dimanche 30 juin 2019

トリエステ方言訳『星の王子さま』を読む:第 4 章

トリエステ方言訳『星の王子さま』El Picio Principe の第 4 章の解説。凡例など詳しいことは序文を参照のこと。


P. 17


no poderli veder gnanche col telescopio「望遠鏡でさえ見えない」――gnanche は伊 neanche。ほか、gnente = 伊 niente や gnora = 伊 nuora のように、n が gn になっていることがある。Cf. Zeper, 31, n. 8.

el ghe da「彼はそれに与える」――動詞 dar の直説法現在は、dago, te da, el da, demo, de, i da。Zeper, 241.

’Sto asteroide lo ga visto [...], un astronomo turco「この小惑星は〔……〕トルコの天文学者が見た」――文脈から判断がつくであろうが、この文頭の ’sto asteroide は主語ではなく目的語。もしこれが主語だったとすれば次の直接補語代名詞 lo が浮いてしまう、というのはその仮定のもとでは文末の un astronomo turco が目的語ということになるが、その不定の名詞句を lo で先取りすることはできないので。したがってその場合は lo ではなく非強勢形の二重主語 el であるか、あるいはなにもなく ga visto と続くのでなければならない。このように、直接目的語を文頭に出して倒置する場合、直後に直接目的補語代名詞 (いまは lo) を反復するのは、トリエステ方言の文法というよりは標準イタリア語にある用法 (坂本『現代イタリア文法』338 頁)。Zeper にも二重目的語という節があるが (§8.1.7, p. 108)、そこにはこの件に関連した説明は見いだされない。

Per fortuna, per la reputazion de l’asteroide B 612「幸運なことに、小惑星 B 612 の評判のために」――日本語の訳者もしばしば誤訳する箇所。フランス語原文は « Heureusement pour la réputation de l’astéroïde B 612 » で、「小惑星 B 612 の評判にとって幸運なことに」という意味であり、per 前置詞句は fortuna と強く結びついているので、ここにコンマを挟んではいけない。ケマル・アタテュルクがモデルと考えられるこの「トルコの独裁者 un ditator turco」は、わざわざ小惑星 B 612 のために法令を制定したのではないからである。

参考までに手もとのイタリア語訳 Il Piccolo Principe 11 種を見比べると、Bompiani Bregoli, Bruzone, Candiani, Carra, Colasanti, Di Leo, Gardini, Masini, Piumini の 9 種がコンマなしの «Fortunatamente per la reputazione/fama» (fama は Piumini のみ)、これに対して Cecchini 訳 «Fortunatamente, per la reputazione» と Melaouah 訳 «Fu una vera fortuna, per la reputazione» のみがコンマを挿入している。


P. 18


su’ papà「その人の父親」――単数形の所有形容詞 tuo, tua および suo, sua は語末音が脱落して tu’, su’ となることがあるが、今日これは親族名称の前に来る場合にのみ生き残っている。複数形 tui, tue, sui, sue もかつてそうなることがあったが廃用。Zeper, 78.

Cussì se ghe dirè [...] lori alzerà le spale e i ve traterà come un fioluz「だからもし君たちが彼らに〔……〕と言ったら、彼らは肩をすくめ、君たちを子ども扱いするだろう」――dirè は 2 人称複数、alzerà と traterà は 3 人称複数の未来形。後 2 者は第 1 活用の動詞だが、第 1 活用の未来および条件法の活用語尾にはこの -erà, -eria のほか -arà, -aria も認められており、両方の形が同じほど使われるが、-ar- のほうがより純粋な方言形という。Zeper, 174.


P. 19


Gavessi volù cominciar「始めたかった」――接続法大過去が条件法過去の意味で用いられている。このことは第 1 章で説明した。次の文 Me gavessi piasso dir「言いたかった」も同様。

Per chi che capissi la vita, un principio cussì gavessi avù un’aria ’sai più vera「人生がわかっている人にとっては、このような始めかたがもっとずっと本当らしく思われただろう」――やはり前件だけでなく後件も接続法になっている。この文についてもう 1 点注意すべきは、chi che という冗語で標準語なら che は不要。Zeper, 138. このすぐ次の文にもまた chi che が現れる。

solo che de numeri「数字にしか」――この che もやはり冗語。Zeper, 139.


P. 20


che fussi come lu「〔私が〕彼のようであると」――pensava che の従属節なので接続法半過去になっている fussi の主語は mi だが省略されている。この法と時制では (noi) fùssimo 以外すべて同形の fussi になる (Zeper, 143) ので混同しそうだが、もし主語が彼だとすれば非強勢形主語代名詞 el が省略できないはずである。

Pol darse che mi sia [...]「私は〔……〕なのかもしれない」――伊 può darsi che + 接続法 (io sia) と同じ。すでにここまでの読解で (取りあげなかったものも含めて) 何度も実例を見てきたように、イディオム単位でも標準イタリア語とパラレルになる言いまわしが多いので、方言とはいっても堅実なイタリア語力が求められる。

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