dimanche 30 juin 2019

トリエステ方言訳『星の王子さま』を読む:第 4 章

トリエステ方言訳『星の王子さま』El Picio Principe の第 4 章の解説。凡例など詳しいことは序文を参照のこと。


P. 17


no poderli veder gnanche col telescopio「望遠鏡でさえ見えない」――gnanche は伊 neanche。ほか、gnente = 伊 niente や gnora = 伊 nuora のように、n が gn になっていることがある。Cf. Zeper, 31, n. 8.

el ghe da「彼はそれに与える」――動詞 dar の直説法現在は、dago, te da, el da, demo, de, i da。Zeper, 241.

’Sto asteroide lo ga visto [...], un astronomo turco「この小惑星は〔……〕トルコの天文学者が見た」――文脈から判断がつくであろうが、この文頭の ’sto asteroide は主語ではなく目的語。もしこれが主語だったとすれば次の直接補語代名詞 lo が浮いてしまう、というのはその仮定のもとでは文末の un astronomo turco が目的語ということになるが、その不定の名詞句を lo で先取りすることはできないので。したがってその場合は lo ではなく非強勢形の二重主語 el であるか、あるいはなにもなく ga visto と続くのでなければならない。このように、直接目的語を文頭に出して倒置する場合、直後に直接目的補語代名詞 (いまは lo) を反復するのは、トリエステ方言の文法というよりは標準イタリア語にある用法 (坂本『現代イタリア文法』338 頁)。Zeper にも二重目的語という節があるが (§8.1.7, p. 108)、そこにはこの件に関連した説明は見いだされない。

Per fortuna, per la reputazion de l’asteroide B 612「幸運なことに、小惑星 B 612 の評判のために」――日本語の訳者もしばしば誤訳する箇所。フランス語原文は « Heureusement pour la réputation de l’astéroïde B 612 » で、「小惑星 B 612 の評判にとって幸運なことに」という意味であり、per 前置詞句は fortuna と強く結びついているので、ここにコンマを挟んではいけない。ケマル・アタテュルクがモデルと考えられるこの「トルコの独裁者 un ditator turco」は、わざわざ小惑星 B 612 のために法令を制定したのではないからである。

参考までに手もとのイタリア語訳 Il Piccolo Principe 11 種を見比べると、Bompiani Bregoli, Bruzone, Candiani, Carra, Colasanti, Di Leo, Gardini, Masini, Piumini の 9 種がコンマなしの «Fortunatamente per la reputazione/fama» (fama は Piumini のみ)、これに対して Cecchini 訳 «Fortunatamente, per la reputazione» と Melaouah 訳 «Fu una vera fortuna, per la reputazione» のみがコンマを挿入している。


P. 18


su’ papà「その人の父親」――単数形の所有形容詞 tuo, tua および suo, sua は語末音が脱落して tu’, su’ となることがあるが、今日これは親族名称の前に来る場合にのみ生き残っている。複数形 tui, tue, sui, sue もかつてそうなることがあったが廃用。Zeper, 78.

Cussì se ghe dirè [...] lori alzerà le spale e i ve traterà come un fioluz「だからもし君たちが彼らに〔……〕と言ったら、彼らは肩をすくめ、君たちを子ども扱いするだろう」――dirè は 2 人称複数、alzerà と traterà は 3 人称複数の未来形。後 2 者は第 1 活用の動詞だが、第 1 活用の未来および条件法の活用語尾にはこの -erà, -eria のほか -arà, -aria も認められており、両方の形が同じほど使われるが、-ar- のほうがより純粋な方言形という。Zeper, 174.


P. 19


Gavessi volù cominciar「始めたかった」――接続法大過去が条件法過去の意味で用いられている。このことは第 1 章で説明した。次の文 Me gavessi piasso dir「言いたかった」も同様。

Per chi che capissi la vita, un principio cussì gavessi avù un’aria ’sai più vera「人生がわかっている人にとっては、このような始めかたがもっとずっと本当らしく思われただろう」――やはり前件だけでなく後件も接続法になっている。この文についてもう 1 点注意すべきは、chi che という冗語で標準語なら che は不要。Zeper, 138. このすぐ次の文にもまた chi che が現れる。

solo che de numeri「数字にしか」――この che もやはり冗語。Zeper, 139.


P. 20


che fussi come lu「〔私が〕彼のようであると」――pensava che の従属節なので接続法半過去になっている fussi の主語は mi だが省略されている。この法と時制では (noi) fùssimo 以外すべて同形の fussi になる (Zeper, 143) ので混同しそうだが、もし主語が彼だとすれば非強勢形主語代名詞 el が省略できないはずである。

Pol darse che mi sia [...]「私は〔……〕なのかもしれない」――伊 può darsi che + 接続法 (io sia) と同じ。すでにここまでの読解で (取りあげなかったものも含めて) 何度も実例を見てきたように、イディオム単位でも標準イタリア語とパラレルになる言いまわしが多いので、方言とはいっても堅実なイタリア語力が求められる。

samedi 29 juin 2019

トリエステ方言訳『星の王子さま』を読む:第 3 章

トリエステ方言訳『星の王子さま』El Picio Principe の第 3 章の解説。凡例など詳しいことは序文を参照のこと。


P. 14


Ghe go messo ’sai tempo「多くの時間がかかった」――この文の残りの語も含めて、訳語の選択と語順まで N. Bompiani Bregoli による伊訳 «Ci misi molto tempo a capire da dove venisse» の敷き写しだが、これは仏原文からすればすなおな訳なので別段どうということもない。そこからも見てとれるように最初の ghe は伊 ci で、伊 metterci「費用・時間をかける」と同じように言えるらしい。

ma ’l pareva no sentir mai le mie「だが彼は私の〔質問〕をまったく聞いていないように見えた」――’l は el で、非強勢形の主語代名詞。誰に「見えた、思われた」pareva かを示す間接補語の「私に」はない。le mie は言うまでもなく所有代名詞「私のもの=質問」(前出 domande を受ける) でイタリア語と同じ。

Solo dele parole, [...], le me ga, [...], svelà tuto「ただ〔……〕言葉だけが私に〔……〕すべてを明らかにした」――コンマで何度も分断されているが、いま掲げた部分が骨格で、dele parole が主語、le はそれを受けてふたたび言われている非強勢形の主語代名詞で二重主語 (Zeper, 104、§8.1.5 の 1.)、me は間接補語、ga ... svelà が動詞で近過去の 3 人称複数である (2 単・3 単・3 複が同形。ga = 伊 a だからといって単数と間違えないように)。第 1 章で説明したとおり、前置詞 de であれば女性冠詞 le とは結合せず de le だが (Zeper, 52s.)、この dele は部分冠詞 (articolo partitivo) なので女性でも dela, dele となる (Zeper, 59)。


P. 15


Lu el me ga dito「彼は私に言った」――lu el の二重主語。3 人称の場合、主語代名詞の強勢形 lu と非強勢形 el の両方を省略することはできず、少なくとも一方は言われねばならない (Zeper, 104)。二重に言ったからといって特別にどうという記述は見いだせないが、Zeper, 106 (§8.1.6 の 1.) によれば「暗示されている場合も含め、強勢形の主語 (代名詞・名詞) の用法はイタリア語のそれと同一である」というから、lu があることそのものが、伊でわざわざ lui の言われる場合と同様の重みをもつと考えてよいと思う。

Te son cascà zo del cel「君は空から落ちたのか」――te は非強勢形の主語代名詞で、3 人称と異なり 2 人称単数では、ti te の両方を言う場合と非強勢形 te だけを言う場合の 2 通りのみが認められ、強勢形 ti だけというのと両方の省略とのパターンは許されない (Zeper, 95, 104, 107)。son cascà は cascar の近過去 2 単で、助動詞 esser の活用形 son は 1 単と同形 (3 人称と同じ ×te xe もあったが廃用。Zeper, 141)。zo は伊 giù。

Mi voio che le mie disgrazie vegni ciapade sul serio「私は私の不運がまじめに捉えられてほしいのだ」――vegni は vignir (伊 venire) の接続法現在 3 複。イタリア語 venire の場合と同じく、vignir を用いた受動態は単純時制でしか用いられない (Zeper, 170)。過去分詞 ciapade は女性複数なので性数一致している。

anche ti te vien del cel「君も空から来たのか」――これは過去の意味の現在というよりは、出身を表すふつうの現在と解すべきだろう。vegnir (不定形は vignir と 2 つの形がある) の直説法現在の活用は vegno, te vien, el vien, vegnimo, vegnì, i vien。ついでに 1 つ前で出た接続法現在は vegno, te vegni, el vegni, vegnimo, vegnì, i vegni。Zeper, 295s.

Go visto tutintun una luce「不意に光を見た」――tutintun「突然、不意に」(伊 all’improvviso) は標準イタリア語にパラレルな単語がないかもしれない。ひょっとして tutto a un tempo か?

Con ’sto trabicolo non te pol esser vignù de ’sai lontan「このおんぼろでは君はそう遠くから来たはずはない」――『小学館 伊和中辞典』を引くと伊 trabiccolo にも、「釣鐘状の輪骨入りの木枠」の次に、諧謔的として「がたのきた道具、がたがたの車」という語義が出ているが、トリエステ方言ではふつうに «veicolo vecchio e sgangherato»「古くて壊れそうな乗り物」の意味に使われているようだ。

ちなみにこの箇所はフランス語の原文では « C’est vrai que, là-dessus, tu ne peux pas venir de bien loin… » となっており、伊 NBB の訳 «Certo che su quello non puoi venire da molto lontano...» は全体を逐語的に移しているが、su quello とはどうも玉虫色の訳である。もともと仏の là-dessus からしてそれほど判明だとは言えないことは、日本語の内藤訳がここを「じゃ」と接続詞のように解したことにも影響を落としているが、それを加藤『自分で訳す星の王子さま』は内藤の誤訳と判定している。トリエステ方言訳 con ’sto trabicolo はこれらに反し、わかりやすく語句を修正したようである。また esser vignù という複合形の不定詞によって時間的先行を示したのもトリエステ独自の改変。


P. 16


’ndò che stago mi「僕のいるところ」――stago は star (伊 stare) の直説法現在 1 単。その他の人称の活用は te sta, el sta, stemo, ste, i sta。Zeper, 283.

vendredi 28 juin 2019

トリエステ方言訳『星の王子さま』を読む:第 2 章

トリエステ方言訳『星の王子さま』El Picio Principe の第 2 章の解説。凡例など詳しいことは序文を参照のこと。


P. 10


solo per oto giorni「8 日間だけ」――oto は伊 otto で、前回述べたようにトリエステ方言には重子音がないことが反映している。フランス語 huit jours、イタリア語 otto giorni と同様、「8 日」で「1 週間」を表す用法があるようだ。

sora ’na zatera「いかだの上で」――sora が伊 sopra なのは少々見抜きにくいか (じつは前回も登場していたが指摘しそびれた)。zatera は伊の gia や cia ではなく zattera。

’na strana voseta me ga sveià「奇妙な小さな声が私を目覚めさせた」――voseta は vose に接尾辞 -eto/eta (伊 -etto) のついた指小形 (Zeper, 216)。ga sveià は sveiar (伊 svegliare) の近過去 3 単で、もののついでに注意しておくと、トリエステ方言にはほかのすべての北部方言と同様、遠過去が消えており近過去で代用される。Zeper, 172.

Te me dissegni「僕に描いて」――me は弱形の間接補語人称代名詞、だが te はもちろんそうではなく、弱形の主語人称代名詞。ところでこの箇所はフランス語原文ではまず vouvoyer をしたあとに tutoyer に切りかわるところだが、このトリエステ方言訳では最初から ti (伊 tu) で話している。トリエステ方言にももちろん敬称の lei, la はあり、la me dissegni と言えたはずのところだが、意図的な判断かは不明。

Dissegnime「僕に描いて」――上は直説法の言いかただったが、こちらは命令法。dissegnar は第 1 活用なので、単独では 2 人称親称の命令法は dissegna であるが、後ろに代名詞が結合する場合に限り、第 2・第 3 活用の影響によって語尾が -a でなく -i になる (dar, far, andar のような命令法が単音節の動詞を除く)。Zeper, 173 の 6. a. 標準イタリア語ではそういうことはなく disegnami。

come che fussi sta’ ciapà de un fulmine「雷に打たれたように」――come che は標準イタリア語のように come se とも言える (Zeper, 135 の 9. b.)。動詞は ciapar の受動態・接続法半過去 (伊訳 fossi stato colpito、ただし語源的に単語を対応させれば動詞は (ac)chiappato)。つまり sta’ は esser の過去分詞男性単数だが、これはふつうの第 1 活用が vardà (= vardado) のようになるのと違って、アポストロフォで sta’ (= stado) とつづる (Zeper, 144)。その理由は、音節の省略によって母音で終わる単音節語になる場合には、そのことがアポストロフォで示されねばならないからである (Zeper, 43 の 3.)。前置詞 de はこれまで見てきたように伊の di だけでなく da にも対応し (Zeper, 117)、ここでは受動態の動作主を示す da。

vardandome ben ’torno「あたりを見まわしながら」――vardandome は vardarse のジェルンディオで、その vardar は伊 guardare と同源。これらは古フランク語 *wardon に遡る語で、その言語の *w はしばしばロマンス語の gu に対応するが、トリエステ方言を含むヴェネト語では v を残した。’torno は atorno (伊 attorno) の語頭音消失。

’Sto qua xe el meo ritrato che [...]「これは〔……〕最良の肖像だ」――文法・語彙には改めて説明することはないが、本来あるはずの王子さまの絵が編集で入っていないため意味不明の文になっている (私の依拠するのは紙の本だが、Kindle 版にもないようだ)。

vardavo coi ioci spalancai「目を見開いて見つめた」――coi は con と定冠詞 i の結合。たぶん、ioci は oci (ocio「目」の複数) の誤記であろう。spalancai は spalancar の過去分詞・男性複数。


P. 11


Co finalmente go ’vudo la possibilità de parlarghe「ようやく話せるようになったとき」――過去分詞の男性複数には avù と avudo の 2 形 (およびそれらの語頭音省略をしたもの) がある。この章のはじめには co go avù un incidente col mio aroplan「私の飛行機の事故があったとき」という例があるので、理由は不明だが、同じ話者 (著者) であっても両方の形を場合に応じて使うようだ。

調べたついでに触れておくと、このように複合時制において過去分詞 avudo は、その目的語が非強勢形人称代名詞であるときに la go avuda などとなる場合を除いて、ほかは「中性形」avù, avudo を用いる (Zeper, 152)。ここでは la possibilità は女性だが名詞なので ’vudo。

また parlarghe の ghe は「彼に」ではなく、伊 ci にあたる代名小詞で一種の冗語ともみなせる用法 (Zeper, 97 の 2. d.) かと解する。つまり伊 vederci「目が見える」や sentirci「耳が聞こえる」と同じ「口が利ける」の謂いか。

E lu me rispondi「すると彼は私に答える」――この箇所は当然意味的に過去のはずで、じっさい伊訳を引き比べると遠過去 (lui) mi rispose が多数派だが (N. Bompiani Bregoli, A. Colasanti, Y. Melaouah, R. Gardini, L. Carra;また B. Masini も lui mi disse)、すでに説明したようにトリエステ方言には遠過去はないので、じつは現在である。これは標準イタリア語にもある物語の現在、つまり歴史的現在かと思われるが (坂本『現代イタリア文法』217 頁)、Zeper の文法は語形変化には詳しいものの動詞の法や時制のそれぞれの用法は説明していないので確証はない (もっとも確立した文法として文学的用法を語れるほどトリエステ方言の文学そのものがイタリア語を離れて存在しうるものでもないだろうが)。

quei due dissegni che gavevo fato tante volte「私が何度も描いたことのあったあの 2 つの絵」――大過去。フランス語原文は « deux seuls dessins dont j’étais capable »「私が描くことのできたただ 2 つの絵」なので、けっこう表現を変えていることになる (tante volte を加えて関係節内を大過去に、また仏 seuls を削除し指示形容詞 quei を追加)。

当然 C. L. Candiani 訳や A. Colasanti 訳のイタリア語 «due soli disegni che sapevo fare» のように逐語訳することもできただろうに、N. Bompiani Bregoli (1949 年) による古典的な伊訳 «quei due disegni che avevo fatto tante volte» と完全に一致しているのは偶然とは考えがたいものがある。フランス語から直接移したのではなく NBB の伊訳が下敷きになっているのではないかという疑いを容れさせる。

この点ではほかに、前章にあった「私の絵は帽子を描いたのではなかった」、すなわち仏 « Mon dessin ne représentait pas un chapeau. » に対する、伊 NBB «Il mio disegno non era il disegno di un cappello.» とトリエステ «El mio dissegno no iera el dissegno de un capel» の合一も思いおこされる。これも動詞を era にして il disegno を反復するのではなく、raffigurava や rappresentava と逐語訳できたはずのところで (前者は Candiani, Carra, Melaouah、後者は Gardini, Masini の訳に見られる)、もちろん逐語訳を避けたい気もちは誰しもあるとしても、その変えかたがまったく同じになる必然性はない。だが後述するように、NBB に反して仏原文に近い文もあり、そこでは仏語を参照していることは確からしい。

e son restà a sentirme risponder「そして私に答えるのを聞くままでいた (?)」――restà は restar (伊 restare) の過去分詞で近過去だが、ここは原文 « Et je fus stupéfait d’entendre le petit bonhomme me répondre »「すると坊やが私に答えるのを聞いて驚いた」、伊 NBB も «e fui sorpreso di sentirmi rispondere» なので、なぜ restar か不明。私に調べのつかないべつの語義があるのかもしれない。伊 restare には「(ある状態に) なる」という意味があり、restare sorpreso「驚く」と言うが、restà (伊 restato) だけでそうなるのはわからない。下記に再出、後述する。

No voio「ほしくない」――voler の直説法現在の活用は、voio, te vol, el vol, volemo, volè, i vol。Zeper, 301.

Indove che vivo mi「僕の住んでいるところ」――イタリア語なら dove 一語ですむところ、冗語。Zeper, 139.

Lu la varda con atenzion e po el me disi「彼はそれを注意深く眺めて、それから私に言う」――やはり varda, disi は現在。イタリア語では順に guardò, disse と遠過去で言うところ (仏原文でも単純過去 regarda)。ひょっとして、語尾変化により一語ですむすっきりした遠過去に比べ、迂言的構成の近過去は字面が間延びするからか、あるいは標準語の遠過去に比較的語形が似ているためにか、一定の条件が整うと現在を過去のかわりに使う頻度が高まるのではないか? 研究が必要なテーマ。

’Sta qua xe za ’sai malada「これはもうかなり病気だ」――za は伊 già。NBB «Questa pecora è malaticcia» に反し仏原文 « Celui-là est déjà très malade. » にそっくりなので、ここは重訳を否定する材料。

Fame n’altra「ほかのを僕に描いて」――上述 dissegnime の項で説明したとおり、単音節の命令法 fà では例外的に語尾が変わらない。ただしイタリア語 fa’ + mi = fammi のように子音を重ねないことを念のため注意。n’ は不定冠詞 ’n’ < una で、読みやすさのため前のアポストロフォが消える。Zeper, 44 の 8.


P. 12


la xe serada qua dentro「このなかにしまわれている」――serada は serar の過去分詞女性単数で、これはイタリア語 serrare にあたるが、意味的には chiudere。

Ma son restà co go visto [...]「だが〔……〕を見たとき驚いた」――前出のとおり、やはり restar 単独で「驚く」の意味に使われているとしか考えられない。2 度めなので脱字ということもないだろう。だが Zeper, 145 の表では restar は伊 restare としか書かれていないので、意味不明。


P. 13


Perchè ’ndò che vivo mi「なぜなら僕の住んでいるところでは」――’ndò は indò の語頭音脱落。この後者はさらに indove の語末音脱落だが、語末のほうはアポストロフォでは書かない (書いてはならない)、というのは省略によって母音で終わる多音節語になる場合である (これは大部分の動詞の過去分詞男性単数形にもあてはまる)。Zeper, 43 の 2. a.

El ga piegà la testa verso el dissegno「彼は頭を絵のほうに傾げた」――ここも NBB ではなく仏に忠実。仏 « Il pencha la tête vers le dessin », 伊 NBB «Si chinò el disegno»。

La se ga indormenzà「それ (=羊) は寝入った」――再帰動詞の近過去だが、過去分詞は女性名詞の主語に一致しない。男性および女性の複数でも同じく -à。これが -ada, -ai, -ade と変わるのはイタリア語形。Zeper, 159.

jeudi 27 juin 2019

トリエステ方言訳『星の王子さま』を読む:第 1 章

いよいよ今回から本編に入って、トリエステ方言訳『星の王子さま』El Picio Principe の第 1 章を解説していく。凡例など詳しいことは序文を参照のこと。ページ番号は紙の本を基準とするので、Kindle 版では対照しづらいかもしれないが容赦いただきたい。


P. 7


Co gavevo sei ani「私が 6 歳だったとき」――接続詞 co はイタリア語の quando にあたる。しかし注意すべきこととして、トリエステ方言にも quando (che) という語があって、これも「いつ」という意味なのである。どう異なるかというと、quando che は時の副詞であって、疑問文やそれに対応した間接話法 (voleria saver quando che posso vignir「いつ来られるか知りたいのだが」のような saver (伊 sapere) などの目的語) に用いるのに対し、co は接続詞であって時の従属節を導入する。Zeper, 90s.

su la foresta vergine「処女林についての」――伊 sulla と異なり、前置詞 su は女性の定冠詞 la, l’, le と結合せず su la, su l’, su le。しかし男性の場合 sul, sui (l’ のみ女性と同じく su l’)。Zeper, 54.

no i riva più moverse「もう動くことができず」――i riva < rivar は伊 arrivare で、イタリア語と同じすべての意味に用いられるので、ここでは〈a + 不定詞〉をとって「〜に成功する、うまく〜できる」の意。主語が i boa (男性複数) なのでその人称代名詞非強勢形 i を伴っている。これに続く i dormi も同様。

i sei mesi che ghe dura la digestion「消化が続く 6 ヶ月間」――トリエステ方言の関係代名詞 che はよく言えば万能、悪く言えば乱雑であって、伊と同じ主語ないし直接補語のほか、(前置詞を伴わずに che 単独で) 伊の di cui, da cui, in cui, con cui, per cui など何にでも対応する (Zeper, 115。もっとも in cui に代わり時を表す che の用法は標準語にも認められている:坂本『現代イタリア文法』168 頁)。dura は自動詞なので、後ろの la digestion のほうがその主語。すると与格の ghe (i boa を受けている間接補語代名詞) が浮くことになるが、これは標準語にもある利害の与格ととれば収まると思う (坂本 145 頁)。


P. 8


de la giungla「ジャングルの」――やはり della にはならないことに注意。del, dei はあるが残りは de l’, de la, de le。Zeper, 53.

anche mi son rivà「私も首尾よく〜した」――son は esser の現在 1 単で、ここは rivar の近過去の助動詞として用いられている。トリエステ方言の自動詞で助動詞に esser を用いるもののリストは Zeper, 145 に提示されている。ただしその次の p. 146 注 14 によれば、rivar は伊 giungere「〜するに至る」の意味では助動詞 esser のみ、伊 riuscire「うまく〜する」の意では esser と gaver の両方が認められ、同じほど使われているが gaver のほうが純粋な方言形だという。

co’na matita colorata「色鉛筆で」――co’na は前置詞 con と女性単数の不定冠詞 una の結合形。これには何通りかの形が許されていて、con は co’ やときに c’ となり (後者は un, una の前でのみ生じる)、また una は ’na や ’n’ にさえなる。いまの co’ + ’na の場合 co’ ’na ではなく co’na が推奨されるが、co’ una ではスペースを入れて分かち書きするし、c’ + un(a) ではくっつけて c’un, c’una となる。さらに co’ + ’n’ + altra (伊 con un’altra) では co’ n’altra と co’n’altra の両方が可能とされている (以上 Zeper, 45。なお n’ の前のアポストロフォが消えることについては同書 p. 44 の 8)。

el mio primo dissegno「私の最初の絵」――トリエステ方言には標準イタリア語と違い重子音がない。dissegno の -ss- は重子音ではなくて、母音間の位置で無声の s を表すために使うつづり字である。

Ghe go mostrà el mio capolavor ai grandi「私は私の傑作を大人たちに見せた」――やはり ghe = ai grandi が重複して用いられている。前回を参照。2 つ先の文 farghe paura a qualchidun も同様、以下略。

Perchè mai un capel dovessi farghe paura a qualchidun?「いったいどうして帽子が誰かを怖がらせねばならないというのか」――dovessi は dover の接続法半過去で、本当なら条件法現在 doveria と言うところ。実際にイタリア語訳を参照すると、C. L. Candiani 訳や Y. Melaouah 訳は «perché mai un cappello dovrebbe fare paura?»、A. Colasanti 訳は «Perché mai dovremmo aver paura di un cappello?» などと、条件法現在を用いていることが確認される。

これはトリエステ方言では接続法と条件法がかなり自由に交換して用いられるからで、とりわけ仮定文ではきわめて頻繁という (Zeper, 172)。たとえば標準イタリア語では〈Se + 接続法半過去、条件法現在〉と言うところ、〈Se + 条件法現在、接続法半過去〉でもいいし、両方とも接続法半過去や両方とも条件法現在という形も認められている。

perchè che lo capissi anche i grandi「大人でもわかるように」――perchè che の che は冗語 (プレオナスム) であって、標準イタリア語ではたんに perché または affinché と言うところ。Zeper, 139.


P. 9


A colpo de ocio「一目で」――伊 a colpo d’occhio。ラテン語 cl に由来し、イタリア語 chi に規則的に対応する ci。例として occhio – ocio「目」のほか、chiave – ciave「鍵」、chiodo – ciodo「釘」があげられる。Zeper, 29.

se un se perdi de note「もし人が夜に迷ったら」――un は不定代名詞で、uno という形も今日使われかなり普及しているが、これはイタリア語に影響された形。Zeper, 112, 114.

nela mia vita「私の人生において」――nela は伊 nella と同じく結合した形。既出の de la, su la および (あえて取りあげなかったが) a la に見るように、女性の定冠詞は結合する場合のほうをとくに覚えるべきかもしれない。nela, cola (= con + la), pela (= per + la)、この後 2 者は伊では逆に結合形 colla, pella のほうがすでに廃用である。Zeper, 53s.

che me pareva un fià più lucido「多少明晰そうに見えたところの」――fià は伊 fiato「息」にあたる語だが、un fià de ... で un poco di ... の意味になる。

Zercavo「〜しようとした」――伊 cercavo、zercar (伊 cercare) の半過去 1 単。イタリア語のチャ行 ce, ci はトリエステ方言のツァ行 z [ts]、また伊のヂャ行 ge, gi はヅァ行 z [dz] に映る傾向がある。Zeper, p. 30 の 12。

mercredi 26 juin 2019

トリエステ方言訳『星の王子さま』を読む:序文

最近、イタリア語を勉強したついでに、イタリアの諸方言に関心を抱くようになった。イタリアでは『星の王子さま』の翻訳が、日本に匹敵するかあるいはそれ以上に活発に行われていて、これまでに標準イタリア語への翻訳だけでおよそ 20 種類、さらにそれとはべつに諸方言 (それをイタリア語の方言とみなすか別個の言語と呼ぶかはべつとして、とにかくイタリア語と密接な関係にあり国内で話されている言語) への訳も、やはり 20 ないし 30 種類ほどもあるようだ (ピエモンテ語、リグリア語、ヴェネト語、エミリア・ロマーニャ語、ナポリ語、シチリア語等々。これらのなかにさらにいくつもの下位方言があり、そのそれぞれに至るまでが『星の王子さま』の翻訳をもっている)。日本語にはただのひとつも方言訳がないこと (これじたい大問題だが!) と対照的である。

そんな多種多様の方言訳のなかで、今回とりあげるのはイタリア北東部の端、北・東・南の三方をスロヴェニアと接する国境の街トリエステの方言に訳された『星の王子さま』El Picio Principe である。

第一次大戦まではオーストリア゠ハンガリー帝国に所属していたトリエステという街は、イタリア語、ドイツ語、そしてスラヴ語 (スロヴェニア語やクロアチア語) が接触するコスモポリタンな都市であった。したがってトリエステ方言とはそれらすべての言語の混交した国際色豊かな言語……、という予断を抱いていたのであるが、実際に読みはじめてみると意外にもそんなことはない (この訳書がとくに注意してそうした借用語を回避しているという可能性もあるが)。

これはトリエステ方言に限らないことで、あくまで素人の個人的な印象にすぎないが、イタリアの方言訳をいくつか見比べたかぎり、北イタリアの諸方言は標準イタリア語の知識に若干の細かな点の追加・修正を加えればほとんどそのまま読めてしまう部分が多い。これに対し南イタリアの方言は字面が大きく違ったり、語彙そのものが標準語と異なっていたりすることが北よりも頻繁で、読解に困難を感じる。耳で聞いたことはないのでそちらの方面はどうかわからないが。

このブログでは Valentina Burolo e Andrea Andolina 訳 El Picio Principe (2016 年) の読書を通じて、ヴェネト語トリエステ方言の文法事項をややランダムに解説していく。そのさい標準イタリア語の初歩的な知識は仮定されることを了承いただきたい。私が用いるテクストはイタリアから取り寄せた紙の本になるが、じつは日本の Amazon でも Kindle の電子書籍版を購入することができるので、入手は容易である。したがって文章全体についてはそちらを参照いただきたい。

トリエステ方言の文法については、Nereo Zeper, Grammatica del dialetto triestino, 2015 を参照する (参考のためいちおう Amazon のリンクを貼ったが、これは Amazon からは注文できないと思う)。以下、この本の xx ページを参照するさい、たんに Zeper, xx と指示する。

では順番どおり、まずはレオン・ヴェルトへの献辞を含む序文から読んでいくことにしよう。続きへのリンク:第 1 章第 2 章第 3 章第 4 章第 5 章・第 6 章


ai fioi「子どもたちに」――標準イタリア語と同様、前置詞と定冠詞の結合がある。ai は a + i。トリエステ方言の定冠詞はイタリア語よりも簡単で、男性は単数が el (’l) と l’、複数が i だけで、女性は単数が la と l’、複数が le である。男性単数名詞は子音で始まるなら el、母音で始まるなら l’ であって、s impura などにまつわる場合分けは生じない。’l という形はまえの語と弱い母音の連続を避ける場合で、義務的ではないようだが発音のしやすさのためしばしば生じる。女性の la と l’ も基本的には子音か母音かということだが、アクセントのある母音のまえで la aca, la una のように la を使う例外も少数ある。Cf. Zeper, 58.

fioi は fiol の複数。複数形の作りかたは Zeper, 66–68 で語尾に応じて詳細に分類されており、-ol の場合原則として -oi。ごく少数の例外において sol, soli のような -oli、また gol のように不変化の場合がある。

gaver dedicà「献げたこと」――gaver は伊 avere にあたる語だが、その不定詞のみならず、直説法現在 go, te ga, el/la ga, gavemo, gavè, i/le ga、半過去 gavevo, te gavevi, ...、未来 gaverò, te gaverà, ...、接続法現在 gabi, ...、半過去 gavessi, ...、条件法現在 gaveria, ... のごとく、分詞 avù(do) を除くすべての法と時制と人称で g- がつくのが特徴的。Zeper, 148ss.

-àr で終わる動詞を第 1 活用といい、その過去分詞は -à と -ado の両形が認められている。性数の変化は -ada, -a(d)i, -ade。また -er の第 2 活用では過去分詞 -ù(do), -uda, -u(d)i, -ude、-ìr の第 3 活用では -ì(do), -ida, -idi, -ide。

xe「〜である」――イタリア語の è にあたる、esser (伊 essere) の直説法現在 3 人称単数の活用形で、x は IPA で [z] と読む。この s の有声音を表す文字はふつうイタリア語と同じく s であるが、この xe という語でのみ x の字を使うことになっている。Zeper のとくに p. 36 の注 10。

’l meo amico che mi go「私がもっている最良の友人」――me(i)o は伊 migliore にあたる語で (Zeper, 83)、イタリア語と違い所有形容詞 mio とよく似るのでうっかり混同しないこと。

go はすでに見たように gaver の直説法現在だが、ここは最上級を修飾する関係節なので、規範的なイタリア語なら接続法 abbia で言うはずのところである (もちろん現代語では直説法 ho で言うこともかなり多いが)。しかるに Zeper の文法には統語論に関する記述がほとんどなく、かろうじて p. 172 に「トリエステ方言は接続法の使用に関してかなり保守的」云々という一方で条件法との交換可能性を注意しているだけである (いま述べたことの詳細は次の回で実例が出てくるときに改めて説明しよう)。「保守的」という言葉の印象からすればここは接続法を使いそうな場面にも思われるが、どうもそういう意味ではないのだろうか?

pol capir tuto「すべてを理解できる」――不規則動詞 poder の直説法現在は posso, te pol, el pol, podemo, podè, i pol と活用する。Zeper, 268.

la ga fame, fredo e la ga ’sai bisogno [...]「飢えて凍えており〔……〕とても必要としている」――前出の主語 ’sta persona granda を引きついでいるが、動詞の活用形 ga のまえで人称代名詞 la が 2 回とも繰りかえされている。これを非強勢形の人称代名詞 (pronome personale atono) といい、2 人称単数および 3 人称の単・複にのみあるもので、これらの人称では強勢形の主語 (3 人称では具体的な名詞も含む) か非強勢形のどちらかをかならず言い表さねばならない (Zeper, 104)。この省略できない理由は、前掲 gaver や poder の活用例に見てとれるとおり、2 単・3 単・3 複では動詞の活用形がほとんどの場合に同一につぶれてしまうことと関係があるであろう。’sai は assai「非常に」の語頭音消失 (Zeper, 48)。

ghe dedicherò ’sto libro al fioluz「この本を子どもに献げよう」――ghe は伊 gli, le にあたる 3 人称の間接補語、あるいは伊 ci, vi にあたる場所などの代名詞だが、文脈から見て al fioluz と同じことを表している。このことにつき Zeper には特段の説明は見いだされずトリエステ方言に特殊な用法ではないと思われ、標準イタリア語にもある〈a + 名詞・代名詞〉と重複する冗語的な ci, vi の用法 (坂本『現代イタリア文法』143 頁) ではないか。fioluz は既出の fiol に指小形の接尾辞 -uz (Zeper, 217) がついたもの。

xe stai「〜だった」――esser の近過去 3 複 (男性)。さきに過去分詞の男性複数形として -a(d)i と説明したが、本書は d のない -ai の形を採用しているようだ。

fazo de novo「やりなおす」――不規則動詞 far の直説法現在は fazo, te fa, el fa, fazemo, fazè, i fa。Zeper, 256.

co ’l iera muleto「少年だったときの」――接続詞 co については次の第 1 章で改めて詳しく見る (Zeper, 90s.)。定冠詞と同様、非強勢形人称代名詞の el も語頭音消失 (aferesi) をして ’l になることがある (Zeper, 48)。iera は esser の直説法半過去 3 単 (iero, te ieri, el iera, ièrimo, ieri, i iera。Zeper, 141)。

vendredi 21 juin 2019

ピエモンテ語の人称代名詞

Camillo Brelo e Remo Bertodatti, Grammatica della lingua piemontese〔原文ピエモンテ語の 1987 年第 5 版のイタリア語訳、2003 年印刷とあるが初版年は不明〕より、代名詞の章の前半 pp. 72–78 の翻訳。


人称代名詞


主語人称代名詞 (pronome personale soggetto)

基本形 mi, ti, chiel, chila; noi/nojàutri, voi/vojàutri, lor/loràutri.
疑問形 ne, to/tu, lo, la; ne, ne, lo/ne.

動詞の前で、ピエモンテ語は「動詞人称代名詞」(pronome personale verbale) を用いる。これは決して省略できない:i, it, a; i, i, a. 〔動詞の活用形とともに例示すると〕Mi i parlo, Ti it parle, Chiel a parla; Noi i parloma, Voi i parle, Lor a parlo.

繰りかえすが、代名詞 «mi, ti, chiel, etc.» は省略できても、上述の動詞人称代名詞は決して抜かすことはできない。〔主語人称代名詞を省いた〕例:I parlo, it parle, a parla, etc.

注意:2 人称の動詞人称代名詞 «it» のあとで、s impura (子音が後続する s) に始まる動詞は、語頭音添加の «ë» を前に置く。例:Ti it ëscrive; ti it ëstudie.

疑問形の主語人称代名詞は、動詞の後ろに置かれ、ハイフン (trattino) で結合される。例:Còs fas-ne, mi?「私は何をする?」 Còs it fas-to, ti?「君は何をする?」 Còs a fà-lo, Chiel?「彼は何をする? 以下同様」 Còs a fa-la, Chila?〔fa に重アクセントなし原文〕 Còs i fom-ne, noi? Còs is fev-ne, voi? Còs a fan-lo, lor? Còs a fan-ne, lor?

覚えておくほうがよいこととして、ピエモンテ語には――親称形 (forma confidenziale) の «Ti» とともに――見知らぬ人や尊敬すべき人に対する «Chiel» と «Chila» という丁寧と敬意の形 (forma di cortesia e di rispetto) と、«voi» を用いる崇敬の形 (forma di venerazione) も存在する。

補語人称代名詞 (pronome personale complemento)

ピエモンテ語では、主語人称代名詞 «mi, ti, chiel (chila), noi (nojàutri), voi (vojàutri), lor (loràutri)» は補語人称代名詞としても用いられうる。

例:Ti it vade da Chila e Chiel a ven con mi.「君は彼女のところへ行き、彼は私とともに来る」。Lor a parlavo con noi e vojàutri con lor.「彼らは私たちと、君たちは彼らと話していた」。

前述の代名詞の形 (mi, ti, chiel, etc.) は強勢形 (tonico) あるいは強形 (forte) と言われる、というのはつねにアクセントをもち独立しているからである。これに対しべつの補語人称代名詞は非強勢形 (atono) または弱形 (debole) である、というのは隣接する動詞に支えられるからである (前ならば「前倚辞形・後接形」«proclitico»、後ろならば「後倚辞形・前接形」«enclitico»)。

後者の補語人称代名詞は以下のとおり:

単数 1 人称――me, më, m’, ëm, ’m. 例:Deme (伊 datemi); chiel am (= a + ’m) parla (伊 egli mi parla)。
2 人称――te, të, t’, ët, ’t. 例:Fete (伊 farti); A të smija? (伊 ti pare); At (= a + ’t) ciama (ti chiama)。
3 人称――je, jë, j’, ëj, ’j; lo, la. 例:Dije gnente (伊 non dirgli nulla); Disëjlo nen! (伊 Non dirglielo!); Chiel a-j dis (伊 Egli gli dice)。
3 人称再帰――se, së, s’, ës, ’s. 例:Fesse (伊 farsi); Chiel a së scusa (伊 egli si scusa); Chila as (= a + ’s) fà bela (Lei si fa bella)。

複数 1 人称――ne, në, n’, ën, ’n. 例:Pijene! (伊 Prendeteci!); Chiel an (= a + ’n) dasìa da mangé (伊 Egli ci dava da mangiare) e a n’anciocava (伊 e ci ubriacava)「彼は私たちに食べるものを与え私たちを酔わせた (夢中にさせた) ものだった」。
2 人称――ve, vë, v’, ëv, ’v. 例:Deve da fé (伊 datevi da fare); Mi iv (= i + ’v) ciamo (伊 Io vi chiamo) e i v’anvito (伊 e vi invito)「私は君たちを呼び招待する」。
3 人称――je, jë, j’, ëj, ’j. 例:Mandeje! (伊 Mandateli!); Scrivje (伊 scrivere a loro); Mandej-je! (伊 Ma[n]dategliele!)〔原文 n 脱字〕; I-j dago lòn ch’a jë speta (伊 dò loro quel che loro spetta「私は彼らのもの (彼らに帰属するもの) を彼らに与える」)。
3 人称再帰――se, së, s’, ës, ’s. 例:Lor a së stupisso e as (= a + ’s) lamento (伊 Essi si stupiscono e si lamentano「彼らは驚き嘆く」)。

すでに例のなかでよく明らかになっているように、補語人称代名詞は、子音で始まる動詞の前ではふつう、動詞人称代名詞を支えにする。

Mi im (= i + ’m) penten-o. (伊 Io mi pettino「私は (自分の) 髪をとかす」)
Ti it ët penten-e (i’t penten-e とも) (伊 Tu ti pettini「君は髪をとかす、以下同様」)
Chiel as (= a + ’s) penten-a. (伊 Egli si pettina)
Noi is (= i + ’s) pentnoma. (伊 noi ci pettiniamo)〔n の誤字ではなく、再帰の場合にかぎり本当に s〕
Voi iv (= i + ’v) penten-e. (伊 voi vi pettinate)
Lor as (= a + ’s) penten-o. (伊 Essi si pettinano)
Chiel am (= a + ’m) ciama. (伊 Egli mi chiama)
Chiel at (= a + ’t) parla. (伊 Egli ti parla)
Lor an (= a + ’n) guardo. (伊 Essi ci guardano)
Chiel av (= a + ’v) dis. (伊 Egli vi dice)

注意:見たとおり、2 人称単数の再帰代名詞 (伊 Tu ti) は、ピエモンテ語で «Ti it ët» となるが «Ti it ’t» そして «Ti i’t» と簡略化される。

たんに〔«i’t» ではなく〕«Ti it penten-e» と書けば、再帰形ではなく通常の動詞〔人称代名詞〕の形であって、誰かべつの人の髪を「君はとかす」ことを意味することになる重大な誤りとなりうる。

S impura で始まる動詞の前では、補語人称代名詞はもとのままの本来の形を維持する。例:I më specio (伊 mi specchio「私は鏡を見る」)。I të stofio (伊 ti stufo「私は君をうんざりさせる」)。A së sgrun-o (伊 si sgranano「それらはばらばらになる、分解する」)。

母音の前では 2 通りの形が用いられうる。例:I m’ancanto — im ancanto (伊 mi incanto「私はうっとりする」)。a t’anvita — at antiva (伊 ti invita「彼・彼女は君を招待する」)。a s’anandia — as anandia (伊 si avvia「彼・彼女は向かう、出発する」)。

S impura の前での語頭音添加の «ë» の使用は推奨されない。例:as ësgrun-o, it ëstofio, im ëspecio よりも a së sgrun-o, i të stofio, i më specio が望ましい〔訳は 2 段落前にあるので略〕。

補語人称代名詞 LO


ときに、補語人称代名詞として働く 3 人称非強勢形代名詞 «lo» が、中性の意味を獲得する (その文字どおりの名前を言うのではないが、ときに前出の表現を指して言う)。

例:I lo sai (伊 Lo so!「私はそれを知っている」)。I l’hai sempre dilo! (伊 L’ho sempre detto!「私はいつもそれを言っている!」)。A l’é bel e a sà d’ess-lo! (伊 È bello e sà d’esserlo!「彼は美しく、そうあるすべを知っている」)。

動詞 «AVEJ» と «ESSE» に伴う代名小詞 «L’» と «J’»


動詞 «avej» (伊 avere) の活用――すべての人称・すべての時制・すべての法――と、動詞 «esse» (伊 essere) の活用――直説法現在・過去・半過去・大過去の 3 人称単数のみ――において、(人称代名詞と動詞人称代名詞とは別に) 代名小詞 (particella pronominale) «l’» も用いられる〔原文では «L» とあるがアポストロフォは脱字だろう〕。

一方、動詞 «esse» の半過去と大過去の (3 人称単数を除く) すべての人称で、代名小詞 «j’» が用いられる。

例:Mi i l’hai (伊 io ho)、Ti it l’avìe (伊 tu avevi)、Chiel a l’avrà (伊 egli avrà)、Chiel a l’era (伊 egli era)、Chiel a l’é (伊 egli é〔とあるが è の誤字か〕)、Mi i j’era (伊 io ero) — ti it j’ere; noi i j’ero; voi i j’ere; lor a j’ero.

場所の小詞 «I» (伊 «CI, VI»)


小詞 «i» (1 人称単数および 1・2 人称複数の動詞人称代名詞 «i» と混同しないように) は、場所の意味をもち、副詞的状況を示す。

例:Se i andeve an campagna, a-i ven ëdcò chiel (伊 se andate in campagna, ci viene anche lui), mi i peuss nen andeie (伊 io non posso andarci)「もし君たちが田舎に行くならば、そこに彼も来る。私はそこに行くことができない」。

小詞 «NE, NA»


小詞 «ne» はピエモンテ語では、第一には 1 人称複数の人称代名詞として代名詞的な働きをもつ。

ときに、このような小詞 «ne» と «na» は、人を指示する ëd chiel, ëd chila, ëd lor という表現の代わりを務める。例:it l’has vëddù tò barba? Përchè it im na parle nen?「君は君のおじに会ったのか? なぜ私に彼のことを話さない?」)

ëd cost, ëd costa, ëd costi, etc. (伊 di questo, etc.) という句の代わりをすることもできる。例:I l’hai catà sò liber e i l’hai già lesune vàire pàgine「私は彼の本を買った、そしてすでに大部分のページを読んだ」。Ëd pàgine a-i na son tante (伊 Di pagine ce ne sono molte「ページはたくさんある」)。

しばしば「中性的」表現の代わりをする:ëd sòn, ëd lòn (伊 di ciò「そのことについて」)。例:I l’hai capì, ma i na dùbito (伊 Ho capito, ma ne dubito「私は理解したが、そのことを信じていない・疑っている」)。

注意:前述の小詞はつねに定形の動詞に先行する。一方で «ne» は (後倚辞=前接語となって) 不定形の動詞に後続する。例:I na pijo për mangene (伊 Ne prendo per mangiarne「私はそれを食べるために取る・買う」)。

群代名詞 (gruppo pronominale)、あるいは非強勢形代名詞の組


非強勢形代名詞は、前倚辞の位置 (動詞に先行するとき) であれ後倚辞の位置 (動詞に後続するとき) であれ、ペアで用いられうるが、おのおのの意味は変わらない (ふつう、第 1 のものが間接補語の役割で、第 2 が直接補語である)。

mlo, mla (伊 melo, mela); tlo, tla (伊 telo, tela); 以下同様に、3 単 slo, sla; 1 複 nlo, nla; 1 複再帰 slo, sla (伊 celo, cela); 2 複 vlo, vla; 3 複 slo, sla.
mje (伊 meli, mele), mne/mna (伊 mene); 以下同様に tje, tne/tna; sje, sne/sna; nje, n-ne/n-na; sje, sne/sna; vje, vne/vna; sje, sne/sna.

前倚辞の組 (動詞に先行するもの) はべつべつに表されるということを言っておかねばならない。例:Dìsëmlo! It lo diso sùbit! (伊 Dimmelo! Te lo dico subito!「私にそれを言ってくれ。私は君にそれをすぐに言う」〔この it は i「私が」と ’t「君に」の結合だろう〕)。A-j na dà? Dajne! (伊 Gliene dà? Dagliene!「彼・彼女は (別人の) 彼女・彼にあげるのか? 彼・彼女にあげてくれ」)。

注意:後倚辞の群 «slo, sla»、および代名詞 «ne» を伴う群は、ハイフンをもって明示されることができる。例:Pijess-lo (伊 prenderselo)、mangess-la (伊 mangiarsela)、partiss-ne (伊 partirsene)。

ハイフンで動詞人称代名詞と結合した群代名詞:i-j lo, it i-j lo, a-j lo (伊 glielo)、i-j la, it i-j la, a-j la (伊 gliela)、i-j je, it i-j je, a-j je (伊 glieli, gliele)、i-j na, it i-j na, a-j na (伊 gliene) は、動詞の前で用いられる。例:I-j lo diso mi che i-j na deve (伊 glielo dico io che gliene date)。

群代名詞 (動詞の語末母音を含む形):ijlo, ajlo 等、ijla, ajla 等、ij-je, aj-je 等、ij-ne, aj-ne 等。これらは動詞のあとで用いられる。例:I l’hai dijlo che i l’hai dàjlo për pijéjlo (伊 Gliel’ho detto che gliel’ho dato per prenderglielo)。

注意:すでに述べたようにピエモンテ語では、尊敬すべき人と話すとき、人称代名詞と動詞の 3 人称単数を使って «dé dlë sgnor» または «dé dël Chiel» (伊 dare del Lei「Lei で話すこと」) がなされる。例:Monsù, ch’a disa? Ch’a guarda ch’a l’ha dësmentià ’l capel! (伊 Signore, dica! Guardi che ha dimenticato il cappello!「帽子をお忘れであったことに注意してください」)。

年長で敬うべき人と話すさいは、動詞の 2 人称複数を用いて «dé dël Voi» (伊 dare del Voi) するのが常である。例:Mare Granda, se i veule e i ’n n’eve da manca, i vad a pijeve j’uciaj. (伊 Nonna, se volete e ne avete bisogno, vado a prendervi gli occhiali「おばあさん、もしお望みでそれが必要でしたら、私が眼鏡をとりにいきますよ」)。