dimanche 28 mars 2021

塚崎『星の王子さまの世界』フランス語文献一覧

塚崎幹夫『星の王子さまの世界』(中公文庫、2006 年〔初版は中公新書、1982 年〕) は『星の王子さま』解釈の必読文献のひとつである。Amazon レビューのほうにも概略を書いておいたとおり、塚崎説といえば「3 本のバオバブ=枢軸国」の提唱に代表されるように、『星の王子さま』を戦時下の状況を反映した一種の戦争文学のように読むものとして有名であって、その印象が独り歩きしている感もあるが決してそればかりに尽きる本ではない。

さて本書の文庫版 155–168 頁にあたる「読み方くらべへの招待」という節では、『星の王子さま』に関して分析したフランス語文献から注目すべき箇所を拾い出して集めており、これらの文献は現在に至るもなおほとんどが未邦訳であるゆえに貴重な紹介となっている。もとより本書の初版が出た 1982 年以前の古い文献ばかりではあるが、内容は古びているわけではなく、その所論のうちいくつかは現在まで影響を及ぼしている。

ところが本書ではそれらの文献名は日本語訳され著者名はカタカナ表記でのみ掲げられているために、参照にあたってきわめて不便である。類書でしばしば引かれている有名な文献はすぐにピンとくるが、そうでないものも若干ある。そこでこの記事では自分用のメモとしてそれらの原語 (フランス語) でのタイトル・著者名を探してまとめておくことにする。
  1. ルネ・ゼレル『アントワーヌ・ド・サン゠テグジュペリの知られざる生活、あるいは星の王子さまの寓話』一九四八年刊 → Renée Zeller, La vie secrète d’Antoine de Saint-Exupéry ou la parabole du Petit Prince, 1948.
  2. イヴ・ル・イル『サン゠テグジュペリの星の王子さまのなかの幻想と神秘』一九五四年刊 → Yves Le Hir, Fantaisie et mystique dans Le Petit Prince de Saint-Exupéry, 1954.
  3. R.-M. アルベレス『サン゠テグジュペリ』一九六一年刊 → René Marill Albérès, Saint-Exupéry, 1961.〔邦訳あり:中村三郎訳『サン゠テグジュペリ』白馬書房、1970 年;水声社、1998 年。〕
  4. ピエール・パジェ『サン゠テグジュペリと子供の世界』一九六三年刊 → Pierre Pagé, Saint-Exupéry et le monde de l’enfance, 1963.
  5. ピエール゠アンリ・シモン「星の王子さまとの出会い」(アシェット社編『サン゠テグジュペリ』一九六三年刊)→ Pierre-Henri Simon, « A la rencontre du Petit Prince » ; René Marill Albérès et al., Saint-Exupéry, 1963 所収。
  6. クレマン・ボルガル『サン゠テグジュペリ、信仰なき神秘家』一九六四年刊 → Clément Borgal, Saint-Exupéry : Mystique sans la foi, 1964.
  7. ジャックリーヌ・アンシー『サン゠テグジュペリ、人と作品』一九六五年刊 → Jacqueline Ancy, Saint-Exupéry : l’homme et son œuvre, 1965.
  8. セルジュ・ロジック『サン゠テグジュペリの人間の理想』一九六五年刊 → Serge Losic, L’Idéal humain de Saint-Exupéry, 1965.
  9. ジョゼット・スメタナ『サン゠テグジュペリとヘミングウェイにおける行動の哲学』一九六五年刊 → Josette Smetana, Philosophie de l’action chez Saint-Exupéry et Hemingway, 1965.
  10. ピエール・ド・ボアドフル「われわれのジャン゠ジャック」(ルネ・タヴェルニエ編『裁かれるサン゠テグジュペリ』一九六七年刊)→ Pierre de Boisdeffre, « Notre Jean-Jacques » ; René Tavernier (éd.), Saint-Exupéry en procès, 1967 所収。
  11. イヴ・モナン『星の王子さまの秘教』一九七六年刊 → Yves Monin, L’Esotérisme du Petit Prince de Saint-Exupéry, 1976.
  12. マリ゠アンヌ・バルベリ『サン゠テグジュペリの星の王子さま』一九七六年刊 → Marie-Anne Barbéris, Le Petit Prince de Saint-Exupéry, 1976.
これらのうち 1., 2., 11., 12. の 4 書は山崎庸一郎『星の王子さまの秘密』(彌生書房、新装版 1994 年) でも参照され、とくに参考にしたと評されている。また藤田尊潮『『星の王子さま』を読む』(八坂書房、2005 年) の参考文献には 3., 5., 8., 10., 11. (5. と 10. については個別の論文名ではなくそれを収載している編著のほう) が、三野博司『「星の王子さま」事典』(大修館書店、2010 年) には 1., 2., 3., 11., 12. が挙がっている。以上、作品研究を進めフランス語文献に直接あたる人の助けともなれば幸いである。

samedi 20 mars 2021

サーミ語の「おじ・おば」

サーミ語 (北サーミ語を指すものとする、以下同様) の親族語彙には不思議なところがある。ヨーロッパの多くの言語がそうであるように、兄と弟、姉と妹については長幼の区別をもたないにもかかわらず、「おじ」と「おば」についてはさまざまな単語がある、それも日本語の「伯・叔」以上に細かい区別があるのである。

区別のしかたもまた独特で、論理的に考えうる {年上,年下} × {父方,母方} の 4 通りをすべて識別するのではなく、なぜか 3 通りずつ、それも男 (おじ) か女 (おば) かによって分けかたが異なっている。どういうことか。

まず「おじ」を指す単語には次の 3 種類がある。eahki は「父方の伯父」、つまり父の兄。čeahci は「父方の叔父」、つまり父の弟。そして eanu は「母方のおじ」、ここでひらがなで書いたのは母方の場合母の兄か弟かを区別しないためである。さらに 4 つめとして「義理のおじ」を意味する máhka もあるが、これは父方か母方か、年上か年下か、いずれも区別しない。父か母かの姉妹いずれかの夫はすべてこれにあたる。

他方「おば」のほうはどうか。こちらは goaski「母方の伯母」=母の姉、muoŧŧa「母方の叔母」=母の妹、siessá「父方のおば」=父の姉か妹、の 3 通りである。またやはり義理の場合には ipmi が父方・母方の兄弟問わずの妻を指す。

つまり、男女で分類が同じではないが、どちらが優遇・特別視されているというのではなく、いわば鏡のように対称的な構造となっている。親と同性のキョウダイで年上か年下か、親と異性のキョウダイか、という 3 種類ずつがあるわけである。

いったいどうしてサーミ語でそういう語彙体系が生じたのかはわからない。相続かなにか、サーミ人の文化的な決まりごとのなかで重要な分類だったのであろうか。サーミ語と近縁関係にあり地理的にも隣接しているフィンランド語ではこのようではない。フィンランド語の「おじ」には setä「父方のおじ」と eno「母方のおじ」のように父方・母方でべつの単語があるが、年齢では区別していない。「おば」に至っては täti の 1 種類だけである (これはフランス語 tante「おば」とそっくり——ドイツ語・オランダ語の Tante, tante はそこからの借用——であるが関係はなく、フィン祖語に遡るものらしい)。

それにしても、自分の父の兄と弟、母の姉と妹には別々の単語を用意しているにもかかわらず、当の自分の兄と弟、姉と妹は区別しないというのも奇妙な話だ。兄も弟も viellja、姉も妹も oabba である。ということは上述の各種おじ・おばを説明するのには「父の兄」のように 2 語では記述できず、「父の年上の兄弟」と 3 語を要するということになるのではないか。

ついでながら「いとこ」についても区別するのは性別だけで、vilbealli「従兄弟」と oambealli「従姉妹」があるのみ、年上・年下も父方・母方も区別しない。これらはさきほどの viellja, oabba に bealli「半分」がくっついた成り立ちとなっており、いわば「半兄弟・半姉妹」のいいである。字面だけ見ると、父と母のいずれか一方のみを共有する「異父・異母キョウダイ」のようにも思えてなかなかまぎらわしい。しかしもう 1 世代遡ると、父方または母方いずれかの祖父母をともに共有するのがイトコ関係であるから、なかなか合理的な呼び名なのかもしれない。

参考文献

  • Guttorm, Inga, Johan Jernstletten, og Klaus Peter Nickel (1984). Davvin 2: Samisk begynnerkurs, pp. 6–7.
  • Sammallahti, Pekka (1998). The Saami Languages: An Introduction, p. 109.