いよいよ今回から本編に入って、トリエステ方言訳『星の王子さま』El Picio Principe の第 1 章を解説していく。凡例など詳しいことは序文を参照のこと。ページ番号は紙の本を基準とするので、Kindle 版では対照しづらいかもしれないが容赦いただきたい。
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P. 7
Co gavevo sei ani「私が 6 歳だったとき」――接続詞 co はイタリア語の quando にあたる。しかし注意すべきこととして、トリエステ方言にも quando (che) という語があって、これも「いつ」という意味なのである。どう異なるかというと、quando che は時の副詞であって、疑問文やそれに対応した間接話法 (voleria saver quando che posso vignir「いつ来られるか知りたいのだが」のような saver (伊 sapere) などの目的語) に用いるのに対し、co は接続詞であって時の従属節を導入する。Zeper, 90s.
su la foresta vergine「処女林についての」――伊 sulla と異なり、前置詞 su は女性の定冠詞 la, l’, le と結合せず su la, su l’, su le。しかし男性の場合 sul, sui (l’ のみ女性と同じく su l’)。Zeper, 54.
no i riva più moverse「もう動くことができず」――i riva < rivar は伊 arrivare で、イタリア語と同じすべての意味に用いられるので、ここでは〈a + 不定詞〉をとって「〜に成功する、うまく〜できる」の意。主語が i boa (男性複数) なのでその人称代名詞非強勢形 i を伴っている。これに続く i dormi も同様。
i sei mesi che ghe dura la digestion「消化が続く 6 ヶ月間」――トリエステ方言の関係代名詞 che はよく言えば万能、悪く言えば乱雑であって、伊と同じ主語ないし直接補語のほか、(前置詞を伴わずに che 単独で) 伊の di cui, da cui, in cui, con cui, per cui など何にでも対応する (Zeper, 115。もっとも in cui に代わり時を表す che の用法は標準語にも認められている:坂本『現代イタリア文法』168 頁)。dura は自動詞なので、後ろの la digestion のほうがその主語。すると与格の ghe (i boa を受けている間接補語代名詞) が浮くことになるが、これは標準語にもある利害の与格ととれば収まると思う (坂本 145 頁)。
P. 8
de la giungla「ジャングルの」――やはり della にはならないことに注意。del, dei はあるが残りは de l’, de la, de le。Zeper, 53.
anche mi son rivà「私も首尾よく〜した」――son は esser の現在 1 単で、ここは rivar の近過去の助動詞として用いられている。トリエステ方言の自動詞で助動詞に esser を用いるもののリストは Zeper, 145 に提示されている。ただしその次の p. 146 注 14 によれば、rivar は伊 giungere「〜するに至る」の意味では助動詞 esser のみ、伊 riuscire「うまく〜する」の意では esser と gaver の両方が認められ、同じほど使われているが gaver のほうが純粋な方言形だという。
co’na matita colorata「色鉛筆で」――co’na は前置詞 con と女性単数の不定冠詞 una の結合形。これには何通りかの形が許されていて、con は co’ やときに c’ となり (後者は un, una の前でのみ生じる)、また una は ’na や ’n’ にさえなる。いまの co’ + ’na の場合 co’ ’na ではなく co’na が推奨されるが、co’ una ではスペースを入れて分かち書きするし、c’ + un(a) ではくっつけて c’un, c’una となる。さらに co’ + ’n’ + altra (伊 con un’altra) では co’ n’altra と co’n’altra の両方が可能とされている (以上 Zeper, 45。なお n’ の前のアポストロフォが消えることについては同書 p. 44 の 8)。
el mio primo dissegno「私の最初の絵」――トリエステ方言には標準イタリア語と違い重子音がない。dissegno の -ss- は重子音ではなくて、母音間の位置で無声の s を表すために使うつづり字である。
Ghe go mostrà el mio capolavor ai grandi「私は私の傑作を大人たちに見せた」――やはり ghe = ai grandi が重複して用いられている。前回を参照。2 つ先の文 farghe paura a qualchidun も同様、以下略。
Perchè mai un capel dovessi farghe paura a qualchidun?「いったいどうして帽子が誰かを怖がらせねばならないというのか」――dovessi は dover の接続法半過去で、本当なら条件法現在 doveria と言うところ。実際にイタリア語訳を参照すると、C. L. Candiani 訳や Y. Melaouah 訳は «perché mai un cappello dovrebbe fare paura?»、A. Colasanti 訳は «Perché mai dovremmo aver paura di un cappello?» などと、条件法現在を用いていることが確認される。
これはトリエステ方言では接続法と条件法がかなり自由に交換して用いられるからで、とりわけ仮定文ではきわめて頻繁という (Zeper, 172)。たとえば標準イタリア語では〈Se + 接続法半過去、条件法現在〉と言うところ、〈Se + 条件法現在、接続法半過去〉でもいいし、両方とも接続法半過去や両方とも条件法現在という形も認められている。
perchè che lo capissi anche i grandi「大人でもわかるように」――perchè che の che は冗語 (プレオナスム) であって、標準イタリア語ではたんに perché または affinché と言うところ。Zeper, 139.
se un se perdi de note「もし人が夜に迷ったら」――un は不定代名詞で、uno という形も今日使われかなり普及しているが、これはイタリア語に影響された形。Zeper, 112, 114.
nela mia vita「私の人生において」――nela は伊 nella と同じく結合した形。既出の de la, su la および (あえて取りあげなかったが) a la に見るように、女性の定冠詞は結合する場合のほうをとくに覚えるべきかもしれない。nela, cola (= con + la), pela (= per + la)、この後 2 者は伊では逆に結合形 colla, pella のほうがすでに廃用である。Zeper, 53s.
che me pareva un fià più lucido「多少明晰そうに見えたところの」――fià は伊 fiato「息」にあたる語だが、un fià de ... で un poco di ... の意味になる。
Zercavo「〜しようとした」――伊 cercavo、zercar (伊 cercare) の半過去 1 単。イタリア語のチャ行 ce, ci はトリエステ方言のツァ行 z [ts]、また伊のヂャ行 ge, gi はヅァ行 z [dz] に映る傾向がある。Zeper, p. 30 の 12。
el mio primo dissegno「私の最初の絵」――トリエステ方言には標準イタリア語と違い重子音がない。dissegno の -ss- は重子音ではなくて、母音間の位置で無声の s を表すために使うつづり字である。
Ghe go mostrà el mio capolavor ai grandi「私は私の傑作を大人たちに見せた」――やはり ghe = ai grandi が重複して用いられている。前回を参照。2 つ先の文 farghe paura a qualchidun も同様、以下略。
Perchè mai un capel dovessi farghe paura a qualchidun?「いったいどうして帽子が誰かを怖がらせねばならないというのか」――dovessi は dover の接続法半過去で、本当なら条件法現在 doveria と言うところ。実際にイタリア語訳を参照すると、C. L. Candiani 訳や Y. Melaouah 訳は «perché mai un cappello dovrebbe fare paura?»、A. Colasanti 訳は «Perché mai dovremmo aver paura di un cappello?» などと、条件法現在を用いていることが確認される。
これはトリエステ方言では接続法と条件法がかなり自由に交換して用いられるからで、とりわけ仮定文ではきわめて頻繁という (Zeper, 172)。たとえば標準イタリア語では〈Se + 接続法半過去、条件法現在〉と言うところ、〈Se + 条件法現在、接続法半過去〉でもいいし、両方とも接続法半過去や両方とも条件法現在という形も認められている。
perchè che lo capissi anche i grandi「大人でもわかるように」――perchè che の che は冗語 (プレオナスム) であって、標準イタリア語ではたんに perché または affinché と言うところ。Zeper, 139.
P. 9
A colpo de ocio「一目で」――伊 a colpo d’occhio。ラテン語 cl に由来し、イタリア語 chi に規則的に対応する ci。例として occhio – ocio「目」のほか、chiave – ciave「鍵」、chiodo – ciodo「釘」があげられる。Zeper, 29.
se un se perdi de note「もし人が夜に迷ったら」――un は不定代名詞で、uno という形も今日使われかなり普及しているが、これはイタリア語に影響された形。Zeper, 112, 114.
nela mia vita「私の人生において」――nela は伊 nella と同じく結合した形。既出の de la, su la および (あえて取りあげなかったが) a la に見るように、女性の定冠詞は結合する場合のほうをとくに覚えるべきかもしれない。nela, cola (= con + la), pela (= per + la)、この後 2 者は伊では逆に結合形 colla, pella のほうがすでに廃用である。Zeper, 53s.
che me pareva un fià più lucido「多少明晰そうに見えたところの」――fià は伊 fiato「息」にあたる語だが、un fià de ... で un poco di ... の意味になる。
Zercavo「〜しようとした」――伊 cercavo、zercar (伊 cercare) の半過去 1 単。イタリア語のチャ行 ce, ci はトリエステ方言のツァ行 z [ts]、また伊のヂャ行 ge, gi はヅァ行 z [dz] に映る傾向がある。Zeper, p. 30 の 12。
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