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mardi 24 avril 2018

デンマークの書籍の購入方法

かつて「諸外国の書籍の購入方法」という記事を書いてから早くも 3 年近くになります。これは私がおもにヨーロッパの各国から本を買い集めていた経験をもとに、便利なサイトリンクと短い所感をまとめておいたものですが、いまでもたまにアクセスをいただいていて、変化した情報につきアップデートの必要を重々感じておりながら、それが果たせていないことには忸怩たる思いがあります。

当時との状況の変化もさることながら、あの時点でまだ扱っていなかった (すなわち私が取引をしたことのなかった) 言語がこの間にいくつか増えており、それはいま思いだせるかぎりでアイルランド語とブルトン語、アルメニア語、それからデンマーク語・スウェーデン語・アイスランド語・フェーロー語の北欧 4 言語に加えてグリーンランド語が挙げられます。

このなかでデンマーク語・フェーロー語 (フェーロー諸島)・グリーンランド語 (グリーンランド) の 3 つは、国としてはデンマーク王国の 1 国であって (今後どうなるかはわかりませんが)、いずれもデンマーク・クローネ (DKK) で買いものができます。といってもクレジットカードで決済するぶんにはあまり意識するところではないかもしれません。とにかく今回これらをまとめて紹介することにしましょう。

デンマーク語の本を買おうと思ったらまず訪れるべきサイトは、デンマークで最初のかつ最大のオンライン書店、Saxo (https://www.saxo.com/dk)  です。紙の本のほか、PDF/ePub 形式の電子書籍、およびオーディオブックを取り扱っていて、紙の本の送料が比較的高めなので私は最近電子書籍のほうにシフトしています。注文を確定するとメールでダウンロードリンクが送られてくるほか、いつでもサイト上から自分の本棚を確認できて端末にダウンロードができることは Amazon などと同じです。

つい最近知ったのですが、Saxo は Android および iOS 用のアプリをリリースしており、これは日本からも入手・利用が可能です。このアプリをインストールして Saxo のユーザアカウントでログインすれば、購入していた電子書籍・オーディオブックが携帯端末からもダウンロードでき、そのまま電子書籍リーダとして読書・音声再生が可能です。もっとも、その用途のものとしては完成度は低いと言わざるをえません (私は iPad と iPhone で利用しているので、以下は iOS 版の評価であって Android 版はわかりませんが)。

まずリーダとしてですが、ePub 形式のものはまだしも、PDF のものをこのアプリで閲覧しようとするとまともに表示ができません。両形式とも表紙などの大きい画像 1 枚のページは上下にぶった切られた形で表示されてしまいますし、PDF ではなぜか文字だけの本文でもそうなってしまいます。そして操作は左右スワイプがページ送りで、指 2, 3 本のジェスチャには反応せずメニューからも拡大・縮小はできないようなので、ページ右側を確認するすべがまったくありません (つまり実質 PDF は読めません)。有料の PDF リーダはもとより、Adobe Reader や iBooks などと比べてさえ非常に不便です。

またオーディオブックの再生機能のほうですが、パソコンからダウンロードするとちゃんと章などの区切りにもとづいたトラック別の MP3 ファイルになっているようなのに (これは商品にもよるかもしれませんが)、アプリ上で聞こうとするとなぜかトラックごとの選択ができず、15 秒または 2 分刻みでの早送り・巻き戻ししか選べないので、これもたいへん使い勝手が悪いです。結局 iTunes などに入れて聞くことになると思います。

というわけで、アプリの出来はまだまだ発展途上ではありますが、すでに言及したように汎用性の高いファイル形式のおかげでべつだん専用アプリでないと読めないわけではないので利用の妨げにはなりません (この点 Amazon Kindle は見習ってほしいものです)。私は最近『星の王子さま』(Den lille prins) の電子書籍版その朗読とセットで購入して少しずつ聞いています。これは以前から紙の本で持っていた古典的な Asta Hoff-Jørgensen 訳 (初版 1950 年) でなく、最近出た Henrik Ægidius による新訳で、吹きこみは元スタントマンのアナウンサー・朗読者だという Paul Becker が行っています。

Saxo 以外だと imusic.dk というサイトを利用したことがあります。名前に反して本もメインに取り扱っていて、1 冊だけ買うならこちらのほうが日本への送料が安いということがありました。Saxo にはない本が置いてある場合もあるので、あきらめずにいろいろ比較してみるとよいでしょう。

勉強が進むと、参考文献リストのなかからすでに新本では手に入らないものが古本でほしくなるという場合があります。こういう場合、英仏独くらいならたいてい Abebooks で事足りるのですが、デンマーク語の古本は少数しか出品されていません。もちろんある場合もあるのでまずは検索をしてみることは無駄ではないでしょう。

じつは上記 Saxo では古本も販売しているようなのですが、この場合カートに 1 点ずつしか入れられない (古本 2 点以上や、新本と古本を混ぜようとすると弾かれる) という制約があります。そうするとただでさえ割高な送料が 1 冊ごとにかかることになり、あまり気が進みません。

デンマーク語の古本を探すときには Antikvariat.net というサイトがたいへん頼りになります。これはデンマーク・ノルウェー・スウェーデン・フィンランドのスカンジナヴィア 4 ヵ国から多くの古本屋の出品が集約されたサイトで、私の経験上送料も (書店ごとに違いますが) 10 ユーロ前後とたいへん良心的です。私にとっては必要な本が見つかる率が高く、とても重宝しています。

グリーンランド語の本は、最初に紹介した 2 つのサイトでデンマーク本土から手に入る場合もありますが、以前紹介したようにグリーンランドのヌーク (Nuuk) にある書店 Atuagkat Boghandel からも注文が可能です。このサイトはデンマーク語および英語でも閲覧が可能です。ただし取り扱っている本の種類はまだかなり少ないようなので (というより、グリーンランド語の出版物そのものが少ないという事情も)、今後に期待しましょう。

フェーロー語の書籍はデンマークのサイトでは基本的に手に入らず、フェーロー諸島の首都トシュハウン (Tórshavn) にある書店 H. N. Jacobsens Bókahandil がオンライン販売を手がけています。ここは (現在も存続しているうちでは) フェーロー諸島で最古の書店だということです (1865 年創業)。

サイトにはドイツ語・英語・デンマーク語を表す国旗がありますが、それらの言語に訳されている部分はあまり多くなく、またショッピングカートからはどうやら 1 点だけ削除する方法がなくて数量を変更しようと思うとぜんぶ消すしかないなど、サイトの使いやすさにはだいぶ難があります。ウィッシュリストのような便利機能はもとより、そもそもユーザアカウントというものが作れないので注文のたびに住所などを入力する必要があるほか、カートの中身も定期的に消えてしまいます。

とはいえもちろん商品の発送は迅速で間違いなく到着しています。梱包のほうはというと、私の注文したとき外箱のダンボールは側面や中身に隙間が多く、さらに折悪しくこちらで雨も降っていてあわやと思われましたが、肝心の本は丁寧に 1, 2 冊ずつプチプチでくるまれており、多少濡れたり揺らされたりしても無事なようになっていました。

もうひとつ、Sprotin.fo という書店もありまして、こちらは紙の本のほか電子書籍・オーディオブックも取り扱っています。販売というか出版が本業なのか、フェーロー語書き下ろしおよび翻訳ものの文芸作品を主体として多くの本・電子書籍を出しています。ウェブページの英語化もたいへん行き届いていてユーザフレンドリーな印象があります。私はこちらからはまだ電子書籍しか買ったことがないのですが、少なくともその部門では不満を感じたことはありません。このサイトはフェーロー語のオンライン辞典も公開しています。

そのほか Rit & Rák というサイトでも紙の本・電子書籍・オーディオブックが取り扱われていますが、これはまだ利用したことがないのでよくわかりません。以前に紙の本を注文しようとしたときには上記の H. N. J. より送料が割高で見送ったのですが、電子版を買うぶんには有用な場合もあるかもしれないのでいちおう挙げておきます。

vendredi 23 juin 2017

グリーンランド語入門 (10) 比較級・副詞

グリーンランド語入門第 10 回の範囲は,Kölbl, Grönländisch, S. 53–55 です (全体の目次は第 1 回をご覧ください).前回学んだ形容表現の比較級・最上級にあたる表現と,ついでに短いので副詞に関する部分もいっしょにまとめます.


比較級


形容動詞は強めることもできます.グリーンランド語では形容動詞について第 1 比較級と第 2 比較級〔ドイツ語の用語で,比較級と最上級のこと〕とをはっきりとは区別しません.両者とも動詞接尾辞 +neruvoq「より〜だ ist mehr」によって作られます.

母音幹 portu|voq は高い → portu|neruvoq はより高い,もっとも高い
子音幹 pikkorip|poq は有能だ → pikkorin|neruvoq はより有能だ,もっとも有能だ
r-幹   ajor|poq は悪い → ajor|neruvoq はより悪い,もっとも悪い

Oqaluf|fik portu|neru|voq. その教会はより高い/もっとも高い.
Aqagu sila ajor|neru|ssaa|q. 明日には天気は悪くなるだろう〔比較・未来・3 単〕.

-toq-形〔形容名詞形〕は,そのそれぞれの語尾 (-toq, -soq, -sooq) を +neq (3 類) に置きかえることで強められます.語尾 +neq は第 2 比較級〔=最上級〕形にのみ対応します.

母音幹 portu|sooq 高い → portu|neq もっとも高い
子音幹 pikkoris|soq 有能な → pikkorin|neq もっとも有能な
r-幹   ajor|toq 悪い → ajor|neq もっとも悪い

Qaqqaq portu|neq taku|(v)ara. 私はもっとも高い山を見る〔1 単・3 単〕.

比較は「〜より」にあたる ±mit〔奪格語尾〕によって表されます.

Ujarak qisu|mmit oqimaan|neru|voq. 石は木材〔奪格〕より重い.

〔以下は〕不規則な比較級〔=最上級〕をもついくつかの形容動詞です.

形容動詞 -toq-形   +neq の最上級
ajunngilaq ajunngitsoq ajunnginneq よい
angivoq  angisooq  anneq    大きい
mikivoq  mikisoq   minneq    小さい
takivoq   takisooq  tanneq    長い
utoqqa|avoq utoqqaq*  utoqqaaneq 年老いた
nuta|avoq  nutaaq*  nutaaneq  新しい
qorsu|uvoq qorsuk*  ―      緑の

* のついた形容〔名〕詞は例外的に動詞ではなく,-uvoq「〜である」を伴ってはじめてそうなります〔„sind keine Verben“ なので「動詞ではない」としか読めないのですが,-toq-形はもとより動詞ではありません.* をつける位置をむしろ第 1 列にして,「形容動詞 (-voq 形) が存在せず,utoqqaq その他に -uvoq を伴って……」とみなすとよいでしょう.このさい utoqqaavoq と nutaavoq には A-法則が働いています〕.またこれらは真の〔=固有の〕-toq-形をもちません.


副詞


ある行為がどのように生じるか (たとえば「早く行く」や「ゆっくり話す」のように) を表すためには,副詞 (Umstandwort) が用いられます.これは -toq-形から -mik〔単数具格語尾〕によって作られます:

arriip|poq 何かをゆっくりする (etwas langsam tun) → arrii|tsoq ゆっくりの → arrii|tsu|mik ゆっくりと.

Arrii|tsumik oqalup|poq. 彼はゆっくり話す.
ariin|nerusumik よりゆっくりと

〔欄外注:〕副詞は +nerusumik によって比較級になります.

jeudi 22 juin 2017

グリーンランド語入門 (9) 形容表現

グリーンランド語入門第 9 回の範囲は,Kölbl, Grönländisch, S. 50–53 です (全体の目次は第 1 回をご覧ください).グリーンランド語に「形容詞」という品詞はないことを以前見ましたが,それでは物の性質などをどのように記述・表現するのかを今回学ぶことになります.


形容表現


「よい」「小さい」「木製の」「グリーンランドの」といった性質は,さまざまなしかたで表現されます.基本的にはそれらは名詞の後に立ちます.

一方で,名詞は形容詞として用いられることができ,±mit〔奪格語尾〕を伴ったり伴わなかったりします:

angut utoqqaq 男+老いた人=老人
ukkusissa|mit sanaaq 滑石から+製品=滑石製品

それから形容接尾辞 (Eigenschaftssuffix) があります.たとえば -suaq「大きい」や -nnguaq「小さい,愛らしい」などです.

qimi|nnguaq 小さい (かわいい) 犬
Kunu|nnguaq 愛すべきクヌート (・ラスムセン)

〔欄外注:〕有名な極地探検家クヌート・ラスムセン (Knud „Kunuk“ Rasmussen) は今日でもこのように呼ばれています.

しかしながら,もっとも大きな意味をもつのは形容動詞 (Eigenschaftsverb) です.〔これもまた語弊のある訳語ですが,形容詞 Eigenschaftswort の働きをする動詞 Verb ですからちょっとこれ以外に訳しようがないでしょう.「性質動詞」などと言って言えなくはなさそうですが,どうも字面からなにが言いたいのかはっきりしません.むしろ日本語文法の「形容動詞」のほうが動詞でもないくせに悪い言葉で,英語の本ではそれが adjectival noun (形容名詞) や nominal adjective (名詞的形容詞) と呼ばれているほか,日本語学習者向けにはふつう「ナ形容詞」という名前で教えられています.〕


形容動詞 (Eigenschaftsverb)


形容動詞はこれまでに扱ってきた動詞と異なるところがありません.これらのなかには「私は〜です,君は〜です,彼は〜です」といった〔sein 動詞の〕性質が含まれています.

angivoq「大きい」,aappaluppoq「赤い」,kusanarpoq「美しい」.

これらは自動詞のように屈折〔=活用〕し,否定・疑問形・未来など〔も同様〕です.

Qimmeq angi|voq. その犬は大きい〔3 単〕.
Tupe|rput miki|voq. 私たちのテントは小さい〔3 単〕.
Qasu|(v)it? 君は疲れているか〔疑問形・2 単〕.〔原語 „müde“ のため「疲れている」か「眠い」のいずれかです.下も同様.〕
Qimmi|t qasu|nngilla|t? その犬たち〔複数基本形〕は疲れていないか〔否定・3 複〕.

「よい ist gut」を表す特定の単語はありません.ajorpoq「悪い ist schlecht」の否定を用います.

Aju|nngila|q. 悪くない=よい.

これはつまり「悪くない」だけではなく実際に「よい」をも意味するのです.

Aqagu sila aju|ssa|nngila|q. 明日はよい天気になるだろう〔未来・否定・3 単〕.


-toq の形容名詞 (Eigenschaftsnomen)


形容動詞は „bin, bist, ist, ...“〔という sein 動詞の意味〕を伴わずにはいられません.次を見比べてください:

Das Zelt ist klein〔テントは小さい〕= Tupeq mikivoq.
Das kleine Zelt〔小さいテント〕= Tupeq ... ??〔mikivoq を置くと述語になってしまう.〕

推測できるかもしれませんが,„ist“ というつなぎの単語なしに名詞に直接隣りあうこの位置では,形容動詞はべつの語尾を必要とするのです.

母音幹
miki|voq は小さい → miki|soq 小さい

子音幹
aappalup|poq は赤い → aappalut|toq 赤い
oqimaap|poq は難しい → oqimaa|tsoq 難しい
pikkorip|poq は有能だ → pikkoris|soq 有能な

r-幹
ajor|poq は悪い → ajor|toq 悪い

〔接尾辞がついた形をさらに -toq 形にする場合〕
-nngilaq (aju|nngilaq はよい) → -nngitsoq (aju|nngitsoq よい)
-ssaaq (miki|ssaaq は小さいだろう wird klein sein) → -ssasoq (miki|ssasoq 未来に小さい〔?〕ein zukünftig kleines)

母音幹および r-幹は,少数の例外を除いて,〔それぞれ〕ひとつの語尾 (順に -soq, -toq) をもちますが,子音幹には 3 通りの語尾 (-ttoq, -tsoq, -ssoq) がありえます.またいくつかは長い -oo- をもっており,これが表しているのはその〔形容詞によって〕言われている性質が高度に現存している (in hohem Maße vorhanden) ということです:puala|sooq「太った dick, fett」.

この -toq-形の意味は「この性質をもった誰か/何か jemand/etwas mit dieser Eigenschaft」です.これらはどこか名詞に似ていますが,さらにそれ以上のものでありえます.簡単にこれらを形容名詞 (Eigenschafts-Nomen) と呼ぶことにします.

〔欄外注:〕形容名詞は 1 類の名詞のように屈折します.これらは数と格においてそれが伴う名詞と一致します.

tupeq miki|soq 小さいテント
illu angi|sooq 大きい家

mercredi 21 juin 2017

グリーンランド語入門 (8) 未来・否定

グリーンランド語入門第 8 回の範囲は,Kölbl, Grönländisch, S. 47–50 です (全体の目次は第 1 回をご覧ください).内容は未来時制と否定文で,さほどつながりはありませんが作りかたには共通するところがあり,おのおのが短いので 1 回にまとめてしまいます (ちなみに「未来時制」というのは言葉の綾のようなもので,これを「時制」と呼べるかには問題があります).


-ssa- による未来 (Zukunft)


未来の行為 (zukünftige Handlung) は特定の語尾〔=接辞〕によって標示されます.語幹の最後の子音を切りとりますが,〔接辞 -ssa- に続く語尾は前々回見た「過去-現在」形のそれと〕すべての動詞について同一です.

〔見出し形 aperi|voq, 語幹 aperi-「尋ねる」〕
1 単 aperi|ssaanga 私は尋ねるだろう〔以下同様〕
2 単 aperi|ssaatit
3 単 aperi|ssaaq
1 複 aperi|ssaagut
2 複 aperi|ssaasi
3 複 aperi|ssapput

2 人称と 3 人称には特別の疑問形があります.

〔見出し形 sinip|poq, 語幹 sinip-「眠る」〕
2 単 sini|ssavit? 君は寝るだろうか/つもりか〔以下同様〕
3 単 sini|ssava?
2 複 sini|ssavasi?
3 複 sini|ssappat?

未来の他動詞形を作るには,すべての動詞で -ssa- に他動詞語尾 (前回の vara, vat, vaa など) を組みあわせます:

neri|ssavara 私はそれを食べるだろう
atua|ssavara 私はそれを読むだろう
naapi|ssavarput 私たちは彼に会うだろう
atua|ssavisiuk? 君たちはそれを読むだろうか

〔欄外注:〕-ssa- 形は „soll“〔〜すべきだ〕の意味ももちます.

Tuper|mi sini|ssa|agut. 私たちはテントで〔処格〕寝るつもりだ/べきだ〔未来・1 複〕.
Angallat aqagu tiki|ssa|aq. その船は明日来るだろう〔未来・3 単〕.〔主語は原文で das Schiff と書かれていますが,自動詞文で基本形なので定・不定いずれにも訳せるでしょう.〕


-nngila- による否定


否定 (Verneinung) は切断接尾辞〔-nngila- により表され〕,その語尾はすべての動詞について同一です.

1 単 aperi|nngilanga 私は尋ねない〔以下同様〕
2 単 aperi|nngilatit
3 単 aperi|nngilaq
1 複 aperi|nngilagut
2 複 aperi|nngilasi
3 複 aperi|nngillat

3 人称単数のみ,否定疑問において特定の形をもち,そこでは -q が脱落します:sininngila?「彼は寝ないのか」

neri|nngilara 私はそれを食べなかった
atua|nngilara 私はそれを読まなかった
naapi|nngilarput 私たちは彼に会わなかった
atua|nngilisiuk? 君たちはそれを読まなかったのか

〔欄外注:〕他動詞では -va-, -ppa-, -rpa- は -nngila- に置きかえられます.

Tuper|mi sini|nngila|gut. 私たちはテントで〔処格〕寝ない.
Atuagaq atua|nngila|ra. 私はその本〔基本形〕を読んでいない〔否定・1 単・3 単〕.

これらすべての形は問題なく未来形にできるでしょう.-nngila- の前に -ssa- を挿入すればよいのです.

Angallat aqagu tiki|ssa|nngila|q. 船は明日来ないだろう〔未来・否定・3 単〕.

非常に重要な動詞として nalu(v)aa「彼はそれを知らない」があります.肯定の「知っている」は,これの否定形によって表現されます:

nalu|nngila|ra 私はそれを知っている〔否定・1 単・3 単〕

〔「知らない」が無標で「知っている」のほうが有標というのは驚くべきことで,この動詞をどのように自然に理解できるのでしょうか? 「知らない」という訳しかたには私たち日本語やドイツ語話者の先入観が否応なしに反映されています.〕


文の核 (Satzkern)


グリーンランド語の文はつねに,他動または自動の語尾のひとつを伴った動詞だけを含みえます.これは誰が中心的な行為者 (=文の主語) であるのかを確定する重要な文の核です.このことは 1 つの文に複数の動詞が必要になるときに意味をもちます.

mardi 20 juin 2017

グリーンランド語入門 (7) 定補語

グリーンランド語入門第 7 回の範囲は,Kölbl, Grönländisch, S. 44–47 です (全体の目次は第 1 回をご覧ください).前回は動詞の概説に加えて,他動詞が不定 (unbestimmt) の補語 (目的語) をもつ場合の活用について説明しましたが,今回はそれが定 (bestimmt) である場合を考えます.


定の補語


ドイツ語で定冠詞で表すような補語の表しかたを見ます.グリーンランド語には与格 (ニ格 Wemfall) も対格 (ヲ格 Wenfall) もありませんから,定の補語は基本形 (Grundform) に立ちます.すなわち単数では qimmeq のように語尾なし,複数では qimmit のように通常の複数語尾です.これに伴う動詞は他動詞形 (zielende Form) に立ちます.これについて注意しなければならないのは,補語が単数であるとき,他動詞形も同じように単数の補語に対応した形 (たとえば前回見た -vaa, -vaat) を選ばねばならないということです.複数であるときもやはり複数補語のための語尾 (たとえば -vai, -vaat) が選ばれねばなりません.

〔欄外注:〕他動詞形を伴う文において,動詞の基本形 (Grundform) はこの行為の目的語を特定 (bezeichnen) するのであり,行う者 (主語) をではありません〔意味不明.前回は動詞の基本形 Grundform = 不定形 Infinitiv はグリーンランド語にはないと言っていました.いったいどの形のことを基本形と呼んでいるのでしょうか (見出し形? それは -voq ではなく -vaa?)〕.目的語の定性 (Bestimmtheit) は,他動詞語尾の形態におけるその Wiederaufgreifung (再捕捉?) を通してのみ示されます.

Qimmeq taku|(v)aa. 彼は犬 (定) を見た.(Er sah den Hund.)
Qimmi|t taku|(v)ai. 彼は犬たち (定) を見た.(Er sah die Hunde.)

〔復習になりますが,-vaa のなかに「主語が 3 人称単数である」ということと同時に「目的語が 3 人称単数である」ことが含意されています.ここが印欧語の動詞の活用と根本的に異なる点です.〕

〔定・不定の〕区別を完全に明らかにするために,+mik のついた不定の補語をもつ文をもういちど与えましょう.不定の補語には,つねに自動詞形 (nichtzielende Verbform) が伴います.ここに基本形は行為の対象を (定の場合のようには) 特定せず――それ〔対象〕は +mik (具格) で表されます――,そうではなく行為者を特定します.すなわちたとえば次の angut です:

Angut qimmi|mik taku|voq. その男〔基本形〕はその犬 (具格) を見た.(Der Mann sah den Hund.)〔説明が前文とまったく食い違っています.わざわざ den に下線まで付されていますが,これまでの説明に照らせば einen「ある犬」では?〕
Nannu|mik taku|pput. 彼らはその白熊 (具格) を見た.(Sie sahen den Eisbären.)〔同上.〕

非常に重要なこととして,定の補語のとき行為者 (Hendelnde, または主語 Subjekt) はつねに従属格 (Abhängigkeitsfall) に立ちます.基本形はすでに行為の対象のためにとっておかれています.〔主語と補語のどちらも基本形だと困るので,こういうとき基本形が表すのは補語のほうだということ.とはいえ複数では基本形と従属格が同形なのですが.〕

Angut|ip qimmeq taku|(v)aa. その男 (従属格) はその犬〔基本形〕を見た.(Der Mann sah den Hund.)
Angut|it nanoq taku|(v)aat. その男たち (複数従属格) は白熊を見た.(Die Männer sahen den Eisbär.)

〔欄外注:〕他動詞を伴うときの従属格は,ドイツ語のガ格 (Werfall, 主格 Nominativ) に対応します.グリーンランド語の動詞が自動的であるときにかぎり,ドイツ語のガ格がグリーンランド語における基本形に訳されます.

こうした私たちにとってなじみのない構造は,いくつかの言語 (たとえばバスク語) には似たようなしかたで現れるもので,能格 (Ergativ) と呼ばれます.

〔欄外注:〕ここには一定の類似性が,私たちの受動形 (Leideform, Passiv) に対して存します:„Der Hund wird vom Mann gesehen.“〔その犬はその男に見られる.〕しかしながら,私たちが受動態をもっぱら文体的その他の理由からのみ用いるのに対して,能格構文はグリーンランド語においてまったく標準的なものです.

〔ここで類似しているというのは,「自動詞文の主語」と「他動詞文の目的語=受動文の主語」が同じ基本形/主格に置かれるという意味においてのことでしょう.いま「主格」と言いましたが,グリーンランド語やバスク語のような能格言語において,この格は「絶対格」と呼ばれます.〕

行為者 (主語)     対象 (目的語)   動詞
定または不定:基本形 不定:+mik/+nik 自動詞形
angut         qimmi|mik    takuvoq
定:従属格      定:基本形    他動詞形
angut|ip       qimmeq      takuaa

これまで私たちは 3 人称の他動詞語尾だけを扱ってきました.1 人称や 2 人称のものもあり,2 人称には特別な疑問形 (Frageform) があります.ここでは例として narivaa「彼はそれを食べた」をとります.

主語\補語 3 単   3 複    疑問形 3 単 3 複
1 人称単数 neri|vara neri|vakka
2 人称単数 neri|vat   neri|vatit  neri|viuk? neri|vigit?
3 人称単数 neri|vaa  neri|vai
1 人称複数 neri|varput neri|vavut
2 人称複数 neri|varsi neri|vasi neri|visiuk? neri|visigik?
3 人称複数 neri|vaat  neri|vaat

〔2 単・3 複疑問形 neri|vigit?「君はそれらを食べたか」の下線 (アクセント) 位置は原文がこのとおりですが,規則に従えばもうひとつ前のはずです.正誤不明.〕

子音幹〔の動詞〕では,-v- のかわりに -pp- が現れます:たとえば naapip|parput「私たちは彼に会った」.また r-幹では -rp- です:atuar|para「私はそれを読んだ」,atuar|pakka「私はそれらを読んだ」.それ以外ではすべての動詞について語尾は同一です.

Qimmeq taku|(v)ara. 私はその犬〔基本形〕を見た〔1 単・3 単〕.
Qimmi|t taku|(v)akka. 私はその犬たち〔複数基本形〕を見た〔1 単・3 複〕.
Nanoq taku|(v)arput. 私たちはその白熊〔基本形〕を見た〔1 複・3 単〕.
Nannu|t taku|(v)avut. 私たちはその白熊たち〔複数基本形〕を見た〔1 複・3 複〕.

2 人称以外のすべての人称について,疑問形は平叙形 (Aussageform) と同じです.

Tuttu taku|(v)iuk? 君はそのトナカイを見たか〔2 単・3 単疑問形〕.
Tuttu taku|(v)aa? 彼はそのトナカイを見たか〔3 単・3 単〕.

lundi 19 juin 2017

グリーンランド語入門 (6) 動詞

グリーンランド語入門第 6 回の範囲は,Kölbl, Grönländisch, S. 40–44 です (全体の目次は第 1 回をご覧ください).前回までで名詞についての説明がひと段落し,いよいよ両輪のもう片方である動詞に関する説明に入ります.


動詞


ちゃんとした文のためには動詞が必要です.動詞は名詞に比べてずっと規則的であり,いくつかの点ではドイツ語の動詞よりも厳密です.


3 つの動詞幹


動詞は語幹から 3 つの類に分類され,これは屈折と接尾辞付加にとって重要です.動詞幹 (Verbalstamm) は見出し形 (Nennform) の最後の 3 文字を除去することで得られます.

見出し形 語幹
aperi|voq aperi- 母音で終わる=母音幹 (V-Stamm)
sinip|poq  sinip- 子音で終わる=子音幹 (K-Stamm)
atuar|poq atuar- r で終わる= r-幹 (R-Stamm)

グリーンランド語〔の動詞〕には基本形 (Grundform, または不定形 Infinitiv) がありません.辞書における見出し形としては 3 人称単数が与えられます.

追加的な接尾辞がなければ,すべての人称において動詞は現在 (Gegenwart) および過去 (Vergangenheit) を表します.疑わしい場合には,動詞はむしろ過去時制形 (Vergangenheitszeitform) として,すなわち現在までに行われた行為の状態または結果として,解釈されやすいです.〔この説明では現在完了的に聞こえますが,次の 3 例でタ形で訳したものの原文は過去形 fragte, schlief, las です.〕

aperivoq 彼/彼女/それ〔以下略〕は尋ねた,または尋ねる.
sinippoq 彼は眠った,または眠る.
atuarpoq 彼は読んだ,または読む.


過去-現在 (Vergangenheit-Gegenwart)


動詞は「私は行く,君は行く,彼は行く」等々の変化表に従って屈折します.このために必要とされる語尾は,ひとつの語幹〔類〕のすべての動詞について同一です.

人称 母音幹   子音幹    r-幹
1 単 aperi|vunga sinip|punga  atuar|punga
2 単 aperi|vutit  sinip|putit  atuar|putit
3 単 aperi|voq  sinip|poq  atuar|poq
1 複 aperi|vugut sinip|pugut  atuar|pugut
2 複 aperi|vusi  sinip|pusi  atuar|pusi
3 複 aperi|pput   sinip|put   atuar|put

人称代名詞は追加的には必要とされません.語尾の屈折のうちにつねに含意されているためです.


疑問形 (Frageform)


疑問においては,1 人称単数・複数を除いて特別の形が必要とされます.

人称 母音幹   子音幹   r-幹
2 単 aperi|vit?  sinip|pit?  atuar|pit?
3 単 aperi|va?   sinip|pa?  atuar|pa?
2 複 aperi|visi?  sinip|pisi?  atuar|pisi?
3 複 aperi|ppat?  sinip|pat?  atuar|pat?

Oli sinip|pa?  オレ (Ole) は眠っている/眠ったか?
Suu, sinip|poq.  はい,彼は眠っています/眠りました.


±mik/±nik を伴う不定の補語 (unbestimmte Satzergänzung)


〔ergänzen は「補う,不足を満たす,完全にする」の意ですから,Satzergänzung をここでは「補語」と訳しますが,次の文にもあるとおりこれは「目的語」と同義です.たとえばフランス語文法でも目的語をかならず「直接目的補語 (COD),間接目的補語 (COI)」と呼ぶ習わしになっていますから,これは決して変な訳語ではありません.英文法の用語のように目的語 O と補語 C とをなにか対立するもののようには考えないでください.〕

グリーンランド語文の構造 (Aufbau) は,行為の目的 (Ziel der Handlung, または目的語 Objekt) が定 (bestimmt) であるかないかにだけ依存しています.行為がなにか不定のものに対して行われるとき,この不定のものは具格に置かれます.この具格は「〜と,〜で」を意味するのではなしに,たんに「ある〔不定の〕」を意味します.

Qimmi|mik taku|vunga.  私はある犬 (単数具格) を見た.
Nannu|nik taku|vugut.  私たちは白熊たち (複数具格) を見た.


目的語をとる動詞・目的語をとらない動詞


「目的語をとる (zielend)」と「目的語をとらない (nichtzielend)」との区別はグリーンランド語にとって根本的に重要です.目的語をとる動詞 (あるいは他動詞 transitive) は,つねにその後ろに行為の目的を記述する〔「〜を」という〕補語 (Satzergänzung) を従えます.

他方,目的語をとらない動詞 (または自動詞 intransitive) は,「を」なしに単独で立ちます.たとえば「眠る」がそうで,「私はそれを眠る」は意味をなしません.

目的語をとる動詞は,すべての人称について自身の完全な語尾の組をもっています.またそれら〔の動詞〕はつねに 3 つの動詞幹〔類〕のうちの 1 つに属します.単語リストにおいてそれらは語幹に応じて -(v)aa, -ppaa, -rpaa とともに与えられます.

neri|vaa (母音幹) それを食べた
taku|(v)aa (母音幹) それ/彼/彼女を見た (v は u と a の間で脱落しますが,それでも母音幹です)
naapip|paa (子音幹) 彼/彼女に会った
atuar|paa (r-幹) それを読んだ

〔「それ」と書いたり「彼/彼女」と書いたりしていますが,ドイツ語では上記「会った」を除いてすべて ihn/sie/es の 3 性併記です.ドイツ語では食べたり読んだりする対象が男性名詞や女性名詞でありうるためですが,日本語では「彼を食べた」や「彼女を読んだ」とは言いがたいためこのようなばらつきが生じています.〕

〔「会った」のところは „begegnete ihm/ihr“ と 3 格で日本語もニ格ですが,グリーンランド語では他動詞として扱われるようで,こうしたことはいまさら注意する必要もないでしょう.日本語と格 (助詞) が食い違う有名な例である,英語の to marry やドイツ語の helfen などを想起してください.〕

他動詞〔の活用〕形は,誰が誰に何々をしたか (wer wem etwas tut) を叙述します〔etwas tun という構文のせいでやむなく「誰に wem」と 3 格ですが,上の説明に照らせばむしろ 4 格とみなして「誰が誰を何した」とまとめたほうがすっきりするかもしれません.つまり動詞の活用形は「誰が」という主語の人称変化のみならず,補語の人称変化をも含むということです〕.こうした動詞形は,「彼に/彼女に」(ドイツ語のニ格 Wemfall) や「彼を/彼女を/それを」(ドイツ語のヲ格 Wenfall),はたまたドイツ語〔日本語〕ではその他多くの単語に対応する意味を,不可分に含みます.

他動詞の語尾からは,行為をしたのが 1 人なのか複数人なのかと同時に,それによって影響を受ける目的語が 1 つなのか複数なのかということも見分けられます:

neri|vaa「彼はそれを食べた」
neri|vai「彼はそれらを食べた」
neri|vaat「彼らはそれを食べた」
neri|vaat「彼らはそれらを食べた」

多くの動詞は他動・自動が変更可能〔日本語のようにどちらにも使える〕ですが,すべてではありません.自動詞,たとえば atuarpoq「彼は読む〔読書する?〕」を他動詞にするためには,自動詞語尾を他動詞語尾に変えます:atuarpaa「彼はそれを読む」.

他動詞を自動詞にするためには,たいてい -i- または -si- (何か etwas) を挿入すれば得られます.たとえば tuni|vaa「彼はそれを売る verkauft es」,tuni|si|voq「彼は何かを売る verkauft etwas」.

samedi 17 juin 2017

グリーンランド語入門 (5) 名詞の屈折

グリーンランド語入門第 5 回の範囲は,Kölbl, Grönländisch, S. 35–39 です (全体の目次は第 1 回をご覧ください).今回は名詞の屈折に関する章で,文法用語もいままで以上に多く出てきます.

以前にも少し注意しましたが,グリーンランド語を含むエスキモー諸語については日本語で書かれた文献が僅少のため,専門的な術語にいまだ訳語が存在しないかあるとしても調べがつかないということが少なくありません.そういう場合は私が無理やり訳語を発案することになりますが,日本語にしても通りがよくなかったり思わぬ誤訳もあるかもしれないので,括弧内に併記する原語を参考にしてください.


名詞の屈折


場所の関係は,3 つの特別な格によって表現されます.


場所格 (Ortsfall):±mi/ni, ±mut/nut, ±mit/nit


処格 (Lokativ)「〜で,に;のそばで」:単数 ±mi, 複数 ±ni.
向格 (Allativ)「〜へ,に」:単数 ±mut, 複数 ±nut.
奪格 (Ablativ)「〜から」:単数 ±mit, 複数 ±nit.  場所の起点だけでなく,素材を表す「〜からできている」にも使います.

〔これらの格の名称は定訳があるもので,やや目慣れないと思われる「向格」もフィンランド語やエストニア語などで現に使われているものです.「奪格」はそれらに加えてラテン語やサンスクリット語などでもおなじみでしょうが,フィンランド語のように (内格,入格,出格),(接格,向格,奪格) という場所格の 3 つ組がある言語では,対応関係の明示のためか「離格」と呼ぶこともあり,これに倣ってもよいでしょう.「処格」には「所格」「地格」「位格」など多数の別名があり,日本語の文献では著者の好みに応じて使われています.〕

± は,その語尾の子音が類に応じて切断的 (abgeschnitten) にも調和的 (angeglichen)〔=同化的〕にもなることを意味します.〔接尾辞の分類と付加のしかたについては第 2 回を見なおしてください.〕

1 類では次のとおりです:母音にはこれらの語尾が直接付加されます.-k はつねに m-, n- に同化されます.-t は m- の場合だけ同化し,n- は決してしません.-q はこの類では脱落します.

illu → 単数 illu|mi「家で」,複数 illu|ni「家々で」.panik → panim|mi「娘のそばで」,panin|ni「娘たちのそばで」.angut → angum|mi「男のそばで」,angut|ini「男たちのそばで」.arnaq → arna|mi「女のそばで」,arna|ni「女たちのそばで」.

2 類ではこれらの語尾はつねに語幹につきます.〔atua·gaq, atuakka|t →〕単数 atuakka|mi「本 (のなか) で」,複数 atuakka|ni「本たちで」.

3 類ではつねに同化的 (angleichend) です.-k からは -m-, -n- に,また -q からは -r になります.

ateq → 単数 ater|mi「名前で」,複数 ater|ni「名前たちで」.kamik → kamim|mi「長靴で」,kamin|ni「長靴たちで」.

場所格では〔固有名詞である〕地名の場合も変化します:〔Nuuk →〕Nuum|mi「ヌークで」,Nuum|mut「ヌークへ」,Nuum|mit「ヌークから」.


具格 (またはニヨッテ格 Wie-/Womitfall):±mik/nik


具格 (Instrumental) はさまざまな用法をもつ重要な格です.これはある行為が「何によって womit」遂行されるかを意味します.±mik/nik で,場所格と同様に付加します.〔「〜によって,とともに」というのは「具」という字面からもあからさまな,印欧語でもおなじみの具格の用法ですが,次回見るとおりグリーンランド語の具格にはこのほか「不定の目的語」という重要な用法があります.〕

panim|mik, panin|nik「娘 (たち) とともに」.atuakka|mik, atuakka|nik「本 (たち) で」.kamim|mik, kamin|nik「長靴 (たち) で」.


通格 (via-fall):-kkut/±tigut


通格 (Vialis) は「〜を経由して,を通って,の上を」を意味し,とられる道や,何かが起こるところのはっきり定まった場所 (署名をするところ,体の痛む箇所,など) を意味します.〔Vialis は prolative とも呼び,ここでは「通格」と訳しておきますが,via- ですし「経由格」のほうがはっきりするかもしれません.「通格」はトカラ語文法では perlative の訳語と決まっていますが,文献一覧で紹介した Sadock ではこの格が perlative と呼ばれています.Prolative との違いとは?〕

1 類の場合:単数語尾 -kkut は基底形につき,-q/-k は落ちます.-t の後ではつなぎの -i- が挿入され -ikkut となります.複数語尾 ±tigut は語幹につき -itigut となります.

2 類の場合:-kkut, ±tigut ともに語幹につきます.

3 類の場合:-kkut は基底形につき,-q/-k は落ちます.±tigut も基底形につき,-q は -r になります.

-k と複数語尾 +tigut は融合 (verschmelzen) し,そのさい〔*-kt- は〕次のように変化します.-ik で終わる語 + tigut では -issigut, また -ak/-uk で終わる語では -atsigut/-utsigut となります.

matu· (1)「扉」→ matu|kkut, matu|tigut「扉 (たち) を通って」.
seeqqo·q (1)「膝」→ seeqqu|kkut, seeqqu|tigut「膝 (たち) のところで (痛むなど)」.
serme·q (3)「氷河」→ sermi|kkut, sermer|tigut「氷河の上を」.
umiarsua·q (3)「船」→ umiarsua|kkut, umiarsuar|tigut「船によって,船便で」.
Narsarsua·q (3)「ナルサルスアーク (地名)」→ Narsarsua|kkut「ナルサルスアークを通って」.


等格 (またはノヨウニ格 so-wie-Fall):±tut


この等格 (Äqualis) は単数と複数がつねに同形で,「〜のように」を意味します〔これも市民権を得た訳語ではありませんが,equa- なので無茶な訳ではないでしょう.別案としては,「同格」は apposition と競合するため論外,「様格」は essive の定訳ゆえ問題があります (ある程度用法は重なりそうですが)〕.

-i の後ではしばしば -sut になります.その他の場合 ±tut は〔上の〕±tigut と同様に付加し,したがって -k との融合も起こります.

illu|tut「家 (々) のように」,ater|tut「名前 (たち) のように」,panis|sut「娘 (たち) のように」,inut|tut「人 (々) のように」.

-tut はほかの格語尾に付加されることもできます:Danmarkimi「デンマークで」→ Danmarkimisut「デンマークでのように」.

等格は言語名としても使われます:kalaaleq「グリーンランド人」+ -tut → kalaalli|sut「グリーンランド人のように,グリーンランド語」.


所有標識 + ni/nut/nit/nik


所有標識は屈折語尾と組みあわさることができ,たとえば illuga「私の家」+ ni「で」=「私の家で」となります.単数・複数いずれでも +ni/nut/nit/nik を用います〔単数でも m 系列でないことに注意〕.

〔処格語尾の〕+ni は所有標識とも同じですから,そのために多義的な形が生じることもあります.

前回やったものとは異なる〕ほかの所有標識が挿入されることがあります:-mi- が「彼自身の」〔4 人称単数〕,-tsi- が「私たちの」〔1 人称複数〕です.〔所有されるものの〕単数と複数は,3 人称においてのみ区別可能です.

illu「家」         illut「家々」
illu|nni「私の家で」    illu|nni「私の家々で」
illu|nni「君の家で」    illu|nni「君の家々で」〔以下同様〕
illu|ani「彼の家で」    illu|ini
illu|mini「彼自身の家で」  illu|mini
illu|tsinni「私たちの家で」  illu|tsinni
illu|ssinni「君たちの家で」 illu|ssinni
illu|anni「彼らの家で」   illu|ini
illu|minni「彼ら自身の家で」 illu|minni

2 類と 3 類の子音で終わる語では,さまざまな同化が起こります.しかしこれは完全に規則的に行われるので,みなさんがご自分で導けるでしょう.たとえば panik についての〔変化〕形を知っていれば,同じ類からの orpik「木」についても応用できます.


グリーンランドとグリーンランド語


いまや私たちは,当地の名前 Kalaallit Nunaat の本当の意味を理解できます:kalaa·leq, -llit (2)「グリーンランド人」,nuna·, -t (1)「土地」ですから,Kalaallit Nunaat とは「グリーンランド人たちの土地」です.〔Kalaallit のほうは,複数では基本形と従属格が同形なのでした (前々回).nuna は 1 類で母音で終わり,それに 3 人称複数の所有標識 -at がついています (こちらは前回).〕

グリーンランド人はたいてい彼らの土地のことを,自分たちのあいだでは nunarput「私たちの土地」と名指します.したがって「グリーンランドで」はしばしば nunatsinni「私たちの土地で」,「グリーンランドへ」は nunatsinnut「私たちの土地へ」などなどと呼ばれます.

vendredi 16 juin 2017

グリーンランド語入門 (4) 所有表現

グリーンランド語入門第 4 回の範囲は,Kölbl, Grönländisch, S. 31–34 です (全体の目次は第 1 回をご覧ください).前回学んだ名詞の 3 分類と複数形の作りかたを前提に,今回は所有の表しかたを学んでいきます.


所有表現


所有関係 (Besitzverhältnisse) を表すためには,所有者を従属格 (Abhängigkeitsfall) に置き〔従属と言うと人と物の主従が逆なように感じますが,文法上たとえば「彼の本は」というときに本のほうが「主体」で持ち主は背景的です〕,所有されるものにはさらに「彼の」などを表す語尾がつけられます (男性と女性の所有者で同形です).

所有物が  所有者が 1 人  所有者が複数
単数    -a「彼/彼女の」 -at「彼ら/彼女らの」
複数    -i*       -i (a の後では -at)

* これを含むいくつかの場合でのみ,a の後で -i が保たれます:assa|i「彼/彼女の手」〔前々回に見た A-法則を思いだしてください〕.

所有関係になると〔所有されるものの〕複数語尾はもはや -t ではなくなり,-i または -at となります.

angutip illu|a「男の家」(文字どおりには「男の彼の家」.以下同様)
angutip illu|i「男の家々」
angutit illu|at「男たちの家」
angutit illu|i「男たちの家々」

固有名詞でも同様です:

Olip atuagai「オレ Ole の本たち」(wörtl.「オレの彼の本たち」)〔無生物に「たち」は変ですが,いちいち「(複数)」などと付すのも煩雑なので以下このようにします.〕
Mariap qimmii「マリアの犬たち」
Benedikt’ip qimmia「ベネディクトの犬」

子音で終わるグリーンランド語ではない名前については,つねにアポストロフィをつけて ’ip とします.


私の・君の:所有標識 (Besitzanzeiger)


所有を表す「私の」「君の」「私たちの」などについても〔それを表す〕語尾があり,すべての名詞についてほとんど同じ形です.ただしそれぞれの類によって接尾辞を付加するさいのふるまいが異なります.グリーンランド語では男性と女性を〔文法上〕区別しないので,「彼の」を表す語尾と「彼女の」は当然同じです.

反対に,ドイツ語が単数と複数で 3 つの人称をもつのに対し,グリーンランド語には第 4 の人称があります.これは「彼/彼女/それ自身」のような意味です.

1 人称単数「私の」:〔被所有物が〕単数 -ga (-ra), 複数 -kka.
2 人称単数「君の」:単数 -t, 複数 -tit.
3 人称単数「彼の」:単数 -a, 複数 -i.〔これはすでに上で見たものです.〕
4 人称単数「彼自身の」:単数 -ni, 複数 -ni.
1 人称複数「私たちの」:単数 -rput, 複数 -vut.
2 人称複数「君たちの」:単数 -rsi, 複数 -si.
3 人称複数「彼らの」:単数 -at, 複数 -i (-at).〔これも前述.〕
4 人称複数「彼ら自身の」:単数 -rtik, 複数 -tik (-sik).

〔ドイツ語の 3 人称にあたるもので同じ「彼の」と言うときに〕その人自身が所有するのか,べつの誰かが所有するのかが,厳密に区別されます.たとえば 3 人称の illu-a と 4 人称の illu-ni はいずれも「彼の家」と訳せますが,「彼は彼の家を見る」のような文において 2 人の「彼」が同一人物〔4 人称〕なのか別人〔3 人称〕なのかで違いがあります.

〔この場合,日本語ではドイツ語と反対に,再帰形の 4 人称のほうが「彼は彼の」として適切で,別人を表す 3 人称のほうは「彼はその人の」とでも訳したほうがよいでしょう.4 人称という名称はあまりうまくありません,というのも話し手と聞き手以外の第 3 者に続いて「第 4 の人物」が出てくる場合には「3 人称」を使い,「4 人称」のほうは「3 人め」の同じ人を表すのですから.〕

括弧のなかの形は別形で,特定の場合に用いられます.-ra は基本形が -q で終わる語に対してつねに必要になります.-at は〔上で見たとおり A-法則が働く場合に〕-a の後でつねに用いられます.-sik は -i の後で,残念ながらつねにではありませんがしばしば現れます.

〔上記の一覧は〕基本的にすべての類について適用できます.「君の」を表す -t はつねに〔所有されない単独の〕複数形と同形です.このため illut は「君の家」「家々」「家々の」(複数従属格) の 3 通りの意味をもちます.


1 類の所有標識


1 類の名詞に所有標識 (Besitzanzeiger) をつけるさい,〔もとの単語の〕末尾の文字に注意しなければなりません.このとき所有標識は以下の規則に従って変化します:

単語の末尾が
  • -a, -i, -u のとき:そのままつける,ただし Q-R-法則には注意.
  • -q のとき:-q をとって語尾をつける.「私の」では -ra.
  • -k のとき:-k をとって語尾をつける.「君の」は -it, 「私たちの」「君たちの」「彼ら自身の」は -pput, -ssi, -tsik.
  • -t のとき:すべての語尾の前につなぎ母音 (Bindevokal) を挿入する.3 人称では -a-, それ以外では -i-. 「彼らの」はつなぎ母音 a + -at なので -aat.

-i で終わるいくつかの語では,3 人称語尾の前でこの -i を -a に変えます:ini「部屋」,inaa「彼の部屋」,inaat「彼らの部屋 (単数または複数)」.

単語が長母音で終わる場合,母音を伴う語尾の前に -v- が加えられます:angajoqqaat「両親」,angajoqqaavi「彼の両親」.


2 類・3 類の所有標識


2 類では,母音または -r-〔で始まる〕語尾は単数基本形につき (このさい〔もとの単語の〕-q および -k は脱落します),それ以外のすべての語尾は語幹につきます.

〔基本形 atua·gaq, -kka|t に対し〕atuaga|ra「私の本」,atuakka|kka「私の本たち」,atuakka|t「君の本」,atuaga|i「誰かほかの人の本」.

3 類では,3 人称語尾および「君の」の -(i)t は語幹につき,ほかは基本形につきます (-q および -k は脱落します).

〔基本形 a·teq, -qq|it に対し〕ate|ra「私の名前」,aqq|a「彼の名前」(3 人称単数),aqq|it「君の名前」,ati|ni「彼自身の名前」(4 人称単数)〔基本形 ateq から -q を落として -ni をつけていますが,このさい Q-R-法則によって e が i に戻っています〕.

グリーンランド語入門 (3) 名詞の分類

グリーンランド語入門第 3 回の範囲は,Kölbl, Grönländisch, S. 28–30 です (全体の目次は第 1 回をご覧ください).今回は名詞とその分類について見ていきます.


名詞:1 類,2 類,3 類


名詞には性も冠詞もありません.illu は „Haus“, „ein Haus“, „das Haus“ どれをも意味します〔日本人にとってはとてもありがたいことです〕.名詞は基本形 (Grundform) において -a, -i, -u, -k, -q, -t のいずれかでだけ終わります.それらは屈折によってさまざまに変化するので,3 つに分類しておくと便利です.この分類は基本形からは推測できないので逐一明記します.

いちどにすべてを説明するわけにはいかないので,まずは次のことだけ知っておいてください.2 類と 3 類の単語は -gaq や -neq のような末尾音節 (Endsilbe) をもち,屈折および接尾辞の付加のさい,つねにとある決まったしかたで変化します.1 類にはそのような末尾音節はなく,いくつかの場合にのみ屈折で変化があります.


-t による複数形の作りかた


複数形のための語尾は -t で,つなぎ母音 (Bindevokal) を伴うと -it, また a の後では -at になります (A-法則!).以下で „·“ の点は,どこに複数形〔の語尾〕がつくかを表します.arna·q のような単語の部分で,点よりも左側は単数・複数共通,右側は複数を作るとき置き換わります.複数形からその語尾を取り除くことで,屈折のさい必要な語幹が得られます.〔語幹を識別するため〕複数形を縦棒 (|) とともに表すことにします.従属格についてはすぐあとで見ます.

基本形,複数,類  単数形  複数形  語幹  単数従属格
illu·, -t (1)「家」  illu   illu|t   illu-   illu|p
arna·q, -t (1)「女」 arnaq  arna|t  arna-  arna|p
inu·k, -it (1)「人」  inuk   inu|it   inu-   inu|up
assa·k, -at (1)「手」 assak  assa|at  assa-  assa|ap
angut·, -it (1)「男」 angut  angut|it  angut-  angut|ip

2 類と 3 類では,複数形で末尾音節がつねに変化します.

基本形,複数,類     単数形  複数形  語幹   単数従属格
atua·gaq, -kka|t (2)「本」 atuagaq  atuakka|t  atuakka-  atuakka|p
na·noq, -nnu|t (2)「白熊」 nanoq   nannu|t  nannu-  nannu|p
a·teq, -qq|it (3)「名前」  ateq   aqq|it   aqq-   aqq|up
ka·mik, -mmi|t (3)「長靴」 kamik  kammi|t  kammi-  kammi|p
erne·q, -r|it (3)「息子」  erneq  erner|it  erner-  erner|up
qajaq, qaanna|t (2)「カヤック」 qajaq qaanna|t qaanna- qaanna|p

最後の qajaq は,単語全体が強く変化するめずらしい例です.


-p による従属格


名詞は文中での働きに応じてさまざまな屈折語尾 (Beugungsendung) をとります.従属格 (Abhängigkeitsfall) は 2 つの重要な構文で必要とされます.1 つは属格 (Wesfall ノ格または Genitiv) に対応し,第 2 の使用格 (Anwendungsfall) にはまた後で出会うことになります.これは複数形から導くことができ,複数語尾が -t か -it かに応じて変わります.

1 類:複数の -t を -p に置き換える.-k で終わる語では,複数の -it を -up にする.-t で終わる語では,複数の -it を -ip にする.
2 類:複数の -t を -p に置き換える.
3 類:複数の -t は -p に,-it は -up に置き換える.

illup「家の」〔1 類 -t〕,angutip「男の」〔1 類 t, -it〕,qaannap「カヤックの」〔3 類〕.

複数の従属格は複数基本形と同じ:illut「家々」または「家々の」,angutit「男たち」または「男たちの」.

-p または -t をつけ,それから +lu「と」をつけると,〔前回説明した同化接尾辞の〕規則によってまったく同じ語尾になります:

illut「家々 (の)」+ lu = illullu「と家々」または「と家々の」,illup「家の」+ lu = illullu「と家の」.

jeudi 15 juin 2017

グリーンランド語入門 (2) 単語の組み立てかた

グリーンランド語入門第 2 回の範囲は,Kölbl, Grönländisch, S. 24–27 です (全体の目次は前回をご覧ください).原著の章のタイトルは „Baukasten I: Wie Grönländisch funktioniert“ (積み木箱 1:グリーンランド語の機能のしかた) ですが,日本語にするとこれでは意味がわからないので,少しひねって見出しを「単語の組み立てかた」としてみました.


単語の組み立てかた


グリーンランド語でポイントとなるのは付加音節 (Anhängesilbe) です.3 段階に分けて説明します.〔今回は „Baukasten I“ ですが,後の S. 59ff. と S. 92f. に II「重要な接尾辞」と III「接尾辞の順序」があるということです.つまり仕組みそのものの説明はこの回で完結します.〕


付加音節 (または接尾辞)


地名の Qeqertarsuaq, Kangerlussuaq, Narsarsuaq から始めましょう.地名はたいてい意味をもっており,ここでは「大きな島」「大きなフィヨルド」「大きな平原」です.そう言えば „suaq“ が「大きな」のような意味をもちそうだと想像できるでしょう.

〔Qeqertarsuaq はグリーンランド西岸沖に浮かぶ,本島に次いで大きな島 (といっても約 250 倍の開きがあり,日本で言えば四国の半分足らずの大きさ) であるディスコ島南岸の港町であり (人口 845 人:2013 年),ディスコ島そのものを指す名前でもあります.Kangerlussuaq は 190 km の長さをもつ西部グリーンランド最大のフィヨルドの最奥に位置する町 (人口 499 人:2016 年) であるとともに,やはりそのフィヨルドの名前も兼ねます.Narsarsuaq はグリーンランド南部の町で (人口 145 人:2015 年),サガにもある赤毛のエイリークの定住した「東植民地 Eastern Settlement」に含まれる土地です (エイリークの屋敷のあったブラッタフリーズ Brattahlíð はここから南西わずか 5 km).Kangerlussuaq と Narsarsuaq には空港があり,これらはグリーンランドにある民間の (軍用でない) 空港としては最大の 2 つです.〕

グリーンランド語の中心的な考えかたは,基本語 (Grundwort) に対しそれを説明ないし明確化する接尾辞 (Suffix) をくっつけ,それでもって誰が何をどのようにするかを表すというものです.ときにはひとつの接尾辞に,ドイツ語〔日本語〕で言うところの形容詞や動詞,あるいはなかば文でさえあるような,さまざまな意味が対応することがあります.それらはときに副次的意味 (Nebenbedeutung) をもっており,+suaq は「大きな」ですがさらに「否定的な negativ」「醜い,嫌な hässlich」「愚かな dumm」等々の含みを伴うことがあります.


音の同化 (Lautangleichung)


接尾辞の付加による単語の変化はやりかたがあります.2 つの異なる子音 (たとえば g + l) が並ぶとき,前者は消滅 (verschwinden) し後者は二重化 (verdoppeln) します.これが「イグルー (iglu)」がグリーンランド語の illu に対応する理由で,g は二重化した l のために消滅しているのです.ts および〈r + ほかの子音〉の結合という例外を除いて,グリーンランド語の単語では 2 つの異なる子音が並ぶことはありません.


同化接尾辞・切断接尾辞


接尾辞には 2 通りがあります.〔グリーンランド語に関する日本語の本がないため,この訳語は私が勝手に発明しているだけなので注意してください (こうしたことは今後も頻発します).そのために重要な用語には原語を併記しています.もしかすると既存の本,たとえば前々回紹介した久保 1985 か言語学大辞典のようなものにはすでに定訳があるかもしれませんが…….〕

1. 同化接尾辞 (angleichendes Suffix):その接尾辞の直前にある子音を同化させます.母音の場合は影響しません.この種の接尾辞は „+“ の記号で表すことにします:+suaq「大きい」,+lu「と」.

kuuk「川 Fluss」+ suaq = kuus|suaq「大きな,幅の広い川」,kangerluk「フィヨルド」+ suaq = kangerlus|suaq「大きな,広いフィヨルド」.kuuk + lu = kuul|lu「と川」,kangerluk + lu = kangerlul|lu「とフィヨルド」.

〔ただし母音で終わる場合〕illu「家」+ lu = illu|lu「と家」.〔「と」の位置に注意してください.たとえば「川と家」は „kuuk illulu“ となります.これもまたラテン語の接続詞 -que などを思いだしますね:flumen domusque のように第 2 要素の後ろにくっつくのでした.〕

-q だけは同化のさい -r になり,このとき後続子音〔つまり接尾辞の最初の子音〕は発音上でのみ二重化します〔前回説明した〈r + 子音〉の発音規則を確認してください〕:

qimmeq「犬」+ suaq = qimmer|suaq [キンッスアク]「大きな (悪い) 犬」,narsaq「平原」+ suaq = narsar|suaq [ナッスアク]「大きな,広い平原」.

2. 切断接尾辞 (abschneidendes Suffix):その接尾辞の直前にある子音を失わせます.これは „-“ の記号で表します.この接尾辞の前に母音が立つ場合にはそのままにします.これに属するものはたとえば -lik「に与える versehen mit」があります:nuliaq「妻」は q で終わるので,この q は落として -lik を付加し,nulia|lik「妻と (結婚する)」となります.


A-法則 (A-Regel)


短い a がべつの母音に付加されるとき,後者はつねに a になります.それゆえたとえば語尾 -uvoq「だ ist」がつくとき,nuna「土地 Land」+ uvoq = nuna|avoq「土地だ ist Land」となります.


旧正書法と新正書法:igdlu と illu


1973 年,グリーンランドでは抜本的な正書法改革が行われました.それ以来グリーンランド語は,発音されるとおりに書かれるようになっています.ただし地図などではいまだに旧正書法のつづりに出会うことがありますから,簡単に注意をしておきます.旧正書法はむしろ文法的関係に立脚していました.これには屈折に際した形の変化がわかりやすいという利点があったのですが,その反面つづりの規則が複雑化していました.とりわけ発音上の多数の音声同化が文字の上に表されていませんでした.


グリーンランド語の品詞


グリーンランド語は本質的に名詞と動詞によって成り立つもので,これに代名詞と場所および時間の言明が加わります.形容詞は接尾辞や特殊な動詞などによって表され,また接続詞もその他の特別な動詞の形によって補われます.

mercredi 14 juin 2017

グリーンランド語入門 (1) アルファベットと発音

目次


グリーンランド語の学習のために (参考文献一覧)
第 1 回 アルファベットと発音 (このページ)
第 2 回 単語の組み立てかた
第 3 回 名詞の分類
第 4 回 所有表現
第 5 回 名詞の屈折 (主な斜格)
第 6 回 動詞 (疑問形,不定補語)
第 7 回 定補語 (能格性)
第 8 回 未来・否定
第 9 回 形容表現
第 10 回 比較級・副詞


まえがき


前回紹介したグリーンランド語に関する書籍のうち,Richard Kölbl, Grönländisch. Wort für Wort. Reise-Know-How-Verlag, ²2013 を用いてこれからグリーンランド語の初歩を勉強していきましょう.初回の範囲は同書の S. 17–21 です.ドイツ語からの完全に忠実な翻訳ではなく,適宜端折る形で書いていきたいと思います (訳に伴う改変はもっぱら省略だけで,補足する場合には括弧に入れて明示します).

グリーンランド語の単語の意味はドイツ語からの重訳となってしまうので,あいまいさや語弊が生じそうなところでは原語を併記します.たとえば「arnaq 女 (Frau)」とあるのは「女」だけでなく「妻」の含意がありうるという注意喚起をする意図ですし,逆に「uiga 私の夫 (mein Ehemann)」の併記は訳者の私が勝手に「夫」と限定したのではないことを安心してもらうためのものです.いずれにせよ最終的には上記リンクの原典をご購入ください (安いので).

また角括弧 [……] 内は原文で IPA ではなくドイツ語式のフリガナ (長母音を h で表すなど) が書かれているので,本稿ではカタカナで映しアクセント位置 (原文下線) は太字で表記します.前述のとおり,わかりやすさのため原文にない言葉を補う場合や私の独自に追加する所感は亀甲括弧〔……〕に入れておきます.


アルファベットと発音


グリーンランド語はラテン文字で書かれます:a, e, f, g, i, j, k, l, m, n, o, p, q, r, s, t, u, v〔18 文字〕.デンマーク語からの借用語では b, c, d, h, w, x, y, z, æ, ø, å も見られます.つづりは発音のとおりで,短い音は単一の文字,長い音は二重の文字に対応します.


母音の発音


a, i, u が基本母音 (Grundvokal) です.e と o はそれぞれ i と u の変種〔=条件異音〕として,q および r の前の位置で現れます.anaana [アナーナ] 母,ini [イ] 部屋,uunga [ウーンガ] そこへ (dorthin),qeqertaq [ケタク] 島,qooroq [コーロク] 谷.

〔5 種なので基本的に日本語のアイウエオで通じるでしょう.こういうとき u だけはヨーロッパの多くの言語で注意されるとおり唇を丸めて突き出しはっきりとと考えがちですが,„Lippen aber ungespitzt“ とあるのであまり尖らせすぎないほうがよさそうです.また e は「„Gabe“ の e に似ている」とあるのであいまい母音に近いようです.〕


子音の発音


〔この節だけは説明の都合上,かなり自由に順番を入れかえたり IPA の記号を加えるなど,原文の改変が多くなっています.〕

〔ほとんど注意がいらない音:〕子音の発音は,j, l, m, n, ng, s は見たとおり発音します〔j も多くの言語と同様 [j].ng は [ŋ] ですがカナ表記で半濁点のカ゚行では書かないことにします〕.s はつねに無声〔後述する ll のため,si は [スィ] でなく [シ] と書くので注意してください.音素としての /ʃ/ はないのでたぶん問題にはならないと思いますが〕.また f と v〔は英語と同様 [f], [v] です〕.

p, t, k は無声無気音で,決して帯気音にはしません (keinesfalls hart-stimmlos bzw. behaucht)〔本書のドイツ語話者向けのフリガナでは b, d, g と書かれていますが,カタカナでは清音で書くことにします〕:panik [banig] [パク] 娘.〔英語やドイツ語に慣れていると無声破裂音を帯気音にしてしまいがちですから,そのためもあって有声音字で書かれているのでしょう.こう書くということは [バグ] と読んでも通じる,むしろ誤って帯気音になってしまうほうが通じにくいということだと思います.〕

〔一定の注意はいるがわかりやすい音:〕ts は [ts] で,te, ti の t〔つまり前舌母音の前で〕は [ts] の音になります:ateq [アツェク] 名前,tii [ツィー] 茶.q は〔長々と書いてありますが要するにアラビア語でおなじみの〕[q] です:qajaq [カク] カヤック.

r は北部ドイツの口蓋垂の r (Zäpfchen-„r“) です〔カタカナではしかたないのでラ行で書きます〕.ただし他の子音の前にくるときは注意で,このときは r が弱くしか聞こえなくなり次の子音を長く発音させます:sarfaq [ッファク] 川,流れ (Strom),arnaq [ンナク] 女 (Frau).

〔かなりわかりにくいつづり,難しい音:〕g は外来語を除いて有声摩擦音の g〔つまり [γ].これもカタカナでは [g] と区別困難です〕:uiga [ウイ] 私の夫 (mein Ehemann).外来語では破裂音の g:Guuti [グーティ] 神,gassi [ッシ] ガス.しかし gg は軟らかい ich-Laut の ch:naagga [ナーヒャ] いいえ.

ll は無声の l (stimmloses „l“) で,„Ichling“ の chl〔無声の l というとデンマーク語やアイスランド語に見られる [l̥] と思いがちですが,実際にはウェールズ語の ll でおなじみの側面摩擦音の [ɬ] のことのようです (Sadock はまさに ‘Welsh ll’ と説明しています).それゆえ chl にあたる [ヒラ] や [フラ] ではなく,[ッスァ] 行で書くことにします〕:illu [ッス] 家〔これはイヌクティトゥット語の「イグルー」(iglu) と同源語です〕,illillu [ッスィッス] 同様に (gleichfalls).

rl は,r が前述のとおり次の子音を二重化し自身が弱くなるので,弱い r + ll となります:arlaat [アスァート] そのうちのひとつ (einer davon),qarliit [カスィート] ズボン.また rr は ach-Laut の ch であり上記 gg の硬音:karra [ッハ] 岬.

t は前述のとおり無気音であることに注意するのに加え,語末ではシュー音の余韻を残します (mit zischendem Nachklang „sh“):tuluttut [トゥットゥチュ] 英語.


Q-R-法則 (Q-R-Regel)


i または u が屈折 (Beugung) によって q または r の直前に立つことになるとき,例外なく e および o になります:i + q = eq, i + r = er, u + q = oq, u + r = or.〔まったく例外がないということは,逆に言えばわざわざ書き分けなくともわかるということでもあります.じっさい前回紹介した Bittner 教授によるグリーンランド語テクストはその理由から,一貫して i, u で記すという方針を掲げています.〕

ini「部屋」+ -qarpa「〜はあるか?」:ineqarpa [イネッパ] 部屋はありますか? ulu「削り器 (Schabemesser)」+ -qarpa:uloqarpa [ウロッパ].

eq, er, oq, or から q および r が脱落する,またはべつの子音に取って代わられるとき,e, o は i, u に戻ります.

qimmeq [ンメク] 犬 → qimmit [ンミッチュ] 犬たち (複数形).piniartoq [ピニットク] 猟師 → piniartup [ピニットゥップ] 猟師の (des Jägers).〔なぜかはわかりませんがこの -it と -up はフリガナで [-ittsh], [-ubb] と二重音に書かれているので [―ミッチュ], [―トゥップ] と促音を入れています.〕


二重音の発音と強勢 (アクセント)


長音と短音の区別は意味の違いを生じる〔=音韻論的対立〕ので注意しなければなりません.母音の長短はドイツ人にはわかりやすいですが〔日本語でも長音符「ー」をつけるだけ〕,グリーンランド語には子音の長短もあります〔これも日本語なら促音「ッ」や撥音「ン」と思うだけです〕:immuk [ンムク] 乳,issi [ッシ] 寒さ.後者は isi [イ] 目とは区別されます.

1 つの単語のなかに長い音が複数現れることもあります:imaluunniit [イマルーニーチュ] または (oder),Nuummiinngaanniit [ヌーミーンガーンニーチュ] ヌークから〔なぜか [ガー] のところだけアクセントを示す下線がありませんが,下のアクセント規則に照らして正しいのかわかりません〕.

〔アクセント規則:〕
  1. 長母音には強勢がある.
  2. 二重子音の前の母音には強勢がある.〔ラテン語文法で言う「位置によって長い (long by position)」を連想します.〕
  3. その両方が起こる長い単語では,長母音のほうが強勢をもつ:tusaavakkit.〔「位置によって長い」音節より「本来的に長い (long by nature)」音節を優先するというふうに解釈すれば覚えやすいです.〕
  4. 短母音しかもたない単語では,語末から 3 番めの音節に強勢がある:takuvunga, naluara.
  5. 3 音節に満たず短母音だけの単語では,最終音節:uanga, uiga.

mardi 13 juin 2017

グリーンランド語の学習のために

グリーンランド語というこのなじみのない極北の言語には少しまえから漠然と興味があって,昨年 11 月には Wikipedia で英語版からの翻訳加筆を行った機会などに多少調べたり文献を漁ったりしたことがあったのですが,本格的に勉強をすることはこれまでありませんでした.今日からしばらくこの言語をいっしょに勉強していきましょう (全体の目次は次回をご参照ください).

グリーンランド語の勉強はなにより手段が限られるという理由でハードルが高いです.日本語はもちろん,英語・フランス語・ドイツ語の文献もきわめて限定されており,本格的な文法書がかろうじて手に入りやすいと言えるのはデンマーク語となります (グリーンランドはデンマークの旧植民地で現在は自治領です).そこでまずはグリーンランド語の学習手段を紹介するところから始めましょう.

そのまえに断っておかねばならないのですが,グリーンランド語 (Greenlandic) には大きく分けて 3 つの方言があります.そのカタカナでの名称はグリーンランド語そのものが日本でマイナーのため確立からは程遠いですが,西方言のカラーリット/カラーシット語 (Kalaallisut),東方言のトゥヌミート/トゥヌミウト語 (Tunumiisut, Tunumiutut),北方言のイヌクトゥン語 (Inuktun) ととりあえず表記しておきましょう.ただしカラーリット語という名称でグリーンランド語 (グリーンランドで話されるイヌイット語) 全体を指す場合もあるようなので注意が必要です.

3 つのうちもっとも優勢でありグリーンランドの公用語の地位を占めているのが西方言のカラーリット語です.2007 年の統計では,西方言の話者数が約 4 万 4 千人だったのに対し,東方言は約 3 千人,北方言はわずかに約 800 人ということです.それゆえ文献が手に入るのも基本的に西方言になります.それぞれの特徴について一言触れておくと,西方言を基準として東方言は革新的 (innovative),その逆に北方言は西方言よりも保守的 (conservative) ないし古拙的 (archaic) であると言います.

そしてもうひとつ説明しておかなければならないのが,グリーンランド語は 1973 年に正書法改革が行われたということで,つまり文献にあたるさい 1970 年代くらいまでの出版物には注意しなければならないという点です.いや,語学をやるのにそんな半世紀近くも昔の本が関係するはずがないよ,と思われるとしたらこの言語の文献の少なさを甘く見ていると言わねばなりません.後述する 19 世紀のクラインシュミットの文法が,21 世紀に入ってからの論文でも参照されるほどの業界なのですから.

参考までに,旧正書法から新正書法への変換は機械的に行えるということなので,その規則に慣れさえすれば古い文献も活用できるようになるはずです.逆の変換は単語をよく知っていなければできません (つまり旧から新への変換は単射ではない).この事情は日本語の「正書法」の変化と同じです.日本語でも歴史的仮名遣いでたとえば「よう」「やう」「えう」はすべて現代語の「よう」になっており,前者から後者への変換は機械的にできますが,その逆に現代語の「よう」からもとの形を決めるのは国語の知識がなければ不可能です (こうして「ようこそ」を「やうこそ」と書いてしまう人をしばしば目にするわけです).

それではグリーンランド語学習用の書籍と web サイトの紹介に移ります.しかし最後にもうひとつ残念なお知らせとして,以下でとくに断らないかぎり基本的に新本では入手不可なので,古本で探すか大学などの図書館で借りていただくことになるでしょう.


日本語


久保義光『西グリーンランド (エスキモー) 語入門―辞書並びに文法概観』泰流社,1985 年.驚くべきことに日本語で読める入門書がいちおう存在します.ただし版元はとうの昔に倒産しており絶版で,古本だと相当の価格になってしまっています.著者は工学部卒の技術者で,グリーンランドを訪問したことはあるそうですが専門家ではありません.中身は後掲の Schultz-Lorentzen に依拠して書かれたようで,85 年なのに (q を除き) 旧正書法です.語学オタクのみなさんならピンとくるでしょうが,組版も泰流社ふうの (戸部本でおなじみの) あれですから不格好で読みづらく,総じて悪いほうの泰流社本と呼ぶべきものです.

小澤実・中丸禎子・高橋美野梨編『アイスランド・グリーンランド・北極を知るための 65 章』明石書店,2016 年.これは昨年出たばかりの本なので容易に手に入ります.構成上,グリーンランド語そのものに関する解説はきわめて簡単ですが,当地の歴史や文化,現状についての情報は参考になります.ボリュームのわりにとても安いのでおすすめです.

山下泰文ほか訳『北欧のことば』東海大学出版会,2001 年.原著は 1997 年,Allan Karker ほか編の Nordens språk というノルウェー語・スウェーデン語・デンマーク語の本です.邦訳にして 19 ページという短いものですがグリーンランド語の概説があり,狭義の文法および語彙から文体論,そして現地における言語使用状況まで簡潔にまとめられています.当該部分の執筆者 Robert Petersen は元グリーンランド大学学長.このほかフェーロー語やサーミ語に関する章もあるのがたいへん貴重です.

余談ながら,同じ出版社から出ていてタイトルもそっくりなエリアス・ヴェセーン,菅原邦城訳『北欧の言語』東海大学出版会,新版 1988 年は,ノルド語の 5 言語だけを扱った本であって,グリーンランド語 (やフィンランド語やサーミ語) は含まれていないので取り違えのないようご注意ください.

日本語でグリーンランド語の文法書はおそらく今後も出ないでしょう.万が一新著が出るとしたらやはり大学書林さんからが本命でしょうが,白水社さんの『ニューエクスプレス・スペシャル ヨーロッパのおもしろ言語』にもし続編が出るならグリーンランド語が入る可能性はありそうです (ほかの候補としてはスコットランド・ゲール語,ブルトン語,ガロ語,ロマンシュ語,マケドニア語,アルバニア語,アルメニア語,マルタ語あたり?).問題はそもそも国内にグリーンランド語を専門とされている先生がいるのかどうか…….

おまけとして紹介しておくと,中川裕監『ニューエクスプレス・スペシャル 日本語の隣人たち』白水社,2009 年には,「エスキモー語」(実際にはそのなかのシベリア・ユピック語) に関する概説+文法 3 課で全 22 ページの紹介が含まれています.これはグリーンランド語との相互理解可能性 (mutual intelligibility) はありませんが親縁の言語で,能格性 (ergativity) と複統合性 (polysynthesis) という重要な (好事家がもっとも興味を抱きそうな 2 つの) 特徴は共有していますから,類書がほとんどないなか雰囲気を知る助けにはなると思います.


英語


Sadock, Jerrold M., A Grammar of Kalaallisut: West Greenlandic Inuttut. LINCOM, 2003. ドイツ・ミュンヘンの LINCOM 社から出ている何百巻ものシリーズ中の 1 冊で,80 ページほどと薄い冊子ですが字が小さく内容は豊富で信頼性が高いです.そのぶん専門的なので学習者向きとは言えませんが,定価で手に入るという意味では英語の書籍のなかで現状いちばん入手しやすいのはこれでしょう.このシリーズは薄さのわりになぜか単価 70 ユーロくらいするのでおいそれとは手が出ませんが.

Fortescue, Michael, West Greenlandic. Croom Helm, 1984. 西グリーンランド語の 400 ページ近い大部の専門的なレファレンスです.内容は半分以上の 200 ページあまりが統語論に割かれています (章立てが統語論から始まって形態論,音韻論と,ふつうとは逆順に進むところがこの言語の特殊性を表している気がします).この Croom Helm 社は程なくして Routledge に合併吸収されたようで,絶版入手困難です.

Rischel, Jørgen, Topics in West Greenlandic Phonology: Regularities Underlying the Phonetic Appearance of Wordforms in a Polysynthetic Language. Akademisk Forlag, 1974. 少し古いが,おそらく現在のところもっとも綿密な西グリーンランド語音韻論の研究書.コペンハーゲンの世界的な音声学者エーリ・フィッシャー゠ヨアンセン (大部な『音韻論総覧』の邦訳あり) に音声学を学んだリッシェルの学位論文で,読むにはもちろん音声学・音韻論の専門的な知識が要求されます.

Fortescue, Michael (ed.), From the Writings of the Greenlanders: Kalaallit atuakkiaannit. University of Alaska Press, 1990. グリーンランド語の散文作品を集成したもので,見開きの右側に新正書法のグリーンランド語,左側に英訳という形で全 11 編が収められています.そのあとに 60 ページ弱のグロッサリーもついています.これはタイミングしだいでは定価 (3 千円ちょっと) で簡単に手に入ります.

Kalaallisut texts (https://sites.google.com/view/maria-bittner/kalaallisut). ラトガース大学の Maria Bittner 教授による web ページで,初級から上級まで分類された 14 編のカラーリット語テクストにグロス (語釈) と英訳のつけられた文書が公開されています.十全に活用するには文法をひととおり学び終え言語学の専門用語にもある程度通じている必要がありますが,テクストのいくつかはエスキモーの神話が題材であり単独でも興味のあるものです.

このほか,より古くは Bergsland, K. A. (1955), Grammatical Outline of the Eskimo Language of West Greenland や Schultz-Lorentzen, C. W. (1945), A Grammar of the West Greenland Language といった 100 ページ強のモノグラフが存在するようですが,私は実物未見です.

英語圏は Routledge の Colloquial シリーズから Colloquial Greenlandic が出てくれればいいんですけどねえ…….話者数がほとんど同じスコットランド・ゲール語すら出ているのだから望みがなくはないと思いたいです.2011 年の情報ですが,この件で Routledge に問いあわせをして前向きに検討中との回答を得た人がいるようです.

〔2021 年 8 月 13 日追記〕なんと! Routledge の Essential Grammars シリーズから Lily Kahn and Riitta-Liisa Valijarvi (2021), West Greenlandic: An Essential Grammar が来る 9 月下旬に刊行されるとのこと.もはや上にあげたような難解な本にいきなりぶつかる必要はなくなり,英語で親切な入門書で勉強を始められる時代が到来するようです.すばらしいニュース!


ドイツ語


Kölbl, Richard, Grönländisch. Wort für Wort. Reise-Know-How-Verlag, ²2013. こちらも何百巻と出ている文庫サイズの旅行者向け Kauderwelsch シリーズの 1 冊で,本の前半でひととおりの文法入門,後半で旅行会話表現と単語集が載っています.ほかに学習用テキストと呼べる本がないなか,もっとも学習者向きに近いものと言っていいのではないでしょうか.値段も日本の Amazon で千円足らずときわめてお求めやすい価格です.このブログでは次回からしばらくこの本を使ってグリーンランド語を勉強していきます.

Holst, Jan Henrik, Einführung in die eskimo-aleutischen Sprachen. Helmut Buske Verlag, 2005. エスキモー・アレウト語族全体についての概説書で,グリーンランド語の概要についての説明もあるようです.これも入手容易ですが,実物未見.Buske 社はけっこうマイナーな言語でも充実した学習者向け文法教科書を出している出版社なのでグリーンランド語専門のものも期待したいです.

Kleinschmidt, Samuel, Grammatik der grönländischen Sprache: Mit theilweisem Einschluss des Labradordialects, 1851. グリーンランド語に最初の正書法を確立したクラインシュミットの記念碑的業績です.昔の本なのでタイトルで検索をかければ Google Books などで全文をダウンロードすることができます.タイトル中の „theilweise“ にも見られるとおりドイツ語そのもののつづりも 19 世紀的ですが障害となるほどではなく,むしろ名詞の小文字書きのほうがよっぽど読みづらいです (大文字書きはそれ以前から行われているので,時代的に見るとこの小文字はグリムの影響かも).


フランス語


Mennecier, Philippe, Le tunumiisut, dialecte inuit du Groenland oriental : Description et analyse. Klincksieck, 1995. フランス語で読める数少ない書籍ですが,表題のとおりトゥヌミート語 (東グリーンランド語) に関する分厚い文法書です.裏表紙の紹介にはこの方言に関するはじめての文法だと書かれています.入手やや難 (マケプレでは新品の取り扱いがある場合もあり,またタイミングがよければフランスの Amazon で新本が出ます).

Robbe, Pierre et Louis-Jacques Dorais, Tunumiit oraasiat (Tunumiut oqaasii / Det østgrønlandske sprog / The East Greenlandic Inuit Language / La langue inuit du Groenland de l’Est). Centre d'études nordiques, Université Laval, 1986. これもタイトルどおり東グリーンランド語についての本で,本文言語は西グリーンランド語・デンマーク語・英語・フランス語の 4 言語併記です.いちおう「文法」と銘打たれた 30 ページ弱の部が冒頭にありますが,ほぼ語形変化表の羅列で説明は僅少です.どこに入れるか迷いましたが著者名と出版地からフランス語としておきます.ところでなぜ東方言はフランス語に偏っているのでしょうか (歴史的経緯? でもカナダと向かいあっているのはグリーンランド西海岸ですよね)

フランスは L’Harmattan 社あたりから Parlons groenlandais みたいな本が出てくれてもいいと思うのですが,そのうち出るものでしょうか.


デンマーク語


Bjørnum, Stig, Grønlandsk grammatik. Forlaget Atuagkat, ²2012.
Janussen, Estrid, Håndbog i grønlandsk grammatik. Ilinniusiorfik, ²2001.

私は残念ながらデンマーク語をあまり読めないので内容は評価できませんが,定評がありよく名前を見かける標準的な文法書を 2 つ挙げておきます.前者はリファレンス用の比較的厚い (といっても 2 cm ちょっとですが) 文法書で,後者のほうは同じく配列は体系的ですが巻末の表を除くと本編 79 ページで余白や絵も多く通読しやすそうです.

上掲のリンク先は saxo というデンマークのオンライン書店の商品ページで,日本からも直接注文することができます.送料がそれなりにかかる (書籍本体よりも高い!) ことに目をつぶれば十分入手しやすい部類かと思います.

Nielsen, Flemming A. J., Vestgrønlandsk grammatik, 2014 (http://www.groenlandskgrammatik.dk/). 同じく西グリーンランド語の 250 ページほどの文法で,著者のホームページで無料で公開されており誰でも閲覧できます.

〔2019 年 5 月 26 日追記〕今年の 3 月に紙の本として出版されたようで、いま確認すると上記ホームページが閲覧不可になっていました。書籍版は日本の Amazon からも買えます。

Pedersen, Keld Thor, Grønlandsk for Begyndere. Nyt Nordisk, I: 1973, II: 1977. 上記 3 点は体系的文法書なので,漸進的な教科書 (簡単な文法事項から進めて練習問題を解いていくタイプ) をひとつ挙げておきます.2 巻本で刊行年次がぎりぎり正書法改正後ですが実際には旧正書法なので注意してください.まあそうそう手に入らないでしょうけど…… (国内の図書館では阪大外語と東海大にあります).

Hertling, Birgitte og Pia Rosing Heilmann, Qaagit. Grønlandsk som fremmedsprog. Ilinniusiorfik Undervisningsmiddelforlag, ⁴2003. 自己紹介や買い物,喫茶店での会話など,日常の場面を設定した会話表現中心の入門書で,イラストも豊富なので最悪デンマーク語が読めなくても使えそうな雰囲気があります.習うより慣れよのスタンスで,文法的説明が欠けているためそこは他書で補う必要があります.

このように,古いものも新しいものもやはりデンマーク語がもっとも充実していると言わねばならず,ことに学習者向けの本となるといまのところデンマーク語以外には存在しません.そもそもグリーンランドではデンマーク語もよく通じるそうなので (そして英語はそれほど通じないらしいです),そのものの実利的にも学習の媒介手段としても,デンマーク語をさきに学ぶのが案外早道なのかもしれません.

Dansk Grønlandsk Sprogkursus (For begyndere) (http://sermersooq.dk). デンマーク語と対照で,計 100 通りほどの基本単語・定型表現の音声を聞くことができます.なぜかデンマーク語の音声もあります (グリーンランド語ネイティブによるデンマーク語学習も意図されている?).

http://www.ilinniusiorfik.gl/oqaatsit/daka. グリーンランド語とデンマーク語の双方向の辞書が使えるページです.グリーンランド語は単語にどんどん接辞がくっついて非常に長い語を作る複統合的言語ですから,文法を知らなければ辞書は引けないかと思いきや意外に大丈夫です.その理由は (同じ複統合的である) ナワトル語などと違い,接尾辞ばかりで前のほうにはくっつかないため,単語を見たまんま引けば基本的な部分は意味が判明するからです.

Fortescue, Michael, Inuktun. An Introduction to the Language of Qaanaaq, Thule / En introduktion til Thulesproget. Institut for Eskimologi, Københavns Universitet, 1991. 最後に北方言に関する書籍もひとつだけ紹介しておきます.この本は英語とデンマーク語の両言語で書かれており,内容は大部分が単語と接辞のリストといった趣です.


その他


Atuagkat Bookstore (http://www.atuagkat.com/). グリーンランドの「首都」(自治政府の所在地) ヌークに店舗を構える書店で,ホームページでも品数は少ないですがグリーンランド関連書籍が的確にピックアップされており,英語で閲覧できる点も親切です.前述のデンマークの saxo と同様,日本への送料は本体以上に高くなるのが難点です (試しに見積もってみたら本 3 冊合計 1 kg 強で送料が 500 クローネ [現在のレートで約 8 300 円] を超えました).

Egede, Poul Hansen, Gramma­tica Grön­landica, 1760. クラインシュミットより遡ること約 1 世紀,世界で最初に書かれたグリーンランド語文法とされ,はじめラテン語,それからデンマーク語で出版されました (文献によってはノルウェー語とも呼ばれ,著者である宣教師ポウル・エーイェゼもデンマーク人ともノルウェー人ともされますが,これは当時これらの国がデンマーク゠ノルウェー連合王国を形成していたためでしょう).Fifty Words for Snow (http://fiftywordsforsnow.com/) というサイトが全編の英訳を公開してくれています (このサイトにはほかにもクラインシュミットの HTML 版などのリソースがあり,そちらもいずれ英訳が予定されているようです).こちらはいまとなっては歴史的な価値が大半でしょうが,興味があればご覧ください.

デンマーク聖書協会が公開しているグリーンランド語聖書 (http://old.bibelselskabet.dk/grobib/web/bibelen.htm).旧新約聖書の全訳がすべてそろっています.信仰のある人もない人も,これだけまとまったグリーンランド語の文章が読めるところはなかなかありませんから参考にしてみては.

“Ataqqinartunnguaq takutinneqartussanngorpoq” (http://knr.gl/kl/nutaarsiassat/ataqqinartunnguaq-takutinneqartussanngorpoq). 全世界 250 を超える言語・方言に翻訳されている,もっともグローバルな文学『星の王子さま』ですが,あいにくグリーンランド語訳はまだ発表されていないようです (ハリー・ポッター Harry Potter ujarallu inuunartoq は 1 巻だけとはいえ出ているというのに!).ただし 2011 年に『星の王子さま』の演劇 (ミュージカル?) が行われたらしく,そのさいのタイトルが ‘Ataqqinartunnguaq’.このニュースの冒頭には『星の王子さま』作中の一節と見られる文章があるので,それを引用してみます.
“Naak-uku inuit?, Ataqqinartunnguaq aperivoq. — “Maani inoqajuitsumi kiserliornalaarpoq”. “Inuit akornaniikkaluarluni aamma kiserliornartarpoq, pulateriaarsuk akivoq.
私はまだグリーンランド語は読めませんが,『星の王子さま』の内容は諳んじられるので辞書を引きつつ雰囲気で訳すと,「『人間たちはどこにいるの?』王子さまが言いました.『砂漠って寂しいところだね』『人間たちのなかにいたって寂しいさ』ヘビは答えました」という箇所 (XVII 章の一部) でしょうか.そう,「イヌイット」はグリーンランド語でたんに「人々 (複数形)」を意味するので,特定の民族ではなく一般の人間のことを指して「イヌイットはどこにいるの?」と言うことになります.ちょっとおもしろいのでいつか全編が翻訳されてほしいものです.

〔2018 年 1 月 5 日追記〕この記事を書いたわずか 2 ヶ月後,すなわち 2017 年 8 月に,『星の王子さま』のグリーンランド語訳が出版されていたことがわかりました! タイトルは Ataqqinartuaraq, ISBN は 978-8793405585 です.さっそく注文してみたので届くのが楽しみです.

先行のタイトルと少し違うようですが,-nnguaq と -araq はいずれも「小さな」を意味する接尾辞ですから,いずれも (den) lille prins すなわち (le) petit prince の直訳になるでしょう.もっともグリーンランド語に「王子」にあたる語はないらしく,接尾辞をとった ataqqinartoq というのは前掲のグリーンランド語―デンマーク語辞書によれば den ærede, den ærværdige すなわち「尊敬される人,名誉ある人」くらいの意味のようです.