vendredi 6 août 2021

Chapman『古アイスランド語読解演習』第 3 課

Kenneth G. Chapman, Graded Readings and Exercises in Old Icelandic, 1964 の Lesson 3 の翻訳。「エギルのサガ」第 36 章を用いていることと、前半 (3.5 節まで) の文法事項は Byock and Gordon の Lesson 4 の全体におおむね対応している。弱変化動詞の解説は Byock and Gordon では Lesson 5 である。したがって本書を終えたあとそちらを読めばよい復習になりそうだ (ただ、向こうは語幹とは何、接尾辞とは何、格とは何……といった事柄から説き起こしているので、用語に不慣れな初学者には逆の順番のほうが勧められる)。



第 3 課
エギル・スカッラ゠グリームスソンのサガ (第 36 章) より

Þat var einn dag, er þeir Þórólfr ok Bjǫrn gengu ofan til skipsins; þeir sá, at Eiríkr konungsson var þar, gekk stundum á skipit út, en stundum á land upp, stóð þá ok horfði á skipit. Þá mælti Þórólfr: “Vandliga hyggr þú at skipinu, konungsson; hversu lízk þér á?” “Vel,” segir hann, “it fegrsta er skipit,” segir hann. “Þá vil ek gefa þér,” sagði Þórólfr, “skipit, ef þú vill þiggja.” “Þiggja vil ek,” segir Eiríkr.

ある日のことだった、彼らソーロールヴとビョルンとは船へ下っていった;彼らは見た、王子エイリークがそこにいること、〔彼が〕まず船に上がりこみ、次にまた地に上がったこと、そしてそれから立って船を見ていたことを。そこでソーロールヴが語った:「入念に船を眺めていますね、王子。気に入りましたか?」 「まことに」と彼は言う。「この船はもっとも美しい」と彼は言う。「それではあなたに差しあげましょう」とソーロールヴが言った。「この船を。もしあなたが受けとられるなら」。「受けとろう」とエイリークが言う。

〔訳注:冒頭の þeir Þórólfr ok Bjǫrn という代名詞 þeir「彼ら」の使いかたについては後の 6.12 節も参照のこと。いわゆる歴史的現在もしくは物語の現在と呼べるもので、「言う」と「言った」などが頻繁に入れかわり混在しているので、活用形を正確に把握すること (もちろん意味はすべて過去である。Cf. Gordon and Taylor, An Introduction to Old Norse, §167)。〕

3.1—接尾定冠詞


定冠詞は、名詞が形容詞に修飾されていないとき、名詞に接尾される。〔上の文章に出ている〕skipit (主格・対格)、skipsins (属格)、skipinu (与格) という形に例示されているとおり。

3.2—強変化中性名詞


強変化中性名詞の単数の変化は、3.1 節で並べた skip の諸形から接尾定冠詞を取り除くことで示されうる:主 skip, 属 skips, 与 skipi, 対 skip。

注 1) 主格には語尾がなく、この点で強変化男性名詞の屈折とは異なっている。

  2) 属格語尾は -is であり、男性名詞の大部分の場合と同様である。

  3) 中性名詞の主格と対格の形は、接尾冠詞がついている場合もついていない場合も〔それぞれで〕同一である。

  4) 与格語尾は -i である (cf. 読解 2 に出てきた Englandi という形もそうであった)。

3.3—独立定冠詞中性単数


独立定冠詞の中性単数主格形はこの課の読解に現れている:it fegrsta。完全な変化表は次のとおり (3.1 節で並べた形と比べよ):主 it, 属 ins, 与 inu, 対 it。

注 1) 主格と対格の形はここでも同一である。

  2) 属格形は男性単数属格形と同一である (cf. 2.1 節)。

  3) 冠詞が名詞に接尾されるとき、適当な格語尾の後ろに付加される。すなわち skipsins = skip + -s + ins。

  4) i- で始まる冠詞の与格形が、-i で終わる名詞の与格形に付加されるとき、結果として生じる重複した母音は単純化される (冠詞の最初の母音は落ちる)。

3.4—形容詞の中性の変化


中性と男性の単数属格形が似ていること (cf. 3.2.2, 3.3.2) は強変化と弱変化いずれの形容詞の形にも広げられる:

強変化形容詞の中性単数属格は -s であり、弱変化形容詞の中性単数属格は -a である (これらはいずれもまだ読解には出ていないが)。

他方、形容詞の中性単数主格の形は、対応する男性形とは異なっており、これは名詞の場合と同様 (cf. 3.2.1)。弱変化形容詞の中性単数主格語尾は読解 3 に出ている:it fegrsta。強変化形容詞の中性単数主格語尾は読解 4 で例示される。

3.5—変化表の復習:弱変化形容詞の男性および中性の単数主格・属格 (cf. 2.4 節)


   男性 中性
主格 -i   -a
属格 -a  -a

3.6—動詞の不定形


ほとんどすべてのアイスランド語の動詞は、動詞幹に -a を付すことで不定詞を作る。例:gefa, þiggja。不定形は法の助動詞の後ろで使われる。例:ek vil gefa, ek vil þiggja。

3.7—弱変化・強変化動詞、過去時制の作りかた


1—弱変化動詞

伝統的に「弱変化」動詞と呼ばれているある種の動詞は、動詞幹に歯音接尾辞 (t, d, ð) を付加することで過去時制を作る。この接尾辞に今度は適切な人称語尾が付加される。たとえば:

  horfði = horf- + -ð- + -i (3 人称単数語尾)
  mælti = mæl- + -t- + -i
  sagði = sag- + -ð- + -i

歯音接尾辞の形 (つまり t, d, ð のいずれなのか) は、動詞幹の末子音の音声的性質による。弱変化動詞のある大きな一群では、動詞幹と歯音接尾辞とのあいだに母音的なつなぎを用いており、この場合には歯音接尾辞はつねに -ð- になる、たとえば

  kallaði = kall- + -a- + -ð- + -i「彼は呼んだ」

2—強変化動詞

べつのグループの動詞 (「強変化」動詞) は、語幹内部の母音の変化によって過去時制を作る (ときに語幹の子音構造における変化も伴う):hét (読解 1) は heita の、réð (読解 2) は ráða の、gekk と gengu (読解 3) は ganga の、stóð (読解 3) は standa の過去時制である。

3—母音転換のある弱変化動詞

いくつかの動詞は語幹の母音の変化と歯音接尾辞の付加との両方によって過去時制を作る:segja から segir (現在 3 人称単数) と sagði (過去 3 人称単数)。このような動詞はふつう弱変化動詞として分類される。

〔訳注:「母音転換」は vowel shift の訳語である。詳しいことは第 12 課のまえがきを参照されたい。〕

3.8—動詞の過去時制 3 人称の人称語尾


1—強変化動詞

読解 1, 2, 3 には以下の形が登場した:3 単 var, hét, réð, gekk, stóð。3 複 gengu, sá。

強変化動詞は過去時制において、規則的に 3 単で語尾なし、3 複で語尾 -u をもつ。ただし語尾 -u は、á または ó に終わる過去時制の動詞幹には付加されない、たとえば þeir sá。強変化動詞の多くは過去時制で異なる単数語幹と複数語幹をもつ:hann gekk, þeir gengu; hann var, þeir váru だけが、そのような動詞でこれまでに登場しているものである (3 複 váru はまだ出ていない)。

2—弱変化動詞

弱変化動詞の過去時制の 3 単語尾は -i である (cf. 3.7.1, 3.7.3 で与えた例)。

強変化動詞の場合と同様、3 複語尾は -u である。

練習問題


必要ならば語尾を埋めなさい:

1. Konung____ var in__ fegrst__ mað__ í Englandi.

2. Harald__ hersi__ stóð ok horf__ á skip____.

3. Egil__ gekk__ til konung____. “Ek vil gef__ þér land___,” sagði konung____.

4. Þeir Þorstein__ ok Grím__ horf__ á land___.

5. Bjǫrn ok Þórólfr geng__ á skip___ út, stóð__ þá þar.

6. Kveld-Úlfr gekk__ ofan til skip____.

7. Þeir hét__ Þórólfr ok Egill.

8. Þeir Harald__ ok Álf__ réð__ fyrir Vínland__.

〔解答〕


1. Konungrinn var inn fegrsti maðr í Englandi.

2. Haraldr hersir stóð ok horfði á skipit.

3. Egill gekk til konungsins. “Ek vil gefa þér landit,” sagði konungrinn.

4. Þeir Þorsteinn ok Grímr horfðu á landit.

5. Bjǫrn ok Þórólfr gengu á skipit út, stóðu þá þar.

6. Kveld-Úlfr gekk ofan til skipsins.

7. Þeir hétu Þórólfr ok Egill.

8. Þeir Haraldr ok Álfr réðu fyrir Vínlandi.

語彙の復習


名詞 男性 konungsson「王子」
   中性 land「土地、国」、skip「船」

形容詞 fegrstr「もっとも美しい」、einn「1 つの、1 人の (男性)」

代名詞 ek「私は」、þú「君は (主格)」、þér「君に (与格)」、þat「それ」、þeir「彼ら (男性)」

接続詞 at「〜ということ」、ef「もし〜ならば」、er「〜するとき」

前置詞 á「〜の上で・に」、til「〜へ」(注意:つねに属格支配)

副詞 hversu「いかに」、ofan「下へ」、upp「上へ」、út「外へ」、vel「とても」、þá「そのとき、それから」、þar「そこに・で」、stundum ... stundum「まず……それから」

動詞 (特記なきかぎり、これ以後動詞は不定形で掲げる)

弱変化 horfa「見る」、mæla「話す」、hann segir「彼は言う」、hann sagði「彼は言った」

強変化 þat er「それは〜だ」、gefa「与える」、hann gekk「彼は行った」、þeir gengu「彼らは行った」、þeir sá「彼らは見た」、hann stóð「彼は立っていた」、þiggja「受けいれる、受けとる」

法助動詞 ek vil「私は〜するだろう」、þú vill「君は〜するだろう」

句 einn dag「ある日 (決まった時間)」
  horfa á「〜を見る」
  hversu lízk þér á「〜をいかが思うか」

jeudi 5 août 2021

Chapman『古アイスランド語読解演習』第 2 課

Kenneth G. Chapman, Graded Readings and Exercises in Old Icelandic, 1964 の Lesson 2 の翻訳。ここに現れる「エギルのサガ」第 50 章は、Byock and Gordon では Lesson 3 で使われており、そこの本文の節立てはやはり本課と酷似して 3.1「独立定冠詞」、3.2「弱変化形容詞の男性単数」、3.3「弱変化男性名詞単数」、3.4「名詞 sonr (-son)」、3.5「2 音節の形容詞と名詞」となっている。違いは、そちらでは主格と属格だけでなく与格・対格もすべて扱われていることと、説明が懇切丁寧になっていること、そして 3.6 節以降に続けて新たな文法事項が盛りこまれていることであるが、やはり Chapman を下敷きにしている点は疑えないようだ。

「エギルのサガ」の翻訳は谷口幸男訳『アイスランド サガ』(新潮社、1979 年) に所収のようだが、やはりこれも絶版で入手しづらくあいにく参照できなかった (まだ参考に必要なほど難しい文章ではないけれども、前後も読んでみたいしぜひともほしいのだが)。



第 2 課
エギル・スカッラ゠グリームスソンのサガ (第 50 章) より

Elfráðr inn ríki réð fyrir Englandi; hann var fyrstr einvaldskonungr yfir Englandi; þat var á dǫgum Haralds ins hárfagra, Nóregs konungs. Eptir hann var konungr í Englandi sonr hans Játvarðr; hann var faðir Aðalsteins ins sigrsæla, fóstra Hákonar ins góða.

エルフラーズ大〔王〕はイングランドを治めていた;彼はイングランドの最初の君主だった;それはノルウェー王であるハラルド美髪〔王〕の日々〔=時代・治世〕のことだった。彼のあとにイングランドの王であったのは彼の息子ヤートヴァルズだった;彼はアザルステイン勝利〔王〕の父だった、〔そしてアザルステインは〕ハーコン善〔王〕の養父だった。

〔訳注:エルフラーズは英語ではアルフレッド (大王)、ヤートヴァルズはエドワード (長兄王)、アザルステインはアゼルスタンである。同格の説明が多く、とくに最後の一文は繰りあげて訳せば「彼はハーコン善王の養父アザルステイン勝利王の父だった」ということになるが、原文の語順を尊重し、かつその順番に提示するほうが親子・年代の関係が見やすくなると考えて上のように訳しておいた。ちなみにアゼルスタンがハーコン善王の養父、言いかえるとハーコンは幼いころアゼルスタンの宮廷に送りこまれていたという話は、このサガのごとくノルウェー側の文献にのみ言われており、同時代のアングロサクソン側の資料にそれを裏づける記述はいっさいないらしい。〕

2.1—独立定冠詞


定冠詞の単数主格および属格の形はそれぞれ inn と ins であり、-nn に終わる強変化名詞・形容詞の形に対応している (e.g. Þorsteinn, vænn〔とそれらの属格形を比べよ〕)。定冠詞はそれが形容詞に先行するとき独立した位置に立つ。

2.2—弱変化形容詞の男性単数主格・属格


形容詞が定冠詞もしくはほかの限定する語 (指示代名詞や所有形容詞) に先立たれるとき、伝統的に「弱変化」形と呼ばれている形をとる。弱変化形容詞の語尾は強変化形容詞のそれとは異なっており、男性単数主格では -i、男性単数属格では -a である:inn ríki, ins góða。

2.3—弱変化男性名詞の単数主格・属格


形容詞の弱変化に対応するのは弱変化名詞の屈折である:主格 hǫfðingi (読解 1)、属格 fóstra。これらの名詞はいずれも男性である。多くの男性の名前は弱変化である、たとえば Helgi, Gísli, Ingi;属格 Helga, Gísla, Inga。弱変化男性名詞の単数主格・属格の語尾は、弱変化形容詞の対応する語尾と同一であることに注意せよ。

2.4—変化表の復習:弱変化男性名詞・形容詞の単数主格・属格


   名詞 形容詞
主格 -i   -i
属格 -a  -a

2.5—名詞 sonr (-son)


息子を意味する語の単数主格形は不規則である。それが人名の属格形にくっついて現れる場合 (たとえば Egilsson など)、決して通常の男性単数主格語尾 -r をとらない。独立に現れる場合 (読解 2 にあるように)、しばしば語尾をもつ。単数属格形はつねに sonar である。

2.6—2 音節の形容詞


2 音節の形容詞が母音の語尾をとる場合、第 2 音節の母音は消失する。たとえば mikill の弱変化男性単数主格形は〔*mikili ではなく〕mikli である。これは第 2 音節に -að- をもつ分詞形 (cf. 4.5 節) を例外として、すべての形容詞について正しい。

練習問題


1. 必要ならば語尾を埋めなさい:

a) Mað__ hét Helgi. Hann var sonr Hákon__, Nóreg__ konung__. Helgi var væn__ mað__ ok vitr__.

b) Móðir Helg__ hét Ásgerðr, dóttir Þorstein__ in__ auðg__, rík__ mann__ ok góð__.

c) Aðalstein__ var sonr Harald__ in__ góð__, hersi__ rík__ í Nóregi.

d) Játvarð__ in__ góð__ var góð__ mað__ ok sigrsæl__.

e) Egil__ in__ mikl__ hét hersi__, sonr Þorstein__ in__ mikl__.

2. 適した名前と形容詞を埋めなさい:

a) ______i ___n ______i hét ______r. Hann var sonr ______s ___s ______a, ______s ___s ok ______s.

b) 2 つの名前を入れかえ、異なる形容詞を用いて a) をやりなおしなさい。

〔解答〕


1. a) Maðr hét Helgi. Hann var sonr Hákonar, Nóregs konungs. Helgi var vænn maðr ok vitr.
    b) Móðir Helga hét Ásgerðr, dóttir Þorsteins ins auðga, ríks manns ok góðs.
    c) Aðalsteinn var sonr Haralds ins góða, hersis ríks í Nóregi.
    d) Játvarðr inn góði var góðr maðr ok sigrsæll.
    e) Egill inn mikli hét hersir, sonr Þorsteins ins mikla.

2. a) Helgi inn auðgi hét konungr. Hann var sonr Egils ins ríka, góðs manns ok væns.
    b) Gísli inn mikli hét hersir. Hann var sonr Gríms ins vitra, gǫfugs manns ok ágæts.
〔別解多数。ただし、b) の問題は a) で使った 2 つの名前を入れかえよという指示であるが、指定されている語尾が前半の文では主格 -i、つまり弱変化の名前で、後半では属格 -s、つまり強変化の名前になるから、この指示に従うことは不可能である。語尾を無視して記入してよいなら (私の解答例では) Egill と Helga。〕

語彙の復習


名詞 (すべて男性) faðir「父」、fóstri「養父」、konungr「王」、Nóregr「ノルウェー」、sonr「息子」

形容詞 fyrstr「最初の、第 1 の」、góðr「よい」、sigrsæll「勝利の」

代名詞 hann「彼を〔対格〕」、hans「彼の〔属格〕」、þat「それ」

前置詞 eptir「〜の後に」

句 á dǫgum「日々に」、í Englandi「イングランドで」、konungr yfir「〜の王」、hann réð fyrir「彼は〜を治めた・支配した」

mercredi 4 août 2021

Chapman『古アイスランド語読解演習』第 1 課

Kenneth G. Chapman, Graded Readings and Exercises in Old Icelandic, 1964 の Lesson 1 の翻訳。旧法の 10 年留保により翻訳権失効とみなして、今回から続けて全 15 課を全訳して紹介する (まえがきと巻末語彙集は割愛、かわりに解答例を独自に補った)。後述する Byock and Gordon の入門書が現れたいまとなっては役割を終えた感もあるが、その本を抜きにすれば古アイスランド語 (古ノルド語) の学習書としてもっともとっつきやすく学びやすい良書だと思う。独習者にとっては練習問題の解答がないのと発音の説明が省かれているという大きな難点はあれども、ドリル形式の初歩的な練習問題がたくさんあり、本文も変化表を何度も繰りかえしてくれるなど初学者への配慮が感じられる貴重なテキストである。薄くてすぐにやりきれるというのも美点であり、いまでも私にとっては一押しの入門書である。


今回本文に出てくる「(蛇舌) グンラウグのサガ」は、日本アイスランド学会編訳『サガ選集』(東海大学出版会、1991 年) に翻訳が含まれているようなのだが、絶版で非常に高価になっており残念ながら参照できていない。また「義兄弟のサガ」のほうは邦訳があるかどうか定かでないが、タイトルの翻訳については М. И. ステブリン゠カメンスキイ、菅原邦城訳『サガのこころ』(平凡社、1990 年) に見られる表記に従った。谷口幸男『エッダとサガ』(新潮社、1976 年、新装復刊版 2017 年) では全部カタカナで「フォーストブレーズラサガ」と音写されているが、それよりも望ましいと思う。

ところで、最近登場した古アイスランド語の入門書、Jesse Byock and Randall Gordon, Old Norse—Old Icelandic: Concise Introduction to the Language of the Sagas, 2021 は、肉づけを取り払うと Chapman の書と骨子が完全に同じ、たとえば両書の Lesson 1 の例文の選びかたは下記「グンラウグのサガ」と「義兄弟のサガ」のまるきり同じ箇所で、したがって扱われる文法事項も同じものに説明を詳しく補ったような、一種の増補版になっているように観察される。Chapman の本そのものへの言及は見あたらないように見受けるが、献辞を見ると Kenneth Chapman に捧げると記されており面識があるような書きかたなので、きっと直接許可を得てそういう体裁になっているのだろう。


第 1 課
グンラウグのサガ (第 1 章) より

Þorsteinn hét maðr; hann var Egilsson, Skalla-Grímssonar, Kveld-Úlfssonar hersis ór Nóregi; en Ásgerðr hét móðir Þorsteins ok var Bjarnardóttir. Þorsteinn bjó at Borg í Borgarfirði; hann var auðigr at fé ok hǫfðingi mikill, vitr maðr ok hógværr ok hófsmaðr um alla hluti.

〔逐語訳:〕ソルステインという名の男がいた;彼はノルウェー出身の首領クヴェルド゠ウールヴの息子の、スカッラ゠グリームの息子の、エギルの息子だった;またソルステインの母はアースゲルズという名で、ビョルンの娘だった。ソルステインはボルガルフィヨルドのボルグに住んでいた;彼は裕福で偉大な長で、賢い男であり親切で、あらゆる点で穏健な男だった。

〔訳注:日本語訳ではなるべくどの単語がどれにあたるかわかりやすく対応するよう心がけたが、語順の違いはいかんともしがたい。課の末尾にある「語彙の復習」という節 (実際には各課の新出単語一覧) も適宜参照すると便利である。

第 1 文は構文としては maðr「男」が主語であり名前の Þorsteinn は補語、つまり「ある男がソルステインという名前だった」という文であるが、maðr = a man が不定であることと、語順すなわち情報構造の観点からすれば、上のように読みとるのがもっとも原文の言わんとするところを正確に伝えていると思われる。つまりソルステインという名がまず最初に語られて、そのうえで「ある男」の「存在」を言っているのである。「男の名はソルステインだった」というのとはニュアンスが違う、それでは男の存在が話の前提=定冠詞になってしまう。

さらにもう 1 点、「賢い男であり親切」と訳した vitr maðr ok hógværr という部分は、実際には 2 つの形容詞はともに限定的で「賢く親切な男」と解するほうがよいと思われるが (後掲 1.4 節の gǫfugs manns ok ágæts と比べよ)、逐語的な語順を尊重するのと、原著の対訳でも [a] wise man and gentle とされていることに鑑みて、ここではこのようにしておいた。〕

1.1—不定冠詞


アイスランド語に不定冠詞はない。それゆえ、英語に訳すときには、不定冠詞が必要であれば補われねばならない。

たとえば Hann var hǫfðingi mikill ok vitr maðr. という文は「彼は偉大な長で賢い男だった」(He was a great leader and a wise man.) と訳されよう。

1.2—強変化男性名詞・形容詞の主格単数


伝統的に「強変化」と呼ばれる一群の男性名詞および形容詞の主格単数は語尾 -r をもって作られる。この語尾はふつう名詞あるいは形容詞の語幹にじかに付加される:auðig-r のように。

特別な語幹の規則:(1) 語幹が l, n, s のいずれかで終わり、その前が長母音または二重母音、もしくは強勢のない短母音である場合、この幹末子音は二重化し、その第 2 のものが語尾 -r のかわりとなっている:Þorstein-n, mikil-l, Egil-l, ljós-s「明るい」〔-nn, -ll, -ss の長子音の 2 つめは -r が同化した結果だということ〕。

(2) 語幹が l, n, s のいずれかで終わり、その前が強勢のある短母音である場合、語尾 -r は通常どおり付加される:dal-r「谷」、vin-r「友人」。

(3) 語幹が r で終わり、その前が母音である場合、語尾 -r は通常どおり付加される:hógværr。

(4) 語幹が r で終わり、その前が子音である場合、語尾 -r は付加されない。それゆえ形容詞 vitr の語末の r は語幹に属するのであって、男性単数主格語尾ではない。

1.3—強変化男性名詞の単数属格


強変化男性名詞の単数属格は、語尾 -s もしくは語尾 -ar のいずれかをもって作られる。

2 つのうち語尾 -s のほうがはるかに一般的である。男性単数主格語尾におけると同様、男性単数属格語尾も語幹にじかに付加される:Gunnlaug-s, Egil-s, son-ar, Bjarn-ar。

1.4—強変化形容詞の男性単数属格


強変化形容詞の男性単数属格語尾にはただ 1 つだけがありうる、すなわち -s である:

義兄弟のサガ (第 2 章) より

Hon var dóttir Álfs, gǫfugs manns ok ágæts.

彼女は高貴で卓越した男アールヴの娘だった。

〔訳注:gǫfugs manns ok ágæts という語順であるが、2 つの形容詞はいずれも manns にかかる限定用法で、英訳も a noble and excellent man となっている。冒頭の抜粋の訳注と比較せよ。〕

1.5—変化表の復習:強変化男性名詞・形容詞の単数主格と属格


   名詞  形容詞
主格 -r    -r
属格 -s, -ar  -s

ただし主格の -r には 1.2 節の注意がある。

1.6 名詞 maðr


maðr という名詞は不規則で、その語幹 mann- (単数属格形に現れている) が単数主格形では mað- に変化する。この名詞はほかの格でも不規則である。これは古アイスランド語のなかで 2 番めに頻出の名詞であるから、さまざまな形が登場するたびに徹底的に暗記されるべきである。

1.7—名詞と形容詞の一致


互いに一致している名詞と形容詞はすべて、格・性・数において同一である。たとえば〔1.4 節の例における〕Álfs, gǫfugs manns ok ágæts という構文において、2 つの形容詞と名詞 manns はすべて属格に置かれており、それはこれらがすべて Álfs という〔固有〕名詞に一致しているからである。Álfs が属格なのは名詞 dóttir との関係のゆえである。また〔冒頭の抜粋からの〕hann var Egilsson, Skalla-Grímssonar, Kveld-Úlfssonar hersis という構文も見てみよ。ここでは Skalla-Grímssonar, Kveld-Úlfssonar, hersis はそれぞれ〔同格の関係にある〕Egils, Skalla-Gríms, Kveld-Úlfs に一致している。

注意としてこの規則は、グンラウグのサガからの抜粋において例示されたように (hann var auðigr 等々)、述語形容詞が屈折することを〔も〕意味している。

練習問題


〔以下、空欄を示すアンダーバーの数は答えの文字数と一致するわけではないので注意。〕

1. 語尾を埋めなさい:

Grím_ var mikil_ mað_. Hann var Þorstein_son, Egil_son__.

2. a) Grímr, 父 Egill, 祖父 Þorsteinn; b) Egill, 父 Grímr, 祖父 Þorsteinn; c) Þorsteinn, 父 Egill, 祖父 Grímr として 1 をやりなおしなさい。

3. 語尾を埋めなさい:

Ásgerðr var dóttir Úlf_, mikil_ mann_ ok auðig_. Hann var hersi_, ágæt_ mað_ ok gǫfug_.

4. 形容詞を hógværr と vitr の適当な形に置きかえて 3 をやりなおしなさい。

5. 形容詞を ríkr「力ある」と vænn「端麗な」の適当な形に置きかえて 3 をやりなおしなさい。

6. 適した名前と形容詞を埋めなさい:

a) ______r hét ______r. Hann var ______sson, ______s___ar, ______s ______s ok ______s.

b) maðr のすべての変化形を hersir の適した形に、またその逆に置きかえて、かつ異なる名前と形容詞を用いて a) をやりなおしなさい。

c) ______n var ______l ____r ok ______r.

d) ______l var ______n ____r ok ______r.

〔解答〕


〔この解答例は訳者が作成したものであり、誤りの可能性があることに留意してご利用いただきたい。この注意は以降の課では繰りかえさない。〕

1. Grímr var mikill maðr. Hann var Þorsteinsson, Egilssonar.

2. a) Grímr var mikill maðr. Hann var Egilsson, Þorsteinssonar.
    b) Egill var mikill maðr. Hann var Grímsson, Þorsteinssonar.
    c) Þorsteinn var mikill maðr. Hann var Egilsson, Grímssonar.

3. Ásgerðr var dóttir Úlfs, mikils manns ok auðigs. Hann var hersir, ágætr maðr ok gǫfugr.

4. Ásgerðr var dóttir Úlfs, hógværs manns ok vitrs.〔vitr の語末の r は、1.2 節の特別規則 (4) のとおり語幹の一部であるから、属格は vits ではなく vitrs となることに注意。〕

5. Ásgerðr var dóttir Úlfs, ríks manns ok væns.〔vænn については語幹が長母音 + n で終わるので 1.2 節の (1) にあたる:væn- + -r → vænn。ríkr は一見 (4) にあてはまりそうだがこれは rík- に通常どおり語尾 -r がついただけのものであって、特別規則にはあたらない引っかけ問題。〕

6. a) Grímr hét maðr. Hann var Egilsson, Þorsteinssonar, gǫfugs hersis ok ágæts.
    b) Úlfr hét hersir. Hann var Grímsson, Egilssonar, vitrs manns ok hógværs.
    c) Þorsteinn var mikill hersir ok ríkr.
    d) Egill var vænn maðr ok gǫfugr.
〔指示された語尾にあう語であればなんでもよいので、別解はたくさんある。〕

語彙の復習


名詞 男性 hersir「首領」、hǫfðingi「長、指導者」、maðr「男」
   女性 dóttir「娘」、móðir「母」

形容詞 ágætr「優れた、卓越した」、gǫfugt「高貴な」、mikill「大きい、偉大な」、ríkr「強力な」、vitr「賢い」、vænn「端麗な」

代名詞 hann「彼」、hon「彼女」

接続詞 en「それと (他方)」、ok「そして (付加)」

前置詞 at「〜に、で (地点)」、í「〜に、の中に」、ór「〜から」

動詞の活用形 hann bjó「彼は住んでいた」、hann hét「彼は〜という名だった」、hann var「彼は〜だった」

句 auðigr at fé「裕福な」、um alla hluti「あらゆる点で」、ór Nóregi「ノルウェーから」、í firði「〜フィヨルドに」、ór ______ sǫgu「〜のサガより」、__son「〜の息子」、__dóttir「〜の娘」(__ には人名の属格)

この復習にある語句を覚え、〔以下でも〕各課の語彙を復習すること。これらは第 4 課以降、読解の部に同じ意味で現れるときには注記しない。