samedi 25 avril 2015

ヘブライ文字の順番の覚えかた

予告どおり前回のエントリ「ギリシア文字の順番の覚えかた」に引きつづき,今回はヘブライ文字について自分なりの覚えかたをまとめておく.コンセプトはまったく同様に,すでになじんでいる既知の文字の知識を活かして共通部分を見つけること,これに尽きるのであるが,今回その「既知」とするものはラテン文字ではなく,ギリシア文字の順番についての知識を前提とする.というのも,それはギリシア文字のよい復習になるというだけではなく,ヘブライ文字とギリシア文字とはどちらもそう変わらない時期に,共通の親であるフェニキア文字から派生したものであり,ほとんど苦労なく対応が一目瞭然だからである.ラテン文字との対応については最後に一言するにとどめる.

まずヘブライ文字をただ羅列してみると,
אבגדהוזחטיכלמנסעפצקרשת
のようである.ギリシア文字と対応づけて表にしてみよう.次のように区切る.ヘブライ文字は右から左に並ぶので,表中では内側は内側のものどうし,外側は外側のものどうしが対応している.
א, ב, ג, ד, ה
:α, β, γ, δ, ε
ו
ז, ח, ט, י, כ, ל, מ, נ
:ζ, η, θ, ι, κ, λ, μ, ν
ס, ע, פ
:ξ, ο, π
צ, ק
ר, ש, ת
:ρ, σ, τ
ここに右列のギリシア文字にはいっさい抜けがない.ギリシア文字 24 字の上から 19 文字が,1 つも欠けることなく順番に現れており,前回ギリシア文字とラテン文字とを比較したときに J やら Q やらが飛ばされたこととは対照的である.また,文字の名前も少なからず似ていることに注意されたい.アルファとアレフは A-L-Ph, ベータとベートは B-T, ガンマとギメルは G-M, デルタとダレットは D-L-T, 等々.これはもちろん偶然ではなく,双方の母体となったフェニキア文字の各字母の名前を受けついでいるためである.この特徴はラテン文字と見比べたのでは見えてこない.

表では一見われわれの知る古典ギリシア語の音価に照らしてみれば対応が苦しいように見える部分もあるが,これらはいずれも歴史的に正しい対応である.まず ה に対する ε, ח に対する η, ע に対する ο の 3 つに注意しよう.ヘブライ文字と同様,親のフェニキア文字はセム系の文字であり子音を表す字母しかもたなかったところ,ギリシア文字はそれを継承するにあたって母音を表すべくいくつかの文字の音価を変更したのである.

もう 1 つ気になりそうなのは ס に対する ξ だが,これはなかなか複雑である.字形としてはヘブライ文字の ס のほうが仲間はずれであり,これに対応する本来のフェニキア文字はむしろ Ξ のように,横 3 本線に縦棒をひっぱった形で,魚の骨の形が由来だという.ギリシア文字の Ξ も手書きでは漢字の「王」とそっくりに縦棒で結ぶことがあるが,そうすればこれのほうが原形をとどめているのだろう.ס という丸い字形の由来は調べがつかなかった (丸といえば 1 つ後ろの ע だが,関係は不明).一方,音価については複子音を表す現行の ξ のほうがはみだし者である.当初 /ks/ の表記のしかたは古代ギリシア世界全土で一定せず,ΧΣ や ΚϺ など 2 文字を使って書いた地域がさまざまにあったが,Ξ を使うイオニア式のアルファベットが前 4 世紀なかばころまで (アテナイでは前 403 年の正書法改革によって義務的) に広く受けいれられたという.

これで表の埋まっている部分については説明が済んだことにして,残るヘブライ文字は 3 つであるが,これもじつはすべて対応するギリシア文字が存在する.ו にはディガンマ ϝ が,צ にはサン ϻ が,そして ק にはコッパ ϙ が対応する.これらは古典期までにすでに廃れていた古い文字で,たとえばディガンマについて見ると,この音価は ו と対応するといったように /w/ であるが,その音はわれわれの習う古典期のギリシア語にはない (消えた具体的な時期は方言によって異なる).残る 2 文字の消えた理由は,セム語では区別してもギリシア語では音素的区別をなさない音だったからである.サンはすでに前段落の最後に断りなく現れているが,/s/ の音を表したとされている.コッパはその字形や ק との対応からもわかるとおり /q/ である.これらを加えたものを再掲してまとめとしよう.
א, ב, ג, ד, ה
:α, β, γ, δ, ε
ו
:ϝ
ז, ח, ט, י, כ, ל, מ, נ
:ζ, η, θ, ι, κ, λ, μ, ν
ס, ע, פ
:ξ, ο, π
צ, ק
:ϻ, ϙ
ר, ש, ת
:ρ, σ, τ
さて,ギリシア文字ではなくもっとなじみのあるラテン文字によって対応表を作ることももちろん可能である.ラテン文字はギリシア文字およびそれに範をとったエトルリア文字から派生しておりいくぶん時代が隔たるが,できないことではないから必要に応じて試されるとよい.その方法をここでとらなかったのは,多少とも無理のある解釈をしなければならなくなるからであるが,若干のヒントを与えておく.ディガンマ ϝ は見てのとおりラテン文字 F のもとになった文字であるし,ו の現代の音 /v/ じたい /f/ と通じるז と対応する ζ が,ある意味では G に対応する (ギリシア文字を参考にしてラテン文字ができたとき,不要だった ζ の位置に G を足した) というのは前回のエントリの話である.この 2 点を許せば,ABCDEFGH(ט)I, KLMN(ס)OP(צ)QRST のようにおおむねそろっていることになる.

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