mercredi 22 septembre 2021

シンオウ神話翻訳集成 (6) おそろしい しんわ

旧作『ダイヤモンド/パール』における「シンオウ神話」の読みなおしを期して、ここに日本語版と欧米 5 言語版との翻訳比較ならびに考察を試みる。この記事では「おそろしい しんわ」を扱う。


各言語版のテクストは以下の各国語版ポケモン wiki より引用した (閲覧した版はこの記事時点における最新版)。ただし改行位置などについて細かな改変をとくに断らずに加えた場合がある。


日本語版:おそろしい しんわ

その ポケモンの めを みたもの
いっしゅんにして きおくが なくなり
かえることが できなくなる
その ポケモンに ふれたもの
みっかにして かんじょうが なくなる
その ポケモンに きずを つけたもの
なのかにして うごけなくなり
なにも できなくなる
上から順にユクシーエムリットアグノムのことを語っているのはまず間違いない。これがポケモン図鑑の並びと一致していることは注目に値する。図鑑の番号順を定めたのは誰なのか不明だが——ナナカマド博士か?——その人物はこの伝承を知っていたうえでそれに沿って並べたと思われる。おそらくこれじたいは神話の研究家でない一般の人であってもある程度教養があれば知られているような話なのではないか (日本人が日本神話の有名なエピソードを知っている程度に)。しかしながら、図鑑にはディアルガパルキアギラティナまでも登録される余地があることからして、この編集者に関しては神話を人並み以上に知悉していることが確実である。

ところでこの話もまたこれだけで「神話」と呼ぶには簡素にすぎるように思われる。目を見ると記憶がなくなる、触れると感情がなくなる、傷つけると動けなくなる、という特徴を端的に語っているだけで、「物語」というものがここにはない。ゲーム内では読めないが実際には「昔あるところにいたある者が禁を破って目を見てしまい……」というようなエピソードがちゃんと付随しているのではないか。

厳密にはこの日本語版は「見るな」といった言いかたはしていないが、内実としては禁止であるし、英語版その他ははっきりと禁止 (否定命令) の表現をしている。そこで日本神話のイザナキの黄泉国訪問に際して次のように言われていることは参考になろう:「こうした『見るな』のタブーは、世界中の神話や昔話に語られる別離の様式です。逆説的な言い方になりますが、神話や昔話において『見るな(開けるな)』というタブーが語られる場合、それは『見ろ(開けろ)』と命じるのと同じです。『見るな』と言われた側ががまんできずに見てしまうことによって、お話は大きく展開する、それがこの種の話の唯一の進路になります」(三浦佑之『古事記神話入門』31 頁、強調引用者)。古事記だとウガヤフキアヘズの出生譚もそうだし、昔話では鶴の恩返しや浦島太郎の玉手箱もしかり。このことが目下の「恐ろしい神話」にもあてはまるとすれば、おそらくユクシーの目を覗きこんでしまい帰れなくなって、海の底の竜宮城よろしくエイチ湖の底でいまも暮らしている若者の話、といった筋の個別のお話が 3 匹それぞれに伝わっているはずである。


英語版:A Horrific Myth

Look not into the Pokémon’s eyes.
In but an instant, you’ll have no recollection of who you are.
Return home, but how? When there is nothing to remember?
Dare not touch the Pokémon’s body.
In but three short days, all emotions will drain away.
Above all, above all, harm not the Pokémon.
In a scant five days, the offender will grow immobile in entirety.
そのポケモンの目を覗きこむなかれ。
ほんの一瞬で自分が誰だかの記憶を失うであろう。
家へ帰ろう、だがいかにして? なにも思いだせないというのに?
そのポケモンの体に触れることなかれ。
ほんの 3 日のうちに一切の感情が枯れはてるであろう。
それよりなにより、そのポケモンを傷つけるなかれ。
わずか 5 日にして傷つけた者は完全に動けなくなるであろう。
2–3 行めでは、日本語版では「記憶がなくなり帰ることができなくなる」と言われていたところ、帰ることができないのは「自分が誰だか」わからなくなったためであると補足されている。これは合理的な解釈と言えよう。ただ帰り道を忘れただけではなくあらゆる記憶が失われるようだ。

しかしはなはだ不可思議と思われるのは、アグノムに攻撃してから罰があたるまでの猶予期間が 7 日から 5 日に短縮されていることである。そして例によってこの変更は重訳を通して欧米 5 言語全体に広がってしまう。

7 日という数字を避ける理由がなにか英訳者にあるのかと考えてみると、ユダヤ・キリスト教の神が 7 日で天地を創造したので、それと同じ期間で不吉なことが起こるというのはよくないのではないか、と想像してみたくなる。あるいは同じ背景から、7 日に足りない 5 日という中途半端な期間を設定することで、まだ動けなくなってすべてが完結したわけではない、つまり 6・7 日めの救いの余地を残しているのではないかとも考えうる。

だがこうしたことはおそらく深読みのしすぎだろう。というのは、7 よりもよほどメジャな神聖数である 3——三位一体のように——のほうがそのまま捨て置かれているからである。3 日といえばキリスト復活までの日数なのだから、どうせ変えるならそちらも変えるべきだったろう。したがってキリスト教的観点からは十分に説明がつかない。7 日ではなぜいけないか、あるいは 5 日であるべき積極的な理由があるのか、私にはわからない。


ドイツ語版:Mythos des Schreckens

Sieh dem Pokémon niemals in die Augen.
Denn sonst verlierst du das Wissen, zu sagen, wer du bist.
Wie willst du nach Hause zurückkehren? Wenn du nicht weißt, wer du bist?
Berühre das Pokémon nicht.
Denn sonst verlassen dich innerhalb dreier Tage alle Gefühle.
Aber vor allem: Füge dem Pokémon kein Leid zu.
Denn sonst verfällst du nach fünf Tagen in eine ewige Starre.
そのポケモンの目を決して見るな。
さもなくば、自分が誰であるかを言うすべもなくしてしまう。
いかにして家に帰ることを望みうるか。自分が誰であるかもわからないというのに。
そのポケモンに触れるな。
さもなくば、3 日のうちにすべての感情を失ってしまう。
それになにより、そのポケモンに危害を加えるな。
さもなくば、5 日後には永遠の硬直に陥るだろう。
英語版と大差なし。強いて違いを探すなら、最後の「動けなさ」について ewig「永遠の」と言われている点が英語版よりも恐ろしくなっている (この点でフランス語版と一致)。


フランス語版:Un Mythe Terrifiant

Ne regardez jamais ce Pokémon droit dans les yeux.
Il suffirait d’un instant pour oublier votre identité.
Comment faire pour rentrer chez soi quand il n’y a rien dont on se souvient ?
Evitez tout contact avec ce Pokémon.
Il suffirait de trois jours pour perdre vos émotions.
Et surtout, surtout, ne portez jamais la main sur ce Pokémon.
Au bout de cinq jours, l’agresseur serait paralysé pour l’éternité.
そのポケモンの目を決して直視するな。
一瞬もあれば自分が自分であることを忘れてしまうだろう。
帰るにはどうすればいいのか。自分についてなにも覚えていないというのに。
そのポケモンとは一切の接触を避けよ。
3 日もあれば感情をなくしてしまうだろう。
そしてなによりもなによりも、そのポケモンに決して手を上げるな。
5 日後には攻撃した者は永遠に身動きできなくなるだろう。
特記事項なし。フランス語版についてなにも言うことがないという事態そのものが珍しいとは言える。


イタリア語版:Un mito raccapricciante

Non guardare i Pokémon negli occhi.
Dopo un istante non saprai più chi sei.
Tornare a casa... ma come... quando non riesci a ricordare niente?
Non toccare il corpo di un Pokémon.
Nel giro di tre giorni non sarai più in grado di provare emozioni.
Ma soprattutto, non fare del male ai Pokémon.
In meno di cinque giorni ti trasformerai in un’unità immobilmente immobile.
そのポケモンたちの目を見るな。
一瞬ののちにもはや自分が誰であるかわからなくなるだろう。
家へ帰る、だがいかにして? なにも思いだせないというのに。
あるポケモンには体に触れるな。
3 日めぐるうちに感情を感じることができなくなるだろう。
だがなによりも、そのポケモンたちには害をなすな。
5 日もせぬうちに不動にして不動なる一体に変わってしまうだろう。
1 行めおよび 6 行めで「ポケモン」が複数形になっていることが不可解 (なのに 4 行めだけ単数にした理由はなおさらわからない)。これではユクシーだけ、アグノムだけと解することはできなくなる。とりわけ 1 行めの改変によって、明らかに目を開けているエムリットやアグノムの目も見てはならないことになってしまいはなはだまずい。『BD/SP』では修正されていてほしいが、はたしてどうなるか。

この原因はもとをただせば英語版からして the Pokémon というのが単複同形で -s などはつかないため曖昧なのである。ポケモンもじゅうぶん人口に膾炙したためか、現在では非公式には英語化・イタリア語化等々を果たして語形変化する Pokémons, Pokémoni といった形も観察されるが、公式にはたぶん使われていない。


スペイン語版:Un mito horrible

No oses mirar a los ojos del Pokémon.
Pues de lo contrario, en un instante no recordarás quién eres.
¿Regresar a casa? ¿Cómo? Pues no hay nada que recordar.
No oses tocar el cuerpo del Pokémon.
Pues en tres cortos días, todas las emociones desaparecerán.
Y sobre todo, sobre todas las cosas, no oses hacer daño al Pokémon.
Pues en cinco días escasos, el culpable quedará completamente inmovilizado.
そのポケモンの目を見るな。
さもなくば一瞬のうちに、自分が誰であるか思いだせなくなるだろう。
家へ帰る? どうやって? なにも覚えていることがないのに。
そのポケモンの体に触れるな。
わずか 3 日で一切の感情が消え失せるだろう。
そしてなによりも、どんなことよりも、そのポケモンに傷をつけるな。
たった 5 日でその罪人は完全に動けなくなってしまうだろう。
スペイン語版の英訳への忠実さは例のごとくである。だからこそ日本語版と食い違う点もまるっきりなぞってしまうわけだが。


総括

  • 図鑑の編纂者はこの神話を知っていると思われる。
  • 欧米語版ではアグノムに触れた罰がなぜか 5 日で下される。
  • ユクシー以外の目も見てはいけない?(イタリア語版)

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