グリーンランド語入門第 4 回の範囲は,Kölbl, Grönländisch, S. 31–34 です (全体の目次は第 1 回をご覧ください).前回学んだ名詞の 3 分類と複数形の作りかたを前提に,今回は所有の表しかたを学んでいきます.
所有表現
所有関係 (Besitzverhältnisse) を表すためには,所有者を従属格 (Abhängigkeitsfall) に置き〔従属と言うと人と物の主従が逆なように感じますが,文法上たとえば「彼の本は」というときに本のほうが「主体」で持ち主は背景的です〕,所有されるものにはさらに「彼の」などを表す語尾がつけられます (男性と女性の所有者で同形です).
所有物が 所有者が 1 人 所有者が複数
単数 -a「彼/彼女の」 -at「彼ら/彼女らの」
複数 -i* -i (a の後では -at)
* これを含むいくつかの場合でのみ,a の後で -i が保たれます:assa|i「彼/彼女の手」〔前々回に見た A-法則を思いだしてください〕.
所有関係になると〔所有されるものの〕複数語尾はもはや -t ではなくなり,-i または -at となります.
angutip illu|a「男の家」(文字どおりには「男の彼の家」.以下同様)
angutip illu|i「男の家々」
angutit illu|at「男たちの家」
angutit illu|i「男たちの家々」
固有名詞でも同様です:
Olip atuagai「オレ Ole の本たち」(wörtl.「オレの彼の本たち」)〔無生物に「たち」は変ですが,いちいち「(複数)」などと付すのも煩雑なので以下このようにします.〕
Mariap qimmii「マリアの犬たち」
Benedikt’ip qimmia「ベネディクトの犬」
子音で終わるグリーンランド語ではない名前については,つねにアポストロフィをつけて ’ip とします.
私の・君の:所有標識 (Besitzanzeiger)
所有を表す「私の」「君の」「私たちの」などについても〔それを表す〕語尾があり,すべての名詞についてほとんど同じ形です.ただしそれぞれの類によって接尾辞を付加するさいのふるまいが異なります.グリーンランド語では男性と女性を〔文法上〕区別しないので,「彼の」を表す語尾と「彼女の」は当然同じです.
反対に,ドイツ語が単数と複数で 3 つの人称をもつのに対し,グリーンランド語には第 4 の人称があります.これは「彼/彼女/それ自身」のような意味です.
1 人称単数「私の」:〔被所有物が〕単数 -ga (-ra), 複数 -kka.
2 人称単数「君の」:単数 -t, 複数 -tit.
3 人称単数「彼の」:単数 -a, 複数 -i.〔これはすでに上で見たものです.〕
4 人称単数「彼自身の」:単数 -ni, 複数 -ni.
1 人称複数「私たちの」:単数 -rput, 複数 -vut.
2 人称複数「君たちの」:単数 -rsi, 複数 -si.
3 人称複数「彼らの」:単数 -at, 複数 -i (-at).〔これも前述.〕
4 人称複数「彼ら自身の」:単数 -rtik, 複数 -tik (-sik).
〔ドイツ語の 3 人称にあたるもので同じ「彼の」と言うときに〕その人自身が所有するのか,べつの誰かが所有するのかが,厳密に区別されます.たとえば 3 人称の illu-a と 4 人称の illu-ni はいずれも「彼の家」と訳せますが,「彼は彼の家を見る」のような文において 2 人の「彼」が同一人物〔4 人称〕なのか別人〔3 人称〕なのかで違いがあります.
〔この場合,日本語ではドイツ語と反対に,再帰形の 4 人称のほうが「彼は彼の」として適切で,別人を表す 3 人称のほうは「彼はその人の」とでも訳したほうがよいでしょう.4 人称という名称はあまりうまくありません,というのも話し手と聞き手以外の第 3 者に続いて「第 4 の人物」が出てくる場合には「3 人称」を使い,「4 人称」のほうは「3 人め」の同じ人を表すのですから.〕
〔この場合,日本語ではドイツ語と反対に,再帰形の 4 人称のほうが「彼は彼の」として適切で,別人を表す 3 人称のほうは「彼はその人の」とでも訳したほうがよいでしょう.4 人称という名称はあまりうまくありません,というのも話し手と聞き手以外の第 3 者に続いて「第 4 の人物」が出てくる場合には「3 人称」を使い,「4 人称」のほうは「3 人め」の同じ人を表すのですから.〕
括弧のなかの形は別形で,特定の場合に用いられます.-ra は基本形が -q で終わる語に対してつねに必要になります.-at は〔上で見たとおり A-法則が働く場合に〕-a の後でつねに用いられます.-sik は -i の後で,残念ながらつねにではありませんがしばしば現れます.
〔上記の一覧は〕基本的にすべての類について適用できます.「君の」を表す -t はつねに〔所有されない単独の〕複数形と同形です.このため illut は「君の家」「家々」「家々の」(複数従属格) の 3 通りの意味をもちます.
1 類の所有標識
1 類の名詞に所有標識 (Besitzanzeiger) をつけるさい,〔もとの単語の〕末尾の文字に注意しなければなりません.このとき所有標識は以下の規則に従って変化します:
単語の末尾が
- -a, -i, -u のとき:そのままつける,ただし Q-R-法則には注意.
- -q のとき:-q をとって語尾をつける.「私の」では -ra.
- -k のとき:-k をとって語尾をつける.「君の」は -it, 「私たちの」「君たちの」「彼ら自身の」は -pput, -ssi, -tsik.
- -t のとき:すべての語尾の前につなぎ母音 (Bindevokal) を挿入する.3 人称では -a-, それ以外では -i-. 「彼らの」はつなぎ母音 a + -at なので -aat.
-i で終わるいくつかの語では,3 人称語尾の前でこの -i を -a に変えます:ini「部屋」,inaa「彼の部屋」,inaat「彼らの部屋 (単数または複数)」.
単語が長母音で終わる場合,母音を伴う語尾の前に -v- が加えられます:angajoqqaat「両親」,angajoqqaavi「彼の両親」.
2 類・3 類の所有標識
2 類では,母音または -r-〔で始まる〕語尾は単数基本形につき (このさい〔もとの単語の〕-q および -k は脱落します),それ以外のすべての語尾は語幹につきます.
〔基本形 atua·gaq, -kka|t に対し〕atuaga|ra「私の本」,atuakka|kka「私の本たち」,atuakka|t「君の本」,atuaga|i「誰かほかの人の本」.
3 類では,3 人称語尾および「君の」の -(i)t は語幹につき,ほかは基本形につきます (-q および -k は脱落します).
〔基本形 a·teq, -qq|it に対し〕ate|ra「私の名前」,aqq|a「彼の名前」(3 人称単数),aqq|it「君の名前」,ati|ni「彼自身の名前」(4 人称単数)〔基本形 ateq から -q を落として -ni をつけていますが,このさい Q-R-法則によって e が i に戻っています〕.
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