samedi 11 juillet 2015

Lauer『古典アルメニア語文法』第 I 部

Max Lauer, Grammatik der classischen armenischen Sprache, Wien: Wilhelm Braumüller, 1869 をもとにした和訳です.諸注意点については目次をご覧ください.


〔序文と目次のあと,第 I 部のまえに置かれたイントロダクション〕

アルメニア語 armenische Sprache は互いに異なる 3 つの時代を経ている.第 1 は 5 世紀のメスロプ Mesrob [訳注 1] までで,後代の著者が伝えるところでは,すでにかなりの数の文学作品―― ほとんどは歴史に関する内容―― があったという.これらは不運にも少数を残して散逸してしまったが,後代の著者たちにはまだ利用可能であった [原注].この時代の個別の音はもはや検証しえない.形態の豊かさ Formenreichthum はともあれ古典期 classischen Periode のそれよりも大であった.こうした文法的形態のいくつかはのちに消失し,あるものは会話の一部においてのみ,またあるものは最終的に弱く摩滅して用いられた.第 1 の時期はフィロストラトス Philostratus の『テュアナのアポロニオス伝 Vita des Apollonius von Tyana』第 II 巻第 2 章によれば文字をもっていた:「それからパンピュリアであるとき首輪でその首を飾ったヒョウが捕らえられた.そのうえそれは金でできており,アルメニア語でかくのごとく刻まれていた:『アルサケス王はニュサイオスの神に』.すなわちその時代にアルメニアをアルサケスが治めていた」[訳注 2].フィロストラトスは紀元後 200 年に生きていた.
[原注] „Quadro della storia letteraria di Armenia estesa da Mons. Placido Sukias Somal“. Venezia 1829. Seite 1 folg.〔「Placido Sukias Somal 氏によって拡張されたアルメニア文学史の概要」と読めるが,本当は引用符の範囲が間違いで,P. S. Somal „Quadro della storia letteraria di Armenia“ ではないだろうか〕und: C. F. Neumann „Versuch einer Geschichte der armenischen Litteratur“. Leipzig 1836. Seite 1 folg.〔アルメニア文学史試論〕
[訳注 1] メスロプ・マシュトツ (c. 360–440) はアルメニアの聖人 (ローマ・カトリック,東方正教,アルメニア正教) で,言語学者・神学者.なお彼の名前の -b を無声の「プ」と有声の「ブ」どちらにすべきかは,アルメニア語の東か西か,古典か現代かで変わるらしく,ここでは判断できない.
[訳注 2] この部分は原文ラテン語のみ:et captam quidem in Pamphylia aliquando pantheram cum torque quem circa collum gestabat. Aureus antem ille erat armeniisque inscriptus litteris hoc sensu: rex Arsaces deo Nysaeo. Regnabat nempe temporibus illis in Armenia Arsaces.  第 2 文冒頭の antem は autem の誤りか.刻印文に動詞がなく,deo は与格か奪格か測りかねた.Nysaeus もどういうものかわからない.

第 2 の時代は 5 世紀から 12 世紀までで,アルメニア語の古典作家たちを含む.この時代はメスロプによる新しいアルファベットの導入とともに始まる.ここにおけるメスロプの役割は二重である;その言語に存在する音を彼はギリシア語の似た音の系列のなかに見いだし,それ〔=アルメニア語の音声〕のために,おそらくはその大部分と本質において第 1 の時代のものからなっている,新しい音声文字 Lautzeichen を作った (メスロプ文字 litterae Mesrobianae).この時代の音,文法的形態,および統語論 Syntax は本文法で説明される.

12 世紀に始まる第 3 の時代は,既存のつづりにさらに 2 つの新しい,ô を表す օ と f を表す ֆ を加えた.発音において特定の音が,また用法において文法的形態が,顕著に第 2 の時代から逸脱している.これにはメスロプの文字にさらに 1 つの筆記体 Cursivschrift が加わった [原注].
[原注] その筆記体は Joh. Joachimus Schroederus „Thesaurus linguae armenicae“ Amstelodami 1761.〔アルメニア語辞典.時代柄ラテン語名でクレジットされているが,ヨハン・ヨアヒム・シュレーダー Johann Joachim Schröder (1680–1756) のこと〕,Paschal Aucher „Dictionnaire abrégé arménien-français“ 1817.〔アルメニア語–フランス語簡約辞典〕,J. Ch. Cirbied „Grammaire de la langue arménienne“ Paris 1823.〔アルメニア語文法〕に見られる.


第 I 部 音論 Lautlehre


第 3 の時代に加わった 2 文字をあわせ,アルメニア語の活字にもなった,メスロプのアルファベット das Alphabeth Mesrob’s は以下のとおり:

字形
Schriftzeichen
名前
Name
音価
Laut
数価
Zahlenwerth
大文字
grosse
小文字
kleine
Աաայբ  aiba1
Բբբեն  ben, bjenb2
Գգգիմ  gimg3
Դդդա  dad4
Եեեչ  etsch, jetschĕ5
Զզզա  sa (やわらかい s [訳注 1])6
Էէէ  êê7
Ըըեթ  eth, jethこもった母音 [訳注 2]8
Թթթո  thoth9
Ժժժէ  schêsch (やわらかい)10
Իիինի  inii20
Լլլիւն  liunl30
Խխխէ  chêch40
Ծծծա  dṣadṣ (d + やわらかい )50
Կկկեն  ken, kjenk60
Հհհո  hoh (強い)70
Չչչա  dsads (d + 硬い s)80
Ղղղատ  ghatgh90
Ճճճէ  dschêdsch100
Մմմեն  men, mjenm200
Յյյի  hih (やわらかい)300
Նննո  non400
Շշշա  schasch (強い)500
Ոոուո  wŏŏ600
Չչչա  tschatsch700
Պպպէ  pêp800
Ջջջէ  dschêdsch900
Ռռռա  rar (強い)1000
Սսսա  sas (強い)2000
Վվվեւ  wev, wjevw3000
Տտտիւն  tiunt4000
Րրրէ  rêr (やわらかい)5000
Ցցցո  tsots6000
Ւււիւն  viunv7000
Փփփիւր  phiurph8000
Քքքէ  khê, q͑êkh, 9000
Օօօ  oô10.000
Ֆֆֆէ  fêf20.000
[訳注 1] 「やわらかい」は ‘weich’, 「強い」は ‘stark’, そして 1 つだけある「硬い」は ‘hart’ の訳語である.
[訳注 2] 原語は dumpfer Vocalanstoss.  Vocalanstoss (現代の正書法では Vokalanstoß) の意味の調べがつかなかったが,最近のヘブライ語の関係ではどうやら [ʕ] と [ʔ] の総称 (א が「Vokalanstoß または母音」,ע が Vokalanstoß とされる) であるらしい一方で,ここではあいまい母音 (シュワー) のことを指しているように見える (ヘブライ語のシュワーのほうはシュワーと言っている:母音の節を参照).

文字 և は եւ ev を表す.

大文字 grosse Buchstaben はわれわれのアルメニア活字で固有名 Eigennamen と文 Satz のはじめに用いられ,それ以外ではどこでも小文字が用いられる.

ギリシア文字〔の影響〕はアルメニア文字から明白に見てとれる.ギリシア語に存在しなかった音は任意に挿入された.文字の名前はギリシア文字に重なるものもアルメニア語独自のものもある.


母音 Die Vocale


基本母音 Grundvocale の ă̂, ĭ̂, ŭ̂ はアルメニア語で ա, ի, ու と表記される.ու は発音の見かけだけ二重音 Doppellaut であるが,その音価は u である.u を表す本来の文字は ո で,二重母音 ոյ ui に残っている;写本と刊本 Schrift und Druck では ո は (現代アルメニア人 Neuarmenier は語頭では と発音する) ŏ の意味をもつ.ô については 12 世紀以来写本で導入された օ が,そしてギリシア語の単語では ω について音結合 Lautverbindung ով が用いられた (それ以外では վ はどこでもそのアルファベットの音 w をもつ).e には 2 つの文字があり,ĕ には ե (現代アルメニア人はとくに語頭で je と発音する),ê には է である.

あいまい母音 Vocalanstoss ը は,おおよそヘブライ語の動くシュワー Schwa mobile [訳注] に対応するもので,速くかつこもって発音され,すべての母音のきわめて縮約したものとみなされうる.
[訳注] ヘブライ語 שווא נע のことで,有音のシュワーとも言う.音節を切るための無音のシュワーに対し,母音として発音されるシュワーのこと.

2 つの母音が直接に並んでいるときは,それぞれのアルファベットの音を保つ.ա のまえに立つ ե だけは,〔ドイツ語の〕j がそうするようにもたれかかる.


半母音と二重母音 Die Halbvocale und Diphthongen


յ と ւ の文字は半母音 Halbvocale である.語と音節のはじめではこれらはそのアルファベットの音 hv をもつ.語の終わりでは յ はつねに,先行する ա または ո をのばし,この場合またやわらかい h を発音する.外来語 Fremdwort におけるギリシア語のイオタ Jota および接頭辞 Präfix ՚ի のかわりである場合には,յ は j と読む.

後続の音節のはじめに立つ場合を除いて,յ は語中において先行する ա および ո とともに,二重母音 այ ai および ոյ ui を作る (ո は ոյ においてその古い音 u を保っている).

同じ条件のもとで ւ は先行する ա, ի, ե とともに二重母音 աւ au および իւ, եւ iu を作る (իւ と եւ はつづりだけで音は互いに異ならない).այ と աւ のまえに立つ ե はここでも j のように ա に隣接する.


子音 Die Consonanten


子音の体系的な配列と語源的な取り扱いは,この第一に実践的な本では無視しうる.両者とも学習にとっては冗長であり少数の人にしか理解可能でない.この場では以下のことを見ておこう.

ք は気息を伴う喉音 gutturale Aspirata であり,ヘブライ語の ק および,現代ペルシア語の خ あるいはむしろ خواندن khândan, q͑ândan「読む」などにおける خو に一致する;非常にしばしばこれはギリシア語の χ を表すのに用いられ,Քրիստոս Christus では常である.

ղ は語源的には lr に関係する.アルファベットのなかでこれはギリシア語の λ の位置を占め,アルメニア文字ではギリシア語の単語におけるそれを表すのにも用いられる.これは gh と発音される.ջ と ճ のあいだはただ語源的にだけ区別され,聞きとりうる音声的な違いはない.

現代アルメニア人は բ, գ, դ を p, k, t と読み,反対に պ, կ, տ を b, g, d と読む.


アクセント Der Ton


アルメニア語における語のアクセント Ton は最終音節 Endsilbe におかれる.命令法 Imperative ではアクセントを〔文全体の?〕最後の音節 letzten Silbe にもち,ギリシア語の鋭アクセント Acutus の記号によって示される.すべての間投詞 Interjection も鋭アクセントをアクセント音節にとる.


符号類 Lesezeichen


句読点 Interpunctionszeichen は異なる刊本によってまたさまざまである.

疑問代名詞と疑問副詞 Pronomina und Adverbia interrogativa はその上に ՞ をとる.例:ո՞「何」,ոյ՞ր「なぜ」[訳注].
[訳注] 本稿では技術上の問題でそうできていないが,記号 ՞ はアクセント母音の真上に乗るようである (あるいは表示環境によってはそうなっているかもしれない).

接頭辞 ի についたアポストロフィ Apostroph ――  ՚ի ――  は,語頭音の wortanlautend ի からこれを区別する.

1 つまたは複数のつづり字の上に置かれた  ՟ は省略記号 Abkürzungszeichen である.例:աստուած「神」を表す ա՟ծ.


刊本に見られるその他の符号類 Lesezeichen [訳注] は,重要ではないしその意味は容易に理解される.
[訳注] 節タイトルにもあるこの Lesezeichen という語は,訳者の手もとの辞書やインターネット検索では「しおり;(インターネットの) ブックマーク」の語義しか確認できないが,もちろん文脈からその意味ではない.本節を読むと「句読点」よりも広い範囲を含むように見受けられるが,「約物」という日本語が指示する範囲とうまく重なるかは訳者にはわからない.文字どおりには「読む-符号」ととれるので,漢文に用いる「訓点」などぴったりの訳でないかと思うが,これも慣用を考えると場違いに響く.妥協の策である.

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