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mardi 7 juillet 2015

Tonnet『現代ギリシア語の歴史』第 2 章

Henri Tonnet, Histoire du grec moderne, L’Asiathèque, 2011³ をもとにまとめた résumé (という名の全訳に近い).脚注は (本文理解の参考にはしたが) 訳出ではほとんど割愛しているので,気になる向きは原書を求められたい.


第 2 章 古代のギリシア語 Le grec ancien


1. 共通ギリシア語 Le grec commun


紀元前 2000 年ころ,最初のギリシア人たちが現在のギリシアのあたりに侵入したとき,まだギリシア語の未分化の indifférencié 形,ギリシア祖語 proto-grec を話していた.いずれにせよ,この共通ギリシア語 grec commun [訳注] はたしかにこの時代よりまえに存在した.ミュケーナイ語 le mycénien を含む,知られている古代ギリシア語諸方言に共通の特徴から復元されるこの言語は,それじしんインド・ヨーロッパ語〔以下,印欧語〕の一方言であった.ギリシア祖語は紀元前 3000 年から 2000 年までのあいだの長い期間に形成されたに違いなく,その期間にギリシア人の祖先は現在の〔ギリシア人の〕居住地の北で生活していた.

[訳注] フランス語で grec commun は proto-grec の別称のようである.「共通ギリシア語」との訳語はコイネーと混同しやすく危険なので,区別せず「祖語」と訳出してしまうほうがよいかもしれない.

ギリシア語は,サンスクリット le sanskrit, 古代ペルシア語 le vieux-perse, アルメニア語 l’arménien, 古スラヴ語 le vieux-slave, 共通ゲルマン語〔=ゲルマン祖語〕le germanique commun, ケルト語 le celtique, ラテン語 le latin などとともに印欧語族に属する.おそらくは同じ語族のほかの言語と比べてアルメニア語とより密接な関係があるであろう.

ここでは古代ギリシア語を描写することも,資料によって知られているその歴史 (紀元前 15 世紀以来) を語ることもしない.以降の変遷を説明しうるギリシア語の固有の特徴を簡単に提示することで満足せねばならない.


1.1 子音の弱さ Faiblesse des consonnes

印欧語のなかでのギリシア語の特徴の第一は,子音体系の相対的な弱さである.ギリシア語は印欧語の有声有気閉鎖音 occulsive sonore aspirée の系列 /bh/, /dh/, /gh/ を失い,これを無声 sourde 有気音 /ph/, /th/, /kh/ (φ, θ, χ) に変えている.ミュケーナイ語にはまだ存在した唇-軟口蓋音 labio-vélaire /kw/, /gw/, /gwh/ は,ラテン語では保たれているのに,歴史時代のギリシア語では消えている.印欧語の /kw/ はギリシア語では,あるときは /p/ にまたあるときは /t/ に対応する (lat. quinque = gr. πέντε, lat. quis = gr. τίς).

これらの子音の系列はほかの子音に合流し,子音体系の単純化 simplification の傾向を示している.

またべつの子音は単純に消えてしまった.それは語頭の /s/ と /j/ で,アッティカ方言 attique では気音 /h/ として生き残ったが,いたるところで無音化する s’amuïr ようになる.ラテン語 septem は古典ギリシア語 ἑπτά に対応し,これは [heptá] それから [eptá] と発音された.ドイツ語 Jahr は,意味は違うが形の上では ὥρα に対応し,これは [hóra] (この段階でラテン語に借用され,〔現代フランス語の〕heure のつづりを説明する),それから [óra] と発音された.

語末の子音は ς, ν, ρ を例外として消えた.語末の /t/ は,ラテン語では保たれている 3 人称単数の特徴だが,ギリシア語では落ちる.Lat. ferebat と gr. ἔφερε, また lat. aliud と gr. ἄλλο を比較せよ.中央ギリシア語 [原注 8] の以降の歴史において,語末の ρ と ν は消失に向かう.

[原注 8] ここで中央ギリシア語 grec central とは,ペロポネソスの方言と都市の urbaine 共通語で,現代の民衆語〔=ディモティキ〕démotique をもたらすものとする.中世に見られる,語末の子音 ν の維持と強化は,南イタリア,キプロス,ドデカネス諸島 Dodécanèse, キオス島 Chios の周縁のギリシア語においてまだ見られる.


1.2 母音体系の保存 Conservation du système vocalique

かわりに古代ギリシア語では母音に関しては非常に保守的である.サンスクリットでは /i/, /a/, /u/ しか保っておらず,ラテン語ではある場合の /o/ を失っていたのに対して,ギリシア語はほとんどそのまま印欧語の体系を見せている.ギリシア語だけがわれわれに,「与える donner」という動詞の語根 racine が母音 /o/ をもっていたことを教えてくれる;δίδωμι, δοῦναι, skr. dadāmi, lat. dare.


1.3 動詞語根の規則化の限られた傾向 Tendance limitée à la régularisation des racines verbales

古代ギリシア語では多くの動詞が不規則であった.ほかのものは現在・アオリスト・完了語幹のあいだに母音交替 alternance vocalique を含み,これは音韻変化の理由から規則化する傾向をもっていた:λείπω, ἔλιπον, λέλοιπα → λείπω, ἔλειψα.  この傾向は決して動詞体系の完全な規則化には至らなかった.


1.4 アクセント体系の相対的単純化 Simplification relative du système de l’accentuation

印欧語のアクセントは,ゲルマン語 langues germaniques がいまだそれについて証しているが,あるものはアクセントの置かれうる accentogène, またべつのものはそうでない,形態素 morphème に結びついていた;それは制限を知らなかった,つまりアクセントは語のどんな音節にもあたりえたのである.

ギリシア語では,ラテン語のように,最後の 3 音節の上にアクセントが制限されることをもってこの体系を少し簡単化している.しかしアクセントは今日まで形態論的 morphologique にとどまった.アクセントの実現 réalisation の変遷にもかかわらず,ギリシア語はこの点に関して非常に保守的である.現代ギリシア語における若干のアクセントの移動 déplacement は印欧語の遺産である.今日でもなお,古代の第 3 変化の単音節語 monosyllabe に由来する若干の語または表現において,アクセントは斜格の語末に落ちる:ἑνός, παντός, φωτός, μηνός.

最近の語の創造でも,行為の名詞は行為者の名詞に対立させられている:行為者の名詞では語末アクセント,行為の名詞ではさかのぼるアクセント (ἡ σύνοδος, ἡ συνοδός).


1.5 曲用の単純化 Simplification de la déclinaison

印欧語は 8 つの格をもっていた:主格 nominatif, 呼格 vocatif, 対格 accusatif, 属格 génitif, 与格 datif, 奪格 ablatif, 具格 instrumental, 処格 locatif [訳注].古代ギリシア語はすでにこの体系を単純化して,しばしば前置詞句で置きかえられた後 3 者を除いている.ラテン語では ab + 奪格を用いた場合に,古代ギリシア語は ἀπό + 属格を使った.ラテン語が単独の格を用いたときに:exeo domo, 古典ギリシア語 grec classique は前置詞によって「明確化 préciser」する傾向があった:ἐξέρχομαι ἐκ τοῦ οἴκου.

格を前置詞句で置きかえるこの方法はのちに体系的になった (与格に代えて εἰς + 対格,属格-奪格に代えて ἀπό + 対格).その結果は斜格〔すべて〕を犠牲にした対格の一般化であった.

[訳注] サンスクリットでは与格 datif を為格と称することも一般的である.属格 génitif は gen- の意味からいけば生格が適当であろうが,この用語はもっぱらスラヴ語学でしか使われていない.また処格 locatif は訳語が非常に多く,ほかに地格,位格,所格などがあるが,位格は為格と同音であることと,処格と同じ「ところ」の字の所格は「所」に受身の意味 (所与や所定,またラテン語 dēpōnentia の訳語のひとつ「形式所相動詞」の「所相=受動態」などは端的にそれである) もありミスリーディングであるので,「場所」の意味がはっきりする処格か地格が望ましいだろう.


2. 古代ギリシア語の諸方言 Les dialectes grecs anciens


古代ギリシア語の方言の多くは,碑文 inscription によって以外私たちに知られていない.書き言葉は,現代ギリシア語の諸方言に比べたディモティキがそうなるであろうように,標準化された standardisé 方言である.ホメーロスの言語はどこでも話されなかったし,劇場の合唱隊 chœur のなかで読まれるドーリス方言 le dorien は人工的な言語の状態であった.方言間の重大な差異にもかかわらず,それぞれの方言 idiome を話すギリシア人たちは互いに理解していた.その例外は古代マケドニアで,かならずしもこの方言がギリシア語であったと言う必要はない.

ギリシア語が諸方言へ分化する原因となったものは知られていない.〔現在の〕ギリシアになるところの領土にすでに定住していた人々の存在であったかもしれない;この人口は,新たな到来者の言語を話しはじめるときに,それ以前に話していた言語によってさまざまにこれを歪めることになり,歪みは続く世代へ伝えられていく.〔分化の原因はまた〕毎回異なる発展段階のギリシア語をもたらすことになったギリシア人の相次ぐ到来―― 最近まで一般に,ドーリア人は紀元前 12 世紀の終わりに定住したものと考えられていた―― であったかもしれない.

古代ギリシア語の諸方言は 4 つの大きなグループに帰着する:1) アッティカ方言を含むイオニア方言群 ionien,2) アイオリス方言 l’éolien, 3) アルカディア・キプロス方言 l’arcado-cypriote, 4) ドーリス方言を含む西方方言群 occidental.

〔紀元前〕8–7 世紀の古代の植民地化 colonisation のために,しばしば互いに遠く隔たった地域で同じ方言が話されていた.ドーリア人はシチリア島と南イタリアに植民を送り,そこでもドーリス方言が話された.イオニア方言は小アジア,エウボイア島 Eubée, アッティカ Attique で話された.アイオリス方言はレスボス島 Lesbos, ボイオーティア Béotie, テッサリア Thessalie で使われた.ドーリス方言はラコーニア〔ラケダイモーニア=スパルタ〕Laconie, アルゴス Argos, コリントス Conrithe, クレタ島 Crète, ロードス島 Rhodes およびイタリアでもっともよく用いられた方言であった.

これらの方言は共通語 la langue commune (κοινὴ διάλεκτος) に顕著な影響を及ぼすことなくローマ時代に漸次消えていった.この後者〔コイネー〕はほとんどイオニア・アッティカ方言 l’ionien attique にのみ由来している.そして現代ギリシア語の諸方言はほとんどすべてこれに発している.顕著な例外はツァコニア語 le tsakonien であり,これはかつてパルノン Parnon およびアルカディア Arcadie の一部分で話されたもので,典型的なドーリス方言の特徴を保存している:η のかわりに α を,θ のかわりに σ を用い (cf. α σάτη = η θυγάτηρ),古代のディガンマ /w/ > /v/ の子音の形を保つ (ο βάνε = το αρνί).このことはおそらく現代ギリシア語の南イタリアにおける方言にとっても同様である.

ここに参考のため,古代の方言間の違いを数例あげておく.
  1. 定冠詞の複数主格は,アルカディア・キプロス方言とアッティカ方言で οἱ であり,その他では τοί である.
  2. 長い /a/ は大部分の方言では α として残るが,イオニア方言ではどこでも η になり,アッティカ方言では ρ および母音 /e/, /i/ のあとでのみ α のまま残る:dor. ἁμέρα, ion. ἡμέρη, att. ἡμέρα.
  3. 1 人称複数の語尾は,アルカディア・キプロス方言とアッティカ方言で -μεν であり,その他はどこでも -μες である (lat. -mus と比較せよ).

dimanche 5 juillet 2015

Tonnet『現代ギリシア語の歴史』第 4 章

Henri Tonnet, Histoire du grec moderne, L’Asiathèque, 2011³ をもとにまとめた résumé (という名の全訳に近い).語例は半数あまりを省略し,脚注も (本文理解の参考にはしたが) 訳出ではすべて割愛しているので,気になる向きは原書を求められたい.


第 4 章 十分に資料のない時代 (6 世紀から 11 世紀まで) La période mal documentée (du VIe au XIe siècle)


6 世紀から 11 世紀まで,話し言葉に関する資料は非常にまれで短く,この時代に起こった重要な変化を確実にたどることはできない.

ギリシア語口語に関する資料がこのようにほとんど消えてしまっている理由は以下のとおりである.厳密な意味でのギリシアにおいて,6–7 世紀のスラヴ人の侵入と異教徒の文化の終わり (紀元後 529 年のアテネ大学 l’Université d’Athènes の閉鎖) は,文化の水準を下げないではおかなかった.アラブ人によるエジプトの征服 (紀元後 642 年,アラブ人によるアレクサンドリア占領) とともに,ギリシア語を話す grécophone エジプトの有産階級は,国を捨てるか庶民階級にまぎれこんだようである.いずれにせよ,ギリシア語での資料の生産は終わる.

それにもかかわらず,この時期の終わりには,ビザンティン帝国はそれをギリシア語の話される hellénophone 領域にほとんど一意に限定している小アジアを失う (マンツィケルトの戦い [訳注],1071 年).フランク人との直接の接触はギリシア人に,学問の言語であるラテン語に加えて俗語をも叙事詩 épopée, 叙情詩 lyrisme, 物語 roman において用いる文化を知らしめる.12 世紀のはじめ,またおそらくもう少し早くには,ギリシアの詩人は彼らじしん,話し言葉に近い簡単な言葉で作品を書きはじめる.
[訳注] bataille de Mantzikert.  マラズギルトの戦いとも.


1. 語彙 Vocabulaire


俗ラテン語によるギリシア語の語彙の相当深い混交 contamination が認められる,とはいえこの現象はローマ人によるギリシアの占領から始まっていたのであるが.ギリシア語口語に影響を及ぼしたラテン語はまずは兵士たちのそれであった.ラテン語の影響の強まりはそれから,ローマ帝国の首都がビザンティウムへ移ったことで説明される.少なくとも 2 世紀のあいだ,王宮と行政機関ではラテン語が話された;10 世紀になってもなお王宮のラテン語の深い痕跡が,コンスタンティノス 7 世による『儀式の書 Livre des Cérémonies (Ἔκθεσις τῆς βασιλείου τάξεως)』に見られる.定住のラテン語人口や,ダルマチア,現在のルーマニア,ギリシアの放浪民も,ギリシア語の語彙に少し影響をした可能性がある.

若干の語例.οσπίτιν < hospitium「家」,πόρτα < porta「扉」,σκάλα < scala「はしご」,κάμπος < campus「平原,野原」,τίτλος < tit(u)lus「題名」,στράτα < strata (via)「通り,道」,βίγλα < vigilia「監視の持ち場」,σαγίττα < sagitta「矢」,τα άρματα < arma「武器,軍隊 armes」〔等々,まだまだ例が続くが,どう見てもギリシア語ふうではない雰囲気と,軍隊の関係の語が見てとれる〕.

スラヴ語の影響は地名 toponyme にとりわけ顕著である:Ζαγορά, Ζαγόρι「山の向こう」,Γρανίτσα「国境」,Γρεβενά「櫛」,Βοδενά「水」,Αράχοβα「梨 poirier」[訳注 1].しかし一般のギリシア語でも牧畜の語彙には見あたる:σανός「干し草」,στάνη「羊小屋」,τσέλιγκας「羊飼いのリーダー chef de bergers」,κοτέτσι「鶏小屋」,γουστερίτσα「トカゲ」,λόγγος「森」,βάλτος「湿地」[訳注 2].地方の方言の語彙にはよりスラヴらしさがあることがあるが,共通語にはほとんどない.κορίτσιν「若いお嬢さん」や αρκλίτσα「小箪笥」に見られる非常に生産的な接尾辞 -ίτσιν, -ίτσα はスラヴ起源に見えるが,接尾辞 -ίκι(ο)ν やラテン語のそれの口蓋化の可能性もある.
[訳注 1] ロシア語に対応する語句を探すと,順に,за горе, граница, гребень, вода であろう.Αράχοβα は調べがつかなかった.
[訳注 2] σανός はロシア語 сено に同根.στάνη はブルガリア語の стан「キャンプ」やルーマニア語 stână「羊小屋」に対応.τσέλιγκας はセルビア語・クロアチア語の челник/čelnik「リーダー」に対応するようである.κοτέτσι は Sr/Cr の котац/kotac「豚小家,汚い場所」に対応.γουστερίτσα は Sr/Cr やマケドニア語の гуштер/gušter に同根.λόγγος は調べがつかなかった.βάλτος はロシア語 болото などスラヴ語のすべてに同根語が残り,ルーマニア語 baltă, アルバニア語 baltë なども同じである.


2. 形態論 Morphologie


2.1 実詞 Le substantif

ラテン語の単語の同化,音声学的変化,および類推は,第 1 曲用の単純化をひきおこした.

ἡ θάλασσα, τῆς θαλάσσης のような第 1 変化の若干の実詞の属格における語末の音の変化は,語尾の [a] と [is] がきちんと区別して発音されていたので任意のようであった.最初にラテン語の借用語 emprunt の語尾で規則化がなされた:η πόρτα, της πόρτας.  それからギリシア語にも敷衍された:η ήττα, της ήττας.  こうした規則化は,音の交替を伴わない純粋な α の名詞 ἡ μοῖρα, τῆς μοίρας の曲用によって促進された.

第 3 曲用と第 1 との混同は,今日のような混合曲用をもたらすまで互いに続けられた.まだ遠慮がちの規則化が 2 世紀ないし 6 世紀にすでに見られた:την Καρανίδαν, τους θέλοντες.  9 世紀には,ο χειμώνας や οι Πέρσες のような形が,第 3 と第 1 曲用の完全な作りなおしを証している.それ以来,話し言葉ではこの型の曲用が使用された:ο χειμώνας, τον χειμώναν, του χειμώνα, οι χειμώνες, τους χειμώνες.  しかし書かれた資料にこのような規則性が見られることはまったくない.

すべての中性の直格 cas direct [訳注] において -ν は一般化し,-ιν の中性も増える.
[訳注] 直格とは主格・呼格のことで,斜格 cas oblique に対立する語である.


2.2 動詞 Le verbe

時量的加音 augment temporel の用法において,音声学的変化に関係する不規則性が確認される.διοικῶ [diykó], 未完了 διῴκουν [dikun], の活用は,過去時制の語幹に [y] がなく,話し手にとってもはや自明とは思われなかった.そこで未完了は接頭辞のまえに音節的加音 augment syllabique を置いて規則化された:ἐδιοίκουν.

古代ギリシア語において母音のまえで母音衝突 hiatus を避けて発音を容易にした,母音で終わる vocalique 動詞形の語末の -ν は,過去時制の 3 人称単数のほとんどすべてで一般化された:έφαγεν, έβαλεν, εφόρειν.

古代の接続法の語尾は消失する.それらは直説法のそれ (-o, -is, -i, -omen, -ete, -ousi) に置きかえられる.

古代の接続法が古代の直説法から区別されていた形態的差異という方法―― テーマ母音 voyelle thématique の延長 allongement,λύωμεν, λύητε ≠ λύομεν, λύετε―― は,キリスト時代のころに母音の長短 quantité vocalique が消滅していらい機能しなくなった.若干の人称では存在しつづけた [i] ≠ [e] の音の対立は,ついにはいたるところでなくなった.しかしこのことは意味としての接続法の消失には対応しない,というのも時代の経過につれて,その時点を正確に特定することは不可能であるが,目的を表す final 古代の接続詞 ἵνα は単音節の前接辞 να になった;この形態素は,主節 principale および従属節 subordonnée において,新たな接続法の形成に使われ,それは不定詞と古代の未来にとってかわった;この後者は接続法と区別されず,継続 continu と synoptique [訳注] の 2 つの相 aspect で現れる.
[訳注] 訳語不明.語義としては「概観的な,要約の」という意味であることと,継続相との対として書かれていることを踏まえれば,完結相に似た意味だろうか.


3. 構文論 Syntaxe


与格は 10 世紀ころに使われなくなった,とはいえそれ以後も純粋な書き言葉には多く例が見られるが.与格とともに用いる動詞は,今日では対格または属格をとっている.ἐν + 与格の形式は εἰς + 対格に置きかえられる.

lundi 29 juin 2015

Hélix『古フランス語 18 課』第 3 課

Laurence Hélix, L’Ancien français en 18 textes et 18 leçons, Armand Colin, 2014 をもとにまとめた résumé.  諸注意は最初のエントリを参照のこと.前回までのエントリ:第 1 課前半後半第 2 課前半後半


第 3 課 品質形容詞と副詞/音声の問題 Les adjectifs qualificatifs et l’adverbe / la question de phonétique


第 1 部 品質形容詞 Les adjectifs qualificatifs


名詞と同様,形容詞も AF では 2 つの格に曲用する.名詞との違いは中性形があることで,これはたとえば中性代名詞の属詞として用いられる.

AF では 2 つの型の形容詞を区別する:多いのは 2 形 biforme と呼ばれるもので,男性と女性で異なる形を示す.もうひとつは性無変化 invariable en genre で,男性と女性でほとんど同形である.


1. 2 形 (または「性変化」) 形容詞 Les adjectifs biformes (ou « variables en genre »)

2 形形容詞は多くラテン語の -us, -a, -um〔第 1・第 2 変化形容詞〕に由来する.男性と女性でそれぞれの 1 型名詞のように曲用する.中性は無変化で〔語尾に〕s をとらない.

男性単数男性複数女性単数女性複数中性
主格bonsbonbonebonesbon
斜格bonbonsbonebonesbon

注意:過去分詞 participe passé はすべてこの型の変化をする;第 8 課で詳しく見るが,分詞 perduz の例を示しておく.

男性単数男性複数女性単数女性複数中性
主格perduzperduperdueperduesperdu
斜格perduperduzperdueperduesperdu


2. 性無変化形容詞 Les adjectifs invariables en genre

2 形形容詞には 3 つの特徴があることを見た:1. 男性で e をとらない;2. 女性で e をとる;3. 1 つしか語基 base をもたない.そういうわけで「性無変化」形容詞のなかで 4 つの型を区別する習慣である:1 型と 2 型は男性形が -e (1 型) または -re (2 型) で終わる;3 型は女性で e をとらない;4 型は 2 つの異なる語基をもつ.

―〔1 型:〕男性が -e の形容詞

男性単数男性複数女性単数女性複数中性
主格sagessagesagessagessage
斜格sagesagessagesagessage

変遷:AF と FM のあいだで,この型はほとんど変化しなかった;sage, jeune, noble, amable (FM aimable), humble 等々は今日も両性で語末の e をもつ.

―〔2 型:〕男性が -re の形容詞

この型は男性主格単数で s がないことで前者〔=1 型〕と区別される.しかし男性名詞 2 型 (pere, frere, ...) と同様,この形容詞も,ほかの形容詞との類推 analogie によって,男性主格単数で s をとる傾向がある.

男性単数男性複数女性単数女性複数中性
主格povre(s)povrepovrepovrespovre
斜格povrepovrespovrepovrespovre

変遷:前者と同様,FM で両性とも語末の e を保っている.

―〔3 型:〕女性で -e がない形容詞

この型の代表例の大部分は,ラテン語ですでに男性と女性が同形であった通性 épicène 形容詞に由来している.

男性単数男性複数女性単数女性複数中性
主格granzgrantgranzgranzgrant
斜格grantgranzgrantgranzgrant

変遷:中世以来,女性の語末に e がないのは話し手には奇妙に思われたらしく e が加えられた.FM では,grand-mère のような若干の決まった連語において,grant/d が無変化であった名残を残している.

―〔4 型:〕2 つの語基をもつ形容詞

2 つの語基をもつ形容詞の大部分は,ラテン語の総合的比較級 comparatif synthétique [訳注] からきている;これらは AF でそれほど数は多くないので,使用頻度の高いものを記憶するとよい:graindre/graignor, mieudre/meillor, mendre/menor, maire/maior, pire/peior.  このカテゴリはまた,形容詞として用いられた若干の普通名詞を含む.

男性単数男性複数女性単数女性複数中性
主格graindregraignorgraindregraignorsgraignor
斜格graignorgraignorsgraignorgraignorsgraignor

変遷:〔3 型の〕grant や fort と同様,女性の語末に e がないのは中世の人々には奇妙に感じられたらしい.

[訳注] 語基に男・女性 -ior, 中性 -ius の接尾辞を付したり,まったく異なる語基を用いたりすることによって,1 語で比較級を表す形.対義語は分析的 analytique で,英語の more, 現代フランス語の plus + 原級形容詞のような,2 語による比較級の作りかたを指す.


第 2 部 古フランス語における副詞 L’adverbe en AF


副詞は AF でも FM と同様に無変化で,動詞や形容詞やほかの副詞の意味を修飾する語である.

1. -ment で終わる副詞 Les adverbes en -ment

仕方 manière の説明のさいラテン語では,mens, mentis, f. の奪格 mente とそれに一致する形容詞とからなる副詞句 locution adverbiale を用いた.

オイル語はロマンス語の多くと同様,この副詞句を継承したが,7–8 世紀ころ,形容詞と名詞 mente との一体化が起こった.例:bona mente > bonement.

無変化形容詞では,e のない女性形の改変に伴って,対応する副詞も改変された:fortment > fortement, grantment > grandement.


2. 副詞のその他の特徴 Les autres marques de l’adverbe

標識 -e

AF では多くの副詞が,語末に e のない形とある形の交替を示していた:or/ore, voir/voire, encor/encore, onc/onque, ...  かなり早い時期に,e のある形が副詞の「有標の marquée」形と感じられ,実際に語末の e は副詞の標識として現れた.

標識 -s

LC の副詞の多く (minus, magis, plus, ...) と,postius や *alioris のような後期ラテン語 bas latin のほかの副詞の形は,s で終わる.これらは現代に保たれている:moins, mais, plus, puis, ailleurs.  その頻繁さのために,この s は中世に副詞の標識と考えられ,類推作用を及ぼした.たとえば semper に由来する *sempre は,ラテン語に存在しない語末の s を伴った sempres の形で AF に現れる.

NB : 語末の e と s を兼ね備えた onques, ores, lores の形もしばしば見られる.

標識 -ons

前置詞 a と -ons で終わる名詞からなる副詞句:a genoillons, a tatons, a chatons, a reculons, a croupetons.  この形は AF ですでにまれであり,FM ではなおさらである:「手探りで à tâtons」や「後ずさりして à reculons」の決まり文句にのみ残っている.


第 3 部 歴史音声学の問題 La question de phonétique historique


〔音声変化の〕法則を学ぶまえに,ロマンス語学者 romaniste の音声記号 alphabet phonétique, より正確にはブルシエ Bourciez の記号,に親しんでおく必要がある.これはのちの課で説明するが,いまは以下の慣習を覚えてほしい:

  • ラテン語とフランス語の語は下線 souligné またはイタリック italique にする.例:manducare または manducare ;
  • 音声転写 transcription phonétique は角括弧 crochet droit に入れる.例:[mandukare] ;
  • 記号 > は「に達する aboutit à」を意味する.


第 4 部 読解と翻訳:マルコ・ポーロ Marco Polo『世界の記述 Le Devisement du monde』(1298) (省略)


第 5 部 応用練習 (省略)

dimanche 28 juin 2015

Hélix『古フランス語 18 課』第 2 課後半

Laurence Hélix, L’Ancien français en 18 textes et 18 leçons, Armand Colin, 2014 をもとにまとめた résumé.  諸注意は最初のエントリを参照のこと.前回までのエントリ:第 1 課前半後半第 2 課前半


第 2 課 (承前)


第 2 部 知っておくべき接続語 Les mots de coordination à connaître


1. ET, ラテン語 etiam (「もまた aussi」,「すら même」) に由来

中世の et は非常にしばしば FM の接続詞 et に対応する.しかしこの時代にはさまざまの要素が等位接続された coordonné ので,今日の言語では et をあてられない場合もある.
  • 文頭の et はしばしば副詞 alors に相当する.例:Atant se leva. Et il prist la pucele par la main. (その瞬間彼は目覚めた.それで彼はその娘の手をつかんだ)
  • Et はラテン語の語源となる語 etiam の意味を保っていることがある.例:Et je sai ou il converse. (私もまた彼がどこに住んでいるか知っている)
  • Et は軽い逆接 adversatif の意味のことがある.例:Vos deüssiez combatre et de vos deduire toz jorz pensez. (あなたは戦わねばならないだろうに,あいかわらず楽しむことを考えている)

2. NE, ラテン語 nec に由来する,否定的文脈の接続語

否定的文脈 contexte négatif において et は ne に交替することがあり,ちょうど FM で et が ni に置きかわることと同じである.ただし AF ではその文脈は完全な肯定でないというだけで十分である (たとえば疑問の interrogatif あるいは仮定の hypothétique 文脈).

例 1 (疑問):Quel deables a ce dit a cest vilain ne de quoi s’entremet il ? (どんな悪魔がそんなことをあの野郎に言い,そしてあいつはなにをやらかそうというのか)

例 2 (否定):Je ne vos sai plus dire, ne je n’i os plus demorer. (私はあなたがなにをこのうえ言うのか知らないし,私はこれ以上ここにとどまるつもりはない)

NB : 接続詞の ne を否定の副詞 ne と混同しないこと.


3. MAIS (または mes), ラテン語 magis (「より多く plus」,「むしろ plutôt」) に由来

FM と同じく AF でも mais は 2 つの文の対立を表す.一定の文脈では mais はまた説明 explication や正当化 justification を導き,FM の「つまり cela dit」や「もっとも,たしかに……だが d’ailleurs」にあたる.

例:Il set bien que vos le querez, mais vos nel trouverez point, se il ne viaut. (彼はよく知っている,あなたがそれを探しているが,彼がそれを欲しないならばあなたはそれを見つけられないだろうことを) Mais tant me comenda il que je vos deisse que por noiant vos travailliez de lui querre. (もっとも,彼は私に対してあなたに言うことを命じた,あなたが苦労してそれを探しても無駄であるということを)

NB : 語源 magis の意味は AF において ne ... mais の表現を説明している (〔現代語の〕ne ... plus).


4. AINZ (または einz), ラテン語 ante (「前に avant」) の比較級 *antius に由来

語源から ainz は「前に avant」,「以前に auparavant」という時間の意味をひきついでいる.この意味 (「より早く plus tôt」) から「むしろ plutôt」の意味は容易にわかるし,さらに強い逆接の意味「まったく反対に bien au contraire」にもなる.

例:Ma vie ne me plaist point ; ainz pri Deu que la mort me doint. (私の人生は私を満足させない;それどころか私は神に,私に死を与えてくれるよう頼む)

NB : ainz の同義語に ainçois (または einçois) がある.13 世紀以降 ains というつづりも見かけるようになる.


5. CAR (または quar), ラテン語 quare (「なんとなれば c’est pourquoi」) に由来

Car は FM と同様 AF でも原因の causale 意味をもつ.文の副詞をして用いられることもある:節のはじめに置かれて,命令法または勧告の exhortatif 接続法の動詞の前で,命令をさらに強める.

例:Car conseilliez ceste chaitive ! (この不幸を助けてくれ!)


6. OR (または ore), ラテン語 *hac hora (「この時に à cette heure」) に由来

語源と同様,AF の or は時間の意味をもつ (意味は現在).文脈によっては直前の過去 passé immédiat および近い未来 futur proche のこともある.命令表現の前では,or は本来の意味 (「いま」) または,car のように強調 insistance の意味もある.

例:Or joing tes mains ! (さあ手をあわせなさい)

NB : or の現代の意味は中世の終わりに現れる.


第 3 部 読解と翻訳:ジャン・ダラス Jean d’Arras『メリュジーヌ物語 Le Roman de Mélusine』(1393–1394) (省略)


第 4 部 応用練習 (省略)

Hélix『古フランス語 18 課』第 2 課前半

Laurence Hélix, L’Ancien français en 18 textes et 18 leçons, Armand Colin, 2014 をもとにまとめた résumé.  諸注意は最初のエントリを参照のこと.前回までのエントリ:第 1 課前半後半


第 2 課 名詞と格の用法/接続語 Les noms et l’emploi des cas / les mots de coordination


第 1 部 名詞の曲用と格の用法 La déclinaison des noms et l’emploi des cas


1. 名詞の曲用 La déclinaison des noms

古フランス語 (AF) では古典ラテン語 (LC) のように名詞は曲用する se décliner が,AF には 2 つの格しかないので単純である:ラテン語の主格 nominatif に由来する主格 CS と,対格 accusatif に由来する斜格 CR である.また中性 genre neutre もないため簡単である:AF には男性名詞 nom masculin と女性名詞 nom féminin しかない.

― 男性名詞

AF には 3 種類の男性名詞がある.1 型 type 1 はもっとも多く,たいていラテン語の第 2 曲用に由来するものでただ 1 つの語基 base をもつ.単数主格と複数斜格では語根 radical に s が加わる (例:mur-s, moulin-s).しかし語根の末子音は s のつくとき修正を受けることがあるので注意せよ;例:port + s > porz.

男性 1 型単数複数単数複数
主格mursmur porzport
斜格mur mursportporz

無変化の特殊な場合:語根がはじめから s または z で終わっている cors, tens, mois のような語は曲用しない.「無変化 indéclinable」語はすべて,それが FM に残っている場合には,無変化のままである.

非常に少数の語が 2 型 type 2 を形成する:pere, maistre, frere 等々は 4 つの形に対して同一の語基をもつが,1 型の名詞に比べると単数主格で s をとらない.すべて -re で終わることに注意せよ (しかし sire や emperere のように,-re で終わっても 2 型でない名詞もある).

男性 2 型単数複数単数複数
主格pereperearbrearbre
斜格pereperesarbrearbres

NB : 単数主格に peres の形を見ることもまれではない.これは類推現象 phénomène d’analogie である:AF には 1 型の名詞が非常に多いので,中世の人々は本来つかない語にも s をつける傾向があった.

3 型 type 3 の名詞は 2 つの異なる語基をもつ特徴がある.たとえば ber/baron, cuens/conte, huem/home, niés/neveu のように,日常語の多くはこの型であり,ふつう -ere (単数主格) または -eor(s) (その他の格) で終わる:emperere/empereor(s), contere/conteor(s), travaillere/travailleor(s), ...  3 型の名詞はすべて男性の人間を意味する.

男性 3 型単数複数単数複数
主格sireseigneurenfesenfant
斜格seigneurseigneursenfantenfanz

NB 1 : 中世の接尾辞 -ere/-eor はラテン語の -ator/-atorem からきており,FM の接尾辞 -eur に対応する.

NB 2 : 複数では,やはり語末の t に s が続くとき z に変わる.


― 女性名詞

女性名詞も 3 つの型にわけられる.1 型がもっとも多い;たいていラテン語の第 1 曲用に由来し,ただ 1 つの語基をもち,e で終わり,複数では s がつく.1 型の名詞では主格と斜格の区別がない:唯一の区別は,s のない単数と s のある複数との対立だけである.

女性 1 型単数複数単数複数
主格damedamesfillefilles
斜格damedamesfillefilles

2 型の名詞は,語基は 1 つだが,e 以外の文字で終わり,それは子音または é である.単数主格と複数で語末に s がつく.

女性 2 型単数複数単数複数
主格maisonsmaisonsveritezveritez
斜格maisonmaisonsveritéveritez

NB 1 : 男性 1 型と同様,s または z で終わる女性名詞も無変化である;例:paiz, croiz.

NB 2 : -é の女性名詞はすべて 2 型であり,単数主格と複数で z で終わる.

3 型の女性名詞は男性と同様 2 つの異なる語根をもつ.数はそれほど多くはない.

女性 3 型単数複数単数複数
主格nonnenonnainssuerserours
斜格nonnainnonnainsserourserours


2. 格の用法 L’Emploi des cas


主格はその名詞が節の主語 sujet であるときまたは主語の属詞 attribut であるとき用いられる.呼びかけ apostrophe における名詞の大部分もまた主格である (しかし例外も多い).

例:Li mesagier errent par vaus et par montaignes. (使者は山を越え谷を越え旅する) 動詞 errer の主語 li mesagier は複数主格である.

斜格はそれ以外の機能すべてに用いられる:直接目的語 COD, 間接目的語 COI, 名詞の補語 complément du nom, 状況補語 complément circonstanciel, 等々.

例 1:La tor del chastel esgarde. (彼は城の塔を見る) 直接目的語 la tor (女性 2 型) と名詞の補語 del chastel (男性 1 型) が斜格である.AF ではしばしばあることだが,代名詞主語 il は明示されず COD が動詞に先行している.

例 2:Messire Gauvains cele nuit en une forest jut. (今夜ゴヴァン殿下は森のなかで休む) 時の補語 complément de temps である cele nuit (女性 2 型) と場所 lieu の補語である en une forest (女性 2 型) が斜格である.

Hélix『古フランス語 18 課』第 1 課後半

Laurence Hélix, L’Ancien français en 18 textes et 18 leçons, Armand Colin, 2014 をもとにまとめた résumé.  諸注意は最初のエントリを参照のこと.前回のエントリ:第 1 課前半


第 1 課 (承前)


第 2 部 細かいが重要な事柄:AF における si の語 Tout petit mais essentiel : le mot si en AF


Si は LC で「そのように ainsi」を意味する副詞 sic に由来する.これを従位接続詞 se と混同してはならない.後者は AF において条件の従属節を導入し,FM の接続詞 si に相当する.中世のテクストのあらゆるところに現れ,si は非常にさまざまの語義と用法をもっている.


1. 語源の意味:「そのように」,「こうしたしかたで」 Valeur étymologique : « ainsi », « de cette manière »

Si は語源〔本来〕の意味を保っていることがある.すなわち様態の副詞で,AF の同義語に副詞 issi と ainsi がある.例:Si entra en la maison. (このようにして彼は家に入った)


2. 時間の意味:「次に」,「それから」 Valeur temporelle : « puis », « alors »

複数の行為が継起する文において,si は puis, alors に近い意味,さらに単純に et の意味をもつ.例:Li chevaliers s’est esveillez, si l’ad veüe. (騎士は目覚め,それからそれを見た)

NB : こうした時間の意味は,si が quant のような時の接続詞と相関するときはっきりする.例:Quant ele l’oï, si suspira. (彼女はそれを知ったとき,ため息をついた)


3. 強調の意味:「非常に」,「それほど」 Valeur intensive : « tellement », « si »

この意味は FM にもある.非常にしばしば,強意の si は接続詞 que で導かれる結果節 proposition de conséquence とともに働く.例:Estoit si esbahiz que ne pooit soner mot. (彼はとても仰天しており言葉を発されぬほどであった)

NB : si は接続詞 que と結合することがある.例:Il chaï envers, / si que la teste li seingne. (彼はあおむけに倒れた/そのため頭が出血した)


4. 結果の意味:「それゆえ」,「そういうわけで」 Valeur consécutive : « donc », « c’est pourquoi »

例:La damoisele estoit bele et bien fete. / Si la regarda Gauvains volentiers. (その娘は美しくよくできていた/それでゴヴァン殿下は彼女を喜んで見つめた)


5. 逆接の意味:「にもかかわらず」 Valeur adversative : « pourtant »

この意味は si が et とともに用いられるとよくわかる.例:Molt est sages, et si n’est pas voisous. (彼はとても賢い,それにもかかわらず先見の明がない)


6. 特殊な場合:si com の成句 Un cas particulier : la locution si com (autres graphies : si come, si comme, si cum, si cume)

この成句は比較の意味 valeur comparative (「と同様に ainsi que」,「のように comme」) または時間の意味 (「のときに comme」,「するあいだに tandis que」) をもちうる.

例 1 (比較の意味):Crestïens comence son conte, si com l’estoire le reconte... (クレティアンは話を始める,話がそれを語るように……)

例 2 (時間の意味):Si come il dormoit, une dame entra. (彼が眠っているときに,夫人が入ってきた)


第 3 部 若干の翻訳の指針 Quelques conseils de traduction


  • 翻訳するまえにテクストを全部読む:登場人物を特定し (少なくとも大づかみに) なにが起こるかを理解したあとなら文章を翻訳するのはより容易である.
  • 古風になった語や意味が変わった語を翻訳する:〔現代語の母語話者向けの例示のため省略〕
  • si, et, par, or のような小さな語を無視しない.これらはしばしば翻訳が難しいが,さまざまな節を論理的に配列しており,FM におけると同様 AF においても不可欠のものである.
  • chose, faire, dire のような非常に一般的であいまいな語の意味をなるべくはっきりさせる
  • 動詞の時制を調和 harmoniser させる:中世のテクストでは,著者たちは過去と現在とを行ったり来たりする習慣をもち,同じ段落のなかで,さらには同じ文のなかで,単純過去 (または半過去) と物語的現在 présent de narration [訳注] を交互に使う.これは FM では不可能なので,時制を一貫させること.
  • 時制の一致 concordance des temps を尊重する:AF では義務的でないが FM では強く要求される.
  • テクストの動きに従う:〔これも母語話者向け.節の順番はなるべく保つほうがよいが,S-V-C が今日では自然だということ〕
  • 翻訳を文脈にあわせる:〔テクストの種類と時代によって選ぶべき訳語は異なるということ〕
[訳注] 歴史的現在 présent historique に同じ.


第 4 部 読解と翻訳:オウムの物語 Le Conte du Papegau (15 世紀初頭) (省略)


第 5 部 応用練習 (省略)

samedi 27 juin 2015

Hélix『古フランス語 18 課』第 1 課前半

古フランス語の教科書は,日本語で書かれたものは数えるほどしかないが,解説がフランス語になることを許せば大小数えきれないほどのものがある.現代語であると古語であるとを問わず,学習人口の少ない言語では入門者向けの本がなく研究書や体系的なレファレンスにかぎられることがあるが,フランスで出版されている古フランス語の書籍のリストはかならずしもこれにあたらず,前者の種類の本も何種類かの選択肢がある.ここに紹介する本もそれで,文法事項を重要度と難易度に応じて少しずつ説明する漸進的なタイプに近い学習書である.

今回は,Laurence Hélix, L’Ancien français en 18 textes et 18 leçons, Armand Colin, 2014 をもとに古フランス語の学習を行う.非営利の勉強メモとはいえ著作権・翻訳権等の問題が気にかかること,また現実的な作業量を勘案して,原文の記述を適度に割愛した résumé である.読解演習の節はいっさい扱わず,また文法説明の節の例文については古文と日本語訳のみを示し,現代フランス語訳は再掲しないので,必要に応じて原書を参照されたい.

凡例
  • カギ括弧「  」は原文の «  » である.ただし原文では «  » があってもカギ括弧を省略した場合もある.
  • 亀甲括弧〔  〕は訳者による補足で,原文にない語句や,原文を思いきって短くまとめた場合,またごく短い訳注を示すために用いた.
  • 丸括弧 (  ) はおおむね原文どおりだが,原語を示すためのものはもちろんそのかぎりでない.
  • ボールドは原文どおり.イタリック italique は,原文で古語やラテン語を示すために用いられているものは反映させていない.
  • 重要な用語はつとめて原語を併記しているが,それ以外にも非常にしばしばそうしてある.フランス語の原語を示すことが日本の読者のためになると考えられる場合や,訳者が訳語に確信をもっておらず誤訳を恐れた場合などがそうである.


第 1 課 古フランス語に出会おう À la rencontre de l’ancien français


古フランス語 (ancien français, 以下 AF) は現代フランス語 (français moderne, FM [訳注]) の祖先である.数世紀のあいだ,われわれの領土の大部分,ロワール川の北で話されてきた.それにもかかわらず AF はわれわれにとって難しい.この課ではわれわれの古い言語が同時にどれほど近くまた遠いかを見る:
  • AF では名詞 nom, 代名詞 pronom, 限定詞 déterminant, 形容詞 adjectif は曲用する se décliner.
  • 主語 sujet が動詞 verbe のあとに置かれることがある.
  • つづり graphie は固定されておらず,正書法 orthographe の概念が意味をもたない.
  • AF は複数の言語である:この呼び名の裏に複数の方言,たとえばシャンパーニュ語 le champenois, ピカルディ語 le picard, ワロン語 le wallon, アングロ・ノルマン語 l’anglo-normand があり,それぞれ音韻 phonétiques, 書字法 graphiques, 語彙 lexiques が異なっている.
[訳注] 17 世紀から 19 世紀までの近代フランス語 français moderne と,20 世紀以降の現代フランス語 français contemporain とを区別する著者もあるが,ここでは「現代」ととってよかろう.


第 1 部 中世のフランス語の異質さ L’étrangeté du français médiéval


1. 曲用の言語 Une langue à déclinaisons

FM では名詞はふつう単数 singulier と複数 pluriel の 2 つの形態しかとらない.しかし AF では単数・複数の対立に加えて格の casuelle 対立があり,主格 (cas sujet, CS) と斜格 (cas régime, CR [訳注]) を区別する.このことをよく理解するために,2 つの抜粋を『獅子の騎士 Chevalier au Lion』から見る.イヴァン Yvain の題でも知られ,クレティアン・ド・トロワ Chrétien de Troyes の 1176 年から 1180 年のあいだの作である.

[訳注] Cas régime は被制格と訳すのがもっとも正確だろうが,要するに主格以外の格のことなので,わかりよい斜格 cas oblique とする.
Li chevaliers ot cheval buen / Et lance roide. (主格) : 騎士はよい馬と/硬い槍をもっていた.
Le chevalier siudre n’osai (斜格) : 私はその騎士にあえて従わなかった
どちらも単数なのに,統語上の問題で形を変えている:前者では li chevaliers は動詞 ot (avoir) の主語であり,後者では le chevalier は動詞 siudre (suivre) の直接目的語である.

CS と CR の区別は冠詞と名詞だけではない.所有〔形容〕詞 possessif と指示詞 démonstratif, 品質形容詞 adjectif qualificatif, 代名詞 pronom もまた格に応じて異なる形をとる.これは 6 つの格をもっていた古典ラテン語 (latin classique, LC) の名残である.時の経過とともに,「俗ラテン語 latin vulgaire (VL)」と呼ばれる話し言葉のなかで,格の大部分は CS にあたる主格 nominatif と CR にあたる対格 accusatif の 2 つを残して消えた.

しだいに,とりわけ 12 世紀のはじめまでには,曲用はもはや尊重されなくなっていた:まず口頭で,それから文字上で,CS の形は CR の形にとってかわられた.おそらく話し手も書き手も,もっともよく使った形である CR を特別視したため,しだいに CS の形はほとんどまったく消えてしまった.中世の終わりまでには,残った区別は単数と複数の対立だけであり,これが FM に保たれている.


2. 語順は現代と大きく異なる Un ordre des mots bien différent du nôtre

語順は複雑な問題であり,韻律上の rythmique 理由には第 8 課で立ち戻る.ここでは『獅子の騎士』からもう 2 つの引用を見よう.文法上の主語に下線,動詞の活用形をイタリックで示す [訳注].

[訳注] 原文では AF の文全体がイタリックのため,動詞の活用形を太字 gras で示している.
An piez sailli li vilains, lues / qu’il me vit vers lui aprochier. 両足でヴィラン [訳注] は跳びあがった/私が彼のほうへ近づくのを見るやいなや.
Vers l’ome nu que eles voient / cort et descent une des trois. 彼女たちがちらと見る裸の男のほうへ/3 人のうちの 1 人が [馬から] 降りて走る.
[訳注] ヴィラン vilain は中世の農村に居住する自由平民のこと.

この 2 つの章句を見ると,主語は動詞の前の場合も後の場合もある.このことは 13 世紀まで文証されている attesté 統語現象を例示している:S-V-C の語順が従属節 proposition subordonnée 内では支配的であった一方で,C-V-S の語順が独立節 proposition indépendante および主節 prop. principale 内では支配的である.FM に保たれる S-V-C の語順はわれわれに親しいが,C-V-S は現代の読み手にとっては当惑させられる,というのもこれは中世の終わりには廃れ,現代の用法に対応しないからである.動詞の前に置かれた名詞がかならずしも主語でないことに注意せよ.


3. 正書法のない言語 Une langue sans orthographe

LC や FM に比して,AF は正書法をもたず,辞書も「よい慣用 bon usage」を定める文法も存在しない.中世の大部分を通して,確立された規則はなにもなかった.

あるテクストのうちで同じ語が異なる形に現れたとしても驚くべきではない.写本によってまた写字生によって,語は非常にさまざまの形で現れる.こうした状況において,AF の辞書に頼ることは困難である:どのつづりを信頼すればよいのか,どの見出し語を選べばよいのか,honor/anor/enor の語を探すには h を見るのでよいのか.


4. ひとつの言語と複数の方言 une langue et des dialectes

長いあいだフランス語は「複数的 plurielle」であり,多くの方言からなっていた.より正確には,AF と呼ぶものはオイル語 la langue d’oïl にあたり,これはロワール川の北で話されていた方言をまとめたものであった (オイル oïl は FM の oui にあたる).ロワール川の南ではオック語 la langue d’oc が話されており (oui にあたるオック語),これもまたガスコーニュ語 le gascon やプロヴァンス語 le provençal のような方言にわかれる.

本書ではオック語を取り扱わない.これはオイル語よりもラテン語に近く,すなわちゲルマン語の影響をあまり受けなかった.そのかわりに,AF の本格的な学習を始めるまえに知っておいてほしいのは,本書に現れる活用と曲用は,イル・ド・フランスで話され FM の直接の祖先になった「中央フランス語 français central」という方言に対応するということである.初学者は何々の方言の特質にかかずらって古語の学習を複雑にさせぬほうがよい.