下宮忠雄・金子貞雄『古アイスランド語入門——序説・文法・テキスト・訳注・語彙』(大学書林、2006 年)、テキスト編 6「スノリのエッダ」(74–76 頁) の文法解説。原典は「ギュルヴィたぶらかし」第 3, 15, 51, 53 章からの抜粋。最後の 12「巫女の予言」を除けば今回がいちばん長いだろう。本の注解には完全に誤っているところ (er til = to which?) や語彙集のミスで正しく読めないところが散見され、そういった場合に悩む学習者の参考になれば幸いである。
目次リンク:1. 主の祈り,ことわざ・2. アイスランド発見・3. アイスランドの植民・4. ハラルド美髪王・5. 赤毛のエリクのサガ・6. スノリのエッダ (北欧神話)・7. Brynhildr が Guðrún の夢を解く・8. 鍛冶工ヴェレント・9. 花王子と白花姫
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[3] Gangleri hóf svá mál sitt: “Hverr er œztr eða ellztr allra goða?”
Gangleri (男) 単主「ガングレリ」。「旅路に疲れた者」の意か。下宮・金子の注および訳はギュルヴィ゠ガングレリをオーディンだと言っているが、人間であるスウェーデン王が神々のことを知ろうとして訪ねてきて、最後はまた人間世界に戻るのだからそれはおかしい。ジメクはガングレリがオーディンの異名であることに触れたあと、「スノッリは神々のところへ来るギュルヴィをもガングレリと名づけているが、これは確実にオーディンと同一ではない」と言っている (Simek, Lexikon der germanischen Mythologie, Gangleri の項)。もっともハール、ヤヴンハール、スリジおよびガングレリがすべてオーディンの別名でもあるところから、これが全部オーディンの 4 役による一人芝居、自作自演であるとする解釈もないではない (水野『生と死の北欧神話』32 頁)。
hóf 過 3 単 < hefja「始める」。
mál (中) 単対「言葉」。
sitt ↑中単対。
hverr 男単主。疑問代名詞「誰」。
œztr 最上級・男単主「もっとも高い」(原級なし)。
eða 接「または」。
ellztr 最上級・男単主 < gamall「古い、年老いた」。標準化つづりでは elztr。
allra ↓中複属 < allr。この課にはたいへん多様な allr の変化形が出てくるので注意して見られたい。
goða (中) 複属 < goð「神」。最上級 œztr, ellztr の比較する範囲を定めている複数属格「すべての神々のうちで」。
Hár segir: “Sá heitir Allfǫðr at váru máli.[”]
segir 現 3 単 < segja。最初の動詞は過去であったが、ここから現在が 3 度続く。これはいわゆる歴史的現在もしくは物語の現在と呼ばれるもので、非常にしばしば現れまた唐突に交替する (Gordon and Taylor, §167)。
Hár (男) 単主「ハール」。「高き者」の意。
sá 男単主。指示代名詞。
Allfǫðr (男) 単主「アルフォズル」。「万物の父」の意。
váru ↓中単与 < várr。所有代名詞。
máli (中) 単与 < mál。
Þá spyrr Gangleri: “Hvar er sá guð eða hvat hefir hann unnit framaverk?”
spyrr 現 3 単 < spyrja「尋ねる」。
hvar 副「どこに」。
guð (男) 単主「神」。
hvat ⇣中単対。疑問代名詞。単独でも「何を」のように使えるが、ここでは framaverk にかかって「どんな偉業を」。
hefir ... unnit 過完 3 単 < vinna「働く」。
framaverk (中) 単対「立派な仕事、偉業」。
Hár segir: “Lifir hann of allar allðir ok stjórnar ǫllu ríki sínu ok ræðr ǫllum hlutum, stórum ok smám.”
lifir 現 3 単 < lifa「生きる」。
of 対格支配。「〜にわたって、を通じて」。なぜか語彙集では虚辞としか書かれておらず、これでは訳せない。
allar ↓女複対 < allr。
allðir (女) 複対 < ǫld「時代」。allðir という形では本書の語彙で読めないので、Faulkes の版に従い aldir と読む。これは ǫld の複対。
stjórnar 現 3 単 < stjórna「統治する」。目的語は与格なので自動詞と書かれている。
ǫllu ↓中単与 < allr。u-ウムラウトによって a が ǫ になっている。本書の語彙集では ǫ のところで引いても載せてくれているが、可能なら a だと見抜いて引けるようにならないといけない。
ríki (中) 単与「王国」。
sínu ↑中単与 < sinn。
ræðr 現 3 単 < ráða「支配する」。語彙集には他動詞と書かれているが、「支配・統治する」の意味のとき目的語は与格。
ǫllum ↓男複与 < allr。
hlutum (男) 複与 < hlutr「物、部分」。
stórum ↑男複与 < stórr「大きい」。
smám ⇡男複与 < smár「小さい」。
Þá mælti Jafnhár: “Hann smíðaði himin ok jǫrð ok loptin ok alla eign þeirra.”
mælti 過 3 単 < mæla「語る、言う」。さきほどまで segir, spyrr, segir と現在形の伝達動詞が続いたが過去に戻った。
Jafnhár (男) 単主「ヤヴンハール」。「等しく高き者、同じほど高き者」の意。この日本語は定訳ながらわかりにくいかもしれないが、前出のハールと比べて同じ高さ・尊さということ。そしてそういう名前なのになぜかハールよりも高い席に座っているのがおもしろい。
smíðaði 過 3 単 < smíða「作る」。
himin (男) 単対 < himinn「天」。
jǫrð (女) 単対「地」。
loptin (中) 単対・定 < lopt「大気、空」。
alla ↓女単対 < allr。
eign (女) 単対「財産、所有物」。
þeirra 3 中複属。「それらの」。複属では 3 性同形だが、ここでは himinn ok jǫrð ok loptin という混合集団を指すので中性複数。
[15] Þá mælti Gangleri: “Hvar er hǫfuðstaðrinn eða helgistaðrinn goðanna?”
hǫfuðstaðrinn (男) 単主・定「主たる場所、首府」。hǫfuð「頭、首」と staðr「場所」が複合しているだけ。
helgistaðrinn (男) 単主・定「聖所、聖地」。これも heilagr「聖なる」がついているだけ。
goðanna (中) 複属・定 < goð。
Hár svarar: “Þat er at aski Yggdrasils; þar skulu guðin eiga dóma sína hvern dag.”
svarar 現 3 単 < svara「答える」。また現在時制になった。
aski (男) 単与 < askr「トネリコ」。
Yggdrasils (男) 単属 < Yggdrasill「ユグドラシル」。「ユッグの馬」の意で、ユッグはオーディンの別名。
skulu 現 3 複「〜すべきである、することになっている」。
guðin (中) 複主・定 < guð。
eiga 不「所有する」。eiga dóma で「裁判にかける」の意。
dóma (男) 複対 < dómr「意見、判決」。
sína ↑男複対 < sinn。
hvern ↓男単対 < hverr「各、おのおのの」。
dag (男) 単対 < dagr。時間の対格。hvern dag で「毎日」。
Þá mælti Gangleri: “Hvat er at segja frá þeim stað?”
þeim ↓男単与。指示代名詞。
stað (男) 単与 < staðr。この文全体が「どんな場所か」とごく簡潔に訳されているが、省略せずに直訳すれば「その場所について語られるべきことは何ですか」。
[Þ]á segir [J]afnhár: “Askrinn er allra tréa mestr ok beztr; limar hans dreifaz yfir heim allan ok standa yfir himni.
前頁にあわせて Iafnhár を J- に改める。
askrinn (男) 単主 < askr。
allra ↓中複属。
tréa (中) 複属 < tré「木」。
mestr 最上級・男単主 < mikill。
beztr 最上級・男単主 < góðr。
limar (女) 複主「枝」(複のみ)。
hans 3 男単属。askrinn を受ける。
dreifaz 現 3 複「伸びる」。標準化つづりでは dreifask。
yfir 対格支配。「〜の上を」。
heim (男) 単対 < heimr「世界」。
allan ↑男単対 < allr。
standa 現 3 複「立っている」。
yfir 与格支配。「〜の上に」。さきほどと格が異なるのは、空間に「伸び広がる」対格と静止した位置に「立っている」という動詞の違いかと思われるが、次の文末の stendr yfir Niflheim も参照のこと。
himni (男) 単与 < himinn。
Þrjár rœtr trésins halda því upp ok standa afar breitt; ein með ásum, ǫnnur með hrímþussum, þar sem forðum var Ginnungagap; en þriðja stendr yfir Niflheim.
þrjár ↓女複主 < þrír「3 つの」。
rœtr (女) 複主 < rót「根」。
trésins (中) 単属・定 < tré。その木=ユグドラシルを指す。
halda 現 3 複「保つ」。
því 3 中単与。人称代名詞。指示対象は tré(it) で、やはりユグドラシルを指す。Dative of object (目的語の与格) と注があるが、Gordon and Taylor (§158) はこれも instrumental dative (具格的与格) と呼ぶ。
upp 副「上へ」。ここでは halda upp で「支える」の意。
afar 副「非常に」。
breitt 副「広く」。breiðr「広い」の中性単数の副詞用法。
ein 女単主 < einn「1 つの」。女性名詞 rót が省略されている。
með 与格支配。「〜とともに」。
ásum (男) 複与 < áss「神、アース神族」。
ǫnnur 女単主 < annarr「第 2 の」。やはり rót が省略。
hrímþussum (男) 複与 < 複主 hrímþursar「霜の巨人」。注のとおり -rs- が同化して -ss- となっている。
forðum 副「かつて、昔」。
Ginnungagap (中) 単主「ギンヌンガガプ」。「大口を開けた深淵」の意かと言われている。
þriðja 女単主 < þriði「第 3 の」。もちろん rót が省略。
stendr 現 3 単 < standa。
Niflheim (男) 単対 < Niflheimr「ニヴルヘイム」。前文と異なり、ここでは動詞が standa なのに yfir + 対格となっている。しかし前掲の Faulkes によるエディションでは yfir Niflheimi と読まれており与格である。この場合は前の説明で一貫することになる。
En undir þeiri rót er til hrímþursa horfir, þar er Mímisbrunnr, er spekð ok manvit er í fólgit, ok heitir sá Mímir er á brunninn; hann er fullr af vísindum, fyrir því at hann drekkr ór brunninum af horninu Gjallarhorni.
undir 与格支配。「〜の下に」。
þeiri 女単与。指示代名詞。関係節 er がかかるため rót についている。
hrímþursa (男) 複属 < hrímþursar。
horfir 現 3 単 < horfa「向く、向かう」。方向は til + 属格で示されている。その箇所に「er til = to which」と注があるがこれは勘違い。til は er ではなく明確に hrímþursa を支配しており、er は þeiri rót を先行詞とし関係節内では主語の役割をしている。もし to which としたら ‘under the root to which the frost-giants reaches’ となり、horfir = reaches は単数なのだから対応する主語がなくトンチンカンになってしまう。‘under the root which reaches to the frost-giants’ が正しい。
Mímisbrunnr (男) 単主「ミーミルの泉」。
spekð (女) 単主「知恵」。
manvit (中) 単主「知恵、理性」。
í 副「その中に」=ミーミルの泉の中に。
fólgit 過分・中単主 < fela「隠す」。主語=隠されているものは spekð ok manvit のはずなのに、動詞が単数の er で過去分詞も中性単数の理由は定かでないが、spekð と manvit がほぼ同義の言いかえなのでまとめて扱い、近いほうの manvit に一致させたためだろうか?
Mímir (男) 単主「ミーミル」。語順がわかりづらければ、Mímir heitir sá er á brunninn「その泉を所有している者はミーミルという名だ」のように並べかえると見やすい。
á 現 3 単 < eiga。前置詞ではないので間違えないように。
brunninn (男) 単対・定 < brunnr「泉」。
fullr 男単主「満ちている」。
vísindum (中) 複与 < 複主 vísindi「知識」。
fyrir því at「〜ということのために」。中単与 því は at 節を受けなおしており、与格支配の fyrir がそれを目的語にとることを明確化している。
drekkr 現 3 単 < drekka「飲む」。
brunninum (男) 単与・定 < brunnr。
horninu (中) 単与・定 < horn「角笛、角杯」。
Gjallarhorni (中) 単与 < -horn「ギャッラルホルン」。horninu に同格「ギャッラルホルンという角杯で」。ギャッラルホルンはヘイムダルがラグナロクのときに吹いて神々を呼び覚ます角笛の名でもあり、これが杯と同一のものであるかは定かでない。
Þar kom Allfǫðr ok beiddiz eins drykkjar af brunninum, en hann fekk eigi fyrir en hann lagði auga sitt at veði.
beiddiz 過 3 単・再帰 < beiða「乞う」。乞う相手が対格 (ここでは自明にミーミルなので省略されている) で、ほしい対象の物は属格に置かれる。再帰 -sk は「自分のために」という間接目的と解せる。
eins ↓男単属 < einn。
drykkjar (男) 単属 < drykkr「飲むこと」。語彙集には「drykkja [女] 飲むこと,一飲み」しか出ていないが、もしそれだとすれば drykkjar という形にはなれないし (斜格はすべて drykkju)、男性の eins も宙に浮いてしまう。これも著者の間違い。
fekk 過 3 単 < fá「得る」。
lagði 過 3 単 < leggja「置く」。
auga (中) 単対「目」。
veði (中) 単与 < veð「担保、代償」。
[51] Úlfrinn gleypir sólna.
úlfrinn (男) 単主・定 < úlfr「狼」。
gleypir 現 3 単 < gleypa「呑みこむ」。
sólna (女) 単対 < sól「太陽」。標準形は sólina だが、弱音節なので落とすこともできる。
Stjǫrnurnar hverfa af himninum.
stjǫrnurnar (女) 複主・定 < stjarna「星」。
hverfa 現 3 複「回る、消える」。
himninum (男) 単与・定 < himinn。
Þá skelfr jǫrð ǫll ok bjǫrg, ok geysiz hafit á lǫndin.
skelfr 現 3 単 < skjálfa「震える」。長い á なら i-ウムラウトで e になるのはおかしいのではないかと一見思われるが、これは l + f, m, p, g, k の前に立つ短い後舌母音 a が長くなるという現象が 13 世紀初頭に起こったため (Gordon and Taylor, §54)。前出の fela—fólgit も同様。
jǫrð (女) 単主。
ǫll ↑女単主 < allr。
bjǫrg (中) 複主 < bjarg「岩、山」。skelfr が単数だったので、こちらは同じ動詞が省略されているとみなせる。語順に忠実に、聞こえる順番に受けとれば、「そのとき震えるだろう、地のすべてが」までいったん言ってしまって、それから「そして山々も (震えるだろう)」と付け足す感じ。
geysiz 現 3 単・再帰 < geysask「突進する」。
hafit (中) 単主・定 < haf。
lǫndin (中) 複対・定 < land。
[53] Upp skýtr jǫrðunni þá ór sænum ok þá grœn ok fǫgr; vaxa þá akrar ósánir.
skýtr 現 3 単 < skjóta「撃つ、撃ち出す」。これも具格的与格をとる動詞。船の場合は「水面に浮かべる、進水させる」の意もあり、その拡張として捉えられるか。主語がない非人称用法で、いわば自然が「地を浮かべさせる」。
jǫrðunni (女) 単与・定 < jǫrð。
sænum (男) 単与・定 < sær「海」。
grœn 女単主 < grœnn「緑の」。次の fǫgr とともに、女性名詞 jǫrð に一致している。
fǫgr 女単主 < fagr「美しい」。
vaxa 現 3 複「成長する」。
akrar (男) 複主 < akr「畑」。
ósánir ↑男複主 < ósáinn「種をまかれていない」。sá「種をまく」の過去分詞に否定辞のついたもの。akrar を直接限定 (修飾) するというよりか、同格で述語的・副詞的に働いているかもしれない。
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