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dimanche 6 mars 2022

ラグナロク/ラグナレクル/終末論——Simek の北欧神話事典より

ドイツ語を読むのも少しだけ慣れてきた第 4 弾。ジメクのゲルマン神話事典 (Rudolf Simek, Lexikon der germanischen Mythologie, ³2006, S. 92, 340–41) より、「ラグナロク」Ragnarök, 「ラグナレクル」ragnarökr, 「終末論」Eschatologie の 3 項目のほぼ全訳 (項目末の参考文献と近現代の受容についてのみ省略)。


エッダ各編の略号は次のとおり:Vsp 巫女の予言、Vm ヴァフスルーズニルの歌、Ls ロキの口論、HH II フンディング殺しのヘルギの歌その 2、Sd シグルドリーヴァの歌、Hdl ヒュンドラの歌;Gylf ギュルヴィたぶらかし。

さて著者の本論のまえに長々と前置きするのは僭越だが、「ラグナレクル」ragnarökr という見慣れぬカナ表記については説明ないし弁明が必要だろう。これは第一には「ラグナロク」ragnarök と区別がつくようにという目的から決めたものであるが、たんなる表記上の便宜にとどまらないそれなりの根拠もある。

まず同じ ö という母音なのにロとレという揺らぎはおかしいという疑念が当然あるであろう。この母音はもともと ǫ というアに近い広いオの音と、ø というエに近い音とが混同され、1200 年ころから融合し現代アイスランド語と同じ ö の音になったという経緯がある。Ragnarök は本来 -‍rǫk であり、ragnarök(k)r のほうはゲルマン比較言語学の知見より -‍røk(k)r であった可能性がきわめて大だとわかっている (古い写本では ǫ と ø が書きわけられていないためあくまで理論上のこと)。さらに以下でジメクも書いているように、古い本来の ragnarök —— Vsp は西暦 1000 年ころ成立、Vm はそれより古い——に対して ragnarökr のほうは新しいいわば改悪された形であって、もっぱら 13 世紀のスノッリが用いているものであるから、後者の時点ではすでに両母音は合流して ö となり、レで表すほうが適切な発音になっていたはずである。

以上でロ/レについては納得してもらえたものとすると、ラグナロクと「ラグナレク」でよいではないかと早合点されるかもしれないが、最後のルもどうしても必要なのである。というのはこの語はロキの口論でもギュルヴィたぶらかしの用例の過半数でも ragnarök(k)rs という単数属格形で現れている。ここからわかるように -‍rök(k)r の最後の r は語幹に属するのであって、主格の語尾ではない。すなわちスルト Surtr (属 Surts) やウルズ Urðr (属 Urðar) などのように慣習的に省略する語尾のルとは違い、バルド Baldr (属 Baldrs) やアルフォズ Alföðr (属 Alföðrs) などと同様のもので、勝手に省略してはならないルなのである。

最後にもうひとつややこしいことを付け加えるようであるが、じつはスノッリのエッダにおける用例は実際の写本では ragnarök(k) と ragnarök(k)r それぞれの変化形が混じりあっている。既述のとおり後者のほうが多く——これの属格形だけで過半を占め、さらに対格形もある——、前者は写字生の書き間違いだとみなして刊本では ragnarök(k)r に修正・統一されるのが通例である。下でジメクが、スノッリは「一貫して durchwegs」ragnarökr を用いていると述べていること、そしてそれが端的に後代の誤りであると断じているのも通説に従った見解であろう。事典としての性格ゆえか、これらの項目に見られるジメクの説明は伝統的なものである。

しかし従来考えられてきたほど -‍rök「運命」と -‍rökkr「黄昏」はまったくの別物なのではなく、両者は密接に関連しているのだとする新説もある (Haraldur Bernharðsson, ‘Old Icelandic ragnarök and ragnarökkr’, 2007; 上の説明にあたってもかなり参考にした)。神話におけるラグナロクは滅びだけでなくその後の新生までを含めた概念であり、røk(k)r は「黄昏、夕闇」だけでなく「夜明け」の薄暮をも指す言葉である。さらに彼の説に従えば ragnarök の後半要素はじつは rǫk ではなく røk(k) であり røk(k)r と同じ動詞にもとづく可能性があって、太陽の運行を通して「運命、決まった流れ」の語義までは近い。こうして両者はつながっており、スノッリはどちらの名称も互換的に「神々の力の (滅びと) 新生」のような意味で用いていたのだ、というのがその主張である。

とはいえ私見ではこの論文、細部は詳しいが主張の根幹のところで臆測を重ねており、魅力的な説ではあっても説得力はそれほど高くはない。少なくとも、これによって今後は「神々の新生」で決まり!とはいかないように思われる。やはり古くから生き残っている標準的な説にはそれだけの理由があるのであろう。といったところで前置きを締めくくり、ジメクの堅実な解説にお進みいただきたい。


ラグナロク (古ノルド語 ragnarök「神々の終末の運命」) とは、エッダ歌謡において北欧人の終末論を表す名称。一方スノッリのエッダでは (Ls 39 と同様に) 一貫してラグナレクル ragnarökr「神々の黄昏」が用いられているが、これはより後の時代の再解釈を表しているにすぎない。

世界滅亡の観念についての主要資料は Vsp 44–66 節と、Gylf 50–52〔51–53〕におけるスノッリによって注解を付された散文的改作である。

北欧人の宇宙論は、世界の破滅をも含みこんでおり、それは神々にまでも人間と同様に降りかかる。したがって神々の生存には期限がつけられており、そのことは偶然によるのではない:彼らは犯罪と戦争とを通じて人間と同様に罪を負っているのである。

ラグナロクは Gylf 50〔51〕で詳しく描写されている 4 つの大きな終末論的事件によって特徴づけられる:フィンブルの冬 Fimbulwinter、スルトが全世界を無に帰す世界炎上 Weltenbrand、ミズガルズ蛇 Midgardschlange により波立たされた大海のなかでの大地沈没、そして最後にフェンリル狼 Fenriswolf によって飲みこまれる太陽の暗転である。さらなる自然的事件が続いて起こる:大地は震え、岩塊が転がり落ち、世界樹ユグドラシルは揺らぎ (Vsp 47)、ビヴロスト Bifröst の橋は倒壊する (Gylf 50〔51〕)。神々に警告するためにヘイムダッルはギャッラルホルン Gjallarhorn を吹き鳴らす (Vsp 46)。オーディンはミーミルの頭に助言を求め (Vsp 46)、神々は協議する。いまやあらゆる方角から地下世界の軍勢が迫る:ナグルファル Naglfar の船が浮かびあがり、フリュム Hrymr が舵をとって巨人たちとともに来る (Gylf 50〔51〕; Vsp 51 によれば舵をとるのはロキ);スルトはムスペルの子らを率いてくる。とりわけ詳しく物語られるのは戦いの野ヴィーグリーズ Vígríðr (Vm 18) における神々の戦いであり (Vsp 53–58; Gylf 50〔51〕)、そこで神々はエインヘリャル Einherier の支援とともに地下世界の軍勢に対する戦いに踏みこむ。オーディンはフェンリル狼と戦って敗れるが、ヴィーザル Víðarr によって仇がとられる。トールはミズガルズ蛇を殺すが、その毒によって死ぬ。フレイはスルトと戦って敗れる、というのは彼には剣がないからである;テュール Týr と冥府の犬ガルム Garmr が、またヘイムダッルとロキが相打ちになる。最後にスルトがすべてを滅する世界火 Weltfeuer を燃えあがらせる。

この滅亡はしかしながら終局的ではない;円環的な世界観念に従って、浄化された新たな世界が海から浮かびあがるのである。生き残った神々ヴィーザル、ヴァーリ Váli、モージ Móði、マグニ Magni が、かつてのアースガルズの地、イザヴォッル Iðavöllr の平原で相会する;ヘルからはバルドル Balder とホズ Höðr が戻ってくる。そして Vsp の最後の数節は死の竜ニーズホッグ Níðhöggr が最終的に沈むことを語る。

新世界の語りをもつ Vsp 59–66 節は、スノッリがラグナロクとの関連で引用し天と冥府の描写の枠組みにおいて解釈している 37 節と並んで、Vsp のラグナロク物語におけるキリスト教的要素を問う問題へと導いてきた。というのはそれは部分的に、ヨハネの黙示録における天のエルサレムの物語を強く思い起こさせるからである。オルリックはこれらの要素の分離に努力し、それに際して世界の道徳的退廃、ギャッラルホルンを吹くこと、太陽の消失、世界炎上と新世界の物語をキリスト教の影響とみなした。

エッダにおいてラグナロクのほかに世界滅亡を表す類義の名称として、aldar rök (「世の終わり」Vm 39)、tíva rök (「神々の運命」Vm 38, 42)、þá er regin deyja (「神々が死す時」Vm 47)、unz um rjúfask regin (「神々が滅ぶ時」Vm 52; Ls 41, Sd 19)、þá er Muspellz-synir herja (「ムスペルの子らが出陣する時」Gylf 18〔?〕, 36〔37〕)、aldar rof (「世の破れ」HH II 41)、regin þrjóta (「神々の終焉」Hdl 42) がある。


ラグナレクル (古ノルド語 ragnarökr「神々の黄昏」) は、Ls 39 ならびにスノッリにおいて、より古い名称であるラグナロク「神々の運命」にかわって、北欧人の世界滅亡の観念を表す名前として誤って用いられている。スノッリによるこの崩れた形から、今日なおドイツ語ではたいてい「神々の運命 Götterschicksal」ではなく「神々の黄昏 Götterdämmerung」が、ゲルマンの黙示録を意味するのに用いられている。


終末論 (Eschatologie)。最後のできごとと世界の終わりについての諸観念;ゲルマン人におけるそれは、ラグナロクに関する幻視におけるエッダ神話のなかと、余さず明瞭だとはいえない西ゲルマンの概念であるムスペルとにおいて出てくる。とはいえこれらは決して全ゲルマン民族にとってではなく、異教時代後期についてのみ等しく妥当する概念である。


vendredi 31 décembre 2021

Gordon and Taylor『古ノルド語入門』(3) §§30–44

E. V. Gordon and A. R. Taylor, An Introduction to Old Norse, pp. 270–273,「古ノルド語小文法」§§30–44. 第 2 部「音韻論」のうち「A. 母音」の 4 割くらい。

訳語の方針として、文法用語が略記されているときは日本語でもなるべく略して示してある。たとえば pp. とあれば「過分」であって、わざわざ「過去分詞」のようには書かない。いずれも常識的に通じるであろうものだが、そもそもこの本じたいこういった基本的な略号の凡例をどこにも示していないのである (p. [xvi] および語彙集冒頭の略号一覧はかなり簡略である)。

なお新年からはいったんまたギリシア語に戻る予定なので、しばらく古ノルド語はお休みします。更新再開まで気長にお待ちください。


第 2 部 音韻論


30. アイスランド語の屈折形の規則的な関係と曲用・活用の構造は、隣接する音がもう一方に及ぼす影響によってしばしば不明瞭にされている。heimr の単数与格は heimi だが、dagr の単数与格は degi であり、これは gi が先行する a に与える影響によっている。動詞 bregða, skjálfa, finna, søkkva が同じ活用に属すべきだということ (§129 を見よ) は一見不規則に見えるが、幹母音に後続する音の影響を考慮に入れるならば、これらの動詞がすべて同じ型であることは、そのどれにおいても本来の幹母音が e であることから明白である。変化を引きおこしてきた音はしばしば消失している:land の複 lǫnd が、skip (複も skip) と比較でき同じ曲用に属するように。a から ǫ への変化は、かつてこの曲用の複数主・対格語尾であった u の影響によっていた;skip の i は後続する u に影響されなかったのだ。音声変化の説明はしばしばより古い形のなかに求められるので、ノルド語の音韻論を歴史的に研究することはこの言語の文法構造を理解するために必要である。ノルド語の音声の歴史が以下に与えられるが、あくまで屈折形についての十分な実用的知識にとって必要なかぎりにおいてである。

31. 音声変化はアイスランド語の文法的語形に不規則な見せかけを与えているけれども、他方で文法的語形とパターンとの自然な関連は一見した不規則性を排除する傾向がある。類推的な形成への傾向がしばしば音声変化の効果を取り除く;たとえば stíga は一見して不規則な過 3 単 *stāh (§50) をもっていた。この動詞の母音体系を、それと同じ活用 (§127) に属するほかの動詞のものと一致させるため、新たな過 3 *steih が形成された;規則的な音声変化により *steih は sté となったが、活用のパターンはまたべつの過 3 steig を形成することでふたたび修復された。類推はアイスランド語の文法において相当の役割を演じており、顕著なのは名詞の i-変化においてである;だがほかのゲルマン語のいずれにおけるよりも大きな母音と子音の変動が〔アイスランド語の〕変化表には残っていた。

A. 母音


a-変異


32. 次の音節のなかに a, ō (のちに a), または ǣ が続くとき、j または n+子音が介在して防がれないかぎりにおいて、ゲルマン語の u は o へ、また (短音節における) i は e へと低められた。この変化はしばしば、変化表のなかで a の存在しないべつの形との類推によって不明瞭にされており、異なる諸方言のなかでは u と o との揺らぎが頻繁だった。例:*hurna > horn, *truga > trog, 強変化動詞の過分 holpinn, orðinn, borinn、しかし sumar (東ノルド語 somar), una, gull および過分 bundinn には変異がない。主格形 sonr は属 sonar < *sunar からの新しい形成として説明されてきたが、複合語の第 2 要素になっているとき u から o への弱化を伴っている -sun(r) からとするのがよりもっともらしい;また男性名における -olfr という形を ulfr と比較せよ。i の a-変異の例はわずかである:niðr と並ぶ neðan, heðan, また verr「男」。

前方変異


33. 前方変異 (front mutation) とは、特定の前母音によって先行音節にある強勢母音に作用される影響である。ほかのゲルマン諸語と共通に最初の徴証は、次の音節に i または j が後続するとき e が i へと高められることにある:*beðjan > biðja, *werðjan > virða, *weniz > vinr。注意されるべきは、第 3, 第 4, 第 5 活用の強変化動詞の現在単数において、この変異は類推によって不明瞭にされていることである:*berir は *birr としてではなく berr と、*verðir は *virðr ではなく verðr として現れている。

34. 後期原ノルド語期において、すべての後母音と二重母音は、次の音節に -i- または -j- が後続するとき、対応する前母音へと前方化された:

a は ę になった:fram と fremja、mann と複 menn を比較せよ。
á は æ に:Áss, 複 Æsir;mál と mæla。
o は ø に:koma と現 3 単 kømr。
ó は œ に:fór (行った) と fœra。
u は y に:fullr と fylla;lopt < *lupta と lypta。
ú は ý に:brún, 複 brýnn。
au は ey に:lauss と leysa。
jú は ý に:fljúga, 現 3 単 flýgr;ljósta < *ljústa, 現 3 単 lýstr。
ǫ は ø に:hǫggva, 現 3 単 høggr。

上記の規則に対するひとつの重要な例外がある:次の音節に j が続くときと、また長音節のあとに i が続くときには変異は規則的であるが、短音節のあとに i が続くときには変異は、その i が ʀ で表される音と組みあわさっていたときにだけ現れたように見える:cf. *gasti > gest (gestr の単対), *staði (staðr の単対) > stað では変異なし、*komiʀ (koma の現 2 単) > kømr。*staðiʀ のように短い i-幹名詞の単主における変異は、staðr になるのであり期待されるように *steðr ではない、これは斜格との類推によって取り除かれてしまったのである。

35. 変異のこうした欠如の難点はいまだ十分に説明されたことがない。Axel Kock は変異に 3 つの時期があったと示唆している:

(a) i (消失した) と j による、長音節の母音の〔変異〕、600–700 年ころ;
(b) iʀ の組みあわせ (このうち i は消失した) と j による、単音節の母音の〔変異〕、700–850 年ころ;
(c) 文献時代にも残っている i による、長短両方の音節の母音の〔変異〕、*karling- > kerling; *katilʀ > ketill のように。

変異を引きおこした j は一定の条件下でも失われる、§62。

Kock は前方変異を非アクセントの i の消失 (§56) と関連づけているようで、iʀ の組みあわせを除いて、i は単音節に後続しているとき変異を引きおこさずに消失したと主張する。この見解は強く批判されてきた、cf. A. M. Sturtevant による Journ. of Engl. and Germ. Philol. xlv, pp. 346–52 における、B. Hesselman, Omljud och brytning i de nordiska språken, Stockholm, 1945 の書評。

変異の欠如について考えうる代替的な説明は、短い語幹音節のあとで非アクセントの i は、それが開音節に立っているとき e へと低められたということである。

36. この変異はふつう西暦 600 年と 900 年のあいだに比定される。注意されるべきは、後期の発達の非アクセント i は、g または k との組みあわせにある場合 (§38) を除いて変異を引きおこさなかったということである;a-幹名詞の単与と弱変化男性名詞の単主は変異をもたない:harmi (harmr の単与) と hani。

37. ʀ (ゲルマン語 z に由来する硬口蓋子音) は、直前にある後母音または二重母音を変異させた:gler「ガラス」< *glaʀ;kýr < *kūʀ;þær「彼女ら」女複 < þāʀ;eyra「耳」。Cf. 古英語 glæs, cū, þā およびゴート語 ausō。

38. 硬口蓋変異:短い a は、gi または ki が直後に続くとき e になった。ここでこの i はより以前の e または æ からの後期の発達である:dagr の単与 degi (cf. harmr の単与 harmi)、過分 tekinn, genginn (cf. farinn, haldinn)。変異していない母音はしばしば、その語の〔変化表における〕変異のないべつの語形から類推的に修復された。vaki, heimdragi, baki (bak の単与) のように。

唇音変異


39. u (ときには唇子音に補助されて) または w の影響によって、丸め〔=円唇〕のない先行母音が丸められた。

u-変異


40. これらの変化は後続音節における本来の u によって引きおこされた:

a は丸められて ǫ になった:land, 複 lǫnd は *landu から;sǫk (cf. 古英語 sacu);複与 lǫndum。この変化は古アイスランド語ではきわめてありふれていたが、ほかのノルド語諸方言ではそれほどでない (§41)。
á は ǫ́ に:しかし 1250 年ころまでに変化後の音ともとの á とが〔同一の音に合流し〕両方 á と書かれた (§8)。
e は ø に:割れ (§45) を受けないとき:róa の過 3 単 røru;tøgr (*teguʀ から)。

非アクセント音節のなかで a の u-変異によって生じた ǫ は、u-変異の時期が終わるまえに u へと移行した。というのはそれが、先行する a の第 2 の u-変異を引きおこしたからである:ǫnnur は *annǫru、より早くは *annaru から。

41. 以上の例からわかるように、古アイスランド語において u-変異は、変異を引きおこした u が保持されていようと結果として失われていようと生じた。ほかのノルド語諸方言、とくに古デンマーク語においては、保持されている u による u-変異はまれであって、このことは地域的には非アクセントでこもりぎみの u は円唇母音でなくなっていたことを示唆している。

w-変異


42. 後続する w (これは文献時代以前に v になったか、もしくは失われた) の影響によって:

a は ǫ になった:hǫggva, sǫngr。
e は ø になった:søkkva、これは bresta と同じ活用。
ę は ø になった (§7):gøra、これは *gęrwa からで、より古くは *garwjan。
i は y になった:slyngva; vi は vy になり、それから v が脱落した (§63)、対 kykvan のように。
ei は ey になった:kveykva。

43. w が非円唇母音の直後に続くとき、その母音が長くかつその w が同じ音節に属していたならば、変異が起こった:Týr は *Tīwr から (cf. Tīur, p. 182)、複 tívar「神々」と比較せよ;bý は *bīw から、古デンマーク語 bī 18/26 と比較せよ。

組みあわせ唇音変異


44. 先行する唇子音と後続する u との組みあわさった影響により、á は ó になった:koma の過 3 複 kómu は kvámu と並んで〔どちらのつづりも見られる〕;i は y になった:systur (*swistur から);æ は œ になった:Sœnskr (*Swænsk- から、与格におけるように u が後続するとき)。同様にして、隣接する鼻子音と後続する u との影響により、á は ó になった:nótt (対 *nahtu から) は nátt と並んで;hánum は hónum となった、これは非アクセントの用例において honum へと短くされた。

jeudi 30 décembre 2021

Gordon and Taylor『古ノルド語入門』(2) §§11–29

E. V. Gordon and A. R. Taylor, An Introduction to Old Norse, pp. 267–270,「古ノルド語小文法」§§11–29.  第 1 部「アルファベットと発音 (承前)」はここまで。今回の最後のあたりはいまひとつ釈然としない部分が残ったのでそのうち調べなおしたい。続きを読んでいくうちにわかるか?


子音


11. 二重子音はそのあとに母音が続くとき二重に発音される;したがって drekka の kk は〔英語の〕book-keeping のように。一方 dreki の k は〔英〕bookie のように単音で。語末にある、もしくは同一音節内にべつの子音が続くとき、二重子音は長く発音され、そうして hamarr (主格) は hamar (対格) から、また munnr「口」は munr「精神」から区別される。

12. d, t, n, l (§13 を見よ) は舌の尖端を歯にあてて、フランス語やドイツ語のように発音される。英語のように舌の先端を歯茎にあてるのではない。無声の l と n は語頭では hlaupa, hnipinn のように hl, hn と綴られる。l と n はまた、vatn, hasl におけるように無声子音に続く語末、もしくは vatns のように無声子音のあいだに立つときにも無声である (この後者はおそらく 13 世紀には vats のような音になった)。

13. l は語頭、d, n, l, r の隣に立つとき、または非アクセント母音に後続するときには、フランス語やドイツ語の l のような音であった:land, falla, halda, aðal。それ以外の位置では (無声の場合を除いて) l は、英 people のもっとも一般的に使われる発音におけるように、舌の背が u の位置へと高められるときの、後舌の響きをもっていた。

14. n は ng または nk (まれ) の組みあわせにおいて、英 single, sink におけるように発音された。

15. f は語頭、または無声子音が後続するとき、英 fat のように無声であった:fara, gaft。それ以外の位置では f は英 v の有声音であった:gefa, gaf。有声の f は n が後続するとき鼻音化される。jafn におけるようにで、これはしばしば jamn と綴られた。

16. v は 12 世紀には、ドイツ語 quelle の u やスペイン語 saber の b のような有声両唇摩擦音だった;13 世紀のあいだに v は英語の v のような唇歯音、アイスランド語の語中および語末の f と同じ音になった。こうして ævi のような語がしばしば æfi と綴られた。hv という組みあわせでは v は無声であったが、14 世紀には hv はいくつかの方言で kv となった。

17. p は英語におけると同様に発音された。例外は s または t が後続するときで、無声両唇摩擦音であり §15 の無声の f と同一であった:lopt, keypta (kaupa の過去分詞)。もっとも近い音は英 loft の f である。

18. r はつねにスコットランド方言のような強い舌先のふるえ音である。dagr のような単語の語末の r は成節的ではなかった;〔つまり〕この単語全体は単音節語であった。drykkr のように無声子音に続くとき、r は無声だった。語頭においては無声の r は hringr のように hr と綴られた。

19. ʀ は文献以前の時代にのみ現れ、のちには §18 の r と同一になった。これはゲルマン語の z に由来し、文献以前期におけるその発音は決定するのが難しい。たぶんその発達は z から r の音色を帯びた z へ、そこから硬口蓋化した r へ、そしてふるえ音の r へと至ったかもしれない。

20. s はつねに英 blast のように無声である:blása「吹く」。

21. þ は最古のアイスランド語写本において、英 thin の無声の th 音と then の有声音との両方に用いられた。1225 年ころ ð が導入され、段階的に þ は語頭のみ、そして ð はそれ以外の位置において用いられるようになった。すると þ は無声音だけを表すようになり、一方 ð は、無声子音に後続するとき (その場合 ð はふつう t になったので稀だが) を除いて、有声であった:faðir, við。

22. z は ts の音をもっていた:beztr, Vestfirzkr。

23. j は英 young の y のような音だった:Jórk「ヨーク York」、liggja。

24. h はふつう気息音だったが、j の前では英 hue におけるような前寄りの気音であった:hjarta「心臓」。hl, hn, hr は無声の l, n, r だった。hv という組みあわせでは h は独立した音価 (おそらく独 ach における後寄りの無声の気音) をもっていたことは、hv から kv への後代の発達により示されている。

25. g はアイスランド語で複数の異なった音価をもっていた:

(1) 英 got のような有声軟口蓋破裂音。語頭、ng の組みあわせ、および二重化したとき:góðr, ganga, ungr, grjót, liggja。

(2) ng または gg が s または t の前に立ったとき、k へと無声化された:ungs, ungt, eggs (unks, unkt, ekks と発音された)。

(3) 独 tage のような有声軟口蓋摩擦音。語中および語末で、直後に s または t が来る場合を除く。後者の場合は無声化してスコットランド方言 loch の ch の音になる。有声音は draga, dagr, 複 dagar, sagði, bjarg;無声音は単属 dags, 過分 sagt。

(4) すでに文献時代以前から、語中で i と j の前にあっては、(3) の有声軟口蓋摩擦音は硬口蓋音になり、ng もまた硬口蓋化された:degi, segja, genginn。この硬口蓋化は degi と genginn における語根母音の変異によって証拠づけられる (§38)。

(5) 前舌母音または j が後続するとき、(1) の語頭の軟口蓋破裂音は、13 世紀後半において硬口蓋化の過程のなかにあった:gefa, gil, gjǫf, geyja。

26. k は英 caught の c のような無声軟口蓋破裂音だった。語中で i と j の前のとき、これは文献以前期には硬口蓋音になっており (§38)、語頭では 13 世紀後半において、前舌母音と j の前で硬口蓋化の過程にあった。

音節


27. 任意の強勢音節 (stressed syllable) は、短母音で終わるか、または長母音であっても直後に短く弱い強勢 (weakly-stressed) の母音が続くとき、短い〔音節である〕。それゆえ geta, fara, konungr, búa, róa の第 1 音節は短い。búa の長母音が短くされることは、現代英語において動詞 ‘to do’ の母音が、‘do it!’ のように母音の直前に立つとき短くされることに比しうる。上記以外のすべての強勢音節は長い。kalla, kjósa, binda の第 1 音節、konungr, elskandi, ríkastr の第 2 音節、さらに単音節語 ungr, góðr, gott, bú におけるように。

28. §27 に与えた例は、ge-ta, kal-la, bin-da, seg-ja, stǫð-va というような、通常のゲルマン語の音節分けを前提しており、こうした音節分けが発話において普通であったことはほとんど疑いを容れない。しかしながらスカルド詩の韻文においては、韻が異なる慣習的な音節分けを呈し、それによって j と v を除く単子音が前の音節に属する、また 2 子音にしてもそれらが全変化表を通じているならば同様である:get-a, kall-a, bind-a, ey-jar, æ-vi, seg-ja, stǫð-va、しかし ham-arr からの ham-ri、gat-a からの gat-na〔は、格変化を通して共通していない部分なので、2 つめの子音は前の音節には入らない〕。この音節分けは慣習的に古アイスランド語テクストの印刷において踏襲されている。複合語では分節は kǫgur-sveinn のようにもとの要素のあいだに落ちる。

アクセント


29. アクセントは 3 段階を区別しうる:主 (primary)、副 (secondary)、弱 (weak) あるいは非アクセント (unaccented)。主アクセントはつねに第 1 音節にある。例外は fyrirbjóða のような派生動詞で、ここでは主アクセントは動詞要素の語根音節にあり、前つづりは弱アクセントである。副アクセントは複合語において現れ、me͞insằmir のように第 2 要素の語根音節に落ちる〔訳注:前半 mein- の ei にまたがってかかる上線の上にさらに鋭アクセントがあり、この二重母音に主アクセントが乗ることを表している〕。また派生語において、屈折語尾が付されうる接尾辞の上に落ちる:he͞ilā̀gri, he͞ilū̀g〔やはり ei にまたがるマクロンの上に鋭アクセント〕;jā́fnằði。しかしながら短い派生音節の上の副アクセントは、多くの語において詩語および古風でしかなかった。すべての語尾、接続詞、前置詞、接続副詞、およびたいていの代名詞は、弱アクセントであった。形容詞、副詞、名詞は強アクセントであったが、一方動詞は (古英語におけると同様) より弱い強勢をもっており、詩においてはときに非アクセントとして扱われた。〔訳注:accent(ed) はアクセント、stress(ed) は強勢と一貫して訳しわけたが、違いはいまいち判然としない。〕

mercredi 29 décembre 2021

Gordon and Taylor『古ノルド語入門』(1) §§1–10

気が向いたら訳すシリーズ。E. V. Gordon and A. R. Taylor, An Introduction to Old Norse, 1956, pp. 265–267 より、「古ノルド語小文法」§§1–10。気分が乗ったら続きをやります、これくらい気楽なほうが結果的にはよいかもしれないというか、なにもやらないよりは少しでも進めたほうがいいというか。もちろん翻訳そのものは真剣にやっています、だからこそ気力が必要。

いくつか注意。まず図表については再現が難しいもしくは面倒なので基本的に割愛していきます。たぶん古ノルド語を勉強したい人はこの本をもっていることが多いと思うので、それを見ていただくということで。語形論——まで到達するかはべつとして——に入ったら変化表もいちいち書かないと思います。出版でもさせてもらえるならそのときに作業しますが……。最後に、訳語のうち「変異」というのはまあウムラウトのことなんですけども、本が Umlaut ではなく mutation としか言わないものだからそれに従っています。それでもウムラウトと書いたほうがわかりやすいかな? 要検討。

目次リンク:ここもあとで暇だったら編集。


序論


1. 古ノルド語 (Old Norse) は、北ゲルマン諸民族 (スカンディナヴィア人) によって、ノルド語がはじめてほかのゲルマン諸民族の言葉から区別されるようになった時期、すなわち大略 100 年ころから 1500 年ころまで話されていた言語である。古ノルド語の歴史のなかで、その発展段階に応じて時期を区切っておくと便利である:原ノルド語 (Primitive Norse) 100–700 年、ゲルマン語の母音と語尾がまだよく保存されていた時期;ヴァイキング・ノルド語 (Viking Norse) 700–1100 年、非強勢母音が消失し変異が完了した、最大の音声変化の時期;文語古ノルド語 (Literary Old Norse) 1100–1500 年。最初の 2 つの時期の言語はもっぱらルーン碑文において記録されている。

2. 古ノルド語における諸方言はヴァイキングの時期に発達したが、その差は 1000 年ころまでは軽微であった。この年代までに、ノルウェーとその植民地で話されていた西ノルド語と、スウェーデン・デンマークおよびその植民地で話されていた東ノルド語とのあいだの差異が画され、続く時期においてそれらは急速に分岐した。11 世紀ころにはまた、アイスランド語とノルウェー語のあいだ、またスウェーデン語とデンマーク語のあいだに最初の差異が発達したが、それらの区別は 2, 3 世紀後まではまだ目立たなかった。方言的差異の詳細は後掲 §187 以下に与えられる。古ノルド語諸方言の関係は次のように図示しうる:

〔省略。共通ノルド語 (Common Norse) が西ノルド語と東ノルド語に分かれ、またそれぞれのなかで古ノルウェー語と古アイスランド語、古スウェーデン語と古デンマーク語に分かれる。〕

3. 古アイスランド語の記録はほかのどのノルド語方言よりもはるかに豊富であり、かつ興味も大きい:幾分とも価値のある古ノルド語文献のほぼすべてはアイスランド語で書かれている。古アイスランド語はまたもっとも保守的な方言であったから、古ノルド語文法研究においてはこれを基礎にとるのが便利である。本書の説明ももっぱら、大部分の古ノルド語文献がはじめて書きとめられた「古典期」1150–1350 年のアイスランド語に関わる。採用される綴り字は 1250 年ころにアイスランドで用いられていたものの標準化した形である。最初期アイスランド語写本のつづりとの主要な違いは以下 §§8, 9, 21, 204 で言及される。ほかの古ノルド語の方言は、それらが古アイスランド語との重要な差異を呈するかぎりにおいてのみ記述される。


第 1 部 アルファベットと発音


4. 古ノルウェー語とアイスランド語のアルファベットは、ラテン・アルファベットを古英語が採用したことに基礎をもっていた;それはラテン文字にルーン文字 þ および改変した文字 ð, ǫ, ø を加えたものからなっている。これらの追加的な文字のうち þ と ð は古英語から借用された。ルーン文字 þ はすでに知られていたが、写本における使用はイングランドから来たのである。

母音


5. 母音は長または短でありうる。標準化されたテクストでは、また散発的には写本においても、長母音は鋭アクセント (´) によって識別されている。例外は æ と œ で、これらはつねに長い。12 世紀の作品、いわゆる『第一文法論文』が、それらの発音の案内を与えてくれている。以下の表において古アイスランド語の母音および二重母音の近似した発音はキーワードと国際音声字母による記号で示してある。

〔省略。あとで暇だったら載せる。ただ ø₁ [ø], œ [øː], ø₂ [œ] はとくに注意しておく。〕

6. 注意すべきは æ が ę の、œ が ø₁ の長音であることである。13 世紀までに e は、アイスランドにおいては、より開いたものになっており ę の音と同一であった。この本のテクストでは区別をしていない。また i, o, u といったほかの短母音も、13 世紀には低まりの傾向があったということはありうる。ほかのノルド語諸方言において ę の音は æ で表されており、それゆえ長い æ は記号によって識別されねばならない〔訳注:ǣ のようにマクロンを付すということ〕。

7. 13 世紀の後半のあいだに ǫ は前方化され、ø₂ の音 (ふつう e の w-変異) と同一になった。標準化されたテクストでは区別されず、現代アイスランド語におけるようにどちらも ö と印刷されることがある;ø₁ はふつう e へと非円唇化された—— kømr は kemr になり、œ は音において æ と同一になった。

8. 1250 年までに á は唇の丸めを発達させ、音において ǫ́ と同一であった。のちには á という綴り字が両方に用いられた。本書でも同様。また y と ý を非円唇化し、それらをそれぞれ i, í と水平化する傾向が、すでに 13 世紀の末までに始まっていたことを示唆する証拠もある。

9. 非強勢音節における i と u の音質は不確かである。12 世紀の写本では e と o がこれらの位置で普通であった。単数与格 skipeno「船へ」=のちの skipinu のように。おそらく 13 世紀にはこれらの i と u は強勢音節における i と u よりも低く、それぞれ英語 pity の y、good の oo に似ていたのだろう。

10. 12 世紀の後半まで、アイスランド語の母音および二重母音は、鼻子音の直前直後にあるとき、またはすでに失われていた原ノルド語あるいはことによるとゲルマン〔祖〕語における鼻子音が直後にあったとき、鼻音化して現れてもいた。こうして sýna、mér「私に」、í (原ノルド語 in)、fær (ゲルマン語 *fanh-) は鼻母音をもっていた。この鼻音の性質は最初に非強勢音節において失われ、それから長い音節に続く母音において、そして短い音節に続く母音において失われた。

dimanche 12 décembre 2021

「九つの世界」は北欧神話の全世界ではない?

北欧神話における「九つの世界」という表現は通例、神々の住まう天上のアースガルズから人間の住む中央のミズガルズ、そして地底のヘルに至るまで、神話の世界全体、全宇宙を指す表現として、数あるゲームやライトノベルなどを通して一般に認められている。しかし神話の原典であるエッダをよくよく読んでみると、じつはそんなふうにはほとんど使われていないようなのである。そうだとすればわれわれはこれまで大いなる勘違いをしてきたことになるし、いまも世間にその誤解が繰りかえされているのは由々しき事態である。本稿ではまずそうした現状を確認したうえで、それがいかに不安定な基盤の上に立っているかを説明してみたい。

本題に入るまえにひとつ前置きをしておきたい。本稿の内容は Wikipedia の「九つの世界」の記事とかなりの程度重複するけれども、それはその項目の現在の版 (2021 年 12 月 6 日以降の全面改稿版) を書いたのがほかならぬ私じしんだからである。しかし無論のこと Wikipedia は独自研究を発表する場ではないし、そこにはあまり自由すぎる説明や私個人の雑感も書きこむわけにゆかない。別途にこのブログエントリを設けるゆえんである。そういう事情なので、本稿の内容はその記事に強く依拠しているように見えるだろうが、まさか私が Wikipedia で読みかじっただけというふうに思われるとすればそれは話が逆で、執筆した当人なのだから内容が重なるのは当然のことだし、ましてや剽窃でもない。


世間的な理解


一般的に「九つの世界」という言いまわしが北欧神話の全宇宙を指す総称として理解されているという現状の確認から始めよう。北欧神話の第一の資料といえば『詩のエッダ (古エッダ)』と『散文のエッダ (新エッダ、スノッリのエッダ)』であるが、わが国には谷口幸男訳『エッダ—古代北欧歌謡集』(新潮社、1973 年) という重要な訳業があり、これは『詩のエッダ』の全体と『散文のエッダ』のうちもっとも重要な第 1 部「ギュルヴィたぶらかし」の全訳を収めた唯一のもので、いやしくも北欧神話を学ぼうという者がこの本を通らないということはありえない。それほど基本的な図書であるが、その本のなかのエッダ詩「巫女の予言」2 節に見られる「九つの世界」という表現に付した訳注 7 で、その内訳を谷口は次のように解説している:
(七)九つの世界——1アース神の国、アースガルズ 2ニョルズとその一族の国、ヴァナヘイム 3フレイ神により支配される妖精の国、アールヴヘイム 4火の巨人スルトの支配する火の世界、ムスペル 5人間界、ミズガルズ 6巨人族の国、ヨーツンヘイム 7死者の国、ニヴルヘル 8暗黒の妖精または小人の国、スヴァルタールヴァヘイム 9極北の世界。(16 頁)
また山室静による北欧神話の再話とも概説ともつかない折衷的な入門書『北欧の神話』(ちくま学芸文庫、2017 年〔底本は筑摩書房《世界の神話》シリーズ、1982 年刊〕) は、やはり「巫女の予言」の当該部分に触れて「北欧人は、世界は九つあると考えていたようです」と述べたあと、その世界というのは「ほぼ次の九つだと思われます」として次のとおり列挙している (32–33 頁):一、アスガルド。二、ヴァナヘイム。三、アルフヘイム。四、小人の国、とくにスヴァルトアルフヘイム。五、ミッドガルド。六、ヨツンヘイム。七、ムスペルヘイム。八、ヘルあるいはニブルヘル。九、極北の世界ニブルヘイム。谷口前掲書とは一部順番やカナ表記などに違いがあるが、ほぼ同じものを考えていることが見てとれる。

高名な神話学者の吉田敦彦がジョルジュ・デュメジル『ゲルマン人の神々』(松村一男訳、TBS ブリタニカ、1980 年) の巻頭に寄せた解説中で、「わが国におけるゲルマン神話研究の最高権威者と目されている、山室静氏と谷口幸男氏との両名の碩学者たち」(10 頁) と評しているように、この 2 人は旧世代の日本の北欧神話研究を牽引してきた双璧ともいえ、一般読者への神話・文学の紹介にも骨を折ってきた偉人たちである。彼らが現在に至るまで日本人の北欧文学理解に及ぼしてきた影響は深甚であり計り知れない。

では「九つの世界」をこのように理解しているのは彼らが原因であって日本人だけの話なのかというと、どうもそうではないようである。ニール・ゲイマンによる最新の再話『物語 北欧神話 (上)』(金原瑞人・野沢佳織訳、原書房、2019 年) では、ユグドラシルの接する「九つの世界とは、次のとおり」として、アースガルズ、アールヴヘイム、スヴァルトアールヴヘイム (別名ニザヴェッリル)、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ヴァナヘイム、ニヴルヘイム、ムスペッル、ヘルという順に説明している (36 頁)。またトム・バーケット『図説 北欧神話大全』(井上廣美訳、原書房、2019 年) にも次のように書かれている:
創造の中心にミッドガルドがある。ミッドガルドは、しずくを垂らすユグドラジルの大枝の下にある人間たちが住む世界だ。しかし、ミッドガルドだけが唯一の世界ではない。全部で9つの世界があると言われている。それらには、神々、巨人、エルフ、ドヴェルグ、生きている者、そして死者が住む。(28 頁)
そのものずばり「9つの世界」と題された章の冒頭であるが、ここに挙げられている住人たちのリストと、続く描写 (とくに 30 頁にある図) を見ていけば、バーケットもやはりゲイマンのリストと同じものを指してそう呼んでいることは明らかである。これらの原著はそれぞれ 2017 年と 2018 年に刊行されたもので、たしかについ最近の英語圏でも同様の理解が普及していることがわかる。


原典における用例


ところがエッダの原文にあたってみると、このように天上・地上・地下からなる全宇宙を指して「九つの世界」と言っている実例はほとんど存在しないのである。エッダにおける「九つの世界」(níu heimar) の用例は『詩のエッダ』の「巫女の予言」と「ヴァフスルーズニルの歌」にそれぞれ 1 例、また『散文のエッダ』に 1 例が観察されるが、それらを次に掲げてみよう:
níu man ek heima, / níu íviðjur, / mjǫtvið mæran / fyr mold neðan.
九つの世界、九つの根を地の下に張りめぐらした名高い、かの世界樹を、わたしはおぼえている。
(「巫女の予言」2 節 5–8 行、谷口訳)
níu kom ek heima / fyr Niflhel neðan; / hinig deyja ór helju halir.
人間が死に冥府からくだる/ニヴルヘルの下にある世界の/九つを私はおとずれた。
(「ヴァフスルーズニルの歌」43 節 6–8 行、菅原訳)
Hel kastaði hann í Niflheim ok gaf henni vald yfir níu heimum at hon skipti ǫllum vistum með þeim er til hennar váru sendir, en þat eru sóttdauðir menn ok ellidauðir.
オーディンはヘルをニヴルヘイムに投げ込み、九つの世界を支配する力を彼女に与えて、彼女のところに送られるすべての者たちに住居を割り当てることができるようにした。それは、病気で死んだ者と寿命がつきて死んだ者たちだ。
(「ギュルヴィたぶらかし」34 章、谷口訳)
このうち後 2 者は明らかに、全世界ではなく地下にある冥界だけを指して「九つの世界」と表現している。まず最後のものから見てみよう。ここではオーディン——原文は名前でなく「彼」で、その前文ではアルフォズルという称号で呼ばれているのだが——によってヘルに「九つの世界を支配する力」が与えられたというが、言うまでもなくアースガルズやミズガルズなどを彼女に支配させるはずがない。ヘル女神が支配しているのはむろん死者の世界だけであって、現にその支配権が賦与された目的は病気や老衰で「死んだ者たち」を管理できるようにするためだと語られているとおりである。したがってここでは死者の世界が九つあると言われているのである。

2 番めのものも「ニヴルヘルの下にある世界」と読んでのとおり単純明快で疑問の余地はない、と言いたいところだが、エッダを読んだことのあるかたには違和感を生じるかもしれないので補足しておく。この「ヴァフスルーズニルの歌」の当該箇所は菅原邦城による訳 (『北欧神話』東京書籍、1984 年、42 頁) を引いたものだけれども、谷口訳では次のように訳されており、こちらは全世界を意味しているように読める:
それは、わしがあらゆる世界をへめぐって歩いたからだ。わしは九つの世界をめぐり、人が死んでくだるニヴルヘルまで降りたものだ。
じっさい私も以前はこの訳文で理解していたので、この「九つの世界」は当然全世界のことだと思いこんでいた。しかしここは谷口の訳文に語弊があり、さきに確認した「ギュルヴィたぶらかし」の記述と考えあわせると菅原訳のほうが適切と思われるのである。英訳をいくつか参照してみても、Terry 訳 (²1990) が ‘nine worlds under Niflhel’、Orchard 訳 (2011) と Dodds 訳 (2014) が ‘nine worlds below Niflhel’、Crawford 訳 (2015) が ‘nine realms beneath Hel’ となっており、揃ってヘル・ニヴルヘルより下に九つを想定している。エッダ詩集の詳しい校訂版・注解書を公刊したアーシュラ・ドロンケは ‘the nine worlds down to (? below) Niflhel’ とし、地下内部の位置関係に関して九つの冥界のうちの最下層をニヴルヘルとみなすほうがもっともらしいと考えているが、結局「九つ」をすべて死者の領域 (realms of the dead) とする点では軌を一にしている (Dronke 1997, The Poetic Edda. Volume II: Mythological Poems, p. 109)。

このようにして意外にも、「九つの世界」の用例 3 つのうち 2 つまでが地下世界を指しているとすれば、アースガルズをはじめとした天上および地上の世界を含めた全宇宙の総称であると解する根拠はきわめて薄弱と言わねばならない。いやそれどころか、唯一の根拠たりうる最初の 1 例についてもじつは残り 2 例と同様に、地下世界を意味する文脈にあるとも読めるのである。問題の「巫女の予言」2 節について、ヘルマン・パウルソンは次のように書いている:
「土のなかに」という言い回しは、従来より解されてきたように、「名高い測り樹〔=世界樹〕」ではなくむしろ「九つの世界」を形容していることは、ほとんど疑いがない。
(『オージンのいる風景』東海大学出版会、1995 年、129 頁。〔〕内は引用者)
彼はこれに続けて残り 2 例の「ヴァフスルーズニルの歌」と「ギュルヴィたぶらかし」における表現も引いているが、さらに「グローッティの歌」やいくつものサガに見られる女予言者たち、当時のラップ人の呪術者たちの描写から推して、当の「巫女の予言」の詩人として想定される巫女の姿を復元しこのように述べているようである。本書は来日講演がもとになって日本オリジナルで刊行されたものであるが、この翌年に公刊された英語版の校訂・注解においてヘルマンは、この「巫女の予言」2 節後半は 5 行めと 8 行めが „Níu man ek heima fyr mold neðan“「地の下にある九つの世界を私は知っている」とつながるのだと断言し、中間の 6–7 行 „níu íviðiur, miǫtvið mæran“ はダッシュに括り入れて読ませている (Hermann P. 1996, Vǫluspá: The Sibyl’s Prophecy, pp. 47, 59)。

一方さきにも引いたドロンケはそこまでの確信は表明しておらず、この fyr mold neðan「地の下に」は第一義的には世界樹の根のことを述べているのだとするが、より一般的にすべての地下世界のことも含んで nío heima ... fyr mold neðan と連絡する可能性は彼女も認めている (Dronke, p. 110)。英訳書のなかでは Terry もこの箇所に ‘nine worlds under the earth’ を採用している。


おわりに


以上が正しいとすれば、両エッダにおいて「九つの世界」という語句はつねに地下世界の拡大図として使われており、全世界を指す用例はひとつもないことになる。いや、解釈の難しい「巫女の予言」だけは全世界を意味するのだとみなしたとしても、それでも 3 分の 1 にすぎない。神界や人間界を含む使いかたが本来的であったと考えうる理由は不足しているというべきだろう。

そもそも両エッダに限定せず古ノルド語の資料すべてを通覧しても、そのなかに「九つの世界」の名前を具体的にリストアップした箇所は存在せず、それゆえにいずれの世界が含まれるのか不明確で論者により世界のリストが異なってくるわけだが、そんな曖昧さが生じているのはなぜなのかと考えてみたとき、事実そのような意味で「九つの世界」と言われたことがなかったのだとすればそのことはすんなりと納得されよう。アースガルズやヴァナヘイムなどが入るかどうか、「九つの世界」とはいったいどれどれかと現代人が考えているのは、中世の北欧人からすれば見当はずれで噴飯ものの議論なのかもしれない。

とはいえそうだとすれば残る謎は、現在のような「九つの世界」の解釈はいつどのようにして生じたのかという問題である。このことを跡づける作業は容易ではなさそうだが、おそらくはアースガルズ、ヴァナヘイム、アールヴヘイム、……と名前のついた重要な世界を数えていった結果がたまたま 9 つ前後になっていることが、「巫女の予言」の解釈の食い違いや「ヴァフスルーズニルの歌」の誤訳と結びついてしまったのでないかと想像される。

冥界の集合を表す「九つの世界」にとってもうひとつ不幸だったのは、そこにはダンテが『神曲』で描いた地獄のように 9 層のひとつひとつに綿密な描写があり名前がついていたわけではなく、ニヴルヘルひとつを除いては名もなく内実もいっさいわからなかったことである。九の冥界に名前だけでも残されていれば、全宇宙の意味に転用される可能性はずっと低まっていただろう。

mercredi 25 août 2021

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 9

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 9「花王子と白花姫」(84–88 頁) の文法解説。これで散文編はすべて終了となる。



II.1. En síðan, sem konungr kom heim, þá lét hann kalla saman alla sína fylgðarmenn ok skipti herfangi þeira vel ok sœmliga;


lét 過 3 単 < láta。

alla sína ↓男複対。

fylgðarmenn (男) 複対 < -maðr「従者、臣下」。

skipti 過 3 単 < skipta「分ける」。目的語は与格。

herfangi (男) 単与 < herfang「戦利品」。

þeira 3 男複属。「彼らの」。

sœmliga 副「名誉にふさわしく、公平に」。


ok dróttningu gaf hann konuna at sínum hlut, þá ena herteknu.


dróttningu (女) 単与 < dróttning「女王、王妃」。

konuna (女) 単対・定 < kona「女」。

þá 女単対。指示代名詞。

ena 冠・女単対。ina の別形。

herteknu 過分・女単対・弱 < hertaka「捕らえる」。指示代名詞や冠詞がついているため弱変化。


2. Dróttning varð því fegnari en engri gjǫf fyrri, ok bað hana vera sína fylgiskonu ok gæta kristni sinnar.


varð 過 3 単 < verða「〜になる」。

því 中単与。指示代名詞。前文の内容=捕らえられた女をもらったこと、を指す。

fegnari 比較級・女単主 < feginn「うれしい」。うれしい事柄 (感情の理由) は与格。

engri ↓女単与 < engi「何も〜ない」。

gjǫf (女) 単与「贈り物」。en を使うとき比較対象は同じ格に置かれるので、ここでは því と同じ与格。

fyrri 副「むしろ」。

bað 過 3 単 < biðja。頼む相手が対格、頼む内容や欲しがる物は (あれば) 属格になる。

hana 3 女単対。人称代名詞「彼女を」。

sína ↓女単対 < sinn。

fylgiskonu (女) 単対 < -kona「侍女」。これはコピュラ vera によって hana とイコールで結ばれるため、それと同じ対格になる。

gæta 不「守る、大切にする」。語彙集には書いていないが属格をとる (Zoëga)。

kristni (女) 単属「キリスト教」。1.「主の祈り」の 6:13 で見た freistni と同じく、単数すべての格で -i だが、本書で扱われていない。

sinnar ↑女単属 < sinn。


ok lét kenna henni valsku tungu, ok kendi henni aðrar.


henni 3 女単与。「彼女に」。2 回とも侍女を指す。

valsku ↓女単対 < valska「フランスの」。

tungu (女) 単対 < tunga「言葉、言語」。

aðrar 女複対 < annarr。訳文はごまかして「別のことば (スペイン語)」とあたかも単数のように言っているが、ここはテクストに難点があって、aðrar が正しいなら女性複数で tungur が省略されているはずである。これが複数であるのは「異様だ」(auffällig) と、下宮・金子のこのテクストの引用元である Kölbing のエディションの異読資料欄に書いてある;教えられるのは王妃の母語であるスペイン語だけのはずだろうと。そこで女単対 aðra というべつの写本の読みが優先されるべきだと言われている。あるいはアラビア語も教えたのかもしれないが、キリスト教の信仰を堅持せよという指令とはいささかちぐはぐに響く。


[III.]4. Nú ræðr konungr syni sínum, at nema þá bók, er heitir grammaticam;


ræðr 現 3 単 < ráða。ここでは「忠告する」の意。

syni (男) 単与 < sonr。

bók (女) 単対「本」。

grammaticam ラテン語で正しくは grammatica と言うべきところ (-m は対格)。


en hann grét ok svaraði: “Lát Blankiflúr nema með mér, þvíat ek fæ eigi numit, nema hon nemi með mér, ok engan lærdóm fæ ek numit, ef ek sé eigi hana.”


grét 過 3 単 < gráta「泣く」。

lát 命・2 単 < láta。

nema 1 つめは前文と同じ動詞「とる、学ぶ」だが、2 つめの nema は同じつづりでも接続詞の「〜でなければ」。

現 1 単 < fá「得る」。過去分詞とともに用いると「〜できる、遂行する」の意になる。Cf. 英 get it done。

numit 完分 < nema。

nemi 接・現 3 単 < nema。

engan ↓男単対 < engi。

lærdóm (男) 単対 < lærdómr「学問、知識」。

現 1 単 < sjá。


XXIII.14. Þá mælti Blankiflúr: “Segja vil ek yðr heit mitt, er ek hét, þá er ek kom í Babilón, ok ek hugðumz þik aldri sjá mundu;


yðr 2 複与。王子に対する尊厳の複数と思われるが、この続きでは単数と入り乱れる。

heit (中) 単対「誓約」。

mitt ↑中単対 < minn。

hugðumz 過 1 単・再帰 < hyggja「思う、考える」。後接されている mik が対格主語である対格不定法構文。動詞は mundu。

þik 2 単対。主語ではなく sjá のふつうの目的語。

aldri 副「決して〜ない」。


en ef vit fyndumz, þá hét ek því, at innan fimm vetra skylda ek skiljaz við þik ok fara til hreinlífis, nema þér takið kristni.


vit 1 双主。「私たち 2 人が」。

fyndumz 接・過 1 複・再帰 < finna「見いだす」。双数の活用は複数を用いる。再帰は相互用法で、「互いに互いと会う」意。ただし 1 複なら本来 fyndimsk になるはずだが、u なのは 1 単 fyndumk の類推か?

innan 属格支配。「〜以内に」。

fimm 不変化「5」。

skylda 過 1 単 < skulu。

skiljaz 不・再帰「(við 〜と) 別れる」。

hreinlífis (中) 単属 < -lífi「純潔な生活」。

þér 2 複主。ここからまた複数に戻る。

takið 接・現 2 複 < taka。直・現 2 複も同形だが、nema の後なので接続法にとっておこう (さきの nema hon nemi もそうであった)。


Nú kjósið annathvárt!”


kjósið 命・2 複 < kjósa。

annathvárt 中単対 < annarrhvárr「2 つのうちのどちらか、一方か他方か」。


Flóres mælti: “Nú á þessum degi vil ek við kristni taka.”


þessum ↓男単与 < sjá「この」。指示代名詞。

degi (男) 単与 < dagr。「では,今日から」という訳は曖昧。nú が「では」にあたるのだとしたら、そこで前域が終わって nú vil ek ... と置きたくなる気がするが、そうではないので nú と á þessum degi は同じものを言っていて「今日この日に」という感じではないか (もちろんそのうえで「では」も言ったって構わないが)。

mardi 24 août 2021

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 8

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 8「鍛冶工ヴェレント」(80–83 頁) の文法解説。原典は「シズレクのサガ」第 57 章。(84) という数字はなんなのか不明 (この箇所よりまえにもっと大きい数字が出てきたりする)。今回から固有名詞については初出でも省略し、とくに格に注意する場合のみ触れる。



(84) Vaði risi er á Sjólandi, sonr Vilkinus konungs ok sjókonunnar, sem fyrr var frá sagt, at búum þeim sem faðir hans gaf honum.


risi (男) 単主「巨人」。巨人を表す単語はいろいろあり、使い分けはかならずしもはっきりしない。Cleasby and Vigfússon の辞書は risi の項で、アイスランドによく知られた hár sem risi, sterkr sem jötunn, heimskr sem þurs「リシのように (背が) 高い、ヨトゥンのように強い、スルスのように愚かな」という言いまわしがあり、risi は体格、jǫtunn は強さ、þurs は知性のなさと結びつくことを紹介しているが、同じ巨人に複数の名詞が使われることもたびたびある。

Vilkinus konungs (男) 単属 < Vilkinus konungr「ウィルキヌス王」。

sjókonunnar (女) 単属・定 < sjókona「人魚」。「以前にそれについて述べられたように」と続くとおり、この人魚は特定で既知の人物として定形になっている。

fyrr 副「以前に」。

búum (中) 複与 < bú「屋敷」。

þeim ↑中複与。指示代名詞。

gaf 過 3 単 < gefa。


Ok ekki er þess getit, at hann hafi baráttumaðr verit, nema unat við þat, er hans faðir gaf honum, þegar fyrir ǫndverðu.


getit 完分 < geta「言及する」。言及する内容は属格で、at 以下を受けなおす þess で示されている。

hafi ... verit 接・現完 3 単 < vera。「戦士であったとは言われていない」という否定形で、つまり「戦士であった」という命題は不確かで仮想上の話なので接続法。

baráttumaðr (男) 単主「戦士」。

nema 接「ではなくて〜」。

unat 完分 < una「満足する」。

við 対格支配。「〜に対して」。

þegar 副「ただちに」。語彙集に抜けているが、『案内』では加わっている。

ǫndverðu (女) 単与 < ǫndverða「最初」。fyrir ǫndverðu で副詞的に「最初に」。これも語彙集になく ǫndverðr「逆の」という形容詞の後ろに出ているが、『案内』ではこれに代わって名詞 ǫndverða に改められた。


Vaði risi átti son ok heitir Velent.


son (男) 単対 < sonr。

heitir 現 3 単 < heita。接続詞 ok を挟んで動詞の時制がいきなり現在になるとともに、主語も息子に変わっている。


Þá er hann níu vetra gamall, er Vaði vill, at hann nemi íþrótt nokkura.


er 1 つめは hann が主語の be 動詞、2 つめは関係副詞「〜するとき」。「そのとき彼は 9 歳である (あった)、ヴァジが〜と望むとき」。

níu 不変化「9」。

vill 現 3 単 < vilja。

nemi 接・現 3 単 < nema「とる、学ぶ」。「彼が技術を学ぶこと」はまだ実現していないヴァジの願望だから。

íþrótt (女) 単対「技術」。

nokkura ↑女単対 < nǫkkurr「ある、なんらかの」。nǫkkura のはずだが o になっているのは成立の年代差もしくは地域差?


Spurt hefir hann til eins smiðs í Húnalandi.


spurt hefir 現完・3 単 < spyrja「尋ねる」。ここでは「(til 〜について) 聞き知る」の意。

smiðs (男) 単属 < smiðr「鍛冶屋」。


Sá heitir Mímir, ok er hann allra manna hagastr.


allra ↓男複属 < allr。

manna (男) 複属 < maðr。最上級に伴う属格「すべての男たちのうち」。

hagastr 最上級・男単主 < hagr「器用な」。


Ok þingat ferr Vaði risi með son sinn Velent ok fekk í hǫnd Mími, at hann skal kenna honum járnsmíð.


þingat 副「そこへ」=þangat。

ferr 現 3 単 < fara「行く」。まだ現在。

með ここでは対格支配。与格だといわば近い立場で「同行していった」、対格では「連れていった」という感じがする。

fekk 過 3 単 < fá「得る、つかむ」。fá í hǫnd で「手の中に持たせる=手渡す」。また突然過去になる。

hǫnd (女) 単対「手」。

Mími (男) 単与 < Mímir。所有の与格。このように身体部位では多い。

skal 現 3 単 < skulu。

kenna 不「知る、教える」。ここは「教える」のほうで、主語 hann がミーミル、間接目的語 honum がヴェレント。

járnsmíð (女) 単対「鉄を鍛えること」。『案内』ではなぜか語彙集のほうだけ jarnsmíð となるミス。


Síðan ferr Vaði risi heim í Sjóland til búa sinna.


heim 副「家へ」。

búa (中) 複属 < bú。

sinna ↑中複属 < sinn。


Í þann tíð var með Mími Sigurðr sveinn ok gerir margt illt hans smiðjusveinum, barði þá ok beysti.


með 今度は与格支配。「〜とともに、のもとに」。

sveinn (男) 単主「少年、弟子」。

gerir 現 3 単 < gera「する、行う、作る」。

margt ↓中単対 < margr「多くの」。

illt (中) 単対「悪、悪いこと」。

smiðjusveinum (男) 複与 < smiðjusveinn「鍛冶屋の弟子」。

barði 過 3 単 < berja「打つ、殴る」。

beysti 過 3 単 < beysta「打つ、殴る」。


Þá spurði Vaði risi, at hans son Velent var illa leikinn fyrir Sigurði, ok gerir eftir honum, ok kemr hann heim í Sjóland.


spurði 過 3 単 < spyrja。

illa 副「悪く」。illr「悪い」の中性単数 (弱変化) の副詞用法。

leikinn 過分・男単主 < leika「遊ぶ」。

fyrir Sigurði「シグルズから、シグルズのせいで」。本書では訳し落とされているが、『案内』では補われている。


Ok nú hefir Velent verit í Húnalandi þrjá vetr, ok er hann nú tólf vetra gamall.


þrjá 男複対 < þrír。þrjá vetr「3 年間」はもちろん期間の対格。

tólf 不変化「12」。


Hann dvelst heima tólf mánaða ok þokkast hverjum manni vel, ok allra manna er hann hagastr.


dvelst 現 3 単・再帰 < dveljask「とどまる」。

heima 副「家で・に」。

mánaða (男) 複対 < mánaðr「月」。語彙集に抜けている (『案内』にもない)。

þokkast 現 3 単・再帰「気に入られる」。-st については注のあるとおり。

hverjum ↓男単与 < hverr「おのおのの、どの〜も」。本書には載っていない変化形 (cf. Barnes, A New Introduction to Old Norse 1, p. 67)。

manni (男) 単与 < maðr。

vel 副「よく」。


 古ノルウェー語版は本書の知識ではどうにもならないので省略する。たぶん、読めということではなく、なんとなく違いを眺めて雰囲気を感じてもらえればいいということで載せているのだと思う。

lundi 23 août 2021

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 7

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 7「Brynhild が Guðrún の夢を解く」(77–79 頁) の文法解説。原典は「ヴォルスンガ・サガ」第 25 章の終わり付近。Byock による英訳ではさらに細かく章を区切っており、第 27 章のほぼ全体にあたる。ここにきてようやく 1 人称の代名詞や動詞活用が頻出するが、これはむしろバランスのいい配列と思う。



1. “Þat dreymði mik,” sagði Guðrún, “at vér gengum frá skemmu margar saman ok sám einn mikinn hjǫrt; hann bar langt af ǫðrum dýrum, hár hans var af gulli;


dreymði 過 3 単 < dreyma「夢を見る (見せる)」。非人称動詞で、対格の人に夢を見せる。

mik 1 単対。人称代名詞「私を」。

Guðrún (女) 単主。「グズルーン (人名)」。

vér 1 複主。人称代名詞「私たちは」。

gengum 過 1 複 < ganga「行く、歩く」。

skemmu (女) 単与 < skemma「離れの部屋、婦人部屋」。

margar 女複主 < margr「多くの」。主語 vér に一致しており、同行した全員が女性であったことを示す。

saman 副「いっしょに」。

sám 過 1 複 < sjá「見る」。

einn ↓男単対。

mikinn ↓男単対 < mikill。

hjǫrt (男) 単対 < hjǫrtr「鹿、牡鹿」。

bar 過 3 単 < bera「運ぶ、担う;生む;耐える」。非常な多義語で、ここでは「振舞う」と語釈されている (sik があればもっと明確)。

langt 副「はるかに」。langr「長い、遠い」の中性単数。

ǫðrum ↓中複与 < annarr。

dýrum (中) 複与 < dýr「鹿、動物」。

gulli (中) 単与 < gull「黄金」。


vér vildum allar taka dýrit, en ek ein náða; dýrit þótti mér ǫllum hlutum betra;


vildum 過 1 複 < vilja「欲する」。

allar 女複主 < allr。やはり主語 vér に一致し、「女性の私たち全員が」ということ。

dýrit (中) 単対 < dýr。

ek 1 単主。人称代名詞「私が」。

ein 女単主 < einn。主語 ek=グズルーンに一致して女性。ここでは「唯一」の意。

náða 過 1 単 < ná「手に入れる」。

þótti 過 3 単 < þykkja「と思われる、見える」。

mér 1 単与。人称代名詞「私に」。

ǫllum ↓男複与。

hlutum (男) 複与 < hlutr。比較の与格。

betra 比較級・中単主 < góðr。主語は dýrit なので中性。


síðan skauztu dýrit fyrir knjám mér, var mér þat svá mikill harmr, at ek mátta trautt bera;


síðan 副「そのあと」。

skauztu = 過 2 単・再帰 skauz < skjóta「撃つ」+ þú「あなたは」。前者は標準つづりでは skautt + -sk で skauzk だが、-zk も -sk も 12 世紀以降 -z で現れるようになり、13 世紀後半までにはそちらが多くなる (Gordon and Taylor, §125)。þú は動詞定形に接尾され、無声音のあとなので同化して tu になる (文法編 §22;Gordon and Taylor, §108)。

knjám (中) 複与 < kné「膝」。

mér 1 単与。ここでは所有の与格で、「私の膝」。

svá 副「それほど」。後の at でどれほどかを説明している。Cf. 英 so ... that。

harmr (男) 単主「悲しみ」。

mátta 過 1 単 < mega「〜できる」。

trautt 副「ほとんど〜ない」。

bera 不。ここでは「耐える」の意。


síðan gaftu mér einn úlfhvelp, sá dreifði mik blóði brœðra minna.”


gaftu = gaft 過 2 単 < gefa「与える」+ þú。

úlfhvelp (男) 単対 < úlfhvelpf「狼の仔」。

dreifði 過 3 単 < dreifa「撒き散らす」。

blóði (中) 単与 < blóð「血」。具格的与格。

brœðra (男) 複属 < bróðir「兄弟」。

minna ↑男複属 < minn。


Brynhildr svarar: “Ek mun ráða, sem eptir mun ganga:


Brynhildr (女) 単主「ブリュンヒルド (人名)」。

mun 現 1 単 < munu「〜だろう」。2 つめの mun は現 3 単。

ráða 不「夢を解釈する」。

ganga 不。ここでは物事がそのとおりに「運ぶ、生じる」ということ。


til ykkar mun koma Sigurðr, sá er ek kaus mér til mannz;


ykkar 2 双属。本書の訳と注は断りなく「あなたの」と書いているが、なぜ双数なのかは不明。王などに対しては 1 人相手であっても複数を使う「尊厳の複数」は知られているが、双数にそういう用法があるとは確認できないし、この続きでは þú を使っているので蓋然性は低い。ここで話題に出ているグズルーンとグリームヒルドだけを指すとすれば理屈は通るが、シグルズが来るのはギューキ王の館へであってそこには王や 3 人の息子 (グズルーンの父と兄たち) もおり、別段 2 人だけに会いにくるわけでないから釈然としない。これはむしろ複数の意味で使われていると解すべきだろうか (双数の消えた現代アイスランド語では þið, ykkar, ykkur が 2 人称複数に使われるので、そこへの過渡期?)。

Sigurðr (男) 単主「シグルズ (人名)」。

kaus 過 1 単 < kjósa「選ぶ」。

mannz (男) 単属 < maðr。ここでは「夫」の意。


Grímhildr gefr honum meinblandinn mjǫð, er ǫllum oss kemr í mikit stríð;


Grímhildr (女) 単主「グリームヒルド (人名)」。グズルーンの母。

gefr 現 3 単 < gefa。

honum 3 男単与。人称代名詞「彼に」。シグルズを指す。

meinblandinn ↓男単対「毒入りの、毒を混ぜた」。mein (中) が「害、苦しみ、病」の意。下宮『案内』では誤って語彙集から消されている。

mjǫð (男) 単対 < mjǫðr「蜜酒」。

ǫllum 中複与 < allr。oss に一致し「私たち全員に」。

oss 1 複与。

kemr 現 3 単 < koma。ここでは与格の相手を「運ぶ、送りこむ」の意。なお語彙集でそのことを「他動詞的に」と言っているのは語弊がある (まさか oss ǫllum を対格と取り違えているのではあるまいが)。

mikit ↓中単対 < mikill。

stríð (中) 単対「争い」。


hann mantu eiga ok hann skjótt missa;


hann 3 男単対。eiga の目的語。

mantu = mant 現 2 単 < munu + þú。munu の現在単数は本来 mun, munt, mun だが、14 世紀以降ノルウェー語の影響で man, mant, man も現れた (Gordon and Taylor, §146)。

skjótt 副「まもなく」。形容詞 skjótr「速い」の中性単数の副詞用法。

missa 不「失う」。ここでは目的語に対格の hann をとっているが、次の文では属格目的語。


þú munt eiga Atla konung; missa muntu brœðra þinna, ok þá mantu Atla vega.


Atla (男) 単対 < Atli「アトリ (人名)」。

konung (男) 単対 < konungr。Atla に同格の説明。

muntu = munt 現 2 単 < munu + þú。前文の mantu の説明も参照。

brœðra (男) 複属 < bróðir。missa は目的語に属格をとることもある。

þinna ↑男複属 < þinn。

vega 不「戦う、殺す」。

dimanche 22 août 2021

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 6

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 6「スノリのエッダ」(74–76 頁) の文法解説。原典は「ギュルヴィたぶらかし」第 3, 15, 51, 53 章からの抜粋。最後の 12「巫女の予言」を除けば今回がいちばん長いだろう。本の注解には完全に誤っているところ (er til = to which?) や語彙集のミスで正しく読めないところが散見され、そういった場合に悩む学習者の参考になれば幸いである。



[3] Gangleri hóf svá mál sitt: “Hverr er œztr eða ellztr allra goða?”


Gangleri (男) 単主「ガングレリ」。「旅路に疲れた者」の意か。下宮・金子の注および訳はギュルヴィ゠ガングレリをオーディンだと言っているが、人間であるスウェーデン王が神々のことを知ろうとして訪ねてきて、最後はまた人間世界に戻るのだからそれはおかしい。ジメクはガングレリがオーディンの異名であることに触れたあと、「スノッリは神々のところへ来るギュルヴィをもガングレリと名づけているが、これは確実にオーディンと同一ではない」と言っている (Simek, Lexikon der germanischen Mythologie, Gangleri の項)。もっともハール、ヤヴンハール、スリジおよびガングレリがすべてオーディンの別名でもあるところから、これが全部オーディンの 4 役による一人芝居、自作自演であるとする解釈もないではない (水野『生と死の北欧神話』32 頁)。

hóf 過 3 単 < hefja「始める」。

mál (中) 単対「言葉」。

sitt ↑中単対。

hverr 男単主。疑問代名詞「誰」。

œztr 最上級・男単主「もっとも高い」(原級なし)。

eða 接「または」。

ellztr 最上級・男単主 < gamall「古い、年老いた」。標準化つづりでは elztr。

allra ↓中複属 < allr。この課にはたいへん多様な allr の変化形が出てくるので注意して見られたい。

goða (中) 複属 < goð「神」。最上級 œztr, ellztr の比較する範囲を定めている複数属格「すべての神々のうちで」。


Hár segir: “Sá heitir Allfǫðr at váru máli.[”]


segir 現 3 単 < segja。最初の動詞は過去であったが、ここから現在が 3 度続く。これはいわゆる歴史的現在もしくは物語の現在と呼ばれるもので、非常にしばしば現れまた唐突に交替する (Gordon and Taylor, §167)。

Hár (男) 単主「ハール」。「高き者」の意。

男単主。指示代名詞。

Allfǫðr (男) 単主「アルフォズル」。「万物の父」の意。

váru ↓中単与 < várr。所有代名詞。

máli (中) 単与 < mál。


Þá spyrr Gangleri: “Hvar er sá guð eða hvat hefir hann unnit framaverk?”


spyrr 現 3 単 < spyrja「尋ねる」。

hvar 副「どこに」。

guð (男) 単主「神」。

hvat ⇣中単対。疑問代名詞。単独でも「何を」のように使えるが、ここでは framaverk にかかって「どんな偉業を」。

hefir ... unnit 過完 3 単 < vinna「働く」。

framaverk (中) 単対「立派な仕事、偉業」。


Hár segir: “Lifir hann of allar allðir ok stjórnar ǫllu ríki sínu ok ræðr ǫllum hlutum, stórum ok smám.”


lifir 現 3 単 < lifa「生きる」。

of 対格支配。「〜にわたって、を通じて」。なぜか語彙集では虚辞としか書かれておらず、これでは訳せない。

allar ↓女複対 < allr。

allðir (女) 複対 < ǫld「時代」。allðir という形では本書の語彙で読めないので、Faulkes の版に従い aldir と読む。これは ǫld の複対。

stjórnar 現 3 単 < stjórna「統治する」。目的語は与格なので自動詞と書かれている。

ǫllu ↓中単与 < allr。u-ウムラウトによって a が ǫ になっている。本書の語彙集では ǫ のところで引いても載せてくれているが、可能なら a だと見抜いて引けるようにならないといけない。

ríki (中) 単与「王国」。

sínu ↑中単与 < sinn。

ræðr 現 3 単 < ráða「支配する」。語彙集には他動詞と書かれているが、「支配・統治する」の意味のとき目的語は与格。

ǫllum ↓男複与 < allr。

hlutum (男) 複与 < hlutr「物、部分」。

stórum ↑男複与 < stórr「大きい」。

smám ⇡男複与 < smár「小さい」。


Þá mælti Jafnhár: “Hann smíðaði himin ok jǫrð ok loptin ok alla eign þeirra.”


mælti 過 3 単 < mæla「語る、言う」。さきほどまで segir, spyrr, segir と現在形の伝達動詞が続いたが過去に戻った。

Jafnhár (男) 単主「ヤヴンハール」。「等しく高き者、同じほど高き者」の意。この日本語は定訳ながらわかりにくいかもしれないが、前出のハールと比べて同じ高さ・尊さということ。そしてそういう名前なのになぜかハールよりも高い席に座っているのがおもしろい。

smíðaði 過 3 単 < smíða「作る」。

himin (男) 単対 < himinn「天」。

jǫrð (女) 単対「地」。

loptin (中) 単対・定 < lopt「大気、空」。

alla ↓女単対 < allr。

eign (女) 単対「財産、所有物」。

þeirra 3 中複属。「それらの」。複属では 3 性同形だが、ここでは himinn ok jǫrð ok loptin という混合集団を指すので中性複数。


[15] Þá mælti Gangleri: “Hvar er hǫfuðstaðrinn eða helgistaðrinn goðanna?”


hǫfuðstaðrinn (男) 単主・定「主たる場所、首府」。hǫfuð「頭、首」と staðr「場所」が複合しているだけ。

helgistaðrinn (男) 単主・定「聖所、聖地」。これも heilagr「聖なる」がついているだけ。

goðanna (中) 複属・定 < goð。


Hár svarar: “Þat er at aski Yggdrasils; þar skulu guðin eiga dóma sína hvern dag.”


svarar 現 3 単 < svara「答える」。また現在時制になった。

aski (男) 単与 < askr「トネリコ」。

Yggdrasils (男) 単属 < Yggdrasill「ユグドラシル」。「ユッグの馬」の意で、ユッグはオーディンの別名。

skulu 現 3 複「〜すべきである、することになっている」。

guðin (中) 複主・定 < guð。

eiga 不「所有する」。eiga dóma で「裁判にかける」の意。

dóma (男) 複対 < dómr「意見、判決」。

sína ↑男複対 < sinn。

hvern ↓男単対 < hverr「各、おのおのの」。

dag (男) 単対 < dagr。時間の対格。hvern dag で「毎日」。


Þá mælti Gangleri: “Hvat er at segja frá þeim stað?”


þeim ↓男単与。指示代名詞。

stað (男) 単与 < staðr。この文全体が「どんな場所か」とごく簡潔に訳されているが、省略せずに直訳すれば「その場所について語られるべきことは何ですか」。


[Þ]á segir [J]afnhár: “Askrinn er allra tréa mestr ok beztr; limar hans dreifaz yfir heim allan ok standa yfir himni.


前頁にあわせて Iafnhár を J- に改める。

askrinn (男) 単主 < askr。

allra ↓中複属。

tréa (中) 複属 < tré「木」。

mestr 最上級・男単主 < mikill。

beztr 最上級・男単主 < góðr。

limar (女) 複主「枝」(複のみ)。

hans 3 男単属。askrinn を受ける。

dreifaz 現 3 複「伸びる」。標準化つづりでは dreifask。

yfir 対格支配。「〜の上を」。

heim (男) 単対 < heimr「世界」。

allan ↑男単対 < allr。

standa 現 3 複「立っている」。

yfir 与格支配。「〜の上に」。さきほどと格が異なるのは、空間に「伸び広がる」対格と静止した位置に「立っている」という動詞の違いかと思われるが、次の文末の stendr yfir Niflheim も参照のこと。

himni (男) 単与 < himinn。


Þrjár rœtr trésins halda því upp ok standa afar breitt; ein með ásum, ǫnnur með hrímþussum, þar sem forðum var Ginnungagap; en þriðja stendr yfir Niflheim.


þrjár ↓女複主 < þrír「3 つの」。

rœtr (女) 複主 < rót「根」。

trésins (中) 単属・定 < tré。その木=ユグドラシルを指す。

halda 現 3 複「保つ」。

því 3 中単与。人称代名詞。指示対象は tré(it) で、やはりユグドラシルを指す。Dative of object (目的語の与格) と注があるが、Gordon and Taylor (§158) はこれも instrumental dative (具格的与格) と呼ぶ。

upp 副「上へ」。ここでは halda upp で「支える」の意。

afar 副「非常に」。

breitt 副「広く」。breiðr「広い」の中性単数の副詞用法。

ein 女単主 < einn「1 つの」。女性名詞 rót が省略されている。

með 与格支配。「〜とともに」。

ásum (男) 複与 < áss「神、アース神族」。

ǫnnur 女単主 < annarr「第 2 の」。やはり rót が省略。

hrímþussum (男) 複与 < 複主 hrímþursar「霜の巨人」。注のとおり -rs- が同化して -ss- となっている。

forðum 副「かつて、昔」。

Ginnungagap (中) 単主「ギンヌンガガプ」。「大口を開けた深淵」の意かと言われている。

þriðja 女単主 < þriði「第 3 の」。もちろん rót が省略。

stendr 現 3 単 < standa。

Niflheim (男) 単対 < Niflheimr「ニヴルヘイム」。前文と異なり、ここでは動詞が standa なのに yfir + 対格となっている。しかし前掲の Faulkes によるエディションでは yfir Niflheimi と読まれており与格である。この場合は前の説明で一貫することになる。


En undir þeiri rót er til hrímþursa horfir, þar er Mímisbrunnr, er spekð ok manvit er í fólgit, ok heitir sá Mímir er á brunninn; hann er fullr af vísindum, fyrir því at hann drekkr ór brunninum af horninu Gjallarhorni.


undir 与格支配。「〜の下に」。

þeiri 女単与。指示代名詞。関係節 er がかかるため rót についている。

hrímþursa (男) 複属 < hrímþursar。

horfir 現 3 単 < horfa「向く、向かう」。方向は til + 属格で示されている。その箇所に「er til = to which」と注があるがこれは勘違い。til は er ではなく明確に hrímþursa を支配しており、er は þeiri rót を先行詞とし関係節内では主語の役割をしている。もし to which としたら ‘under the root to which the frost-giants reaches’ となり、horfir = reaches は単数なのだから対応する主語がなくトンチンカンになってしまう。‘under the root which reaches to the frost-giants’ が正しい。

Mímisbrunnr (男) 単主「ミーミルの泉」。

spekð (女) 単主「知恵」。

manvit (中) 単主「知恵、理性」。

í 副「その中に」=ミーミルの泉の中に。

fólgit 過分・中単主 < fela「隠す」。主語=隠されているものは spekð ok manvit のはずなのに、動詞が単数の er で過去分詞も中性単数の理由は定かでないが、spekð と manvit がほぼ同義の言いかえなのでまとめて扱い、近いほうの manvit に一致させたためだろうか?

Mímir (男) 単主「ミーミル」。語順がわかりづらければ、Mímir heitir sá er á brunninn「その泉を所有している者はミーミルという名だ」のように並べかえると見やすい。

á 現 3 単 < eiga。前置詞ではないので間違えないように。

brunninn (男) 単対・定 < brunnr「泉」。

fullr 男単主「満ちている」。

vísindum (中) 複与 < 複主 vísindi「知識」。

fyrir því at「〜ということのために」。中単与 því は at 節を受けなおしており、与格支配の fyrir がそれを目的語にとることを明確化している。

drekkr 現 3 単 < drekka「飲む」。

brunninum (男) 単与・定 < brunnr。

horninu (中) 単与・定 < horn「角笛、角杯」。

Gjallarhorni (中) 単与 < -horn「ギャッラルホルン」。horninu に同格「ギャッラルホルンという角杯で」。ギャッラルホルンはヘイムダルがラグナロクのときに吹いて神々を呼び覚ます角笛の名でもあり、これが杯と同一のものであるかは定かでない。


Þar kom Allfǫðr ok beiddiz eins drykkjar af brunninum, en hann fekk eigi fyrir en hann lagði auga sitt at veði.


beiddiz 過 3 単・再帰 < beiða「乞う」。乞う相手が対格 (ここでは自明にミーミルなので省略されている) で、ほしい対象の物は属格に置かれる。再帰 -sk は「自分のために」という間接目的と解せる。

eins ↓男単属 < einn。

drykkjar (男) 単属 < drykkr「飲むこと」。語彙集には「drykkja [女] 飲むこと,一飲み」しか出ていないが、もしそれだとすれば drykkjar という形にはなれないし (斜格はすべて drykkju)、男性の eins も宙に浮いてしまう。これも著者の間違い。

fekk 過 3 単 < fá「得る」。

lagði 過 3 単 < leggja「置く」。

auga (中) 単対「目」。

veði (中) 単与 < veð「担保、代償」。


[51] Úlfrinn gleypir sólna.


úlfrinn (男) 単主・定 < úlfr「狼」。

gleypir 現 3 単 < gleypa「呑みこむ」。

sólna (女) 単対 < sól「太陽」。標準形は sólina だが、弱音節なので落とすこともできる。


Stjǫrnurnar hverfa af himninum.


stjǫrnurnar (女) 複主・定 < stjarna「星」。

hverfa 現 3 複「回る、消える」。

himninum (男) 単与・定 < himinn。


Þá skelfr jǫrð ǫll ok bjǫrg, ok geysiz hafit á lǫndin.


skelfr 現 3 単 < skjálfa「震える」。長い á なら i-ウムラウトで e になるのはおかしいのではないかと一見思われるが、これは l + f, m, p, g, k の前に立つ短い後舌母音 a が長くなるという現象が 13 世紀初頭に起こったため (Gordon and Taylor, §54)。前出の fela—fólgit も同様。

jǫrð (女) 単主。

ǫll ↑女単主 < allr。

bjǫrg (中) 複主 < bjarg「岩、山」。skelfr が単数だったので、こちらは同じ動詞が省略されているとみなせる。語順に忠実に、聞こえる順番に受けとれば、「そのとき震えるだろう、地のすべてが」までいったん言ってしまって、それから「そして山々も (震えるだろう)」と付け足す感じ。

geysiz 現 3 単・再帰 < geysask「突進する」。

hafit (中) 単主・定 < haf。

lǫndin (中) 複対・定 < land。


[53] Upp skýtr jǫrðunni þá ór sænum ok þá grœn ok fǫgr; vaxa þá akrar ósánir.


skýtr 現 3 単 < skjóta「撃つ、撃ち出す」。これも具格的与格をとる動詞。船の場合は「水面に浮かべる、進水させる」の意もあり、その拡張として捉えられるか。主語がない非人称用法で、いわば自然が「地を浮かべさせる」。

jǫrðunni (女) 単与・定 < jǫrð。

sænum (男) 単与・定 < sær「海」。

grœn 女単主 < grœnn「緑の」。次の fǫgr とともに、女性名詞 jǫrð に一致している。

fǫgr 女単主 < fagr「美しい」。

vaxa 現 3 複「成長する」。

akrar (男) 複主 < akr「畑」。

ósánir ↑男複主 < ósáinn「種をまかれていない」。sá「種をまく」の過去分詞に否定辞のついたもの。akrar を直接限定 (修飾) するというよりか、同格で述語的・副詞的に働いているかもしれない。

下宮・金子『古アイスランド語入門』テキスト 5

下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 5「赤毛のエリクのサガ」(72–73 頁) の文法解説。前回までの 2 倍の長さになるため、既出の単語や変化形はなるべく省略を増やしていく。



Þorvaldr hét maðr.


Þorvaldr (男) 単主「ソルヴァルド (人名)」。

hét 過 3 単 < heita。


Eiríkr rauði hét sonr hans.


Eiríkr (男) 単主「エイリーク (人名)」。

rauði ↑男単主・弱 < rauðr「赤い」。定である人名を形容するため弱変化。

sonr (男) 単主「息子」。

hans 3 男単属。「彼の」。


Þeir námu land á Hornstrǫndum ok bjuggu at Drǫngum.


námu 過 3 複 < nema「とる」。nema land は文字どおりには「土地をとる・奪う」の意だが、「植民する」ということ。

Hornstrǫndum (女) 複与 < Hornstrǫnd「ホルン海岸 (地名)」。語彙集には Horn が中性としてこの後ろに Hornstrǫnd があげられており、strǫnd 単独では出ていないが、これの性は女性である。

bjuggu 過 3 複 < búa「住む」。強変化 VII 類 búa—bjó—bjuggu—búinn。byggja—bygði「住む」とはべつの動詞なので注意。

at 与格支配。「(場所) に・で」。

Drǫngum (女) 複与 < 複主 Drangar「ドランガル (地名)」。


Þar andaðisk Þorvaldr.


þar 副「そこで」。

andaðisk 過 3 単・再帰 < andask「死ぬ」。anda 単独では「息を吸う、生きる」。


Sigldi Eiríkr á haf undan Snæfellsjǫkli.


sigldi 過 3 単 < sigla「帆を張って進む」。

haf (中) 単対。

undan 与格支配。「〜に沿って」。

Snæfellsjǫkli (男) 単与 < Snæfellsjǫkull「スネーフェルスヨクル (地名)」。現代語読みでは「スナイフェルスヨークトル」。


Hann kom útan at jǫkli þeim, er heitir Bláserkr.


kom 過 3 単 < koma。

útan 副「外から」。ノルウェーを基準にして út「外へ=ノルウェー国外へ」、útan「外から=ノルウェー国外から、とくにアイスランドから」という用法があり、ここでも「アイスランドから出てきて」ということ。

jǫkli (男) 単与 < jǫkull「氷河」。

þeim ↑男単与。指示代名詞。このように関係代名詞の先行詞に指示代名詞を付すことは文法編 §27、より多くの実例は Chapman, Lesson 10 を参照。

er 関係小辞。関係節のなかでは主語の役割。

heitir 現 3 単 < heita。

Bláserkr (男) 単主「ブラーセルク (地名)」。


Hann fór þaðan suðr at leita, ef þar væri byggjanda.


fór 過 3 単 < fara。

þaðan 副「そこから」。

leita 不「探す」。現代語でも Google なり辞書なりで「検索する」ときこの動詞を使う。

ef 接「〜かどうか」。

væri 接・過 3 単 < vera。人が住める場所があるかどうかまだわからない仮想の話なので接続法。

byggjanda 現分・中単主 < byggja。現在分詞はつねに弱変化。land が省略されているので中性単数。「人が住んでいる」という注が与えられているが、ものすごく語弊があり、これではすでに現に人が住んでいる場所があるかどうか探したようである。しかしもしそういう意味であれば過去分詞で bygt と言われたはずだから、ここは「住むような、住むべき」ということ。参考までに 2 種の英訳を示す:‘to discover whether the land was habitable there’ (Jones 訳)、‘seeking suitable land for settlement’ (Kunz 訳)。


Þat sumar fór Eiríkr at byggja land þat, er hann hafði fundit ok hann kallaði Grœnland, því at hann kvað menn þat mjǫk mundu fýsa þangat, ef landit héti vel.


þat ↓中単対。指示代名詞。

sumar (中) 単対「夏」。期間の対格。

er 関係小辞。先行詞は land þat。

hafði fundit 過完 3 単 < finna。

Grœnland (中) 単対「グリーンランド (地名)」。

því at「というのは、なぜなら」。

kvað 過 3 単 < kveða「言う、話す」。言う内容が続く対格不定法構文で示されている。

menn (男) 複対 < maðr。これは主語ではなく fýsa の目的語。

þat 中単対。指示代名詞。対格不定法構文の対格主語。ef 節=その国がグリーンランドという魅力的な名前をもつこと、を指す。

mjǫk 副「大いに、とても」。本書の訳文では訳し落とされている。

mundu 過去不定詞 < munu「〜だろう、かもしれない」。過 3 複と同形だがそうではなく、対格不定法構文の動詞。

fýsa 不「〜したい気にさせる」。助動詞 mundu に従えられているので不定形。非人称動詞で、対格目的語 (ここでは menn) をとってその人を促す。

þangat 副「そこへ」。

landit (中) 単主・定 < land。

héti 接・過 3 単 < heita。もしの話なので接続法。

vel 副「よく」。よく名づけられる=よい・魅力的な名前をもつ。


Svá segir Ari Þorgilsson, at þat sumar fór hálfr þriði tøgr skipa til Grœnlands ór Breiðafirði ok Borgarfirði, en fjórtán kómusk út; sum rak aptr, en sum týndusk.


下宮『案内』ではこの文のまえに 3. と番号が置かれ区切られている。この一文は前掲 Jones 訳では第 2 章末にあるが、Kunz 訳ではなぜか存在しない。

segir 現 3 単 < segja。

fór 過 3 単 < fara。主語は 25 隻の船だが、文法的には (hálfr þriði) tøgr という単数名詞のため動詞も単数。

hálfr ↓男単主「半分の」。

þriði ↓男単主「第 3 の」。

tøgr (男) 単主「10 個の集まり」。10 個ずつのグループの 3 つめが半分だから 25。

skipa (中) 複属 < skip「船」。

Grœnlands (中) 単属 < Grœnland。

Breiðafirði, Borgarfirði いずれも (男) 単与 < -fjǫrðr。

fjórtán 不変化「14」。skipanna (中) 複属・定「その船々のうちの」が省略されている。

kómusk 過 3 複・再帰 < komask「目的地に着く」。

út 副「外へ、外国へ」。出航地点はノルウェーではなくアイスランドだが、行き先がやはりノルウェーから見て外地のグリーンランドだから使われているのだろう。

sum 中複対 < sumr「いくつかの、ある」。非人称動詞 reka の目的語なのでこちらは対格。中性なのは skip が中性だから。

rak 過 3 単 < reka「押し流す」。aptr「戻って」があるので「押し戻す、押し返す」ということ。

sum 中複主 < sumr。こちらは主格主語。

týndusk 過 3 複・再帰 < týna「失う」。受動の意味の再帰態。