mardi 16 avril 2019

エルヴダーレン語入門 (1)

スウェーデンのダーラナ県北西部、エルヴダーレン市で数千人によって話されている、エルヴダーレン語 (övdalsk, スウェーデン語 älvdalska, 英語 Elfdalian; エルフダール語とも) という言語がある。伝統的にはスウェーデン語のいち方言と考えられてきたが、スウェーデン語との相互理解可能性はなく、近年ではひとつの言語とみなされてきている。

ゲルマン祖語・ノルド祖語・古ノルド語まではあったが現代のアイスランド語やスウェーデン語などでは総じて失われている鼻母音をいまも保存していることや、これまたアイスランド語・フェーロー語以外では失われている主格・対格・与格の区別を保っていること (属格もいちおうあるもののもはや生産的ではない、この点はフェーロー語と同じ) などのアルカイスム (古拙性) がとくに注目されている興味深い言語である。世界でもっとも遅くまでルーン文字が現用されていた言語でもある (ダーラナ・ルーン、英 Dalecarlian runes)。

ここでは Gunnar Nyström och Yair Sapir, Introduktion till älvdalska, ²2015 に沿ってこの言語の文法を学んでいくことにしよう。テキストは DiVA Portal にて PDF 全文と付属の音声ファイルとがオープンアクセスとなっている (しかし音声はかならずしもテキストと一致していない。おそらく 2005 年の初版とのあいだに異同があるのだろう)。

原文はスウェーデン語による解説であり、スウェーデン語の読者にとって容易に推定されるエルヴダーレン語の単語や文法事項については説明が省かれている。それゆえ以下に記すものはテキストの忠実な翻訳ではなく、日本語の読者にとって必要と思われたこと (そしてついでにスウェーデン語の勉強になること) を適宜補ったノートというべきものである。

正直に言ってこのテキストの解説はかなり不十分であり、その課で (あるいはテキスト全体のどこにも) 説明されていない事項も無数に出てくるので、たとえスウェーデン語の母語感覚があったとしても満足のゆく理解は難しいと思われる (ヨーロッパの語学入門書にありがちな、母語の類推でなんとなくわかったまま進めていくスタイル。弊害も多いが、人工的でなくまともな内容のある文を序盤から出せるという利点がある)。

したがって以下の日本語部分は括弧〔・〕の有無を問わず大半が私じしんのコメントである。そのさい Steensland のエルヴダーレン語–スウェーデン語辞典 Älvdalsk ordbok を頻繁に活用したことと、時に応じて Lars Levander (1909), Älvdalsmålet i Dalarna など若干の文献を参照したことを記しておく。

重大な注意として、エルヴダーレン語の正書法はいまだ確立されておらず、エルヴダーレン語言語評議会 Råðdjärum によるものと、2 人の著者 Steensland および Åkerberg それぞれのもの (いずれの人物にもこの言語の辞書や文法書などの著作があり、そこで採用されている) との合計 3 つが並立しているという状況のようである。ここで扱っているのは Råðdjärum 式だが上掲のオンライン辞書は Steensland 式なので使いかたには習熟を要する。

また、エルヴダーレン語には時代に応じて 3 期の区分が行われている。すなわち 20 世紀初頭まで使われており上掲 Levander (1909) の記述した古典エルヴダーレン語 klassisk älvdalska、おおよそ 1920–50 年生まれの話者が話す格変化を若干失った伝統的エルヴダーレン語 traditionell älvdalska、そしてそれ以降の世代の話者の現代エルヴダーレン語 modern älvdalska の 3 つである (時期区分については Garbacz (2010), ‘Word Order in Övdalian’, esp. pp. 35f.)。

しかし現在盛んな再活性化 revitalisering の運動のただなかにあるこの言語では、古風な特徴をとどめた古典エルヴダーレン語に大きな敬意が払われており、Nyström och Sapir で概説されているのも、Bo Westling 訳『星の王子さま』Lisslprinsn (初版 2007 年、改訂版 2015 年) が書かれているのもこの文法なのである。百年以上まえの Levander (1985 年にリプリントされた) をいまも参考にしうるのはこのゆえである。


第 1 課 (Fuost leksiuon)


1. Iett


Wen ir ittað-jär? これは何ですか? wen = vad「何」、ittað-jär n. = det här「これ (中性)」〔男性 isn-jär, 女性 isų-jär とともに 3 性を区別する〕。ir は be 動詞 wårå の現在単数形。

Ittað-jär ir įe kulla. これは少女です。kulla f. = flicka c.「少女」。įe は女性の不定冠詞。

Ur ietter isų-jär kullą? この少女はなんという名前ですか? ur = hur「どのように」〔スウェーデン語では vad heter と「何」を使う〕、ietter 現在単数 < ietta = heta「という名前である」。kullą は kulla の既知形〔弱変化女性名詞の既知形は第 3 課〕。

Ą̊ ietter Emma. 彼女はエンマといいます。ą̊ pron.f.sg. = hon, den f.「彼女、それ (女性名詞)」。

Ur gåmål ir ą̊? 彼女は何歳ですか。gåmål = gammal「古い、歳をとった」。

Eð ir it guott witå. それは簡単にはわかりません。eð pron.n.sg. = det「それ」、it = inte「〜ない」、guott 中性単数 < guoð = god「よい」、witå = veta「知る」。単語欄にこの全体が det är inte lätt att veta とあるのでそれを訳したが、エルヴダーレン語文を直訳すれば it is not good [to] know.  英語の to にあたる不定詞標識 te = att が省略されている (Sapir (2006), ‘Elfdalian, the Vernacular of Övdaln’, p. 30 を見よ)。

Ą̊ ir ellåv år, truor ig. 彼女は 11 歳だと思います。ellåv = elva「11」、år n. = år n.「年」、truor 単数現在 < truo = tro「思う、信じる」〔この動詞の活用は第 4 課〕、ig pron. = jag「私」。

Ą̊ sir aut so ny̨ögd og glað. 彼女はとても喜んでいてうれしそうに見えます。sir 単数現在 < sją̊ = se「見る」、aut = ut〔sją̊ aut = se ut「に見える」。sją̊ は Steensland 式の綴字法では sjǫ〕、so = så、ny̨ögd = nöjd「満足した、喜んだ (nöja の過去分詞)」、og = och、glað = glad「うれしい」。

Emma baðer i sju’mm kringgt. エンマはよく湖で (?) 水浴びをします。baðer < baða = bada「入浴する、水浴びする」、kringgt = ofta「しばしば」。sju’mm がわからず、sju m. = sjö c.「湖」の複数与格かと推測〔第 9 課 tjyr の複数与格 tjy’mm に比するか。Levander, s. 23 には sju の完全なパラダイムも載っているが、彼はたいへんややこしい文字表記を用いているため判断がつかない〕。

2. Twå


Wen ir ittað-jär? これは何ですか?

Ittað-jär ir ien påyk. これは少年です。påyk m. = pojke c.「少年」〔Steensland 式では påik。この語は明らかにフィンランド語 poika からの借用である〕。ien は男性の不定冠詞。

Wen bruker isn-jär påytjin djärå? この少年は何をしようとしているのですか? bruker 単数現在 < bruka = använda, bruka「使う、利用する」、しかしここでは英 will の意か。påytjin は påyk の既知形〔k > tj の発音変化はフェーロー語と同じだが、綴り字に反映されるところが向こうと違っている〕。djärå = göra, arbete「する、行う」〔Steensland 式では dşärå、Åkerberg 式では dşäro〕。

An bruker renn ą̊ skrikkskuo’mm. 彼はスケートをするつもりです。an pron.m.sg. = han, den m.「彼、それ (男性名詞)」、renn ą̊ skrikkskuo’mm = åka skridskor「スケートをする」〔ą̊ は与格支配の前置詞、この -’mm も複数与格語尾か〕。

Ur ietter eð an ar ą̊ nevum? 彼が手に持っている (つけている?) ものはなんという名前ですか? ar 単数現在 < åvå = ha「持っている」、ą̊ nevum = på händerna「(両) 手に」〔nevi (若い世代で nevå) m. = hand c.「手」〕。

Eð ir fel uottär. 手袋ですよ。fel = väl, ju, nog、uottär 複数主格既知形 < uott = vante c.「手袋」〔一見わかりづらいが PG. *wantuz > ON. vǫttr, vantr に遡る同源語。älv. および isl. vöttur, før. vøttur では nt > tt の同化が起こったため。男性複数形の説明は第 4 課〕。

3. Tri


Wen ir ittað-jär för iet krytyr? これは何の動物ですか? krytyr n. = djur n., kreatur n.「動物」。iet は中性の不定冠詞。för は調べがつかず、しかし会話の流れから見てこのようにしかとれないだろう。

Ittað-jär ir ien rakke. これは犬です。rakke m. = hund「犬」。

An-dar rattjin ir it stur, an itjä. その犬は大きくはありません。an-dar m. = den där m.「それ、その」〔同様に女性 ą̊-dar, 中性 eð-dar〕、rattjin は rakke の既知形。itjä も否定詞で、ここでは代名詞と否定詞が繰りかえされている (このような反復については Sapir 前掲論文 p. 30 に説明がある)。

Kanstji eð ir ien wep? おそらくこれは仔犬では? kanstji = kanske「たぶん、おそらく」、wep m. = valp c.「仔犬;動物の仔」。

An swisker rumpun, dar nogär kumb. 誰かが近づけば尻尾を振ります。swisk(a) rumpun = vifta med svansen「尻尾を振る」〔rumpa f. = svans c.「尻尾」〕、dar = när「〜するとき」、nogär = någon、kumb 単数現在 < kumå = komma「来る」〔kumå の活用は第 8 課。しかし、ここではなく後掲 6. の会話には kumb = kommer の注釈がある〕。

4. Fyra


Og wen ir eð-dar för krytyr? それからあれは何の動物ですか? やはり för の意味がとれず。しかもなぜ不定冠詞 iet が消えたのか?

Eð-dar ir ien eri. それは兎です。eri m. = hare c.「野兎」。

An ir it stur an eld! それはぜんぜん大きくありません。eld = eller, heller。2 つめの an は不明、代名詞の反復ならばほかの例ではコンマが前置されているが……?

War sit an-dar erin noger? その兎はどこに (座って) いますか? war = var「どこ」、sit 単数現在? < sittja, sitta = sitta「座っている、いる」、noger = någonstans「どこか」?

An sit fel nið ą̊ bokkam, i grasį. 野原に (座って) いますよ、茂みのなかに。nið ą̊ bokkam = på marken「地面に、野原に」〔bokka m. = mark c.「野原」〕、i grasį = i gräset「草のなかに」〔gras n. = gräs n.「草」。grasį は単数与格既知形〕。

An jät graseð, an. それは草を食べます。jät 単数現在 < jätå = äta「食べる」。graseð は gras の単数対格既知形〔中性名詞の語形変化は第 6 課〕。

Itjä ir erin slaik i ferg olltiett? 野兎はいつもこのような色をしていないのではありませんか? itjä = inte, icke〔Steensland 式では itşä〕、erin ir slaik i ferg = haren har sådan färg〔slaik = sådan「その (この) ような」、ferga f. = färg c.「色」〕、olltiett = alltid, hela tiden。

Näi, slaik ir an, dar såmårn ir. ええ、夏にはこんなふうなのです。dar såmårn ir = på sommaren (逐語的には när sommaren är)「夏に (=夏であるとき)」。

Um wittern ir an wait. 冬には白いです。witter m. = vinter c.「冬」〔um wittern = på vintern; um wittrą = på vintrarna〕、wait = vit「白い」。

Du lär fel witå ur erir uppa? 兎がどのように跳ねるかはよくご存知ですね? lär 単数現在? < lära = lära「教える;学ぶ」、erir = harar(na) 複数未知形および既知形、uppa = hoppa「跳ねる」。

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