの i はより以前の e または æ からの後期の発達である:dagr の単与 degi (cf. harmr の単与 harmi)、過分 tekinn, genginn (cf. farinn, haldinn)。変異していない母音はしばしば、その語の〔変化表における〕変異のないべつの語形から類推的に修復された。vaki, heimdragi, baki (bak の単与) のように。
唇音変異
39. u (ときには唇子音に補助されて) または w の影響によって、丸め〔=円唇〕のない先行母音が丸められた。
u-変異
40. これらの変化は後続音節における本来の u によって引きおこされた:
a は丸められて ǫ になった:land, 複 lǫnd は *landu から;sǫk (cf. 古英語 sacu);複与 lǫndum。この変化は古アイスランド語ではきわめてありふれていたが、ほかのノルド語諸方言ではそれほどでない (§41)。
á は ǫ́ に:しかし 1250 年ころまでに変化後の音ともとの á とが〔同一の音に合流し〕両方 á と書かれた (§8)。
e は ø に:割れ (§45) を受けないとき:róa の過 3 単 røru;tøgr (*teguʀ から)。
非アクセント音節のなかで a の u-変異によって生じた ǫ は、u-変異の時期が終わるまえに u へと移行した。というのはそれが、先行する a の第 2 の u-変異を引きおこしたからである:ǫnnur は *annǫru、より早くは *annaru から。
41. 以上の例からわかるように、古アイスランド語において u-変異は、変異を引きおこした u が保持されていようと結果として失われていようと生じた。ほかのノルド語諸方言、とくに古デンマーク語においては、保持されている u による u-変異はまれであって、このことは地域的には非アクセントでこもりぎみの u は円唇母音でなくなっていたことを示唆している。
w-変異
42. 後続する w (これは文献時代以前に v になったか、もしくは失われた) の影響によって:
a は ǫ になった:hǫggva, sǫngr。
e は ø になった:søkkva、これは bresta と同じ活用。
ę は ø になった (§7):gøra、これは *gęrwa からで、より古くは *garwjan。
i は y になった:slyngva; vi は vy になり、それから v が脱落した (§63)、対 kykvan のように。
ei は ey になった:kveykva。
43. w が非円唇母音の直後に続くとき、その母音が長くかつその w が同じ音節に属していたならば、変異が起こった:Týr は *Tīwr から (cf. Tīur, p. 182)、複 tívar「神々」と比較せよ;bý は *bīw から、古デンマーク語 bī 18/26 と比較せよ。
組みあわせ唇音変異
44. 先行する唇子音と後続する u との組みあわさった影響により、á は ó になった:koma の過 3 複 kómu は kvámu と並んで〔どちらのつづりも見られる〕;i は y になった:systur (*swistur から);æ は œ になった:Sœnskr (*Swænsk- から、与格におけるように u が後続するとき)。同様にして、隣接する鼻子音と後続する u との影響により、á は ó になった:nótt (対 *nahtu から) は nátt と並んで;hánum は hónum となった、これは非アクセントの用例において honum へと短くされた。
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