Kenneth G. Chapman, Graded Readings and Exercises in Old Icelandic, 1964 の Lesson 9 の翻訳。「義兄弟のサガ (フォーストブレーズラサガ)」の邦訳は私の知るかぎり存在しない。また英訳も、いちおう Hollander による古い翻訳 (1949 年) と、アイスランド本国で出た大部な 5 巻本 The Complete Sagas of Icelanders (Including 49 Tales) に含まれる Regal 訳 (1997 年) というのがあるようだが、いずれも入手が難しい。私は Boyer, Sagas islandaises, 1987 所収の仏訳を参照した。また未見だが、ドイツ語が読める人には Fischer Verlag から 2011 年に出た Die Isländersagas (4 巻+別巻の全 5 巻) という新しいものがあり、「義兄弟のサガ」はその第 2 巻に収められている (厚さのわりにはかなり手頃な値段。Kindle 版ではさらに細かくバラ売りされており、この作品が含まれる部分はほんの 400 円ほどで買える)。
一方、「ニャールのサガ」の邦訳は植田兼義訳 (朝日出版社、1978 年) というのがあるようだが、例によって絶版で高騰しているのが日本語のつらいところ。本作はいわゆる五大サガのうちに数えられる作品だけあって、英訳はさまざまあり簡単に手に入るのだが。もっとも入手しやすいのは Cook による新しいほうの Penguin Classics 版 (2001 年) だろう (これは上にも挙げたアイスランドの 5 巻本の全集から抜きだして独立に刊行されたもの)。同じ Penguin Classics には 1960 年に出た Magnús M. and Hermann P. によるバージョンもあり、これも古本ではまだ良心的な価格で手に入る。ここでは前者を参照した。
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第 9 課
義兄弟のサガ (第 23 章) より
Egill mælti: “Ek var at búð Þorgríms Einarssonar, ok þar er nú mestr hluti þingheimsins. Þorgrímr segir þar sǫgu.” Þormóðr mælti: “Frá hverjum er saga sú, er hann segir?” Egill svarar: “Eigi veit ek gǫrla frá hverjum sagan er, en hitt veit ek, at hann segir vel frá ok skemmtilega, ok er stóll settr undir hann úti hjá búðinni, ok sitja menn umhverfis ok hlýða til sǫgunnar.” Þormóðr mælti: “Kunna muntu nǫkkurn mann at nefna, þann sem í er sǫgunni, allra helzt er þú segir svá mikit frá, at gaman sé at.” Egill mælti: “Þorgeirr nǫkkurr var mikill kappi í sǫgunni, ok svá virðisk mér sem hann Þorgrímr myndi verit hafa nǫkkut við sǫguna ok gengit mjǫk vel fram, sem líkligt er. Vilda ek, at þú gengir þangat.” “Vera má þat,” sagði Þormóðr.
エギルは言った:「私はソルグリーム・エイナルスソンの幕舎にいた。そこにいま集団の最大部分が〔集まって〕いる。ソルグリームはそこで物語を語っている」。ソルモーズが言った:「誰についての物語だ、彼が語っているのは?」 エギルが答える:「その物語が誰についてのものか私は完全には知らない。だがこのことは知っている、彼は語るのがうまくて楽しませるもので、幕舎の外で彼の下に椅子が置かれており、人々は周りに座って〔彼の〕物語を聞いているのだ」。ソルモーズは言った:「その物語のなかにいる〔=物語に登場する〕ところの、とある男の名前を言うことができるはずだろう、とりわけそれ〔=物語〕がおもしろいとおまえがそんなに言うのならなおさら」。エギルは言った:「ソルゲイルとかいうのが物語の大きな主人公だった。そして私にはこのように思われた、彼つまりソルグリームはなんらかその物語と〔関係が〕あり、とてもうまく戦ったに違いない、というのは〔語る内容が〕もっともらしいから。私は君〔も〕そこへ行〔って話を聞〕くことを望みたい」。「たぶんな」とソルモーズは言った。
〔訳注:最後のソルモーズの vera má þat という短い応答は、この本の語釈では maybe, perhaps となっている。たしかにこのアイスランド語を直訳すれば ‘it can be (possible)’ ということになろうか。どうも「行けたら行くわ」というような気のない感じに聞こえるが、前掲の仏訳で続きを読むと実際にはこの直後にエギルといっしょにソルグリームの幕舎に向かっている。話を聞きたくないのかなんなのか、近くまで来たところでなんだかんだとしゃべって時間を潰すのだが、そうこうするうちに天気が崩れて雨になり、追いこまれるように幕舎に入る。ソルモーズはさきほどの疑問、つまり誰について語っているのかという質問を開口一番ソルグリームにぶつける。彼から名前を問われたソルモーズはなぜか偽名を名乗り……?(続きは web で)〕
9.1—弱変化女性名詞の定形
定冠詞が弱変化女性名詞にくっつくとき縮約が起こる。弱変化男性名詞の場合 (cf. 7.1 節) と同様、最初の -i が消失する。それゆえ:主格 sagan, 属格 sǫgunnar, 与格 sǫgunni, 対格 sǫguna。
9.2—a と ǫ の形態音韻論的交替:弱変化女性名詞
短母音 a は、次の音節に u または v が続くような音節には現れず、ǫ に置きかえられる。弱変化女性名詞 saga の変化がこの例となっている。
9.3—母音に終わる単音節の強変化名詞と接尾定冠詞の縮約
ニャールのサガ (第 146 章) より
Riðu þeir Þorgeirr austr á Arnarstakksheiði. Er nú ekki at segja frá ferð þeira, fyrr en þeir kómu til Kerlingardalsár; áin var mikil. Riðu þeir upp með ánni, því at þeir sá þar hross með sǫðlum. Riðu þeir þangat til ok sá, at menn sváfu í dœl nǫkkurri, ok stóðu spjót þeira ofan frá þeim; þeir tóku spjótin ok báru út á ána.
彼らソルゲイルとその仲間たちは東へアルナルスタックの原野へと〔馬で〕駆けていった。いま彼らの旅について言うことはなにもない、彼らが老婆の谷の川へ来るまでは;その川は大きかった〔=増水していた〕。彼らは川に沿って駆け上がった、なぜなら彼らはそこで鞍のついた馬たちを見たからだ。彼らはそこまで駆けていき、男たちがある谷間で眠っているのを、そして彼らの槍が彼らの下に立っているのを見た;彼ら〔=ソルゲイルら〕はその槍をとり、川へと運び出した。
〔訳注:最後の文は Cook の英訳では ‘Thorgeir and Kari took the spears and threw them into the river.’ となっている。この槍はいったいなんなのか、なぜ川へ投げこんだのか、前後を読んでみてもよくわからない。眠っているあいだに武器を奪ったようにも見えるが、この直後ソルゲイルたちは寝込みを襲うのは恥ずべきことと話し、彼らを起こしてしっかり武装するのを待ったうえで戦うのである。しかもその武器というのも斧や剣などさまざまで、槍を使っている者も敵のうちに 1 人だけ、それから (英訳に名前の見える) 仲間のカーリが剣と槍の二刀流で戦っているが、川のなかから拾われる描写はない。〕
母音で終わる単音節名詞 (たとえば á「川」) に接尾されるとき、単音節の形の冠詞 (たとえば in) は縮約しない:áin、しかし 2 音節の形の冠詞は縮約することは弱変化名詞 (cf. 9.1, 7.1 節) につくときと同様:ána (á + ina), ánni (á + inni)。
また女性単数属格語尾 -ar の縮約にも注意せよ:複合名 Kerlingardalsár (Kerling-ar + dal-s + á-ar)「老婆の谷の川」における ár (á + -ar)。
9.4—強変化中性名詞・冠詞の複数主格・対格
強変化中性名詞の複数主格・対格は、単数主格・対格と同様、形において同一であり、また語尾ももたない:hross, spjót。
冠詞の中性複数主格・対格形もまた同一で、加えて女性単数主格形とも同一である:in (cf. 6.1)。それゆえ〔複数〕主格 spjótin, 対格 spjótin。
9.5—強変化動詞の過去単数および複数語幹 (cf. 3.8.1)
アイスランド語では多くの強変化動詞は過去単数と過去複数で異なる語幹をもつ (cf. 英語の was—were)。ある場合には過去複数語幹の母音は過去単数語幹の母音を長くした変種である:hann var—þeir váru (cf. 読解 8)、hann kom—þeir kómu;だがほとんどの場合、単数と複数語幹における母音は異なる:hann reið—þeir riðu。この場合、複数語幹の母音はしばしば過去分詞語幹の母音と同一であるが、かならずではない:ríða—reið—riðu—riðit、しかし bresta—brast—brustu—brostit。いくつかの動詞は過去単数と複数語幹で子音構造が異なる:ganga—gekk—gengu—gengit, draga—dró—drógu—dregit。
9.6—指示代名詞 sá「その、それ」の単数形
指示代名詞 sá の変化形の多くはすでに出ている:þat (読解 2, 4, 8, 9), því (読解 7, 9), sá (読解 7), þann (読解 7, 9), sú (読解 9), þá (読解 8)。単数の完全な変化表は:
男性 女性 中性
主格 sá sú þat
属格 þess þeirar þess
与格 þeim þeiri því
対格 þann þá þat
いつもどおり中性の主格と対格形、男性と中性の属格形が同一であることに注意せよ。
もうひとつ注意として、この代名詞の中性単数形は、中性人称代名詞 (「それ」) としても使われる (cf. 読解 8)。この指示代名詞の全性の複数形は、複数人称代名詞と同一でもある。2 例をすでに見ている:男性〔複数〕主格 þeir (読解 3, 8, 9)「彼ら」と、全性の複数属格 þeira で、後者は (すべての性の) 複数所有形容詞「彼らの」としても用いられる (読解 9.3)。
9.7—過去 1 人称単数
弱変化動詞の過去 1 人称単数語尾は -a:ek vilda (< at vilja「〜したい」)。これは 3 人称語尾 -i の場合と同様、歯音接尾辞に付加される:Bjǫrn vildi (読解 8), cf. 3.7.1。
強変化動詞の過去 1 人称単数は語尾をもたない:ek var (cf. 3.8.1, 過去 3 単も語尾をもたない)。
練習問題
必要ならば語尾を埋めなさい:
1. Hross___ gengu upp með á___ ok kona__ gekk hjá þeim.
2. Hross___ horfði á á___ ok gekk síðan til á____. (すべて定形)
3. Á___ var fegrst___ um várit.
4. Þeir tók__ skip___ sem váru þar ok fór__ á brott.
5. Spjót___ stóðu hjá búð___ ok skip___ var í á___. (すべて定形)
6. 文の前半の主語を単数に、後半の主語を複数にして 5 をやりなおしなさい。
7. Þeir Bjǫrn kóm__ ok nám__ konu___ á brott, sem sagr er í sǫg____. (すべて定形)
8. Gísli var faðir Helg__ in____ f__gru, þeirar er átti Bjǫrn in__ vitr__.
9. Eiríkr kom__ ok nam__ Helg___ in___ f__gr___ á brott.
〔解答〕
1. Hross(in) gengu upp með ánni ok kona(n) gekk hjá þeim.〔指示がないので定冠詞はどちらでもいいように思われる。動詞 gengu の形から hross は複数。〕
2. Hrossit horfði á ána ok gekk síðan til ánnar.〔動詞 horfði, gekk から今度は単数でなければならない。〕
3. Áin var fegrst um várit.
4. Þeir tóku skipit sem váru þar ok fóru á brott.
5. Spjótin stóðu hjá búðin ok skipit var í ánni.
6. Spjótit stóð hjá búðin ok skipin váru í ánni.
7. Þeir Bjǫrn kómu ok námu konuna á brott, sem sagt er í sǫgunni.
8. Gísli var faðir Helgu innar fǫgru, þeirar er átti Bjǫrn inn vitri.〔Helg_ in_ f_gru はまず faðir にかかることから全体が属格とわかり、最後の語尾から女性名と確定する。そして fagr の弱変化の女性斜格は 9.2 節より *fagru ではなく fǫgru となる。〕
9. Eiríkr kom ok nam Helgu ina fǫgru á brott.
語彙の復習
名詞 男性 heiðr「原野、ヒース」、hluti「部分」、kappi「主人公、英雄」、stóll「椅子」、þingheimr「集団 (シングの出席者たち)」
女性 á「川」、búð「天幕、幕舎、仮小屋」、dœl「谷間、窪地」、ferð「旅」、saga「物語」
中性 gaman「楽しみ、おもしろさ」、hross「馬」、spjót「槍」
形容詞 líkligr「ありそうな、もっともらしい」、þeira「彼らの」
代名詞 ekki「何も〜ない (中性)」、hitt (hinn の中性)「これ (他方、もう一方)」
接続詞 sem「というのは〜だから」、en「〜より (比較級と)」、er「〜なので」
前置詞 undir「〜の下に」
副詞 austr「東へ」、fram「前へ、進んで」、fyrr「以前に」、gǫrla「完全に」、mjǫk「とても」、skemmtiliga「愉快に、楽しませるように」、umhverfis「周囲に」、úti「外で」、þangat「そこへ」
動詞 (これ以後強変化動詞は 4 つの形で掲げる:不定詞・過去 3 単・過去 3 複・過去分詞中性形)
強変化 bera—bar—báru—borit「運ぶ」
ganga—gekk—gengu—gengit「行く」
koma—kom—kómu—komit「来る」
sitja—sat—sátu—setit「座る」
sofa—svaf—sváfu—sofit「眠る」
standa—stóð—stóðu—staðit「立っている」
taka—tók—tóku—tekit「とる」
vera—var—váru—verit「〜である」(接続法現在 3 単 sé, 過去 3 単 væri)
弱変化 hafa—hafði—haft「もっている」
hlýða—hlýddi—hlýtt「聞く」
nefna—nefndi—nefnt「言及する」
setja—setti—sett「置く、据える」
virðask—virðisk (与格と)「〜に見える」
vita—vissi—vitat「知っている」(現在 3 単 veit)
法助動詞 kunna (現在 3 単—kann)—kunni—kunnat「できる」
mega (現在 3 単—má)—mátti—mátt「できる」
vilja (現在 3 単—vill)—vildi—viljat「〜したい、するだろう」
句 allra helzt「とりわけ、なかんずく」
fyrr en「〜より前に」
at ganga vel fram「よく戦う」
at hafa nǫkkut við「〜となんらか関係がある」
mér virðisk「私には〜と思われる/た」
ofan frá「〜より下に」
upp með「〜に沿って (上がって)」
vera má þat「たぶん、ひょっとしたら」
því at「なぜなら〜だから」
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