目次
グリーンランド語の学習のために (参考文献一覧)
第 1 回 アルファベットと発音 (このページ)
第 2 回 単語の組み立てかた
第 3 回 名詞の分類
第 4 回 所有表現
第 5 回 名詞の屈折 (主な斜格)
第 6 回 動詞 (疑問形,不定補語)
第 7 回 定補語 (能格性)
第 8 回 未来・否定
第 9 回 形容表現
第 10 回 比較級・副詞
まえがき
前回紹介したグリーンランド語に関する書籍のうち,Richard Kölbl, Grönländisch. Wort für Wort. Reise-Know-How-Verlag, ²2013 を用いてこれからグリーンランド語の初歩を勉強していきましょう.初回の範囲は同書の S. 17–21 です.ドイツ語からの完全に忠実な翻訳ではなく,適宜端折る形で書いていきたいと思います (訳に伴う改変はもっぱら省略だけで,補足する場合には括弧に入れて明示します).
グリーンランド語の単語の意味はドイツ語からの重訳となってしまうので,あいまいさや語弊が生じそうなところでは原語を併記します.たとえば「arnaq 女 (Frau)」とあるのは「女」だけでなく「妻」の含意がありうるという注意喚起をする意図ですし,逆に「uiga 私の夫 (mein Ehemann)」の併記は訳者の私が勝手に「夫」と限定したのではないことを安心してもらうためのものです.いずれにせよ最終的には上記リンクの原典をご購入ください (安いので).
また角括弧 [……] 内は原文で IPA ではなくドイツ語式のフリガナ (長母音を h で表すなど) が書かれているので,本稿ではカタカナで映しアクセント位置 (原文下線) は太字で表記します.前述のとおり,わかりやすさのため原文にない言葉を補う場合や私の独自に追加する所感は亀甲括弧〔……〕に入れておきます.
アルファベットと発音
グリーンランド語はラテン文字で書かれます:a, e, f, g, i, j, k, l, m, n, o, p, q, r, s, t, u, v〔18 文字〕.デンマーク語からの借用語では b, c, d, h, w, x, y, z, æ, ø, å も見られます.つづりは発音のとおりで,短い音は単一の文字,長い音は二重の文字に対応します.
母音の発音
a, i, u が基本母音 (Grundvokal) です.e と o はそれぞれ i と u の変種〔=条件異音〕として,q および r の前の位置で現れます.anaana [アナーナ] 母,ini [イニ] 部屋,uunga [ウーンガ] そこへ (dorthin),qeqertaq [ケケルタク] 島,qooroq [コーロク] 谷.
〔5 種なので基本的に日本語のアイウエオで通じるでしょう.こういうとき u だけはヨーロッパの多くの言語で注意されるとおり唇を丸めて突き出しはっきりとと考えがちですが,„Lippen aber ungespitzt“ とあるのであまり尖らせすぎないほうがよさそうです.また e は「„Gabe“ の e に似ている」とあるのであいまい母音に近いようです.〕
子音の発音
〔この節だけは説明の都合上,かなり自由に順番を入れかえたり IPA の記号を加えるなど,原文の改変が多くなっています.〕
〔ほとんど注意がいらない音:〕子音の発音は,j, l, m, n, ng, s は見たとおり発音します〔j も多くの言語と同様 [j].ng は [ŋ] ですがカナ表記で半濁点のカ゚行では書かないことにします〕.s はつねに無声〔後述する ll のため,si は [スィ] でなく [シ] と書くので注意してください.音素としての /ʃ/ はないのでたぶん問題にはならないと思いますが〕.また f と v〔は英語と同様 [f], [v] です〕.
〔ほとんど注意がいらない音:〕子音の発音は,j, l, m, n, ng, s は見たとおり発音します〔j も多くの言語と同様 [j].ng は [ŋ] ですがカナ表記で半濁点のカ゚行では書かないことにします〕.s はつねに無声〔後述する ll のため,si は [スィ] でなく [シ] と書くので注意してください.音素としての /ʃ/ はないのでたぶん問題にはならないと思いますが〕.また f と v〔は英語と同様 [f], [v] です〕.
p, t, k は無声無気音で,決して帯気音にはしません (keinesfalls hart-stimmlos bzw. behaucht)〔本書のドイツ語話者向けのフリガナでは b, d, g と書かれていますが,カタカナでは清音で書くことにします〕:panik [banig] [パニク] 娘.〔英語やドイツ語に慣れていると無声破裂音を帯気音にしてしまいがちですから,そのためもあって有声音字で書かれているのでしょう.こう書くということは [バニグ] と読んでも通じる,むしろ誤って帯気音になってしまうほうが通じにくいということだと思います.〕
〔一定の注意はいるがわかりやすい音:〕ts は [ts] で,te, ti の t〔つまり前舌母音の前で〕は [ts] の音になります:ateq [アツェク] 名前,tii [ツィー] 茶.q は〔長々と書いてありますが要するにアラビア語でおなじみの〕[q] です:qajaq [カヤク] カヤック.
r は北部ドイツの口蓋垂の r (Zäpfchen-„r“) です〔カタカナではしかたないのでラ行で書きます〕.ただし他の子音の前にくるときは注意で,このときは r が弱くしか聞こえなくなり次の子音を長く発音させます:sarfaq [サルッファク] 川,流れ (Strom),arnaq [アルンナク] 女 (Frau).
〔かなりわかりにくいつづり,難しい音:〕g は外来語を除いて有声摩擦音の g〔つまり [γ].これもカタカナでは [g] と区別困難です〕:uiga [ウイガ] 私の夫 (mein Ehemann).外来語では破裂音の g:Guuti [グーティ] 神,gassi [ガッシ] ガス.しかし gg は軟らかい ich-Laut の ch:naagga [ナーヒャ] いいえ.
ll は無声の l (stimmloses „l“) で,„Ichling“ の chl〔無声の l というとデンマーク語やアイスランド語に見られる [l̥] と思いがちですが,実際にはウェールズ語の ll でおなじみの側面摩擦音の [ɬ] のことのようです (Sadock はまさに ‘Welsh ll’ と説明しています).それゆえ chl にあたる [ヒラ] や [フラ] ではなく,[ッスァ] 行で書くことにします〕:illu [イッス] 家〔これはイヌクティトゥット語の「イグルー」(iglu) と同源語です〕,illillu [イッスィッス] 同様に (gleichfalls).
rl は,r が前述のとおり次の子音を二重化し自身が弱くなるので,弱い r + ll となります:arlaat [アルッスァート] そのうちのひとつ (einer davon),qarliit [カルッスィート] ズボン.また rr は ach-Laut の ch であり上記 gg の硬音:karra [カッハ] 岬.
t は前述のとおり無気音であることに注意するのに加え,語末ではシュー音の余韻を残します (mit zischendem Nachklang „sh“):tuluttut [トゥルットゥチュ] 英語.
Q-R-法則 (Q-R-Regel)
i または u が屈折 (Beugung) によって q または r の直前に立つことになるとき,例外なく e および o になります:i + q = eq, i + r = er, u + q = oq, u + r = or.〔まったく例外がないということは,逆に言えばわざわざ書き分けなくともわかるということでもあります.じっさい前回紹介した Bittner 教授によるグリーンランド語テクストはその理由から,一貫して i, u で記すという方針を掲げています.〕
ini「部屋」+ -qarpa「〜はあるか?」:ineqarpa [イネカルッパ] 部屋はありますか? ulu「削り器 (Schabemesser)」+ -qarpa:uloqarpa [ウロカルッパ].
eq, er, oq, or から q および r が脱落する,またはべつの子音に取って代わられるとき,e, o は i, u に戻ります.
qimmeq [キンメク] 犬 → qimmit [キンミッチュ] 犬たち (複数形).piniartoq [ピニアルットク] 猟師 → piniartup [ピニアルットゥップ] 猟師の (des Jägers).〔なぜかはわかりませんがこの -it と -up はフリガナで [-ittsh], [-ubb] と二重音に書かれているので [―ミッチュ], [―トゥップ] と促音を入れています.〕
長音と短音の区別は意味の違いを生じる〔=音韻論的対立〕ので注意しなければなりません.母音の長短はドイツ人にはわかりやすいですが〔日本語でも長音符「ー」をつけるだけ〕,グリーンランド語には子音の長短もあります〔これも日本語なら促音「ッ」や撥音「ン」と思うだけです〕:immuk [インムク] 乳,issi [イッシ] 寒さ.後者は isi [イシ] 目とは区別されます.
1 つの単語のなかに長い音が複数現れることもあります:imaluunniit [イマルーンニーチュ] または (oder),Nuummiinngaanniit [ヌーンミーンガーンニーチュ] ヌークから〔なぜか [ガー] のところだけアクセントを示す下線がありませんが,下のアクセント規則に照らして正しいのかわかりません〕.
〔アクセント規則:〕
二重音の発音と強勢 (アクセント)
長音と短音の区別は意味の違いを生じる〔=音韻論的対立〕ので注意しなければなりません.母音の長短はドイツ人にはわかりやすいですが〔日本語でも長音符「ー」をつけるだけ〕,グリーンランド語には子音の長短もあります〔これも日本語なら促音「ッ」や撥音「ン」と思うだけです〕:immuk [インムク] 乳,issi [イッシ] 寒さ.後者は isi [イシ] 目とは区別されます.
1 つの単語のなかに長い音が複数現れることもあります:imaluunniit [イマルーンニーチュ] または (oder),Nuummiinngaanniit [ヌーンミーンガーンニーチュ] ヌークから〔なぜか [ガー] のところだけアクセントを示す下線がありませんが,下のアクセント規則に照らして正しいのかわかりません〕.
〔アクセント規則:〕
- 長母音には強勢がある.
- 二重子音の前の母音には強勢がある.〔ラテン語文法で言う「位置によって長い (long by position)」を連想します.〕
- その両方が起こる長い単語では,長母音のほうが強勢をもつ:tusaavakkit.〔「位置によって長い」音節より「本来的に長い (long by nature)」音節を優先するというふうに解釈すれば覚えやすいです.〕
- 短母音しかもたない単語では,語末から 3 番めの音節に強勢がある:takuvunga, naluara.
- 3 音節に満たず短母音だけの単語では,最終音節:uanga, uiga.
Aucun commentaire:
Enregistrer un commentaire