mardi 13 juin 2017

グリーンランド語の学習のために

グリーンランド語というこのなじみのない極北の言語には少しまえから漠然と興味があって,昨年 11 月には Wikipedia で英語版からの翻訳加筆を行った機会などに多少調べたり文献を漁ったりしたことがあったのですが,本格的に勉強をすることはこれまでありませんでした.今日からしばらくこの言語をいっしょに勉強していきましょう (全体の目次は次回をご参照ください).

グリーンランド語の勉強はなにより手段が限られるという理由でハードルが高いです.日本語はもちろん,英語・フランス語・ドイツ語の文献もきわめて限定されており,本格的な文法書がかろうじて手に入りやすいと言えるのはデンマーク語となります (グリーンランドはデンマークの旧植民地で現在は自治領です).そこでまずはグリーンランド語の学習手段を紹介するところから始めましょう.

そのまえに断っておかねばならないのですが,グリーンランド語 (Greenlandic) には大きく分けて 3 つの方言があります.そのカタカナでの名称はグリーンランド語そのものが日本でマイナーのため確立からは程遠いですが,西方言のカラーリット/カラーシット語 (Kalaallisut),東方言のトゥヌミート/トゥヌミウト語 (Tunumiisut, Tunumiutut),北方言のイヌクトゥン語 (Inuktun) ととりあえず表記しておきましょう.ただしカラーリット語という名称でグリーンランド語 (グリーンランドで話されるイヌイット語) 全体を指す場合もあるようなので注意が必要です.

3 つのうちもっとも優勢でありグリーンランドの公用語の地位を占めているのが西方言のカラーリット語です.2007 年の統計では,西方言の話者数が約 4 万 4 千人だったのに対し,東方言は約 3 千人,北方言はわずかに約 800 人ということです.それゆえ文献が手に入るのも基本的に西方言になります.それぞれの特徴について一言触れておくと,西方言を基準として東方言は革新的 (innovative),その逆に北方言は西方言よりも保守的 (conservative) ないし古拙的 (archaic) であると言います.

そしてもうひとつ説明しておかなければならないのが,グリーンランド語は 1973 年に正書法改革が行われたということで,つまり文献にあたるさい 1970 年代くらいまでの出版物には注意しなければならないという点です.いや,語学をやるのにそんな半世紀近くも昔の本が関係するはずがないよ,と思われるとしたらこの言語の文献の少なさを甘く見ていると言わねばなりません.後述する 19 世紀のクラインシュミットの文法が,21 世紀に入ってからの論文でも参照されるほどの業界なのですから.

参考までに,旧正書法から新正書法への変換は機械的に行えるということなので,その規則に慣れさえすれば古い文献も活用できるようになるはずです.逆の変換は単語をよく知っていなければできません (つまり旧から新への変換は単射ではない).この事情は日本語の「正書法」の変化と同じです.日本語でも歴史的仮名遣いでたとえば「よう」「やう」「えう」はすべて現代語の「よう」になっており,前者から後者への変換は機械的にできますが,その逆に現代語の「よう」からもとの形を決めるのは国語の知識がなければ不可能です (こうして「ようこそ」を「やうこそ」と書いてしまう人をしばしば目にするわけです).

それではグリーンランド語学習用の書籍と web サイトの紹介に移ります.しかし最後にもうひとつ残念なお知らせとして,以下でとくに断らないかぎり基本的に新本では入手不可なので,古本で探すか大学などの図書館で借りていただくことになるでしょう.


日本語


久保義光『西グリーンランド (エスキモー) 語入門―辞書並びに文法概観』泰流社,1985 年.驚くべきことに日本語で読める入門書がいちおう存在します.ただし版元はとうの昔に倒産しており絶版で,古本だと相当の価格になってしまっています.著者は工学部卒の技術者で,グリーンランドを訪問したことはあるそうですが専門家ではありません.中身は後掲の Schultz-Lorentzen に依拠して書かれたようで,85 年なのに (q を除き) 旧正書法です.語学オタクのみなさんならピンとくるでしょうが,組版も泰流社ふうの (戸部本でおなじみの) あれですから不格好で読みづらく,総じて悪いほうの泰流社本と呼ぶべきものです.

小澤実・中丸禎子・高橋美野梨編『アイスランド・グリーンランド・北極を知るための 65 章』明石書店,2016 年.これは昨年出たばかりの本なので容易に手に入ります.構成上,グリーンランド語そのものに関する解説はきわめて簡単ですが,当地の歴史や文化,現状についての情報は参考になります.ボリュームのわりにとても安いのでおすすめです.

山下泰文ほか訳『北欧のことば』東海大学出版会,2001 年.原著は 1997 年,Allan Karker ほか編の Nordens språk というノルウェー語・スウェーデン語・デンマーク語の本です.邦訳にして 19 ページという短いものですがグリーンランド語の概説があり,狭義の文法および語彙から文体論,そして現地における言語使用状況まで簡潔にまとめられています.当該部分の執筆者 Robert Petersen は元グリーンランド大学学長.このほかフェーロー語やサーミ語に関する章もあるのがたいへん貴重です.

余談ながら,同じ出版社から出ていてタイトルもそっくりなエリアス・ヴェセーン,菅原邦城訳『北欧の言語』東海大学出版会,新版 1988 年は,ノルド語の 5 言語だけを扱った本であって,グリーンランド語 (やフィンランド語やサーミ語) は含まれていないので取り違えのないようご注意ください.

日本語でグリーンランド語の文法書はおそらく今後も出ないでしょう.万が一新著が出るとしたらやはり大学書林さんからが本命でしょうが,白水社さんの『ニューエクスプレス・スペシャル ヨーロッパのおもしろ言語』にもし続編が出るならグリーンランド語が入る可能性はありそうです (ほかの候補としてはスコットランド・ゲール語,ブルトン語,ガロ語,ロマンシュ語,マケドニア語,アルバニア語,アルメニア語,マルタ語あたり?).問題はそもそも国内にグリーンランド語を専門とされている先生がいるのかどうか…….

おまけとして紹介しておくと,中川裕監『ニューエクスプレス・スペシャル 日本語の隣人たち』白水社,2009 年には,「エスキモー語」(実際にはそのなかのシベリア・ユピック語) に関する概説+文法 3 課で全 22 ページの紹介が含まれています.これはグリーンランド語との相互理解可能性 (mutual intelligibility) はありませんが親縁の言語で,能格性 (ergativity) と複統合性 (polysynthesis) という重要な (好事家がもっとも興味を抱きそうな 2 つの) 特徴は共有していますから,類書がほとんどないなか雰囲気を知る助けにはなると思います.


英語


Sadock, Jerrold M., A Grammar of Kalaallisut: West Greenlandic Inuttut. LINCOM, 2003. ドイツ・ミュンヘンの LINCOM 社から出ている何百巻ものシリーズ中の 1 冊で,80 ページほどと薄い冊子ですが字が小さく内容は豊富で信頼性が高いです.そのぶん専門的なので学習者向きとは言えませんが,定価で手に入るという意味では英語の書籍のなかで現状いちばん入手しやすいのはこれでしょう.このシリーズは薄さのわりになぜか単価 70 ユーロくらいするのでおいそれとは手が出ませんが.

Fortescue, Michael, West Greenlandic. Croom Helm, 1984. 西グリーンランド語の 400 ページ近い大部の専門的なレファレンスです.内容は半分以上の 200 ページあまりが統語論に割かれています (章立てが統語論から始まって形態論,音韻論と,ふつうとは逆順に進むところがこの言語の特殊性を表している気がします).この Croom Helm 社は程なくして Routledge に合併吸収されたようで,絶版入手困難です.

Rischel, Jørgen, Topics in West Greenlandic Phonology: Regularities Underlying the Phonetic Appearance of Wordforms in a Polysynthetic Language. Akademisk Forlag, 1974. 少し古いが,おそらく現在のところもっとも綿密な西グリーンランド語音韻論の研究書.コペンハーゲンの世界的な音声学者エーリ・フィッシャー゠ヨアンセン (大部な『音韻論総覧』の邦訳あり) に音声学を学んだリッシェルの学位論文で,読むにはもちろん音声学・音韻論の専門的な知識が要求されます.

Fortescue, Michael (ed.), From the Writings of the Greenlanders: Kalaallit atuakkiaannit. University of Alaska Press, 1990. グリーンランド語の散文作品を集成したもので,見開きの右側に新正書法のグリーンランド語,左側に英訳という形で全 11 編が収められています.そのあとに 60 ページ弱のグロッサリーもついています.これはタイミングしだいでは定価 (3 千円ちょっと) で簡単に手に入ります.

Kalaallisut texts (https://sites.google.com/view/maria-bittner/kalaallisut). ラトガース大学の Maria Bittner 教授による web ページで,初級から上級まで分類された 14 編のカラーリット語テクストにグロス (語釈) と英訳のつけられた文書が公開されています.十全に活用するには文法をひととおり学び終え言語学の専門用語にもある程度通じている必要がありますが,テクストのいくつかはエスキモーの神話が題材であり単独でも興味のあるものです.

このほか,より古くは Bergsland, K. A. (1955), Grammatical Outline of the Eskimo Language of West Greenland や Schultz-Lorentzen, C. W. (1945), A Grammar of the West Greenland Language といった 100 ページ強のモノグラフが存在するようですが,私は実物未見です.

英語圏は Routledge の Colloquial シリーズから Colloquial Greenlandic が出てくれればいいんですけどねえ…….話者数がほとんど同じスコットランド・ゲール語すら出ているのだから望みがなくはないと思いたいです.2011 年の情報ですが,この件で Routledge に問いあわせをして前向きに検討中との回答を得た人がいるようです.

〔2021 年 8 月 13 日追記〕なんと! Routledge の Essential Grammars シリーズから Lily Kahn and Riitta-Liisa Valijarvi (2021), West Greenlandic: An Essential Grammar が来る 9 月下旬に刊行されるとのこと.もはや上にあげたような難解な本にいきなりぶつかる必要はなくなり,英語で親切な入門書で勉強を始められる時代が到来するようです.すばらしいニュース!


ドイツ語


Kölbl, Richard, Grönländisch. Wort für Wort. Reise-Know-How-Verlag, ²2013. こちらも何百巻と出ている文庫サイズの旅行者向け Kauderwelsch シリーズの 1 冊で,本の前半でひととおりの文法入門,後半で旅行会話表現と単語集が載っています.ほかに学習用テキストと呼べる本がないなか,もっとも学習者向きに近いものと言っていいのではないでしょうか.値段も日本の Amazon で千円足らずときわめてお求めやすい価格です.このブログでは次回からしばらくこの本を使ってグリーンランド語を勉強していきます.

Holst, Jan Henrik, Einführung in die eskimo-aleutischen Sprachen. Helmut Buske Verlag, 2005. エスキモー・アレウト語族全体についての概説書で,グリーンランド語の概要についての説明もあるようです.これも入手容易ですが,実物未見.Buske 社はけっこうマイナーな言語でも充実した学習者向け文法教科書を出している出版社なのでグリーンランド語専門のものも期待したいです.

Kleinschmidt, Samuel, Grammatik der grönländischen Sprache: Mit theilweisem Einschluss des Labradordialects, 1851. グリーンランド語に最初の正書法を確立したクラインシュミットの記念碑的業績です.昔の本なのでタイトルで検索をかければ Google Books などで全文をダウンロードすることができます.タイトル中の „theilweise“ にも見られるとおりドイツ語そのもののつづりも 19 世紀的ですが障害となるほどではなく,むしろ名詞の小文字書きのほうがよっぽど読みづらいです (大文字書きはそれ以前から行われているので,時代的に見るとこの小文字はグリムの影響かも).


フランス語


Mennecier, Philippe, Le tunumiisut, dialecte inuit du Groenland oriental : Description et analyse. Klincksieck, 1995. フランス語で読める数少ない書籍ですが,表題のとおりトゥヌミート語 (東グリーンランド語) に関する分厚い文法書です.裏表紙の紹介にはこの方言に関するはじめての文法だと書かれています.入手やや難 (マケプレでは新品の取り扱いがある場合もあり,またタイミングがよければフランスの Amazon で新本が出ます).

Robbe, Pierre et Louis-Jacques Dorais, Tunumiit oraasiat (Tunumiut oqaasii / Det østgrønlandske sprog / The East Greenlandic Inuit Language / La langue inuit du Groenland de l’Est). Centre d'études nordiques, Université Laval, 1986. これもタイトルどおり東グリーンランド語についての本で,本文言語は西グリーンランド語・デンマーク語・英語・フランス語の 4 言語併記です.いちおう「文法」と銘打たれた 30 ページ弱の部が冒頭にありますが,ほぼ語形変化表の羅列で説明は僅少です.どこに入れるか迷いましたが著者名と出版地からフランス語としておきます.ところでなぜ東方言はフランス語に偏っているのでしょうか (歴史的経緯? でもカナダと向かいあっているのはグリーンランド西海岸ですよね)

フランスは L’Harmattan 社あたりから Parlons groenlandais みたいな本が出てくれてもいいと思うのですが,そのうち出るものでしょうか.


デンマーク語


Bjørnum, Stig, Grønlandsk grammatik. Forlaget Atuagkat, ²2012.
Janussen, Estrid, Håndbog i grønlandsk grammatik. Ilinniusiorfik, ²2001.

私は残念ながらデンマーク語をあまり読めないので内容は評価できませんが,定評がありよく名前を見かける標準的な文法書を 2 つ挙げておきます.前者はリファレンス用の比較的厚い (といっても 2 cm ちょっとですが) 文法書で,後者のほうは同じく配列は体系的ですが巻末の表を除くと本編 79 ページで余白や絵も多く通読しやすそうです.

上掲のリンク先は saxo というデンマークのオンライン書店の商品ページで,日本からも直接注文することができます.送料がそれなりにかかる (書籍本体よりも高い!) ことに目をつぶれば十分入手しやすい部類かと思います.

Nielsen, Flemming A. J., Vestgrønlandsk grammatik, 2014 (http://www.groenlandskgrammatik.dk/). 同じく西グリーンランド語の 250 ページほどの文法で,著者のホームページで無料で公開されており誰でも閲覧できます.

〔2019 年 5 月 26 日追記〕今年の 3 月に紙の本として出版されたようで、いま確認すると上記ホームページが閲覧不可になっていました。書籍版は日本の Amazon からも買えます。

Pedersen, Keld Thor, Grønlandsk for Begyndere. Nyt Nordisk, I: 1973, II: 1977. 上記 3 点は体系的文法書なので,漸進的な教科書 (簡単な文法事項から進めて練習問題を解いていくタイプ) をひとつ挙げておきます.2 巻本で刊行年次がぎりぎり正書法改正後ですが実際には旧正書法なので注意してください.まあそうそう手に入らないでしょうけど…… (国内の図書館では阪大外語と東海大にあります).

Hertling, Birgitte og Pia Rosing Heilmann, Qaagit. Grønlandsk som fremmedsprog. Ilinniusiorfik Undervisningsmiddelforlag, ⁴2003. 自己紹介や買い物,喫茶店での会話など,日常の場面を設定した会話表現中心の入門書で,イラストも豊富なので最悪デンマーク語が読めなくても使えそうな雰囲気があります.習うより慣れよのスタンスで,文法的説明が欠けているためそこは他書で補う必要があります.

このように,古いものも新しいものもやはりデンマーク語がもっとも充実していると言わねばならず,ことに学習者向けの本となるといまのところデンマーク語以外には存在しません.そもそもグリーンランドではデンマーク語もよく通じるそうなので (そして英語はそれほど通じないらしいです),そのものの実利的にも学習の媒介手段としても,デンマーク語をさきに学ぶのが案外早道なのかもしれません.

Dansk Grønlandsk Sprogkursus (For begyndere) (http://sermersooq.dk). デンマーク語と対照で,計 100 通りほどの基本単語・定型表現の音声を聞くことができます.なぜかデンマーク語の音声もあります (グリーンランド語ネイティブによるデンマーク語学習も意図されている?).

http://www.ilinniusiorfik.gl/oqaatsit/daka. グリーンランド語とデンマーク語の双方向の辞書が使えるページです.グリーンランド語は単語にどんどん接辞がくっついて非常に長い語を作る複統合的言語ですから,文法を知らなければ辞書は引けないかと思いきや意外に大丈夫です.その理由は (同じ複統合的である) ナワトル語などと違い,接尾辞ばかりで前のほうにはくっつかないため,単語を見たまんま引けば基本的な部分は意味が判明するからです.

Fortescue, Michael, Inuktun. An Introduction to the Language of Qaanaaq, Thule / En introduktion til Thulesproget. Institut for Eskimologi, Københavns Universitet, 1991. 最後に北方言に関する書籍もひとつだけ紹介しておきます.この本は英語とデンマーク語の両言語で書かれており,内容は大部分が単語と接辞のリストといった趣です.


その他


Atuagkat Bookstore (http://www.atuagkat.com/). グリーンランドの「首都」(自治政府の所在地) ヌークに店舗を構える書店で,ホームページでも品数は少ないですがグリーンランド関連書籍が的確にピックアップされており,英語で閲覧できる点も親切です.前述のデンマークの saxo と同様,日本への送料は本体以上に高くなるのが難点です (試しに見積もってみたら本 3 冊合計 1 kg 強で送料が 500 クローネ [現在のレートで約 8 300 円] を超えました).

Egede, Poul Hansen, Gramma­tica Grön­landica, 1760. クラインシュミットより遡ること約 1 世紀,世界で最初に書かれたグリーンランド語文法とされ,はじめラテン語,それからデンマーク語で出版されました (文献によってはノルウェー語とも呼ばれ,著者である宣教師ポウル・エーイェゼもデンマーク人ともノルウェー人ともされますが,これは当時これらの国がデンマーク゠ノルウェー連合王国を形成していたためでしょう).Fifty Words for Snow (http://fiftywordsforsnow.com/) というサイトが全編の英訳を公開してくれています (このサイトにはほかにもクラインシュミットの HTML 版などのリソースがあり,そちらもいずれ英訳が予定されているようです).こちらはいまとなっては歴史的な価値が大半でしょうが,興味があればご覧ください.

デンマーク聖書協会が公開しているグリーンランド語聖書 (http://old.bibelselskabet.dk/grobib/web/bibelen.htm).旧新約聖書の全訳がすべてそろっています.信仰のある人もない人も,これだけまとまったグリーンランド語の文章が読めるところはなかなかありませんから参考にしてみては.

“Ataqqinartunnguaq takutinneqartussanngorpoq” (http://knr.gl/kl/nutaarsiassat/ataqqinartunnguaq-takutinneqartussanngorpoq). 全世界 250 を超える言語・方言に翻訳されている,もっともグローバルな文学『星の王子さま』ですが,あいにくグリーンランド語訳はまだ発表されていないようです (ハリー・ポッター Harry Potter ujarallu inuunartoq は 1 巻だけとはいえ出ているというのに!).ただし 2011 年に『星の王子さま』の演劇 (ミュージカル?) が行われたらしく,そのさいのタイトルが ‘Ataqqinartunnguaq’.このニュースの冒頭には『星の王子さま』作中の一節と見られる文章があるので,それを引用してみます.
“Naak-uku inuit?, Ataqqinartunnguaq aperivoq. — “Maani inoqajuitsumi kiserliornalaarpoq”. “Inuit akornaniikkaluarluni aamma kiserliornartarpoq, pulateriaarsuk akivoq.
私はまだグリーンランド語は読めませんが,『星の王子さま』の内容は諳んじられるので辞書を引きつつ雰囲気で訳すと,「『人間たちはどこにいるの?』王子さまが言いました.『砂漠って寂しいところだね』『人間たちのなかにいたって寂しいさ』ヘビは答えました」という箇所 (XVII 章の一部) でしょうか.そう,「イヌイット」はグリーンランド語でたんに「人々 (複数形)」を意味するので,特定の民族ではなく一般の人間のことを指して「イヌイットはどこにいるの?」と言うことになります.ちょっとおもしろいのでいつか全編が翻訳されてほしいものです.

〔2018 年 1 月 5 日追記〕この記事を書いたわずか 2 ヶ月後,すなわち 2017 年 8 月に,『星の王子さま』のグリーンランド語訳が出版されていたことがわかりました! タイトルは Ataqqinartuaraq, ISBN は 978-8793405585 です.さっそく注文してみたので届くのが楽しみです.

先行のタイトルと少し違うようですが,-nnguaq と -araq はいずれも「小さな」を意味する接尾辞ですから,いずれも (den) lille prins すなわち (le) petit prince の直訳になるでしょう.もっともグリーンランド語に「王子」にあたる語はないらしく,接尾辞をとった ataqqinartoq というのは前掲のグリーンランド語―デンマーク語辞書によれば den ærede, den ærværdige すなわち「尊敬される人,名誉ある人」くらいの意味のようです.

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