mercredi 24 août 2022

伝エラトステネス『星座論』(1) おおぐま座・こぐま座

伝エラトステネス『星座論』Καταστερισμοί 摘要は、前 3 世紀の学者キュレネのエラトステネスの著作を後代の誰かが要約したもので、古代ギリシア語で書かれた当時の星座の起源を伝える重要文献であるが、いまだ日本語訳は刊行されていない。これを少しばかり訳してみようというのが今回の記事である。このページでは 1. おおぐま座と 2. こぐま座を扱う。



Web 上にはいちおう竹迫忍氏のサイトに紹介があり、日本語ではそれが唯一の先行訳ということになるが、難なしとしない。それは L’Abbé Nicolas Halma (ニコラ・アルマ師、カトリック司祭・天文学史家、1755–1828) による昔の仏訳 (1821 年) を、これまた古い機械翻訳ソフト (1993 年版) に英訳させたものをもとにご自身で日本語訳されたということで、要するに重々訳というわけである。仏訳はおおむねちゃんとしたものであるがよくよく検討するとところどころ誤訳や訳し抜けがある。また 30 年まえの翻訳ソフトによる英訳の質は推して知るべしで、誤訳どころかごく初歩的な取り違えが山ほどある。そしてその結果英文として成り立っていないものを日本語にしようというのであるから、どうしても勘違いや想像による補完によってさらに改変が加わる。この三重のフィルタによって翻訳結果にはかなり奇妙な部分や間違いが多くなってしまっている。

「エラトステネス 星座」などでググってみるとそれがトップに来る、この現状をそのままにはしておれないというのが私の動機であって、ギリシア語から直接訳しここに掲載するものである。あわせてギリシア語の学習者に役立つよう、また私の翻訳の当否を検証しやすいよう、原文を翻刻して併載した。このテクストは原則として下記の底本のとおりとし、句読点まで忠実に再現したが、スティグマは一貫して στ の 2 文字に改めたほか、ときに大文字小文字を変更したりアクセントを修正したりした。また若干数、後掲のサントーニのテクストを参照し、そちらの読みを採用したり改行を加えたりした箇所がある。

底本は竹迫氏の用いたのと同じアルマ版のギリシア語テクスト——それは Google Books やフランス国立図書館でデジタイズされており、こちらのサイトにまとまっている——を使ったが、近年のサントーニの希伊対訳本 (Anna Santoni, Epitome dei Catasterismi, 2009) をも適宜参考にした (これに依存した部分については以下で逐一断る)。最新・最良の刊本はビュデ版の Jordi Pàmias i Massana et Arnaud Zucker, Catastérismes, 2013 のようだが、これは閲覧できていない。

なお、テクストのうち各章の最後の数行は省略することをお断りしておく。それは各星座を構成する星々の数と形を列挙した部分であって、私はギリシア神話には強い関心をもっているが天文には残念ながらいまのところ興味がないためである。Oxford World’s Classics シリーズに収められた Robin Hard による最新の英訳 Constellation Myths, 2015 においても当該部分は省かれており、あまり重要でないと判断するのは私だけではないらしい。


1. Ἄρκτος ἡ μεγάλη〔おおぐま座〕


Ταύτην Ἡσίοδός φησι Λυκάονος θυγατέρα ἐν Ἀρκαδίᾳ οἰκεῖν, ἑλέσθαι δὲ μετὰ Ἀρτέμιδος τὴν περὶ τὰς θήρας ἀγωγὴν ἐν τοῖς ὄρεσι ποιεῖσθαι, φθαρεῖσάν τε ὑπὸ Διὸς ἐμμεῖναι λανθάνουσαν τὴν θεόν. φωραθῆναι δὲ ὕστερον, ἐπίτοκον ἤδη οὖσαν, ὀφθεῖσαν ὑπ’ αὐτῆς λουομένην. ἐφ’ ᾧ ὀργισθεῖσαν τὴν θεὸν ἀποθηριῶσαι αὐτήν, καὶ οὕτως τεκεῖν, ἄρκτον γενομένην, τὸν κληθέντα Ἀρκάδα.

Οὖσαν δ’ ἐν τῷ ὄρει θηρευθῆναι ὑπὸ αἰπόλων τινῶν, καὶ παραδοθῆναι μετὰ τοῦ βρέφους τῷ Λυκάονι. μετὰ χρόνον δέ τινα δόξαι εἰσελθεῖν εἰς τὸ τοῦ Διὸς ἄβατον ἱερὸν ἀγνοήσασαν τὸν νόμον· ὑπὸ δὲ τοῦ ἰδίου υἱοῦ διωκομένην καὶ τῶν Ἀρκάδων, καὶ ἀναιρεῖσθαι μέλλουσαν διὰ τὸν εἰρημένον νόμον, ὁ Ζεὺς διὰ τὴν συγγένειαν αὐτὴν ἐξείλετο, καὶ ἐν τοῖς ἄστροις αὐτὴν ἔθηκεν. Ἄρκτον δὲ αὐτὴν ὠνόμασε διὰ τὸ συμβεβηκὸς αὐτῇ σύμπτωμα.

第 1 段落ではアルマ版の ἐπὶ τόκου をサントーニのテクストに従い 1 語の形容詞 ἐπίτοκον と読んだ。

ヘーシオドスの伝えでは、彼女〔=おおぐま座となるカリストー〕はリュカーオーンの娘でアルカディアーに住んでいたが、アルテミスとともに山々で狩りに携わる暮らしを行うことを選んだ。彼女はゼウスによって傷つけられた〔=犯された〕ものの、女神〔=アルテミス〕には知られずにともに過ごしていた。ところがのちに、入浴しているときに彼女〔=アルテミス〕に見られて、すでに出産間際であることを見破られた。これを知って女神は怒り、彼女を獣に変えてしまった。こうして熊 [アルクトス] となった彼女は、アルカスと呼ばれる息子を生む。

さて彼女は山中でさる山羊飼いたちによって捕らえられてしまい、幼子とともにリュカーオーンに引き渡されたという。いくばくかして彼女は、ゼウスの不可侵の神殿に入りこむことを思いついたが、(それを禁じる) 法を知らなかったためである。彼女は自分の息子とアルカディアー人たちとによって追われ、先述の法によってあわや殺されるところであったが、ゼウスは家族関係のゆえに彼女を救ったうえ、星々のなかに彼女を据えた。そして彼女に降りかかった (熊に変えられたという) 災難のゆえに、熊〔=おおぐま座〕と彼女を名づけたのだ。

周知のとおりアルテミスは処女神であり、自分に従う者たちにも男女問わず貞潔なることを求めた。息子の名アルカスとは「アルカディアー人」の意で、彼は始祖としてこの氏族に名を与えており、この話は一族の起源を語る縁起譚をなしている。息子の彼がこぐま座となったとする説もあるが、次の章で見るとおりエラトステネースは明らかにこれをとっていない。

なお、アルマ師の仏訳では「そして彼女に降りかかった〜」という最後の一文が欠落している。


2. Ἄρκτος ἡ μικρά〔こぐま座〕


Αὕτη ἐστὶν ἡ μικρὰ καλουμένη, προσηγορεύθη δὲ ὑπὸ τῶν πλείστων Φοινίκη, ἐτιμήθη δὲ ὑπὸ τῆς Ἀρτέμιδος· γνοῦσα δὲ ὅτι ὁ Ζεὺς αὐτὴν ἔφθειρεν, ἠγρίωσεν αὐτήν· ὕστερον δὲ σεσωσμένῃ λέγεται δόξαν αὐτῇ περιθεῖναι, ἀντιθεῖσαν ἕτερον εἴδωλον ἐν τοῖς ἄστροις, ὥστε δισσὰς ἔχειν τιμάς.

Ἀγλαοσθένης δὲ ἐν τοῖς Ναξιοῖς φησι τροφὸν γενέσθαι τοῦ Διὸς Κυνόσουραν, εἶναι δὲ μίαν τῶν Ἰδαίων νυμφῶν, ἀφ’ ἧς ἐν μὲν τῇ πόλει τῇ καλουμένῃ Ἱστοῖς τοὔνομα τοῦτο ἦν, ἣν οἱ περὶ Νικόστρατον ἔκτισαν, καὶ τὸν ἐν αὐτῇ λιμένα, καὶ τὸν ἐπ’ αὐτῇ τόπον Κυνόσουραν κληθῆναι. Ἄρατος δὲ αὐτὴν καλεῖ Ἑλίκην, ἐκ Κρήτης οὖσαν, γενέσθαι δὲ Διὸς τροφόν, καὶ διὰ τοῦτο ἐν οὐρανοῖς τιμῆς ἀξιωθῆναι.

小〔=こぐま座〕と呼ばれているその当のものであるが、ほとんどの人からはポイニーケー [フェニキア] と呼ばれた。アルテミスからは尊重されたが、ゼウスが彼女〔=ポイニーケー〕を傷つけたことを知ると、(アルテミスは) 彼女を野獣としてしまった。だがのちには (アルテミスは) 救われた彼女に名声を授け、星々のなかに (ポイニーケーの) もう 1 つの肖像を配して 2 倍の尊敬を得られるようにしてやった、と言われている。

アグラオステネースがその (著書)『ナクシオイ [ナクソス島について]』のなかで言うところでは、(この星座は) ゼウスの乳母キュノスーラで、イーデー山のニュンペー [ニンフ] たちのうちの 1 人である。ヒストイと呼ばれている町では彼女〔=キュノスーラ〕にちなんで名前がそうであった。これはニコストラトスを取り巻く人々が建設した町で、そこでは港も周囲の土地もキュノスーラと呼ばれたという。他方アラートスはこれをヘリケーと呼んでおり、クレーテー [クレタ] 島出身でゼウスの乳母となった、そのことのゆえに天上における名誉にふさわしいとされたのだとしている。

タイトルの ἡ μικρά という女性形からもわかるのであるが、エラトステネースはこの熊をメス (女性) とみなしており、本文の説明のとおりそのもととなった女性としてポイニーケー、キュノスーラ、ヘリケーという 3 名の候補を挙げている。おおぐま座のカリストーの息子アルカスは 8. で見るうしかい座になったと考えられている。つまりこの場合「こぐま」とは、おおぐま座の親熊が産んだ子供の「仔熊」ではなく、たんに大きさが小さいという「小熊」だということになる。

アルマ師の仏訳が誤訳しているのだが、おおぐま座と違ってこちらの場合、天に上げて名声を授けたのはゼウスでなくアルテミスである。それは ἀντιθεῖσαν というアオリスト能動分詞の女性対格によってわかるのである (主語がゼウスなら ἀντιθέντα でないといけない)。

第 2 段落で τοὔνομα τοῦτο ἦν「名前がそうであった」は削除したほうが文がスムーズに思われる (サントーニ版では角括弧 [·] に入れられている)。キュノスーラにちなんでそう呼ばれているのは港と周囲の土地であって、ヒストイという町の名のほうはどう関係があるのかわからない。

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