dimanche 26 avril 2015

Collins『教会ラテン語入門』第 7 課

John F. Collins, A Primer of Ecclesiastical Latin, The Catholic University of America Press, 1985 をもとにまとめた勉強メモ.諸注意は第 1 課の冒頭に書いたものを踏襲する.前回までのエントリ:第 1 課第 2 課第 3 課第 4 課第 5 課第 6 課



36. 現在直説法受動態:全 4 活用


どの他動詞も受動態になりうる.現在直説法受動態は現在幹に受動態人称語尾を加えることで作る.

単数複数
1 人称-or (-r)-mur
2 人称-ris, -re-minī
3 人称-tur-ntur
  1. もう 1 つの 1 人称単数語尾 (-r) は現在直説法では用いられない.
  2. 2 人称単数では -ris も -re も両方見られる.
第 1 活用 laudō, laudāre, laudāvī, laudātus「ほめる」.現在不定詞 laudāre, 現在幹 laudā-.  laudor, laudāris/laudāre, laudātur; laudāmur, laudāminī, laudantur.

  1. 2 人称単数の形の一方は現在不定詞とつづりが同一である.
  2. 語尾 -ntur の前で幹母音は短くなる.
第 2 活用 moneō, monēre, monuī, monitus「警告する,忠告する」.現在不定詞 monēre, 現在幹 monē-.  moneor, monēris/monēre, monētur; monēmur, monēminī, monentur.

第 3 活用 ‘-ō’ 型 dūcō, dūcere, dūxī, ductus「導く」.現在不定詞 dūcere, 現在幹 dūce- > dūci-, dūcu-.  dūcor, dūceris/dūcere, dūcitur; dūcimur, dūciminī, dūcuntur.

第 3 活用 ‘-iō’ 型 capiō, capere, cēpī, captus「とる,受けとる」.現在不定詞 capere, 現在幹 cape- > capi-, capiu-.  capior, caperis/capere, capitur; capimur, capiminī, capiuntur.

注.すべての第 3 活用動詞で,2 人称単数形は本来の幹母音 (-e-) を保つ.

第 4 活用 audiō, audīre, audīvī, audītus「聞く」.現在不定詞 audīre, 現在幹 audī- (audiu-).  audior, audīris/audīre, audītur; audīmur, audīminī, audiuntur.



37. 人の行為者の奪格


奪格は人を表す名詞とともに使われ,受動態にある動詞の行為者 (doer) ないし動作主 (agent) を表す.この構文ではかならず前置詞 ā (ab, abs) が使われる.
Nostra peccāta ā Chrīstō dēlentur. 「私たちの罪はキリストによって贖われた」


38. 若干の形容詞に伴う奪格


形容詞 dīgnus, -a, -um「(の) 価値がある」,indīgnus, -a, -um「(の) 価値がない」,plēnus, -a, -um「(で) いっぱいの」は奪格を支配する.
Puer est praemiō dīgnus (indīgnus). 「その少年は報いられるに値する」 
Terra est glōriā Deī plēna. 「地は神の栄光に満ちている」


語彙 (抄)


Dīcō は間接目的語の与格か ad + 対格のどちらかをとる:dīcō populō, dīcō ad populum.  「するよう言う」の意味では与格 + 不定詞をとる:dīcit puerō operāre.  受動態では「呼ばれる」の意で,コピュラ動詞と等価で述語主格をとる:Petrus dīcitur pāpa「ペトロは教皇と呼ばれる」[同様に,efficiō は受動態ではコピュラとして働きうる:Petrus efficitur pāpa. ‘ペトロは教皇にされる = なる’].複合動詞 benedīcō, maledīcō は与格か対格をとりうる:benedīcit puerō/puerum「彼はその少年を祝福する」.

Anima の与格・奪格複数は -ābus で,これは animus の与格・奪格複数 animīs との混同を避けるためである.第 2 変化名詞と語基が同一の第 1 変化名詞はどれもこうした代替的な語尾を用いることがある.

Cārus「親愛な dear, 愛される beloved」はその意味が与格によって補われることがある:cārus erat Marīae「彼はマリアに愛されていた」.

奪格との用法に加えて,dīgnus, indīgnus, plēnus は属格をとることがある:plēna est grātiā/grātiae「彼女は気品に満ちている」.

Ūnus はときに不定冠詞 ‘a, an’ と事実上等価である.

Jēsūs の変化は独特である;この形〔Jēsūs, Jēsū, Jēsū, Jēsūm, Jēsū, 呼格 Jēsū〕は特別に記憶せねばならない.

Collins『教会ラテン語入門』第 6 課

John F. Collins, A Primer of Ecclesiastical Latin, The Catholic University of America Press, 1985 をもとにまとめた勉強メモ.諸注意は第 1 課の冒頭に書いたものを踏襲する.前回までのエントリ:第 1 課第 2 課第 3 課第 4 課第 5 課



30. 現在直説法能動態:第 2 活用


現在不定詞から語尾 -re をとって能動態人称語尾を加える.

moneō, monēre, monuī, monitus「警告する,忠告する」.現在不定詞 monēre, 現在幹 monē-.  moneō, monēs, monet; monēmus, monētis, monent.



31. 現在直説法能動態:第 3 活用


第 3 活用には 2 種類ある:‘-ō’ 型 (e.g., dūcō, dūcere, ...) と ‘-iō’ 型 (e.g., cap, capere, ...).

a. ‘-ō’ 型 現在不定詞から語尾 -re をとり,幹母音 (stem vowel) を -i- に変える (ただし 3 人称複数では -u-);それから能動態人称語尾を加える.

dūcō, dūcere, dūxī, ductus「導く」.現在不定詞 dūcere, 現在幹 dūce- > dūci-, dūcu-.  dūcō, dūcis, dūcit; dūcimus, dūcitis, dūcunt.

  1. 幹母音の -e- は弱化して -i- になっている.例外は 3 人称複数で,そこでは -u- になる.

b. ‘-iō’ 型 capiō, capere, cēpī, captus「捕らえる,受けとる」.現在不定詞 capere, 現在幹 cape- > capi-, capiu-.  capiō, capis, capit; capimus, capitis, capiunt.



32. 現在直説法能動態:第 4 活用


3 人称複数では語尾の前で語幹に -u- を加える (それによって幹母音は短くなる).

audiō, audīre, audīvī, audītus「聞く」.現在不定詞 audīre, 現在幹 audī- (audiu-).  audiō, audīs, audit; audīmus, audītis, audiunt.



33. 直接疑問 (1)


後倚辞 (enclitic particle) -ne を最初の語に付加することで,直接陳述を直接疑問に変換できる.しかしより頻繁には,文脈だけで陳述が疑問とみなされる場合が決定できる.
Vocatne Petrus discipulum? 「ペトロは弟子を呼んでいるか」 
Angelī in caelīs Deum collaudant? 「天にいる天使たちも主をともに賛美しているか」
これらは決定疑問文〔原文は sentence questions〕である;これよりずっと頻繁に,疑問文は副詞 ubi「どこ」や quārē「どんな理由で,なぜ」のような疑問語 (interrogative word) によって導入される.
Quārē Dominum nōn laudant? 「なぜ彼らは主を賛美しないのか」


34. 手段の奪格


無生物 (inanimate) 名詞の奪格は,それによって文の行為が達成されるところの手段 (means) を表すために用いられうる.ときおりウルガタのラテン語は前置詞 in をこの構文に用いている.
Dominum psalmīs laudāmus. 「私たちは賛美歌によって主を賛美する」 
Jūstī in gladiō rēgnant? 「正しき人は剣によって支配するか」


35. 様態の奪格


抽象名詞の奪格は,文の行為が遂行される様態 (manner) ないし様式 (style) を表すために用いられうる.名詞が形容詞に修飾されていないときには前置詞 cum がかならず用いられる;名詞が修飾されているときには前置詞は省かれうる.
Dominum cum gaudiō laudāmus. 「私たちは喜びをもって主を賛美する」
Dominum magnō (cum) gaudiō laudāmus. 「私たちは大いなる喜びをもって主を賛美する」
  1. 様態の奪格において前置詞と形容詞がともに用いられるとき,しばしばその句は形容詞で始まる:magnō cum gaudiō.


語彙 (抄)


Reddō と trādō (< trāns + dō) は dō の複合動詞.Reddō は分離不可の接頭辞 re(d)- (‘戻る,ふたたび’) をもつ.Dō は第 1 活用動詞だが,その複合動詞の多くは第 3 活用である.

Moneō は人を指す対格と不定詞をとりうる:monet puerum operāre「彼は少年に働くよう忠告する」.

Crēdō は与格 (crēdō puerō ‘私は少年を信じる’) または in + 対格 (crēdimus in Deum ‘私たちは神を信じる’) をとりうる.

対格を直接目的語としてとるのに加えて,faciō は対格 + 不定詞をとることができ,「誰々に何々をさせる」という意味になる:facit puerum operāre「彼は少年を働かせる」.

Domus は第 2 変化女性名詞であることに注意.

Chrīstiānus は名詞 Chrīstus の語基と形容詞的接尾辞 -iānus, -a, -um「に関連する,属する」からなる形容詞である.

samedi 25 avril 2015

Collins『教会ラテン語入門』第 5 課

John F. Collins, A Primer of Ecclesiastical Latin, The Catholic University of America Press, 1985 をもとにまとめた勉強メモ.諸注意は第 1 課の冒頭に書いたものを踏襲する.前回までのエントリ:第 1 課第 2 課第 3 課第 4 課

編集方針の追記.1) 本訳稿では voice の訳語は伝統的な教科書の用いる「相」ではなく「態」で統一する.「相」の語は aspect にあてたいためである.2) ultima, penult, antepenult の語は日本語にするとまどろっこしいので横文字のまま使う.



20. 動詞:概要


典型的な動詞形 (verb-form) は 5 つの特徴をもつ:人称 (person),数 (number),時制 (tense),法 (mood),態 (voice).

a. 人称b. 数 省略.

c. 時制:時間と相 動詞形は〔それが表す〕行為を過去か現在か未来かの時間 (time) のなかに置く.またそれは行為を時間の経過 (passage of time) との関係のなかに置く;これは相 (aspect) と呼ばれる.

英語には 3 つの時制がある:現在,過去,未来.各時制は 3 つの相をもつ:単純 (simple),進行 (progressive),完了 (completed).〔訳注:Completed は「完了 perfect」とは訳しわけるべきかもしれないが,「完結」では語弊を生じるし,よい案がなかった〕

ラテン語ではこれら 9 つの範疇はただ 6 つの時制形 tense-forms (そのおのおのが「時制 tense」と呼ばれる) で埋められる:現在 (present),未完了 (imperfect),未来 (future),完了 (perfect),過去完了 (pluperfect),未来完了 (future-perfect).
単純進行完了
現在videō [現在]videō [現在]vīdī [完了]
時間過去vīdī [完了]vidēbam [未完了]vīderam [過去完了]
未来vidēbō [未来]vidēbō [未来]vīderō [未来完了]

  1. 完了・過去完了・未来完了というのは正確な名づけである,というのもラテン語の perfectum は ‘completed’ を意味するので (pluperfect は plūs quam perfectum ‘more than completed’ からきている).
  2. 未完了も同様に適切な名前である,というのも imperfectum は ‘not completed’ を意味し,「(過去の) 進行」であるから.進行相はまた反復的 (repeated) ないし習慣的 (habitual) な行為をも含む.
  3. 現在と未来時制 (現在,未来,現在完了〔訳注:原文は perfect completed〕,未来完了) は主時制 (primary tenses),過去時制 (未完了,単純完了〔訳注:原文は perfect simple〕,過去完了) は副時制 (secondary tenses) と呼ばれる.
d. 法 英語とラテン語は 3 つの法 (すなわち表現の態度 attitude of expression) をもつ:直説法 (indicative),接続法 (subjunctive),命令法 (imperative).直説法の動詞形は事実を表現する.接続法の動詞形は不確実性 (contingency) や仮定的行為 (hypothetical action) を表す.命令法の動詞形は直接命令 (または依頼) を与える.
e. 態 英語とラテン語の動詞形は,能動 (active) と受動 (passive) の 2 つの態のどちらかをもつ.対格の直接目的語をとる他動詞だけが,能動だけでなく受動の形をもつことができる.

f. 主要形 英語とラテン語の動詞は,ありうるすべての形が正しく作られるためにはまず覚えねばならない基本的な形をもっている.これらは主要形 (principal part) と呼ばれる.

ラテン語では,各動詞は 4 つの主要形をもつ:videō, vidēre, vīdī, vīsus.  videō = 1 人称単数,現在直説法能動態.vidēre = 現在不定形能動態.vīdī = 1 人称単数,完了直説法能動態.vīsus = 完了受動分詞.

1. 定形 大部分の動詞形は文の述語として用いられうる.それらは特定の人称・数・時制・法・態をもち限定されているので定形 (finite form) と呼ばれる (たとえば分詞と不定詞は定形ではない).videō, vidēre, vīdī, vīsus の 1 つめと 3 つめの部分は定形であり,残りはそうでない.

2. 不定詞 不定詞 (infinitive) は動詞から作られその行為を伝える名詞とみなせる.この動詞的名詞 (verbal noun) は時制と態をもつが,人称・数・法では限定されていない.ラテン語には現在・完了・未来の不定詞がある.

3. 分詞 分詞 (participle) は動詞から作られその行為を伝える形容詞である.ラテン語には 4 通りの分詞がある:現在能動,完了受動,未来能動,未来受動.

4. 動名詞と動形容詞 動名詞 (gerund) は動詞から作られその動詞の行為を伝える名詞である.動形容詞 (gerundive) は未来受動分詞と同一である.

g. 4 つの活用 ラテン語の動詞は活用形の組によって分類される.ラテン語には 4 通りの活用 (conjugation) があり,おのおのは主要形の 2 番め (現在不定詞能動態) の penult の母音からすぐに同定できる.

第 1 活用:-ā- (laudāre).  第 2 活用:-ē- (monēre).  第 3 活用:-e- (dūcere).  第 4 活用:-ī- (audīre).



21. 現在幹の体系:3 つの時制


4 つの活用のどれでも,現在不定詞が現在・未完了・未来の 3 時制のもとになる.現在時制は現在幹 (present stem) + 人称語尾;未完了と未来時制は現在幹 + 時制を作る接尾辞 + 人称語尾.



22. 現在直説法能動態:第 1 活用


第 1 活用動詞の現在直説法能動態を作るには,現在不定詞から語尾 -re をとった現在幹に能動態の人称語尾 -ō, -s, -t; -mus, -tis, -nt を加える.

laudō, laudāre, laudāvī, laudātus 「ほめる」.現在不定詞 laudāre, 現在幹 laudā-.  活用形は以下:laudō, laudās, laudat; laudāmus, laudātis, laudant.



23. 語順


ラテン語では屈折形 (inflected form) が文中での機能を示すので,語順はしばしば強調と文体の問題である.若干の明らかな限界はある:たとえば前置詞はその格に先行する;属詞的 (attributive) 形容詞はその〔修飾する〕名詞の近くに置かれる.



24. 等位 (複文)


英語と同様,ラテン語でも等位接続詞 (coordinating conjunction) を用いて文が結びつき複文 (compound sentence) をなす.
Populus Deum laudat, nam bonus est. 「民衆は神を賞賛する,というのも神は善であるから」


25. 直接目的語としての対格


省略.



26. 間接目的語としての与格

Magister puerō praemium dat. 「教師は少年に報酬を与える」[dō, dare, dedī, datus, ‘与える’]


27. 分離の奪格


解放・分離・剥奪の〔を表す〕動詞のあとでは,分離の奪格 (ablative of separation) が現れることがあり,前置詞 (ab または ex) を伴ったり伴わなかったりする.
Dominus populum (ā) malō līberat. 「主を民を悪から解放する」[līberō, līberāre, līberāvī, līberātus ‘解放する’]


28. 動詞の複合:接頭辞としての前置詞


ラテン語の動詞の複合に関して,2 つの現象が注意されねばならない:1) 接頭辞としての前置詞のつづりの同化 (assimilate);2) 動詞における母音変化.

1) よく見られる複合される前置詞とその同化形は以下.ā (ab, abs): ā-, ab-, abs-, au-.  ad: a-, ac-, ad-, af-, ag-, al-, an-, ap-, ar-, as-, at-.  circum: circu-, circum-.  contrā: contrā-.  cum: co-, cō-, col-, com-, con-, cōn-, cor-.  : de-, dē-.  ē (ex): ē-, ef-, ex-.  in: i-, il-, im-, in-, īn-, ir-.  inter: intel-, inter-.  ob: o-, ob-, oc-, of-, op-, [obs >] os-.  per: pel-, per-.  post: post-.  prae: prae-, prē-.  prō: pro-, prō-.  sub: su-, sub-, suc-, suf-, sug-, sum-, sup-, sur-, [subs >] sus-.  super: super-.  trāns: trā-, trāns-.

注.分離不可の接頭辞 (前置詞としては用いられないもの) には re-, dis-, sē- がある.

2) 複合されるとき動詞の内部の母音が変化することがある.たとえば,sacrō, sacrāre, sacrāvī, sacrātus「聖化する,聖別する」が cum と複合されると cōnsecrō, cōnsecrāre, cōnsecrāvī, cōnsecrātus になる.

複合動詞の頻度は教会ラテン語の顕著な特徴をなす.しばしば複合は単純動詞をたんに強めた形であり,意味における差異は無視できる.sacrō と cōnsecrō は意味がほとんど違わない好例である.



29. 構文解析


省略.



語彙 (抄)


Dō と dōnō は基本的に「与える give」を意味する;dōnō は「許す forgive」を意味することがある.Dō は第 1 活用動詞ではあるが,一般的なパターンに従う主要形をもたない;とくに dare の短い -a- に注意せよ.

Rēgnō は rēgnum から作られた名詞由来動詞 (denominative verb) である.名詞由来動詞は大部分が名詞と形容詞から派生し,第 1 活用動詞の形を与える.

Documentum「例」は動詞 doceō「教える」の語根 (root) と接尾辞 -mentum「道具」から作られている.

Enim「なので」は nam よりも弱い;これは後置詞 (postpositive) であり,その節のはじめのほうに現れるが決して頭には立たない.

Collins『教会ラテン語入門』第 4 課

John F. Collins, A Primer of Ecclesiastical Latin, The Catholic University of America Press, 1985 をもとにまとめた勉強メモ.諸注意は第 1 課の冒頭に書いたものを踏襲する.前回までのエントリ:第 1 課第 2 課第 3 課



15. 形容詞:概要


省略.



16. 第 1・第 2 変化形容詞


第 1・第 2 変化形容詞は男性および中性が第 2 変化,女性が第 1 変化に従う.〔訳注:表は省略〕

第 1・第 2 変化形容詞は単語リストでは主格単数形で示される:bonus, -a, -um; sacer, sacra, sacrum.



17. 形容詞と名詞の一致


形容詞はそれが修飾する名詞 (または名詞と同等のもの noun equivalents) と性・数・格において一致する.たとえば対格男性単数名詞では bonum pāpam, apostolum bonum. 単純な語尾の〔形態上の〕複製ではないので注意せよ.またこれらの句はラテン語の形容詞が名詞に先行することも後続することもあることを例示している (意味の違いはない).
Petrus erat bonus. 「ペトロはよい人だった」 
Petrus erat bonus pāpa (pāpa bonus). 「ペトロはよい教皇だった」


18. 名詞文


短い文において sum の現在時制は,明示された主語があれば省略可能である.このように動詞を欠いた文は名詞文 (nominal sentence) と呼ばれる.
Apostolī ministrī Chrīstī. 「使徒たちはキリストのしもべである」 
Verba Dominī bona. 「主の御言葉は善である」


19. 統語上の疑問への答えかた (1)


文中に与えられた名詞または形容詞の格の特定とその理由の決定にとくに注意するとよい.

Verba Dominī bona.  verba: 格は主格,理由は文の主語だから.Dominī: 格は属格,理由は所有の属格.bona: 格は主格,理由は文の主語と一致する述語形容詞だから.



語彙 (抄)


Meus「私の」は名詞的 (substantive) または述語的 (predicative) に用いられるとき「私のもの mine」と訳せる.同様の注意は noster および tuus にも言える.〔訳注:所有形容詞のうちこの課にあるのがこれら 3 語〕

Sabaōth はヘブライ語からきており,語尾変化しない (indeclinable) 名詞.教会ラテン語においてこれが使われる例は非常に限られているので,その意味はたいてい明らかである:たとえば,Deus Sabaōth では属格として用いられている (‘万軍の神 God of hosts’).

Collins『教会ラテン語入門』第 3 課

John F. Collins, A Primer of Ecclesiastical Latin, The Catholic University of America Press, 1985 をもとにまとめた勉強メモ.諸注意は第 1 課の冒頭に書いたものを踏襲する.前回までのエントリ:第 1 課第 2 課



11. 第 2 変化中性名詞


第 2 変化の中性名詞は主格・対格単数が -um で,主格・対格複数が -a. 属格単数形の語尾 -ī をとった語基に以下の語尾を加える:-um, -ī, -ō, -um, -ō; -a, -ōrum, -īs, -a, -īs.

  1. 中性名詞はどの変化でも,単数・複数ともに主格形と対格形が同じ.
  2. 中性名詞はどの変化でも,主格・対格複数が -a.


12. sum ‘to be’ の未完了時制


未完了 (imperfect) は過去の継続時制 (past continuous tense) である.sum, esse, fuī, futūrus の未完了時制は以下:eram, erās, erat; erāmus, erātis, erant.


  1. sum の未完了は語基 erā- と人称語尾 -m, -s, -t; -mus, -tis, -nt との複合である.語基の -ā- は -m, -t, -nt の前で短くなる.



13. sum ‘to be’ の未来時制


sum, esse, fuī, futūrus の未来時制は以下:erō, eris, erit; erimus, eritis, erunt.

  1. sum の未来は語基 eri- と人称語尾 -ō, -s, -t; -mus, -tis, -nt との複合である.語基の -i- は 1 人称単数では語尾 -ō に吸収され (erō),3 人称複数では -u- に置きかえられる (erunt).


14. 所有者の与格

Liber est puerō. 「本はその少年にある = その少年は本をもっている」[liber, librī, m. ‘本’] 
Agrī erant Petrō. 「ペトロは畑をもっていた」
注.これらの例文のまさに要点が所有者の与格である.対照的に,所有の属格はほとんどかならず,文中で補助的な役割を超えない.



語彙 (抄)


Caelum は単数では中性だが,複数では男性.単数と複数は意味の違いなく交換可能である:angelus caelī/caelōrum.

Festum は意味の違いなくどちらの数でも用いうる:hodiē est fēstum/sun fēsta.

Sabbatum はヘブライ語由来で,単数と複数が無差別に用いられる:hodiē est sabbatum/sunt sabbata.

前置詞句 in saecula saeculōrum「永久に forever and ever」は副詞的に用いられる.ある語の属格がそれじしんのべつの格を限定する用法は,意味を強めるヘブライ語の慣用法である.

Collins『教会ラテン語入門』第 2 課

John F. Collins, A Primer of Ecclesiastical Latin, The Catholic University of America Press, 1985 をもとにまとめた勉強メモ.諸注意は第 1 課の冒頭に書いたものを踏襲する.



5. 第 2 変化男性名詞


すべての第 2 変化名詞は属格単数 -ī. この曲用の男性名詞には,主格語尾 -us をもつものともたないものがあり,後者は語基 (base) と主格が同一 (もしくは -er で終わるように微修正).

属格単数から語尾をとって語基に以下の語尾をつける:-us (――), -ī, -ō, -um, -ō; -ī, -ōrum, -īs, -ōs, -īs.

servus, servī, m. 「召使,奴隷」;語基 serv- の曲用は以下:servus, servī, servō, servum, servō; servī, servōrum, servīs, servōs, servīs.

puer, puerī, m. 「少年,子ども」;語基 puer- の曲用は以下:puer, puerī, puerō, puerum, puerō; puerī, puerōrum, puerīs, puerōs, puerīs.


  1. -er または -ir で終わる第 2 変化名詞はすべて男性である.-us の大部分も男性である.


6. コピュラ動詞 sum ‘to be’ の現在時制


sum, esse, fuī, futūrus 「である,存在する」の現在時制は以下:sum, es, est; sumus, estis, sunt.



7. 文の種類


英語と同様にラテン語ですべての談話 (discourse) は 3 種類の独立な節または文の形をとる:陳述 (statement),疑問 (question),命令または依頼 (command or request).またそれぞれは直接または間接の形をもつ.

N. B.: いわゆる感嘆文 (exclamatory sentence) は直接陳述の特殊形である.

英語と同様にラテン語には 7 つの基本文型があり,そのそれぞれは陳述・疑問・命令の形をとることができる.
  1. (主語)-自動詞.a) Sum.  b) Videō.
  2. (主語)-自動詞-副詞.a) Sum ibi.  b) Videō bene.
  3. (主語)-他動詞-直接目的語.Videō Petrum.
  4. (主語)-他動詞-間接目的語-直接目的語.Dō Petrō librum.
  5. (主語)-他動詞-直接目的語-述語対格.Faciō Petrum pāpam/salvum.
  6. (主語)-コピュラ動詞-述語主格.Sum Petrus/bonus.
  7. (主語)-受動態動詞-by + 行為者.Laudor ā Petrō.


8. 直接陳述


直接陳述 (direct statement) は事実の表現や主張をする文である.ラテン語では定動詞 finite verb (通常は直説法) を含んでいればそれだけで完全に意味をなす.
Sum. 
Pāpa est. 「教皇がいる」「彼は教皇である」 
Pāpa est minister. 「教皇はしもべである」[minister, ministrī, m. ‘召使’]


9. 主語と動詞の一致


動詞はその主語 (明示されていてもいなくても) と数において一致する.〔訳注:もちろん人称もだが,この節の例にはない〕
Deus est. 「神がいる」「神は存在する」[Deus, Deī, m. ‘神’] 
Puerī sunt servī. 「その少年たちは召使である」 
Puer est servus. 「その少年は召使である」


10. 所有の属格


所有の属格 (genitive of possession) は of または英語の所有格 (-’s, -s’) で訳せる.
Pāpa est minister Chrīstī. 「教皇はキリストのしもべである」[Chrīstus, Chrīstī, m. ‘油を塗られた者,救世主,キリスト’]


語彙 (抄)


Marīa はヘブライ語 Miriam からきたラテン語.-i- は本来短かったが,教会ラテン語では長く発音されるようになった.

Angelus, archangelus, apostolus, Chrīstus, episcopus〔司教,司祭〕, psalmus〔賛美歌;(旧約の) 詩篇〕は,教会の本来の言語であるギリシア語から借りたもの.Chrīstus は文字どおりには「油を塗られた者 the Anointed One」の意で,王を選定するのに貴重な油を用いた習慣に帰される.Apostolus は「遣わされた者 the one sent out」を意味するギリシア語.

Discipulus は動詞 discō 「学ぶ」から派生した行為者名詞.それゆえ「学生」を意味する.

Petrus という名前は「岩」を意味するギリシア語に由来する.

Hodiē は文字どおりには「この日に on this day」の意.

Collins『教会ラテン語入門』第 1 課

John F. Collins, A Primer of Ecclesiastical Latin, The Catholic University of America Press, 1985 をもとにまとめた勉強メモを少しずつ残していくことにする.非営利の覚え書きとはいえ著作権・翻訳権等の問題が気にかかること,また現実的な作業量を勘案して,原文にある記述の多くを割愛し要約した抄訳である.必要に応じて原書をあわせて参照されたい.

編集方針.古典期のラテン語と同じ事柄はしばしば省略するが (箇条書きの番号が飛ぶのはそれを表している),忘れがちと思われる事項や,省略しすぎると古典期とどこまで同じなのかわかりにくい場合などはあえて記すことがある.名詞の格変化の順は (アメリカの本なので) 主属与対奪である.語例の若干は省略する.各課の末尾の単語リストは省くが,Vocabulary Notes のうち興味のあるものを選んで抄録する.また練習問題も省くが,これには別売の解答集があるようである (訳者は未見).丸括弧 (  ) は原語の併記を除いて原文,角括弧 [  ] はすべて原文である.訳者による補足は亀甲括弧〔  〕で示す.主に誤訳による困難を避ける目的で,初出の専門用語および原語が推測しにくいと思われる箇所では多く原語を明示する.

編集方針の追記 [第 5 課].1) 本訳稿では voice の訳語は伝統的な教科書の用いる「相」ではなく「態」で統一する.「相」の語は aspect にあてたいためである.2) ultima, penult, antepenult の語は日本語にするとまどろっこしいので横文字のまま使う.



1. 教会ラテン語の発音


アルファベットは K と W がないほかは英語と同じで,24 文字.

a. 母音 母音は a, e, i, o, u とまれに y で,長短がある.

  1. y は母音字としてのみ用い,ギリシア語からの借用語に使う.発音は短い i.
  2. べつの母音が後続するか,h によって隔てられる母音は,通常短い.
b. 二重母音 よく見る二重母音は ae, au, oe, ui で,ae と oe は ē のように発音し,ui は英語 dwindle の -wi- のように.

c. 子音 b は英語と同様だが,s, t の前では p に近い.c は e, i, ae, oe の前でのみ英語の ch の音になる.g は e, i, y の前でのみ英語の j の音になる.s は無声.v は英語と同じ.z は dz.

  1. gn の組は ny の音.
  2. sc は e, i の前では sh の音.
  3. ti に母音が続くときは tsi と読む.ただし s, t, x が先行する場合は別.
  4. ph は f の音.ch と th は k, t.
d. 分節法 省略.
e. 音節の長短,アクセント 本文は省略.

  1. -nf-, -ns-, -nx-, -nct- および (しばしば) -gn- は先行する母音を長くする:īnferus, cōnsecrō, conjūnx, sānctus, dīgnus (ただし măgnus).


2. 名詞:概要


a. 性b. 数c. 格d. ラテン語の格体系e. 名詞の曲用 省略.



3. 第 1 変化名詞


第 1 変化名詞は単数属格が -ae で,語尾は -a, -ae, -ae, -am, -ā; -ae, -ārum, -īs, -ās, -īs.

  1. ラテン語に冠詞はないので,vīta は文脈に応じて ‘life, a life, the life’ のどれでもありうる.


4. 前置詞:概要


教会ラテン語の顕著な特徴は古典ラテン語よりも多く前置詞を使うことである.たとえば,間接目的語を表す与格は教会ラテン語でも使うが,相当する前置詞句を用いることもある.

a. 対格支配b. 奪格支配 省略.

c. 同伴の奪格 (ablative of accompaniment) cum と sine のこと.



語彙 (抄)


Doctrīna は動詞 doceō 「教える」から派生した名詞.

Ecclēsia はギリシア語からの借用で,人にも建物にも用いる.

前置詞 ā は ā, ab, abs の 3 つの形をもつ;ā は子音の前,ab は母音 (または h) の前,abs は t の前でのみ用いられる.

前置詞 ē は ē と ex の 2 つの形をもつ.ē は子音の前でのみ用いる;ex は母音または子音 (とくに p) の前で用いる.

ヘブライ文字の順番の覚えかた

予告どおり前回のエントリ「ギリシア文字の順番の覚えかた」に引きつづき,今回はヘブライ文字について自分なりの覚えかたをまとめておく.コンセプトはまったく同様に,すでになじんでいる既知の文字の知識を活かして共通部分を見つけること,これに尽きるのであるが,今回その「既知」とするものはラテン文字ではなく,ギリシア文字の順番についての知識を前提とする.というのも,それはギリシア文字のよい復習になるというだけではなく,ヘブライ文字とギリシア文字とはどちらもそう変わらない時期に,共通の親であるフェニキア文字から派生したものであり,ほとんど苦労なく対応が一目瞭然だからである.ラテン文字との対応については最後に一言するにとどめる.

まずヘブライ文字をただ羅列してみると,
אבגדהוזחטיכלמנסעפצקרשת
のようである.ギリシア文字と対応づけて表にしてみよう.次のように区切る.ヘブライ文字は右から左に並ぶので,表中では内側は内側のものどうし,外側は外側のものどうしが対応している.
א, ב, ג, ד, ה
:α, β, γ, δ, ε
ו
ז, ח, ט, י, כ, ל, מ, נ
:ζ, η, θ, ι, κ, λ, μ, ν
ס, ע, פ
:ξ, ο, π
צ, ק
ר, ש, ת
:ρ, σ, τ
ここに右列のギリシア文字にはいっさい抜けがない.ギリシア文字 24 字の上から 19 文字が,1 つも欠けることなく順番に現れており,前回ギリシア文字とラテン文字とを比較したときに J やら Q やらが飛ばされたこととは対照的である.また,文字の名前も少なからず似ていることに注意されたい.アルファとアレフは A-L-Ph, ベータとベートは B-T, ガンマとギメルは G-M, デルタとダレットは D-L-T, 等々.これはもちろん偶然ではなく,双方の母体となったフェニキア文字の各字母の名前を受けついでいるためである.この特徴はラテン文字と見比べたのでは見えてこない.

表では一見われわれの知る古典ギリシア語の音価に照らしてみれば対応が苦しいように見える部分もあるが,これらはいずれも歴史的に正しい対応である.まず ה に対する ε, ח に対する η, ע に対する ο の 3 つに注意しよう.ヘブライ文字と同様,親のフェニキア文字はセム系の文字であり子音を表す字母しかもたなかったところ,ギリシア文字はそれを継承するにあたって母音を表すべくいくつかの文字の音価を変更したのである.

もう 1 つ気になりそうなのは ס に対する ξ だが,これはなかなか複雑である.字形としてはヘブライ文字の ס のほうが仲間はずれであり,これに対応する本来のフェニキア文字はむしろ Ξ のように,横 3 本線に縦棒をひっぱった形で,魚の骨の形が由来だという.ギリシア文字の Ξ も手書きでは漢字の「王」とそっくりに縦棒で結ぶことがあるが,そうすればこれのほうが原形をとどめているのだろう.ס という丸い字形の由来は調べがつかなかった (丸といえば 1 つ後ろの ע だが,関係は不明).一方,音価については複子音を表す現行の ξ のほうがはみだし者である.当初 /ks/ の表記のしかたは古代ギリシア世界全土で一定せず,ΧΣ や ΚϺ など 2 文字を使って書いた地域がさまざまにあったが,Ξ を使うイオニア式のアルファベットが前 4 世紀なかばころまで (アテナイでは前 403 年の正書法改革によって義務的) に広く受けいれられたという.

これで表の埋まっている部分については説明が済んだことにして,残るヘブライ文字は 3 つであるが,これもじつはすべて対応するギリシア文字が存在する.ו にはディガンマ ϝ が,צ にはサン ϻ が,そして ק にはコッパ ϙ が対応する.これらは古典期までにすでに廃れていた古い文字で,たとえばディガンマについて見ると,この音価は ו と対応するといったように /w/ であるが,その音はわれわれの習う古典期のギリシア語にはない (消えた具体的な時期は方言によって異なる).残る 2 文字の消えた理由は,セム語では区別してもギリシア語では音素的区別をなさない音だったからである.サンはすでに前段落の最後に断りなく現れているが,/s/ の音を表したとされている.コッパはその字形や ק との対応からもわかるとおり /q/ である.これらを加えたものを再掲してまとめとしよう.
א, ב, ג, ד, ה
:α, β, γ, δ, ε
ו
:ϝ
ז, ח, ט, י, כ, ל, מ, נ
:ζ, η, θ, ι, κ, λ, μ, ν
ס, ע, פ
:ξ, ο, π
צ, ק
:ϻ, ϙ
ר, ש, ת
:ρ, σ, τ
さて,ギリシア文字ではなくもっとなじみのあるラテン文字によって対応表を作ることももちろん可能である.ラテン文字はギリシア文字およびそれに範をとったエトルリア文字から派生しておりいくぶん時代が隔たるが,できないことではないから必要に応じて試されるとよい.その方法をここでとらなかったのは,多少とも無理のある解釈をしなければならなくなるからであるが,若干のヒントを与えておく.ディガンマ ϝ は見てのとおりラテン文字 F のもとになった文字であるし,ו の現代の音 /v/ じたい /f/ と通じるז と対応する ζ が,ある意味では G に対応する (ギリシア文字を参考にしてラテン文字ができたとき,不要だった ζ の位置に G を足した) というのは前回のエントリの話である.この 2 点を許せば,ABCDEFGH(ט)I, KLMN(ס)OP(צ)QRST のようにおおむねそろっていることになる.

mercredi 22 avril 2015

ギリシア文字の順番の覚えかた

言うまでもないことだが,アルファベットの配列される順番を覚えなければ辞書を引くことができないので,言語の学習はつねにほとんど最初に文字の順番を丸暗記することから始まる.ラテン文字の A, B, C, ... という順番は日本人なら誰でも子どものころに英語でなじんでしまうから,ラテン文字を用いる言語を学ぶときには意識されにくいが,そうでない言語を始めるとなると一転して大問題になる.ただ 1 通りの一貫した順番が考えにくく,またすべてを一度に覚える必要もない漢字のごときはまれな例外であろう.

この 2015 年度に筆者はラテン語・ギリシア語・ヘブライ語の古典 3 言語とアラビア語とに取り組もうと思い,文学部科目と全学共通科目として開講されている授業に出ることにした.後 3 者はどれもラテン文字とは異なる独自の文字体系をもっており,これらを習おうとするとまず文字の順番を頭に叩きこむことが不可欠の出発点となる.私じしんはこれら 3 つのいずれも,学部に入りたての 6, 7 年まえに『ヘブライ語のかたち』,『アラビア語のかたち』(いずれも当時は旧版) のようなとてもやさしい本で文字だけはかじっていたし,またギリシア文字はたいてい数学でおなじみでもあるから抵抗はなかったが,文字の順番にはあやふやなところが多かった.そこでこれから 3 回のエントリにわけて,上記の順で,自分なりの覚えかたをまとめておこうと思う.

覚えかたといっても特別なものではない.その原則はただ 2 つで,
  1. すでに知っている文字の配列と共通する部分に着目する.
  2. 異なる部分に注意する.
という,ほとんど役にも立たなそうな自明の事柄である.しかしこれが意外と実践できないもので,どの部分がどう共通するかという,文字のグルーピングのしかた,つまりのっぺりと並んでいる二十数文字をどこで区切って眺め,各字母がなにと対応するのかという,表の見かたが見いだせなければ実践には移せない.

とにかくギリシア文字から始めてみよう.というのも 3 つのうちでギリシア文字は上記のように多少とも近づきやすいというばかりでなく,残りの 2 つの説明にも必要になるからである.以下ではギリシア文字には小文字,ラテン文字には大文字を用いるが,その理由は,ギリシア文字に最初に近づくときに覚えるべきは小文字であることと (現代の教科書では大文字は固有名詞の語頭と,段落のはじめ (文頭ではなく!) にしか用いない),ラテン文字との比較をするとき見誤らないようにとの便宜からである.

まず平板に並べてみると,
αβγδεζηθικλμνξοπρστυφχψω
というふうになる.ラテン文字と共通する部分がところどころに見えると思う.それがわかるように区切って並べると,
α, β, γ, δ, ε
:A, B, C, D, E
ζ, η, θ
ι, κ, λ, μ, ν
:I, K, L, M, N
ξ
ο, π, ρ, σ, τ, υ
:O, P, R, S, T, U
φ, χ, ψ, ω

となる.何気なく書いているが,各行 1 ヶ所ずつひっかかるところがあるはずだ.最初の行は γ が C になっていること,残り 2 つは順に J と Q が抜けていることである.

元来,G という字は C から,また J は I から,字形を少しいじって新たに作られたものである.ラテン人よりも古くにイタリア半島に住んでいたエトルリア人の言語であるエトルリア語は,有声音 [ɡ] をもたず [k] と区別していなかった (それどころか [b], [d] も) ので,C と G とのこの混同は理解できる.ラテン語でも古くは C は [ɡ] の音を表したので,古典期にも特別の場合にその名残をとどめている (松平・国原,§4).

いくぶん余談めくが,ラテン文字のほうで G の位置がここにくるのはじつは,エトルリア語にはない [ɡ] を表す文字がラテン語で必要になったとき,アルファベットの順番を変更しないよう,当時必要がなかったギリシア文字の ζ の位置にそれを挿入したからである.周知のように古典期ラテン語で S は決して有声化しないから,Z を表す文字は当初必要がなかった.では現在 Z が 26 番めにあるのはなぜかというと,ギリシア人との交流が密になるにつれて必要が増し復活させたからである.まとめると,ζ に対応するラテン文字は,音としても字形としても Z なのだが,文字配列の成立の経緯から見ればある意味では G とも言える.また η はもちろん H である.これで上の表の第 2 行を覚える手がかりが与えられたことになる.ζ, η, θ は名前にすべて “__eta” が共通しているので,そのことも覚えるうえには役に立つ.

Q が抜ける理由はまた別で,これはじつはギリシア文字のほうが抜けているのである.ここに並べたように古典ギリシア語のアルファベットは以上の 24 文字だが,古典期までにすでに廃れていたもっと古い文字がいくつかあった.Q にあたるギリシア文字コッパ ϙ はその 1 つである.とはいえ覚えるための便宜上は,同じ音 [k] を表す文字はもう K が出ているのでいらないから飛ばす,というくらいに考えたほうがいいかもしれない.

(さらにさかのぼってフェニキア文字の順番まで覚えるのでないかぎり) ξ はどうしようもないので,ν と ο のあいだに何者かがいることを絶対に忘れてはいけない.最終行のうち,ω が最後を表すことはすんなりわかるから,φ, χ, ψ の覚えかたがほしくなる.χ はもちろん X なのでよいが,前後の 2 つはラテン文字には継承されなかった文字なので苦しい.ψ の筆記体はラテン小文字 y によく似るという事実は注意されていいだろう (“Greek cursive” などのワードで画像検索してほしい).あとは完全にこじつけになるが,U, V, W, X, Y と唱えながらギリシア文字を思いだすときに,V っぽい音 (ドイツ語の V [f] = 現代ギリシア語の φ) として認識するという助言も気休めくらいにはなるかもしれない (古典ギリシア語では φ は [pʰ] なので注意).

以上に注意してまとめると,
α, β, γ, δ, ε
:A, B, C, D, E
ζ, η, θ
:G, H; “__eta” の集まり
ι, κ, λ, μ, ν
:I, K, L, M, N
ξ
:!!!!!
ο, π, ρ, σ, τ, υ
:O, P, R, S, T, U
φ, χ, ψ, ω
:V, X, Y, 最後
のように覚えられる.教室でギリシア文字の暗唱を命じられたら,心のなかでラテン文字のほうを唱えながら,口ではそれに対応するギリシア文字を言うようにすればよい.ギリシア文字はこのようにラテン文字とかなりきれいに対応するので苦労はない (もちろん歴史的にはラテン文字のほうがギリシア文字を参考にしたのである).


参考文献

mardi 21 avril 2015

Heptas Palladi comparatur

「7 はパッラスに似る (=比される)」の意.パッラス Pallas は女神アテーナーの別名で,ローマではミネルウァにあたる,言わずと知れた知恵の女神である.

マルティアヌス・カペッラによる 5 世紀前半の著作『フィロロギアとメルクリウスの結婚』第 I 巻のなかばで,メルクリウスの結婚について進言されたユピテルらが話しあう場面に現れたパッラスについての説明に,数世紀後に付された註からとったものである.カペッラのこの著作は自由学芸たる三学四科を寓意的に説明したもので,中世とくにカロリング・ルネサンス以後,最高学問たる神学の基礎をなすと考えられた七自由学科に関する文献として広くまた長く読みつがれた.


このブログについて


ブログタイトルの当初の案は,博言学 philology すなわち φίλος + λόγος 「言語への愛」のことを称する簡潔で美しい表現を探すことであった.フィロロギアといえばということで思いだしたカペッラの前掲書にそれを求め,擬人化された才女 Philologia に言及した箇所を丹念に追ったが,ピンとくるような章句は結局見つからなかった.そうするうちにノートカーによる註をも含む抄訳の存在を知り,ざっと目を通してみるなかで印象に残る文句があった.「ただ 7 のみが造ることも造られることもない」,これである.こうして「他の誰もが自分に似ることのない孤高の乙女」パッラスにヒロインの座を奪われてしまったのであった.

このブログは筆者の語学学習のメモのために開設した.英語以外の言語を含む諸外国の語学書を集めているのでそうした書籍の紹介,あるいはそれをもとにしたマイナな言語の解説など,国内に先駆者のいなさそうな情報をゆくゆくは発信していきたいが,ほかにもやることが多いのでいつになるかは不確定である.好きなことを仕事にするために,あわよくば語学の知識で身を立てることを目標とするものだが,いまのところそのための具体的な目算は立っていない.継続するうちにおぼろげにでも見えてくるとよいと願っている.


参考文献